二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: 【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】 ( No.4 )
日時: 2016/12/02 11:33
名前: ナル姫 (ID: xJkvVriN)

 夜は涼しいのだが、それも昼間に比べての話。8月の上旬、四国地方にあるこの街は、夜だろうと容赦なく暑かった。ネクタイを解きシャツの第一ボタンを開け、スーツのジャケットを脇に抱えている状態である。今日は新月で、星は見えるが月はなかった。

「ただい……、……?」

 家に帰ると、家の中の雰囲気がどことなく異様であることを感じ取った。静かだ。静かすぎる。何事だろうかと思いながらリビングのドアを開けると、ギョッとするような光景がそこにあった。
 妙に薄明るいと思えば、真っ暗なリビングのテーブルに、たくさんの蝋燭が並べられていた。数えてみると、十列、一列につき十本……百本だ。端っこにある五本くらいは火が消えていた……というより、恐らく消されているのだろう。
 何が起こっているのかまるで理解出来ないまま、リビングの隣であるギルガメッシュの部屋のドアを開けてみた。

「うおっ……」

 今度は声が出た。真っ暗だが、そこには数人の人がいるのがわかった。彼がドアを開けたのを確認し、全員の視線が彼に向くのが何となくわかる。

「な、な、何して……」
「駄目だ!!」
「!?」

 唐突に一人——声からしてギルガメッシュ——が立ち上がり、部屋の明かりを点けた。パッと急な明るさに思わず目を瞑り、少しして目を開けた。そこにいたのは、青い服を着たクーと時雨とギルガメッシュだった。

「あーっ! 何すんのさギル兄!」
「知ったことか! 我がルールだ!! リビングの蝋燭も片すぞ!」
「ギル兄の馬鹿ー! 賛成したじゃんかー!」
「知ったことか!!」

ディアルムドを押しのけリビングへ行き、電気をつけるギルガメッシュと、それを追う時雨。全く状況が理解できずにいると、クーが彼に話しかけてきた。

「あー……悪ぃなディアル、驚いたろ?」
「…………はい。あの……何してたんですか?」
「それがな……」

   *

「百物語ぃ?」

 呆れながらディアルムドは復唱した。
 聞けば、納涼しようと思ったが本日は怖い話がテレビなどでやっていない。そこで、家中の蝋燭を掻き集めて百物語を行おうとしたらしい……が、急だったためそんな多くの怖い話など誰一人持ち合わせておらず、また一番知っていそうな綺礼はワインを買いに出かけてしまい、5つ目を話した時点で詰まり、ディアルムドが帰ってきてしまったこともあり断念したとのことだった。
 …………こいつらは馬鹿なのか……とディアルムドの心中がとても切ない。

「あっついんだよーディアルなんか怖い話してよー」
「ひっつくな暑い。怖い話なんぞ待ち合わせておらんぞ俺は」
「何で? 警察なら事件現場に行ってそこで変なもの見たりしないの?」
「俺は刑事課ではなく生活安全課だ! 現場になぞ滅多に行かん!」
「つまんなーい!!」
「知るか!」
「落ち着けよ……悪かったなディアル、飯あるぜ」
「あー……ありがとうございます。いいから風呂に入ってこい時雨は」
「ちぇー、わかったよ」

 こういうところは高校の頃と全く変わっていないな、等と思いつつディアルムドは食卓についた。そして、自室に戻ろうとするギルガメッシュに声をかける。

「……で、どういうことか説明しろ、ギルガメッシュ」
「……貴様、狗に言及はせぬつもりか?」
「どうせ巻き込んだんだろう?」
「言っておくが我とて巻き込まれ側だ……!」

 ギルガメッシュは小声で訴えながら食卓に近づき、ディアルムドと向かい合う形で座った。クーが、ディアルムドの食事を温めている間、ギルガメッシュは必死な顔で言った。

「我だって止めたほうがいいと言ったわ! だが聞くあいつか!? ギル兄ビビってやんのーと言われて男として兄としてこれ以上屈辱的なことはあるまい! それに百物語は九十九までしか話さない度胸試し的な面があるからと言われてしまえば我としてももう止められんわ……!」

 はぁ、と溜め息を吐き出した。まぁ確かに、時雨はそうやって相手を煽るタイプである。だが、記憶を持ち合わせている人間は知っている通り、時雨は悪霊を引き付けてしまう体質だ。百物語やひとりかくれんぼ、肝試しなど、魔術も何もない世界であろうとディアルムドはやらせたくなかった。
 妖精や妖かしは人の信仰によりその存在を現す。霊も同じことだ。危険なことをして時雨が変なのに憑かれた場合、ディアルムドには何の対処も出来ない。

「……事情はわかった。だが次から止めろ」
「わかった」
「まぁ、でもよ金ピカ」

 ディアルムドの食事を運びながら、クーが口を開く。ディアルムドは立ち上がり、運ぶのを手伝った。

「お前本当は、もっと怖い話知ってたろ?」
「当然であろうが」
「……そういうことか」

 話すのを序盤でやめて、諦める気にさせてくれたのかと、ディアルムドは理解した。全くこの義兄は、ちゃんと先のことまで考えている。

「にしても、まぁ暑いよな……そうだディアル、明日は仕事か?」
「明日は休暇です」
「じゃぁ夜は素麺にでもしようや。手伝ってくれるか?」
「出勤命令が無ければ喜んで」

 ディアルムドが笑顔で答えると、じゃぁ明日買う食材は、と言いながらクーはメモを取り始めた。
 ……だがしかし、出勤命令がないという保証はない。生活安全課少年係は、この時期本当に忙しい。己も昔されたが、夏休みは中学生や高校生の補導が劇的に増える。休みだろうが夜に交番で学生が保護されれば遠慮なくお呼びがかかってしまうのだ。
 この立場に実際に立つと、春夏秋冬関係なく夜にフラフラ出歩いたことをとても申し訳なくて思った。

 夕飯は簡単な炒め物だが美味しかった。これは明日、天ぷらを作るのをがんばらねばならないと思いながら咀嚼した。

Re: 【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】 ( No.5 )
日時: 2016/11/20 14:31
名前: ナル姫 (ID: a1/fn14p)

「警察官たいっへんだなぁぁぁぁぁ!?」

 仕方ないな、という顔をしながら出かける支度をするディアルムドを前に、時雨の大声が響く。
 出動要請の来た時刻は日付の変わる一時間前だ。明日が休みでまだ良かったが、今からかと思うと気が重い。十中八九補導だろうが、自ら警察に来たことと、数人の少年少女であったこと、そしてどうも様子がおかしく誰一人何も話さないということで、来れる限りは来てくれとのことだった。

「行ってくる」
「いってらっしゃーい」

 ばたん、と閉じた扉。時雨は暫くそこから動いていなかった。後からギルガメッシュが、どうかしたのかと声をかけてきた。

「いや……何か嫌な予感がした」
「嫌な予感?」
「……ま、気のせいでしょ。夜遅い出勤だからかな」

 リビングへ戻りながら時雨は言う。そして、2L入りの麦茶のペットボトルとコップを取り出した。

   *

 学生を保護したという交番では、言われたとおり二人の女子生徒と一人の男子生徒がいた。女子生徒は一人が大人しそうな子で黒い髪を下ろしてあり、もう一人はやや茶髪でポニーテールにしていた。二人の女子生徒は顔が真っ青で震えており、男子生徒は呆然として座っていた。

「刑事さん、ありがとうございます」
「夜遅くお疲れ様だ、巡査。俺の他には?」
「もうすぐ寺林さんが。橋金課長は来れないとのことです」
「わかった」

 寺林さんが来るなら大丈夫だ、と思いつつ保護された三人を見る。とりあえず、一番まともに話ができそうな男子生徒の前に立膝になり、男子学生を見上げる形になる。

「遅れて済まない、生活安全課の刑事、言峰だ。君達は友達同士か? ご両親は?」
「けい……じさん……」

 ぼそり、と声を出したところで、彼はガタンと椅子から落ちた。流石に驚き、うおっとディアルムドは声を上げる。

「助けて……あいつを助けてください! 宏樹……俺達、宏樹置いてきちゃった!」
「もう助からないわよッ!!」

 男子生徒が必死になってディアルムドにしがみつきながら懇願していると、ポニーテールにしている女子生徒が叫んだ。すると、もう一人の女子生徒は大泣きを始める。

「……」

 参った、どうもこれは家出ではない。親に内緒で友達四人で家を抜け出し、どこかへ遊びに行くと刃物を持った男にでも出くわし、三人は逃げてきたが、一人は逃げ遅れた……そんなところだろうか。

「……落ち着いて話してくれないか。君達はどこで何をしていたんだ?」
「言ったって信じないでしょ!?」
「いやぁぁぁぁっ! やめて! やめてよぉっ!」

 ポニーテールの子が叫ぶと、黒髪の子の泣き声が酷くなる。どうもこの女子生徒達はパニック状態だ。
 ……信じないでしょ——つまり、信じられないような物を見たということだ。しかし、この世の中、様々な犯罪がある。様々な人間がいる。それは何より警察が知っている。そのくらい高校生でもわかるだろう。それでもなお、信じないと思われる、となると……。

「……」

 なるほどな、と合点が言った。さっきの今でこれとは、全く己は運が悪い。

「……肝試しだな?」
「……」
「君達は近くの心霊スポットに行った。そこで幽霊を見て、慌てて逃げ出して友達を置いてきてしまった……そうだな?」
「……っ、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 肯定の謝罪に溜め息を吐き出した。あとは、彼らの名前と、どこへ言ったのかを聞き出さねばならないな、と思ったとき、交番の前に銀色の車が止まった。寺林さんが来た、という予想通り、車の運転席から寺林が降りてきた。

「おうディアルムド、どうだ補導の方は」
「……それどころじゃないみたいですよ」

 ディアルムドは事情を説明した。

「……で、一人取り残されてしまった、ということです」
「……幽霊ねぇ。だがそんなことで調査に向かうわけには行かねぇぞ」
「しかし、こんな時間ですし、深夜徘徊の禁止されている高校生が何処かにいるというのは問題です。他の危険な目に合う可能性も考慮せねばなりませんし、保護に向かうのが正当でしょう」
「……それもそうか。よし、その場所へ向かうぞ。おい坊主、お前らどこの心霊スポットに行ったんだ」
「……冬木の……外れにある、廃病院です……」

   *

 それからその少年から必要最低限の情報を聞き、巡査には交番に残って貰い、寺林とディアルムドは彼らが行ったという廃病院へ向かった。寺林が3つのヘルメットを車に積み、発進する。
 病院は草が荒れ果て、倒壊の危険を考えてかKEEP OUTと書かれたテープが門を塞ぐように貼られていた。しかし、そのテープもよれており、がっしりした体格の寺林や、背の高いディアルムドでさえ少し頭を下げてテープを手で上げれば簡単に入れてしまう。
 院の敷地内に足を踏み入れ、改めてその様子を見ながら呟いた。

「こんなところに病院があったんですね……」
「この病院な、十年くらい前までパトカーの見回り経路になってたんだ」
「最近はしてないのですか」
「三十年くらい前か、霊現象でも何でもなかったんだが、鉄材が一つ落ちてきて、肝試しに来てた大学生の頭を直撃したんだよ。勿論その大学生は即死だ。一緒に来てた同級生たちの通報で発覚。そのときは三人グループだったんだが、一人霊感持ちでな。そいつが言うには、霊は関係ない、ただ繋ぎが脆くて鉄材が落ちてきたんだろうと。それで、その即死した大学生の霊を見ようってんで餓鬼共が出入りを始めた。それでパトカーの見回り経路にしたんだが、すっかり噂が廃れちまってな」
「……やめてくださいよ……霊関係なく怖いじゃないですか……」

 真顔で何事でもないかのように語る寺林に僅かに顔を顰める。
 この病院は満州事変の前後に建てられたが、第二次世界大戦後の経済成長によるこの地方都市の設立の波に乗れず、敢え無く倒産、このまま壊されることはなく、イタズラ好きな子供達の肝試し劇場になったとのことだ。しかし、廃病院とは言え何か問題を起こしたわけでもなく、単に経済的な問題での倒産だ。何かが出る、という話もなく市政も警察も黙認の状態だったらしい。

Re: 【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】 ( No.6 )
日時: 2016/11/19 23:59
名前: ナル姫 (ID: EI9VusTL)

