二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 艦これ In The End of Deeper Sea ( No.7 )
日時: 2016/04/11 22:20
名前: N ◆kXPqEh086E (ID: hAr.TppX)

第一突堤に付けたDEX「じゅんよう」の後部甲板には五体が満足で、戦える艦娘達が思い詰めた表情で一同に介していた。第七護衛隊は負傷者だらけで、川内は右手首から先を失い、龍驤は腕を吊っている。そして最後に妙高は顔の左半分がガーゼに覆われており、比較的軽い怪我で済んでいる龍驤はそれを見てニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべている。

「妙高、女っぷりが上がってるんと違うん?」
「龍驤さん……、口は慎んだ方がよろしいかと」
「なんやぁ、冗談やんかぁ。そないな怖い顔せぇんといて」

 軽口を叩く龍驤を戒めるように、言葉を発した妙高は露になっている右目だけで、第三護衛隊の一同を見遣る。

「被害は神通さんだけでしょうか?」
「えぇ、なので今回は比較的被害が多い七護隊は後方支援ならびに、龍驤さんの護衛をお願いします」
「頼むで」

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、肘で妙高を小突く龍驤。もう片方の腕を吊る羽目にならない内にやめるべきなのだろうが、そこまで気が回らない様子で、厭に座った瞳を向けられ、一瞬だけたじろぐと龍驤はつまらない、といった様子で外舷側へとふらふらと去っていく。

「あんなちんちくりんでも歴戦の空母なんだからさぁ、少しはそれらしく振舞ったら良いじゃん」
「……あのちんちくりんを護衛するなんて、気が重いですね」
「聞こえてるんけど!」

 毒づく妙高。龍驤を“ちんちくりん”と称したが龍驤は大湊きっての古強者なのだ。一番最初に大湊に配属された艦娘で、数々の激戦を潜り抜けてきた。それ故に艦娘の身でありながら、海上訓練指導隊に所属し階級としては准尉——下仕官の最高位——を授かっている。尻に卵の殻がついた三尉殿や、組織に染まり始め天狗になりだした二尉では太刀打ち出来ない。そんな艦娘なのだ。

「失礼しましたね、准尉殿」
「なーんか嫌味やなぁ。——ま、ええわ。頼むで。真面目に」

 龍驤は妙高に顔を向ける事なく、外舷側に身を乗り出す。ぼんやりと海面を見ていると何処となく、淡く青く光り輝いていた。北の海には珍しい夜光虫が、港湾内に入り込んでいるようだ。それが何故か、不吉な物に思え龍驤は息を呑んだ。

(何もなけりゃ良いんやけど……)

 夥しい数の夜光虫が蠢き、青白く輝く海面、それが深海棲艦の瞳の輝きのように思えてしまったのだ。まるで自分達の足元に広がる海が全てが深海棲艦で、常に彼らに見張られているような不気味な錯覚を覚える。口元を抑えながら海を睨み付け、龍驤は溜息を吐くと舷門へと歩みを進める。海を見まいと突堤を静かに見下ろした、彼女の表情は優れなかった。



 「じゅんよう」艦内の通路で、神通は急拵えの義足を穿いていた。切断部は手荒く、バンデージで覆われてはいたが、微かに赤く血が滲んでいる。義足が触れる痛みに唇を噛み締めながら、立ち上がる。灰色の壁に手を付き、一息吐くなり彼女は表情を和らげようと不自然な笑みを浮かべながら、歩みを進めた。

「神通、あんま無茶しちゃいかんで」
「……龍驤さん。私第三護衛隊の旗艦ですからね」
「うちやったら旗艦でも、ベッドで寝てるわぁ。今みたいに腕吊ってるだけで、戦いとうないんけどなぁ」
「そうも行きませんよ。夕立と高波に示しがつきません」
「別にええやん。連中、馬鹿やけど思慮がない訳やない」

 そうにこやかに笑いながら、龍驤は言う。確かに彼女の言う通りだろう。彼女達は神通の直属の部下であり、筑摩や大淀とはまた違った付き合いをしている。そんな中で、信頼、敬慕を勝ち取り理解を得ている以上、今回の負傷で神通が戦線を離脱したとしても不平不満を漏らす事はないだろう。

「たまには“ぽいぽい”“かもかも”聞かんでええんちゃう?」
「あら。慣れると良いものですよ。賑やかで微笑ましいじゃないですか」
「……そういう事やない。神通、お前さんがもし沈んだら、高波も、夕立も悲しむんや。片足のないお前に何が出来るん?」
「身を賭して、深海棲艦を叩けます」

