二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 艦これ In The End of Deeper Sea ( No.17 )
日時: 2016/05/07 19:34
名前: N ◆kXPqEh086E (ID: NGqJzUpF)

 夜の海原は赤く燃えている。炎上し、右舷側へと傾斜していく米国海軍、揚陸艦「ボノム・リシャール」の第一甲板に佇むのは、かつての親友の形をした海底の亡者であった。炎の照り返しなのか、それとも元々なのか。厭に紅く、禍々しい瞳に長門の視線は奪われてしまっていた。

 彼女は一度、死んだ。死して化生と化した。既に戦地を駆けずり回った輩でなく、既に海底から訪れた化物だ。向けた試製51cm連装砲の照準が、微かにブレる。波に揺られているからではない。かつて戦艦レ級と化した艦娘を屠った時には、感じ得なかった悲しみ、虚無感のような物が胸の中を去来し、それが長門の照準をブレさせる。今撃てば確実に外す。ボノム・リシャールにトドメを刺す事となるだろう。だが、最早賽は投げられ、彼女を殺めるしかない。
 
 一つ、深く息を飲み。二つ、嘗ての仲間を見据え。三つ、呼吸を止める。静かに砲身を彼女に向ける。その刹那、海面を押し潰し中空を飛ぶ。空気を千切るような、甲高い音が砲声と共に鳴り響く。巨大な砲弾。それは赤熱し、ボノム・リシャールの船体すれすれを掠め巨大な水柱を上げた。

「甘いなぁ」

 深海棲艦にしては流暢で、どこか聞き覚えのある声が直接、頭の中に響く。やはりあの化物はかつての友であった。苦虫を噛み潰すような表情を浮かべながら、長門は海面を駆ける。ボノム・リシャールから落下した米兵が何やら英語でまくしたてているが、そんな事は気にしてられない。そもそも何を言っているか分からない。誰かを救う、そんな事よりもあの化物を殺めなければならない。
 恐らくあの化物は射撃管制しながら、戦うだけの余裕をくれないだろう。肉薄しつつ己の身体を、艤装の全てを擲つように身を削る戦いを行うしかない。ボノム・リシャールを背に佇む化物の砲がゆっくりと長門を捉え、砲身をしきりと動かしながら照準を定めている。いつ撃ってくるか、もし当たればどうなるか。最悪な想像が脳裏を過り、その思考が恐怖に侵される。

「……武蔵」
 
 何故一人で戦おうとした、何故皆と共に戦う道を選ばなかった。何故また姿を現した。何もかもが悲痛、何もかもが悲壮。そこに「それ」が存在するだけで、長門の精神は消耗してくゆく。だからこそ、長門はそれを討ち破らなければならない。誰にもこんな思いをさせず、武蔵の醜態を誰の目にも写してはならない。と、一発、また一発と肉薄しながら放つ砲弾には明らかな殺意を込める。

「お前のその姿を誰にも見せる訳にはいかんよな」
 部下に慕われた武蔵だからこそ、部下に疎まれた長門がケリを付ける。これで良い。51cm連装砲の砲弾が武蔵だった者の艤装を貫き、彼女は悲痛な叫びを上げていた。最早、爆発音なのか砲声なのか、はたまた波音なのか区別がつかなくなっていた。
 けたたましい悲痛な叫びは、武人らしくあれとした武蔵ならば挙げなかっただろう。むしろ彼女は吼えたはずだ。まだ足りない、と。最早、彼女にその面影はない。我武者羅に砲撃を撒き散らしながら、叫び逃げ続けている。

(……武蔵)
 彼女の猛々しくも、温和で下から慕われる姿には一種の憧れを抱いたものだった。長門が第2護衛隊旗艦として着任した時には、既に第6護衛隊旗艦として任務に従事し、その背を追い続けてきたものだ。気づいた時には真逆な存在になってしまっていたが、それでも武蔵の存在というものは眩しくあったのだった。
 背を向け逃げ続ける武蔵だった者を長門は追い続けながら、2基4門の51cm連装砲の照準をゆっくりと定める。その時だった。

「やっぱり甘いなぁ」
 突然、回頭し主砲の砲口が此方を捉え、間髪入れずにそれが火を噴いた。視界が砲煙で消え、更には立ち上がった水柱で全周囲を覆われ、反撃の術を失ったその時、水柱と砲煙を超え視界に飛び込んできたのは武蔵の拳。それは吸い込まれるように長門の左目を捉え、激痛と共に眼球が潰える。揺さぶられる視界に焦り、海面を転がるように退避するなり、主砲とは異なる副砲と思しき輝度の低い、砲弾の雨が長門を穿つ。艤装を破壊された際、よく武蔵が取る手法の一つだった。一基でも主砲が残っていればそれを牽制として使用し、白兵戦に持ち込み、相手が距離を取ろうとした瞬間、副砲で攻撃を加える。潰れた左目をなぞりながら、やはり敵は武蔵だったと再認識せざるを得なかった。




 昔、今川から聞き及んでいた武蔵という艦娘の命日という事もあったのだろう。妙に嫌な夢を見ていた。閉口し目を閉ざしたくなるような現実を、追体験したような夢。かつての武蔵と長門が互いを殺し合っていた。思わず神通は、夢の中で潰された左目を恐る恐る触れた。瞼はあり、眼窩は窪んでいない。左目の安否が確認できた事から小さく安堵の溜息をついた。

(……変な夢)
 
 あの長門が今川ならば、あの武蔵は一体何者なのだろうか。それが気になって仕方なく、船渠に身を浸しながらぼんやりと、やや錆びが浮いた工作部の壁を見つめるのだった。隣で入渠していた妙高の姿はいつの間にか消え、西日の照り返しが微かに入り込んで来る。おおよその残り入渠時間を見るがあと1時間ばかり、入渠の必要があるようだ。船渠を見下ろせば、吹き飛ばしてしまった足が再生してきており、踝から先が再生しきるのを待つばかりであった。

 ここ2日間は妙な事ばかりである。深海棲艦の組織的戦闘、謎の攻撃、先ほどの夢。これは何かが起きる。戦場を駆けずり回ってきた者特有の直感がそう告げる。誰も沈まなければ良いが、と内心祈りながら再び自分の足を見つめるのだった。