「ところが、大学生の一件が入った……そして倒壊の危険との判断がなされパトカーの見回り経路になり、子供達も自粛、それにより噂も廃れ、その内パトカーの見回りからも外れていた……ということですか」
「そうだ、だからヘルメットを積んできた」
「なるほど、助けに行ったくせに鉄材に殺されては堪りませんね」

 ディアルムドは苦笑しながら片方のヘルメットを受け取り、しっかりベルトを締めた。

「気をつけていくぞ」
「はい」

 二人は右手に懐中電灯、ディアルムドは左手に置いて行かれた少年の分のヘルメットを手にして、廃病院へ入った。

   *

 病院は入り口に南京錠が掛かっていたが、当然鍵などない。しかし昔子供達が入った名残だろう、恐らくバットなどで一階のガラスの多くは割られていたため、破片に気をつければ中に入ることは容易だった。

「取り残されたのがいるのはどこだったか」
「地下一階の、耳鼻科の診察室あたりです」
「……あそこか」

 寺林が苦虫を噛み潰すように言う。どうかしたんですか、と嫌な予感を抱きながら尋ねると、行けばわかると返された。
 星が明るく照らしてくれてはいたが、やはり気味が悪い。しかし、想像していたよりはずっと中は綺麗に片付いている。ただ、時々単三電池や金属バット、鉄パイプなど、探検しに来た子供が持ってきたであろう物も置き去りにされていた。
 地下に繋がる階段に着き、ゾワッとした感覚に襲われた。思わずうっと声が漏れる。

「どうした?」
「いえ……なんでも」

 ディアルムドとて、現れたのが魂の一部であるとはいえ妖精王の子供だ。そういったものの気配を感じ取るのは意識せずともできるし、その気配の善し悪しだってわかるものはわかるし、見えるものは見える。
 魔術も何もない癖に……とは思うが、魔術と霊的なものは根本的に関係がないのだろう。
 階段を降りると星の明かりが消え失せ、いよいよ懐中電灯の灯りだけが頼りになる。

「……湯原くん、湯原宏樹くん、無事かー?」
「おーい坊主ー、助けに来たぞー?」

 妙な息苦しさを感じる。寺林は何も感じていないのか、スタスタと先に進んでいった。奥に進むほど空気は重くなっていくような気がしたが、弱音など吐いていられない。言葉には出さない代わりに、ヘルメットを持った左手に器用に懐中電灯を預け、右手で十字架を切った。
 ……ふと、そういえば、湯原という名字に何か覚えがあった気がした。だが、脳は正直それどころではない。

「ここだ」

 歩みを止めた寺林が上の方を照らすと、確かに耳鼻科診察室と表札がかかっていた。

「彼は室中でしょうか」
「廊下にはいねぇ、入るしかねぇが……頭上注意な」
「……? ……はい」

 ドアノブを回し、寺林がドアを前に押す。木製のドアだ、相当古い。ぎぃぃ、と嫌な音がした。中に入る前に、そこから見えた光景にディアルムドはギョッと目を見開いた。

「うわっ!?」

 血の跡だ。もうずっと前のものだろう、大量の血が床にこびり付いている。なるほど、大学生の頭に鉄材が直撃したのはここのことだろう。
 診察室の中には色んなものがあった。やはり忘れ物か、ここにも鉄パイプが置いてある。今回の件と言い、パトカーの見回り経路になり噂が廃れたとは言え、入る子供もゼロではないのだろう。

「ったく、どこにいんだ餓鬼は……おっ」
「見つけましたか?」
「あぁ、気絶してるな。ディアルムド、救急車呼べ」
「はい」

 スマートフォンを取り出す。圏外ではなく安心し、119に掛けようとしたその時、上からガコンという音が響いてきた。何事だろうと上を見上げると、接続の脆くなっているパイプが落下を始めていた。このままでは、寺林に直撃する。

「っ——!!」

声が出る前に、反射的に体が動く。両手に持っているものを全て床へ投げ捨て、子供が置き去りにした鉄パイプを落ちてきたパイプ目掛けて振りかぶった。

「っ、らぁっ!!」

 ガンッ、と派手な音を立て、パイプは寺林とは逆の方向へ飛んだ。ようやく寺林が、危機が迫っていたことに気がついたらしい。鉄パイプに打たれて変形したパイプを見て呆然としていた。
 ディアルムドはバッとパイプが落ちてきたところを見上げた。だが、そこには何もいなかった。

   *

 その後改めて救急を呼び、男子生徒は病院へ運ばれた。ディアルムドと寺林は、再び寺林の車に乗り込む。

「気分は悪くねぇか?」
「……良くはないです」
「……まぁ、あんなことがあったしな。つかお前、霊感でもあんのか? 初耳だぞ」
「……霊感については微妙です。と言うか言ってないですからね」

 それもそうか、と寺林が苦笑する。

「お前、交番まで何で来た?」
「バイクで」
「バイクは交番に預けておいて明日取りにいけ。今日はこのまま送っていく」
「……すみません」

 時刻は午前二時を回っていた。明日も出勤命令が出そうだなぁと思いつつ、流れる景色を眺めていた。
 車から降り、寺林に礼を述べて頭を下げる。まだまだ未熟だ等と思いつつ、教会の方に顔を向けると、何故か教会の明かりがついていた。家の明かりがついていたのなら誰かがまだ起きている、で良いのだが、こんな夜遅い時間に信者でもいるのかと思いつつ家に上がり、教会に向かった。
 キリスト像の前に、修道服を着て祈る時雨がいた。他に誰もいない。

「……時雨?」

 声をかけると、顔を彼に向けて彼女は笑った。そして、彼の方へ駆けてくる。

「おかえり!」
「……こんな時間に何してるんだ」
「何だよ、シスターが気分で祈っちゃ悪いかよー」
「そういうわけじゃ……」

 そこまで言ったところで、スーツの端を小さく握られていることに気づいた。あぁ、と理解する。
 ……何か嫌な予感でもしたのだろう。実際——……。

「……ただいま」

 ポンポンと子供をあやす様に頭を撫でた。

「補導長かったな」
「まぁ……な」
「どんな子だった?」
「プライバシーの保護」
「ちぇー」

 どんな子だったのか、それくらいプライバシーの保護には含まれないとはわかっている。それでも時雨は言えないことがあるのだと察して聞くのをやめた。補導なんかなかったんだろうな、とも分かっているのかもしれない。

「ふぁぁ……疲れた。寝る」
「ん、おやすみ」
「お前も早く寝ろ」
「ぼくだってもう寝るよ」
「そうか……おやすみ」
「うん」

 無事で良かった、そんなことを思いながら、時雨は自室へ戻った。

Re: 【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】 ( No.7 )
日時: 2016/11/20 19:09
名前: ナル姫 (ID: a1/fn14p)

 翌日の朝——と言ってももう十一時頃だが、起きてきたディアルムドに時雨はホットミルクを差し出した。時雨は既に仕事を始めていたが、ディアルムドが起きてきたためわざわざ一度上がってきてくれたらしい。ギルガメッシュは何処かへ出かけたようだ。

「真夏の昼に……」
「いいじゃん。疲れ取れるし。腸にいいらしいぞ。はちみつ入れる?」
「頼む」

 そんなやり取りをしていると、クーがリビングへやってきた。背負っているリュックサックを見ている限り、恐らくバイトに行くのだろう。クーはにやりと二人に笑いかける。

「いいねぇ、まさに夫婦じゃねぇか」
「クーさん殴るぞ?」
「悪い」

 即座に謝るクーを見て苦笑、やはりここは心が休まるな、などとらしくもないことを考えていた。

「御子殿はバイトですか?」
「あぁ、夕方には帰る。ディアル、出勤ってなったら連絡くれ」
「はい」

 時雨からマグカップを受け取りながら頷く。数回息を吹きかけて一口飲んだとき、家の電話がなった。クーは既に家から出ており、信者様かな、と時雨が電話を取りに行った。

「はい、言峰聖堂教会です。あ、はい……はい、おります。代わりましょうか? ……はい、少々お待ちください」

 猫をかぶったときの時雨の声と、言葉から相手を判断。……職場だ……と絶望的な気持ちになる。無言のまま、差し出された受話器を受け取りマグカップをテーブルに置いて、保留ボタンを消した。

「……はい」
『やっと起きたのか』

 受話器から聞こえた気難しそうな声に顔をしかめる。…………寺林からの電話ならどれほど良かっただろうか……なんてことに思いを馳せながら、すみませんと謝った。そして、やっとということはスマートフォンの方にも何件か不在着信があるのだろう。
 相手は生活安全課課長——第四次聖杯戦争時に自分をランサーとして呼び出し、今ではもう気にするのも馬鹿臭いのだが……自害を命じた主だ。彼は日本人として生まれ変わり、現在の名は橋金圭佑である。髪や瞳の色の僅かな違いを除けば、見た目といい性格といい紛れもなくケイネス本人だろう。転生してなお命じる側と命じられる側として縁があるとは、当然ながら考えていなかった。

『昨晩の報告書は見た。廃病院に行ったのは貴様と寺林だけだな?』
「はい。巡査には交番に残って貰ったので」
『そうか、ご苦労。で、今から最短で何分で来れる? いや、30分で来れるな? 署で待つ』
「ちょっ、まっ、30分!? ちょ、待ってください課長! 課長ぉぉぉぉお!!」

 ディアルムドの悲痛な叫びも虚しく、電話は切られてしまった。ツー、ツーという音だけが耳に響き、ディアルムドは諦めて電話を切る。バイクで行くのにも道路を走るだけで20分程掛かるというのに。というか、バイクの所在は昨晩行った交番だ。

「何、また無理強いされたの?」
「あぁ、すぐに着替えて行ってくる」
「じゃぁミルク飲んじゃうよ?」
「そうしてくれ。それと、御子殿に連絡を入れておいてくれると助かる」
「りょうかーい」

 ドタバタと支度を始めるディアルムド。慌ただしいなぁなんて思いつつ、時雨はクーにLINEを入れた。夕飯は一人で取ることが多いディアルムドだ。クーが、一人で夕飯を作ることになったときの落胆の顔を思い出すと少し笑う。

「行ってくる」
「いってらっしゃい」

 ディアルムドを見送り、時雨は残ったミルクを飲むと教会へ戻った。そこには、綺礼と話す一人の主婦がいた。彼女には見覚えがある。何を話しているのかと思い、猫かぶりモードで近づいていくと、彼女が時雨に気がついた。

「あら、時雨ちゃん。久しぶりね」
「はい。二年ぶり……でしょうか」
「えぇ、もうそのくらいね。中々来る機会がなくて……二番目のお兄さんとディアルムド君は元気?」
「はい。次兄は相変わらずで、ディアルムドは今年の初夏に正式に警察官になりました」
「え、ディアルムド君が!? まぁまぁ驚きねぇ……全然知らなくて。今日はお仕事?」
「本当は休日だったのですが、たった今呼び出されて職場に」
「そう……本当に警察官って大変ねぇ……。……あら、ごめんなさい、私もそろそろ帰って支度しなくちゃ」
「何かご用事なのですか?」
「えぇ、ちょっとね……またね、時雨ちゃん。お二人によろしく頼むわ」
「はい、どうかまたいらしてください——湯原様」

   *

 結局指定時間より30分程遅れて署に着き、散々小言を言われたディアルムドに任せられたのは、予想通り昨夜の少年少女、そしてその親の取調べだった。
 何しろ必要最低限のことしか聞けておらず、ディアルムドはあの後、気分の悪さからあとのことを全て寺林に任せてしまった。とは言え夜遅く、取調べはまた明日に、という流れだったらしい。
 橋金から聞いたことは、昨日保護した少年はまだ目を覚ましてはいないが命に別状はなく、残りそうな傷もないこと、そして、彼の母親が午後三時頃にに署に来るということ、それから交番に来た少年少女の名前だった。

「それと、あの廃病院の件は県警に報告、後に取り調べられるが恐らく倒壊する前に壊されるだろうな。それまでは巡査の見回り経路に再組み込み、子供達が入り込まないように要注意させる」
「了解しました」
「少年と母親の取調べは一時までに済ませ、二時までに照らし合わせを終わらせろ。それと、場合によっては貴様が保護された少年の母親に対応しろ」
「はい」

