二次創作小説(新・総合)
- Re: 俺得キャラ達のマフちゃんねる ( No.133 )
- 日時: 2023/04/05 07:06
- 名前: マーキー・F・ジョーイ ◆Pehab0fcX2 (ID: JZUESnRS)
~第77回マフ村甲子園出場校監督紹介・第2弾~
見方
【二つ名】
地域:高校名
名前(年齢※)
出身地
特徴など
由来:ネーミングの由来
※年齢は第79回時点での年齢なので、第77回時の年齢は2歳差し引いてください
…
【プレジデント】
東東京:東京江伏
都二三雄(54)
東京
実は東京江伏高校の理事長の弟。
そのため監督就任当時は縁故採用ではないかと一部から囁かれていたが、堅実かつ柔軟な指導で東京江伏を甲子園常連校にまで仕立て上げた実力者。
その堅実な実力と選手と共に弱点を解決していく弛まぬ努力で第77回、第78回と連覇を果たし、甲子園3連覇に向けて今回も続投。
由来:東京『都』
【勝利を探求する考古学者】
西東京:鈴手
川崎祢威照(50)
神奈川
考古学者を本業としている異色の監督。
幼少期から遺跡と野球に興味を持っており、遺跡が出ると現地へ飛んで研究を行うため実際は顧問の教師が監督を執ることも多い。
ただ監督としての実力は本物で、第78回では敗れはしたものの因縁の相手東京江伏と延長13回におよぶ熱戦を演じた。
第79回も学校側からは続投を志願されたが本人がエジプトでの研究に専念するため監督を引退した。
由来:東京ヴェルディ
※創部時代のチーム名が『ヴェルディ川崎』+マフ氏がエンブレムになんとなくネイティオっぽいイメージを抱いていた(※実際当時Jリーグパと称してネイティオにヴェルディと付けていたくらい)←
【名門サーファー・子】
神奈川:鞠乃水産
相模原浮龍(51)
神奈川
甲子園常連の名門鞠乃水産を父親と共に育て上げてきた実力者。
若かりし頃は親子ともに伝説のサーファーとして名を轟かせていたらしく、飴と鞭を使い分けた指導法はまるで『波』のようだと評価されていたほど。
しかし、第79回も続投した決勝で合併校の平塚鈴稀に敗れ、父親も神奈川の別の高校で監督をしていたが準決勝でまさかの敗北を喫してしまうなど散々な目に遭ってしまった。
由来:相模原SCと横浜フリューゲルス
【基礎体力の鬼軍曹】
長野:山雅商業
松本山雅(68)
長野
元軍人で、指導法もスパルタ。中でも基礎体力を付けることを率先しており、一日に三回は彼の怒号が野球部のグラウンド内に響き渡っている。
あまりにスパルタな指導方法には賛否両論あり、野球部員の親からも「少しやりすぎではないか」と苦情が入ってきたりもしたが一喝して追い返している。
そんな中第79回も山雅商業で続投したが鬼無里義塾にまさかの敗戦を喫したことで引退すべきではないかという声が続出し始めているとか。
由来:松本山雅FC
※監督名は『さんが』と読むがサッカークラブの山雅は『やまが』なのでお間違えの無いようお気をつけて…
【新潟のルールノー・カァドー】
新潟:有日
白鳥清五郎(50)
多分新潟
奇抜な言動でメディアをたびたび騒がせる姿から、UNDERTALEのキャラクターから『新潟のルールノー・カァドー』と呼ばれる奇人。
その奇人っぷりから不安の声もたびたび上がっていたが、選手のモチベーションや潜在能力を引き出すことに関してはずば抜けており、その人となりからも最強のモチベーターとして選手たちからは慕われている。
