二次創作小説(新・総合)

Re: Fate/Lost Hope ~空白の聖杯戦争~ ( No.11 )
日時: 2019/09/13 23:02
名前: 餅兎ユーニアス ◆o0puN7ltGM (ID: gz2yfhrF)


序章 『聖杯戦争』


 翔夜が祖父の家に着くまでに、たったの五分しか掛からなかった。それなのに何故だろうか、翔夜の中ではそれ以上の時間が経っていた。たったの五分で絶え絶えになった息を、自転車を停めながら整える。
 翔夜が来た家は和風の屋敷に近く、広い庭が広がっていた。その家の門に邪魔にならないように停め、敷石が丁寧に並ぶ小道を歩けば、少し大きめな戸を軽くノックした。

「何があって此処に来たかは知らんが、儂はここだよ」

 横から声が聞こえ、視線を向ける。紺色の袴を見に纏う白髪の老人、翔夜の祖父が、中庭に続く道から歩いてきていた。

「爺ちゃん、俺……相談したいことが」
「そんな血相を悪くして、息が絶え絶えになるほど急ぐとはなぁ……どれ、まずは家に入りなさい。落ち着いたら、ゆっくり話を聞こう」

 本当は今すぐ聞いてほしかった。ゆっくりしている暇などなかったのだが、祖父にそう言われては仕方がないのだろう。翔夜は無言で頷いて、鍵の掛かっていない戸を開けた。
 靴を脱いで端に揃えて置き、長い廊下を少し渡って居間へと向かう。小さい頃から思っていたが、何故一人でこんな広い家に住んでいるのだろうか。心の中で呟きながら、翔夜は居間へと続く戸を開けた。

「わざわざ家から来たのか?そりゃあ大変だったろうに、連絡の一つや二つを寄越してくれれば、儂が迎えに行ったというのに」

 入口とは違う、中庭を通ってきた祖父が優しく言う。祖父は元から早起きだから、本当に迎えに来たのかもしれない。しかし、面倒をかけたくないという思いと、そこまで頭が回らなかった、という理由があった。

「……それで、何があったんだい?」

 果たして、信じてくれるだろうか。不安を胸に、翔夜は口を開く。

「夢を……見たんだ」
「ほぉ、夢?どんな内容だったんだい?」
「白い……白い空間で、ノイズの後に現れた褐色の女性に言われたんだ。平和が終わるとか、聖杯戦争が始まるとか……あと、爺ちゃんの家に行けって……」

 他の人から聞いてみれば、全く現実味の無いおかしな話だろう。しかし、そんな継ぎはぎな説明にも関わらず、祖父は黙って聞いていた。穏やかな顔に、深刻な様子が浮かび上がってくる。

「聖杯戦争……」
「爺ちゃん、知ってるのか?」
「いや……昔、どこかでそんな言葉を聞いた事があっての。作られた適当な言葉と思っておったが、まさか本当にあるとは」

 祖父がそう言って軽く笑う。微笑ましい様子に気が緩みかけるが、今はそうしている暇なんて無い。「どうしたらいいんだ」と尋ねると、祖父は深く考える様子を見せた。

「名前からして神聖な何かであろう、教会の神父様にでも聞いてみたらどうだろうか?」
「……え」
「儂にだってちゃんと考えがあるものだよ。信じて行ってご覧なさい」

 冗談だろ、と言葉が出る前に言われ、引き下がってしまう。どうやら祖父は本気らしい。穏やかに言っているが、言葉だけでもう分かる。そんなに言うのなら行くべきなのかもしれない。数分の沈黙の後、「分かった、ありがとう」とだけ言うと、翔夜は立ち上がって向かおうとした。

「あぁ、ちょっと待ちなさい」

 祖父に呼び止められ、振り返る。祖父は立ち上がって何処かへ向かうと、何か小さな物を持って戻ってきた。少しだけ汚れた、小さな黒い紐を持って。

「昔の剣士が使っていた刀に、この紐が使われていてね。お守りにでもすると良いよ」

 黒い紐を小さな桜色の小袋に入れて、祖父は笑顔で翔夜に手渡す。静かに受け取ると、肌触りのいい布と、少しだけ荒い紐の感触を感じた。

 突然やってきたにも関わらず、こうやって気にかけるなんて。その事に感謝と少しばかりの謝罪を込めて、翔夜は「ありがとう」と言った。

Re: Fate/Lost Hope ~空白の聖杯戦争~ ( No.12 )
日時: 2019/09/21 20:53
名前: 餅兎ユーニアス (ID: gz2yfhrF)