 なぜ自分なのか——ということについては訊いたところで答えないだろう。橋金には記憶がないようだが、ディアルムドは別だ。彼という人物をよく理解している。……理解しているところで嫌われていないかと言われれば、全くそんなことはない。寧ろ何故か目の敵にされているのは、恐らく自分が出世街道を進んだために、同じように若くして巡査を飛び越え署に上がってきたディアルムドが気に入らないのだろう。ソラウまで同じ職場にいたらそれこそ修羅場であったと、その点は運命に感謝している。

 そんなことを考えつつ、取調室へと足を運んだ。部屋の中には、既に少年と母親——相田敦と恵美子親子がいた。二人はガラス越しに自分に気づくと、元々明るくなかった顔を更に強張らせる。あまり二人を緊張させないよう微笑んだが、どうやら効果はない。
 英霊のときと同じ顔でなくてよかったと思うことも多々、同じならもう少し上手く行ったかもしれないと思うことも多々、複雑な心境で彼は扉を開いた。

Re: 【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】 ( No.8 )
日時: 2016/12/02 11:37
名前: ナル姫 (ID: xJkvVriN)

「ええっと……とりあえず自己紹介をさせて頂きます。冬木警察署生活安全課少年係、言峰ディアルムドと申します。名字でも名前でも、覚えやすい方で覚えてくださって結構です。そちらのお名前を確認させて頂きます。まず、相田敦(あいだ あつし)君、それとお母様の相田恵美子えみこ様、相違ないでしょうか?」

 手元の資料を見て確認する。二人は頷いた。取り調べなど初めてだろう。緊張するのも無理はない。

「ありがとうございます。それでは、えー……」

 躊躇いがちに恵美子へディアルムドは顔を向けた。

「説明があったと思いますが、とりあえず敦君の方から始めたいと思いますので、お母様は一旦休憩室で待っていて貰っていて宜しいでしょうか? 終わり次第、お呼び致しますので」
「……どうしても駄目でしょうか」
「……申し訳ございませんが、そう決まっておりまして……休憩室は、このお手洗いに続く通路を進んで左手側にございます」
「……」

 手振りをつけて説明すると、恵美子は諦めたように取調室から出た。その様子を見たディアルムドは、さて、と少年に向き直る。

「まず、色々教えておかないといけないな。君達の友達は無事だ。気を失ってはいたが命に別状はないし、大きな怪我もなかった」
「本当ですか!」
「あぁ。……あまり思い出させたくはないのだが……あの日のことを詳しく教えてくれると助かる。何時に家を出たとか、どうしてあの場所に行ったのか、とか」
「……光や、美津に聞いてないんですか?」

 光、美津というのは女の子達の名前だ。今別の警察が聞いているけれど、とディアルムドは困った顔をした。

「証言の一致が、一応必要なんだ。だが、それで誰かを罰するということはないから、素直に答えてくれればいい」
「……はい」

 彼はポツポツと話し始めた。

「……前日に、部活動で、三人に会って……その帰りに、美津があの廃病院の話を持ち出したんです。それで盛り上がって、明日の夜、アルファーの前で待ち合わせしようってなって……」
「アルファー……あぁ、あそこから一番近いコンビニだな。……あそこに関する噂は、美津ちゃんから聞いていたのか?」
「噂……? あぁ、大学生の霊が出るって噂ですか? 勿論聞きました。最初は、何も問題起こしてないって聞いてつまらないなって思ったんですけど、その大学生の話を聞いて……」
「それで、四人で行くことになった……か。家を出たのは?」
「……アルファーには八時に待ち合わせで、行きも帰りも徒歩だから……七時半くらいです」
「ご両親に止められなかったのか?」
「……丁度、父さんも母さんも深夜遅くまで帰らないって言ってたから。父さんは仕事で、母さんは飲みに行って」

 なるほどな、と言いながら書類に書き記していく。そして、一番重要なことを聞いた。

「……警察は、霊能的、非現実的な証言は宛にしない……できないのだが、君たちが大慌てで逃げてきた原因、つまり君たちが見たものを聞かなければならない。何を見たのか話してくれるか?」
「……出たんです、その大学生の霊が……耳鼻科診察室に入って、でもここで死んだらしいって聞いてたし、床に血もあったし……奥には行かないほうがいいって言ったんですけど、宏樹が奥の方に行っちゃって……こっち来いよって言ってたの、躊躇ってたら、宏樹の後ろに、顔がぐちゃぐちゃになった幽霊が……それで俺達、もう宏樹のこと頭になくて、必死になって逃げて……」

 彼は言ううちに涙目になった。

「……」

 それで走って交番まで逃げてきたと言うことか、とディアルムドはペンを走らせながら考えた。時間的にはおかしくない。自転車も何もない状態。あのコンビニから病院までは歩いて30分と言ったところだ。迷うような道でもない。それで中を散策、耳鼻科で霊を見て走って逃げた……あの交番から病院までは歩けば二時間はかかる。あの距離をずっと走るのは不可能だろうが、少し走ったなら一時間くらいで着くだろうか。

「病院内にいたのはどのくらいの時間だ?」
「……そんなに長くもなかったです。真っ先に耳鼻科に行こうとしたんで……一時間半くらいだったんじゃないかな」

 一致する。どうやら嘘はついてなさそうだ。

「最後に一つだけ。警察に行こうと提案したのは誰だ?」
「俺です……」
「……そうか、どうもありがとう。また、何かあったら話を聞かせてもらうかもしれない。出来る限り応じてくれると助かる。それと、もう倒壊危険の場所に行くのは止めるんだぞ」
「……はい、わかりました。……あの」

 何だろう、と思い彼の方を向く。彼は、ディアルムドに頭を下げた。

「宏樹のこと……本当にありがとうございました!」
「……!」

 ……礼を、言われた。少し驚いた。これが仕事だから、礼などないと思っていた。思わず溢れそうになる笑みは、留めることができなかった。

「……あぁ、どういたしまして!」

   *

 その後、母親からその日の夜のことを聞いた。確かに父親はその日深夜まで仕事であり、母親も友達に誘われて飲みにいったとのことだ。

「でもまさか、あの場所に行くなんて……」
「高校生ですからね……意外と行動力ありますよ。あれから息子さんの身に何か異常ございますか?」
「いえ、友達の安否が気になっていて沈んではいましたが……異常はありませんでした」
「それは良かった。どうもご協力ありがとうございました。すみません、こんな時間まで引き止めてしまって」

 時計の短針は、もうすぐ1を指そうとしていた。何とか指定時間通りに終わらせたなと思いながら相田親子を見送り、自分のデスクに戻る。これから、女子学生の話を聞いてきた刑事と照らし合わせだ……が。

「……」

 さすがに空腹である。昨晩二時半くらいまで起きていて、夕飯の後摂った栄養といえばホットミルク一口分程度である。そう考えると、どんどん集中力が低下していくような気がした。溜息を一つ吐き出そうとしたところで、スコーンと額に硬い何かが直撃した。

「あだっ!?」

 軽い音を立てて落ちたものを見ると、カロリーメイトの開封前の箱だった。

「朝飯食ってねぇのか?」

 投げた本人であろう、寺林がファイルを片手に笑っている。ディアルムドは落ちたカロリーメイトを拾った。

「……昨日の今日でこれ額に直撃させるとか冗談悪いですよ」

 ありがたく頂きますと言って、ディアルムドも笑った。

Re: 【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】 ( No.9 )
日時: 2016/12/02 11:39
名前: ナル姫 (ID: xJkvVriN)

 寺林とディアルムド、そして同じく少年係の女性刑事の三人での照らし合わせが始まった。

「じゃぁまず、それぞれの担当を」
「俺のところは里崎美津(さとざき みつ)さん、それと母親の里崎可奈かなさんだ」
「相田敦君、それと母親の相田恵美子さんです」
「それで私のところが代々木光(よよぎ ひかる)さんと、父親の代々木翼つばささん、間違いないわね」
「はい」
「おう」

 女性刑事の早川は、肥満気味の顔——体もなのだが——を満足そうに緩め、笑顔で照らし合わせを始めた。

「まず、大まかな流れから。前日の部活動で四人は顔を合わせ、里崎さんから廃病院の話を聞いた。それで盛り上がり、明日の夜に行こうと言う話になった。里崎さんから、死んだ大学生の話は聞いていた。ここまでいいかしら」
「その通りだ」
「相違ありません」
「翌日の夜の待ち合わせ場所はコンビニのアルファー。そこから四人で歩いて廃病院まで行って、まっすぐ耳鼻科まで。そこで、逃げてきた三人は怖くて中に入るのを躊躇っていたけど、湯原宏樹(ゆはら こうき)君は中に入って行った、そこで大学生の霊を見て、三人は慌てて逃げた。そして、相田君の提案で交番へ来た……合ってる?」
「はい」
「大丈夫だ」
「疑問な点は?」

 ディアルムドが、全体的に問題はないのですがと声を出した。

「湯原君が倒れていた場所ですね。大方慌てていて逃げる方向を間違えたのだろうと思いますが……三人が霊を見たのは湯川君の後ろ、入り口で入るのを躊躇っていた三人から見える位置に湯原君はいたはずです。けれど、我々が捜索したときは、入り口から見えない位置に湯川君は倒れていました」
「それはそうだな。まぁそこは、本人に聞くしかねぇだろう」
「そうね……他に何かある?」
「特には」
「……にしても幸運だったな、あの坊主」

 寺林が資料を見ながら呟く。資料には、あの病院の耳鼻科診察室の構造と、湯原宏樹の倒れていた場所が記されていた。

「俺達の保護が遅れてたら死んでたぜ」
「俺の反応が遅れてたら寺林さんが死んでるじゃないですか」
「あぁ? いいんだよ俺は」

 そういう寺林に何らかの違和感を覚えるが、その正体が掴めない。警察官として市民を守って死んだのなら確かに名誉だろうが、鉄材が落ちてきて殉職——なんて目には遭いたくないのが普通ではないだろうか。

「……?」
「何にしろ、三人証言が一致したな。早く済んで助かった。あとは坊主の母親が来るのと、坊主が目を覚ますのを待つだけだな」
「えぇ、そうね。じゃぁ私はこれ、課長に出してくるわ」
「おう、頼んだ」

   *

 若干もやもやした気持ちで、ディアルムドは貰ったカロリーメイトを食べていた。寺林にはこの件について何か思うところがあるような気がする。しかし何をどう思っているのか、まるでわからない。まぁもっとも、わかったところで気持ちのいいことではないだろう。それにしても、自分は寺林のことを何も知らない気がした。

「…………」

 わからんなぁ、そんなことを思いながらうわの空で買った緑茶のペットボトルを開け、カロリーメイトを流し込んだ。時刻は二時半、湯原宏樹の母親が来るまであと三十分ある。わからないといえば、『湯原』の妙な既視感もわからない。
 ……スッキリしない。時雨に心当たりでも聞いてみようかと思い、署の外に出てスマートフォンの電話帳から時雨の名前を探そうとした、その時だった。

「……ディアルムド君?」
「え」

 この署の人間で、自分を名前で呼ぶのは寺林くらいだ。しかも君付けで呼ばれた。一体誰が……と思い反射的に振り返ると、何処かで見たような婦人が自分を見ていた。

「……えっと」
「やっぱりディアルムド君! まぁまぁ背も伸びて立派になって! 覚えてるかしら、湯原よ、ちょっと前までよく教会に行っていた!」

 数回、目をぱちくりと瞬きして、ハッと思い出した。そうだ、湯原とは自分達が高校生のときよく教会に来ていたクリスチャンの一人だった。

「すみません今思い出しました。そっか、妙にあの子の名前に既視感があると思った」
「……まさか、宏樹?」
「はい、湯原宏樹君です。湯原様、お子様がいらしたのですね。旦那様は何度かお会いしましたが……」
「あらっ、宏樹の事件の担当なの? もうごめんねぇ、迷惑かけて」
「いえ、仕事ですから。とりあえずこんなところで立ち話しているわけにも行きませんから、どうぞ署内へ。課長に取り次ぎますので」

 署の扉を開け、ディアルムドは橋金の元へ彼女を導いた。

「課長、湯原様がお見えです」
「む、そうか…………貴様何故外へ行っていた?」

 ビクッとディアルムドの肩が跳ねる。家内に電話しようとしていました——なんて言おうものなら何を言われることやら。ここは、家内から電話が来ていました、が良いだろう。実際そう言うと、物凄く不快そうな顔をするだけで何も言われはしなかった。

