二次創作小説(映像)※倉庫ログ

【Ⅰ】序章 ( No.1 )
日時: 2016/08/08 13:47
名前: ゆう ◆Oq2hcdcEh6 (ID: a.ADsdli)

「お気の毒ですが、もう野球をすることは難しいでしょう」

お気の毒、と言いながら努めて平坦な声で医師は言い放った。もう何人にもその宣告をしてきたに違いない、そう思えるだけの妙に慣れた感じがあった。
そうして、白球だけを追い掛けていれば幸せだった日々は、呆気なく崩れ去った。

期待のエース。そんな肩書きを付けられていると知って、オレは努力した。その努力は努力を超えて、オーバーワークになった。仮にオレに才能ってものがあったのだとして、オレは自らそれを潰した。そうなったのは決してオレだけのせいではない、オレ頼りにやってきた自分たちが悪いのだと、監督やチームメイト、両親は口を揃えた。
別に誰かを恨むとか、そういう話じゃないことはオレだって理解している。誰かに八つ当たりしたところでオレの肩が治るわけでもない。マウンドに立って投げることが出来ないなら、もう野球選手にはなれないのだ。もう硬球を握ることも、二度とないのだ。

そうして、リーグ時代からずっと続けた硬式野球を辞めた。リトルシニアから抜けた。中学に上がって買ってもらった、まだ半年も使っていない新品と呼べるグラブと愛用の金属バットと白球は段ボールに詰めて、家の倉庫の奥深くにしまい込んだ。ついうっかり見つけてしまうことのないように、ずっとずっと奥深くに。
でも、どうしてもそれらを捨てられなかったのは、まだ夢を諦めたくないって叫ぶオレの心の表れだった。
それからオレはサッカー部に入部した。野球の為と鍛え抜いた身体をどうにか生かしたかった。もしかしたら、もう一度、マウンドに立つ日が来るかもしれないとどこかで信じていたから。
サッカー部を選んだ理由は、単に困っていたからだ。大会に出られないほど、人数が足りない。初心者でも良いから力を貸してくれと頭を下げた円堂に協力してやりたいと思った。こんなオレでも、何かができるなら、と。
クラスの窓際の一番後ろの席の、オレの席。放課後そこで頬杖をついて、窓から見えるグラウンドを眺めながら、二度と立つことのないマウンドに誰かが立っているのを羨む日々が、ようやく終わりを迎えようとしている。それが純粋に嬉しかった。ようやく前を向ける気がした。

オレは本当に、サッカー部でやっていけるのだろうか。

本屋で購入したルールブックを読みながら帰宅する途中、ふと、そんな疑念が湧いた。幼い頃から続けていた野球と違って、サッカーに関しては全くの初心者だ。走って、ボールを蹴って、シュートが決まれば得点が入る。それくらいのことは知っていても、詳しいルールは全く知らないし、上手いドリブルの方法も分からない。授業でもサッカーは殆どやったことがない。
自分が野球において重要な役割を果たしていて、それなりの実力があったことを、自分は自覚していた。だからと言って何もしない日はなかったけれど、努力に努力を重ねた結果がこの故障だった。
それがサッカーにおいてはまるで初心者で、野球とはまた別の意味で自分が努力しなければならないことは理解している。ただサッカーで言う努力はきっと、好きだから、上手くなりたいから、と自発的にするのではなく、やらなければいけないから、普通に戦えるくらいにならなければ迷惑が掛かるから、と、強制されているものに近い。
——やる気が出ない自分が居ても良いのか。
見たところやる気があるのは一部だけで、後の部員はただの数合わせみたいなものだ。オレだってその内の一人だろう。やる気があるかないかと問われれば、ある、とは言えない。

「よおーしっ、もう一回!」

馬鹿らしくなってルールブックを閉じた矢先に、聞き覚えのある声が聞こえて足を止める。声の方向を向くと、河川敷で小学生くらいの子たちと練習している円堂の姿が目に入った。
円堂のポジションはゴールキーパー。ゴールを守る役割。小学生とはいえど威力のあるボールを止めたり、弾いたり、時折シュートを決められることがあるけれども、悔しそうに、けれど楽しそうに笑っている。その姿に、野球の練習に向かうチームメイトの姿が重なった。好きなものをやるとき、ひとは一番輝いている。
不意に円堂がオレの方を向いた。ぱあっ、と効果音が付きそうなくらい表情を輝かせて、オレに手を振る。
手を振り返すと、円堂はニカッと笑って、また練習に集中し始めた。
オレのやる気が無いことにくらい、円堂だって気付いているはずなのに。あいつはいつもサッカーやろうぜとオレたちを誘うばかりで、それ以上のことは言わない。

「……頑張ろうかな」

許されている、とは思わない。この状況に甘えている自分を、自分は許したくはない。
円堂がまっすぐボールに向き合って笑っている姿を見て、分かった。
オレはまだ前を向けてはいない。野球がしたいし、それ以外のスポーツに正面から向き合えると、はっきり言い切るだけの度胸もない。
それでも、少しでも、オレは円堂に協力したいと思った。オレなりに、何かできることをやりたいと思った。野球をするオレたちと同じような顔でサッカーをする円堂のために。何もできないオレで良いのなら。

「サッカーやろうぜ、佐倉!」

今度こそ、前を向ける気がしたから。



【Ⅰ】序章