二次創作小説(新・総合)

天空の花嫁 第一章 船に揺られて ( No.1 )
日時: 2019/11/10 22:21
名前: ティアラローズ・レンドレット (ID: LN5K1jog)

船に揺られて             
「エルトリオ王・・・お気持ちはわかりますが・・・。少し落ち着いてお座りになってはいかがですかな?」
落ち着かない様子の王に大臣が話しかける。
「う、うむ。そうだな。」
王は大臣に背を向け玉座に腰かける。羽織っている真紅のマントにはわしの紋章が描かれている。「おぎゃあ!おぎゃあ!」
赤ん坊の泣き声が静まり返った城に響き渡った。
「エルトリオ様!エルトリオ様!お産まれになりました!」
それと同時に階段を駆け下りてきた恰幅かっぷくの良い男を見て、王は嬉しそうに立ち上がった。
「そっ、そうか!」
王は急いで階段を上がると、王妃と子が待つ寝室へと急いだ。
「エルトリオ様、おめでとうございます!本当に可愛い宝石たまのような女の子で!」
召使が目に涙を溜めて言った。
「うむっ。」
王は頷くと扉を開けて中に入った。
「貴方・・・。」
ベッドに横になった美しい王妃が王の姿を見て嬉しそうに声をかけた。
金髪の美しい長い髪が汗ばんだ顔に張り付いている。目は大空のように澄みきったサファイヤ色で、瞳は黒曜石のような黒。きゅっと引き締まった口元、すらりと伸びた長い手足。その目は嬉しそうに輝いている。
「おうおう、このように元気に泣いて・・・。早速だがこの子に名前を付けないといけないな。」
王は考え込んだ。
「うーん・・・。」
やっといい案が浮かぶと、王は王妃に言った。
「よし、浮かんだぞ!ソープというのはどうだろうかっ?」
王は妻の横に寝て泣き声を上げる赤ん坊を見て言った。
「まぁ、素敵な名前!可愛らしくて、賢そうで・・・。でもね、私も考えていたのです。ミーティアというのはどうかしら?」
王妃は幸せそうに王と赤ん坊を見て言った。
「ミーティアか・・・。どうもパッとしない名前だな。しかしお前が気に入っているのならその名前にしよう!」
王は子を高々と抱き上げると言った。
「神に授かった我らの娘よ、今日からお前の名前はミーティアだ!」
「まぁ、貴方ったら・・・。」
王妃は幸せそうに微笑んだ。
「うっ・・・ゴホン、ゴホン・・・。」
王は心配そうに咳き込んでいる王妃の顔をのぞき込む。
「おい!どうした!大丈夫かっ?」
赤ん坊の泣き声だけが城に響く。

ザザーン・・・ザザーン・・・。
(い、今のは・・・夢なのっ?)
少女はベッドから飛び起きた。
打ち寄せる波の音が微かに聞こえてくる。開け放った窓から清々すがすがしい朝の光が差し込んでいた。
「ミーティアお嬢様、おはようございます。よくお眠りになられましたか?」
扉を開けて入って来たのは召使のリーサだった。
「えぇ。」
ミーティアと呼ばれた少女はさっき見た夢を思い出して、言葉少なく答える。
「もう朝食はお運びいたしましょうか?」
「ありがとう、リーサ。でももう少し後でいいわ。」
ミーティアは微笑すると言った。
「承知致しました、ミーティアお嬢様。」
リーサは恭しく礼をすると部屋を出て行った。
「ミーティア、起きたかい?」
扉を開けて入って来たのは、ミーティアの父エルトリオだった。
「どうした、ミーティア。顔色があまり良くないぞ。」
エルトリオはミーティアの顔を見て言った。
「あのね、お父様・・・。」
ミーティアは今日見た夢のことを全て話した。
「赤ん坊の時の夢で何処かの城みたいだったと?わっはっは!きっと寝ぼけているんだよ。」
「でもお父様、夢の中では王様の名前がエルトリオだったのよ。」
ミーティアが言うと、エルトリオの顔が一瞬曇ったような気がした。
「夢は夢だよ、ミーティア。眠気覚ましに外へ出て少し風に当たってきなさい。エルトリオはそう言うと部屋を出て行こうとした。