「はぁ……まぁいい。言峰、婦人に説明を」
「畏まりました」

 こちらへ、とディアルムドは湯原を招く。空いている取り調べ室を使うことになったが、彼女にも聞くべきことがあるため仕方がない。さて、どこから切り出そうかと思っていると、相手から口を開いた。

「ディアルムド君、正式に養子縁組を結んだの?」
「へ?」
「だって貴方の名字は、ウア……」
「あぁ……ウア・ドゥヴネ、です。そうか、お伝えしていませんでしたね。実はその……色々な都合から、時雨と籍を入れまして」
「えっ!? そうなの!? お昼前頃に教会に行ったんだけど全く知らなかったわ!」
「はは……まぁ、夫婦らしいことは何一つしていないのですけどね、正式に言峰姓を頂きました」
「良かったわねぇ……きっと色々役に立つわ。あら、ごめんなさい私ったら、色々聞かれるのよね?」
「いえ、予定より早く来ていただいたので問題ありません。……さて、では前日のことから説明させて頂きます」

   *

「こんな時間に友達の家に、なんて言うからちょっと怪しんでたけど……まさか肝試しに行くなんて」
「友達三人の証言は一致していますので、間違いはございません。疑問があるとすれば……」

 言いながらディアルムドは、寺林が持っていたものと同じ、耳鼻科診察室の見取り図をテーブルの上に出した。指を指しながら説明する。

「友達から見える位置だとすればここに宏樹君は倒れていると思うのですが、少しずれた……ここに倒れていたのですよね。まぁこの程度はほんの誤差ですので、あまり気にすることもないのですが、目が覚めて話が聞けるようになれば、宏樹君にも色々尋ねることになります。よろしいですか?」
「勿論、それにしても怖がりなあの子が……」

 全くもう、という風に、彼女は肩を竦めていた。

「……」

 ——怖がり……なのか?
 ——彼らの話では……率先して中に入った、みたいだったのに。

Re: 【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】 ( No.10 )
日時: 2016/11/24 13:56
名前: ナル姫 (ID: 3A3ixHoS)

 湯原が帰り、ディアルムドも帰宅が許された。だが外を見れば快晴の空から降り注ぐ熱気がアスファルト上に蜃気楼を作り上げており、景色が揺れて目に入る。とても外に出る気にはなれない。しかし何もせずにデスクにいると普通に出勤している署員に申し訳なく、とりあえず休憩室へ避難した。
 休憩室の自販機で缶コーヒーを購入した。椅子に座るのと同時に一口飲み、背もたれにぐったりと寄りかかる。警察学校で鍛えた体力には自信があるが、ここまで疲れているのは、内外の気温差と、この件に対する妙な違和感のせいか。

『怖がりなあの子が……』

『俺です……』

「……」

 考えていても答えは出てこない……いや、正確に言えば考えはある。辻褄も合うが、少々無理矢理なような気もする。果たして己の考えは非現実的じみてはいないか……とはいえ、証言がなければ考えても仕方なく、コーヒーを一気に飲みほしゴミ箱へ捨て、ディアルムドは帰る支度をした。

   *

「お、ディアルか、早かったな」
「ギル……帰っていたのか」
「銀行のATMで記帳しただけであるしな」
「……」

 四次の聖杯戦争時には、彼はまさに唯一無二にして絶対の英雄王であり、当時相見えたことは少ないとは言えそのオーラと強さは古代の王そのものだった。それが五次ではどういうことか、時雨と言峰神父を通じて親しくなり、そのときにはかなり現代に染まっていることが伺えたものだ。そして現代に染まるしかないこの現世、出かけた用事が記帳と言われてしまうと、不自然ではないのだが、何というかとても反応しづらい。

「なんだその顔は。何か言いたげであるな?」
「……別にそういうことではないが。というか俺は少し寝る」
「あぁ、休日出勤したのだったな。よく休むが良い……と、言いたいところだがディアルよ」
「何か用か?」
「我の気のせいならそれで良いのだが、寝たところで悩みというものは解消せんぞ?」
「…………」

 動きが止まってしまい、図星を突いたとギルガメッシュが確信する。にやりと口角を上げ、話なら聞いてやるが、と声をかけられた。

「そんな上の空では飯を作る手伝いすらままならんだろうに」
「……お前には敵わんな」

 ディアルムドは階段がある廊下へ続く扉を開けようとしたその手を止めた。リビングテーブルのギルガメッシュの向かいに座る。

「捜査が順調にいかんのか?」
「それだったら帰ってきてなどおらん……捜査は順調だ、理論的に考えて不自然な箇所もない。だが妙な違和感を感じてしまってな」
「詳しく話してみよ。案ずるな、他の誰にも漏らさん」
「助かる」

 ディアルムドは簡単に事件の概要を説明した。ギルガメッシュは特になんの疑問も提示しない。

「何が違和感なのだ? 至って普通ではないか」
「湯原さんって覚えているか」
「覚えておるが? 二年ほど前よく教会に来ていた主婦であろう?」
「あぁ、倒れていた宏樹君はその人の息子でな。湯原さんが言うには、怖がりらしい」
「それが何だ、高校生ならば多少怖がりでも友人と廃病院に行くくらい当然であろう?」
「そうなのだが……それと、彼の倒れていた場所が、入り口からは見えない場所だった」

 ここまで言うと彼も、ぴん、と来たらしい。

「……ほう、なるほど、つまり貴様はこう言いたいのだな? 怖がりな癖に廃病院行きへ参加し、しかも診察室の中に入った湯原宏樹、そして倒れていた場所のずれ……しかし取り調べを受けた者は皆、湯原宏樹を嫌っている様子はない。ここから導き出される説は」

 ギルガメッシュは身を乗り出した。

「廃病院に行ったのは、五人だったのではないか——」
「…………」
「宏樹という奴は怖がりだった、だから廃病院に行くのにあまり賛成できなかったが、もう一人……権力者、いじめっ子的ポジションのやつがいた。そいつに四人は逆らえず、五人で行くことになった。宏樹と言うやつは怖がりで一番のいじめられっ子ポジションにあり、いじめっ子に後ろから押される形で診察室の中へ入った。恐らく、思いっきりそいつが宏樹を押し、宏樹が入り口から見えなくなったタイミングで、いじめっ子の後ろに霊が現れた。宏樹以外の四人は大慌てで逃げたが、怖がりな宏樹はその場で気絶。病院から離れたところで敦が交番への連絡を提案、しかしいじめっ子は自分は関わるのが嫌で、共に逃げた三人に自分の存在は明かすな、明かしたらどうなるか分かっているな等と脅して一人帰った。そして三人は事情聴取の前に話の辻褄を合わせ、警察に話した。そう考えれば納得がいく」
「……お前は読心術でも持っているのか? 良くも俺の考えていた事を違わず言ってくれる」
「くははは! 止せ止せ褒めるな照れるではないか! で、どうする? 綺礼に調べさせるか?」
「違和感に気づいたところで義兄を使って裏を取らせましたなんて、上に報告できるわけ無いだろう……」
「む、それもそうか。となると、高校生からの自白を待つしかないと?」
「俺一人で考えていたって仕方がないからな。やはり少し寝ておく」
「そうか」
「あ……そうだギル」

 今度こそ部屋に戻ろうと立ち上がったディアルムドは、再びその足を止めた。

「時雨にはぜっったいに言うなよ……」
「わかっておるわ」

 ギルの返事を聞き、ディアルムドは部屋に戻った。普段着に着替え、寝っ転がる。まぁ、彼の仮説が正しいとすれば、あとは四人目……いじめっ子に釘を刺されていない湯原宏樹の話を聞けばすべてわかる。そんなに案ずることはない——そう思うと眠気が襲ってきた。ぎりぎり意識のあるうちに、夕方には起きれるよう目覚ましを設定した瞬間、ふっと彼の意識は夢の中へ落ちていった。

   *

 ディアルムドを見送ったギルガメッシュは、スマートフォンを取り出した。ツイッターのタイムラインを追うも、面白そうな話などない。スリープ状態へ戻し、声を出した。

「ディアルは行ったぞ」

 すると、遠慮気味に教会へ続く扉が開いた。気不味そうに時雨が顔を覗かせる。

「聞いちゃ不味い話だった?」
「ディアルとしてはな。廃病院なんて、百物語したいなんて言い出したお前が好みそうな話ではないか」
「っていうかディアルは過保護すぎるんだよ。束縛の厳しい彼氏か!」
「旦那だから間違ってはおらんな」
「……そうだった」
「忘れるな」

 全くお前は、とギルガメッシュは溜息を吐き出した。余計なことはするなよ、と時雨に釘を刺す。勿論、それだけでは何の効果もないため、ディアルの邪魔になるからな、という言葉も忘れずに。

Re: 【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】 ( No.11 )
日時: 2016/11/25 12:08
名前: ナル姫 (ID: xJkvVriN)

 夕方の六時半になり、ディアルムドは目覚ましの音で目を覚ました。眠気の中でぎりぎり保たれていた意識で目覚ましをセットしたせいか、何故かスマートフォンから流れてきた心地の良い波の音。これは確実に、所謂リラクゼーション音楽、ヒーリング系と言われるもの。人を安眠に導く、目覚ましには不適切にも程があるものだった。おかしい、記憶の中では少し激しいものを流そうとしていたはず。
 ぐしゃりと、寝癖のついた黒髪を掻いて起き上がる。高校時から使っているヘアバンで前髪を上げ、彼はリビングへ向かった。

「あ、ディアルおはよー」
「あぁ、おはよう」
「眠くない? 大丈夫? 一応起きた直後に寝落ちするように目覚ましを波の音に変更してみたんだけど」
「お前の仕業か……!」

 勝手にスマートフォンやら携帯電話やらを弄られるのには慣れているのだが、まさか目覚ましの音をリラクゼーションに変えるなどというテロが行われる日が来ようとは思ってもみなかった……訂正、少し考えればそのくらいは想定可能だったが、眠すぎてそんなこと考えられなかった。そういえば戦争時にも同じようなことをしていたなぁ、などと思い出す。被害者と加害者は違うが。

「だってディアル死んだように寝てんだもん。髪いじったり耳元で囁いたりしても全然動きがなくて」
「お前は俺の睡眠を邪魔したいのか促進したいのかどっちだ!?」

 ディアルムドのごもっともなツッコミが響いた瞬間、玄関に続く扉が開いた。片手にスーパーの袋を持ったクーが、ぱっと嬉しそうな顔をする。

「おーディアル! 帰ってきてたのか!」
「あ、クーさんおかえりー」
「おうよ。ディアル手伝ってくれるか」
「はい」

 ディアルが台所へ向かい、手を洗う。その内に綺礼も仕事を終え、賑やかな夕飯づくりが始まった。

「ギル、箸と器用意しておいてくれ」
「む、これか?」
「あぁ、それでいい」
「くぉらクソ神父! シグレ! 天ぷらつまみ食うんじゃねぇ!」
「いいじゃん芋天美味しいもん!」
「椎茸もな」
「御子殿ー、ウインナーいくつ揚げます?」
「一袋使っていいぜ」
「畏まりました」
「狗麺つゆがないぞ」
「冷蔵庫になけりゃ野菜室かもしれねぇ」
「兄さんとギル兄とクーさんビール飲む?」
「食事中は麦茶にしておこう」
「我も食後で構わん」
「そうだな、未成年いるしよ」
「はーい」
「ギル、大皿持っていくからテーブルの中心空けておいてくれ」
「うむ」
「ほら熱いの通るぜー、道開けろよ」
「天ぷらに素麺で換気扇だけだと流石に部屋が暑いな」
「クーラーつけるか?」
「それよりも窓を開けて扇風機を付けたほうがいいな。時雨、扇風機を」
「はーい」

 着々と夕飯の支度は進み、八時前には出来上がった。この時間TVはつけない習慣だが、テレビなどなくても会話は山のようにある。

「懺悔室にいた客がまた凄くてな」
「おいクソ神父、懺悔室の話は外に持ってっちゃいけないんじゃねぇのか?」
「この教会にモラルとプライバシーを求めるな、狗」
「『悪魔に憑かれてる! 払ってくれ!』と懺悔室で喚き立てられた」
「何故懺悔室……その人結局どうしたんですか」
「悪魔祓いはプロテスタントだーって言ったら出ていったよ」
「……この教会はカトリックでもプロテスタントでもなく聖堂教会だからな……」
「でもどうすんだよ、もし本当に取り憑かれてたりしてたら」
「だったら懺悔室に入ってこないと思うし、入ってきたとしても出ていかないと思うよ、あと後ろ姿中学生くらいに見えた」
「迷惑なイタズラだな……」