 一部の迷いもなく、神通はそう龍驤に言葉を吐くなり龍驤を押し退けて歩み出す。彼女の表情はどことなく決死の覚悟が見え隠れていたように感じられた。口を噤みながら、その背を見送る龍驤の表情はどことなく暗く、陰りがあった。指揮官であるからの矜持に基づいて勇気と無謀を履き違えるのは、愚か者のする事だ。しかし、それを愚か者と龍驤には罵れなかった。かつて、己が艦の姿を保っていた頃、そのような愚か者の無謀に付き合って、戦地を駆けずり回った記憶がそれを邪魔する。今、此処で神通を愚か者と罵れば、今海底に英霊達を否定してしまう事になるからだ。

「……しゃーないなぁ」

 恐らく神通は搭乗員待機室へ向かった事だろう。CICでは乗員達が神経を尖らせて深海棲艦を探索しており、防衛省の管轄となる秘区画への立ち入り許可を持たない艦娘は立ち入れない。内々で立ち入ったとしてもブリーフィングできる状況ではない。
 

 案の定、搭乗員待機室には3護隊の面々と、残存した7護隊が緊張した面持ちで向かい合い座り込んでいた。ブリーフィングをしている訳ではなく、それぞれが静かに出撃の時間を待ち続けていた。その中で神通は覚悟を決めたような瞳の据わった面持ちで座し、相対する妙高は厭に殺気立った様相で水密扉を睨み付けていた。

 妙高の妹である足柄は飢えた狼と称されど、彼女もそれに等しい。足柄は勝利を求め、結果を出しやすい争い単純に好む。だが妙高にいたっては戦いが好きなのではなく、敵に向ける執念が凄まじいのだ。ましてや顔を半分潰された以上には、ただで済ませる気はないだろう。7護隊に残った川内まで、それに当てられてしまっているのか厭にギラついた瞳でソワソワとしている。この空気はよくない状況だと龍驤は顔を一瞬だけ顰め、妙高と川内の間に腰を下ろした。

「……あっち空いてますけど」
「ええやん。真面目に護衛頼むで。やりすぎんようにな」
「えぇ……」

 短くも、何処となく尾を引く彼女の返答。それは戦いに向ける執念に飲み込まれている証だった。ふと、隣の川内を見るもとてもではないが話しかけていいような状況ではない。まるで違法薬物の中毒者のように、瞳がギラついている。

 相反し3護隊は落ち着き払い、何事にも動じず、不退転の意思を露にしているように感じられた。神通は前述のとおり、筑摩や大淀は静かに艦に揺られ、戦いの時を待っている。高波、夕立に至っては神通の両隣に座り込み、神通の様子を見つめていた。その視線には不安などはなく、絶対な信頼が宿っている。

「妙高さん」
「……はい?」
 
 静寂を破ったのは神通であり、ジトついた妙高の視線が神通に向けられた。一瞬、高波が怖気づいたように肩を震わせていたのは気のせいではない。

「今川司令に連絡取りましょうか。最後かも知れませんし」
「……衛生電話持ってきますね。その足で歩かせる訳にはいきませんから」
「ありがとうございます」

 搭乗員待機室を後にする妙高。彼女も、これが最後かも知れないという思いがどこかにあるのだろう。それが故にあの様な表情をするとなれば、相当な狂人であるように思えたが、死と隣り合わせだという考えを失っていなかったようで、龍驤は僅かばかり安堵したような表情を浮かべた。

「よく笑ってられますね。大湊の赤備えには、全く恐れるに足りないのでしょうか?」

 にこやかに笑みを浮かべて、神通は龍驤に向けて軽口を叩いた。呼応するように維持の悪い笑みを龍驤は浮かべると、同時にどことなく空気が和らいだような気がした。神通の両隣の駆逐艦達も笑みを湛えている。

「死ぬかも知れませんが、いつもどおりやりましょう」
 
 幼子を諭すような柔らかい口調で、言い放たれた言葉は神通の覚悟なのだろう。やれる事をやる。普段の訓練で培った力を存分に振るう。ただそれだけ。足が片方無かろうとやるべき事はそれだけなのだ。FTGに属していながら、基本的な事を忘れていた龍驤は、戦いに呑まれていたのは自分だったと卑下するような、自虐的な笑いを浮かべる事しか出来なかった。