「おぉ、そうだった。今日はビスタの港に着く予定だから、荷物を全部まとめておきなさい。」
エルトリオは部屋を出て行った。
「今日で船を降りる?」
ミーティアは目を見開いた。ハッとして我に返ると鏡台の前に立って水差しの水で顔を洗った。ふかふかのタオルで顔を拭くとミーティアは鏡に映った自分を見た。金色の長い髪、零れ落ちんばかりに大きな、黒曜石のように黒い瞳に、澄みきった大空のようなサファイヤ色の目、すらりと伸びた手足。耳には真っ赤に輝くルビーのイヤリングをして左腕と両手の手首に黄金でできた腕輪をしている。ミーティアは髪を梳いて三つ編みにして、水色
のリボンで結んだ。オレンジ色のローブを着て腰の所をベルトで留めると深緑のマントを羽織って甲板に出た。
「うう・・・やっぱり朝は寒いわね。」
ミーティアは東の空を見た。
「日の出だわ!」
ミーティアはいつものように甲板にひざまずいてお祈りした。
(お母様、きっと見つけに行くから。私たちのこと、見守っててね。)
ミーティアの母、マーサはミーティアが幼い頃に何者かにさらわれてそれ以来行方が分からなくなっているのだ。ミーティアは立ち上がり、竪琴を呼び出して人魚のような美しい声で歌い始めた。
「果てしなき大空に 煌めく星の軍勢が
定めの位置に着きし時 
尾を引き 流れる星に混じり
罪人のさまよう目を捕らえし一つ星
かの星こそ 我が光 我が道しるべ 我が全て

黒き予感を追い払い
嵐と危険のかせを抜け 憩いの港へ導きぬ
今 危険を乗り越え 我は歌う夜の王冠をいただきて
とこしえに とこしえに
星よ ベツレムの星よ」
足音がして振り返るとシスターが立っていた。
「お美しい歌声ですこと。」
「シスター・アンルシア。」シスター・アンルシアは微笑すると言った。
「そろそろお戻りになられた方が宜しいのでは?」
「えぇ、そうね。」
ミーティアが部屋に戻るとすぐにリーサが朝食を持って来てくれた。
「ありがとう、リーサ。まぁ、とても美味しそうだわ。いただきます。」
リーサは嬉しそうに部屋を出て行った。真っ白なお皿には美味しそうな焼き目の付いたトーストとチーズがのっていて、そのわきの小鉢にサラダが入っていた。ミーティが朝食を食べ終わるとリーサがお皿を下げに来てくれた。
「ありがとう、リーサ。」
ミーティアは自分の荷物をまとめ始めた。サファイヤの埋め込まれた青い剣を鞘に入れて腰に刺し、袋に母マーサの手鏡とくし、薬草などを袋に詰め込む。母の形見であるサファイヤのペンダントを首から下げた。
「そうだわ、船長にお別れの挨拶に行かなくちゃ。」
ミーティアは荷物を置いて船長の部屋へ急いだ。扉の前で立ち止まり、ゆっくりと深呼吸をする。コンコンと扉をノックすると中から船長の声が聞こえた。
船長はいつものように笑顔で扉を開けてミーティアを招き入れた。船長の部屋は床にビロードの絨毯が敷かれ、壁には世界地図が張られていた。
「レクサドリア船長、今日で私たちお別れなんですか?」
「あぁ、今日でビスタの港に着くことになっている。」
レクサドリアは悲しそうに窓の外を見た。
「船長、今までの間、本当にありがとうございました。一緒にいる時間が長かった分、これでお別れなんてとても信じられません。どうか、私たちのことを忘れないでください。私たちもレクサドリア船長のこと、決して忘れません。」
ミーティアの目から大粒の涙が溢れ出した。それを見て思わず涙しそうになったレクサドリアは慌てて涙を引っ込めた。
「ミーティア・ジュエリッタ・ワイルダー、私も君たちのことは忘れんだろう。またいつか、この船に戻ってくることを心待ちにしてるよ。」
ミーティア・ジュエリッタ・ワイルダーとはミーティアのいわゆるフルネームだ。
ミーティアは部屋を出ると涙を拭いた。急いで自分の部屋に戻るとベッドに突っ伏した。
「ミーティア、入るぞ。」
