二次創作小説(映像)※倉庫ログ

Re: はらりら。 ( No.3 )
日時: 2017/01/08 21:02
名前: 星屑の売り子 (ID: saz7BosX)

 二の頁 ◆ 「 準備 」



 衝撃的な宣告を受けたその後、催した吐き気を何とかするべく俺はトイレに向かった。こんな和風な建物の中、かなりの数のトイレが並ぶさまはすさまじかった。

 一緒についてくる加州を何とか入口でとどめ、個室に駆け込んでしゃがみこむ。そもそも胃の中に吐き出すものがあるのかどうかすらも分からない。

 しばらく便座にもたれかかっていると、吐き気が引いた。ため息をひとつ吐いて立ち上がると、よろよろと外に出る。加州が心配そうに俺を眺めていた。

「大丈夫?」

「……あまり大丈夫じゃない……」

「……まぁ、そうだよね」

 顔色も悪いしね、と苦笑を浮かべながら、加州の手が俺の背中を撫でた。一応俺のことを気にしているらしく、よたよたと足元も危ういゆっくりとした歩調に合わせて後ろからついてくる。

 トイレから出てくると、白塗りの狐——こんのすけが待ちわびていた様子でお座りをしていた。

——落ち着かれましたか、主様——

「お前のおかげで随分と体力持っていかれたんだが……これから何する気だ」

——本来なら先ほどのタイミングで加州殿に戦場に行ってもらい、これからの戦の説明をするつもりでしたが、今回はせっかくですのでこの本丸のご案内をさせていただきます——

 再びの専門用語に、俺は当然のようにこんのすけへとその言葉を繰り返し聞き直した。

「本丸? 此処は城か何かか」

——城、というわけではありませんが重要な本拠地であります。此処で顕現された刀剣男子たちは共同で生活していただくことになります。審神者は仕事をなさっている方が多いので現世と本丸を行き来される方が多いのですが、主様の場合は此処に住んでしまわれたほうが簡単かと思われます——

「……俺ってニートだったの?」

——私は詳しくは存じ上げませんが、おそらく——

 辛辣なことを言ってくれる、そんな可愛らしいとも形容されるような顔で。深くため息をつきながら、引っかかったワードを再び上げた。

「……此処にいる加州君は、その、『刀剣男子』と言われる存在なんだな?」

——はい、顕現した名刀の付喪神はそのように呼ばれます——

 『刀剣男子』……男子、か。まぁ確かにまだそう呼ばれても良いような容姿をしているが、自分よりも圧倒的に永い年月を過ごしているのだろう青年を思わず眺めていた。こんなことをいちいち考えていると目が回りそうだ。

「此処、すごく広いみたいだけど、俺と主のほかにも来たりするの?」

 頭を抱え始めた俺をよそに加州がこんのすけとコミュニケーションを取り始める。それはそうだ、あれだけのトイレが設備されているのだから、おそらくそのうちに大人数の暮らしになるのだろう。

——現在確認されている刀剣男子は数多く存在いたします故、この本丸もそのうち賑やかになりましょう——

「ふーん、楽しみだな」

 その数だけこちらは真剣に触れなければいけないのだが。

 こんのすけは加州の言葉に満足げにうなずくと、本丸と呼ばれる屋敷の案内を始めた。部屋は多くあった、大部屋から小部屋までさまざまあったが、増築も許されているらしい。何でも手厚い手当が付いているらしく、刀剣男子が完璧に任務を全うできるのであれば住む場所の増築はいつでも望めばやってくれるらしい。

 外には小さな小川に池に橋、桜の老木もあった。少し離れた所には畑に馬小屋。今は一頭もいなかったが、そのうち増えるだろうということだ。

 十分に広いスペースがとられているが、周りに町があるわけでもなく、深い森に囲まれている。自給自足をしろ、とそう言うことらしい。

——多くの審神者たちは現世で買い物をして戻ってきているようですが、この世界にも町はありますし食べるものに変わりはありません。此処から少し行ったところに日常生活品を取り扱う店がございますので——

 こんのすけはそのうちその店にも連れて行くのだそうだ。

 着々とこの本丸に慣れることを強制されていっている。これが夢ならこのタイミングで覚めるのが一番いいのだが、どうにもそんな様子は一切見られない。加州はなぜか俺と以上に腕を組みたがり、高校生のようなはしゃぎようで、それが妙に生々しく、腕の感触や、その声が鼓膜を震わせた。

