二次創作小説(新・総合)

 第一話「忘却」 ( No.9 )
日時: 2020/09/12 16:27
名前: さぼてん (ID: KsKZINaZ)

 
 *
 
 秒針を見つめる。
真上に行ったところで目覚まし時計がぴりりと鳴る。
時計を止めて、伸びをしながら上半身を起こした。

「……早めに寝床に入ったんだけどな」

 そわそわして眠れなかった。
まぁ、二ヶ月も寝てたことだし、こうしてすぐに体を動かせることが奇跡とか言われたな。
 横で寝ているイーブイを起こして自室を抜けると、母はもう朝ご飯の支度を済ましており、

「もう出来てるわ、冷めないうちに食べなさい。あ、顔をちゃんと洗ってからね」

 冷たい水を顔に浴びせた後、一緒にご飯を食べる。

「持ち物はもうスクールに置いてあるだろうから、特別持っていくものは……、無いわね」

「小遣いは?」

 そう聞くと、

「あなた、もうお金は稼いでいるでしょ。あ……、うん。それについてはそのうち分かるわ」 

 と言って苦笑いした。
今の含みは良い意味なのか悪い意味なのか、どっちなんだ。

「まぁいいや。で、何時に出発するの?」

「何時って、大目に見て数時間は掛かるだろうから…………。余裕をもって、そろそろ出発したほうがいいかもね」

「え? それじゃまるで、母さんは行かないみたいな言い方じゃないか。送ってくれるんじゃないの? 場所なんか覚えてないけど……」

 俺が慌てて言うと母はクスっと笑った。

「ゴーゴートが覚えてるわよ。入学当日だって一緒に行ったからね」

 そうだったのか。
ライドポケモン、ゴーゴート。
立派な角と首周りにある草の毛皮が特徴で、人を乗せて走るのが得意だ。
二ヶ月前の入学当初の俺は、どうやらゴーゴートに乗って登校していたみたいだ。
 でもまだ疑問があり、

「毎日数時間掛けて行くのは、流石にゴーゴートも疲れるんじゃない?」

「あら、言ってなかったっけ。イツキはスクール内の寮で生活しているのよ」

 なんて言われたから納得するしかなかった。
聞いてないよ。……そういうことは先に言っといてくれないと。

 何だかんだで食事も終わり、自室に戻って出発の支度をする。
クローゼットを開け、制服を取り出す。
上は白いワイシャツ、下は焦げ茶のアーガイル柄のスラックスだ。これまたアーガイル柄の赤いネクタイを締め、髪を整える。
最後に、鞄の中のモンスターボールを確認して、玄関を出た。
 テレビの前にいた母は見送りにやってきて、今日は晴れだから絶好の登校日和ね、と言って手を振った。

「あまり無理しちゃダメよ、体調管理はしっかりとね。スクールでの出来事、定期的に母さんに連絡してね」

 怒涛の出発文句に、内心はいはいと思いつつも、

「うん、分かったよ。じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 外で待っていたゴーゴートに跨って、俺も手を振った。

「頼んだぞ。ゴーゴート」

 そう言うとゴーゴートは、俺の目を見てコクリと頷き、走り出した。



 *



 回りに目をやる。
車や自転車で移動している人もいるが、俺みたいにポケモンで移動している人もいる。
遠くの方では、空を飛ぶポケモンに乗る人も見えて気持ちよさそうだなと思った。
 
 ある程度時間が経つと、昨日見た街並みが見えてきた。
ここがトヤノカミシティだろう。このおよそ中心地にスクールは建っている。

「ゴーゴート、大丈夫か。もうすぐだからな」

 ゴーゴートの体調の心配を適度にしながら、家を出て数時間が経とうとした時、ようやくスクールが見えてきた。
やっと着いたんだ。長い道のりだったが、ここから俺の日常が戻るんだろう。
 
 校門には見たことがない二体のポケモン像があって、ここの外部侵入を護っているように見える。
その校門から、俺と同じ制服を着た人たちがぞろぞろと中に入っていく。
倣って俺も足を踏み入れる。
校庭は長く、建物は大きく、そうとう広いみたいだ。
 
 でも、あれ…………。ここからどこに行けばいいんだ。ゴーゴートも困っている。
流石に教室までは分からないか。

「うーん、困ったな。肝心なことを聞くの、忘れてた」

 途方に暮れていると後ろから声がした。

「おーい、イツキさん!」

「ん?」

 振り返るとそこには黒縁のメガネをかけた──背は俺より少し低めだろうか──黒い長髪の青年がいて、ピカチュウサイズの電子端末を持ちながら、

「噂には聞いてました。いやぁよかったです、目覚めたみたいで」

 と言った調子で青い瞳を輝かせながら、どしどしとこちらに駆け寄って来た。
だが、当然俺はこの子を知らない。

「えっと、ほんと悪いんだけど、君は誰だっけ? 俺、記憶喪失でさ……」

 青年は頷きながら言った。

「あ~、なるほど。その件についても本当なんですね。じゃあ改めて、自己紹介です。ボクはエイジ、トヤノカミ中央トレーナーズスクールの一年生で、イツキさんと同じ寮のルームメイトです」

 ルームメイト……。よくぞ来てくれた。
どこに行けばいいか分からず内心凹んでいたところに、救世主が現れた。
嬉し泣きしそうなところをぐっと堪えて、

「エイジ、また一からになるけどよろしく」

 照れ隠しのために、ちょっと格好つけて右手を差し出す。
 
「はい、もちろんですよ!」

 エイジも握り返してくれた。良い子だ、エイジ。俺はどうやら良い友達を持っていたみたいだ。

「授業はもうすぐですね。ひとまず、教室に行きますか。案内しますよ」

「ありがとう」

 その後聞いたことだが、エイジはどうやら同学年らしい。そりゃそうか、俺も一年生だし。
敬語を使っているから下級生かと思ってしまった。
呼び捨てにしてしまったけど、反応を見る限り、間違いではなかったみたいだ。
 エイジと少し会話をしながら教室のほうに歩いて行った。

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