 音呼鈴の教会には、毎日多くの人が訪れる。
 何か良い事があった時、悩みがある時、祈りを捧げる時、安らぎたい時。色んな理由を持って訪れるその人達は、いつも笑顔で教会から出てくる。それだけその建物が、平和な空間であるのだろう。
 そうだというのに、何故か今日は誰も来ていなかった。

 祖父の家から教会までは、歩いてでも時間はあまり掛からない。自転車と共に車の気配すら消えた道を歩き、辿り着いたは良いものの、大きな扉を開けると、そこに人はいなかった。

「休み……?」

 いや、教会に休みなんてあっただろうか。
 そんな事を考えながら教会に一歩足を踏み入れると、視界に一つの人影が映った。柱の影にいたのだろう。単に翔夜が気付けなかっただけだった。

「すみません。教会の方ですか?」

 人影……ステンドグラスを見つめていた一人の男性が振り返る。
 長い銀髪が教会の灯りに照らされ、青い瞳が翔夜を見据える。黒い服に首から十字架を下げた外人の様な男性は、翔夜を見て微笑んだ。

「はい。この教会にて、神父を務めさせてもらっている、『亞塚あずか 漓穏りおん』と申します。誰も来ない時に来るものですから、驚きましたよ」
「……誰も?」

 おかしい。今は早朝や深夜というわけでは無い。数人人がいてもおかしくないこの時間帯に、人が一人も来ないなんて事はあるのだろうか?
 そんな事を考える翔夜を見たまま、漓穏は首を傾げる。

「おや、どうしましたか?悩み事であるのなら、私で良ければお聞きしますよ?」

 きっと悪気も何もなく、心配してかけた言葉なのだろう。しかしその言葉は、偶然にも翔夜の核心を突いていた。話しても良いのだろうか。信じてなどくれるのだろうか。その動揺が翔夜を躊躇わせる。悪心の一つも無い、教会の神父を前にして。

「いや……その……」

 躊躇い、後退りながら手を前にして言う。しかし前に持ってきた手は、自信の無さ故にすぐに降りてしまった。
 その降りた手を、漓穏は見ていたのだろう。手に視線が移った瞬間、漓穏の顔から笑みが消えた。表情の消えた顔で手を見つめる漓穏に戸惑い、翔夜は自分の手を見る。



「…………え………あざ?」

 痣、と思ったが、違う。その手の甲には、はっきりと赤い紋様が刻まれていた。
 針のようで、剣のような形をした三画の紋様。昨日まで、いや、祖父の家を出るまでは存在していなかった物に、思わず翔夜は漓穏の事を見た。青い瞳と目が合う。その瞳には、心なしか悲しみが込められていた。

「……そうですか。貴方は……聖杯戦争の『マスター』に選ばれたのですね」
「マスター……?聖杯戦争を知ってるのか?」

 翔夜の言葉に、漓穏は頷く。漓穏は静かに翔夜に近付くと、赤い紋様が刻まれた左手を優しく手に取った。

体内魔力マナの気配も無く、用語に対して疑問を浮かべている……その様子だと、聖杯戦争を知らないという事ですね」

 その言葉に、黙りこむ。
 この人は本当に、神父なのだろうか。もしや、神父という概念だけを張り付けた、別の誰かなのでは。翔夜の脳裏にそんな事がよぎったが、それは掴まれる事無く流れて消えていく。言葉になんて出来なかった。言葉にする事に、どこか恐れを覚えたから。
 漓穏の手が翔夜の手から離れる。漓穏は突然向きを変えて誰もいない空間を見た。

「聖杯戦争は、魔術によって秘匿された神聖なる闘い。聖なる儀式。それに何も知らない、魔力を持たない一般人が参加するとは。聖杯はついに、参加者の選別という行程すら忘れたのですか?」

 冷静に、しかしどこか怒りを込めた言葉。
 その言葉に、答えた者がいた。



「いいえ。それは私の知る事ではありません。ですが、それが聖杯によるものだという事は、断じて無いでしょう。その選別に、何者かによる介入が無い限りは」

 女性の声に翔夜は振り向く。
 誰もいる筈の無い空間には、一人の金髪の女性が立っていた。

Re: Fate/Lost Hope ~空白の聖杯戦争~ ( No.13 )
日時: 2019/09/24 22:55
名前: 餅兎ユーニアス ◆o0puN7ltGM (ID: gz2yfhrF)