 自分がだれかもわからない俺が、なぜ、名刀と呼ばれた彼らを率いていけるのだろうか。そう問いかけても、こんのすけは大丈夫だと言い張るだけだった。

 そんな思いを悶々と一人で抱えている間に本丸はすべて見終わっていた。

 次は戦の説明だそうだ。こんのすけはさらに気合いが入った様子で先ほど俺達が話していた部屋に戻った。此処は俺の書斎になるらしい。

——戦闘とは、時間遡行軍が出現している時代、場所へと赴き、時間遡行軍をせん滅することを言います。これには刀剣男子たちが行きますので、主様は此処、本丸で待機することになります——

「俺は何もしなくていいのか」

——えぇ、まぁ何かやりたいとおっしゃるのなら、彼らが無事に帰ってくることを祈ってみてはいかがでしょうか——

「はぁ……まぁ、祈るんだろうけど」

 目の前で人が——まぁ人ではないんだが——怪我をしたり、運悪く命を落とすところなど見たくない。それも、先ほどまで元気で話していたりした相手ならなおさらだ。今隣で一緒に話を聞いている加州がいい例である。まだ出会って数時間と経っていない彼でも、瀕死の状態にまで傷つけば命が助かるように祈るだろう。

「えー怪我したりするんだったら行きたくないんだけどー」

——そんなことを言わないでくださいませ! これが刀剣男子の仕事でございます!——

「はー俺、汚れたりするの嫌いなんだよねぇ」

 ネイルもはがれちゃうかもしれないし、と再びきれいに整えられた爪を眺める。確かにそうだろう、身なりからして彼が綺麗好きなのがよくわかった。

 しかし、そこはさすがに名刀と言うべきなのだろう。こんのすけが戦の準備や作戦を事細かに説明しだすと、その目つきは変わっていた。生返事を返しながらも先ほどよりは話もちゃんと聞いているらしく、その間俺は、その様子を眺める時間となった。

 戦いについては俺はなにも関与しない。それが決まりらしい。血なまぐさい話が嫌いなのは本当だ。

 話し合いは数分でまとまった。今回はこんのすけのナビゲートの元、政府が作った場所で練習を行うらしい。それでもそれなりの怪我はするらしいが、命を落とすまではないという。

 加州が戦の準備を整えるのにそう時間はかからなかった。もともと俺の目の前に現れた時にその装備は整っていたらしく、軽い各部の調整で終わり、わざわざ俺のところまで報告に来た。

 改めて向かい合うのは此処に顕現された時以来だったが、加州は小奇麗な顔をにっと笑みを浮かべて見せた。

「じゃぁ行ってくる。帰ってきたら可愛がってね」

 犬みたいなことを言うな、と心中で思いながらはいはい、と軽く返事をしておいた。絶対だからねー、と加州はしばらくねばった後、こんのすけに連れられて、俺の部屋を後にした。

 残されたのはほのかな光を放つ行燈。部屋は不思議と寒くない、と思ったがどうやらエアコンもあるらしい。機械音が無音の部屋に響いていた。いきなり静かになった部屋の中、俺はどうしても無になった自分の過去と向き合い、再びあの吐き気に耐えなければならなかった。



「ねぇ、こんのすけ」

——はい、なんでございましょう、加州殿——

 戦に向かうための入口とやらがあるらしく、そこには歩いて行かなければならなかった。長い廊下を曲がり、外に出て、しばらく歩いた時、加州がこんのすけに問いかけた。

「主のさ、首」

——あぁ、お気づきになられましたか——

「お気づきって……そりゃあ一目見たらわかるでしょ」

 小さくため息をつく。正直、主と話しているときにそこへ目線を持っていかないようにするのは骨が折れた。

「……だからどこにも鏡がないんだ?」

——主殿にはまだ刺激が強いのでございます。そのうち、以前の記憶を思い出されるうちに、ご自身の身に起こったことも受け入れることができるようになるでしょう——

「それまで隠しておくんだ。りょーかい、それが主のためになるんだったらね」

 でも鏡がないのは不便だなぁ、と独り言を漏らした加州は、こんのすけと共に戦闘の練習があるという、『函館』に続く扉へと向かっていった。