二次創作小説(新・総合)

Re: Fate/Lost Hope ~空白の聖杯戦争~ ( No.6 )
日時: 2019/08/20 22:21
名前: 餅兎ユーニアス (ID: MTNmKKr2)

 暫く、周りの音が聞こえてこなかった。
 翔夜はぼんやりと、見慣れた部屋の天井を見つめる。ベッドの上に投げ出されたスマホの振動が、仰向けになる体にベッドを通して伝わってくる。もう目の前に、あの白い空間は無い。鐘の音も、謎の女性も。そんな事を思っているうちに、やっと少しずつ、けたたましい音を立てるアラームが聞こえてきた。スマホを手に取り、アラームを止める。

「にゃあ」

 ベッドの下から、鳴き声が聞こえた。体を起こしてみると、ベッドの下から白い猫が出てきて、鮮やかな緑の瞳で翔夜を見つめる。再び「にゃあ」と鳴くとベッドの上に飛び乗り、翔夜に擦り寄った。スマホを持っていない手で、白い毛並みを優しく撫でる。

「おはよう、ナナ」

 翔夜に撫でられて嬉しいのか、ナナはゴロゴロと喉を鳴らす。幸せそうなその姿に、翔夜の顔にも優しい笑みが浮かべられていた。
 しかし、その笑顔もすぐに消えてしまう。脳裏によぎったあの女性の言葉によって。

『今この時を持って、平穏は終わりを告げる。願望を懸けた闘い、「聖杯戦争」が始まろうとしている』


「……この幸せな時間が、終わってしまうのか?」

 ナナを撫でる手が止まる。ナナはもの足りなさそうに手に擦り寄るが、翔夜の様子を見た途端に、擦り寄る事を止めて翔夜をじっと見つめていた。白い尻尾が、ゆらゆらと揺れ動く。
 数分の静寂。しかしそれは、スマホから鳴り響く音によって掻き消された。再びの振動と共に鳴る、着信音。スマホには『峰岸みねぎし こう』と表示されている。

「あいつ……休日なのに7時に電話掛けてくるとか……つーか、よく起きれたな……」

 電話を繋げ、スピーカー機能をONにする。着信音と振動が消えた代わりに、眠そうな声が聞こえてきた。

「おはよ~翔夜……もう起きてたか?」
「今起きた所だ。お前は……珍しいな。休日だったらあと一時間は寝てただろ」
「まぁな……って、え、今起きた?翔夜が?」

 今起きれば駄目なのか……顔を若干しかめながらそう言う。少し驚きめな声で話す公との会話で、自分が普段、もっと早く起きる人間だと今更思い出した。今日は30分多く寝たんだ。きっと、あの夢のせいで。そう自分に言う。
 ふと、夢を再び思い出す。そういえば、祖父の家に向かえとか言ってたな、と。
 翔夜の祖父は、日本の歴史を研究するのが大好きで、刀やら道具やらを集める趣味を持っている。中には本物だという物もあると言ってたが、その趣味をどうにも理解できなかった翔夜は信じていなかった。そんな祖父の家に向かえなんて、それに何の理由があるのだろうか。

「……ん?電話切れた?おーい」
「あぁ、悪い、考え事してて……」
「お、悩み事か?悩み事だろ?俺でよかったら相談に乗るぜ、話してみろよ」

 勝手に悩み事と断定されて、少し黙りこんでしまう。確かに悩み事と言われればそうなのだが、あれを話した所で何にもならないのかもしれない。中二病みたいだ、その一言と笑い声で終わりそうな予感を感じながらも、翔夜は少し深呼吸をした。

「……今日、いや、結構前から……変な夢を見てたんだ。何もない真っ白な空間に、ただいるだけの夢」
「うわ、なんじゃそりゃ。何かのお告げとかじゃないのか?」
「俺もそう思った。で、今日その夢に変化があったんだ。ゾッとするようなノイズの後に鐘が鳴って、デカイ剣を持った女性が現れて」
「あっはははは!随分とカオスだな!疲れんだよきっと!」

