二次創作小説(映像)※倉庫ログ

第96話 宝 ( No.167 )
日時: 2017/05/10 18:05
名前: パーセンター ◆AeB9sjffNs (ID: VYLquixn)

夥しい数の黒装束の者たちが、疲弊したノワキタウンの住人を取り囲む。
その中心となるのは、黒い修道服のような装束に身を纏った、一組の男女。女は赤、男は青の髪色だが、顔つきはどちらも中性的。
「な、なんだ……?」
ドリュウズの爪の一撃を受けて戦闘不能になったファイアローを戻し、ハルが次のポケモンを出そうとしたところで、ちょうどそれは起こった。
そしてハルにはその二人に見覚えがあった。ディントスの配下……と思わせたヴィネーの直属の部下。女がミョル、男がグングだ。
「ヴィネー隊のお出ましか。ちっ、こりゃヴィネーの勝ちかな」
ハルとベリアルのバトルも一旦止まり、ベリアルはそう呟く。
「さて、貴方と同じく、私も善人ではありません。邪魔するものはどんな手段を使っても排除します。例え、どんな姑息な手段を使ってもね」
ヴィネーが小さく、しかし明確に勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「まだ決着はついていませんし、貴方には今のところ危害は加えない。ですが貴方のお仲間はかなり疲弊している様子ですね。対して私の部下は万全の状態……分かるでしょう?」
ヴィネーはさらに言葉を続け、
「お仲間が痛めつけられるのも見たくはないでしょう。今のうちにキーストーンを渡していただければ、私と部下たちはこれで撤収いたします。あぁ一応言っておきますが、私の部下は手加減が苦手なので」
「っ……」
忌々しそうにメイゲツは舌打ちする。
この部下たちがどれほどの腕前なのか、メイゲツには分からない。相手の残存戦力がはっきりしてないうちから、無謀な賭けを仕掛けるのは賢い判断ではない。
「……仲間は、売れねえ。分かった。俺の負けだ」
悔しさと苛立ちを込めた声で、メイゲツはそう呟いた。
「メイゲツさん!」
「ジゼ、黙ってろ。この町のリーダーは俺だ。町の存続に関わる危機となれば、俺が全責任を取る」
背後から声を掛けてくるジゼを黙らせ、メイゲツは懐からキーストーンを取り出す。
「仲間の解放が条件だ。部下を下げろ。お前たちが有利なのは変わらないだろう」
「賢い判断をしていただき、助かります。ミョル、グング。一旦下がりなさい」
ヴィネーの部下たちが数歩下がり、メイゲツはキーストーンをヴィネーへと投げ渡す。
「キーストーン、確かにいただきました。ミョル、グング。撤収です。それではベリアルちゃん、私は先に帰ります。賭けは私の勝ちということで。ピジョット、出て来なさい」
そう言いながらヴィネーはボールを取り出し、鮮やかな色の羽を持つ大きな鳥ポケモンを出し、その上に飛び乗る。

『information
 ピジョット 鳥ポケモン
 美しい光沢を持つ翼はその力も
 強い。思い切り羽ばたけば大木を
 しならせるほどの強風を巻き起こす。』

「わーったよ。じゃあ俺は自由にさせてもらうぜ」
「ええ。ではお先に」
ヴィネーが空高く去っていき、部下たちがいつの間にかいなくなっていくのを見届け、一人残されたベリアルは、

「ドリュウズ、とりあえずあいつを落とせ」

ヴィネーが去り、気を緩めたメイゲツの隙を逃さず、ドリュウズをけしかけて首元に手刀を叩き込ませる。
隙を突かれたメイゲツは声を上げる暇もなく、その場に崩れ落ちた。
「よしっと。ドリュウズ、休んでな。さて、これで厄介者はいなくなった。バトルの続きだ。お前のキーストーン、いたたくぜ」
メイゲツを排除し、ベリアルはドリュウズを戻すと、凶悪な笑みを浮かべ、ハルの方に向き直る。
「なっ……」
「おい、お前! 話が違うじゃねえか!」
ハルよりも先に反応したのは、ネルやジゼたち、ノワキタウンの住人だった。
「は? 話ってなんだよ」
「キーストーンを渡したら、お前たちは帰るって……」
「ああ。ヴィネーと“その部下”はな」
ジゼに対し、ベリアルはそう言い返す。
「俺は別にヴィネーの部下じゃねえ。あいつと俺の勝負は終わった、ここからは完全にただの俺の私用だ。たまたまキーストーンを持ってる奴を見つけたから、それを奪う。言っておくが、俺はヴィネーほど甘くねえぞ。邪魔する奴はぶっ殺すからな、気をつけろ」
ひと睨みでジゼを黙らせると、ベリアルはハルの方へと向き直る。
「終焉を、サザンドラ!」
ベリアルのボールから現れたのは、黒い三つ首のドラゴンポケモン。ドラゴンと悪タイプを持つポケモン、サザンドラだ。
「やるしか、ないのか……! 頼んだよ、ルカリオ!」
覚悟を決め、ハルはエースのルカリオを繰り出す。
が、その時。
「ふっざけんな! リザード、ドラゴンクロー!」
突如、横から飛び出して来たリザードが、サザンドラへと竜の力を帯びた爪の一撃を浴びせる。
声の主はジゼ。周囲の制止も聞かず、ジゼはさらに攻撃を指示する。
「ここは、俺たちの町だ! リザード、火炎放射!」
「……忠告はさっきしたぞ。サザンドラ、ドラゴンブレス!」
灼熱の炎を吹き出すリザードに対し、サザンドラは口内に蒼炎を溜め込み、炎の弾を吐き出した。
紅の炎を容易く貫き、青い炎弾がリザードを捉え、吹き飛ばす。
「大した力もない雑魚の癖によ、威勢だけで粋がってくんじゃねえよ。サザンドラ、仕留めろ! 悪の波動!」
サザンドラの三つの顔が一斉に口を開き、悪意に満ちた漆黒の波動が撃ち出される。
リザードだけでなく、そのすぐ後ろにいるジゼをも消し飛ばす勢いで。
しかし。
「俺たちの町を、俺たちの宝を! これ以上、荒らされてたまるか!」
それを前にしても、ジゼは一歩も引かなかった。
漆黒の波動が、全てを吹き飛ばす。
その、直前。

