二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 艦これ In The End of Deeper Sea ( No.2 )
日時: 2016/04/06 16:39
名前: N ◆kXPqEh086E (ID: iqzIP66W)

 暗い、ただただ暗い海原を彼女達は往く。先頭を切る彼女は、鉢金から伸びるインカムを口元まで手繰り寄せ、静かな口調で語りかけるようにボソボソと呟く。

「此方、第3護衛隊旗艦神通。応答を願います」
「——此方、同隊日向。戦況は芳しくない。制空権は維持しているが、何分敵の数が多い。至急、合流を」
「了解しました、なんとか持ちこたえて下さい」
「あぁ……。——伊勢共々航空戦艦の真の力、見せてやるさ」
「御武運を——! 」

 静かに、しかし強くインカムの向こう側の日向に語りかける。日向から返答こそない物の、耳を劈くような砲声が鳴り響く。突発的にインカムの電源を切り、小さく溜息を吐いた。インカムを切る暇もなく、深海棲艦に砲撃を浴びせる必要があったのだろう。

「神通? どうかしました? 」
「日向さんは……、遠慮がない人ですね」
「……まぁ、そうですね」

 神通が何を言いたいのか察しが付かないが、適当な相槌をついて眼鏡についた水滴を払う。戦闘中はコンタクトにするべきだろうか、と考えながら彼女は艤装に取り付けた10cm連装高角砲を仰角67.5°に設定し、照明弾を放つ。真正面に一発、北西に一発。更に仰角を30°に設定しなおし、更に遠くに一発放つ。周囲は明るく照らされ、視界の確保が容易となった。

「平舘海峡まで入ってくるとは考え難いですが、視界を取っておくのは定石でしょう? 」
「……筑摩さん、夜偵を」
「もう飛んでますよ。ほら」

 筑摩と呼ばれた艦娘は東の空に向けて指を差す。神通や、大淀の目には何も写らない。暗い空に暗い機体は見えないようだ。

「飛んでるっぽい? 」
「飛んでるかも、です」

 神通達の後ろを往く艦娘達は、目を細めながら言う。片方は海峡を吹き抜ける風にマフラーが靡き、何処と無くそわそわとした落ち着きの無さを感じさせ、もう片方はややおどおどしたような表情で暗闇を見つめている。

「高波。見えますか? 」
「見えるかもです」
「見えてるっぽい」

 後ろで声を揃えて見えたと言い張る艦娘達に、老いたかなと苦笑いを浮かべつつ神通は暗闇を睨み付ける。あと30分も走れば平舘海峡を抜け、津軽海峡へと入る。そこから最大戦速35ktで航行したとしても、軽く見積もって1時間を切れるか切れないかだろう。それまで日向達が戦線を維持出来れば良いのだが、と思いこそしたものの、悩む暇があれば兎に角急ぐべきだと、自分に言い聞かせていた。



 敵の数は多い。後方に布陣する戦艦ル級1隻、重巡リ級2隻、軽巡ト級1隻、駆逐ロ級5隻からなる計9隻の機動艦隊は絶え間なく攻撃を浴びせ続けて来ている。猛り狂う波間を走りながら攻撃を遣り過ごす日向の顔色には焦りが見え始めていた。ル級及びリ級までの距離は大凡15km弱、主砲は充分に届く距離である。だが、今この海象下で砲撃を行えば当たらない可能性が高くなる。資源に限りはあり、特に弾薬を使い尽くせば後の戦闘が出来なくなってしまう。無駄な砲撃は避けたい所である。それに加え、自分は深海棲艦のように「沈むための戦い」を挑んでいる訳ではない。後先を考えなければ、彼等と同じ「畜生」に身を窶してしまうだろう。それを日向の矜持が許す事はない。

「日向、顔怖いよー? 」
「伊勢、軽口を叩くんじゃない」
「もうじき大湊から神通達が来る。もう少し踏ん張ろうじゃないの? 飛鷹とあきつ丸の航空隊が制空権を取ってくれてるんだし、そんなに気にするような状況じゃないよ」
「まぁ、そうだな。エンガノと比べたらこの程度遊びか……」

 飛んでくるのは砲弾のみ。駆逐艦や巡洋艦の魚雷は航跡が見やすく、航行速度も決して早いとは言えず避けやすい。現代の魚雷のように発射されてから、潜行し船体の真下で爆発する長魚雷のような代物ではなく、時代遅れな魚雷だ。更には上からの脅威もない、気を張り続ければエンガノ岬沖の戦いよりも遥かに楽なのだ。

