二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 艦これ In The End of Deeper Sea ( No.26 )
日時: 2016/07/03 10:25
名前: N ◆kXPqEh086E (ID: hAr.TppX)

猛り狂うだけの艦である時代は終わった。静かに何が眼下を走りつつあるかを、見定める必要があった。伊58と伊19が全周探信を繰り返し、その状況報告を伊401が海面から手だけ出して、ハンドサインでもって状況を報せてくる。

 鳥海の大破、着岸後の座礁。標的の確認不可、摩耶達が本隊を撃破寸前まで押し込んでいる等と、全ての情報が海中から伝わる。ECMにより通信網は破壊されてしまったが、水中からそういった情報を全て拾ってきているようだ。以前、査閲の際、第4潜水隊にズタボロにされた事があったが、査閲後、伊58が「話し声」すら拾える、海面じゃ静かにしておくべき、と言っていた事を木曾は思い出しつつ、手に取った爆雷を握り締めた。

 静かすぎる海に響くけたたましい砲声、足元に迫りつつあるであろう死の脅威。ゾクゾクと背筋に何かが走る。それは恐怖に磨り減らされた精神の悲鳴ではなく、闘争の愉悦から来る代物であった。海面から顔だけ出して、その様子を見ていた伊401へと視線を向けた。

「……どうした?」
「6度、バッフルクリアーの結果、敵艦影発見出来ず……です。上陸の進言あり! ですがー、どうします?」
 
 全周探信を繰り返したようだが、それでも敵影は確認出来ていないようだ。伊58と伊19の全周探信でも発見出来ずに居るという事は、退却したと考えるべきだろう。一瞬、瞳を閉じ不要は交戦は避けるべきだと、自身に言い聞かせ、木曾は瞳と口を同時に開いた。

「——了解」
 
 短く応答するなり、伊401は首を立てに振り、海面を何度かリズムを刻むように叩いた。それはモールス信号であり、進言受諾と短く伝えたようだ。第4潜水隊の2人が、作り出す航跡が木曾の目にも見て取れた。随分と海面近くを走っているのが、やたらと気になる。

「お前は潜らないのか?」
「連絡員です!」
「あぁ、そう……」
 
 潜っている上にECMで通信が阻害されている以上、連絡員を設けるのは必須。伊58の選択、指示はやはり抜かりなく、こういった小さい事にまで気が回る。伊58は下っ端から、旗艦までたどり着いた叩き上げの艦娘であるが故なのだろう。幹部教育を受けた者にはない所である。そんな所に木曾は感心していたのだった。


 肩を落とし、脇腹を抑えた摩耶と、如何にも不機嫌そうな北上が静かな空気を醸しだしていた。合流に成功し、海馬島へと上陸を終えた時からそんな状態だった。幸いにも夕刻から、ECMは薄れ通信が出来たため、大島へと通信を行い、秋津洲に明石を輸送してもらっているが、未だ到着はしていない。接近出来れば秋津洲から通信が入り、照明弾を打ち上げる手筈になっている。

「……居づらいのね」
「吸う?」
「遠慮しとくのー」

 焚き火から直接火を取った煙草を咥えた伊58であったが、上陸してから随分と煙草を吸い続けていた。水密バッグには煙草が半カートンと寒さを凌ぐためのチェスターコートが顔を覗かせている。同様に伊401や伊19の分もあるのだが、コートなどの防寒具は入っているが煙草の類は入っていない。

「俺が吸う」
「ラッキーストライクでいいの? 普段アメスピでしょ?」
「……持ってきてねぇんだよ」
「ふーん、いいよ」

 伊58から手渡された煙草を受け取り、焚き火の火を掠め取るようにして煙草の先端に移すと、それを咥えた。一瞬だけ軽く訪れた苦味の後に、辛味が木曾に星を見せた。傍らの伊19と伊401はやや引き気味である、彼女達は嫌煙家なのだ。

「おい、摩耶。鳥海は大丈夫なのかよ?」
「あぁ。なんとかな。止血してっから問題ない」

 摩耶が羽織っていたMA-1を羽織らされ、鳥海は眠っている。MA-1にはやや血が染み出ている。皮膚、腹斜筋、腹膜が破れ、内臓が顔を覗かせ、更には右腕の肘から先を失っていたがやはり艦娘であるためか、それ程の負傷を負っても死ぬ事はなかった。

「……思い出さない? 隠岐島」
「あぁ、あったなぁ」

 ふと隠岐島というワードを出した北上に摩耶は呼応していた。10年程前に深海棲艦との争いの地となった場所である。当時舞鶴に在籍していた摩耶と北上等が空母加賀、航空戦艦山城、軽空母隼鷹、駆逐艦海風らと共に泊地棲鬼の出現に緊急対応、駆逐艦海風の大破に伴い隠岐島前島へと、上陸し、撤退も出来ないまま泥沼の戦いを繰り広げたのだ。

「海風も今じゃ舞鶴の3水隊旗艦だろ? よくやるよなぁ」
「ほんとねー」
 
 口を開き始めれば摩耶と北上は、何の蟠りもないようであるが、内心話しにくいというのが正直な所だろう。北上は摩耶の後手後手の対応に怒り、摩耶はその怒りを察しているのだから。

 そんな様子を木曾はぼんやりと見ていた。2人の付き合いは長い。それが故の気まずさがある。木曾だったらそうだ。

「あっつ!!」
「何やってるの……」
 
 北上と摩耶に視線を奪われ、終ぞフィルターまで吸ってしまった。第4潜水隊の面々がゲラゲラと笑っている。空気は幾分和らいだようで、少し離れたところで摩耶と北上もニヤニヤと笑みを浮かべていたのだった。

「……そういや、大井は何処行ったんだ?」
「さっきから見てないけど」

 何処となく陰のある大井の事だ、急に感傷に浸り1人になりたくなったのだろう。大して興味無さ気に「ふーん」と短く木曾は返した。それよりも微かに焼けた唇がヒリヒリと、なんとなく気になってしまうのだった。




 海は暗く、波が星すら反射させずその光を食らい尽くしてしまう。海岸沿いに焚き火が、せめても秋津洲達へのガイドとなれば良いのだが、などと思いながらぼんやりと砂浜を眺めていた。ヤドカリが漂着した魚の死骸に群がり、それを食らっている。これが海底であればシャコやカニ、エビといった代物がそれを骨になるまで貪り続ける。

(私に乗ってた軍人達も——)

 その様子を眺めていると、艦であった頃の記憶が蘇る。共に沈んだ140名余りの軍人達もこのような末路を辿ったのだろう。それを見ているとどうにも辛くなり、傍らの石を手に取るなりそのヤドカリの群れへと投げ付けた。食事を邪魔されたそれは何があったか分からないままに、散っていく。既に魚の死骸は内臓を覗かせ、その身は激しく崩れ、損傷していた。哀れと思うのも筋が違う、悼むのも筋が違う。だが、その死骸を砂ごと手に取り、海へと戻してやった。波間を漂い、砂は海に散る。

 せめて死に場所、朽ち果てる場所は海で。生まれた場所でそれを迎えるべきだ。自身がそれを為せなかったからこそ、大井は尚更そんな事を思うのだった。