 苦笑しながらディアルムドが言う。小学生の時の彼は敬遠なキリスト教徒だったため激怒していたのだろうが、今は警察として色んな立場の少年を見ることも加わって、こういう悪戯には随分と寛大になった。そんな彼を見た時雨が一言、毒されてんな……と小さく呟き、その呟きにギルガメッシュが吹いた。

「ただまぁ、今後は控えて貰わねばな」
「消すか?」
「よーし現行犯逮捕だ手を出せ」
「冗談だ!! 張り紙でもしておく!!」

 バッとディアルムドに対して掌を見せる。
 笑い声が響く。五人揃うと、いつもここは賑やかだった。

   *

 夕飯の片付けを終えたら、各々が自分のしたいことを始める。ギルガメッシュはパソコンとにらめっこを続け、クーはテレビをつけながら家計簿の確認を、綺礼はこんな時間にも来る信者の相手をしていた。
 下の階のリビングからニュースのアナウンサーの声が聞こえる。ペルセウス座流星群がどうのこうのと言っているようだ。ディアルムドは、自室で資料の確認をしていたが、唐突に部屋の扉がノックされ許可を出す前に開かれる。まぁ当然、時雨だ。

「ぼくをコンビニへ連れてって」
「うっわ、古っ」
「通じてよかった。変な奴だと思われるかと思った」
「何でそんな一か八かの勝負に出たんだ……」

 苦笑しながら資料をファイルにしまい、財布を取り出して中身を確認するあたり、ちゃんと連れて行くつもりなのだろう。時雨も、断られるとは考えていないのか長袖だ。ディアルムドも上から長袖の服を着た。部屋に置いてある翡翠色と萌黄色の2つのヘルメットのうち、萌黄色の方を時雨に投げ渡す。
 裏に停めてあるバイクにエンジンをかけ、二人で跨った。

「しっかり掴まれよ!」
「おう!」

   *

 コンビニで、お互いに適当に購入する。夜十時を過ぎれば、流石に涼しいを少し通り越し、肌寒くもなる。バイクが倒れない程度に寄り掛かり、雲のない夜空を見上げた。

「今日はペルセウス座流星群らしいな」
「何だ、知ってたんだ」
「ニュースの音が聞こえてな」
「ぼくも。リビングにいてテレビで知った」
「だと思った」

 クスクスと微笑み合うその姿は、多分道行く人の目には恋人のように映っているに違いなかった。二人に、全くそんなつもりはないにしても。

「ピュレグミあげる」
「すまんな」
「でもポッキー頂戴」
「ほら」

 そんなやり取りをしている間に、二人の目の端に、空を駆ける一縷の光が入り込んだ。あ、と同時に声を出して慌てて空を見るが、既に光は消えていた。

「あーっ……残念……」
「悔しいなぁ……でも大丈夫、ほら」

 時雨が腕を伸ばして指差したのは、今にも消えそうなほど細い三日月だった。

「月が明るくないから、きっと沢山見れるよ」
「零時前には帰るぞ」
「それまで付き合ってくれるんだろ?」
「当たり前じゃないか」

 そろそろ帰らなきゃ不味いな、という時間ギリギリまで、きっと夜空を見つめることになるのだろうと思った。
 夜はゆっくりと更けていった。

Re: 【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】 ( No.12 )
日時: 2016/12/02 11:44
名前: ナル姫 (ID: xJkvVriN)

 翌日の朝早く、各々が仕事の支度や身支度をしていた。尚、この大家族は朝の洗面所が戦場と化す。

「狭い」
「貴様が無駄にでかいのだ綺礼ッ! もっと詰めよ!!」
「金ぴかテメェ何分ブラシ使ってんだ!!」
「いったぁ!? 誰だよぼくの髪引っ張ったの!」
「順番に使え!!」

 台所で早くも朝食の支度をしているディアルムドが、聞くに耐えない洗面所争奪戦を聞いて怒声を上げる。互いに譲り合えば解決するものを、なぜこいつらは奪い合うことしかできないのか。
 そんなことを思いながら、フライ返しでフレンチトーストをひっくり返す。その時、唐突に胸ポケットに入れられたスマートフォンが鳴り出した。フライパンを一度コンロに置き、スマートフォンを取り出して相手を確認して通話状態にする。左手に再びフライパンを持ち、左肩と耳の裏でスマートフォンを支える状態になった。

「はい」
『おはようさんディアルムド。今どこだ?』
「おはようございます寺林さん。今は家です。あと十分もすれば出ます」

 パンにいい具合に焼きめがついているのを確認すると火を止め、皿に盛り付ける。フライパンを火の消えたコンロの上に戻すと、ディアルムドは左手にスマートフォンを持ち替えた。

「今すぐ出た方がいいですか?」
『や、そんなことはねぇんだが、お前が早く聞きたいならそうして欲しいと思ってな。実は昨日、湯原宏樹が目を覚ました』
「えっ!?」
『お前が帰った直後にな、医者から連絡が来たんだよ。そしたら意外に元気そうでなぁ、話を聞いてきたのさ。勿論お袋さんには席を外して貰ってな。湯原宏樹がお袋さんに何も話していなければ、お袋さんは昨日お前が教えたことを信じてる。さて、今日は忙しくなるぞ、何せ状況が覆りそうだからな!』

 若干興奮したような寺林の声と、状況が覆るという言葉に、ビンゴ、と思わず口角が上がる。

「わかりました、急ぎます」
『おう、じゃぁ職場でな』

 切れた電話。スマートフォンをスリープに戻しポケットにしまう。作った朝食に軽くラップをかけてエプロンを外すと、ディアルムドは二階へ駆け上がり、スーツのジャケットと鞄、そしてヘルメットを持った。
 一階へ戻り、未だにギャーギャーと騒がしい洗面所に溜息。

「朝ご飯置いておくからちゃんと食べるように!」
「はーい! 行ってらっしゃい!」
「ありがとさん!」
「励んで参れ!」
「行ってらっしゃい」

 喧嘩してても、出るときはちゃんと言葉で見送ってくれる。温かい嬉しさに頬を緩ませながら、彼は家を出た。

   *

 時雨が教会に行くと、そこにはまた湯原の姿があった。旦那は出勤したのだろう、今日も一人だ。

「おはようございます、湯原様」
「あら時雨ちゃん、おはよう」

 彼女の顔はどことなく疲れ切った印象だった。

「……大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが……」
「ごめんなさいね、大丈夫よ。ただ……私息子がいるんだけど、そのことで色々あって、警察にもお世話になっちゃって」

 事情はわかる。湯原が昨日、用事があるといったのは間違いなく警察署だ。そこで、事件の概要は聞かされたはず。ディアルムドの予想が当たったか否かはわからないし、当たったとして湯原がそれ知るかはわからない。だが、警察にお世話になるというだけでもストレスにはなるはずだ。

「神にお祈りをなさいますか?」
「えぇ、そうさせて頂くわ」

 彼女はキリスト像の前に跪いた。
 祈りが終わると、彼女は立ち上がった。そして、ボソッと、そういえば……と口にした。

「……どうかしましたか?」
「あ、いいえ。何でもないの。ただ、立花君はどうしてうちに電話したのかなぁって」
「……立花君?」
「息子の同級生なの。今回のことを知って、驚いていたのよ。でも、私としてはそっちにびっくりしちゃって。あまり仲良くなさそうだったのに電話してくれたから」

 湯原は浅く笑った。
 立花——……。昨日ディアルムドはギルガメッシュに、登場人物を普通に名字で話していたが、記憶の限りでは立花なんて名前はなかった。仲良くなさそうなのに電話をした。ふと、ギルガメッシュの言葉が蘇る。
 ——自分の名を出せば、どうなるか分かっているなと脅した——。
 なるほど、と彼女は見えないように僅かに口角をあげた。

「きっと、クラスで何かがあって少し交流ができたのかもしれません」
「だったら嬉しいわ。引っ込み思案の子だから」
「そうであることを、神に祈ります……アーメン」

 心の中では、そんな簡単なことであって溜まるかと思っていることは言うまでもない。

   *

「で、名前は言ってくれないんですか?」
「おうよ。まぁ多分いじめだしな、名前を言うとする、そしたら当然俺達はそいつに事情聴取をして補導する必要がある。そしたら学校でどうなると思うよ?」

 寺林に言われ、ディアルムドは苦い顔をした。
 ……どうなるか、想像に難くない。

「まぁ、悪質とは言え罪に問えませんからね」
「そこでだ、ディアルムド。若いもん同士、今日はお前が行ってこい」
「は……はぁ!? 待ってくださいよ俺が!?」
「聞いたぞお前、あの坊主の母親ってクリスチャンなんだろ?」
「そ、そうですけど……でも宏樹君のことは俺だって初めて知って……」
「とにかくだ、俺ぁもうあと十年もすりゃぁ定年で若えやつのことわかんねぇんだ。課長に言ったらディアルムドのほうが適任だって言ってたぜ?」
「取り次がないでくださいよ……! もう断れないじゃないですかぁ……」

 がっくりと肩を落とすと、そう言うなと頭をポンポン撫でられた。

「というわけで、お前はこれから病院へゴー だ。頼んだぞ、言峰刑事」

   *

 病院へ行くためバイクに跨がろうとしたとき、スマートフォンがバイブレーションを鳴らした。署では基本的に音は出さない。……何かの間違いで橋金からの電話の着信音が面白半分で設定したポケットモンスターのシオンタウンのテーマだと知られてしまった日には死んでしまう。いろんな意味で。
 液晶を確認すると、時雨と言う文字が早く出ろと言うように踊っていた。

「……なんだ、時雨?」
『先に謝る。昨日ギル兄と話してたこと聞いちゃった』
「……盗み聞きか、悪趣味な……」
『わざとじゃないもん』
「はぁ……まぁ、前置きはいい。で? 電話してきたからにはそれに見合う情報があるんだろうな?」
『当然だろ?』

 時雨は、先程湯原が言っていたことを話した。

Re: 【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】 ( No.13 )
日時: 2016/11/27 14:41
名前: ナル姫 (ID: vfhHNd5c)

「立花、か……」
『そ、仲がいいわけでもないっていうのが湯原様の証言。でも電話したとなれば、相手は確実に宏樹って子に用があたったとしか思えない』
「なるほど。参考にさせてもらう。もしビンゴだった場合、報告書にはお前の名が出るが」
『オーケー、ぼく湯原さんの言葉を拾っただけだもん』
「ふ、やはりこの教会はこうでないとな」

 にやり、という笑みを浮かべる。時雨もきっと、同じような笑みを浮かべているに違いない。

「では切るぞ、帰りは恐らく遅くなる」
「了解、クーさんに言っとく」

 電話を切り、今度こそバイクに跨る。ディアルムドは病院への道を急いだ。

   *

 寺林に教えてもらった病室に辿り着き、スライドドアを開ける。部屋にはカーテンに区切られた4つのベッドがあるが、湯原宏樹しか患者はいないようだ。気絶していただけだが、頭を打った可能性とかで検査入院中なのだろう。
 彼のいるベッドのカーテンは開いていた。彼はベッドで退屈そうに寝ていたが、ディアルムドを見ると、バッと起き上がった。

「だ……誰ですか」
「え、あぁ……そうか、意識があるときに会うのは初めてだったな。昨日、君と話していた寺林という刑事と同じ課に勤めている、言峰だ。お母さんがよく、うちに来てくれていた」
「……言峰……聖堂教会?」
「あぁ、そこの出身だ。さて、無駄話もそこそこにして本題に入らねばならないな」

 ディアルムドは手帳を開いた。途端に、宏樹の顔が強張る。

「用件はわかっているな? 俺たちは、廃病院に行ったのは君を含め四人だと思っていたし、君の友達三人からもそう話を聞いていたんだが……君が言うには、五人だったそうじゃないか。その人物の名前を、教えてくれると助かるな」

 にこり、と笑いながらも、声は有無を云わせないような気迫がある。しかし、相手は余程五人目が怖いのか口を割りはしない。何でも、彼らは文芸部だと署で聞いた。湯原宏樹のような弱気な人間の集いやすいところだ。