 意外にも大きい公の笑い声に、スマホを少し遠ざけてしまった。ナナも驚いたのか、少しだけ白い毛が逆立ち、尻尾が軽く膨れる。

「……それで、女性が訳の分からない事を言ったんだ。何か、抑止力?……とか、聖杯戦争が始まるとか」


 その一言の直後、公の笑い声が一瞬にして止んだ。さっきまでの大声が嘘の様に止み、一瞬にして静寂が降りる。周りの空気が冷えるのが、翔夜には分かった。

「……公、どうした?急に黙りこむなんて……」

 恐る恐る問い掛けても、返事は返ってこない。先程の一言に、何か心当たりでもあったのだろうか、再び聞こえてきた声は、いつも聞く公の声に比べて驚く程に落ち着いており、静かだった。

「翔夜。俺……多分、それ知ってるぞ」
「……は?」
「翔夜の爺ちゃん。少し変な奴だなと思ってたんだけどな……前に、それに似たような事を言ってた気がするんだ。願望まみれの殺し合いが始まるとか……」
「……爺ちゃんが?俺、今から爺ちゃんの家に行くつもりだったが……」
「だったら早めに行った方が良い。寄り道とか絶対にするなよ?真っ直ぐに向かうんだ」

 何故か焦る様に、急かす様に、翔夜に言う公の声は余裕を無くしていく。嫌な予感がするのだろう。幼馴染みの、親友である公の言うことだ、信じた方が良いのだろう。「分かった」と一言言うと、安堵の溜め息が小さく聞こえてきた。

「約束だからな」

 釘を刺す様に放たれた言葉の直後、翔夜を待たずに通話は終了し、規則的な音だけが聞こえるようになってしまった。

Re: Fate/Lost Hope ~空白の聖杯戦争~ ( No.7 )
日時: 2019/08/27 17:59
名前: 餅兎ユーニアス ◆o0puN7ltGM (ID: ymYDaoPE)

「行ってきます」

 公との会話から数分後。青のパーカーに紺色のジーンズ、いつもとそんなに変わらない私服に着替えた翔夜は、玄関のドアを開きながら大きめな声で言い、返事を待たずに家を出てしまう。翔夜の両親は祖父の家に行くと突然言い出した事に少し驚いていたが、その理由を聞こうとはしなかった。
 気を遣ってくれた事に、感謝しないとな。そんな事を思いながら青い自転車に跨がり、少し重いペダルを漕ぐ。少しだけ鈍い金属音を鳴らして、自転車は進み出した。

 鮮やかな緑の葉が少し温い風に揺られ、木漏れ日の影を掻き乱す。だが、葉が揺られる音も、夏の風物詩とも言える蝉の鳴き声も、翔夜の耳には届いていなかった。目指すべき場所へと、青い自転車は風を切って走る。周りの景色に気を向けるほどの余裕なんて、無かった。
 大きな十字路に差し掛かった所で、信号が赤に変わる。そこまで急なブレーキでは無かったが、止まった時に後ろから感じた風は強かった。
 いつまでも赤から変わろうとしない信号を見つめながら、心の中で焦る。別に焦る必要なんて無いのかもしれないが、翔夜は何故か急ごうとしていた。早く行かなければいけない。見えない何かに背中を押される様に。
 信号が青に変わる、その直後にペダルを勢いよく踏み、漕ごうとした。


 翔夜の左腕を掴む者がいなかったら、そのまま漕ぎ進んでいただろう。

 突然、左腕を掴まれた事に驚いた翔夜は、足に力を入れる事を止めて横を向く。
 翔夜の腕を掴んでいたのは、白と黒のコートを着た男性だった。左分けの明るい茶髪の、青い瞳を持つ男性が視界に入った直後、渡ろうとしていた道を巨大なトラックが勢いよく横切っていった。

「何を急いでいるかは聞きませんが、油断は禁物です。信号の青が必ずしも安全では無いという事を、お忘れなく」

 微笑みながら男性は穏やかな声で言う。呆然としていた翔夜は我に返ると、慌てて「ありがとうございます」と言い、横断歩道を渡っていった。


「えぇ、えぇ。貴方はここで死ぬ訳にはいきません」

 去り行く翔夜の背中をじっと眺めながら、男性は微笑み、そう呟く。彼の周りには誰もおらず、周りから見れば独り言を話している様に見えるだろう。しかし彼が向けた言葉を受け止める者が、一人だけいた。

「相手が参加前に死ぬのは悲しい事です。そうですよね、『アサシン』?」

 彼の言葉に応える様に、小さな少女の笑い声が聞こえてきた。



 果たして、その言葉を受け止めた者を、「一人」と呼んで良いのだろうか。