二次創作小説(映像)※倉庫ログ

 白に交わりて黒くなる  ( No.1 )
日時: 2016/06/25 20:18
名前: 和菓子 ◆H/vTb2U81c (ID: a.ADsdli)

 無数のライトを浴びて、白い歯を見せて笑いながら歌う姿。情熱的な声と、蠱惑的な眼差し。目が合った瞬間に、わたしの世界は鮮やかに色づいた。——このひとに、追いつきたい。期待と憧れを胸に飛び込んだ世界は、額縁の外で見るよりもずっと薄汚れて、濁っていた。



 〝一世を風靡した子役の現在に迫る〟——馬鹿馬鹿しい見出しの記事に目を通しながら、ソファに腰を下ろす。
 びっしりと細かく書かれた文章の中にちらほらと見知った名前を見つけて溜息が零れた。
 ドラマで共演したミズキちゃん、バラエティー番組で何度か有ったユウトくん、ドッキリ企画で見事わたしの演技に引っ掛かって泣いちゃったサクラコちゃん。彼女は、彼は、と、プライバシーの侵害もクソもなく、あることないこと適当に書かれた週刊誌を閉じてテーブルへ放った。

 芸能界は、厳しい弱肉強食の世界だ。

 長年界隈に身を置いているから優遇されることもなければ、天才だなんだと囃されても一年すればパッとその姿を消す者も少なくない。あのゴシップ記事に名前を挙げられていた子達は皆、わたしと同じ時期に芸能界入りして、今は平凡な学生生活を送っている子たちだ。誰が生き残るかを決める振るいに掛けられて、残ったのはわたしを含む、ほんの一握りの子どもだった。
 かく言うわたしだって、母親が大物女優だという肩書がなければとっくの昔に消えていたかもしれない。七光りだけでこの世界に身を置けているわけではないが、それが多少影響しているのは否定できない。
 映画監督の父と女優の母直々の厳しい演技指導と、それなりにあると自負している社交性のお陰でわたしは今この世界に身を置けている。はじめの頃は楽しかった。礼儀正しくそれなりに演技の上手い子どもを、大人は天才二世だと持てはやした。幼い頃、憧れてやまなかった世界そのものがそこには広がっていたのだ。

 現実を知らないでいられたら、わたしも、彼らも、どれだけ楽だったんだろう。

「ご機嫌ななめねえ、シズちゃん」
「……椎原(シノハラ)、あれを読んだ? 本当に、腹が立つ……」
「ゴシップにいちいち振り回されないの。最初に教わったでしょう? ……ああ、でも、うーん、コレは少しひどいわねえ」

 ノックもなしに楽屋に入り込んできたのはマネージャーの椎原だった。
 親しき仲にも礼儀あり、という言葉を知らないのか何なのか、ノックもなしにわたしの部屋に入り込むのは当たり前、スケジュール調整も独断でやる勝手な人だ。とはいえ、彼女が調整してくれるお陰で体を壊すことなく、わたしの希望もうまく取り入れつつ、無理のない範囲でやっていけているのだから文句はない。
 椎原はわたしがテーブルに放った週刊誌をぱらぱらと捲り、わずかに眉を寄せた。芸能界入りした当初からずっと一緒にいる椎原は、その記事に名前が挙がっている彼女たちのこともよく知っている。人気な芸能人のゴシップは腐る程あるものだが、既に芸能界から足を洗って一般人として生活する彼女らのプライバシーを侵害するのは流石にやり過ぎだと椎原も思ったのだろう。
 捨てておくわ、と椎原がゴミ箱に週刊誌を落とした時、不意にノック音が響いた。表情を取り繕い、どうぞ、と声を掛ける。

「し、失礼します! 本日共演させていただくIDORiSH7のマネージャーの小鳥遊紡といいます」
「IDORiSH7のリーダー、二階堂大和です。本日はよろしくお願いします」
「はじめまして。こちらから挨拶に出向かず申し訳ありません。小波 和(サザナミ シズカ)と言います」

 立っていたのは自分とそう年齢が変わらないであろう子と、緑髪の男性。IDOLiSH7——その名はもちろん、聞いたことがある。去年のブラックオアホワイトミュージックファンタジアで、前年度優勝者のTRIGGERに挑み、見事勝利を収めた今話題のアイドルグループ。今日収録のバラエティー番組には冠番組の番宣ということで来ているのだろう。丁寧にお辞儀をする彼女たちに、自分と椎原も頭を下げる。
 挨拶もそこそこに、二人は自分たちの楽屋へ戻っていった。おそらく、プライベートでは大人数で遊ぶことを好まない、というネットに出回っているらしいわたしの情報を見て七人全員で挨拶には来なかったのだろう。その情報は正しい。ただでさえゴシップ記事に気が立っている今、ストレスになり得る要因を増やしたくはない。
 収録開始までもう少し。楽屋を出る前に鏡で念入りに身だしなみをチェックしている後ろで、椎原がつぶやく。

「うーん、若いっていいわねえ……今話題のIDORiSH7、どんな子たちかしら」
「さあ。少なくともわたしよりは素直で可愛げがあるんじゃない」
「そう思うわ。苦労をしているのは知っているけれど、彼らが歩んできたのは、きっとあなたが歩んできた道よりはずっときれいに整備された道だもの。……うふふ、ほら、口角を上げて、かわいい顔を見せて。うん、そう……自信を持つのよ、シズちゃん」

 彼らは努力家であり、天才だ。わたしのような凡人が努力しても、足元にも及ばぬほどの才能に満ち溢れた、芸能界を背負っていくスターになれる逸材だ。——わたしにはないものを、彼らは持っている。
 口角を上げて、笑って。椎原がオーケーサインを出した表情を貼り付けて楽屋を出る。コツコツとヒールを鳴らして、すれ違う関係者に挨拶をしながら、スタジオへ向かう。

 わたしは、女優だ。
 色んなものを踏み台にここまでのし上がり、本当の自分を見せられないまま台本通りを演じる、女優だ。