「……」

 沈黙が落ちる。さて、どうするべきかと思ったとき、ディアルムドの目の端にちらりと、過去に見慣れたものが映った。思わず立ち上がり、彼の腕を掴む。

「ちょ、何するんですか!? やめてください!」

 驚いて手を振りほどこうとするが、文化系部活の部員の腕の力など、ディアルムドの敵ではない。ディアルムドはそのまま、掴んだ左腕の手首を見た。

「…………」
「っ……、……」
「……いつからやっている」
「べ、別にどうでもいいじゃないですか」
「……見たところ浅いし新しい。あと少ない。長くても今年度からか」

 ディアルムドが言うと、ぎょっと彼は目を見開いた。

「自傷に走るくらい、相手が怖いということだな」
「…………」
「……わかった、そちらが言わないのならこちらから心当たりを言おう。……立花」

 びくりと、彼は肩を跳ね上がらせて目を泳がせた。見事に大当たり。彼は溜息を吐き出した。

「……なん、で……」
「警察は、警察の外にも独自のネットワークを持っている。言ったろう? 俺の出身は言峰聖堂教会だ」

 ここまで言えば、母が何か言ったのかと察しがついたのだろう。彼は肩を落とした。

「君のクラスメイトの立花か……まぁ担任に聞けばすぐわかることだな」
「やめてくださいっ……あいつ、何するかわからないから……」
「君相手にか?」
「俺だけじゃない、敦とか、光とか、美津とか……」
「……そういうわけにも行かない。君達は立入禁止の場所に入ったんだ、補導が必要になる……だがまぁ」

 ディアルムドは手帳を畳んだ。その意図が解らず、宏樹はディアルムドの顔色を伺うように彼を見た。

「警察はどんな事情があろうとやることを変えるわけにいかない。このあとの君の話次第では学校を問い詰める事にはなるが、取りあえず一個人として君の話を聞いておきたい」
「……なんで、そんなこと……」
「個人として聞いてはいけないか?」
「だってどうせ、後で捜査に使うんじゃないですか」
「だったら手帳を閉じていないさ」
「でも……」

 参った、どうも相手は全くこちらを信用していない。まぁ、多少強引に相手の名前を引き出してしまったのだから仕方もないし、事実後で重要箇所は手帳に書き込むつもりではいるのだけど、個人的に気になるというのも嘘ではなかった。
 仕方がない、最終手段に出るとしよう。要は、何故自分が相手の話を聞きたがっているのか——その理由を、相手に納得させることが必要だ。
 ディアルムドはジャケットを脱ぎ、シャツの袖ボタンを左と右、両方外した。そして、肘まで捲る。何事かと見てくる少年を一瞥し、一呼吸置くと、掌を上にして両腕を彼に見せた。

「……!」

 中学の頃の傷だが、深く沢山切った傷が跡にならない訳はなかった。手首から肘までびっしり刻まれた物は学校ではなく家庭が嫌でつけた傷なのだが、これで相手は親近感を持ってくれたようだ。ディアルムドは袖を戻しボタンを締めた。
 宏樹はぽつぽつと話し始めた。

   *

 立花の本名は、立花孝志(たちばな たかし)という。クラスのリーダーといえば聞こえはいいが、実質は暴力でクラスを支配する人間であり、その標的として宏樹がいるらしい。敦、光、美津とは違うクラスだが、何かと宏樹目当てで文芸部の部室に入り浸る彼は、宏樹と仲良くしているその三人にも目をつけたようだ。立花孝志の凶暴さを知っていた三人は彼を突っぱねる訳にはいかず、裏で宏樹を庇いつつ表面上は立花に従っているらしい。
 クラスの人間は、渋々と言った状況で宏樹を『空気』として扱っていた……つまり、無視していた。殴られたり、蹴られたり、閉じ込められたりと、具体的なことはクラスメイトからはされていないという。誰かにぶつかってしまい謝っても無視、プリントを回しても気づかないふりと、教師の目が行き届かないところで日常的にそうなっていたらしい。立花本人は、暴力もあったがどちらかというと言葉で攻撃してくるタイプのようだ。

「……なるほどな」

 ただ、これでは学校を問いただすのは難しいだろう。立花の補導で終わりそうだ。

「ありがとう、話は終わりだ。早く退院できることを願おう」
「……はい……あの」
「ん?」
「助けてくれたのは……刑事さんだったんですか?」
「俺と寺林さんだ。もう危険なところには行くんじゃないぞ」
「……はい……ありがとうございました」

Re: 【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】 ( No.14 )
日時: 2016/11/28 18:10
名前: ナル姫 (ID: PE0DJbev)

 病院から出たディアルムドは、時雨に電話をかけた。しかし流石に今は教会にいるのだろう、電話には出なかった。留守番電話サービスに繋がったところで呼び出しを切り、バイクに跨って署に戻った。

   *

「何だ、もう帰ってきたのかね」
「だ……駄目ですか……? ええと……少年から証言が取れました。名前は『立花孝志』です」
「そうか。今早川が高校へ向かっている。彼女にはこちらから連絡を入れるからお前も向かえ」
「はい」

 返事をし、一旦自席に戻って心の中で宏樹に謝りながら手帳に重要箇所を書きこむ。その時、トントンと後ろから肩を叩かれた。寺林だ。何ですか、と問うと、寺林はにいっと笑った。

「お前坊主に心当たり吹っ掛けたな?」

 ぞわりと全身の毛が立ち、冷や汗が流れた。このベテラン刑事は、出世街道からは遠いもののこういった勘は物凄くいい。ディアルムドが高校生の時分、とある事件で関わったときには、ギルガメッシュから『あの刑事はお前が普通の子供ではないことに勘付いている』と言われた。……もちろん、勘付かれたからと言ってそのことを曝け出してはいないし、勘付かれていることに気が付いていないふりはしているのだが、何にしろ寺林はそういったことをよく見抜く。

「あの電話の相手は嫁さんか? 義兄さんか?」
「……妻です。悪いことはしてませんよ、湯原さんが教会でうっかり言っただけですから」
「それで、名前を割らない坊主に吹っ掛けて吐かせたか。悪人だねぇ。他はどうだ、話は聞けたのか?」
「……」

 ディアルムドは額を寄せて声を潜めた。個人として聞きました、などと橋金に聞こえたら何を言われることやら。

「やり方が若いな。まぁいいさ、その辺は俺等が刑事として聞きに行く」
「助かります」
「引き止めて悪いな、行ってこい」
「はい!」

 元気よく返事をし、駆け足で出ていった後輩の背を見送る。礼の一つを言う暇もないな、と思いながら。

   *

 高校の校門の前に、早川ともう一人、女性がいた。恐らく学年主任か担任だろう。ディアルムドも校門につき、一度バイクから降りてヘルメットを外した。

「遅れて申し訳ございません、冬木署生活安全課、言峰と申します」
「いえ、結構です。バイクは来客用の駐車場があちらにあります」
「すみません、失礼します」

 一礼し、ディアルムドはバイクを駐めに行った。

   *

 早川によると、あの女性は湯原の担任で、もう一人文芸部の顧問と教頭が中にいるらしい。女性の名は名倉。眼鏡の奥の目の尻がきりりと上がった、気の強そうな女性だった。
 応接室につき、中に通されると、四十代後半くらいの頭の少し禿げた痩せた男性と、四十代前半の年に見える小太りの、眼鏡をかけた男性がいた。部屋の中はクーラーがついていたが、眼鏡の男性はハンカチで汗を拭っていた。

「どうも刑事さん。私、教頭の三鷹と申します」

 二人は立ち上がり、まず痩せた男性が名乗る。続いて小太りの男性が、文芸部顧問の田口ですと名乗った。

「冬木署生活安全課の早川と申します」
「同じく生活安全課の言峰です。本日はお忙しい中お時間いただき、誠に感謝いたします」
「いえ、うちの学校の向上にも繋がります。どうぞおかけください」

 二人が腰掛けると、三人も座った。その時事務員らしき若い女性が茶を運んできた。頂きますと頭を下げる。

「では早速本題に移りたいと思います」
「えぇ、詳しく聞いていないのですが……何があったのでしょう」

 早川は細部を省きながら事件の概要を説明した。

「しかし、昨日目が覚めた湯原君によると、廃病院に行ったのは五人だと言うのです」
「その五人目をこちらで探せと?」
「いえ、それはこちらで確認が取れました」

 早川はそう言うと、ディアルムドに目を向けた。

「立花君。湯原君と同じクラスの、立花孝志君です」
「立花君が? どうしてまた文芸部員と?」

 名倉が眉を寄せる。すると田口が、あっと声を上げた。

「もしかしてその立花君って、うちの部室によく出入りしている子かなぁ……ちょくちょく遊びに来るって感じで、生徒の作品の邪魔をしていたわけじゃなかったし、今回問題になった相田君や湯原君たちとも仲が悪いってようにも見えなかったから注意してなくて……」
「駄目じゃないか田口先生、部活中なんでしょ?」

 三鷹に言われ、田口はすみませんと頭を下げる。

「……で、我々は何を協力すれば良いのでしょうか」
「はい、宜しければ立花くんのお家の電話番号と、ご住所をお教えいただければと……」
「では、今確認してきましょう。名倉先生、お願いします」
「はい」

 名倉は応接室から出ていった。ディアルムドは一応一度軽く頭を下げて茶を飲む。ふと、視線を向けられていることに気づき、見れば三鷹がこちらを微笑んで見ていた。

「……何か?」
「あぁごめんね。いやぁ、言峰さんだっけ? 日本人?」
「あぁ……アイルランド人です。幼い頃から日本で過ごしたので、日本語に不自由はないのですが」
「そう。それで名字が言峰ってことは……まだ二十前後に見えるけど、結婚してるの?」
「はい。今十九です。高卒ですぐ警察になったので」
「えっ、若いね! それで刑事かぁ……いやぁ優秀だなぁ。君と同い年の息子がいるんだけど、あれは大学にも行かないでバンドやるんだーとか言ってて困るよ。それを甘やかす妻もねぇ」

 けらけらと教頭が笑う。素敵な夢だと思いますと社交辞令を口にしながら、そんな子供を甘やかす彼の妻に、彼自身に、彼らの子は愛されているのだなと思った。

「しかも結婚してるんでしょ? 早くご両親にお孫さんの顔を見せなきゃねぇ」
「……はい、そうですね」

 笑ってごまかす。作るつもりなどない。それに、母似の自分の子供ができたところで、あの男が喜ぶことはないだろう。
 ——万が一つにもあり得ないが……もし子供ができたとして、そしたら顔を見せるべきなのは寺林さんだよなぁと、薄らぼんやり考える。
 中学の頃の自分だったら、こんなことを言われたら恐らく暴れている。未だに父母に対する不満も問題も尽きないが、今では平常心を保ったまま、羨望をちらつかせるだけで微笑みを浮かべられる。随分と落ち着いたものだと思いながら、ディアルムドは茶を飲んだ。

Re: 【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】 ( No.15 )
日時: 2016/11/30 14:49
名前: ナル姫 (ID: 8hgpVngW)

 名倉から立花の電話番号と住所を聞いた二人は、立花がどういう子供なのかと言うことを尋ねた。当然、ディアルムドは宏樹から聞いた話を持ち出してはいない。

「……ムードメーカーと言えば聞こえはいいのですが、どちらかというと支配者……そんな感じの子です」
「今まで暴力事件などは?」
「いいえ、起こしていません。問題という物を起こしていないから余計に注意がしづらくて……」

 宏樹の話と大体一致した。

「わかりました、ご協力感謝いたします」
「いえ。あの、事件に進展があれば我々もお教え願えるのでしょうか」
「はい、出来る限りは」
「お願いします」

 二人は学校から出て、駐車場へ向かった。早川が、教えてもらった電話番号にかけアポを取る。話が順調に進んでいるようだった。

「はい……はい、よろしくお願いします」

 早川が電話を切った。

「どうでしたか」
「二時からの約束になったわ。一度署に戻ったほうがいいわね」
「わかりました」

 二時なら、報告書を書く時間も少しはあるなと思いつつ、ディアルムドはバイクのエンジンを入れた。

   *

 署の駐車場にバイクを駐めたタイミングで、時雨から電話がかかってきた。

「もしもし」
『あ、ディアル。電話あったけど何か用?』
「いや、用というほどでもないが、当たりだったから報告しておこうと思ってな」
『よっしゃ、ぼくお手柄じゃん』
「Right。二時から立花家訪問、全く忙しいことだ」
「はは、頑張って。ぼくも今日はクーさん手伝うから」
「あぁ、楽しみにしておこう」

