二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Re: 艦これ In The End of Deeper Sea ( No.20 )
- 日時: 2016/05/18 00:42
- 名前: N ◆kXPqEh086E (ID: hAr.TppX)
何も起きなければ良いと相槌を打っていたが明日、何かがある。大井にはそんな気がしてならなかった。まだ真名を名乗っていた頃、護衛艦「まきなみ」の艦上で感じた形容しがたい悪い予感。それに似た何かを感じてしまっていた。
(悪い予感ほど、よく当たるのよね)
護衛艦「まきなみ」で感じた悪い予感は、日本初の深海棲艦との交戦という結果を齎した。今回の海馬島でも何かがあるのだろう。それこそ新種の深海棲艦と遭遇するかも知れない。艦種は? 対処要領は? 姫か、鬼か? 一つアンノウンが出現しただけで、今まで築き上げてきた代物が全て瓦解する可能性すらある。大井の思考は悪い方へ、悪い方へと回り、杞憂とすら言われかねない程の不安を抱いていた。
大井は自分に言い聞かせる。私は決して神通のように勇敢ではない。摩耶のように何でもこなせる訳でもない。霧島のように強い訳ではない。先制雷撃を得意としているだけだ、と。もし魚雷の効果がない相手だったら、もし魚雷を避けられたら自分に被害が及ぶだけではなく、艦隊を危機に晒すかも知れない。重圧に押し潰され、圧潰してしまいそうな自分の心に苛まれ、思わず顔が歪む。それを紛らわせようとポータブルオーディオプレイヤーのタッチパネルを指でなぞり、音量を上げた。金切声一歩手前のボーカルが、大井の鼓膜へと突き刺さる。
「大井っち、音漏れて——」
何処か間延びした北上の声は、大井の耳に届く事はない。それどころか北上は途中で言葉を詰まらせてしまった。大井の面立ちがそれ程までに、強張っていたからだ。
「……気にすんなよ」
横目でそんな様子の大井を見ていたであろう、木曾が静かに呟くように言った。
「あれはあれで良いんだよ。戦場じゃ臆病くらいが丁度良いってもんだ」
そうじゃなきゃこうなる。と既に失われ、眼帯に覆われた眼窩を指さし自嘲するような笑みを浮かべた。
かつて、長門であった今川が司令に就任する際、"驕りと慣れは心の贅肉である"と言葉を発していた。初心忘れるべからずというのは、戦場に立つ以上では最も必要な事で、慎重すぎるという事はない。相手は明らかな殺意を以て、敵対行動を取ってくるのだから猶更である。
「じゃ、我慢するかー」
音漏れを気にした所で、暫くこれは収まらないだろう。気を紛らわせるためには好きにさせておくのが定石だ。そもそも北上も大井と同じだった。左手に持った好物のチョコレート菓子が袋の中で自分の体温で溶けている。既に空となった袋が幾つも押し込められた小さなゴミ箱が北上の暴食を物語っていた。
姉妹艦の名を冠した二人の艦娘を、一つの目で見ながら木曾は思う。一体いつまで戦い続ければ良いのだろうか、と。戦いは身体を傷付け、恐怖は精神を蝕み、その二つが合わされば命を奪う。また戦いが終わってからも兵士を追い詰め、死神を遣わす。いつまでもこんな青く、猛り続ける地獄に身を置き続けて良いものか。
「俺も出来れば行きたくないがな、得体の知れないモンが沈んでる場所になんてさ」
「だよねぇ。何沈んでるんだろ?」
「それを明日見に行くんだろ。海空両用の深海棲艦なんて勘弁して欲しいぜ」
「空飛ぶ艦……」
「俺ら、魚雷を遠投しなきゃならないのか?」
「VLSを96セル搭載した北上さまにならなきゃ」
「……イージス艦だろ。それ」
対空番長を自称する摩耶や、秋月型の艦娘達が聞いたらなんというだろうか。摩耶は品なく「ついにお役御免か!」などと笑い、秋月型の艦娘は対抗意識を燃やす事だろう。また、実際にそんな艦娘が居たら、戦力は飛躍し精神的な負担は大幅に軽減される事が想像される。
決して摩耶の前では言えないが、余市には心の拠り所となるような、絶対的な艦娘がいない。大湊の神通、妙高、函館の伊勢型姉妹、大島の霧島。そして、佐世保にかつて所属していた長門と武蔵。そういう意味ではイージス艦「きたかみ」はとても魅力的な話だった。
「北上さんはイージスになる前に乙型護衛艦でしょう?」
「黒煙上げながらガタガタ海走るってか? 近くの住人からクレーム来るぜ」
「長魚雷使えるって魅力的だけど……、やっぱ魚雷かぁ、ちぇー」
いつの間にか二人の会話に聞き耳を立てていたのか、大井も会話に加わり北上を弄りだす。愛想笑いによく似た、苦笑いを浮かべる北上であったが、自身が弄り回される事に別段、居心地の悪さを感じておらず、それが常である。
「でも、私達が強かったら皆楽だよねー」
戦いも、心もと続けようと考えたが、北上は口を噤む。元来が兵士だったであろう木曾と大井の前で口走るのは無神経だと思ったからだ。艦娘となる前は戦いという物は身近な存在ではなかった、それが故に平時はやはり思考が緩む。どうしようもないと北上は自嘲していた。
「楽な戦いなんてあるかよ。人民解放軍の連中を日本海にぶち落とすのに、西部方面隊は苦労したんだぜ?」
「……楽な戦いでも、ちょっとした事で人は死にますからね」
「まったくだ。函館のあきつ丸なんて生前、沈められた運貨船のバウ・ランプに足挟まれて死んだんだからな」
案の定、地雷を踏んだと北上は頭を抱えるのだった。