二次創作小説(映像)※倉庫ログ

14話 曖昧模糊 ( No.20 )
日時: 2017/01/06 14:45
名前: 白黒 ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)

 それは、フィアとフロルが旅立った日のことだった。
「はー、はー……つ、疲れたし、緊張する……ポケモンバトルって、結構、大変なんだね……!」
 シュンセイシティに向かう途中の道路。道中には野生のポケモンも出現するそこで、フィアはポケモントレーナーとしての経験を積むため、野生のポケモンとバトルをしていた。
 ここまでで四、五戦ほど。野生のポケモンはあまり強くなく、途中で逃げられたりもしたが、今のところ負けはない。案外、彼はトレーナーとしての筋はいいのかもしれない。
 ここまで連戦で、流石に体力がもたないので、少し休憩することにした。フロル息を切らしたフィアに、水筒の水を渡す。
「おつかれ、フィア」
「ありがとう……フロルは、ずっとこういうことしてたの?」
「こういうこと?」
「ポケモンバトルだよ。こっちの世界だと、ポケモンどうしを戦わせるのって、普通のことみたいだけど……」
「うーん……どうかな」
「どうかなって……」
 小首を傾げるフロル。なぜそこで疑問なのかと、フィアの方が疑問を感じる。
 戸惑うフィアの隣に、フロルは隣に腰掛け、さらに言葉を紡ぐ。
「ポケモンを戦わせない人も、たくさんいるよ。わたしのお母さんとお父さんは、結婚してからバトルしなくなったみたいだし、向かいに住んでるおばさんもバトルはしたことないって言ってた」
「えっと、じゃあフロルはどうなの?」
「わたしは……よくわかんない」
 わからない。
 それが、今のフロルが出した答えだった。
「わたしが10歳になったとき、イーくんはわたしにポケモンをくれたの。わたしのはじめてのポケモン。もらったときは、すっごいうれしかった。ずっといっしょに遊んでいたいって、思ってたんだけど」
「けど?」
「イーくんは、バトルして進化させてみろって言ったよ。イーくんがつきっきり、バトルのことを教えてくれて……一ヶ月くらい前に、ようやく進化したんだ」
 それが、フロルにとっての初めてのバトルで、フロルの経験したポケモンバトルのすべてだった。
「ポケモンといっしょにいるだけで楽しいし、いっしょに遊んだり、ごはん食べたり、寝たりするのも楽しい。バトルするのも、わたしはいいことだと思ってる」
 だけど、とフロルは続けた。
「わたしにとっての“一番”がどれなのかは、まだよくわかんない。バトルだって、イーくんに教えてもらってたときにしかやってないし」
「だから、よくわからない、か」
「うん」
 ずっとやっていた、というほど積極的ではない。
 かといって、ポケモンが傷つくのが嫌だとか、ポケモンバトルなんて野蛮だとか、そんな否定的な考えもない。
 ただ、不明なだけ。
 自分にとってポケモンバトルがどの位置にあるのか。なにがどれくらいの割合を占めているのか。
 なにが、自分にとって最も大事なことなのか。
「どこに比重を置けばいいのかわからない、ってことなのかな……」
 それは、フロルの様子を見る限り、それほど深刻な問題というほどでもないのだろう。
 彼女の中にしかない、彼女だけが持っている、彼女の小さな悩み。
 そこは、真っ暗ではない。もやもやとした曖昧模糊なくらやみが広がっている。
「イーくんがわたしに新しいポケモンをくれたのも、わたしに旅に出るよう言ったのも、たぶん、もっといろんなことを知った方がいいから、だと思う…………もっといろんなポケモンといっしょに旅すれば、わたしにとっての大切なことも、見つかるかもしれない、って」
 フロルが求めるものも、厳密には強さではない。見聞だ。
 世界を、そして自分を知るために。
 強さはその過程でしかない。
「でも、やっぱり強くならないと、先には進めないよね……イーくんも言ってた。強くなるからこそ、自分と向き合えるんだって」
 そう言ってフロルはボールを出す。スイッチを押して出て来たのは、アチャモ。
 フィアと共に、研究所で博士から貰ったポケモンだ。
「わたしの二匹目のポケモン。それに、はじめての旅でもらったポケモン。この子も、特別」
「僕のミズゴロウと同じだね」
 どちらも、旅立ちに際して博士から貰ったポケモン。
 厳密には、フィアはフロルとでは少々事情が違うのだが。
「ポケモンの数だけ強くなれる……これもイーくんが言ってた。わたしがわたしを知るために、わたしもこの子たちと、強くならなくちゃ」
 彼女の眼には、柔らかな意志の芽吹きがある。
 強固な意志ではない。しかし、その柔らかさこそが、彼女の本質……なのかもしれない。
 フロルと出会って、まだ二日。彼女のことも、フィアにはよくわからなかった。
 ふとフィアは、アチャモに視線を向ける。よちよちと、どこか頼りない足取りで歩いており、時折、口から火の粉をぽふぽふと吹いている。
「……? なんか、アチャモの様子、変じゃない?」
 しかし、その火の粉の吹き方が、少しおかしい。
 フィアもこの道中で、フロルとアチャモのバトルを何度か見ている。なので、火の粉がどのような技かは大体わかっているが、これは今まで見た火の粉とは少し違う。
「技を出してるのかな? でも、これって火の粉じゃないよね?」
「……新しい技かも」
「新しい、技?」
「ポケモンは強くなると、新しい技を覚えることがあるって、イーくんは言ってた。ここまで、アチャモも何度かバトルしてるから、もしかしたら……」
 これは、その予兆かもしれない。
「でもこれ、なんの技?」
「んー……わかんない。でも、どこかでこんな感じの技を、見たことあるような——」



