二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- ランナー【前編】 ( No.1 )
- 日時: 2017/01/11 20:12
- 名前: 逢坂 ◆WbV8JKjFUQ (ID: a.ADsdli)
「もう! お前はどうしてそう好戦的なのかなあ……」
うるさい、と言いたげな視線がわたしを見上げている。愛くるしい顔に、わたしを見上げるつぶらな瞳に確かな闘志を秘めたか弱くて小さな生き物は、抱き上げようと伸ばしたわたしの手をするりと抜けて、つーんとそっぽを向いてしまう。折角の可愛い顔が台無しだ、なんて台詞は当然浮かぶはずもなく、いつまで経っても懐かないそれに苛立ちさえ覚えていた。
「……負けるのに、どうしてお前は立ち向かっていくの?」
ぴくり。柔らかな毛に包まれた耳が動いて、それの目が再びわたしを見上げた。今度はどことなく悲しそうな色を湛えて、なにかを訴えかけるようにわたしを見つめている。——なんでそんな目をするの。
「——立ち向かうことそれ自体は、決して悪いことではありませんよ」
その眼差しに怖気付いて、その場から動けないわたしの背後から、凛とした声が聞こえた。
普段は冷たく、鋭利な刃物のように鋭い双眸を柔らかく細めてそれを一瞥したその人は、同じような眼差しをわたしへ向ける。
意味が分からないと言った表情をしているであろうわたしに、その人はただ優しく微笑むのみだ。作り物染みた表情の裏に、底知れない闇を隠しながら。
「勝機が無いと分かっていながら勝負に挑むか、自らの力不足を認めて背を向けるか……選択しなければならない日が、私にも来るでしょう。きっと、そう遠くない未来に。そのときは——」
そっと手が伸ばされる。その人より幾分か背の低いわたしの頭を撫でる手付きは、まるで壊れ物を扱うような優しいそれだった。その人は独り言のように言う。どこか遠くを見つめながら。わたしに触れながら、けれどもその心のほんの少しもわたしに割きはしないで。
その人は言う。まるで、すべてを悟っているみたいに。なんの躊躇いもなくあの凛とした声がその言葉を紡ぐ、そのときに。
決意に満ちた瞳が、ようやくわたしを見たのだ。
「私は、迷わず前者を選びます」
ランナー_前編
「ありがとうございました」
ヒヨクシティ。カロス地方において、アマネがまずはじめに降り立ったのはカロス地方北部の港町だった。
アマネは、路頭に迷っていたのを見かねて好意でこの地まで船に乗せてくれた男性に丁寧に礼を言い、ホウエンの知り合いが送ってくれたフエンせんべいを一箱渡した。男性はアマネのことを心配しているようで、アマネにいいキズぐすりをたくさん渡して最後まで見送ってくれていた。
愛用のジャージに擦り切れたスニーカー、赤のスポーツキャップ。身に付けている中で唯一新品なのはポシェットだけと、高級リゾート地であるその街には到底似つかわしくない格好のアマネだったが、街の人々は優しかった。アマネに、食べ物やモンスターボールなどを分けてくれたのである。
色んな人に貰った沢山のものを抱えて、アマネはその日のうちにヒヨクシティを発った。向かう先はミアレシティだ。
ヒヨクシティとミアレシティは、13番道路で繋がっている。街と道路を繋ぐゲートにいたトレーナーの女性は、無防備なアマネを見て忠告をしてくれた。13番道路は別名ミアレの荒野といい、時折砂嵐が巻き起こってはトレーナーたちの行く手を阻むのだ、と。
気を付けてね、と心配そうな女性に会釈をして、アマネは13番道路へのゲートをくぐった。
「……いたっ、」
アマネがゲートを抜けた直後は穏やかな天候であった筈が、ミアレシティへ繋がるゲートまで半分の距離を来たところで砂嵐が巻き起こった。
容赦のない風が吹き荒れ、砂塵がアマネを直撃する。長袖のジャージにキャップのお陰で身体はほとんど守られたが、顔の下半分は隠すものが何もなく、じゃりじゃりした砂が激しく叩き付けられる。
痛いだけでなく、少しでも口を開けば口内に砂が入る。じゃりじゃりとした感触に顔をしかめていると、何かが砂塵を巻き上げながらアマネに向かって突進して来ていた。
慌てて避けようとしたアマネだが、それのアマネよりも速い。何か——おそらくポケモンの類であろうと判断し、アマネは足を止める。すると、砂塵を巻き上げて突進していた何かはアマネの目の前で同様に足を止め、威嚇するように鳴いた。
「ぎゃう!」
「う、わっ……な、ナックラーだ……」
ナックラー。ありじごくポケモンだ。
以前ホウエンを訪れたときにその姿を見たことがあったアマネは、見覚えのあるポケモンの姿に呆然としていたが、すぐに少しずつ後ろに後退しながら距離を取る。ナックラーはアマネをじっと見上げていた。
「ご、ごめんね、ポケモン、ないし……ゲットも、できないし……さ、さようなら!」
「ぎゃあああう!」
野生のポケモンが凶暴かヒトに優しいかは個体差があるが、アマネと対峙したナックラーはどうやら前者であったようだ。
逃げ出すアマネをナックラーが物凄い勢いで追い掛ける。砂はナックラーの謂わばホームグラウンド。走るのに慣れていないさらさらとした砂に足を取られるアマネとナックラーの距離は殆ど離れていない。
後ろからアマネを追い掛けるナックラーの足音に恐怖しながら、アマネは砂嵐の仲を無我夢中で駆け抜ける。
とにかく逃げなければ、という思いが先行し過ぎていたのだろう。注意力散漫になっていたアマネは、勢いよく何かに激突した。
「っい……あ、す、すみませ……!」
「やれやれ、困ったお嬢さんだ」
アマネが謝罪の言葉を口にしつつ慌てて顔を上げると、一人の青年が困ったように笑っていた。既に激しい砂嵐が止んでいる中で、青年はさり気なく腕をアマネの腰に回して抱きとめている。青年はアマネの背後に迫るナックラーの姿を認めて、「悪いね」と短く零した。
ナックラーは青年を見上げると、不機嫌そうな声でひと鳴きして地面に潜り込む。それを認めて一つ頷いた青年はアマネの腰に回していた腕を引っ込めて、風に乱れ、所々に砂が挟まって随分汚れてしまったアマネの髪をさらりと撫でる。
「お供のポケモンも無しに一人旅かい? 感心しないな」
「す、すみません……」
「オレが居て良かったね。あのナックラー、お腹が空いてたみたい。食べられてたかもしれないよ」
さらりと紡がれた青年の言葉にアマネは「ヒッ」と短く悲鳴をあげる。引き攣った声にけらけらと笑って、「冗談さ。彼らはヒトは食べないから」と続ける。
青年がアマネの髪についた砂埃を粗方払い終えたところで、アマネは青年と密着した状態であることに気付いて顔を赤くした。慌てて離れて、頭を下げる。
「あの、助けてくれて有難うございました……」
「気にしないで。……で、キミ、一人旅? どこまで行くの?」
「ミアレシティに、ちょっと……」
「近いからって甘く見てたんだね」
青年は呆れたような顔をした。その通りだったので、アマネは縮こまる。しょんぼりと項垂れたアマネを見ていた青年は、「そうだ!」と何か名案が思い付いたかのような声を上げた。
「オレも着いて行っていいかい? オレもちょっと、ミアレに用事があってね。ついでにキミの護衛をしてあげるよ!」