二次創作小説(新・総合)
- 第二話「強者」 ( No.27 )
- 日時: 2020/12/08 19:41
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: ysp9jEBJ)
*
敷地の外れにある焦げ茶のレンガ調の建物。
そこが俺たちの寮だった。
家から登校する生徒もいるが、約半数以上の生徒はここで暮らしているらしい。
談笑を楽しんでいる生徒たちの隙間を縫って、俺達は三階にある階段横の一室に入った。
寮の部屋に入ったのは初めてだ。──記憶を失ってからの話だが。
中に入ってまず目についたのは、赤い刺繍の入った絨毯やカーテンだった。
他も赤を基調としたベッドや机、ソファなんかが置かれてあり、鈍いオレンジのランプが何とも心を落ち着かせてくれる。
この寮も古くから存在しているのだろう。壁の傷などからも、案外情緒を感じられる。
しかし部屋の奥に目をやると、その場所には到底似つかわしくないモノが置かれていた。
謎のいくつかの機械やそれらを繋ぐ配線。分厚い本や資料などは散乱して、ごちゃごちゃと無造作に配置されている。
エイジの方を見ると、彼は咄嗟に目を逸らした。
「いやぁ、これはボクが弄ってる機械でして。この二ヶ月独りだったので部屋を広く使わせてもらってました、ははは……」
そう言いながら、エイジは慌てて床に散らばった紙を片付け始めた。
そのとき突然、彼が作ったであろう謎の機械がドン、ドンと音を上げる。
エイジはそれを聞いて頭をカリカリと掻きながら、怪訝そうな顔をして唇を噛んだ。
俺はそれを横目に見ながらバッグを適当に床に置き、モンスターボールを一つ取り出した。
中からリングマを出してやる。
「うわぁ! ビックリするじゃないですか。いきなりポケモンを出すだなんて。確かにここはボクらの共同の場所ですけど……」
「それはこっちの台詞だ。それに、自分のベッドの上なんだからいいだろ?」
戦いで傷ついたリングマをやっと介抱してやれる。遅くなってごめんな。
元気の欠片や傷薬を使ってリングマの手当てをしていると、後ろから不機嫌そうにエイジが声を掛けてきた。
「あの……だからそのベッドはボクのなんです」
「あ…………。悪い」
しまった、こっちじゃなかったか。
片手で謝りつつ、急いでリングマを隣のベッドに移し変えた。
「……まぁいいんです。それよりもほら、本題です。イツキさんの机の上」
物が溢れていない方の机を指差す。
そこにはいくつかの写真が飾ってあった。その中の一つを手に取り俺に見せてくる。
それは、黒い迷彩の戦闘服の上にロングコートを羽織った、謎の面々の集合写真だった。
後ろの方に同じ服を着た俺が写っている。
「これが“終の機関”時代のイツキさんです。つまり、約二ヶ月前のイツキさんってことですね」
「……終の機関?」
聞き覚えのない言葉に脳が混乱した。
「あ、ごめんなさい。そう言えばまだ、終の機関が何なのかを話していませんでしたね。正式名称「脅威追放機関」。通称──────」
──終の機関。
脅威となるポケモンから、他のポケモンの生態系や人々の生活の安泰を護る活動をしている団体のこと。
元々凶暴なポケモンや、何らかの影響で狂暴化したポケモン。
さらには伝説のポケモンまでをも対象に、その攻撃や侵害を食い止めることが一番の目的らしい。
人間やポケモンの盾となるため、守護職とも呼ばれる。
相変わらず、初めて聞くことばかりだ。
朝、母が言っていたことや、昼にエイジが言っていたことはこのことだったんだ。
そして、その終の機関に在籍する団員のことをポケモンエンダーと言うらしい。
俺の夢はこれだった。
でもこの写真を見る限り、俺はもう夢を叶えてしまっているみたいだ。
と、思ったのだが、
「終の機関はトヤノカミ中央や他のエリート校から、戦闘経験が一流の生徒をインターンとして長期間雇う制度があります。もっとも、倍率は低いのですが、イツキさんはそれに合格しているんです。そこで撮られたのがその写真でしょう」
「……じゃあ俺は、ポケモンエンダー見習いってわけか」
そう簡単にはいかないみたいだ。
でも、夢を半分叶えていることは間違いない。
俺って結構すごいやつだったんだな。過去が明かされる度にそう思う。
この調子でいけばいいのだが、いかんせん“記憶の問題”がな……。
横でリングマが呻き声をあげる。まだ傷が痛むようだ。
俺が駆け寄ると、リングマの悲痛な叫びは少しだけ収まった。
しかしながら、例の機械はまだドン、ドンと音を上げる。
「エイジ、いい加減その機械を止めてくれないか。リングマが怯えてるんだ」
「すみません、あともうちょっとなんです。………………よし、出来ました」
しかし静寂は束の間だった。
ドン、ドン。
とまたすぐに音が鳴り出したのだ。
少し眉をしかめてエイジを見る。
すると彼は部屋の扉を見ていた。
それは“機械の発した音”ではなかった。
“扉を叩く音”だったのだ。
「んー、まだ帰ってないのかな」
