二次創作小説(映像)※倉庫ログ

 白に交わりて黒くなる  ( No.2 )
日時: 2016/06/28 20:41
名前: 和菓子 ◆H/vTb2U81c (ID: a.ADsdli)

「お疲れさま! IDOLiSH7、良い感じだったねー」
「あ、ありがとうございます!」
「お疲れさまです!」
「おっ、お疲れ和ちゃん! 今日も良い感じだったよ」

 プロデューサーににこやかに一礼、IDOLiSH7のセンターの赤髪の子にも目礼をしてから楽屋に戻る。楽屋に入るまでは女優としてのスイッチをオンにしていなければならない。口角を上げたにこやかな表情のまま楽屋に入って、ようやく力が抜けた。
 収録は普段通り、何事もなく進められた。
 毎週水曜日に放送されるこのバラエティー番組の司会を務める大物芸人コンビのお二人もIDOLiSH7のことは気に入ったようだった。あの二人は流石お笑い芸人ということか、礼儀正しく、さらに番組を盛り上げるような子でないとお気に入りとは見なさない。特にアイドルといった華々しいのはあまり好きじゃないともっぱらの噂だから気にしていたが、いい意味で裏切られたということか。終始にこやかだった。わたしがお二人に認められるよりもずっと短い時間で、彼らは認められた。——世間にも、業界人にも、同じように。
 手早く着替えを済ませ、椎原にスケジュールを確認する。この後すぐにスタジオを移動して、息吐く暇もなく音楽番組の収録。わたしと男性アーティストの方とで、次週放送開始のドラマの番宣だ。次は、TRIGGERと同じスタジオだったはずだ。TRIGGERの八乙女楽とは来週クランクインの映画で共演の予定がある。その映画とは、教師と生徒が恋愛するという王道ストーリーの少女漫画を実写化したものだ。原作ファンが多く、期待の声と反対の声とが同じだけ多く挙がっていたが、キャストが発表された途端に全ての声が期待だけになった。そりゃあ、抱かれたい男No.1が相手の教師役だ。ヒロイン役として選んでいただいた身としては何であいつがという妬みの声が多くてげんなりしてしまうのだけれど。
 すれ違う関係者に挨拶をしつつスタジオを後にし、椎原の運転する車に乗り込む。ゆったりしたクラシックの流れる車内で、窓に寄りかかって目を閉じた。

 着いたわよ、という声と、ピピピ、という電子音に目を覚ます。ここ数日は多忙なので、移動時間は睡眠時間に充てるようにしている。欠伸を噛み殺して返事をすると、椎原がクスッと笑った。

「今日は忙しいわね、シズちゃん」
「……椎原が調整したんでしょう。さすがに朝から食べてないのはつらいからゼリー用意しといて」
「分かってるわ」

 車を降りて、用意された楽屋へ向かう。収録までのんびりしている暇はない。寝覚めは良い方なので、後に引く眠気はないし、多少の睡眠時間のお陰で頭がすっきりしたような気さえする。
 楽屋に着いたらまずは共演者の先輩へ挨拶をしに向かう。普段は椎原を連れているが、忙しいときにはわたし一人で向かうようにしている。まずは番組の司会の方からだ。音楽界の大物男性アーティスト二人組。他の番組で共演させていただく機会はあったが、この番組にお呼ばれしたのは初めてのことだ。今回呼んでくださったのは、ドラマで共演する方がお二人のお知り合いだからだろう。
 ほとんどが顔見知りということもあって、特に問題なく挨拶回りを済ませる。TRIGGERとは廊下ですれ違ったこともあり、挨拶は簡潔に済ませられた。特に八乙女楽とは来週から顔を合わせることになるのだから、印象は良くしておきたい。
 芸能界入りして十年ほど経過する身なので、年功序列が基本の芸能人としては仕方ないのだが、年上に敬語を使われるのはどうしても慣れない。ちゃんと敬語を使ってくれるのは彼らがしっかりしている証拠ということで良いのだろうが、使われる身としては気まずさの方が勝つ。
 そう思いながら楽屋へ戻ると、コンビニの袋を持った椎原が居た。椎原はわたしを見つけると駆け寄ってきて、どれが良いと訊ねてくる。リンゴ、モモ、ブドウ、パイン、ミカン——果物風味のゼリーが七個ほど入っている。モモ味のと透明なプラスチック製のスプーンを取って、蓋を開けて一口。のんびりする時間は無いので、飲むように食べ終えてごみを机の上に放置しておく。小腹を満たしたところで衣装の確認を終えたら、本日二度目のメイクが始まる。

「そういえば明日は一日オフなのよ」
「へえ」
「どこか出掛けたりしないの? 車、出してもいいわよ」
「別に、興味ないよ。出掛けるなら自分の足で行く。椎原こそ休んでよ」
「あら優しい」

 着替えとメイクを終えて、収録までもう間もない。どうでもいい話をしながら楽屋を出ると、TRIGGERと鉢合わせた。会釈をすると、会釈が返される。

「そう言えば、」
「……なんですか?」
「来週から、うちの楽と共演の映画がクランクインなんでしょう。迷惑をかけるかもしれませんけど、よろしくお願いします」
「迷惑ってなんだよ。……まあ、宜しくお願いします」
「いえ、こちらこそ。TRIGGERの八乙女さんの相手なんて大役、務まるかどうか不安ですけど。色々言われそうですしね」

 センタのーの九条天が思い出したように切り出した話題に内心苦笑しながら笑顔を貼り付けたままに応える。すっと細められた瞳が怖い。プロ意識の高い彼と話すのは苦手だ。去年も、同じことを思った気がする。
 流れのまま、TRIGGERとなんとなく会話をしながらスタジオへ向かう。後ろに着いてきているマネージャー二人は去年初めて会ったときから意気投合して以来、会えばずーっと喋りっぱなしだ。たしかに喋り方は似ているかもしれない。