 アチャモ目掛けて、こちらに突撃してくるシシコ。
 奮い立てるで強化された頭突きの勢いは、火の粉では止められないだろう。もっと、大きな火力が必要だ。
「……アチャモ」
 やるしかない。
 自分の知らない世界へと踏み出すための一歩。ここを乗り切らなければ、その一歩も到達できない。
 まだ上手くいっていない。自分の考えも間違っているかもしれない。しかしそれでも、、一か八か。やってみるしかなかった。
 フロルは意を決して、アチャモに指示を出す。

「——焼き尽くす!」

 ゴォッ! と、アチャモ口から炎が放たれる。
 火の粉などとは比べ物にならない、れっきとした熱の塊だ。
 炎はすべてを焼き尽くさんばかりに解き放たれ、突っ込んでくるシシコも飲み込んだ。
「なに……っ? シシコ!」
 思いがけない火力の炎に、驚いて足を止めてしまうシシコ。しかし勢いは止められない。下手に足を止めたせいでつんのめってしまい、派手に転げた。
「今だよ! つつく!」
 その隙にアチャモは接近し、嘴でシシコをつつく。
 鋭い一撃に、今度はシシコが悲鳴を上げた。
「出せた……やっぱり、あの技だったんだ」
 焼き尽くす。あまりメジャーな技ではないが、一度だけ、テレビでやっていたポケモンバトルで見たことがある。
 挙動がそれっぽかったので、未完の時点ではそうかもしれないというだけの、あやふやな状態だったが、結果的にフロルの予想が当たっていた。
 ほんの少しだけ、世界が開けた気がする。
「なかなかいいタイミングの技だったぞ。不意打ちとしては申し分ない。火力も、シシコの火の粉を上回っている」
 焼き尽くすの元々の技の威力は、火の粉よりも高い。その差分が、火の粉のパワーを打ち破った。
 だが、とトウガキは続け。
 そしてそれは、技の指示へと繋がる。
「シシコ、奮い立てる!」
「!」
「忘れるな。奮い立てるは、強化の限界か、技の枯渇が訪れるまで、何度でも使用することができる。半永久的に、シシコは火力を上げ続けることができるのだ」
 それはつまり、焼き尽くすの火力があっても、奮い立てるで強化ができるシシコの火力を上回ることはできないということ。
「さぁ、バトルの続きを、始めるぞ」
「うぅ……」
 苦しい状況は打開されないまま。フロルとトウガキのバトルは続く。



あとがきの時間。フロルの回想回。咲という麻雀作品だと、自分の過去を回想したら、その直後に活躍してそれっきり勝てなくなるというジンクスがあり、俗にそれを回想権(または回想券)などと呼ばれていますが、この作品ではそんなことはありません。むしろこれは、先々への布石です。リメイク前は、あんまり各キャラの掘り下げ——特にフロルは設定的に最初からいるのに、あまり生かせていなかったので、ここでちょっと種をまいておきます。この種がいつ、どのように芽吹くかは、今後の展開次第です。フロルとトウガキさんのバトルは、フロルが劣勢のまま続きますが、ジム攻略においては動きます。次回もお楽しみに。