ミーティアはパッと起き上がると扉を開けに走った。
「お父様!」
ミーティアはエルトリオにすがりついて泣いた。
「お父様は寂しくないの?今日で船の人たちとはお別れなのよ?」
「父さんだって寂しいさ。でも、旅をする者にとって別れは数え切れんほどある。」
エルトリオは娘の頭を優しく撫でてやりながら娘に優しく声をかける。
「ミーティア、今は本当に辛い別れではないんだよ。わかるかね?」
ミーティアはエルトリオを見上げた。
「えぇ、お父様。永遠の別れ(死)、でしょう?」
「そうだ。船の人たちにはまたいつか会えるだろう?今日はまだその時ではないから、父さんは寂しくないんだ。」
「わかりました、お父様。私、もっと強く生きます。」
そんな娘を見て、急に成長したな、と思いながらエルトリオは目を細めて笑んだ。
「じゃあお父様、船乗りさんたちにもお別れを言ってきます。」
ミーティアは元気よく言うと、外に出て行った。
「ミーティア!」
甲板に出たミーティアは突然話しかけられて驚いて後ろを振り返った。そこには赤いバンダナをした茶髪の少年が立っていた。
「どうしたの、エイト?」
エイトは白い箱を取り出してミーティアに手渡した。
「聞いたよ。今日、ビスタの港に着くんだって?ミーティアとお別れする時に渡そうと思ってたんだけど、受け取ってくれる?」
「わぁ、嬉しいわ。ありがとう、エイト。」
エイトはミーティアの手を握って言った。
「今日でお別れなんて嫌だよぅ!本当に、何もしてあげられなくてごめんね。もっと話したいこともあったし、一緒にしたいこともあったけど・・・。」
ミーティアは握られた手を握り返してエイトを見つめた。
「エイト・・・私たち、きっとまた会えるわ。そんな感じがするの。」
「それよりミーティア、その箱、開けてみて?」
エイトが頬を紅潮させながら言った。
「わかったわ。何かしら?」
ミーティアが包みを開けると、中には美しい絹で作られたドレスや、靴が入っていた。
「エ、エイト、これ・・・?」
「洋服店のお姉さんが以前この船に乗ってただろう?その時に船代としてくれたんだ。それを船長が、ミーティアにって。」
エイトは照れ臭そうに笑って言った。
「とっても綺麗な服ね。それに靴も。ありがとう。とっても嬉しいわ。」
ミーティアはエイトにお礼を言ってその場を立ち去ろうとして、エイトの方を振り返った。
「私たち、絶対また会えるわ。」
ミーティアはそう言ってその場を去った。ミーティアは船縁に行き、綺麗な貝殻を取り出した。これはミーティアの友達のイルカたちがくれたものだ。
(ルカたち、来てくれるかしら?)
ミーティアは貝殻に息を吹き込んだ。何とも言えない不思議な音楽が奏でられていく。はるか遠くの海でイルカたちがこの不思議な音楽を聞きつけた。
「ミーティアだ!ミーティアが呼んでる!」
イルカたちは貝殻の音が聞こえる方へと急いで泳いだ。
「この近くだよ!」
ようやく船の底が見えると、イルカたちは一斉に船縁を囲んだ。
「ここだ!」
ミーティアはイルカたちを見てパッと顔を輝かせた。
「あぁ、ルカたち、来てくれたのね!」
イルカたちは嬉しそうに鳴いた。
「今日は貴方たちに言わなきゃいけないことがあるの。実はね・・・。」
ミーティアはイルカたちの真っ黒な目を見て言った。
「私、今日でこのストレンジャー号を降りるの。」
イルカたちの間に衝撃が走った。イルカたちの群れがざわつく。
「ミーティア・・・。ついに着てしまったんだね。そろそろだとは思っていたけど、まさかこんなに早く来るとは思ってなかったよ。ちょっと待っててね。」
ルカはイルカたち海底に潜っていった。しばらくして浮かび上がってきたルカたちは美しい真珠の首飾りを付けた人魚と共に海面に浮かび上がって来た。
「ミーティア、初めまして。私は人魚の国の女王、アイリーン・ローランドです。貴女には随分とこの子たちが世話になっていると聞いています。お礼に、これを。」
