二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- Ⅰ.かみさまなんていない ( No.1 )
- 日時: 2016/07/19 21:14
- 名前: 相生 ◆sCQyRUoN8s (ID: a.ADsdli)
「……大丈夫だよ、シャーリー。おれが、助けてやるから」
五年前から一度も目を覚まさない片割れの小さなてのひらを握り締めて額に宛がい、もはや口癖になりつつあるその言葉を呟いた。
七歳の頃に両親を火事で亡くし、行く宛もなく彷徨っていたシャッキーとシャーリーを見つけて保護してくれたのはトラペッタにある教会の神父と修道女の親子だった。
決して裕福とは言えない暮らしの中で、時間も手間もお金もかかる幼い二人を引き取り、独り立ちができるまで育てると言って救いの手を差し伸べてくれた二人に、シャッキーとシャーリーは多大な恩を抱いている。ゆえにシャッキーもシャーリーも、その恩に報いるべく、修道士になることを決意した。——彼女が倒れたのは、十歳になった二人が船で渡った向こうの大陸の修道院へ行くことが決まった矢先の出来事だった。
突然だった。
ついさっきまで笑顔だった彼女が、突然糸が切れたようにふっと崩れ落ち、二度と目を覚まさなくなった。何度呼んでも、体を揺すっても、泣いても。規則正しい呼吸音と、一定のリズムを刻む鼓動の音が聞こえなければ、シャッキーは彼女が死んだと思い込んだことだろう。本当に、死の呪文を掛けられてあっさりと死んでいく魔物のように、彼女は何の前触れもなく倒れたのだから。
突然倒れたシャーリーに戸惑い狼狽え、目に見えて塞ぎ込み始めたシャッキーを、神父と修道女は「神が助けてくれる」と慰めた。
シャッキーは知っている。人間が神に縋るのは、なにか大きな困難に、到底超えられそうにない壁にぶつかったときだと。己の無力さを思い知ったときだと。彼らは、シャーリーを助ける術を、知らないのだ。
「きみを助けるのはおれだよ……かみさまなんかじゃない。おれが、ぜったい……」
額に押し当てていた掌を口許に寄せて、口付けを送る。愛おしげに細めた双眸でシャーリーを見詰めて、シャッキーはその手を横たわる体の横へ戻してやる。
世界樹の葉とアモールの水、各種薬草を配合させた薬を打ち、必要最低限の栄養だけ摂取して生きている体は倒れた当時から殆ど成長していないように見える。それがどうしようもなく悲しかった。
教会の奥の小さな部屋に寝かされた彼女に、惜しみながらも別れを告げて部屋を出る。惜しむと言っても同じ建物内に自分の部屋があるシャッキーが自室へ戻ろうとしたとき、不意に教会の扉が開く音がした。
昼間は神父が、夜は修道女が神父の代わりに教会に来る人々を待っている。夜間に人が来ることは殆どないのに、と珍しく思って、好奇心から協会へつながるドアをほんの少しだけ開けて、覗き込んだ。
「良い夜だね、シスターさん」
「ええ、とても。……迷える子羊さん、というわけではなさそうですね」
「いや、迷える子羊だよ。きっと貴女が今まで見てきた誰よりも、自分のことが分からない迷える子羊だ」
そこに居たのは、きれいなブロンドの女だった。
ステンドグラスから差し込んだ月明りに艶やかな髪が反射してきらめいている。薄暗い教会の中には真っ赤に燃えた焔のような赤の瞳が浮かび上がり、愉快そうに細められていた。その視線は修道女を通り過ぎて、シャッキーに向いている。心臓が大きく脈打った。
女の声は、性別のわりに低く、落ち着いていた。自分自身が分からないと嘘か本当か分からないことを言いながら、その表情はどこまでも楽しげだ。怪しい。怪しくて、怖くて——でも、何故だか目が離せない。シャッキーは食い入るように女を見詰めていた。
修道女の目の前の椅子に脚を組んで座って、女は溜息を吐いた。その瞳はもう、シャッキーを見てはいなかった。
「シスターさん。なにか大事なものを忘れているような気がしたとき、貴女ならどうする?」
「大事なもの……例えば?」
「うーん……家族、友人、恋人……ゴールドの隠し場所でもいいし、お祈りの時間だっていい」
ははは、とおかしそうに笑いながら、女は指折り数えていく。
とにかく貴女が大事だと思うものなんでも、と結論付けて、女は修道女の答えを待つ姿勢を見せた。
突拍子もない質問に修道女はしばらく間を空けて考え込んでいた。難しく考えることはない、とシャッキーは思う。手当たり次第に探すのだ。自分の大事なものは何だっただろうと。手がかり一つ見つけられたら、後は簡単なのだから。何もしない時間がもったいない、
修道女は、たっぷり間を空けてから答えた。
「神にお祈りします。神はすべてを教えてくれますから」
「さすが、シスターさんだね。神さまに頼るなんて考え、わたしには思いつかなかったよ。……でもそうか、神さまは全てを生み出した存在だものね。人間の大事なもののひとつやふたつ、教えてくれるか」
シャッキーはなんとも言えない気持ちになった。
神様に頼る——神父と修道女は、いつも神に対し敬意を払い、神の恩恵を授かるべく日々の祈りを欠かさない。職業柄それが当たり前だとは理解していたし、自分もそうなるのだろうと思って色々とやってきたが、シャッキーはもう神と言う存在に疑問を抱いていた。
信仰することが幸せに通じるのなら、シャーリーは倒れたりしない。シャッキーの隣で笑っている、ありふれた幸せがすぐ傍にあるはずだ。大事なもののひとつやふたつを守ってくれるはずだ。
再びこちらを捉えた、すべて見透かしたような赤の瞳に、シャッキーは縮こまる。
「おかしな質問をして悪かったね」
「いえ。少しでも貴女の悩みを解決する手立てになったのでしたら幸いですよ」
「ふふ、ありがとう」
女は緩慢に立ち上がった。その瞳は依然としてシャッキーを見詰めている。
「……大事なものを取り返す手立てを、わたしは知っているんだ。神さまに頼らなくても、必ず取り返せる方法を」
修道女はあらそうでしたかと呑気に返すが、その言葉が彼女ではなく、自分に向けられたものだとシャッキーは理解する。
おいで、と唇の動きだけで伝えた女が背を向けて教会を後にする。その背中を追い掛けようと飛び出すよりも先に、再び教会のドアが勢いよく開けられた。飛び込んできたのは、毎日熱心に教会を訪れる若い男だった。
「大変だ! ま、街に……怪物が出たぞ!」