二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Ⅰ.かみさまなんていない ( No.2 )
日時: 2016/07/22 20:05
名前: 相生 ◆sCQyRUoN8s (ID: a.ADsdli)

 街に怪物が出た——その悲鳴を聞いて、シャッキーは教会を飛び出した。修道女の制止の声を振り払い、広場へ通ずる階段を駆け下りていく。
 息を切らせて到着した街の中央の広場には、なるほど、毛が抜け落ちて皮膚が緑である、到底人間とは思えない外見の生き物が馬車に乗っていた。シャッキーも初めて見る〝魔物〟の姿に息を呑む。
 怪物、魔物、化け物、散々に罵って石を投げる住民たちからその生き物を守るように前へ出る白毛の馬。なにか違和感を感じてよく見てみれば、その馬車の荷台に隠れるように、教会を訪れたあのブロンドの女が立っていた。

「っ!」

 目が、合った。
 にこりと細められた双眸に、シャッキーはひゅっ、と変な呼吸音を漏らす。

「何をしてるんだ!」

 ふらふらと、人だかりの中心にいる馬車に近付こうとしたシャッキーを止めたのは若い青年の声。後ろの方から人ごみをかき分けてやってきたバンダナの男が、怒気をはらんだ声で言いながら馬車へ近付いていく。
 行こう、とだけ言って、こちらを警戒するように見ながら青年は魔物と馬を促して街を出ていく。しばらくその姿を呆然と見つめていた人々だったが、すぐに、口々に何だったんだ、とか、怖かった、とか言いながら散り散りになっていった。
 その中で、彼らを追うようにそろりと街を抜け出して行った後姿を見つける。かつてはトラペッタ一番の占い師と呼ばれた男、ルイネロの娘のユリマだ。
 彼女も、あの一行に用事があるのだろうか——考えながらシャッキー歩き出そうとすると、不意にその背中に声が掛けられた。

「やあ、少年」
「……あなたは……」

 振り向くと、あのブロンドの女が居た。
 愉快そうに細められた紅玉の中に、戸惑ったような、それこそ神父や修道女の言う〝迷える子羊〟のようなシャッキーの姿が映り込んでいる。

「わたしはゼロと言うんだ。あの、怪物に付き従うお供のひとりさ」
「ゼロ、さん。……あの、おれに何かあったんですか?」
「うん。きみに、いや……きみの大事なものに、ちょっとね」

 ゼロ、と名乗った女は、挨拶のつもりか片手を差し出してきた。シャッキーはそれに応じる。握り締めたてのひらは、まだ政党途中の自分よりも小さく、白く、冷たく、頼りなかった。
 大事なもの、というワードに、シャッキーは肩を揺らして動揺する。自分の大事なものが何なのか、ゼロは知っているというのか。怪訝そうな顔に、ゼロは笑った。くすくす、という笑い方をする女を、シャッキーは生まれて初めて見た。
 ゼロは続ける。

「きみの、魂を分けた片割れに会わせてほしい」
「……シャーリーに、ですか」
「そう。シャーリーに。ずっと眠ったまんまなんだろう? わたしなら、目覚めさせることができる」
「……あなたが、あの子を? 無理ですよ。あの子はきっと、もう二度と目を覚まさない」

 魂を分けた片割れ——言わずもがな、シャッキーの双子の姉のシャーリーのことだ。
 ゼロが只ならぬ存在であることには薄々感づいていたが、まさかもう五年も目を覚まさない彼女を目覚めさせるなんてことはできないだろう。そんなシャッキーの思いが表情に表れていたらしく、ゼロは困った顔をしたが、すぐにその唇は笑みを刻む。
 握手をしたまま、ずっと握り締められていた手に、わずかに力がこもったのをシャッキーは感じた。

「できるよ。わたしなら、できる」

 確信めいた口調で、はっきりと言い切ったゼロに、シャッキーはドキリとした。何故だかこの女の言葉は真実であるような気もした。
 ゆっくりと手を離される。ゼロは小首をかしげてシャッキーを見詰めていた。
 よく見れば、端正な顔立ちだがどこか幼さが残っていて可愛らしい、と、その場の状況に全く合っていないことを考えていた。シャッキーは、今まで彼女の手と繋がれていた手をきゅっと握る。

「……明日の朝、来てくれますか。教会で、待ってます」
「ああ。必ず行くよ。……そうだ、ひとつだけ訊いてもいいかな」

 いいかな、と言う割に、ゼロは有無を言わせぬ口調だった。シャッキーは無言でうなずく。

「その子は、シャーリーはぼろぼろのロザリオを持っているね?」
「……はい」
「なら、きっと大丈夫。きみの大事なものは、すぐに返ってくるよ」

 肯定したシャッキーに、ゼロは満足気に微笑んだ。
 ゼロの言う通り、シャーリーは、シャッキーの記憶にある限り物心がついたくらいの年の頃からずっとぼろぼろのロザリオを身に着けていた。元々は綺麗だったのが、火事で家が焼けた際に所々焦げて、ぼろぼろになってしまったのだ。演技が悪そうなものだが、シャーリーは頑なにそれを外そうとはしなかった。

 あの子はいつも言っていた。
 ——かみさまが私たちを助けてくれた。家事から生き延びたのも、神父さまに巡り合えたのも、すべてかみさまのお陰なのよ。だから、これは捨てちゃいけないのよ。

 シャッキーは思わず俯いた。そうだ、あの子は信仰深いところがあった。かみさまなんていない、と否定してばかりの自分とは違った。

「……あの。おれ、明日、待ってますから」

 俯いたまま、小さな声でぼそぼそと言うシャッキーに、ゼロは無言でその頭をぽんと撫でた。それから、また明日、と軽く言うと、ゼロはそのまま街の外へ通じる門へと歩き始めた。
 彼女の背中が随分小さくなった頃にようやくその顔を上げて、シャッキーはきゅっと眉を寄せ、困ったような表情を作った。

「おまえを助けるのは、おれじゃないかもしれないんだな。……かみさま、いるのかなあ……」