二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 艦これ In The End of Deeper Sea ( No.30 )
日時: 2016/07/17 22:01
名前: N ◆kXPqEh086E (ID: hAr.TppX)

 陸上に配置されたCICの中、ある物が写っているディスプレイの目の前に今川直海は腰を下ろし、目を細めていた。被写体は"きよなみ"と、護衛艦「たつた」が撮影に成功した深海棲艦の大艦隊であった。

 既存の艦娘とは異なる存在、深海棲艦の大艦隊。そしてECMを用いる深海棲艦の存在。全てがイレギュラーな出来事であった。かつて武蔵が深海棲艦と化し、佐世保に大きな打撃を与えた時は単純な戦闘能力による被害であったが、昨今の深海棲艦の攻撃は少し違う。用意周到かつ、同時多発的に作戦指揮を執り行い、戦力の接収、妨害、全てが人間のそれに近しい物になりつつあるのだ。

 それが今川はとても不愉快であった。
 人間が何世紀とかけて、培った戦術理論。それを深海棲艦が短期間で学習、実施しているのだ。彼等は人にでも成り代わろうというのだろうか。海と空を制し、陸を真綿で締め付け人間を殺そうとしているのではないだろうか。百万回の自己問答を繰り返しても、それを是とし首を縦には振られない。

「……神通、気配を殺して来るな」
「邪魔しては悪いかと」

 目が上手く利かない分、感覚神経が過敏になっているのだ。足音を殺し、息を潜め近寄ってきていた神通を戒める。彼女はバツが悪そうに照れ笑いのような素振りを見せた。

「嫌ですね。この感じ」
 
 今川の隣で神通は短く言葉を吐く。大きな戦いの前に起きる緊張、圧迫感、静けさ。全てが嫌な予感を感じさせる。元々は艦娘であった今川も、神通の感覚には同意できた。

「……ECMをどう凌ぐかだ」
「今の私達の装備では、凌ぎようがないんですよ。第一、ECMを照射されているという事は、既に敵艦隊に捕捉されてますからね」
「10km、20km先からの攻撃なんて生温い物ではダメだな。100km、200km先から殺さなければ」

 現状の艦娘の装備では、そんな事は出来ない。戦艦達の主砲ですら最大射程は30km前後が限度である。有効射程となればもっと短い事だろう。

 如何に損耗を減らし、敵を一方的に叩くか。それを為すためには、本当の意味での近代化回収を施す必要があるだろう。しかし、その予算、技術、更には誰がどうやるのか。全てが靄に包まれ、作り上げられないように感じられる。

「その顔、"長門"だった時みたいですね」

 神通は直接、長門であった今川と共に戦った事はない。それでも資料か何かで見ていたのだろう。あの時の自分は、深海棲艦に敗れる訳にはいかないという思いと、旗艦である以上は部下の模範となり、規律を重んじなければならないという思考停止に陥り、それが顔に出ていた。酷い顔だと武蔵によく笑われたものである。

「老いても性根は変わらんさ。……神通。お前は未知と戦うのが怖くないか?」
「私達、大湊の艦娘はその未知と戦い続け、血を流しながらそれを打破してきました。……もう恐怖なんてありませんよ」

 神通の吐く言葉に今川は顔を顰める。恐怖は生存本能だ。その恐怖を抱かないというのであれば、生きる意志を持たないそれ——深海棲艦——と同じなのだ。特に深く考えての発言ではないのだろうが、神通のその言葉は不愉快な物であった。

「恐怖は死を忌避するものだ。恐れを忘れるな」
「……恐怖に惑い、足を止めれば死神に喉を裂かれますよ」
 
 恐怖を忘れるなという者と恐怖に止まるなという者。その2人は顔を見合わせ、にやにやとした笑みを浮かべていた。顔立ちは全く違うのに、その笑みはとても似通っていた。鉄火場を潜り、仲間の死を見届け、敵を屠り続けた兵士の顔だ。

「私が現役を退いたら、お前を此処の司令として迎え入れるよう進言しなければな」
「……筋が違うと思えば、上官に忌憚なく進言するのがその"部下"というものですから」

 優しげな笑みに切り替わった神通。その額を軽く拳で小突くと、彼女は痛くもないのに大仰な素振りを見せた。そして肩から掛けていた鞄から書類を取り出して、今川へと手渡した。

「"きよなみ"の入隊許可を。これ申請書です」
「函館と大湊のどっちに置くんだ?」
「函館です。日向さんが運用案を作ってくれたので、それを一番理解してる彼女の下に」
「そうか」
 
 日向の下に就くというのであれば、問題なく彼女を運用出来ることだろう。砲を主体とする艦娘であるが、近代の艦隊戦、運用にも精通している彼女ならば信頼が置ける。恐らくはあきつ丸や飛鷹の直衛として、運用し、完全なアウトレンジから対艦ミサイルを運用、さらにはレーダーで補足した敵艦隊の情報を同期してくれるだろう。自衛隊の戦術レーダーリンクに依存する必要がなくなり、戦闘が円滑となる事を予想される。どうであったとしても、後々日向の運用案を確認しなければならない。

「言ってましたよ。私にもVLSをくれ……って」
「善処しとくと伝えておけ。どうにか艤装を開発しなければなるないだろうからな」
 
 冗談半分、本気半分で神通と言葉を交わす。彼女は穏やかに笑っていた。その笑みを見て、今川は理解するのだった。彼女は恐怖を抱かないのではなく、不安を抱かない勇ましい女なのだと。それを恐怖を持たないと言っているだけなのだと。