二次創作小説(新・総合)

 第二話「強者」 ( No.24 )
日時: 2020/09/05 19:40
名前: さぼてん (ID: KsKZINaZ)

 
「リ、リンさん……。今、何と言ったんですか…………?」

「だから、代表の座を降りてほしい。そう言ったの」

 エイジの問い掛けに、リンは表情を変えることなく答えた。
決意を新たに立ち上がろうとした矢先の出来事である。
続けざまにタイガが焦りながら口を開ける。

「ちょっと、リンちゃん?! 何言ってるの、そんなこと言わずにさ。皆で練習していけばイツキ君だっていつしか元の調子に戻るよ。きっと大丈夫だから」

 必死に説得を試みるも、リンは微動だにしない。

「その理由は? どのくらいの時間練習すれば元に戻るの? 一週間、一ヶ月? …………そんな時間ない。決闘試合は待ってくれないの」

 そう言うとリンはタイガの方を向いて少し呆れたように、また、悲しそうに呟いた。

「それに、そんな甘いこと言ってらんない。タイガ君、貴方も本当は思ってるんでしょ? このままじゃクラスBは負けてしまうかもって。…………さっきのは優しさから出た言葉? イツキ君のためを思った言葉? ならそれは建前の優しさだよ。本当にイツキ君のことを思うなら、真実を言ってあげないと」

 タイガは歯を食いしばって眉をしかめた。リンに言い返すことは何もないらしい。
俺を横目で見たあと、申し訳なさそうに下を向いた。
エイジが俺の前に出てくる。

「代表を入れ替えてまで、勝ちに拘らなくてもいいんじゃないですか? …………確かに負けるのが悔しいのは分かります。だからこそ残り少ない期間であっても、このメンバーで練習して勝てた方が優勝の喜びが大きいと思います」

「それも愚論ね。…………あたしは確実に勝たなくちゃいけないの」

 リンが後ろを向く。街灯で照らされた背中からは、どこか寂しい印象を受けた。

「………………あたしはポケモンリーグで働きたい。これは小さい頃からの夢。反対していた親に啖呵を切って故郷を飛び出した以上、手ぶらでは帰れない。優勝はそのための一歩なの。英傑になりたいのよ。分かるでしょ、貴方たちがあたしの立場だったら」

 地面に話しかけるかのように出たその言葉は、俺の心の奥にズシリとのしかかった。

「あたしのために、クラスのために。抜けてよ」





 風が止む。
 灯りが点滅する。
 俺の中の言葉は、これしか出てこなかった。





「分かった、リン。……………………俺は代表を降りる」

「そ、そんな……! イツキさん…………」

「良かった、その言葉が聞けて。……それじゃあこれで決まり」

 彼女の言葉は余りにも重く、一言一言が俺の胸を貫いた。
当然ながら、ぐうの音も出ない。反論できる余地などない。リンの言うことはすべて正しいからだ。
こんな状態の俺が代表にいても、クラスの足を引っ張ることは火を見るより明らかだ。
俺が外れて、他の強い奴が入った方が良いに決まっている。





 ────────でも。





「一つ条件がある」

 脳に浮かぶある言葉によって、ただでは引き下がれなかった。
“難しい方を選べ、後悔しない方を選べ”。
記憶を失くす前の俺が発したであろう言葉。エイジが俺に賭けてくれたのだから、俺はその期待を背負い全力を尽くすまでだ。

「明日のこの場所、この時間に一対一で勝負をしよう。そこで負ければ素直に代表の座を降りる。でも俺が勝てば代表に居続ける。…………どうだ」

 俺の発言にリンは目を見開いた。突拍子もないことを言われ口も半開きになる。
一拍置いたあと、少し口角を上げ俺の方を向いた。

「……分かった。行動で示した方が早いってわけね。いいわ、乗った。ただし、貴方が持ちかけた提案だから泣きごとは無し。あたしも約束に従う。…………そして見せてよ、あたしに。この一日で何が出来るのかを」

 冷たくそう言ったあと「じゃあまた明日」と手を挙げ、リンは遠くに消えていった。
それを目で追いながら、残されたタイガは、

「イツキ君、それは遠回しの辞退宣言かい? 一日なんて無謀だよ。こうなった以上、僕にどうすることも出来ないけど…………。と、とにかく、頑張ってくれよ」

 そう言い残し、後を追うように走っていった。



 *



「イツキさん、何て無茶な賭けを持ちかけたんですか!」

 二人が去ったあと、俺とエイジは寮へ向かって歩いていた。 

「そうだな、無茶だ。でもそうしないといけない。過去の俺がそう言ってたのなら。それをお前が教えてくれたからだ。さっきは色々とありがとな、俺のために」

 エイジの肩を叩く。彼はびっくりして俺の方を見た。

「容易な道は先人が歩いている、厳しいケモノ道を歩かないと。頂点を目指すならこれしかない。それが俺の後悔しない道だ。どのみち練習しなきゃいけないんだ。自分を追い込まないと。…………退路を断たなきゃ道は拓けない」

 俺は自分に言い聞かせるようにそう言ったあと足を止め、エイジに向かって頭を下げる。

「でもそのためにもエイジ、頼む。お前の手を貸してくれ。お前の力を。幸い明日は休日だ。明日の夕方まで、俺と色々な練習や勉強に付き合ってほしい」

 それを聞くと、エイジは明るい声色で俺の手を取った。

「イツキさん、何だか頼もしいです。あの頃みたいに。勿論、ボクが手伝えることは何でもします。……バトルは苦手ですけど。そこは別の対策を考えておきます」

 自然と笑顔がこぼれた。頼もしい味方だ。エイジもつられて笑った。
二人でまた歩き出す。ふと空を見ると雲の隙間から星が光っているのが見えた。

「リンはポケモンリーグで働くのが夢って言ってたな。…………俺の夢って、何だろう」

 ボソッと呟いてみた言葉にエイジが反応する。

「そのことなら、知ってます。ルームメイトになった初日、ボクに夢を話してくれました」

 会話に呼応するように星が瞬く。
 エイジは誇らしそうな顔をして俺に教えてくれた。

「イツキさんの夢は“ポケモンエンダー”です」

 #2