   *

「……で、名前言っちゃったのか?」
「だっ、だって、あの刑事立花の名前言ってたんだぞ!? 平常心保つなんて無理だよ……!」
「どうするの? あの刑事さん、どこに向かったのかな」
「学校でしょ。多分住所を聞きに行ったわ」
「おいおいおいおい勘弁してくれよ……」
「どうするのよ、これ……」
「……刑事さんを止めに行くしかないわ。今ならまだきっと……」

 病室で、焦った様子で話している四人の少年少女は、何とかして刑事の動きを止めようとしていた。四人とも立花を恐れているのだろう。……だが。

「悪巧みはそこまでだぜ、ガキ共!」
「ッ!?」

 突然開かれた扉、そこにいたのは寺林だった。

「よう。さーて、ちょうどよく四人いるんだ、立花がどんな奴なのか教えてもらうぜ」
「で、でも……」
「今更渋ったって遅ぇよ、学校にも行ったし、二時には家訪ねるんだ。お前らももう腹括っとけよ」
「…………」

 もうどうにもならない。四人は諦めて話し始めた。

   *

「うっわ、豪邸じゃないですか」
「本当ねぇ……」

 早川の運転で立花家にきた二人は、近くの有料駐車場に車を駐め、家に向かった。ディアルムドが手帳を見る。

「さっき寺林さんからきた電話ですが、俺が聞いたことと相違ありませんでした。あと、廃病院での話も聞きました」
「まぁいまさら嘘付いたって仕方ないわよねぇ」

 苦笑する早川に、そうですねと返す。何にしろ事件は終盤に向かっている。あとは立花孝志から話しを聞き、署に連れて補導をするだけだ。
 インターフォンを押すと、はい、と女性の声が聞こえた。

「お電話しました、冬木署の早川です」
『あ、はい、今お開けします』

 程なくして鍵が開く音がし、内側からドアが開いた。

「お忙しいところ失礼します。冬木署生活安全課の早川です」
「同じく言峰です。息子さんの孝志君いらっしゃいますか?」
「あぁ、孝志に用があるのですよね、いますよ。そんなことよりどうぞお上がりください」
「ありがとうございます。お邪魔します」

 まさか家に上げるとはと若干面食らったが、二人は家に上がった。中は綺麗に片付いていた。

「今、呼んできますね。孝志ー、お客さんよー」

 椅子に腰掛けるよう勧められたが、逃げられては溜まらない。ここで結構ですと断った。
 母親が二階に声をかける。すると低い声で、客?と復唱する声が聞こえた。トントンと階段を降りてくる音。顔が見えた。最初不思議そうだった顔が、自分たちの顔を捉えたところで強張った。来ていたのはスーツの大人二人、警察だと気がついたのかもしれない。階段を下りきった彼に、ディアルムドは、あえてニッコリと笑った。

「立花孝志君だな。その顔、こういう大人が来ることに何か覚えがあるのか?」

 言いながら警察手帳を見せると、孝志の顔が更に強張った。大したことのない相手だなと思った。中学の頃からもっと暴力的で質の悪い相手とディアルムドは対峙してきたのだから。
 きっと、慢心するタイプなのだ。警察がいずれ来るとわかっていれば何かしら対策を取ったのだろうが、手下——相田敦や湯原宏樹を過剰評価し、自分のところには絶対来ないと思い込んだのだろう。

「……湯原宏樹君が昨日目を覚ましたよ。相田敦君たちの話では、廃病院に行ったのは四人だった。でも本当は五人だった。それが君だな?」

 孝志は、血が出そうなほど拳を握っていた。ぎり、と奥歯を噛んでいる。

「あいつらっ……絶対許さねぇ……!」
「今は質問に答えるのが先じゃないか?」

 ディアルムドが高圧的に尋ねる。いつもは寺林や橋金に翻弄され、ヘタレというイメージを持たれやすいディアルムドだが、こういう場合は本当に頼もしいと、早川は思った。

「っ……クソッ! なんだよ! 廃病院に行くことの何が悪い!」
「高校生は深夜徘徊を禁止されている。あの時間は遅くなかったとか言うつもりだろうが、そもそもあそこにはKEEP OUT、つまり立入禁止のテープが貼ってあったはずだ」
「それなら全員罪は同じだろうが!」
「彼らは認めた、反省した。だが君の罪はもっと重い、わかっているだろう? 君は嫌がる宏樹君を無理強いし、診察室へ入れその背中を押して前に倒した。しかも敦君達が交番への連絡を提案したときに、君はこうして補導されるのが嫌で一人だけ帰った。これでも彼らと同じだと言うか!」

 強い口調でディアルムドが言うと、相手はその場に座り込んだ。

「何でだよ……何でバレてんだ……!」
「先回りしようとして電話した己を恨むんだな。立て、署に来てもらう」
「っ……ふざけんなァッ!」
「!」
「何をするの孝志! やめなさい!」

 孝志は立ち上がり、拳を握ってディアルムドに殴りかかった。ずっとオロオロしていた母親が、ハッとして彼を止めようとする。だが、孝志は止めようとした母親すら殴った。

 ——プツンと、ディアルムドの中で何が切れた。

Re: 【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】 ( No.16 )
日時: 2016/12/02 11:28
名前: ナル姫 (ID: xJkvVriN)

 パンッと鋭い音が響いた。ディアルムドが、孝志を思いっきり平手打ちしていた。少し唖然とした孝志だったが、すぐ彼に反撃しようと殴りかかる。しかしその腕をディアルムドは止め、彼の胸倉を掴むとそのまま背負投げをした。

「何しやがる!」
「……まれ」
「あぁ!?」
「母親に謝れ!」

 彼を床に押さえつけたままディアルムドが怒鳴る。しんと空気が静まり返った。ディアルムドはかなり殺気立っていた。怒りに燃えるような瞳を見て孝志は固まっており、怯えた表情をしていた。そこでようやく、ディアルムドは我に返り孝志を押さえつけていた手を離した。

「あ……す、すまない……」

 早川と母親が、ほっと胸を撫で下ろした。そして母親が彼女の息子を見る。

「……孝志、どういうことなの? お母さんに話して? そして、警察に行って、やったことを認めて?」
「……わかったよ、行けばいいんだろ……」

 渋々と彼は立ち上がった。早川が母親に同行を願うと、彼女は力強く頷いた。

   *

 署に着き、二人は別々の取調室へ通された。母親の麻子あさこには女性同士早川が、孝志にはディアルムドと寺林が付く。
 ディアルムドは拗ねた子供のような態度で、足と腕を組んで若干そっぽを向いていた。寺林が、苦笑いでディアルムドを見てから孝志に向き合う。

「わりぃな坊主、痛かったろ?」
「別に……つかなんだよ、母親殴ったくらいで」
「くらいだと? 良くもそんな口を……」
「あーあー、落ち着けディアルムド。ごめんな坊主、こいつ母親いないもんでよ」
「寺林さん」
「おっと、すまんすまん」

 口が滑ったと、寺林は片手を上げて謝る。ディアルムドは少し彼を睨みつけたが、すぐ目を伏せて溜息をついた。相手の警戒を解くための戦術だとはわかっている。事実、それを聞いた孝志は、え、と少し目を丸くしてディアルムドを見ていた。

「さて、本題に入るかねぇ。まずよ、お前がやったことに間違いはねぇな? 廃病院に言って、湯原宏樹を中に押し込み、霊が出てきた時点で逃げた。で、交番には行かず、三人を脅して帰った」
「……あぁ」
「学校での様子も聞いたぜ。ただ、これじゃぁ罪には問えそうになくてなぁ。今回のことを学校に報告して、補導だな。お前ら五人全員。で、だ。お前さんも見たのか? お化け」
「……見たよ。顔が潰れた大学生くらいのやつ……噂通りだった」
「ふーん……」

 特に重要箇所はない。寺林は自分の手帳を閉じた。

「学校に連絡が行くからよ、そしたらお前に学校から連絡が来るんだわ。来たら素直に学校いけよ。それから、あいつらに会ったらちゃんと謝れ。あとお袋さんにもな」
「……わかったよ」
「よし、良いやつだ。おら、ディアルムド。お前も言うことあんだろ?」
「…………すまなかった」

 渋々ながら、というふうにディアルムドは言った。大人でありながら熱くなった自分が悪いのはわかっている。だからこそ、素直に頭を下げられない自分が嫌だった。

「……別に」
「……お母さん」

 素直になれない代わりにと言ってはなんだが、ディアルムドは口を開いた。

「……大切にしろよ」

   *

「お前が熱くなるなんて珍しいねぇ」
「……母親がいい人だったので」
「ほう? 詳しく聞こうじゃねぇの」
「……訪ねたとき、相手は警察なのに明るく出迎えてくれて。息子さんいますかって言ったときにも、いるって答えたあとで家に上げたんですよ。中々無いですよね、息子がこれから言及されるっていうのに、家に上げるお母さん。息子が、何かしたってことは気づいていたと思います。でも、あえて息子のために家に上げたんでしょうね。そうじゃなきゃ上げません。……とても、子供想いな人でした」

 なるほどねぇと苦笑いをして、寺林は言う。実際、なるほど、だった。それはディアルムドの精神に深く突き刺さっても仕方ない。
 ディアルムドとしては、高校の教頭の前では落ち着いていられたのになぁと、溜息を吐き出す他なかった。帰ったらギルか御子殿に、愚痴の一つでも聞いてもらおうか。

「ディアルムド」
「はい?」
「仕事終わったらなんか食いに行くか」
「夕飯ですか」
「他に何がある」
「あー……」

 たまには行こうかと思ったが、そういえば今日は時雨がクーを手伝うと言っていたことを思い出す。

「……いえ、普通に帰ります」
「何かあんのか?」
「嫁が珍しく料理を手伝うらしいので」
「ちっ、先輩より嫁か。いいこったぜ全く」
「すみません、明日よろしくお願いします」
「はいよ」

   *

 資料整理や報告書、更にディアルムドは橋金に少年を叩いた件で叱られたこともあり、帰りは九時過ぎだった。

「……で、お前は何を手伝ったんだ?」

 夕飯のオムライスを飲み込み、ディアルは目の前の時雨に尋ねる。

「ブロッコリー茹でた」
「……」

 それは料理にふく……まれるのだろうが、小学生かと心の中でツッコミを入れつつ、皿の端っこにコロンと二つほど乗せられているブロッコリーを一つ箸でつまみ、口へ運んだ。

「どう?」
「塩辛い。あと硬い」
「うわ、皆と同じこと言ってる」

 だろうなと笑うと、相手も苦笑を漏らした。

「エミヤさんに料理でも習ったらどうなんだ?」
「えー、あの人絶対スパルタじゃん」
「まぁな、だが腕は確かだ」

 言いながら二つ目のブロッコリーを口へ運び咀嚼していると、そういえばと時雨が声を出した。

「廃病院なんてどこにあったの?」
「……」
「行きたいなんて言わないからさ」

 じとっと睨むように見られ、ひらひらと手を振る。ディアルはブロッコリーを飲み込むと、仕方無しに教えた。

「郊外だ。東の方」
「……じゃぁそんなに遠くないってことか」
「まぁな。頑張れば歩いて行ける。アルファーって古いコンビニあるだろう、あそこの先だ」
「うわ、夜とか真っ暗じゃんあの辺」
「行きたくなるんだろうな。……そういえば、寺林さんがあの辺……病院内に詳しかったな」
「病院内?」
「あぁ、中をスタスタ進むものでな。三十年前の大学生の事件の担当だったのかとか思った。忙しくて聞けていないが……あ、そうだ時雨。寺林さんに夕飯に誘われたから明日は飯は作らなくていい」
「ん、了解」

 三十年前のことについては明日にでも聞けばいい。そんなことを思っていると時雨が突然立ち上がり、台所から笊を持ってきた。中には大量のブロッコリーである。

「……つまりこういうことなんだけど、食べる?」
「……有り難くいただこう」

 苦笑すると、彼女は彼の皿にブロッコリーを投下した。

Re: 【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】 ( No.17 )
日時: 2016/12/03 14:21
名前: ナル姫 (ID: fCO9WxRD)

