二次創作小説(新・総合)

 第一章:ある獣の残骸 ( No.19 )
日時: 2020/09/05 23:36
名前: さぼてん (ID: KsKZINaZ)

 
 第二話「強者つわもの



 その日の夕暮れは静かだった。

 草木を揺らす風の音と、遠くの方で時々聞こえるヤミカラスの鳴き声。
それ以外は何も聞こえず、まるで俺はこの世界で一人ぼっちになったような感覚だった。
でもそれでよかった。何も聞きたくなかった。
独りになりたかった。

 校舎端にひっそりとある、一つの小さな庭園のベンチに仰向けに寝転がり、赤く染まる空を見上げる。
久しぶりの学校生活は、俺を色んな感情に振り回した。
まだ今日という日は終わってないんだな。短いようでとても長く、濃い。
 
 微かに月が昇っているのが見える。 
俺はそれに向かって、意味もなく右手を伸ばしてみる。
流れる雲に隠れたり現れたりする月は、すぐそこに見えるのに届きやしない。
手を開いたり閉じたりして宙を掴んでみる。
届きそうで届かない。掴めそうで掴めない。

 あれ……。掴めた。
俺の右手は何か冷たいものを掴んでいた。

「イツキさん、いつまで黄昏てるんですか。ほら、お祝いのサイコソーダです。よく冷えてて美味しそうですよ」

 困り顔をしながら、そう言ってエイジは横に座ってきた。
俺は上半身を起こして、前にうなだれるように座る。
並んだ二人のシルエットが伸びていく。
少しの沈黙の後、俺は目を細くしてエイジの方を見る。

「お祝い? …………なんだよ、エイジ。お前からかってんのか」

 脳裏にあの映像がフラッシュバックする。



 ……



 勝負は一瞬だった。
鈍い音を立てて地面に倒れたリングマ。
それを見ても、初めは何が起こったのか分からなかった。思考も体の筋肉も全てが停止した。
トレーナー交代の合図を聞き、リングマをボールに戻した瞬間、やっと脳は状況を理解した。
“負け”たんだ。

 正直なところ、最初から分かっていた。でも、そんなの受け入れたくなかった。
俺は何よりもこの結果が恥ずかしかった。最初に来た感情はこれだった。
悔しさや悲しさや、色んな感情よりも先に。

 現実は残酷だな。
知らなかった自分の才能を人に褒められると、実力が追いついているか否かに関わらず夢を見てしまうものだ。
しかしながら、自分の許容範囲を超えた行動をとると、ふるいにかけられ簡単に現実を見せてくる。
薄っすらとしか先が見えないぼやけた自信は、いつだって人を幻想で惑わせ、気付いたときには奈落の底だ。
いたたまれない。認めたくない。

 俺の脳は敗北を受け入れたくなかった。
優勝をとる、なんて威勢よく言ったせいで、後には引けなかったんだ。
俺の中の感情はかき混ぜられ、複雑に絡まっていた。



 ……



「からかったんじゃないですよ」

 エイジは俺の方を見てニッ、と笑いかけながら言った。そして腰を上げ、俺の前に立つ。

「これは“前祝い”ですから。未来の英傑へのささやかなご褒美なんです。ほら、喉乾いてるでしょ。とりあえず乾杯しましょう」

 サイコソーダ同士をぶつけ、エイジは俺に飲むよう促した。
冷たい塊が喉をスッと通り抜ける。炭酸がシュワッ、と弾けて旨い。

「……正直ボク、バトルの技量まで忘れてるとは思いませんでした。だからイツキさんを持ち上げてしまったんです。そんなボクの方こそ悪いなと思ってます」

 ハハッ、とエイジは頭の後ろを掻いた。俺は遠くの方を見ながら話す。

「でもさ、これが前祝いになる根拠はどこにあるんだ。そんな不確かなものを信じても、きっと後悔する。……現に見ろよ。この俺を」

「いや後悔しませんよ」

 エイジはすぐに返した。続けて、

「……逆に、友を信じない方がボクの中では後悔するから」

 俺にぶつけるように優しく、強く言った。
エイジが夕日の方に顔を向ける。横顔が赤く染まる。そして、声のトーンを落として話した。

「イツキさんが入学当初、ボクに教えてくれたんです。選択に迷ったら難しい方を選べ、後悔しない方を選べって。だからボクはその教えの通りにしているだけです。ボクの選択はイツキさんを信じ、力になること」

 一呼吸おいて、俺の方を向く。

「ポケモンバトルの技術は忘れているだけです。失ってなどいない。決闘試合までまだ時間はあります。だから練習して、努力して、感覚を取り戻せば、遅かれ早かれ必ずあのイツキさんが戻ってくるはずです。そして決闘試合で勝つんです。結果がどうであれ、ボクはこれを言わないと後悔する。ボクの親友の助言を無視したことになる。ボクに出来るのはこのくらいのことだけだから……」

「エイジ…………」

 エイジは照れくさそうに下を向いた。ぽっかり空いていた心の何処かは、塞ぎつつあった。
エイジ、お前はほんとに良いやつだな。すごいよ。
夕日を見つめる。もうすぐ沈みそうだ。夜がやってくる。



 *



 少しの間二人で日の入りを見ていると、点いていた街灯が突然バチバチと点滅しだした。
壊れかけなのだろうか。ここはあまり職員も来ない場所なのだろう。
すると、後ろから芝生を踏む音が聞こえた。段々と近くなってくる。

「こんなところにいたのかい、イツキ君。随分と探したよ」

 振り返るとタイガとリンがいた。二人は、クラスBの代表トレーナーだ。
タイガは金髪で、サラサラした髪をオールバックにしている。掴みどころがなく、楽観的な男だ。
反対にリンはクールでサバサバした性格で、長い黒髪を胸のあたりまで伸ばした女性だ。

「久々でいろいろあって疲れただろう。実践でのことは仕方ないさ。割り切って明日からまた頑張ろうよ、ね」

 タイガが歯を見せながら俺の肩を軽く叩いた。

「あ、そうそう。リンちゃんが話があるって言うから探してたんだよ。こんな敷地の端っこにいるなんて、これじゃあ見つからないわけだ」

 やれやれとタイガは両掌を上に向けた。
少し後ろにいたリンが前に出てくる。彼女は目を合わせずに、少し下を見ながら口を開ける。

「よく戦ったと思う。久しぶりのバトルじゃ仕方ない。…………いや、」

 リンの目つきが鋭くなる。 

「そんなことお世辞でも言えない。あの勝負は何? あたしたちクラスの代表でしょ。貴方はただ突っ立ってただけ」

「ど、どうしたの、リンちゃん」

 何か違和感に気付いたタイガがリンの腕を掴む。
しかし彼女はその手を振り払い、虚空を見ながら淡々と続ける。

「当初の貴方はほんとに強かった。クラスの一番に負けまいとあたしはずっと努力してきた。……イツキ君、貴方に追いつきたかった。でも帰ってきたと思ったら何? あんな醜態。記憶喪失とはいえがっかりした。戦えないなら戦わなくていい。戦えないなら引っ込んでいてほしい。つまり────」

 リンが俺と目を合わせる。

「降りてほしいの、代表の座を」

 #1