アイリーンが差し出したのは美しい宝石が埋め込まれたくしだった。
「女王様、こんな高価な物、いただけません。」
ミーティアは慌ててアイリーンにくしを返そうとした。
「いいえ、受け取ってちょうだい。」
女王はその美しい顔をほころばせ、ミーティアを見る。
「ありがとうございます、女王様。」
ミーティアがアイリーンにお礼を言うとアイリーンは海底にある自分の城へと帰って行った。
「ルカ、私素晴らしい贈り物をありがとう。」
ミーティアはルカとイルカたちに向き直って言った。
「君と会えたのは少しだけだったけど、とても楽しかったよ。海底で聞く君の歌声は毎朝聞こえる。それが聞かれなくなると思うと寂しいよ。」
ルカがしょんぼりとうつむく。
「ルカ、皆、きっとまた会えるわ。私、船に乗ったら必ずこの貝殻を吹くわ。約束よ。」
ミーティアはルカたちにもらった綺麗な貝殻を取り出して言う。
「約束だよ、絶対だからね!」
「さぁ、もうお行き。」
ミーティアは遥か彼方にある住処すみかに帰って行くイルカたちを見送った。
ミーティアが次に向かったのはシスター・アンルシアとリーサの部屋だった。
「ミーティアお嬢様、私共も聞きました。今日、ビスタの港に着くんですってね。」
シスター・アンルシアは歌がたくさん載った本を、リーサはサファイヤの埋め込まれた美しい宝石箱をそれぞれミーティアに手渡した。
「これは貴方たちが大切にしてきた物じゃない!受け取れないわ。」
ミーティアは二人に返そうとした。
「お嬢様のためなら、命だって惜しくないんですよ。だから、もらってください。」
シスター・アンルシアが言う。
「私たちを思い出すためにも。」
召使リーサもシスター・アンルシアの言葉に繋げるように言った。二人に言われてミーティアは贈り物を受け取った。
「ありがとう。シスター・アンルシア、リーサ。」
「お嬢様は私たちにとても良くしてくださいましたから、きっと良いことがありますよ。」
ミーティアは二人にお礼を言うと部屋に戻っていった。
「はぁ。本当に今日で皆とお別れなんて・・・。」
扉をノックする音が聞こえて、ミーティアはハッと顔を上げた。
「ミーティア、いるか?」
ミーティアは大急ぎで扉を開けに走った。
エルトリオは娘が元気そうなのを確認して、嬉しそうに目を細めながら言った。
「ミーティア、今日は皆でお昼を食べよう。料理長が腕をふるって大御馳走を作ってくれるそうだ。十二時には食堂に来るんだぞ。」
「えぇ、お父様!」
エルトリオが行ってしまうとミーティアはベッドにごろんと横になった。
「本当に今日で、お別れなのね・・・。」
ミーティアは鏡の前に立った。いつもは嬉しそうに輝いている目も、今日は少し悲しそうだ。ミーティアは自分の頬をきゅっと引っ張って口角を上に上げる。
「笑顔よ、ミーティア!笑顔でいれば悪いことは起きないわ。」
ミーティアはそう自分に言い聞かせる。それでも涙が頬をつたって流れ落ちた。
「ダメ、ダメ。泣いちゃダメよ、ミーティア。今日が本当のお別れじゃないんですもの。」
ポロポロと零れ落ちる涙はどう頑張ったって止められない。ミーティアは枕に顔を埋める。
「あぁ、私ったら!いつまで赤ちゃんみたいにわぁわぁ泣いてるの?しっかりしなさい!」
ミーティアは自分自身に言う。
(そうだわ。まだ時間があるし、エイトにもらった服を着て行こうかしら?)
ミーティアは、さっきエイトがくれた白い箱を取り出した。胸元とスカートの部分は、白い絹の布地の下から紅色の布地が覗いている。青いマントにはキラキラ光る金色の真鍮しんちゅうのボタンが付いていて、肩の所で留められるようになっている。靴は夏用の皮のサンダルと年中使えるブーツだ。ミーティアは急いで着替えると、鏡の前に立った。今から食事に行くと言うのに、ひどい顔だ。
(なんてひどい顔!お父様が見たらなんていうかしら?)