本人曰く『我ノヴォセリック王国の隣国に生まれ、オカシナナ王国を渡ってエクエストリアの最果てにて育つ』と言っているが、近所の商店街の人たちからは「あの人小さい頃から新潟にいては、駄菓子屋のアイスクリームをたらふく食べていた」と複数名から証言されているため恐らく新潟生まれの新潟育ちだと思われる。
由来:アルビレックス新潟(白鳥をエンブレムにしている)
【ドライ・モンスター】
富山:六塚第二
前橋夢生(29)
東京
有名大学を首席で卒業してからあらゆる職を転々としては「飽きた」と言っていなくなる謎多き人物。
かなりドライな性格で感情をあまり表に出さず、選手たちもコミュニケーションをとることに苦労したんだとか。
しかし指導法は的確ながらも雰囲気は野球部員曰く「恐怖政治」とのことではあるが、それ以上話すと自身に危険が及ぶと言って話さないので謎は深まるばかりである。
それらから『サイコパス』『ドライ・モンスター』などの声も上がっているとか。
由来:実は特にない(忘れただけとも言う)
【生き残った戦士】
石川:武勇館金沢
金沢剣(59)
石川
本人も武勇館卒業生で、本業の工具店を兼業しながら監督を務めている。
一言で『戦士の生き残り』と表されるほどの勇猛果敢な性格で、とにかく正々堂々とした戦い方を好む。
まさしく歴戦の戦士のような見た目とは裏腹に、意外にも指導法は選手に寄り添っており、悩みがあればマンツーマンで解決に動き、身体を痛めた選手には無理のない体の動かし方やテーピングの方法を教授するなど、部員からは「金沢監督がいるからこそ自分たちの能力が発揮できる」と慕われている。
由来:ツエーゲン金沢+石川県がよく金沢県と間違えられることがあるため
【堅牢堅固を受け継ぐ者】
福井:赤城
越前甲弥(51)
福井
自分も赤城野球部のOBでキャッチャーを務め、最高成績は甲子園ベスト8。
元キャッチャーという視点から赤城野球部の伝統を誇る堅い守りを受け継ぎ、指導も投手の育成と機動力強化の育成に長けている。
第79回も続投しており、6年連続の甲子園出場に意欲を見せている。
由来:越前ガニ
【東の磐田】
静岡:儒広
磐田衛州葉(48)
静岡
用心深い性格をしており、とにかく点を取られない堅い守備を第一に置く守りの野球を徹底させている。
その堅守が評価され、今では「東の磐田、西の横尾」と評されるほどに守りの野球の育成が上手い監督として称賛されている。
日常生活でも用心深いようで、愛用のメガネはオーダーメイドながらもいつ割れたり汚れたりしても大丈夫なように7つは持ってる(うち2つは持ち歩いている)んだとか。
由来:ジュビロ磐田と清水エスパルス
【サカマタ】
愛知:祖父八実業
名古屋鯱雄(33)
愛知
常に白い仮面と黒いマスクを着用する謎多き人物。
若くして祖父八実業を甲子園に導いた実力者でもあり、その指導はとにかく熱い。
水族館巡りが趣味で、一番好きな海洋生物はシャチなんだとか。
由来:名古屋グランパスエイト
【野球と友達になろうよ!】
岐阜:鵜飼東
飛騨蓮華(44)
岐阜
「苦しい時も笑顔を絶やさずに」「とにかく楽しもう」「野球と友達になろう」など、とにかく明るい性格とグイグイ来る底なしの人懐っこさから岐阜の人気者として名高い監督。
「あまりにぬるい」と指導法を批判されることもあるが、結果でその声を黙らせてきた。
実際に彼が監督を務めた岐阜の高校は軒並み甲子園へ進出を決めており、監督の進退が号外で知らされるほどに人気を博している。
自称飛騨牛マイスターであり、彼の焼く飛騨牛のステーキは絶品。
由来:飛騨牛とれんげ草(県花)
【機動力極めたスーパーレーサー】
三重:恵府第一
鈴鹿咲渡(57)
三重