 鎧の鉄を服に纏う、金髪の女性。真っ直ぐ向けられる眼差しには曇りなき光が宿り、凛としてその場に立つ様子は、場の空気を一瞬にして引き締める。
 ただの人間である翔夜にも、彼女を目にした瞬間に分かった。

 彼女が、人間ではない『何か』であるという事に。


「貴方が、伊奈瀬 翔夜ですね?」

 名乗ってもいないのに名を呼ばれ、無意識に背筋が凍る。今まで自分達が生きてきた世界とは明らかに違う者に、どこか恐怖を覚えていた。無言で頷くと、金髪の女性はその頷きを受け止めるように静かに目を閉じ、開いた。正義の光を宿す瞳が、心の何処かで怯える翔夜を捉える。

「怯える気持ちはよく分かります。貴方は魔術の世界を知らない無知なる少年。しかし、ご心配無く。私は貴方に一切の危害を加えません」
「……人の心が、分かるのか」
「え?私に『千里眼』はありませんよ?他人の状態というものは、見れば大抵は分かります」

 千里眼。聞きなれない言葉が聞こえてきたが、今はそれを気にする余裕なんて無かった。自分が目の前の女性に怯えているという図星を突かれて、動揺が隠せなくなる。

調停者ルーラー。まずは、聖杯戦争についての説明を。状況の理解が無ければ、彼の動揺は一向にして収まらないでしょう」

 漓穏が一歩前に出て、女性に話しかける。その一歩はどこか翔夜を庇う様にも見えた。漓穏の言動に、女性は頷く。

「……えぇ。そうですよね。ごめんなさい。マスターに選ばれた以上、説明は不可欠ですからね。幸い、開戦はまだ見られません。一から丁寧に説明しましょう。では、座って話を」

 女性に促されて、近くの席に座る。女性は視線を変えると、教会の奥へと歩んでいき、祭壇の手前で振り返った。

「遅れてしまいましたが、自己紹介をしましょう。
 初めまして、伊奈瀬 翔夜。マスターの一人に選ばれし者よ。

 私は『ルーラー』。此度の聖杯戦争にて召喚された、『サーヴァント』の一騎です」























 同時刻。
 とある家の一室。様々な本の山が連なる部屋では、翔夜の親友である公が一人、とある人物と電話をしていた。

「姉ちゃん。今回の聖杯戦争、どっかおかしいぞ。聖杯戦争って、本来は魔術師の間で行われるんだろ?」
『えぇ、そうね。とても神聖……には思えないけれど、そうみたいだからね』
「だよな?けど今日、魔術師でも何でもない幼馴染みとの電話でな……そいつ、夢の中でサーヴァントと接触したらしいんだ。伊奈瀬の爺ちゃんの言ってた事と関係ありそうだし、しかも話からして『抑止の守護者』だ。こりゃ一体どうなってんだ?」

 電話越しの声が、途絶える。切れたわけでなく、相手が黙っているのだろう。深呼吸らしき音が聞こえた後に、真剣な女性の声が聞こえてくる。

『……過去の英雄、偉人、伝説の人々を『サーヴァント』として七騎召喚し、最後の一騎になるまで殺しあう、己の願望を懸け、万能の願望機『聖杯』を巡る血濡れの闘い。それに何も知らない一般人が参加する……きっとそれは、貴方の幼馴染みが出会った抑止の守護者が影響しているわ。平行世界に影響を及ぼせる程の、強力な存在のね』
「……姉ちゃん。俺、心配なんだ。何て言うか……幼馴染みも参加するんだよな。こんな物騒な事に。しかも最後の一騎だから、結局俺や姉ちゃんも敵になるんだろ?」

 普段明るく振る舞う公は、悲観的な考えを滅多に見せない。ただ、電話から聞こえる声は少しだけ震えていた。本人は微笑み、ヘラヘラと笑っている。しかし、体は正直だ。微かに震える体が、声までも震わせる。