ミーティアは首から下げたサファイヤのペンダントを見る。窓から差し込む光を浴びて、サファイヤがキラリと光った。
「お嬢様、いらっしゃいますか?」
扉の向こうからリーサの声がする。ミーティアは慌てて涙を拭う。
「えぇ、リーサ。何か御用?」
「失礼致します、お嬢様。」
リーサは部屋に入ってくると小さくお辞儀して言った。
「お嬢様、もうそろそろ食堂の方へお越しください。」
「ありがとう、リーサ。そうするわ。しばらくしたら行くと、伝えておいてくれる?」
リーサはドアノブを握りかけて振返る。
「かしこまりました、お嬢様。」
ミーティアはベッドに横になった。サファイヤのペンダントを太陽の光に透かして見る。美しい影が白いベッドシーツに映った。ふと、ミーティアは時計を見た。時計の針はもう十一時五十五分を指している。
「いけない!もうこんな時間!」
ミーティアは慌てて食堂へ向かう。
「ミーティア!」
食堂の前でエルトリオとエイトがミーティアを待っていた。
「お待たせしてすいません、お父様、エイト。」
「何、そんなに待ってないよ。さぁ、入ろう。」と、エルトリオが微笑んだ。
エイトがミーティアの後ろからついて来る。
「ねぇお父様、今日はエイトの隣に座ってもいい?」
ミーティアは目を輝かせてエルトリオを見た。
「あぁ、そうしなさい。」
ミーティアはエイトの後ろへついて行く。エイトは皆が見える位置の席へとミーティアを連れて行った。
「ここにしよう。特等席だ。」
「えぇ。」
へイスプディング、とうもろこしパン、ライアン・イン・ジャン、野鴨の丸焼き、牡蠣かきのスープ、料理長が腕を振って作ったたくさんの大御馳走がテーブルに運ばれてきた。
「うわぁ、どれもとても美味しそうだわ!」
「そうそう、ベークドビーンズは僕が作ったんだ!」と言って、エイトがエッヘンと胸を張る。
「まぁ、それじゃ、一番にいただくわ。」
「是非そうしてくれ。」
エイトがベークドビーンズをミーティアのお皿に継ぎ分けてくれた。一口食べて、ミーティアは言った。
「うーん、とっても美味しいわ、エイト!」
「良かった。またこの船に乗る時には、僕が君にご馳走を作って食べさせてあげるよ。」
「えぇ、きっとそうしてね。私、楽しみにしてるから。」
しばらくすると、デザートが運ばれてきた。山積みのパンケーキ、二つ折りになったアップルパイ、冷たいブルーベリーケーキが各自に配られる。ミーティアは、三枚重ねになったパンケーキに、蜂蜜をたっぷりかけて食べるのが大好きだ。パンケーキを食べ終わると、ミーティアは二つ折りのアップルパイを頬張った。パリパリのパイの皮とリンゴの愛称は抜群だ。
「このアップルパイ、凄く美味しいね。」
「本当。作り方、料理長に書き留めてもらおうかしら?」
二人は美味しいアップルパイをペロリとたいらげた。
次に、二人はブルーベリーケーキを手に取った。上の方はムース状になっていて、その下は固いクッキー生地でできていた。ブルーベリーは少し凍りぎみになっていたので、シャーベットのようで美味しい。
船旅最後の日の、最期の食事。ミーティアは胸がいっぱいになった。
「皆さん・・・少々お時間をいただけないでしょうか?」
立ち上がりかけた船乗りや料理長、召使やシスターたちが一斉にミーティアの方を向いた。ミーティアは自分の心臓が飛び上がるのがわかった。緊張しているのか、口の中がカラカラで声が出ない。
(あぁ、緊張してるんだわ。こんなことで緊張していてはダメよ。深呼吸・・・とりあえずリラックスして、それから話し始めるのよ・・・。)
ミーティアは自分に言い聞かせる。
「皆さんもご存知の通り、私たちは今日でこのストレンジャー号を降りることになってしまいました・・・。長い間、お世話になりました。どうか皆さん、私たちのことを忘れないでください。私たちも、絶対に忘れません。」
ミーティアは自分の手に一粒の雫が落ちて、やっと自分が泣いていることに気が付いた。きっとひどい顔になっているだろう。
「ミーティア・・・。」
エイトがつられて泣き出した。船乗りたちも、料理長も、召使も、シスターも神父も、そして、レクサドリアも。エルトリオは黙って娘を見て、微笑んでいた。
