二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- 第34話 窃盗騒動 ( No.66 )
- 日時: 2017/01/21 14:44
- 名前: 白黒 ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)
サミダレタウン、バトル大会、会場。
その中をフィアは疾駆する。
行き交う人々を掻き分け、人込み、雑踏、群集——すべてを振り切って駆け抜ける。
なぜ自分は走っているのか。元々、走るのは苦手だ。運動が苦手だ。それなのに、なぜ。
——思い出した。
自分は、誰かのために走っている。
それは誰なのか。ぼぅっと、頭の中に浮かび上がる幼い顔。
思い出して、踏み出す足に力が入る。
(フロル……!)
ポケモンを盗まれたと言うフロル。フィアはとりあえず泣きじゃくるフロルをロビーに残し、偶然近くを通りがかったルゥナに彼女を任せ、一人で飛び出した。
フロルはボールを、あのボロボロになったコートのポケットに入れていたらしい。その中にあるボールがすべて、いつの間にかなくなっていた。
コート自体はボロボロでも、ポケットはしっかりと修繕しているようで、穴が空いて落ちたということもない。ポケット自体の底も深く、そもそも蓋がついているため、溢れて落ちるようなこともない。
となるとやはり、盗まれたと考えるしかない。フロルの言うように。
それに、フィアはルゥナから、この大会で起こっている窃盗事件かもしれない事案を知っている。ただの紛失や、失踪とは思えなかった。
犯人は誰なのか。とにかく疾走していると、不意にポケットが振動した。
ハッと我に返り、フィアは足を止める。バトル直後なこともあり、全力疾走の反動でドッと疲労が押し寄せてきた。肩で大きく呼吸しながら、振動の発生源に手を突っ込む。
「P・ターミナル……? 着信は……フロル!?」
P・ターミナルに着信が入っていた。しかもその発信は、フロルからだ。
フィアは慌てて通話画面を開いた。
「フロル!? どうした——」
『フィア君!』
最後まで言い切る前に、怒号が飛び込んできた。
しかも、明らかにフロルの声ではない。この声は、
「ル、ルゥ先輩……」
ルゥナだ。
画面越しでもわかる。わかりやすく怒っている。
ルゥナはさらにまくしたてるように、怒声を放つ。
『もうっ! いきなり泣いてる女の子を見せて「この子、先輩に任せます」とか言って自分だけどっか行っちゃうんだから! わけわかんないよっ!』
「ご、ごめんなさい……」
フロルを任せたといっても、フィアからはなにも説明せず、そのまま飛び出してしまったので、彼女も困ったのだろう。
思い返せば確かに自分が悪かったと、フィアは素直に謝る。ルゥナもそこまで本気で怒っていたわけではなく、その謝罪一つですぐに怒りを収めた。
そして、そこからは努めて冷静に言葉を紡いでいく。
『一応、フロルちゃんから話は聞いたよ。私、フィア君のアドレス持ってないから、今フロルちゃんのP・ターミナルを借りてるの』
「そうみたいですね……それで、どうかしたんですか?」
『フィア君、盗まれたポケモンを取り返したいんでしょ?』
ストレートな詰問だった。
あまりにストレートすぎて……いや、そもそも自分の目的すらも見失いかけていたので、その言葉で再認識して、フィアは答える。
「……はい。大事なポケモンなんです。フロルにとっては」
『そうだよね。ポケモンはトレーナーのパートナーだもん……でも、どこにいるか、わかる?』
「あ、えっと……」
そういえば知らない。
なにも考えずに飛び出したとはいえ、流石に考えなさすぎだ。そんな自分が恥ずかしかった。
『だと思ったよ。どう考えても勢いに任せて突っ走っちゃってたもん』
「面目ないです……」
『ううん、いいよ。フィア君、おどおどしてて頼りなさそうだったけど、そうやって熱くなれる一面があるんだなって。ちょっとビックリしちゃったけど……そういう人は好きだよ』
「え……?」
『引っ込み思案なばかりじゃないって知って、先輩として安心しました』
「あぁ……はい」
こっちもなにか安心した。
無鉄砲に熱くなってしまったが、そろそろ落ち着いてきた。
『とにかく、だよ。私もあの後、いろいろ調べたんだ。そしたら、ちょっとわかったこと……というか、気になることがあったの』
「気になること?」
『たぶん、今回のポケモン“窃盗”事件に、関係あること』
ルゥナは、そう言った。
確かに、言った。
“窃盗”、と。
今まで断言を避けて、紛失、失踪の可能性も示唆していた彼女が、明確に窃盗と言ったのだ。となれば、そうと言える証拠かなにかを掴んだのだろう。
『フィア君、グリモワールって知ってる?』
「! グリモワール……!」
その名を聞いてハッとする。
そう言えば、シコタン島、シュンセイシティでもポケモン泥棒があった。その時の実行犯が、グリモワール。
今回は、引ったくりや強奪ではなく、すり取るように盗んではいるが、それでも窃盗は窃盗だ。やっていることは同じ。
そこに繋がりがあった。
『その様子だと、知ってるみたいだね。その構成員らしき人物の目撃情報が、サミダレタウンの複数個所であったんだ』
不自然な形でね、とルゥナは付け足して、さらに続ける。
『目撃情報の数、位置を私なりに分析して、聞き込めただけの被害者の話も総合すると、間違いないと思う。犯人はグリモワールだよ。それも、この手口からして下級構成員じゃなくて、もっと上の構成員……幹部クラスかも』
