二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 艦これ In The End of Deeper Sea ( No.3 )
日時: 2016/04/06 20:44
名前: N ◆kXPqEh086E (ID: hAr.TppX)

 水平線が赤く染まっている。まるで自分達を戦地へ誘う篝火のようなそれに視線を奪われていた。荒れ狂う海の黒に、炎の赤が映え、戦うための艦としての闘争心に似た何かが沸々と沸き立っている事に一種の嫌悪感を覚えながら、身の丈の倍はありそうな波の上へと乗り上げた。海鳥は夜だというのに、餌を捜し求め波間を漂う。眼前の海には海鳥以外居らず、まるで場違いな自分達を此処から去れと言わんばかりに海鳥が視線を向けていた。

「……神通さん、忘れましたか? 私達にされた教育を」
「そうでしたね」

 耳元で静かに落ち着いた様子で囁く筑摩はにやついた笑みを浮かべていた。恐らくは夜偵から海中に何かが潜んでいるなどと、そういった旨の情報を受けていたのだろう。意地悪く、それが何なのかを言おうとはしなかったが、神通は筑摩の囁きから一つの事柄を思い出したのだった。

 海鳥は空から魚群を追い、大勢を以ってして捕食を行う。海の中に見慣れない蠢く何かが居れば、魚群は分散し、必然的に海鳥達は分散した魚群を追う。そしてそこには確かに存在したのだ、海鳥の群れの裂け目が。それは少しずつ前進し、自分達に近寄ってきている。

「夕立、高波は爆雷投下用意、大淀は視界の確保を。筑摩は砲撃戦の用意を」
「了解」

 波に身を翻しながら、いつになく落ち着き払った口調で夕立は静かに言葉を発した。夕立に肩を押され、促されるように高波は東へと走り、夕立は西へと向かってゆく。彼女達の行き先と同じ方向の空へと飛び往く照明弾は辺りを照らし、その光りの中を夜偵が突っ切って行く。

「たった五隻の輪陣形ですが、やらないよりマシという物でしょう」

 防空目的ではない、海中から襲来してくる可能性がある深海棲艦を迎撃するための陣形。海面に姿を現さないのであれば、駆逐艦及び軽巡が燻り出し、上がった所を陣、中央に控えた筑摩が叩く算段である。

「艦隊行動、各艦は筑摩を中心とし、回転運動を行え。ペースは乱すな」
「盆踊りっぽい」

 ヘッドセットの向こう側から聞こえた夕立の盆踊りという言葉はまさしくだろう。前進する筑摩の動きに合わせ、一定の距離を保ったまま少しずつ回転してゆく。

「航空巡洋艦じゃなくてDE233だったら良かったんですけどね」
「利根さんが私達の末の妹になるのですね」
「それよりも阿武隈が一番上の姉ですよ」
「……成り立たないかもです」
「後でチクるっぽい。————神通さん、雷跡確認。爆雷投下いきます」

 夕立が高波を恫喝すると、ほぼ同時に放たれた爆雷。雷跡の方角から判断した位置へと落としたのだろう。轟音を響かせ、暗い海に水柱が上がる。

「VLA欲しいっぽいー」

 燻り出すための爆雷で夕立は深海棲艦を沈める気で居たのだろう。全く当たらない事を悔やんでいるようだった。潜水艦型の深海棲艦ならば兎も角、通常の水上艦型の深海棲艦には効果はないという事を覚えていないようだ。

「……深度90、50、急速浮上。————来ます! 」

 筑摩の後方で探深儀を駆動させていた大淀が大声を張り上げる。ヘッドセット越しに響く、その声に神通は顔を顰めながら盛り上がる海面を見据え、14cm連装砲を構え海面に向けた。憎悪にも似たような深海棲艦に対する感情が少しずつ昂ぶって行く。もし今海面が静かならば、海面に映る自分は瞳孔が開き、おぞましい様相を呈している事だろう。それもどちらが深海棲艦なのか区別が付け難い程に。

「待っていましたよ」

 静かな語気に相反し、口元が歪む。その瞬間、何かが海面から飛び出し神通の前へと躍り出で、耳触りな奇声を発する。まるで下顎を削がれた頭蓋骨のようなそれは、日向の情報とは異なる。駆逐ロ級ではなく、駆逐ニ級なのだ。それらを筆頭に次々に浮上してくる駆逐ハ級の群れ。戦いの中で進化したのだろうか、60kmもない距離を航行する短い時間の中で彼等が進化したのならば、異常な事態が起きているのは言うまでもないだろう。