「皆さん、あと数分しか残っていませんが、楽しく過ごしましょう!」
「あぁ、ミーティアの言う通りだよ。ミーティア、何か歌ってくれないかい?」
船乗りのサンバが言った。他の者たちも賛成して頷いた。
「えぇ。・・・何かリクエストはありますか?」
「そうだなぁ・・・やっぱり俺たちは船乗りだから、モーラの都かな。」ビュダが言った。
ミーティアは竪琴を呼び出して弦の調子を整えると、美しい声で歌いだした。
「風が吹く夜に男たちは
はるかな国へ旅に出るよ
聖なる泉が溢れるという
地図にも載らない国へ
その名はモーラ 伝説の都
私から恋人を奪い去る
その名はモーラ 永遠の都
行かないで側にいてほしい

髪を編みながら女たちは
なぎさの砂に祈るでしょう
地平に見たのは蜃気楼しんきろうだと
貴方が気が付く時を

その名はモーラ 幻の都
辿たどり着いたものは誰もいない
その名はモーラ 哀しみの都
この腕に戻れ今すぐに」
「ブラボー!」
聞いていた船乗りたちは拍手喝采。シスターたちは、美しい歌声でしたわ、と言ってミーティアを褒めてくれた。
「じゃあ、シスターを代表して、ベツレムの星をお願いしますわ。」と、シスター・アンルシアが言った。
「果てしなき大空に きらめく星の軍勢が
定めの位置につきし時
尾を引き 流れる星に混じり
罪人のさまよう目を捕らえし一つ星
かの星こそ 我が光 我が道しるべ 我が全て

黒き予感を追い払い
嵐と危険のかせをぬけ 憩いの港へ導きぬ
今 危険を乗り越え 我は歌う
夜の王冠をいただきて
とこしえに とこしえに
星よ ベツレムの星よ」
今度は、シスターたちも、ミーティアと歌った。
「そろそろ片付けもしなくちゃいけないので、最期に一曲、私から皆さんへ・・・。」
ミーティアはすうっと深呼吸をした。この曲は竪琴でする伴奏が難しい。けれど、今日は絶対に失敗したくなかった。もしかしたら、会うのがこれで最後になるかもしれないからだ。
ミーティアは竪琴の弦に指を置く。美しい竪琴の音が流れ出す。
「黄金の日々は過ぎ行く 
幸せな この輝かしい日々よ 
時の翼に乗って過ぎ行く 
この 輝かしい日々よ
過行く時を呼び戻さん 
あの甘やかな思い出は
過行く日と共に さらに美し 
この輝かしい日々よ」
聞いている人たちは、今までのことを思い出しながら、そっと涙を拭った。
「ミーティア・・・。」と、不意にエルトリオに声をかけられた。
声をかけられて初めて、ミーティアは歌いながら自分が泣いていることに気が付いた。ミーティアは慌てて手を目の辺りに当てる。それと同時に、ミーティアの唇に涙が零れ落ちた。
「あら、嫌だ、私ったら。なんで泣いてるんだろう・・・。」
ミーティアはごまかすように言う。けれども、涙はとめどめもなく流れては、ミーティアの頬をらした。
「ミーティア、いつも言っているだろう?泣くことは恥ずかしいことじゃない。堂々としていればいいんだ。」
「はい、お父様。」と、言いながら、ミーティアは涙を拭った。
「それじゃ、皆、仕事に戻ってくれ。」
皆がそれぞれの持ち場にと散って行き、ミーティアも部屋へ戻り、荷作りに取りかかった。ミーティアはハッとして、エイトがくれた服から普段着に着替えた。これからの旅で魔物モンスターと戦った時に敗れたた困るのだ。エイトがくれた服は丁寧に畳んで箱に戻した。本などの持ち物も全部鞄に詰め込むと、ミーティアは甲板に出た。遠くに小さな船着き場が見える。
(きっとあそこがビスタの港だわ。)
港はどんどんと近づいてくる。ミーティアは近くにあった樽に腰かけて景色を眺めた。ミーティアは港が近づいてくるたびに、もう少しこのまま船にいられたらいいのに、と思うのだった。
しばらくすると、海鳥が飛んできて、ミーティアの周りに集まって来た。
「貴女の噂はルカに聞いたわ。今日で船を降りるんですって?」
「えぇ、残念ながらね。」
「僕たちは海鳥だから、いつでも君の所へ飛んで行ってあげるよ。これを受け取って。」
海鳥が美しい楽器を取り出してミーティアに渡した。
