二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 艦これ In The End of Deeper Sea ( No.8 )
日時: 2016/04/16 01:38
名前: N ◆kXPqEh086E (ID: hAr.TppX)

 
 搭乗員待機室の中では、ジャコ・パストリアスの名盤、ヘヴィ・ウェザーが安っぽい壁掛けのCDプレイヤーから流れていた。大淀の趣味である。彼女は煙草を咥えながら、壁の向こうに広がるであろう真っ黒で、荒れ狂う海を視てながら、司令と言葉を交わす専有達の声に聞き耳を立てていた。神通は静かに、穏やかに語り、妙高は決死の思いを述べる。それぞれが各々、思いの丈を明かしていたが大淀にはその気がなかった。これは最後に非ず、非理法権天に基づきただただ打ち勝つのみなのだ。非は深海棲艦にあり、己は理。深海棲艦が理だというのであれば、己は法である。

(……泣き言か)

 内心毒づきながら、煙草を携帯灰皿に押し込み眼鏡の位置を直して、腰を下ろす。ヘヴィ・ウェザーの8曲目、バードランドが終わろうとしていた。

「大淀、今川司令になにかありますか?」
「いえ、私は別に」
「そうですか……。司令からは沈むな、だそうです」

 頼まれても沈むものか、と内心毒づき、大淀は小さく頷いた。恐らくは誰もが大淀と同じ思いだろう。もう二度と真っ暗な海底は見たくなどない。どれだけ手を伸ばしても届かない、海面を羨みたくなどない。もし此処で深海棲艦に敗れれば、津軽海峡を封鎖され大湊基地は機能を失い、更にはチョークポイントの喪失により、シーレーンを封鎖される。そうなれば日本は半身をもぎ取られたような痛手を負う事となり、深海棲艦との戦いのみならず、国民の生活にも大きな支障が発生する事となる。

 実のところ司令である今川直海と大淀は不仲である。というのも、今川直海が長門であった頃から大淀は、彼女の隷下で深海棲艦との戦いに従事し各地を転戦してきた。その中で、長門の無茶な振る舞いから幾度となく死線を彷徨うはめになり、ロクな目に遭っておらず、その長門が艦娘としての任を全うし「今川直海」という人間として艦娘の指揮を執り行う事に、一方的な不満を持っていたのだ。事実、今川は長門時代も戦闘に対してはピカイチだったが、戦術理解の能力に欠けた面があった。

(相変わらず脳筋……。オーダーが沈むなってどういう事)
「あと……、司令からは————」
『——合戦準備、総員戦闘配置に付け。繰り返す。合戦準備、総員——』

 ノイズが混じった艦内マイクが鳴り響くと同時に、電路が管制され搭乗員待機室の明かりは最小限の赤い非常灯のみとなり、大淀の持ち込んだCDプレイヤーは何一つ音を発さなくなっていた。薄暗がりの中、全員の表情が強張っていくのが分かる。

「……行きましょうか」

 口を開いたのは妙高。静かに立ち上がりながら、顔半分を覆ったガーゼを彼女は投げ捨てた。焼け爛れたその顔の半分が姿を現し、焼けて萎縮した閉じない瞼の下に在る、彼女の瞳は鈍く光り輝いていた。戦場に赴く覚悟を決めた顔は、恐ろしげながらも美しいものだ。神通は息を飲み、小さく頷くと第3護衛隊の面々に目配せし、先に歩みを始めた第7護衛隊の後を追った。



 「じゅんよう」後部甲板から見る海は、昨晩よりも荒れ狂い内海だというのに、まるで外海にいるような錯覚を覚えた。一つ、二つ、三つと波を超え、四つ目の厭に高い波を「じゅんよう」が乗り越え終えた時、龍驤は口を開く。

「敵さん、艦で出てきてるんちゃう?」

 深海棲艦は海象、気象が荒れている際に人の姿ではなく、艦の姿を取る事がある。何れも黒死病患者のように真黒で艦橋から青白い光を発している事が多い。艦娘も同様の技能を所有しているが、そこが大きな違いであった。

「……LINK60の情報によるとターゲットAからFまでは深度90m付近を、約22ノットで巡航しているようですが」
「海面には出てきとらんのね」
 
 戦術データリンクのガイダンスを聞きながら、大淀は小さく頷いていた。「じゅんよう」に配備された251飛行隊のSH-60Lのソノブイが捉えた情報は深海棲艦と思しき物体が、深度90m付近を22ノットで津軽海峡東口近辺を航行しているらしい。

「多分これは陽動ですね。本隊は西か、更に深いところを進んでいるかと」

 と、大淀は語る。あくまで推測の域を出ない話であるが、昨晩の深海棲艦の戦い方を見る限りでは、戦力の分断や断続的な攻撃を仕掛けるなど、まるで何者かの指揮を受け、各々が思考し戦っているように感じられた。現在補足、監視を続けている深海棲艦の戦力規模としては第3護衛隊と同規模。陽動として配置され、本隊が函館の分遣隊を襲撃した上で、函館を突破し背後を突いてくる可能性は多いにある。

「……平舘海峡の出口まで進みましょうか、津軽海峡には出ないように。恐らく彼等は次の一手を打ってくるはずです」

 艦娘の損耗、損失を避けるならば早急な交戦は避けるべきであった。平舘海峡に布陣し、深海棲艦の陸奥湾侵入阻止および警戒監視を行うのが定石だろう。深海棲艦の動きに合わせた後手の対応となるが、致し方ない。

「夕立、日向に連絡取って。函館分遣隊は津軽海峡西口に布陣するように伝えて」
「りょーかいっぽい」

 やや間延びした返答ではあるが、インカムを手繰り寄せてすぐに日向へと連絡をしているようであった。彼女は雰囲気や言葉については、軽く見えるが中身はそんな事もなく、高い戦術理解能力や、戦闘能力から艦隊の通信役を担う事が多い。

「日向さん、分かったって」
「えぇ、ありがとう」

 日向達が津軽海峡西口に向かえば、チョークポイント全体の監視が行き届く事となり、西口から進入を図る深海棲艦を食い止める事も出来るはずだ。東口の深海棲艦は引き続き、監視を続け西に向かうようで自分達が側面を叩けば良い。

「取りあえず平舘海峡まで行きません? 兵は神速を尊ぶものですよ」

 尤もらしい事をいう妙高であるが、彼女の表情から一刻も早く戦いたいという意思が現れているように見えて仕方がなかった。先刻の龍驤と同様の思いを抱いたが、口には出さず神通は小さく頷いて、外舷へと身を乗り出した。