「どれでも良いです。一体鹵獲しましょう。それ以外は————皆殺しよ」

 呟くようにインカムへと言い放つ。誰一人とせず了解の意は唱えなかった、砲声が了解の意なのだ。海面を叩き潰すように圧しながら、火の弾が真っ直ぐな軌道を描きながら飛ぶ。それは神通の傍らを掠め、一体、また一体と深海棲艦の身体を穿ち、青い液体を撒き散らしながら、その形を壊していく。
 筑摩と大淀のそれは現代艦が持つFCSにも引けを取らない精度であり、その砲撃に流石と、感嘆しつつも目の前のニ級を睨み付けながら、14cm連装砲を向ける。射線からその身を外すように海面を滑り、一発、また一発と魚雷を走らせながら動くその様子は駆逐艦の艦娘の挙動と同じである。その後を追えば、5インチ砲を牽制のようにして撃ち、波間にその身を隠してしまう。小癪ではあるが、正しい戦闘の仕方。であるならば、自分は邪道を取るしかないのだろう。魚雷発射管から三発魚雷を取り外し、右手に二発、左手に一発を持ち、発射管を予め背後に向け、海面を走る。敵味方関係なく、飛び交う砲撃、水面を走る雷跡が神通の闘争心を刺激し、コロンバンガラの記憶が少しずつ蘇り、艦の記憶が戦え、戦えと語りかけてくるのだ。

「夕立、高波。続きなさい」

 インカムの向こう側からは応答がない。その代わりに後方からは小口径砲の輝度の低い、砲弾が初速を保ったまま飛んできている。彼女達に指示は聞こえているのだろう、そして味方への流れ弾を臆する事なく、砲撃を加えてきている。恐れを知らず、戦いに興じる。教育の賜物だ、などと思いながら肩にマウントした探照灯を照射する。これで彼女達の攻撃は精度を増し、雷撃の頻度を上げる事が出来るだろう。代わりに自分は当たらなければ良いだけなのだ。


 前も後ろも分からなく程に海原を駈けずり回り、砲撃を、雷撃をトチ狂ったかのように放ち続ける。聴覚は最早、波音と砲声の区別が付かない程に麻痺し、感覚は敏感に研ぎ澄まされつつある。
 海面に浮かぶ燃えたそれは深海棲艦の残骸だろう、それを跨ぎながら駆逐ニ級の後を追い続ける。平舘海峡から津軽海峡まで追い出すことが出来れば、それはそれで作戦は成功したも同義。鹵獲はままならないまでも、撃沈せしめる事は容易いだろう。魚雷管を前に向け、手に持った魚雷を投擲する。三本の魚雷は真っ直ぐにしか進まない。雷跡は出ないが、魚雷を発射した事を確認すれば回避行動を取るだろう。避けた先に砲撃を加えつつ、残った魚雷を放つ。単独での波状攻撃となるが、型にはまった行動を取るこの深海棲艦相手には通用する事だろう。

「———沈みなさいッ!」

 波に乗り上げながら吼え、その波から降りた瞬間だった。数発の魚雷が発射管から飛び出ると同時に神通はその身を崩し、海中へと没して行く。何が起きたか理解は及ばない。ただ言える事は何かに引きずり込まれているという事だけだ。視線の先には駆逐ロ級の姿。巨大な口が神通の左足を噛み潰し、海中に引き込んでいたのだ。牙は左足を確実に破壊している。駆逐二級に誘い込まれたのだろう。攻撃で沈められないのであれば、物理的に無理やり引き込むだけである。単純ながら明確な攻撃であったが、それを思いつくあたり深海棲艦にも組織で戦闘するだけの知能があるのだろうと感心していたが、はと我に返り右足の魚雷発射管から一発の魚雷を手に取る。狙う先は自分の足を噛んでいる、駆逐ロ級。左足ごと魚雷を見舞えば、確実にそれを沈める事が出来るだろう。死ぬ訳ではないのだ、左足程度安い。それに治る。そう言い聞かせながら神通は魚雷を手放し、身を引き裂くような衝撃と、激痛に聞こえ得ぬ叫びを挙げていた。