『……貴方との戦闘は最大限の策を持って避けるわ。私に任せなさい』
「……ありがとう、姉ちゃん」
『じゃあ、そろそろ時間だから失礼するね。何かあったらまた連絡ちょうだいね?』

 電話が、切れる。規則的な音を鳴らすスマホを自身から遠ざけると、公は両手で顔を覆った。




「……聖杯戦争なんて、嫌いだ」

 喉から絞り出すかのような一言をこぼして。

Re: Fate/Lost Hope ~空白の聖杯戦争~ ( No.14 )
日時: 2019/09/25 20:55
名前: 餅兎ユーニアス ◆o0puN7ltGM (ID: NOuHoaA7)

 聖杯戦争に呼ばれるのは、七騎のサーヴァント。

 セイバー。
 アーチャー。
 ランサー。
 キャスター。
 アサシン。
 ライダー。
 バーサーカー。

 サーヴァントは真の名を隠すために、このクラスの名で呼ばれる。真名の看破が、己の最大の弱点を突かれる原因となるからだ。
 そして、それぞれを召喚するのは、七人のマスター。
 三回きりの絶対命令権であり参加者の証である『令呪れいじゅ』が、契約の要となる。
 失えば、その者はマスターでもなく、参加者でもなくなる。
 命を掛けてでも、令呪は守らなければならない。それほど重要な物なのだ。

 そして本来、一般人がこの闘いに関わる事は絶対にないのだ。



「じゃあ、何で俺は聖杯戦争に?」

 一通りの説明を聞いてある程度納得したのか、少し落ち着いた様子で翔夜が尋ねる。しかしルーラーは、「分かりません」と言って首を横に振った。

「……翔夜さん。貴方はここに来る前、この聖杯戦争に関係のありそうな体験をしましたか?」
「……体験……」

 翔夜には覚えがあった。その体験は夢だったが、聖杯戦争の話を聞いてみれば、あの時出会った女性はサーヴァントだったのかもしれない。何かの史実に語られた英雄だったのだろう。

「夢なら……見た。真っ白な空間に、雑音が響いて……褐色の女性が、終わりの刻だとか、アラヤの壁が破られるとか……」
抑止アラヤの……?」

 ルーラーが何かに気付いたかのように少しだけ顔をしかめるが、次の瞬間には安堵の溜め息をついた。

「……聖杯の狂いでなく、彼女が選んだのですね……」
「?」
「……翔夜さん。貴方がその女性の事を忘れない限り、容易く殺される事は無いでしょう。しかし、選ばれた事実を変えるわけにもいきません。マスターに選ばれたのだから、貴方もサーヴァントを召喚しなければいけません」

 何故選ばれたかを簡単に弾かれて話を進められて、翔夜は少し戸惑う。召喚なんて言われても、方法も手順も知るはずが無い。そんな非常識で非現実的なもの、どうすればいいと言うのだろうか。

「……本来は触媒と魔方陣、そして魔力が必要になりますが、恐らく貴方の場合は魔方陣だけで充分かと。夢の中で出会った女性の手助けがあると思われるので」

 漓穏が言うと、ルーラーも頷く。よく分からないが、特に問題は無いようだ。翔夜は納得すると同時に、慣れない事に不安になる。
 ……今は、あまり深く考えない方がいいのかもしれない。
 そう心の中で区切りをつけた瞬間、翔夜に重くのしかかっていた何かが少しだけ軽くなった。

「最適な時間は、午後五時。その時間に、再び教会へ来てください。本来、個人の手助けはルーラーの決まりに反するのですが、幸い貴方は魔術師ではないので、大丈夫です」
「……それまでは?」
「……自宅ではない別の所で、身を潜めるのが宜しいかと。マスターの中には既にサーヴァントを召喚している者もいます。いつ狙われてもおかしくありません。魔術師の大半は、真っ先に相手を潰そうとする者ですから」

 再び祖父の家に行く必要があるのかもしれない。
 自宅以外と言われたら、翔夜に残るのはそこだけである。両親には他の理由で誤魔化そう。そう思っていると、ルーラーが翔夜の近くまで歩み寄り、目の前まで来て立ち止まった。

「……どうか。その時までは、お気をつけて下さい」




 二人に短い礼を告げて、教会から出る。
 外は暖かい日だまりに包まれて、穏やかな白昼夢のようだ。

 そう思えるのは、何も知らない人間だけなのだろう。





 聖杯戦争まで、あと14時間。