二次創作小説(新・総合)
- 第一章:ある獣の残骸 ( No.3 )
- 日時: 2020/12/20 21:50
- 名前: さぼてん (ID: ysp9jEBJ)
運命に抗え。
たとえこの身が朽ちようとも。
第一話「忘却」
──────────光あれ。
真っ暗闇をぼやけた景色だけが進んでいく。
その言葉は、何度も繰り返し脳に浮かんでは消え、やがて意識が鮮明になる。
目を開けるとそこには窓があった。
遠くの方で十羽ばかりなるポッポの群れが、忙しなく羽ばたいているのが見える。
半端に空いた窓から涼しい風が入り込む。
そこで、初めて見慣れない場所に居ることに気付いた。
「あれ。…………ここはどこだ」
辺りを見回す。
白を基調とした室内。一つのベッド。口元に呼吸器。腕には点滴。
ここが病室であることは一目で分かった。
しかし、ここにいる理由が分からない。
「何でこんな寝たきりみたいになってるんだろう」
考えるとズキズキと頭が痛む。
そうとう寝ていたようだ。そういや手足の感覚もまだはっきりしない。
そんなことを思っていると突然、病室のドアが開いた。
そこに立っていたのは年老いた白衣の男と中年の綺麗な女性で、二人は口を開け静止した後に、瞬く間にこちらに駆け寄ってきた。
「目を覚ましたのね、イツキ!」
女性は涙目でそう叫んだ。
「はい……。あの、あなたは?」
そう尋ねると、女性はくしゃくしゃな顔になって泣き始めた。
状況を飲み込んだ隣の白衣の男が口を開ける。
「この人は君のお母さんだよ。そして私は君の担当医だ。うん…………、どうやら記憶に問題があるみたいだね」
驚いた。
母さん…………? そして俺の記憶。
どうしてこんなことに。
固まっているのを見かねて、先生が続ける。
「イツキくん、混乱していると思うが落ち着いて聞いてほしい。君はおよそ二ヶ月前、森の中で意識不明の状態で倒れていたんだ。それ以来ずっと寝たきりで、つい先ほどようやく目を覚ましたというわけなんだよ」
状況を説明されても、何が何だか分からない。
自分の名前がイツキということ以外、分からない。ただ一つ分かるのは、俺が“記憶喪失”ということだけだった。
「とにかく……、目を覚ましてくれて…………よかった。私はそれだけで、もう……」
母は途切れ途切れに喋って、手で涙を拭ったあと、俺の方を見てにっこり笑った。
「ほら、あなたのバッグ見て。覚えてる? あなたのポケモン」
枕元にあったバッグの中に目をやると、そこにはモンスタボールが四つあった。
そのほかには学生証とトレーナーカードが見える。
でも、記憶にない。
「母さん、俺……覚えてないんだ。手持ちポケモンも何もかも。起きたらここにいて、周りは知らないものだらけなんだ。…………俺はどんな人間でどんな風に生きていたんだろう」
何だか柄にもないことを言ったような気がして少し恥ずかしくなった。
しかし母は変わらず喋る。
「あなたは賢くてとても丈夫な子よ。うちに帰ったら色々話してあげる。ね、先生。近いうちに退院できるんですよね?」
「えぇ。リハビリは定期的に続ける必要がありますが、私もこれまでの日常を過ごすことを推奨します。ポケモンとの生活で何か記憶が戻ることもあるでしょう。……明日には退院できるようにしましょう」
それから先生は色々と説明をし、次の日には退院できるようになった。
日常が戻ったと嬉しそうにする母の横顔は、俺の記憶に深く刻み込まれた。
#1