 仕事帰り、ディアルムドと寺林は小さなラーメン屋に来ていた。70近い老年の店主とその妻で営業するこの店は、カウンター席が多くを占め、テーブル席はほとんどない。味噌ラーメンが自慢の小さな名店であるが、家族連れが入りづらいせいかいつも人が少なく、今日も、二人が入るのと同時に二人客が出ていき、結局店内は寺林とディアルムドだけになった。
 この店は、ディアルムドが中学生の時、寺林がまともに食事を摂れていなかったディアルムドを連れてきたことが何度かあった。そのため、当時はディアルムドも店主に頭を下げるくらいはしていたが、素行の悪さが直ってからは来ることもなくなっていたため、来るのは五年ぶりほどになる。

「おう親父、邪魔するぜ」
「おっ、晋太郎か。久々じゃねぇか。後ろのは後輩か?」
「ディアルムドだ、ほら、五年前とかよく来てただろ」
「あ……?」

 店主が丸眼鏡の奥の目を細めてディアルムドを凝視する。そして、見えてきたのか今度は目を見開いた。

「あん時の中坊かお前!? はー、でかくなったなぁまた男前で……」
「お久しぶりです」

 苦笑を浮かべて寺林の隣に座る。味噌ラーメン2つと、餃子を一皿注文した。店主の妻が、久々の記念と言って春巻きを一皿サービスしてくれると言い、春巻きを作り始める。
 待っている間、寺林はディアルムドに言い損ねていたことを口にした。

「……ディアルムド、あの時はありがとうな。助かったぜ」
「……あぁ、廃病院の? いえ別に、礼を言われるほどのことでは……というか寺林さん、三十年前の事故、担当だったんですか? 病院の中に詳しいみたいでしたけど」
「当事者だったんだよ」
「……へ? 事故の担当、と言う意味……ですよね?」
「いや、違う。通報した大学生……それが、俺と同級生だったのさ」

 ディアルムドの蜜色の瞳が、僅かに見開かれた。
 何と言えば良いのかわからず、ディアルムドは目を泳がせた。寺林が苦笑をこぼす。そして話し始めた。

「当時、俺達三人は大学三年生で、やっとこさレポートだ何だが終わった時期だった。それで調子こいて、何も出ねぇ肝試しにあの廃病院に行った。どこもかしこもボロボロだった。お前も見たと思うが、耳鼻科診察室の上なんかやばかったろ? 天井がなくて、上まで吹き抜けてたのは昔からだ。それで、上の方から鉄塊が落ちてきた。本当は誰にも当たらない感じだったんだが、死んだアイツと俺はふざけあっていて、俺があいつを押しちまってな……」
「……じゃぁ、その時霊じゃないって言ったのは……」
「一緒に行った同級生のもう一人だ。何の気配もないって病院に入る前から言ってた。でもあの事件以来、あいつはあの中に入りたがらねぇ。お前、少し霊感あんだろ? お前が地下に入る前に顔が少し青ざめたの見て、あぁ、アイツいるんだなって確信したよ。だから、お前があの時打ちのめした鉄材は、きっと偶然じゃなかったと思うぜ。きっと、あいつが俺を呼んでたんだろうなぁ……本当は、何かが外れたような音には気づいてたんだが、何故か体が動かなかった。それで、死ぬんだろうなぁって思ったら、痛みを感じる前にすげぇ音がして、体がやっと動いたんだ。最初は、お前が俺を庇ったのかって思っちまったよ」
「……」

 ディアルムドと店主とその妻は、ただ無言で彼の話を聞いていた。

「……申し訳ねぇことしたよ、あいつには。いくら巫山戯ていただけだっつっても、結果的には殺しちまったんだからな。勿論そいつの両親には怖えくらいに恨まれたし、周りの大人にも散々叱られた。俺だって悲しかったし、何でこんなことになったんだって、後悔が絶えなかった。行かなきゃよかった、ふざけなきゃ良かったってな。でも、どんだけ悔やんでも過去は変えられねぇ。だからせめてもの償いとして警察になったが、またあの廃病院にからむたぁね」
「…………」

 何を言えばいいのだか、全く検討がつかなかった。あの時聞いた、『俺はいいんだよ』という言葉……あれは、あの場で死んだって文句は言えないと……そういうことだったのかと、ようやく理解が出来た。

「あのな、晋太郎」

 話を聞いていたラーメン屋の店主が口を挟む。

「大抵の夢は叶わねぇ。誰もがみんな、今やってる仕事をやりたくて始めた訳じゃねぇ。別にどうでも良かったけど、そん中で嬉しいこととか悲しいこととか見つけて、この仕事で良かったとか、やっぱこの仕事は向かんとか、決めてくもんだろ? 俺だって若え時は親父からこんなチンケなラーメン屋継ぎたくなかった。でもな、客が笑顔で帰ってくの見るとやってて良かったと思うぜ」
「…………」
「お前が警察を始めたのが負い目なのは疑わねぇ。だが今は違うんだろ? 今は、その中坊育てんので一杯だろうが、どうせ。だったら今はそれに集中しろよ、後輩の前で不安な顔見せんじゃねぇ。それと、腹減らしたまま戦うんじゃねぇぞ、まずは腹ごしらえだ。ほれ、味噌ラーメン二丁お待ち!」

 ドンッと二人の前に大きな器が置かれた。美味しそうな匂いが二人の鼻を擽る。

「……おう、いただくぜ親父!」
「いただきます!」

 店主とその妻は、微笑ましそうに二人を見つめていた。

   *

 俺の奢りだと言われたディアルムドは無理矢理金を出すこともできず、彼に頭を下げてバイクで帰った。寺林は歩いて家へと帰っていく。

「……」

『俺の反応が遅れてたら寺林さんが死んでたじゃないですか』

『っ、らぁっ!!』

 ——ディアルムドは、何なんだろうな?
 普通の子供ではない。それはもうわかってる。中学時代には、数人なら高校生相手にも立ち回れた技量を見せられた。流石に、大学生相手には叶わなかったようだが、それでも既に強かった。高校時代には、長めのナイフを持った男の大人を、モップを槍のように使って殺しかけるほどの技術を持っていた。そして今、落ちてきた重い鉄材を、反射的に鉄パイプで正確な方向に打ち返すということをやってのけた。
 普通じゃない。そう思う一方で、ディアルムドを見るたび、ただの子供だと思う自分もいる。

 ——ま、どうでもいいか。
 正体が何であろうと、警察としてはまだひよっこであることに変わりはない。ラーメン屋の親父の言うとおり、今はあいつを育てることに集中しようと、寺林は一人微笑んだ。

Re: 【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】 ( No.18 )
日時: 2016/12/05 17:42
名前: ナル姫 (ID: /7b9bPFg)

 翌日の朝、教会に見慣れない顔があった。いつもの湯原と、それに連れられて来たと思われる四人の少年少女だ。湯原に似た顔の少年は、恐らく息子——即ち湯原宏樹だろうと時雨は予測した。

「あの……」
「おはようございます湯原様。お子様達もご一緒ですか」

 時雨が口を出そうとすると、後ろから来た兄が五人に声をかけた。

「おはようございます。この子は私の息子の宏樹です。この子達は宏樹の友達で……」
「相田です」
「里崎」
「みっちゃん駄目だよ、そんな態度じゃ。私、代々木です」
「この子達はどのようなご用件で?」
「今回の一件で、ディアルムド君に大変お世話になったものですから、お礼が言いたいそうです。でも警察署に行ってもご迷惑な気がして、言伝を頼めないかと……」
「なるほど、承りました。時雨、伝えておいてあげなさい」
「はい」

 時雨はお淑やかな笑顔を浮かべて浅く頷いた。

「事は片付いたのですか」
「はい。でも学校から呼び出されて、午後に行かなくてはならないんですって」
「そ、そういうこと言わないでよ母さん……」
「ふふ、ごめんね」

 ……もう一人。
 立花という子は来なかったのだろうか……時雨はそんなことを考えつつ、仲の良さそうな四人の高校生たちの様子を見ていた。

   *

 宏樹たちが学校へ向かっていると、途中で孝志に遭遇した……否、校門前で彼が、四人を待っていたのだろうと思われた。さっと、敦が三人を庇うように前に出た。もうお前には従わない——そんな意志があるように見えた。ギロリと孝志が敦を睨みつけたが、すぐに視線は外された。

「……何か言ってこないんだな」
「言うことなんかねぇよ」
「あっそ」

 五人は、孝志だけ離れて無言で生徒指導室へ向かった。それぞれが教師から叱られる。

「さて、立花孝志君は、もう文芸部室には立ち入らないこと。そして態度を改めること。いいですね」

 名倉が眼鏡の奥から吊り上がった目で話す。孝志は彼女とは目を合わせず、チッと舌打ちを一つした。 
 こいつは何を言われたって変わらないか……生徒と教師の思いが一致した。それならば何を言ったところで仕方ない。こちらも仕事があるし、家に返すしかないだろうと思った、その時だった。

「……悪かったな」

 それだけ言うと、彼は部屋から出ていった。孝志以外の四人が、ポカンとしてそれを見送る。だが数秒後、彼らは顔を合わせて笑い始めた。

「何だあいつ」
「あの寺林って刑事に謝れって言われたのかもねぇ」
「そうだね」
「……立花君って、何気に文章上手なんだよね」

 ぼそっと、突然宏樹が口にした。意図がわからず聞き返すと、彼は言う。

「前、僕が教室で部誌用の原稿書いてたら彼が来て、この表現のほうが面白いんじゃないかって突然言い出してさ。たしかに、凄く面白くなったことがあった。……まぁ、それがきっかけで絡まれたんだけど」
「…………」
「……立花君、帰宅部だよね?」
「文芸部は部誌を出すのも精一杯なくらい人員不足なんだけど」

 光が宏樹の意思を汲み取り、口を出す。それに続いて美津が、含み笑いをして言った。名倉達の止める間もない、四人は頷くと、鞄を持って彼の後を追った。

   *

 警察署では、とある資料が署員に配られていた。内容は、一週間後に迫る夏祭りについてだ。この夏祭りは三日間行われる規模の大きな夏祭りで、当然立入禁止区域なども多い。基本的には巡査に見回りをさせるが、いざというときは出動してもらうとのことだった。

「これ、去年なんかは何人くらい補導されたんですか」
「あー……そんなに多くねぇぞ、規模の割に。3日で……四十人ってとこか」
「やはり中学生が中心なんでしょうね」
「そりゃそうさ。……だがま、お前としては出動なんざ真平ごめんってとこだろ?」
「……な、何でですか」
「そりゃぁ、嫁さんと浴衣デートとかしたいんじゃねぇの?」
「デートってほどのものでもないですけど」

 したくないといえば嘘になる。毎年、一日だけだが二人で出かけた夏祭りだ。それが仕事で潰れるのは確かに惜しいことではある。
 しかしそうは言っても仕事は仕事だ、いざ呼ばれたのなら出勤が道理、断ることはできない。

「……まぁ仕事はしっかりやらせていただきます」
「若いねぇ。いいこった。そういや、あの餓鬼らどうなったんだろうな?」
「どうなった、とは?」
「や、何。あの……立花って餓鬼だったか? あいつよ、母親には基本逆らえなさそうだろ。母親は息子の学校での態度を知らなかったって話だ。でも今回の件で露見して、多分あの母親はガツンと叱ったぜ。そしたら、どうなると思う?」
「……今までの素行を、謝る?」
「そう。文芸部の奴らはどうもお人好しに見えたし、万が一には友達になってるかもな」
「微量なパーセンテージですね」

 たしかに、それは少々不安だが素敵な未来ではある。とは言えそうなる可能性は限りなく低いだろう。
 その時、一本の電話が鳴った。橋金が取り、何か一言二言話す。

「はい、わかりました向かいましょう。……少年係出動! 冬木大橋にて交通事故、交通安全科と向かうように!」
「はい!」

   *

「……」

 今日は署に泊まる、という連絡が来たのは風呂上がりだった。基本的には帰ってきてくれるがこういうことも珍しくはない。了解との返事をし、LINEのページをスマートフォン画面に開いたまま、夕方にまた来たあの高校生たちから聞いた話をしようかどうか迷った。そしてその末に、たたたと画面に文字を入力していく。

『そういえばお知らせ』
『今日の夕方、あの高校生たちが来たよ』
『しかも五人だったよ(笑)』

 既読はすぐについたが、返信は来ない。忙しくて画面を確認しただけで返事をする時間はないのか——いや、きっと今頃、画面を見て橙色の目を見開いていることだろう。その様子を想像すれば面白く、時雨は喉の奥でくつくつと笑いをこらえていた。