二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: はらりら。 ( No.2 )
日時: 2017/01/08 13:36
名前: 星屑の売り子 (ID: saz7BosX)



「それで、話って言うのは?」

 行燈の灯った、比較的広い部屋だ。脚の短い机に人数分の座布団が敷かれ、狐はその上に行儀よく座った。俺と加州も狐と対峙するような形で座る。

 隅には電気スタンドのついた近代的な机と椅子もある。どうやら此処はタイムスリップした場所でもないらしい。隣に座る加州の姿を見ていてもそれは実感できた。少し古風ではあるが、コートを羽織った青年は、先ほどから爪の手入れに余念がなかった。

——はい、主様が審神者となられる際にお伝えしろと政府から言われたことでございます——

「……政府? この意味のわからない行為には政府もかかわっているって言うのか?」

——名刀の付喪神を従え、歴史を改変しようとする時間遡行軍の歴史改変を阻止するのが審神者の役目でございます。これは政府からの命でございますので——

 歴史の改変。再びわからない言葉がこの狐から飛び出してきた。繰り返し聞き返すと、狐は根気強くうなずいた。

——たとえば……ええっと、加州殿、ちょっと加州殿の例をお借りいたします——

「どうぞ。俺も詳しい話知りたいから」

 髪をいじっていた加州はふとそう返事を返し、目線を狐に戻した。それを確認して狐が先を続ける。

——例えば、此処にいる加州清光は、元は新撰組、沖田 総司の刀でございます——

「……新撰組?」

——はい、主様の時代なら高等学校ですでに習ったことがあるかと思われますが……——

「……流石に知ってる」

 新撰組、そう聞けば青い法被に勇猛果敢な若々しい戦士たちが思い浮かべられる。その中でも沖田 総司と言えば有名な人物だ。

 今となりで髪や爪の手入れに余念がない青年があの戦士の刀の付喪神らしい。

——新撰組と言えば池田屋事件が有名でしょう。時代遡行軍は新撰組が池田屋に侵入することを防ぐことで歴史を改変しようとするのです——

「……はぁ、何だ、SFみたいなものか」

——まぁそのようなもの、と言ったほうが理解しやすい方が多いです——

 その一点でさえも歴史が変われば全人類を巻き込む変化が起きるのだろう。SFの十八番というものだ、様々な映画でそんな景色を見ている。

 その改変を止めようとする正義のヒーロー役というわけだ。政府にその役をもらったらしいが、身に覚えがない。

「で、その大切な役がなんで俺なんかに?」

——ほかにも大勢の審神者が時間遡行軍のせん滅を目指し日々頑張っておられます。主様もその中のお一人、なのですが……——

 此処で狐の表情が曇ったように見えた。これには加州も興味を示した様子で、不思議そうに手を膝の上に置く。

「なになに? そんなにためられると気になっちゃうんだけど」

——……少々言いにくいのですが、主様、此処に来られる以前のことについて、何か覚えておられることはありますか?——

「……はぁ、覚えていること?」

 何の話が始まるのかと身構えていたが、案外普通のことだった。俺はため息をついて記憶をたどり始める。加州を顕現した部屋、そこに繋がるまでの廊下、寝ていた部屋、不愉快で輪郭のない夢——。いつの間にかあの布団で寝ていたのだが、あの部屋に見覚えはない。

 その先だ、あの部屋に来る時の記憶がないとしても、幼少期、友人や両親の記憶、昨日の夕食。何でもある、記憶はありふれていつも手元にあるものだ。自分の名前、年齢、趣味、好きな音楽、本。住んでいる家の間取り、景色、その時の季節。

 ——しかし、不思議と何も分からない。ぼんやりとした輪郭もない、ただただ暗闇が広がっている。何一つとして分かるものがなかった。幼少期、それはもちろん自分の名前、年齢、どんな顔だったかすら、思い出せなかった。

 瞬時に吐き気がこみ上げる。俺は誰だ。自然ときつく拳を握りしめていた。頭を軽くたたく。古いテレビを直す方法だ。何度もたたいてみたが、加州に止められただけだった。

 分からなかった。それだけが答えだった。茫然とした目で狐を見ると、狐はやはり、と言いたげに頷いた。

——主様、あなた様は記憶を失われておられます。それは此処に来る前のあなたの行動による罪の代償です。主様には時代遡行軍と戦う中でご自身の罪についても、振り返っていただくことになります——



 最初の頁 ◆ 「 出会い 」 終