二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 艦これ In The End of Deeper Sea ( No.5 )
日時: 2016/04/10 13:45
名前: N ◆kXPqEh086E (ID: hAr.TppX)

 抜き身の軍刀を見つめながら、日向は溜息を吐く。刀身は微かに歪み、刃毀れを起こしていた。昨晩の戦いの中で久々に使ったのが原因だったのだろう。状態維持の為には普段から、使う必要があるのだがそれを怠ったが故のツケを清算する羽目になってしまった、明日は我が身と肝に命じた日向は鞘に軍刀を納め、窓から外を見遣る。町並みは昨日、深海棲艦の襲撃があったとは信じられない程に穏やかで、人々は日常に追われている。

「伊勢……。私達が負けていたら、此処は地獄絵図だったのだろうな」
「そうだろうねー。何人も死ぬ事になっただろうから。ま、良いじゃない? 勝ったんだしさ」

 日向とは逆の方向の窓を見ながら、伊勢は言う。彼女の視界には昨日戦った海が広がっている。深海棲艦から攻撃を受けた、護衛艦「きよなみ」が艦首を失い、VLS区画と給弾室を露わにしながら曳船(以下YT)に曳航されながら、近隣の造船所へと向かっている。

「きよなみは何人死んだか聞いているか」
「さぁね。元々VLSに居る一分隊員って少ないし、給弾室には人配置してないし」
「精々4、5人という所か。——いや、人死にが出ない事に勝るものはないのだが」

 実のところ、深海棲艦とのファーストコンタクトを果たしたのは「きよなみ」であった。津軽海峡の東側から対潜網を潜り抜け、津軽海峡に侵入した深海棲艦を探知し、戦闘行動を取っていたのだ。彼等が居なければ、対処が遅れていた可能性があった。現に彼等は函館に襲来するであろう、空母オ級を2体撃沈している。

 「きよなみ」は深海棲艦という脅威が発生したが為に、やまぐも型護衛艦以降の新型DDKとして建造、就役した対潜護衛艦であったが損耗率は高く、「きよなみ」に至っては就役から8年余りの間に大規模な修理を3度も受けていた。

 ネームシップである「ふじなみ」と二番艦の「はやなみ」は深海棲艦の手によって、周防灘と浦賀水道でそれぞれ修復不能な程に大破させられており、既に除籍してしまっている。幸いにも死傷者は少なく、自力で帰港したらしいが、横須賀と呉に配備された艦娘達は何をしているのかと大湊では相当物議を醸した。

「あれだけやられたら、私等も呉とか横須賀の連中の事言えないねぇ」
「……不本意ながらまったくだ」

 町から視線を外し「きよなみ」を見据えながら、日向は返事を返す。本来であれば自分達が早急に対処し、護衛艦の損耗は避けるべきだったのだろうが、それが出来なかった自分達が情けなく思えてしまう。

「あぁ、日向此処に居たのね」

 白いブレザーに袴という奇妙な出で立ちをした黒髪の女が声を掛ける。

「飛鷹か。何だ? 」
「損害状況をまとめた書類よ。確認して。マズいわ」

 飛鷹から受け取った書類を目に通すと第3護衛隊並び第7護衛隊と、大島警戒監視隊の被害状況がまとめられていた。第3護衛隊は神通が左足を欠損、右足を損傷。第7護衛隊では足柄が全身に重度の火傷を負い、不知火も同様の負傷している。また川内が左手を失ってしまっていた。大島警戒監視隊に至っては霧島が右目を“喪失”、由良ならび長波が複数箇所の内臓破裂という被害を被っているとの事だった。
 一通り読み終えると、苦い顔をしながら日向は書類を伊勢に手渡す。伊勢もそれを受け取り、ざっと目を通すなりうげーっと大げさかつ、軽率な反応を取ってみせる。

「お前、状況分かってるのか……?」
「分かってるよー? あんまり気にしちゃいけないからね。なるようにしかならないんだもの」

 伊勢の言う事は尤もであるが、最悪の状況を想定するのは必要な事であり、蔑ろにするような事はあってはならない。一航戦や二航戦、コロンバンガラでニ水戦に叩きのめされたエインスワースと同じ轍を歩む事は許されないのだ。

「危機的状況だという事を忘れるな」
「此処で私達が敗れて、大湊まで侵攻を許したらそれで終いだからねぇ」
「補充、増援があれば助かるのだが、そうともいかんだろうな」

 第二波攻撃が今夜発生すれば、瓦解しかねないだろう。如何に負けない戦いを行うか、策を講じる必要があるだろう、と難しい顔しながら頭を悩ませ始めた日向を見つめ、伊勢は少し憂いを帯びた表情を浮かべ、また「きよなみ」に視線を向けた。




 
  月は厭に光り輝き、静かな水面にその光りを照り返す。静かな海を見遣りながら霧島は溜息を吐く。失われた右目は明石を以ってしても未だ治り切らず、ガーゼで覆われたそこには微かに血が滲んでいた。

「由良と長波は大丈夫でしょうか……」
「……なるようにしかならないわよ? 」

 傍らで不安げに振舞う明石を、励ますような事もせずに霧島は思いの丈を呟いた。彼女は正直だ。此処を死ぬまで守れ、守ったら死んでもいい。そう部下達には教育を徹底させていた。それが故に、長波と由良は命を投げ打ち、大島の防衛に尽力したのだ。彼女達は大島を守った、死ぬ権利は既に得たのだ。

「誰が生きる、死ぬは関係ないわ。私達は此処を守るだけ。……明石、逃げたいなら逃げてもいいわよ? 」
「いえ、最期まで此処に居させてもらいます。死ぬまで私は治し続ける運命ですから」
「そう。心強いわ」

 良い部下を持ったと薄っすらと笑みを浮かべながら、霧島は厭に静かな海を見据えた。浜辺では艦の時代にソロモンの狼と呼ばれた青葉が、霧島と同じ方向を睨み付けていた。彼女は意気軒昂といった様子だ。傍らの巻雲はいつものようにオロオロとした様子ではあるが、問題はないだろう。平常運転だ。

「——我等幸福なる少数は、兄弟の群れである。何故ならば、私と共に血を見る者は私の兄弟となるからである、ってね」
「……シェイクスピアですか」
「えぇ、私達は皆血を流したわ。だからもう姉妹みたいなものよ。一緒に戦って、一緒に守ってね」
「ソ連と戦った士魂部隊もこんな気分だったんでしょうか」
「近しい物はあったかも知れないわね」
「ですけど正直、“土塊”にはなりたくないですね」
「いいえ、私達は“藻屑”よ」

 霧島は縁起でもない言葉を吐いて、にこやかに笑ってみせた。笑えない冗談だと霧島の肩を明石は軽く叩いて、笑みを浮かべる。こうして笑いあえるのもこれが最後かも知れない、ならば笑っておこう。そう胸に刻みながら明石も霧島や、青葉同様海を睨み付けていた。

「工作部に戻れればいいのですが……」
「南沢技官も寂しがってるんじゃないかしら?」
「なっ——、あの人はそういう人じゃないですから!」
「はいはい、からかって御免なさいね」

 顔を赤らめながら憤る明石を軽く往なしながら、霧島は小さく笑う。彼女には思い人が居る、決して死なせてはならない。もし彼女を死なせてしまったらば、その責任を取り自分も沈もう。そんな事を霧島は考えていた。それが現実に対する逃避だと知りながら。