リザードを中心に灼熱の炎が巻き起こり、悪の波動を吹き飛ばした。

「……あぁ!?」
「え……?」
ベリアルは怒声を、ジゼやハルたちは驚きの声を上げ、炎の中心を見守る。
炎に包まれ、リザードがそのシルエットを大きく変えていく。
体格はさらに大きくなっていき、その体つきもより頑強なものへと変わる。
そして。
背中から生えてくるのは、一対の巨大な翼。
咆哮と共に炎が薙ぎ払われ、現れるのはリザード——いや、その進化を遂げた姿だ。

『information
 リザードン 火炎ポケモン
 最大の武器となる炎を自分より弱い
 者に向けることはない優しい性格だが
 縄張りを荒らす外敵には容赦しない。』

「リザードン……? 進化、したのか……?」
驚くジゼの方を振り返り、リザードンは頷く。
「ハッ、進化したとはいえ、地力が違うんだよ。俺様のサザンドラ相手に、どこまでやれるか——」
「忘れるなよ。僕もいるんだぞ」
ジゼとリザードンの方を向いたベリアルに対して、ハルもキーストーンを構えて対峙する。
ベリアルは小さく舌打ちし、
(例え二人掛かりとはいえ、このサザンドラが負けるとは思えん。だがもしこいつを失えば、俺にはもう帰る手段がねえ。撤退とは悔しいが、こういう時は最悪のパターンを想定して動くのが定石か)
「サザンドラ、地面にドラゴンブレス!」
サザンドラは青い炎の弾を吐き出し、地面に着弾させて爆煙を起こす。
煙に身を隠して素早くベリアルはサザンドラに飛び乗り、天高く飛翔する。
「お前らの力を認めて、今回は撤収する。この借りは必ず返すぞ」
上空からそれだけ告げると、サザンドラに指示を出し、ベリアルは飛び去っていった。
「くそっ、逃したか……」
「いいんだよ。俺たちにびびって逃げたってことさ。今日はこのくらいにしといてやるぜ」
と、そこで。
「っ、痛てて……あいつ、よくもやりやがったな。今度あったらただじゃおかねえ」
意識を奪われていたメイゲツが、目を覚まして立ち上がる。
「すまねえな、ハル。俺たちの争いに巻き込んじまってよ」
「いいえ、皆が無事でよかったです。でも、キーストーンが……」
「いいんだよ、あんなもん。俺はもう一個キーストーン持ってるしな」
そう言いながら、メイゲツが耳のピアスに触れると、ピアスが割れて中身が露わになる。
美しく輝くその石は、紛れもなくキーストーンだった。
「ええっ!?」
「メイゲツさん、いつの間に……!」
どうやらメイゲツの他にはヴァレンしか知らなかったようで、ハルだけでなくほとんどの者が驚いている。
「それに、正直俺にとっちゃこんなもんどうでもいいんだ。俺にとって一番大事な宝は、この町の仲間さ。こいつらが無事なら、それで何よりだ」
メイゲツはそう言って、ニヤリと笑う。
「さて、ハル。今日は一日この町で休んでけよ。こんな荒れた町だが、ポケモンセンターにはちゃんと宿舎がある。観光するとこは何もないが、ゆっくりしていきな」
「はい、ありがとうございます!」
キーストーンこそ奪われてしまったものの、他に被害は何もなく、ノワキタウンでの戦いは終わった。



「キーストーンを奪えずに敗退とは、ベリアルちゃんにしては情けないですね」
「うっせえよ。あれは戦略的撤退だっての」
ベリアルがサザンドラに乗って帰ろうとしたところで、先に戻ったはずのヴィネーと合流した。
どうやら、少し離れたところで全て見ていたらしい。
「戦闘では常に最悪のパターンを考えなきゃなんねえんだよ。ああいうアウェーでは特にな」
「なるほど。まぁとにかく、今回の勝負は私の勝ちということで、ベリアルちゃんには一つ言っておくことがあります」
「なんだよ」
「負けた方は勝った方に一本奢る、でしたよね? 私、お酒はカロスの本場のワイン以外お酒と認めていませんので」
「……ちっ、高級志向が。分かった分かった、近いうちに仕入れておく」
悪戯っぽく笑うヴィネーに、やれやれといった感じでベリアルは首を振る。
「……ところでよ。あのリザードン使いのガキだが」
「おや、どうやらベリアルちゃんも感じたようですね」
「ってことは、お前も感じたか」
ベリアルはそこで一拍起き、さらに続ける。

「あいつ、七救世主の素質あるよな」

ヴィネーも同じことを考えていたようで、ゆっくり頷く
「ええ。これは帰ったらすぐ報告しなくては。王も喜びますよ」
「こいつぁ相当な収穫だぞ。キーストーンが霞むレベルでな」
彼らにしか分からない確かな収穫を得、二人の魔神卿は空を飛び去っていく。