二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 艦これ In The End of Deeper Sea ( No.29 )
日時: 2016/07/10 10:13
名前: N ◆kXPqEh086E (ID: hAr.TppX)

 赤い瞳は少しずつ、歩み寄ってくる。言葉は発さず、暗闇の向こう側から向けられているであろう砲口に恐れを為すような素振りは見せない。当てられても損害が出ないのだろうか、それとも砲弾を避けきる自身でもあるのだろうか。普通ではあり得ない事を摩耶は思い、想像してしまうのだった。

「……名乗れッ!!」

 暗闇に響く摩耶の怒号。それに赤い瞳は立ち止まり、瞳を閉じるのだった。まるで自分の名を思い出すようにも見える、その素振り。雲から月が顔を覗かせ、その者の顔を見せる。灰色の艤装を担ぎ、灰色の海洋迷彩のような外套に身を包んだそれは、手に持った巨大な箱を砂浜に下ろすと瞳を見開く。

「——DDK-124"きよなみ"だ」

 ——DDK-124"きよなみ"——そう名乗った彼女は赤い瞳を向け、どうにも底意地の悪そうな笑みを湛えた。灰色の艤装は124と白地に黒の縁取りをされた艦番号が書かれている。

「はぁ?」

 "きよなみ"と言えば、先日、津軽海峡で深海棲艦と交戦し、艦首を失い大規模な修繕に入っている護衛艦の名である。それが何故人の形をしているのか、不思議な事象に遭遇し、思わず摩耶は素っ頓狂な声を上げてしまっていた。周囲の艦娘達も同様に、戸惑いを隠せず首を傾げたり、互いに小声で言葉を交わしている。

「弾薬と燃料の補給を願う。……あわよくば大湊に帰還したいんだ」
 
 気恥ずかしそうに言う"きよなみ"であったが、彼女のような存在が何故、出現したのかが分からない。現在の艦娘は第二次世界大戦時に存在した艦艇の艦霊が、生身の人間や、海難事故者の死体。轟沈された深海棲艦が姿を変えた物ばかりであり、現代の艦からそういった者が現れるとは見た事も、聞いた事もなかった。

「……もしかしてそれはVLSですか?」
「あぁ。今はVLAしか入ってない上に、もう8発しか残ってない。彼方此方で使う羽目になってしまって」
 
 かつて「まきなみ」に乗っていた大井は目ざとく、その艤装の正体を言い当てる。搭載している弾頭の正体までは分からなかったようだ。

「もうESSMは撃ち切ってしまった。……恥ずかしながら、人の身で使うのは難しい」
 
 "きよなみ"は苦笑いを浮かべながら、VLSのセルを開いて中身が空だとアピールしていた。
 従来の艦娘であれば、即時保護をするべきなのだろうが、判断に困るというのが摩耶の正直な所であり、同様に伊58も戸惑いを隠せずに見てみぬふりをしながら、ラッキーストライクに火をつけた。

「敵意はないんだよね?」
「勿論。何で同じ国、しかも大先輩に武器を向けなきゃいけないんだい? まぁ、撃ったら勝てるけど……」
 
 最後に物騒な一言が返ってきたが、伊58も"きよなみ"に苦笑いを浮かべて返す事しか出来なかった。保護すべきか、保護せざるべきか今川の指示を仰ぐべきであろうが、ECMがなされている現状それも出来ず旗艦2人は頭を抱えているのだった。

「それより良いのかい? US-2飛んでるけど。誘導しないのかい?」

 "きよなみ"が指差す方向、そこには二式代艇の姿があった。恐らく二式大艇の事を"きよなみ"は知らないのだろう。US-2の先祖のような物だが、全く別物である。

「木曾、照明弾撃ってやれ」
「あ、あぁ」
 
 "きよなみ"の出現に動揺しているのか、木曾はやや言葉に詰まりながら短く返事を返した。仰角を15°刻みにし、計4発の照明弾を海上へと打ち上げれば二式大艇から発光信号で感謝の意が伝えられた。彼女達もECMに苦慮しているのだろう。視界が確保された事から、二式大艇は徐々に高度を下げてきていた。

「あれは誰なんだい?」
「……工作部の明石と、大島防備隊の秋津洲だ」
「あぁ、明石2級技官かい? 南澤3級技官とは話になってたね。秋津洲とやらは知らないけど」
「その話は止めてやれ」