「これは?」
「これは海鳥の泣き声に似せて作られた楽器だ。フルートみたいな感じかな。」と海鳥が言った。
「ありがとう。大切にするわ。」
ミーティアは飛び立っていく海鳥たちに手を振った。
「港に着くぞー!イカリを下ろせー!」
ミーティアはハッとして樽から飛び降りた。
「ミーティア、こっちだ。」と、エルトリオが声をかけてくれた。
船を降りようとすると、港には親子がいて、船が着くのを待っていた。船が港に着くと、恰幅の良い派手な服を着た男性がエルトリオの方へやって来て声をかけた。
「これは旅の方、お先に失礼しますぞ。」
その男性はそう言うと、レクサドリアの方に向き直った。
「船長、ご苦労だったな。」
「お帰りなさいませ、ルドマン様!そのご様子では今回の旅は素晴らしいものだったようですな。」
「もちろんだよ、船長。さぁ、わしの娘を紹介しよう。フローラや、こっちへ上がっておいで。」
フローラと呼ばれた少女は船に上がろうとしたが、段差が高くて登れないようだ。
「おや?フローラにはその入り口は高すぎたかな?」
エルトリオが前に進み出た。
「どれ、私が手を貸しましょう。」
エルトリオはそう言ってフローラを抱き上げ、船に乗せてやった。
「あ、ありがとう。」
フローラは小さな声で言った。
「これは旅の方、ありがとうございました。」
ルドマンは愛想よく笑うと、船乗りの方へ向き直って言った。
「よしよし、フローラや。長旅で疲れたであろう。悪いがフローラを奥の部屋に連れて行ってやってくれ。」
「はい、かしこまりました。」
「いや、お騒がせしました。さぁ港へどうぞ。」と、ルドマンは道を開けてくれた。
「お父様、もうちょっとここにいたいの。フローラさんともちょっとお話したいのだけど・・・。」
「えぇ、いいですよ。ええっと・・・。」と、ミーティアの方を向いてルドマンが言った。
「ミーティアです。ご機嫌麗しゅう、ルドマンさん。」
ミーティアはにっこりと笑ってお辞儀した。
「いやはや、賢い子ですなぁ。」
「あぁ、そうしてもらいなさい。」
ミーティアはさっきの船乗りにフローラのいる部屋に連れて行ってもらった。
コンコン、と扉をノックすると、可愛らしい声が聞こえた。
「はぁい?」
ミーティアはそっとドアを開けて中に入った。
「貴女だぁれ?」と、フローラが首を傾げて尋ねた。
紺色の美しい髪は肩の所できっちりと切り揃えてある。頭の上でピンクのリボンを付けている。髪と同じ夜空のような紺色の目をしている。耳には金のイヤリングが付いていて、揺れるたびに鈴のようにシャラシャラと音を立てた。
「私はミーティア。お父様と船旅をしていて、ちょうど故郷へ帰るところなんです。」
するとフローラは興味津々といった様子でミーティアに言った。
「え?お父さんと一緒に旅してるの?私もお父様と来たのよ。海ってなんだか怖くて広いのね。」
「フローラさんでしたね、海はいいですよ。色とりどりの魚たちがいて、晴れている時はとっても綺麗なんです。是非、船縁からのぞいてみてください。」
「そうなの。そうしてみるわ。」と言って、フローラはにっこりと微笑んだ。
コンコン、と扉がノックされて、エルトリオが入って来た。
「ミーティア、そろそろ行くぞ。」
「はい、お父様。ではフローラさん、機会があればまたお会いしましょうね。」
「えぇ、お気を付けて。」と言うと、フローラはひらりと手を振った。
(フローラさん・・・可愛らしいお方だったわ・・・。)
甲板に出ると、エルトリオはミーティアに尋ねた。
「ミーティア、忘れ物はないな?タンスの中も調べたな?」
「えぇ、お父様。」
「では、長い船旅ではあったが、この船ともお別れだ。降りるとするか?」
「寂しいけど、皆さんも船を出されるのを待っているみたいだし、船もそれを待ち遠しくて仕方がなさそうなんだもの。」と言って、ミーティアは船を見上げた。
美しく青い空が広がっている。いつかまたこの船に戻って来る時が来ますように、と祈ってから、ミーティアは頷いた。
「行きましょう、お父様。」
エルトリオは船長の方へ向き直って言った。
