二次創作小説(映像)※倉庫ログ
- 第42話 離別独歩 ( No.76 )
- 日時: 2017/01/26 01:04
- 名前: 白黒 ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)
結果としてフィアは優勝することができなかったが、それでも準優勝だ。副賞として賞金3万円と、ポケモンの化石を受け取った。
ポケモンにも化石があるのか、という驚きも束の間。化石なんて貰っても、どうすればいいのだと頭を抱えそうになるが、それを考える間もなく、フィアは一番ポートに来ていた。
決勝戦前に、フロルは別れ際に言った。
——決勝戦が終わったら、一番ポートにきて……待ってるから——
日は完全に落ちて、闇夜が支配する時間帯。空には半月だけが浮かび、淡い光源としてその存在を控えめに主張している。
波止場の先。そこに、一つの人影が見える。
小柄で、華奢な体躯の少女——フロルだ。
夜の潮風に、彼女のポニーテールと、ボロボロのコートがなびいている。
ただでさえ薄着なうえにこの時間だ。寒いだろうに、彼女は静かに佇んでいる。
あと一歩で海に落ちてしまいそうなほど、波止場のギリギリに立つフロルに、フィアは歩み寄る。彼女は、背を向けていた。
「フロル……どうしたの、こんなところに呼び出して」
「…………」
「夜は寒いし、潮風は冷たいよ。ただでさえ君は薄着なんだし、話ならポケモンセンターの方が——」
「フィア」
フィアの言葉を遮って、フロルは振り向く。
いつもの彼女と違う。
決勝戦前の彼女とも違う。
どこか迷っているような彼女は、そこにはいなかった。
すべてを覚悟し、意志を決めた。彼女の眼が、声が、そう物語っている。
そして彼女は、はっきりと、力強く、言葉を紡ぐ。
「お願いがあるの」
「……なに?」
夜の闇が彼女の表情を隠し、よく見えない。だが雰囲気だけでわかる。フロルの真剣な空気。
彼女の真摯さが伝わってくる。それを感じると、フィアも真剣に取り合う。
そして、
「わたしたち……別れよう」
「っ……?」
あまりにも唐突で、フィアはすぐに意味を理解しきれなかった。
別れるとは、どういうことなのか。
彼女の言葉の意味。彼女の真意。
なにもかも、わからなかった。
フロルは続けた。
「わたし、シュンセイジムで負けて、ハルサメの大会でもイオくんに負けて……自分が弱いって、ちゃんとわかったの」
「弱いって……そんなことないよ、だって今日のバトル……」
「うぅん、弱いの。今日は、すっごくがんばれた。でも、フィアには勝てなかった」
「でも、凄くいいバトルができたじゃないか! あのバトルで僕が勝てたのだって、ギリギリだった。麻痺で動けなくなったりしたら、それだけで負けてたよ」
「……最初にポケモンをだしたときから、きづいてた。フィアのブースター、ちょっと傷ついてたよね」
「っ、それは……」
確かに、ブースターは少しだが、消耗していた。
フロルのポケモンを取り返すために、グリモワールの船に乗り込んだ時。その時のバトルで疲弊し、ダメージも少しだが受けている。
つまり、万全の状態でフロルとバトルしたわけではないのだ。手負いの状態でフロルのリーフィアとバトルし、そして勝った。
タイプ相性もあっただろう。しかしやはり、それなりの差が、両者にあったことは否めない。
「ずっと、悔しかった。わたしは、ポケモンといっしょにいられたら、それだけで楽しいと思ってたけど……ちがったみたい」
「フロル……」
「イーくんが言ってたのは、こういうことだったのかな。負けて悔しかった。楽しいだけじゃダメ。強くならなきゃって、思ったの」
その瞬間、フィアは気づいた。
自分の弱さに悩んでいたのは、自分だけではない。
フロルもまた、自分と同じように悩んでいたのだと。
「誰かに甘えてちゃ、ダメなんだよね。今日ポケモンを盗まれて、フィアが助けてくれて……自分が情けないなって思って、気づいたんだ」
「…………」
「フィアは悪くないよ。でも、わたしはフィアといっしょにいると、フィアに甘えちゃう。頼っちゃう。でも、それじゃわたしが旅に出た意味がなくなっちゃう。だから」
「ここで……別れる?」
「……うん」
フロルの目を見る。真剣で、覚悟を決めたような眼差しだ。
この世界ではフィアの方が経験が浅い。しかし年齢だけで見れば、フィアはフロルよりも年上なのだ。