 明石と南澤のスクープは、余り広げるべき話ではない。既に周知の事実であるが、表向きにする話ではない。艦娘と普通の人間は好き合うべきではないのだ。明石が真名を名乗れるようになるまで何故、待てなかったのだろうかと摩耶からすれば、余り面白い話ではない。

「やっぱ艦娘とデキちゃうってのは、マズ————」

 言い終えるか終えないかの所で、"きよなみ"は海を睨みつけ、口を閉ざした。何が見えるのだろうか、彼女が見据える方向に摩耶は瞳を向けるが、真っ暗な海には何も見えない。恐らくは"きよなみ"の持つレーダーでようやく探知出来るような距離に何かが居るのだろう。

「……鳥海の搬出を急ぐぞ。至急此処から出よう」
 
 不吉な予感が反射的に口を、そう動かす。"きよなみ"は凍りついたまま、海の向こう側を睨みつけている。弾薬もない状況下で、どうやって戦おうか算段を練っているのか、それとも遥か向こう側の何かを見定めようとしているのか。

 "きよなみ"を他所に乱雑ながら、3人の雷巡が鳥海を担ぎ上げて海岸へ向かう最中、第4潜水隊の面々が"きよなみ"をまじまじと見つめていた。その視線にも彼女は気付く事はない。

「おい」
 ぼんやりとした"きよなみ"は、ハッと我に返ったようにして摩耶へ向き直ると、水平線の向こうを指差し、小さく言葉を吐いた。

「——深海棲艦の大艦隊が400km先に居る。あいつ等だよ、妨害電波流してきてるの」
「……規模は?」
「分からない。ただ、40隻近い艦隊だ。ここ最近頻発してた襲撃の主力だと思う」

 VLSを担ぐ、"きよなみ"手が微かに震えていた。赤い瞳は戦意を湛え、口角は少しばかり吊りあがっていた。悪い顔だと摩耶はそれを内心、嘲るが彼女を1人、あそこに向かわせて沈める訳にはいかない。そもそも今や、彼女の攻撃手段は対艦ミサイルが3発しかないのだから、3隻沈めてそれで終いだ。

「……お前も帰るぞ、弾も燃料も好きなだけくれてやる。1人で死にに行くなんて水臭い真似すんな」
 
 "きよなみ"は首を縦には振らなかったが、無理やりそのか細い肩と、艤装を掴み摩耶は彼女を引き摺っていく。横暴だと言わんばかりの第4潜水隊からの視線が気になったが、それでも彼女を1人行かせる訳にはいかない。

「……摩耶さん」
「摩耶でいい」
「あいつ等、私達を泳がすつもりだよ」
「あぁ、泳がせてもらうだけだ。泳いで、泳いで……、泳ぎ飽きたらその腹を食い裂いてやるんだ」
 
 秋津洲が急げと囃し立て、明石が開口部から手を振り、摩耶達を招く。"きよなみ"を見ても、彼女達は何も言わず黙ってそれを受け入れた。最後に二式大艇へ乗ったのは伊401。彼女は防弾ガラスの窓に張り付き、海馬島を見つめていた。

 次第に二式大艇は唸り声を上げ、一気に海面を滑走する。ECMにより「たつた」との連絡も叶わず、深海棲艦の大艦隊が存在するという情報も伝えられない。

 機内の明石は鳥海の治療に尽力し、各々は緊張の糸が解れたのか、ぐったりと疲れ果てたように俯いている。完全な負け戦、敗軍の兵に誇りなどなく、友を失いかけ、仲間との衝突を齎した無能な指揮官だと、摩耶は自身を嘲り伊401の隣で、海馬島を睨みつけるのだった。

「クソが……!」

 思わず摩耶は悪態を漏らした。その表情には苛立ちと、自責の念、悔しさが滲み出ている。

 苛立つ摩耶と疲れ果てた皆を見て"きよなみ"は思うのだった。戦いの先に良い事など、1つもないのだと。彼女は艦であった頃から見ていた。佐渡島から帰還し、疲弊しきった兵士を。右目を失い苦しみ悶える兵士を。そして、フラッシュバックされる最後の記憶。戦いに人も深海棲艦もなく、勝ちも負けもないのだと。