二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 艦これ In The End of Deeper Sea ( No.18 )
- 日時: 2016/04/29 10:36
- 名前: N ◆kXPqEh086E (ID: iqzIP66W)
2. (K)nightmare
余市の海は荒れ狂い、青いはずの海原は黒く染まっている。太陽の照り返しすら許さず、潮騒は化物の唸り声の如く。その様子を見やりながら北上はどこか遠い目をしていた。魚雷を航走させにくそうだだとか、海に出たくないだとか普段のダウナーな雰囲気を感じさせるような事柄を考えている訳ではない。何かよくない事が起きそうだという直感。
1週間前には深海棲艦達が同時多発的に津軽海峡近辺へと攻撃を仕掛け、第3護衛隊群や大島防備隊に所属する多くの艦娘が被害を被ったと聞く。次はこの余市の番のように感じられ、海象がその北上の直感に対して、そうだと答えているようだった。部屋の角に身を預け、ヘッドフォンで何か聞いている大井や、北上同様に海を見据えている木曾も今朝から何やら落ち着かぬようだ。
「なぁ、北上」
「なーに」
「……摩耶が気をつけろだと。電探の妖精からアンノウン発見の報せありだとさ」
「昨日のF-35スクランブルと関係あるのかねー」
「俺は気にしすぎだと思うけどな」
一瞬見ただけだというのに木曾は北上の視線に気付いて、言葉を交わす。昨晩は昨晩で航空自衛隊のF-35戦闘機が所属不明機が領空侵犯してきたとしスクランブルしており、北海道の北西に存在する海馬島の沖合で撃墜にまで至っている。撃墜した機体は残骸すら発見されておらず、アンノウンの正体についてと撃墜した事を非難する左巻きの売国政治屋の大声ばかりが、偏向的に報道されていた。
「いつの時代もかわんないねー」
「……俺達兵隊は、政治に振り回されて捨てられるだけさ」
そうやって木曾はいじけたように言い放つ。彼女は函館の「あきつ丸」同様に第二次日中戦争に参加していた。佐渡島奪還戦の際に、手榴弾の破片を浴び目を失ったらしい。国のために尽くしたというのに補償もなかった事から、憤りを感じているらしく。都度都度、反体制的な事を口走るのであった。
撃墜したものが他国籍の航空機であれば、事は大事になるだろうが現在、自国の航空機を撃墜されたと声を挙げる国はなく、防衛省からの推測では深海棲艦の航空機だったという見解であり、そもそも批判される覚えがないと強気な姿勢を貫いている。
「まぁ、90年前もそうだったからね」
「お上からの命令と言われて、ただ戦ってただ負けただけってな」
「あははは……」
やはり木曾は歪んでいる。それを哀れとも北上は思う事なく、仕方がない事だと思うしかなかった。真名で生きている頃も国から見捨てられ、90年前の艦であった頃も乗員達は木曾を放棄し、陸で戦ったという。彼女は見捨てられる事が多く、それが原因で歪んでしまったようであるのだ。
「木曾、見っともないですよ。昔の事をグチグチと……」
いつのまにか大井はヘッドフォンを外し、窓際で駄弁る二人の話に耳を傾けていたのだろう。そう木曾を戒めると、どこかニヤついた厭らしい笑みを浮かべていた。余談であるが、よく大井はこういった笑い方をする。これは無意識のうちに笑っているらしく。以前、大井にその写真を見せた所、自分で自分に対して引いていた。
「……そういうが、お前には許せない事の一つや二つはないのか?」
「私の過去は"NODATE"ですので」
大井は過去を多く語ろうとしない。そもそも分かっている事が少ない。艦娘になる前は何をしていたか。真名なんてのは余計分からない。唯一分かっているのは不意に出た方言から、九州の出身と推測できるくらいだ。以前、大井が余市に配属されたばかりの頃、いいだけ飲ませ]て前後不覚にしたところで聞き質すと、途端に酔いが醒めついでに空気も醒めてしまった。それ以降は大井の過去を詮索するのは止した方が良いと、余防の艦娘達にリコメンドして回っている。
「またそれか」
「大井っち、多少は教えてくれたっていいじゃないー」
"NODATE" よく大井が使う言葉がやはり出てきた。彼女は何故か、この言葉を好む。
そこで北上が茶化すように木曾に便乗すると、大井は小さく溜息をついて少し考えるような素振りを見せた。ポータブルオーディオプレイヤーからヘッドフォンを引き抜く。ディスプレイには「ADULT」と書かれた香水の瓶が書かれたCDジャケットが顔を覗かせていた。
「そうですね……。昔は大湊の神通や、龍驤の同僚でした。あとは沢山悪い事をした、とでも言っておきましょうか」
「は?」
木曾は短く声を上げたものの、大井の煙まくような含みを持たせた物言いからは詮索するなという思惟が感じられ、これ以上は何やかんやと問いただすと「戻れなくなる」ような気がし、北上は余り興味なさげに「ふーん」と返答するのみだった。
不意に遠慮なく、ドアがまるで蹴破られたかのような音を立てて開かれる。3人の重雷装艦達の反応は珍しく一致しており、どこか醒めたような視線でドアを開けた人物を見据えた。
「よーう! お前等ァ!! 葬式でもしてたのか?」
やたらとでかい声で、それも妙な物言いで茶化すのは摩耶。どことなく田舎暮らしの元ヤンのような雰囲気の彼女であったが、それでも余市防備隊の旗艦である。
戦中においては対艦、対空、雷撃までこなし、更には陸上装備の射撃管制、標的の同期なども勤める非常に優秀な艦娘である。昔は舞鶴に在籍して居り、その当時の司令からは「戦艦でない事を惜しむ」とまで言わせせしめたそうだ。
「あなたみたいに、頭に花咲いてる訳じゃないですから」
「言うじゃねーか、大井。……まぁ、いいぜ。本当なら文書でも出すべきなんだろうが、結論から言うぜ。明日0830から海馬島沖に行く。昨日撃墜された所属不明機の残骸探しだ」
「アタシら以外に誰か来るの? 」
「4潜隊の連中が来るな」
「わー、そいつらだけでよくない?」
「“お上”からの命令だ」
まるで木曾の苦言を聞いていたかのような発言に、一瞬木曾は顔を顰めていた。艦娘であったとしても、戦地に立つのであればそれは軍人。軍人は命令が絶対。命令が守れない者は、どれだけ優秀であっても塵芥と同じ。個を殺す事を求められるのだ。
「じゃ、頼んだぜ。今度は陸の奴等に留守報せてこなきゃいけねぇ。……北上やるか?」
「いいよー、妖精ウザいし」
「お前、ひでぇな」
軽口を互いに交わし合ってる内に摩耶は部屋から出て行ってしまった。まるで嵐のような人物である。余談であるが妖精の事は、ウザいなどと思っていない。面倒=ウザい。ダウナーで無気力な北上の口癖のようなものだった。