はっきり言って、フィアはフロルが一緒にいてくれる方が嬉しいし、安心できる。フィアにとってこの世界はまだまだ分からないことだらけで、そんな場所を一人で旅するのは不安だ。
だけどよく考えれば、それはフロルも同じかもしれない。フロルもハルビタウンから出たことはなかったという。なら、それはこの世界をよく知らない、フィアとほとんど同じではないのか。
負けて悔しいのはフィアばかりではなかった。強くなりたいと願うのは自分だけではなかった。ずっと一緒だった彼女もまた、同じ思いだったのだ。
フィアは一人でどうしようか考えていた。その途中でルゥナと出会い、自分が迷っていた道を示してくれた。その途中でも、フィアはずっと、自分のことばかり考えていた。
けれど、フロルも同じことを考えていたのだ。シュンセイジムで負け、大会で負け、自分の未熟さを痛感していた。
その弱さをなんとかしたいと、ずっと、ずっと、思い悩んでいた。
言葉の少なさと、マイペースな性格から、こうして言葉にされるまで、まったく気づかなかった。
フィアも自分の鈍感さ、自己中心さを痛感する。自分の視野の狭さを後悔する。
しかし、こうして彼女は自分の弱さを、自分に打ち明けてくれたのだ。
フィアはバトルの経験を積んで、強くなる道を選んだ。フロルは、一人で旅立ち強くなろうとする道を選んだ。
彼女が自分で考え、自分で出した答え。自分だけの選択。
それは、尊重されるべきものではないのか。
フィアは自分にとっても、相手にとっても、最良だと信じる言葉を紡ぎ出す。
「……分かった。僕たちはここで、一旦お別れだ」
フィアは、そう告げた。
ここで二人が別れる。それぞれが決めた道を、別々に進むのだ。
けれど、それは決別ではない。
また会う日。お互いの強さを示すための、約束だ。
「次に会う時はいつかわからないけど……またね、フロル」
「うん。またね、フィア」
そう言って、二人の言葉は紡ぎ終わる。
翌日。
サミダレタウンを後にした二人は、それぞれ違う道を歩んでいた——
「ターゲットFB……これで概ね教育終了かな。最低限のことは教えたし、バトルの光も闇も見せた。あとは自分で考えて、自分の道を進んでくれるはず」
月光差す窓辺。少女は大会で尽力してくれた漆黒の相棒にブラシをかけながら、ひとり呟く。
自分で勝手に計画した、少年少女への指導案。片方へは、一通りのプランは教え込めた。
「次はあの子だね。フィア君よりも手がかかりそうだけど、放っておけないしね」
ブラッシングされている相棒が身体を震わせる。こちらをジッと見つめていた。
「……なんでこんなことするのか、って言いたい目だね? 確かに、保護と監視が目的とはいえ、代表には深く干渉しなくていいって言われてるけど……放っておけないじゃん」
相棒はなにも言わない。滅多に鳴くことすらしないほど無口だ。
「理解できないかな? でも、これが性分みたいなものだから。無知は罪ではないけど、知識は生きる糧。外の世界をなにも知らなかった私に、代表は生きる術を教えてくれた……だから私も、ああいう、知らない世界に戸惑う子を、放っておけないんだろうね」
そっぽを向かれた。分かり合えない、という合図だ。
いつもこうだ。長いこと一緒にいる相棒だが、思想が噛み合ったことは一度もない。いつも自分のやることなすこと考えることを、否定的な目で見ている。
それでも、その眼差しのままずっと着いてきてくれているから、彼を相棒だと胸を張って言える。
否定的でも、分かり合えなくても、なんだかんだ、黙って着いてきてくれる。
今回もそうだ。
呆れて、文句を垂れて、渋々ながらも、一緒にいてくれる。
ずっと隣にいてくれる。
それが、たまらなく嬉しかった。
「じゃ、もう少しつきあってね……ブラッキー」
そう呼びかけるも、彼は黙ったまま、静かに目を閉じていた。
あとがき。これでやっとサミダレタウンから出られます。基本的にはリメイク前と同じ展開ですけど、フロルの別れる理由をちょっと詳しくして、最後の方に彼女のシーンを挿入。なんかリメイクしてから、やたらと彼女を優遇している気がしますが、そろそろ終わりです。タブンネ。どうでもいいですけど、フロルの別れようって台詞、恋人が別れ話を切り出すみたいですね。勿論そういうわけでもないですけど。それでは次回、“ナルカミシティ”編です。お楽しみに。