二次創作小説(新・総合)

 第一話「忘却」 ( No.10 )
日時: 2021/01/03 20:40
名前: さぼてん (ID: ysp9jEBJ)

 
 *
 
 やはりここ、トヤノカミ中央トレーナーズスクールはとんでもなく広い。
教室に辿り着くまで随分と時間が掛かかったみたいだ。しかし、ただ疲れただけではない。
歴史を感じさせる建造物に、たくさんの緑、そして見たことないポケモンを連れている生徒や先生たち。
それらとすれ違う度に、俺の気持ちは昂るようだった。
 俺はここで学んでいたんだな。そしてこれからも学ぶんだ。

「イツキさん、このスクールのことも覚えてないんですよね?」

「あぁ、何も覚えてないんだ。分かるのは自分の名前とポケモンくらいかな」

 エイジが続けて口を開く。

「このトヤノカミ中央トレーナーズスクールはポケモン界屈指のエリート校の内の一つです。三年制で、将来トレーナー関係の職業に就く人にはもちろんのこと、そうでない人でも様々な授業を通して学問や技術、修養を積むことが出来ます。何でも、チャンピオンを歴代で一番多く輩出したスクールとして有名なんですよ。ほら、現チャンピオンのシ──」

 エイジは一度口を開けると止まらない。情報としては有難いことなんだけどな。
 俺が言葉を遮る。

「なぁ、俺達ってどこの教室だ?」

「あ、一年生は六クラスあってですね。ほら、胸ポケットのところ」

 そう言って俺の胸ポケットを指差す。
そこには二つ、銀色のバッジが付いていた。エイジの方にも同じ数だけ付いている。

「これがクラスを表す目印のようなものです。クラスはAからFまで。ボクらは二つ付いているのでクラスBってわけです。ほら、見えてきました」

 廊下の突き当たりには中庭に面した一つの教室があった。あそこか。
少し緊張してきた。俺は恐る恐る足を進めながら教室に近付く。
エイジに誘導され教室に入ると、みな一目散に俺の顔を見た。

「イツキ、久しぶりだな」

「イツキ君、元気そうで良かった」

 皆口々に話しかけてくれた。
エイジだけじゃなかった。みんな凄い優しいな。
流石に涙が出そうになった。それでも尚、残念なことに俺はクラスメイトを誰一人覚えていない。
 横でエイジが口を開いた。

「皆さん、聞いてください。……噂通りイツキさんは色んな記憶を失っているみたいです。イツキさんにとっては初めてのことだらけです。なので、これからボク達で協力してあげましょう」

 みな頷き合い、俺の方を見て笑ってくれた。
 俺も笑顔で返す。

「エイジが言ってくれたように、俺は記憶喪失なんだ。でも俺は二ヶ月前までここで学んでいたと聞いて、ここに来れば何か思い出すかもしれないと思った。皆とはもう一度最初からやり直しだけど、こんな俺でよかったら協力してほしい……」

 どうにも俺はぶっきらぼうらしい。
 でも、みんなはちゃんと応えてくれた。
皆笑顔で笑いあった。嬉しかった。体が軽い。不安な気持ちもどこかに消えたみたいだ。
 すると、クラスメイトの中から一人、男が前に出てきた。背が高く、茶髪の無造作ヘアーで、凛々しい目つきが特徴だ。

「俺はソウ。ここ、クラスBのクラスリーダーをしている。イツキ、キミにまた会えて嬉しいよ。ここは良いクラスだろ。分からないことがあったらいつでも相談してほしい」

「ありがとう、ソウ。そしてみんな。ほんとに良いクラスだよ」

 俺達は握手をして、抱き合った。ソウの肩が濡れる。
とうとう涙がこぼれてしまった。嬉し泣きだ。皆はそれを見てまた笑った。



 *



 数分後鐘が鳴る。みなそれぞれ席に着く。授業の合図だ。
するとすぐに、髭をたくわえ眼鏡をかけた茶髪の先生が入ってきた。
白いシャツの上にグレーのチョッキを羽織り、グレーのズボンを履いている。
ここに来るまでに、グレーの服装でまとめた人たちと何人もすれ違ってきた。
おそらく、職員の制服なのだろう。ということは、あの人がクラスBの監督の先生だろうか。
猫背だが、明るく覇気のある整った顔立ちだ。

「みんな、おはよう。俺だ、アゲラだ。もう知っての通り、イツキが戻ってきてくれた。クラスBにとって大事なピースのうちの一人だ。記憶は失っているそうだが、みんなで支えあっていこう。……手短だがこれくらいにして、と。じゃあ、イツキのためにまたみんなで自己紹介のコーナーだ。新学期みたいで懐かしいだろ?」

 すこしハニかんで、先頭の生徒から挨拶するように促した。なかなかフランクな感じで話しやすそうだ。
皆は入学以来二回目の自己紹介で照れくさそうにしている。まぁ俺も二回目なのだが。
申し訳ないと思いつつ、みんな自己紹介を済ませた。

「何か俺、転校生みたいな気分だ」

「ボクらにとっては当たり前の日常が帰って来た、って感じですよ」

 隣の席のエイジと少し喋っていると、瞬く間に授業が始まった。

「じゃ、自己紹介も終わったところだし、授業再開していくぞ。ポケモン生態学だ。七十ページを開いて。ダンゴロを例にして地中に住むポケモンの生態に行動原理、及び食物連鎖について解説していくぜ。イツキ以外、みんなちゃんと予習したか。昨日の続き、当てていくぞ」

 難しい。授業はほとんど分からなかった。
でもエイジはなかなか賢く、どんな問題もビシバシ答えていく。
当分の間、エイジに頼るしかなさそうだ。

 #4