二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: はらりら。 ( No.1 )
日時: 2017/01/07 22:08
名前: 星屑の売り子 (ID: saz7BosX)
参照: http://顕現方法に作者のオリジナルが用いられています。ご了承ください。

 最初の頁 ◆ 「 出会い 」



 何か、よくないことが起こった気がする。

 そんな悪い予感の中、目を覚ました。

 胸糞が悪い。そんな感想が喉をつい出そうになり、飲み込んだ。喉がおかしい。瞬間的に声が出ないのが分かった。思わず喉元をさする。風邪ではない、そんな喉の痛みどころではない。これは、それ以上に不愉快な違和感だ。

——お目覚めになられましたか——

 不意に声が聞こえた。不思議なことに、性別がはっきりとしない声だ。年齢も、幼くも聞こえ、年老いた声にも聞こえる。

 警戒してあたりを見渡す。畳の部屋だった。自分は今の今まで此処に敷かれた布団の中で寝ていたらしく、真っ白で清潔そうな布団が自分の形に歪んでいた。自分の記憶の中にこんな部屋はなかった。気味の悪さに飛び起きた。下半身を起し、片膝をつく。

——おやおや、もうそんなに元気になられましたか、あぁ良かった良かった——

 誰だ、どこにいる。そう言いたかったが、未だに声は出なかった。かすれたうめき声が口から洩れる。

 目に見えるのは寒々とした空と、灰色に固まった木々。冷やかに流れる小さな川、池。そして、ちょこんと座った白塗りの小さな狐。

 そのぬいぐるみのような狐が、不意に口を開いた。

——私、こんのすけと申します。主様のお世話をさせていただくものです——

「——……はぁ?」

 やっと絞り出した声は頼りなくか細い声だった。喉元を擦る相手に、こんのすけと名乗り出た狐は愉快そうに目を細める。

——ご無理をされることはありません。進行はすべて私が行いますので——

「……進行? なんだ、それ……」

 けほけほ、と違和感の拭い去るようにせき込む。やっとまともな声が返ってくる。こんのすけは、はい、と以前不思議な声で律義な返事を返した。

——審神者となられるための準備は私が行っておきましたので、主様には最初の一口となる付喪神を召喚していただきましょう——

「つく……なんだ、それ……って、おい」

 喋る狐はくるりと向きを変え、尾を振りながら廊下を歩き始めてしまった。意味のわからないことをとうとうと話されたまま、置き去り状態になったまま、考える猶予すら与えないわけだ。ため息をつき、目頭を揉む。此処にはあの喋る狐以外意思疎通できるようないきものはいないのだろうか。付喪神? 召喚? 何かのお伽草紙とファンタジーを掛け合わせたもののようだ。

 しかし此処で何も分からないままあたりを警戒してきょろきょろとしているのも性にあわない。此処は、あの狐について行ったほうがよいのだろう。

「……分かったよ、ついて行けばいいんだろ」

 ため息をつき、狐に続いて廊下に出た。外に冷気が肌に刺さり、ぶるっと身体を震わせる。寒い。吐く息が白かった。風に誘われ、遠くに消えていくそれ眺めて、ふと自分の服が見たこともない着物になっていることに気づく。白装束のようだったが、薄い灰色の袴を履いていた。死んだわけではなかった。なぜか安心はしなかった。



——こちらにお入りください——

 案内された先は狭く薄暗い一室。中央には紫色の布に恭しく差し出されるような形で、柄が取り外された刀があった。

 その鋭い切っ先は差し込む淡い光を反射し、見ている者に緊張感と厳粛な雰囲気を感じさせた。

「……これは?」

——見ての通り、刀でございます。主様には今から名高き名刀の付喪神をこの刀に宿し、現在に顕現していただきます——

「……なんだそれ。何かの小説の話か」

——いえいえ、現実でございますよ主様。主様には今からこの刀の主となっていただくのです——

 主、所有者ということか。意味がわからない、今見ている光景はすべて夢なのだろう、そう思いたいところだ。思わずうなり声が漏れた。

「……はぁ、まぁ、そうだったとして。まず俺はその、付喪神とやらを顕現するやり方を知らないのだが」

——それは簡単なことですよ。主様のお手でこの刀を一撫ですればよいのです——

「撫でる? 指落ちるだろ、真剣だぞこれ」

——何をおっしゃる! 審神者でありこの刀の主となるあなた様のお手を傷つけるわけありませんよ!——

 何をおっしゃる、はこっちの台詞だ。その意味のわからない自信はこの狐のいったいどこから出てくるのか。白塗りの狐を振り返ると、その健気な瞳は案の定自信で満ち溢れていた。

「……なんだよ、その目は」

——ご安心くださいませ、このこんのすけ、数多くの審神者を育ててまいりました故、分かるものなのですよ!——

「……はぁ」

 この狐の作り話なのか、どうやら自分のほかにもこんな奇妙な出来事を経験している者がいるらしい。それならばかなり混乱していただろう、今の自分のように、殺気さえ感じられるこの鋭い刃物を撫でろと言われたならば。

 そのあと何度か狐に諭され、恐る恐る刃物に手を伸ばした。冷たい感触が指先に伝わる。ただの無機物に触るだけで此処まで緊張するとは思わなかった。そっと、しかし慎重に、その鈍色の刀身を撫でた。

 次の瞬間、ふわりと、薄桃色の花弁が視界を満たした。



「 あー。川の下の子です。加州清光。扱いづらいけど、性能はいい感じってね 」

 目の前に、いつの間にか細身の青年が現れていた。赤と黒が基調の服装に、白く美しい肌。泣きぼくろに飾られた細められた赤い目が、こちらをしげしげと眺めていた。

——おぉ、加州清光ですか! これは良い相棒を呼ばれましたね!——

「……は? なんだよこれ……」

 狐の嬉しそうな声とは対照的に、こちらは同様しかなかった。細身の青年——加州清光は、不躾に思われるほどじろじろとこちらの様子を眺めまわしている。

「あんたが主? ……ふぅん、まぁ、いいじゃん。大事にしてよね」

 どうやら彼の中で自分は許されたようだ、加州は笑みを浮かべた。

 ……一安心と思っていいのだろうか。狐に目を向けると、狐も狐で満足そうである。

——加州殿、お初にお目にかかります、私、こんのすけという狐でございます。加州殿は主様を支える最初の刀剣男子となります故、苦労も多いかと思いますが、ひとつよろしくお願いいたしますね!——

「え、俺が一番なの? じゃぁ主は最初に俺を選んでくれたってわけかー」

 加州はさらに一段と機嫌を良くした様子で、張り切っちゃおうかなーと小さく口にした。目線まで持ち上げられた手を見ると、赤いマニキュアが丁寧に塗られていた。

——さて、初鍛刀はいかがだったでしょうか?——

「いかがって言われてもな……」

 緊張したのと合わせて、未だによく分かっていない。取りあえず、目の前にいる加州とかいう青年は自分が呼び出したらしいが、まだ現実味に欠けている。

 これは夢なのだろうか。それならば早く醒めてほしい。頭が混乱するばかりだ。ため息をつくと、「主?」と加州が腕に触れてきた。その感触があまりにも生々しかった。

——本来ならこれから戦場に加州殿に行ってもらうのですが……主様には少し、特殊なお話があります故、こちらにおこしください——

 狐は再び背を向けて歩きだし、加州はこちらを促すように目を合わせてきた。

 ついて行くしかないことは分かっていた。混乱した頭を抱えながら、再び寒々とした廊下に足を踏み出した。