具体的な情報は、説明すると長くなるからと言ってカットしつつ、フィアに持てる情報を離すルゥナ。
バトルの合間を縫って、犯人の目星をつけるまで調べ上げた彼女の努力は、称賛するに値する。
それに、その情報は、今のフィアにとってはこの上なく必要なものなのだ。
『でも、残念ながら確証がないし、誰が、っていうのも目撃情報だけなんだよね。これっていうわかりやすい証拠もない……一応、大会の運営委員会とか、町長さんとかにも連絡はしたんだけど、確たる証拠がないから動いてくれるかはわからない。だから私自身で証拠を掴みに行くつもりだったんだけど——』
「先輩は、グリモワールが潜伏している場所を知っているんですね?」
ルゥナの言葉を遮って、フィアは問う。
ほんの少しの沈黙の後、ルゥナは呆れたように溜息を吐く。
『……せっかちだなぁ』
「やっぱり知ってるんですね? なら、早くその場所を教えてください!」
『あ、慌てないでよ……君一人で行くのは、危険だよ』
「でも!」
その後の言葉は続かなかった。時間がない、フロルのためにも、急がないと——様々な言葉がぐるぐると渦巻いて、声に乗せられない。
ただ、フィアの言わんとすることを察したのか、仕方ない、と言うように、ルゥナはまた呆れ気味な息を吐いた。
『……わかったよ。時間がないのも確かだし、場所は教えるよ。でも、無理だけはしないでね。少しでも危険を感じたら、すぐに引き返すんだよ』
「先輩……ありがとうございます」
「意外と向う見ずなんだなぁ、フィア君って」
ルゥナの知る情報——グリモワールの潜伏場所をフィアに伝えると、ルゥナは通話を切った。
するとそのタイミングを見計らってか、ただの偶然か、隣に座る少女——フロルが、涙目のまま、覗きこんでくる。
「あの……フィアは……?」
「……大丈夫だよ。フィア君なら任せられる。信じよう」
「……うん」
自分のポケモンがいなくなったというのに、彼の心配。意外と二人は似たもの同士なのかもしれない。
他人のために向う見ずになる彼と、自分のことを棚上げして他人の身を案じる彼女。
少し、笑ってしまいそうだった。
しかし、フロルにはああ言ったものの、本当に大丈夫かどうか。
ルゥナが情報提供を渋ったのは、フィアが事の危険性をどれほど理解しているのか、その点に疑問を持ったためだ。
ルゥナはフィアがグリモワールのことをどれほど知っているのか、知らない。ただ、今の彼の無鉄砲さを考えると、あまり理解していないように感じた。そこに、不安が残る。
しかし彼の熱意、フロルのために、劇場の赴くままに突っ走っていった、その衝動は認めたかった。
人もポケモンも、頭や理屈だけで動くわけではない。心が、感情がある生命体なのだ。
冷静であることは残酷でもあり、打算的であることは悪意に繋がりかねない。
思考とは欺瞞である。考えを重ねた行動は、虚偽というメッキで塗り固められる。冷静に考えられた行動ほど、嘘が混入しているものだ。
だからこそ、思考もなにもなく、感情のままに起こした行動は、その個人の“素”が表現される。それは知的生命体の本性とも言える。感情を曝け出して取った行動こそが、その個体の本当の姿だ。
勿論、感情を曝け出すことが必ずしも良いこととは限らないし、思考を重ねることは悪いことではない。感情を抑制しなければ世界は混沌としてしまうし、冷静に思考するからこそ、正しく、そして効率的な結果を得られる。
今の世界において重視されるのは、どちらかと言えば思考と効率、そして正しい結果を選び取る力だ。機関に所属してから、それは嫌というほど思い知った。そのために、感情を抑える方が良いという風潮すらできていることも、悟った。
人が感情を爆発させるのは、本当に稀な時。そして、その人の真実の姿が見られる瞬間。
彼は一人の少女のために、感情を曝け出し、行動に出た。
即ち、それが彼の本当の姿。
誰かのために、純粋な誠意を持って、動くことができる人間。
逆に珍しいくらいいまっすぐだ。普段はおどおどしているというのに。
だからこそ、評価したくなるし、好きになれる。
弱さの裏に隠れた、彼の本当の強さを目の当たりにしてしまえば。
「……でも、私の評価と現実の危険は別問題だからね。ちょっと、予防線を張っておこうかな……フロルちゃん、ちょっと待っててね」
一言そう言ってから、ルゥナは足早にその場を離れる。人気のないところに移動すると、P・ターミナルを起動し、素早くとある回線に繋ぐ。手続きが煩雑だ。緊急回線を使いたいところだが、私的利用は厳禁。機関に直接かかわる案件でないだけに、緊急回線は使えなかった。
一通りのセキュリティを抜けて、ルゥナは繋がった先の相手に、告げる。
「——代表。ちょっと、相談したいことが……」
まだ自分の中でもあまりまとまっていないが、とりあえず知りうる情報をすべて渡して、彼のことも伝える。幸い、頭だけは切れるし、回転も凄まじく速い相手だ。多少断片的でも、こちらの話した内容でほとんど理解したようだった。
そのうえで用件を伝える。いくつかのやり取りを交わした。
「はい……え? この近くに? はい。じゃあ、連絡先を—」
あとがき。ちょっと終わり方が中途半端ですが、とにかく窃盗騒動。やっぱりシナリオは変わってないんですけど、リメイク前ならここでもうグリモワールの潜伏場所に突っ込んでいますからね。リメイク版で、ルゥナの情報が追加された程度です。ただ、個人的にはこれで整合性のある展開になったかなと思います。では次回、グリモワール戦……になるはずです。お楽しみに。