「じゃあ、船長、随分世話になった。身体には気を付けてな。」
あぁ、と言ってレクサドリアはエルトリオとミーティアを見た。
「じゃあ、行くとしよう。」
ミーティアはエルトリオと共にストレンジャー号を降りた。すると、男性が話しかけてきた。
「あ!あんたはルトリオさんっ?」
港にいた男性がエルトリオを見て言った。
「やっぱりエルトリオさんじゃないかっ!無事に帰って来たんだね!」
「わっはっはっは。せても枯れてもこのエルトリオ、おいそれとは死ぬものか!」
エルトリオはミーティアの方に向き直って言った。
「ミーティア、父さんはこの人と話があるから、その辺で遊んでなさい。」
「はい、お父様。」
ミーティアは、まただわ、と思いながらも仕方なく頷いた。
「とりあえずお前にこの地図を渡しておこう。父さんの昔の友達が特別に作ってくれた大切な地図だ。なくさないように大事に持っておくんだぞ。それと、あまり遠くへ行かないようにな。」
ミーティアはエルトリオから不思議な地図を受け取ると、折れないように鞄に入れた。ミーティアは港にある小さな小屋に入った。中にはさっきの男性の妻らしき女性がいた。
「二年前ほどだったかね。エルトリオという人がこの港から旅に出たんだよ。大切なものを探す旅立ってったけど、小さな子供を連れたままでどうなったやら。」
「その時の子は私です。私の父はエルトリオと言う名前ですから。たった今帰ってきました。」
「え?お嬢さんがあの時の子で、エルトリオさんは今の船で帰って来ただって?噂をすればなんとやら、だねぇ・・・。」と、女性は腰に手を当てて言った。
(久しぶりに腕試しでもしようかしら?)
ミーティアは港を出て、ヒュッと口笛を吹いた。すると、背の低い木の陰からスライムが三匹現れた。ミーティアはすぐに腰に刺した剣を引き抜いた。
うなれ、剣よ!双竜打ち!」
ミーティアの剣はむちのようにしなやかな動きでスライムたちをぎ払った。
「ミーティア、大丈夫か?」
エルトリオがミーティアに追いついて行った。
「えぇ、お父様。久しぶりに魔物モンスターと戦いましたけどあまり体はなまっていなかったわ。」
「それならいいのだが・・・。」
エルトリオは心配そうに娘を見る。そんなエルトリオを見て、ミーティアは元気よく言った。
「行きましょう、お父様!きっと皆が帰りを待ち侘びているわ。」
「あぁ、そうだな。一刻も早く村へ着けるようにしよう。」
ミーティアたちは埃っぽい道を歩いてサンタローズの村へ向かった。
「ねぇお父様。」
ミーティアは急に思い出して歩きながらエルトリオに話しかけた。
「何だい、ミーティア?」
「サンタローズの村ってどんな所だったか教えてくれない?いろいろな町や村を回っているうちに記憶が曖昧になってきちゃったの。」
「そうか、ミーティアはまだ小さかったから、覚えてないのも仕方ないだろう。」
エルトリオは懐かしそうに村のある方角を見ながら故郷のことを話し始めた。
「サンタローズの村は、自然豊かで、小川も流れてて、周囲は崖に囲まれてる。昔はよく珍しい石を求めて多くの人が訪れたんだ。」
エルトリオはそこで言葉を切った。
「今はもうほとんどないんだがな。」
エルトリオは少し寂しそうに村のある方角を見つめた。
(きっと、村の外から来た人たちが取り尽くしちゃったんだわ・・・。)とミーティアは思った。
ミーティアがエルトリオの方を見上げると、エルトリオはいつも通り微笑んで言った。
「久しぶりの我が家でゆっくりできると思うと嬉しいよ。村の人たちにも会えるしな。」
ミーティアは少しほっとして、村のある方角を見つめた。青い空に、白い雲が映えて綺麗だ。
木は影を作り、鹿や小鳥たちの話を聞こうと静かにしている。ざわざわと騒ぐ木もあれば、老人のように曲がった木もある。キツネやうさぎは嬉しそうに草原を飛びまわり、花々は静かに咲き乱れている。
久しぶりに見る木や動物たちを、ミーティアは幸せそうに見守るのだった。
(そうよ・・・。この向こうに、私の故郷があるんだわ。私の││たった一つの故郷が││)
エルトリオとミーティアは四年ぶりに、故郷サンタローズへと辿たどり着いたのだった。