元陸上選手から元F1レーサーと異色の経歴と活躍を見せたアスリート。
元々スポーツ特待枠の多い恵府第一の特色に合っており、機動力を極めた育成が上手い。
また、50代ながらマリオカートでは屈指の実力者でもあり、地域でのマリオカート大会では何度も上位にランクインするほど。
ちなみに好きなコースはベビィパーク(わちゃわちゃ具合とBGMが好きだから)
由来:鈴鹿サーキット
【ザ・ニンジャ】
滋賀:屋敷大付属甲賀
霧隠才三(56)
滋賀
元々は天才忍者の末裔と言われていたようで、その身のこなしからありとあらゆる場所で活躍していた。
野球は少々かじった程度の知識しかなかったが、当時の野球部主将服部の熱意に押されて受けることにしたようで、選手たちの長所を活かした戦い方の指導が上手い。
ただ、監督を任された経緯は監督を探していた部員に手裏剣当て勝負で敗れたからなんだとか。
由来:忍者っぽいから←
【遅咲きの天童】
京都:山河大付属
天堂任(66)
京都
転々としては弱小校でも上位に入るレベルで押し上げるほどの指導力と勝負勘の良さから、良くも悪くも『中堅監督』として評されていたが、第77回に山河大付属で初の甲子園出場を達成した。
その勝負強さは監督業だけならず、花札やトランプなどの心理戦を使った勝負もかなりの勝率を誇るらしい。
由来:任天堂(ちなみに第77回時の年齢もその要素を絡めていますが、知っている人は知っているかも…?)
【歴戦の優勝請負人】
奈良:田鹿商業
鹿島田千斗(70)
奈良
かつて幾多の高校を甲子園へと導いた優勝請負人。
温厚そうな見た目とは裏腹に指導は割とスパルタで、常に竹刀を持って指導している。
しかし私生活では近所から縁側で煎餅を食べながらお茶を啜っている姿をよく見かけるらしく、「野球をやっているときだけ何者かにとり憑かれているのではないか」と噂されている。
由来:せんとくん
【名門が名門たる所以】
和歌山:知位学園
八百板万(83)
大阪
主に近畿地方の高校を何校も甲子園へと導いており、「八百板いるところ甲子園あり」と言わしめるほどの甲子園常連監督。
基本的にはスパルタな指導法ながらも、ほめるところはしっかりほめて伸ばす一面も併せており、飴と鞭をしっかりと使い分けている。
第79回からは福島の八重桜の監督に就任し、初の東北での出場校を狙っており、まだまだ現役である。
由来:八百万(やおよろず)
【おおきにベースボール】
大阪:雷桜学園
岩場誠玲(40)
大阪
大阪に生まれて大阪に育つ。
今まで一発攻勢で勝負を仕掛けてることにこだわっていたが、第77回から繋ぐ野球の重要さを学び方針転換。
選手想いな性格でノリが良く、見事第77回で甲子園初勝利を決めた時には誰よりも感動の涙を流していた。
両親がガンバかセレッソかでしょっちゅう喧嘩しているのが悩みなんだとか。
由来:ガンバ大阪+セレッソ大阪
【船頭野球の船頭】
兵庫:牛船商工
船頭剛士(50)
神奈川
「とにかく強気で攻めろ」をモットーに、攻撃的な野球スタイルの指導で数多くの甲子園出場校を輩出した名監督。
特に見逃しでの三振を嫌い、見逃し三振した選手に対してはたとえ活躍していても「覚悟は無いのか」と一喝するほど勝負を推す。
元は神奈川で務めていたが第70回からは牛船商工のプレイスタイルと神戸の食が自分に合っているとして定着。初年度こそ惜しくも甲子園出場を逃したがそこから兵庫では負けなしの強さを誇っている。
由来:船(VESSEL)の頭ということで船頭と付けた
※ひとまず今回はここまで。コメント等OKです。