「凌ぐ戦いは我々の本領だったな」
「そういう事よ。——ねぇ、日向。凌ぐついでにちょっと意地を見せてみない? 」
「コイツで遊んで来るか」

 そう日向は薄っすらと笑みを浮かべながら言う。展開された艤装から次々と水上機が飛び立ち、高度を上げてゆく。そして最後が飛び立つか、飛び立たないかで腰に差した軍刀を引き抜く。

「鈍らになっていると思ったが……。————まだ斬れそうだ」 

 暗闇に浮かぶ月の明かりが軍刀の刀身を照らす。日向の表情に乏しい顔がそこに写った瞬間、彼女は波間を越えて駆け出した。その後ろを続く伊勢は水上機を放つ事なく、軍刀も抜かずにニヤニヤした楽しげな笑みを浮かべて、うねる波へと乗り上げ、日向よりも高い位置から敵を見据える。

「此方伊勢、飛鷹。これからシーカーでリ級とト級に照準を合わせるわ。同じタイミングで攻撃出来る? 」
「——攻撃隊は既に敵艦隊上空に配備済みよ。いつでもいけるわ」
「バイパーゼロで連中をグラウンドゼロまで吹っ飛ばしてやって頂戴」
「——了解よ」

 バイパーゼロ、平成のゼロ戦その名を語った伊勢であったが、リ級とト級の頭上を飛び往くのは多数の彗星一二型、そして僅かな紫電改だった。現代に生きる彼女の微かな遊び心だったのだろう。それらから視線を外すなり、単眼鏡のようなシーカーを取り出し、リ級とト級の姿をその視界に納める。標的を照準し終えると同時に波間へ身を隠す。彼女の航跡を目掛け、複数の砲弾が飛び交うがそれは水柱を挙げるだけに過ぎなかった。



 飛び交う砲弾、水面下を走る魚雷を視界に納めながら、日向は口元を歪めた。それは苦悶から来る表情ではなく、戦いに身を置く愉悦から来る代物だった。脳裏に過ぎるレイテ沖海戦や、北号作戦の記憶。あれは面白い物だった、今の何十倍もの攻撃を受けながら、一撃も当てる事が出来ず、躍起になって真っ赤になった敵艦載機のパイロットの顔が今でもありありと思い出せる。

「——さて」

 腰にマウントされた35.6cm連装砲を1基だけ僅かに動かし、身の丈よりも遥かに高い波を睨み付ける。波に乗り、攻撃を凌ぎながらの照準、艦の姿を保っていたならば波を切り裂き、舵を取りながら砲撃を加えるのだが今は人の身、波を切裂くだけの質量を持ち合わせていない。不便だとは思いながらも艦の時とはまた違う、海との向き合い方を知る事が出来たのはある種の幸福だったのかも知れない。波に乗り上げ、視界に入った深海棲艦はト級だった。日向が接近していたのは既に知っていたのだろう乗り上げた先の波の上で152mm連装砲を構え、日向へと向けていた。533mm魚雷の航跡はなく、まだ撃っていない。ならば、魚雷を撃たせる訳にはいかない。その事からト級と向かって右側へと回り込む。視界の外へ出られてはならないとト級も日向に向き合おうとするが、上半身を回した瞬間、軍刀がト級の頭部へと減り込んでゆく。耳触りな悲鳴を上げながら、魚雷管を日向へと向ける物の、それを航空甲板で叩き払い、中央の頭部へと35.6cm連装砲の砲身を突っ込む。砲身を噛み切ろうと口が開閉するものの、噛み切る事が出来ず苦悶に満ちた悲鳴を挙げるだけだった。

「……寝てろ」

 小さく語るように言うなり、砲弾がト級の頭部を穿ち、爆ぜる。同時に遠くで火柱と轟音が上がっていた。耳を劈くようなそれに顔を顰めながら、その方向を見遣れば複数の攻撃機達が半ば一方的にル級とリ級を蹂躙している様が見られた。まるで昔の自分たちを見ているようなそれに、一抹の不快感を抱きはしたが戦場に置いて、敵が減るのはこの上なく良い事だ。

「——此方、第3護衛隊日向。飛鷹航空隊がル級及びリ級を攻撃中。決着は付きそうだが、第二波の可能性はなきしにもあらず。急いでくれ。また、ロ級の姿が見えない。遭遇したら適宜、殲滅を頼む」

 神通からの応答を待たず、一方的にインカムを切るなり、燃え上がる夜の海に目を細めた。この光りが太陽で、夜明けだったら良いのだが、と日向は思いながら軍刀を納めた。