二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 艦これ In The End of Deeper Sea ( No.19 )
日時: 2016/05/10 12:21
名前: N ◆kXPqEh086E (ID: KBFVK1Mo)

 ずぶ濡れになった身体のまま、基地施設内を歩くという非常識を見せる3人の艦娘。その内の1人は屋内で歩き煙草という暴挙に出ている。シャークトゥースの描かれた長魚雷をあしらった防水バッグから取り出されたのは、食品保存用の小袋。その中には白地に赤の円が描かれたパッケージの煙草と電熱ライターが入っていた。

「ゴーヤ……、ちょっと非常識なのね」
「海潜ってるとストレス溜まるんだよ! 」
「そんな事ないと思うけどなぁ」

 ずぶ濡れのまま施設を歩く方が、非常識だと咎めたくなるような3人だったがそれでも彼女達は大湊に所属する優秀な艦娘であった。潜水し雷撃を行う事は勿論、機雷や不発弾の処分、海底探査に携わり、潜水員が足りない大湊ではとても重宝されているのだ。

「前が見えないって怖い事だよ。それに海面と海中じゃ潮の流れが違うし、浮上したら流されて艦隊から落伍したり、衝突って事も!」
「……それを予測して、浮上速度と航行速度調整しながら浮上するのが定石だと思うんだけどなぁ」

 あどけない顔をしながら、真理を突く伊401に伊58の表情は一瞬歪む。それを見ている伊19に関しては肩を震わせながら小さく笑い、腹の中で伊58を脳筋だと嘲ていた。事実、伊58は浮上のタイミングを図るのが苦手で、第4潜水隊の中では一番最後に浮上し、衝突のリスクを避けようとしている。それ以外には非の打ち所がなく、正確な雷撃や、高すぎる戦術理解能力、指揮統率能力を持つ。それが故に鈍い伊401や、奔放な伊19をまとめ上げている。尤も普段は部下二人や他の旗艦達に弄られっぱなしであるが。

「お前ら! いっつも、あれだけ身体拭けって言ってんじゃねぇか!

 不意に廊下の向こう側から姿を現した摩耶の怒声に、第4潜水隊の面々は肩を震わせた。煤と思しき汚れで、全身を真黒く染めた摩耶が大股で歩み寄ってくる。

「なんで黒いの」
「砲熕設備の整備手伝ってたんだよ。つーか、歩き煙草すんな。みっともない」
「摩耶の歩き方の方がみっともないよー」
「うるせぇ」

 伊58が咥えている煙草をひったくると、それを自分の携帯灰皿に押し付け摩耶は溜息をついた。「あーっ」と批難の声が上がるも、伊58の口元に煤で汚れた手を押し付けて、その批難の声を封じる。驚き口を閉ざした伊58の口元から摩耶の手が離れた時、彼女の口元は黒く汚されており、微かに濡れているためか黒い水滴が伝い落ちる。

「思ったより黒いな、おい」
「ひどい」

 またしても伊19が伊58の様子を見て笑っていたが、伊401は相反した反応を示し、どことなくそわそわと摩耶から離れようとしていた。

「宿舎の方はもう用意してあっけどよぉ、先に身体拭いてからな。ついてこい」

 何やかんやと苦言を呈し、騒々しい摩耶であったがやはり面倒見はいい。促されるままに摩耶の後をついていきながら、伊58は黒く汚された口元を手で拭い、更に汚れが広がった事に、苦笑いを浮かべていたのであった。



 第4潜水隊の面々が到着したと妖精達が騒ぎ立ている。艦娘達にも聞こえるか、聞こえないかの小声で話す彼らであったが、余市の面々は彼らの言葉を聞き漏らす事がない。彼らは陸上防備隊の剣であり、目であり、耳でもある。配備されている艦娘が少ない余市防備隊は彼らとの連携が、とても重要視されているのだ。

「……早くない?」

 そう時計を見ながら北上は呟く。現在の時刻は1900をやや回ったところである。潜水艦というのは静粛性を最重視する上に、常時360度から水の抵抗を受けるため、鈍足なのだが厭に彼女達は早かった。

「まさか、浮上しながら航行してきたんじゃないだろうな」
「まさかー。私が深海棲艦なら、即沈めに行くよー」

 潜水艦の浮上航行はそれ程に無防備な状況なのだ。また、つい先日の出所不明なアスロックの件もあり、水上艦はともかく潜水艦は神経質になるべきである。伊58の隷下、そのような無防備な事をするとは考えにくい。

「……海馬島、か」

 海馬島、もう一つの北方領土であるあの島は現在もロシアの占領、実効支配下にある。もっとも深海棲艦が現れてからは協力体制を取っており、領海を越える事も已む無しという姿勢を取っている。それ故にロシア海軍もレニングラードや、ヴォロシーロフ、スラーヴヌイといった艦娘を派遣、撃墜された所属不明艦娘を捜索しに来るようだ。

「ロシアの連中、また酒くさいのかなー」
「……レニングラードが素面なの見た事ないぜ」

 レニングラード。彼女はイタリアから交流を名目にやってきた事があったポーラ同様に延々と飲み続けるようで、北上達は素面を見た事がない。終いには前後不覚に陥る困った艦娘であるらしいのだが、それでもロシアでは歴戦の艦娘らしく、きな臭い事があれば即応してくる。

 現に彼女達と北上等は領海ギリギリに出現した北方棲姫率いる艦隊を、積極的防衛を名目に迎撃ではなく、出撃し撃破している。国同士のグレーゾーンを互いに渡り歩いているのだ。

「まぁ、嫌いじゃないんだけどさ」
「響どうしてますかね」
「たまにロシア語ぼやいてるんじゃない? 金剛の似非英語みたいに」
「昔ああいう話し方をする俳優が居てだな……」
「木曾、Ageがバレるよ」
「うるせーや」
 
 他愛もない会話だったが、これが出来るのが戦友であるというのが北上の持論であった。兵隊、特に最前線に居る者達は冗談や軽口を嗜む者が多い。こうでもしなければ戦場で正気を保っていられないからだ。砲声は自他関係なく精神を蝕み、雷跡は恐怖を齎す。それを紛れさせる事が出来るのは下らない笑いだけなのだ。

「ねー、大井っち。明日なんにもなければいいよねー」
「……私達のような兵士が戦わないのが、一番ですからね」

 兵士が戦わないのが一番。大井の言葉は尤もである。戦争は人間の本性である、などと口走る社会不適合者が少数、存在しているが決してそんな事はない。誰も血を見ず、心に傷を負わず平和的にいけることが一番なのだ。少なくとも北上達は90年前からそう思っているのだった。