ドアの向こうで呟く声が微かに聞こえる。
それを聞いたエイジが駆け足でドアノブに手をかけた。
「遅くなってごめんなさい! 気付かなかったんです。…………えっと、あなたは?」
そこに立っていたのはスタイルの良い女性だった。
肩にかかるダークブラウンの髪は、毛先を少し内巻きにしており、これ以上ないくらい似合っている。
足元には小型の黄色いポケモン、ピカチュウ。彼女の相棒なのだろうか? ギザギザの尻尾がチャーミングだ。
そしてその女性は黄色い瞳で、何かを探すように部屋の中を見回していた。
俺がそれを遠目で見ていると目が合って、
「あ、イツキ君! やっぱり来てたんだ。久しぶりだね」
と、エイジの質問を無視して中に入ってきた。
俺の両手を握り、笑顔で軽く跳ねている。
「こ、困りますよ! この時間帯は特例がない限り、他室に入っちゃいけないんですよ?!」
「うん、その特例なんです!」
エイジが慌てて止めようとするが、彼女は人差し指を立てながらそう言った。
続けて俺の方を向く。
「ねぇ。私のこと、覚えてるかな?」
「……悪いけど、覚えてないんだ」
質問に答えると、彼女は表情を曇らせた。少し俯いた後、また顔を上げる。
「そっか、なんか悲しいな。…………いや、シャキッとしろ私」
胸の前で拳を作りながらそう言うと、俺の目を見て言った。
「私はね、クラスFのミナって言うの。イツキ君たちと同じ一年生だよ」
「そうか、ミナ…………さん。よろしくな」
俺の発言にミナは笑った。
「もう。ミナで大丈夫だよ、前はそう呼んでたから」
「あ、そうだったのか。…………えっと、ところで何の用だ?」
そう聞くと、ミナは手をポンと打ちつけて、思い出したかのように言った。
「そうそう、こんな話をしに来たんじゃなかった。終の機関についてはもう聞いてるかな? そこから伝言があってね。来週の午後、支部に来てほしい、って言われてるの。都合とか大丈夫?」
なるほど、ミナはそれを伝えに来たのか。
終の機関の今後について、どうすればいいか分からなかったから、ちょうど良かった。
「あぁ、大丈夫だ」
俺が答えると、リングマがまた低い唸り声を上げた。
その鳴き声に気付き、ミナがベッドを覗く。
「あれ。イツキ君のリングマ、どうしたの……。すごく弱ってるみたい。…………何かあったの?」
ミナがリングマの横にちょこんと座り、頭を撫でながら聞いてきた。
そこには触れないでほしかったが、こうなった以上は仕方がない。
「…………実践の授業でやられたんだ。それで見ての通り、まだ傷が癒えてない」
俺がそう言うと、彼女は色んな事情を察したのか、少し悩んだ表情を見せた。
横にいたエイジが口を開ける。
「明日のバトルには、リングマ以外で戦わなくちゃいけないかもしれませんね」
おい、エイジ。それは言わなくていい。
案の定、それを聞いたミナが不思議そうに尋ねる。
「明日は休日だよね。明日、バトルするの?」
何て答えようか。
正直明日のバトルについては誰にも知られたくなかった。
エイジを睨むと、彼は目を泳がせながら頭を掻いた。
やむを得ず、ミナに打ち明ける。
「……俺、バトルの腕も忘れてしまっているんだ。このままじゃ足を引っ張るだろうから、明日の夕方にクラスの代表と勝負することになってる。…………そしてその結果によって、決闘試合の代表にいられるかどうかが決まる」
窓の外を見ながら、そう呟いた。
庭の木々が揺れている。初夏の夜は少し肌寒い。
しかし、そんなことはお構いなしと言わんばかりに、背中越しでミナが明るく声を上げた。
「なーんだ、そうなのか。なら私、協力するよ。イツキ君の力になる!」
振り返ると、彼女は満面の笑みでこちらを見ていた。
しかし俺は首を振り、エイジを指差す。
「いや、事を大きくしたくないんだ。……彼、“知識の宝庫”のエイジに協力してもらうから、大丈夫だ」
そう言われたエイジの頬が赤くなる。
ミナはそれでも、笑顔のままこちらに近付いてきた。
「なら、“戦いの強者”も必要よね?」
「は?」
自信満々にそう言うミナに聞き返した。
すると、彼女の頬が膨らむ。
「うーん。相変わらずそういうとこ鈍いなぁ、イツキ君は」
そう言って彼女は、後ろを向いて二、三歩進んでから、スカートの裾を揺らしてこちらに振り返った。
「私ね、これでも終の機関在籍なんだよ? おまけにクラスリーダーで、決闘試合ではクラスF代表。もう分かった? …………つまるところ、つ・よ・いってこと」
首をかしげながら、少しいじわるに言う。
え、この子はそんなに強いのか。人は見かけによらないとは言うが……。
並べられた肩書きに思わず息を呑む。
…………こうなりゃ話は別だ。彼女の手を借りないわけにはいかない。
先ほどの発言とは裏腹に、俺はいつの間にかかしこまり、頭を下げてお願いしていた。
「協力してください」
「よろしい」
ミナは微笑みながらそう言い、柔らかい手で俺の手を握った。
*
「じゃあ明日、昼から寮前に集合だよ? みっちりと特訓するから、覚悟しておいてね。あと、来週の終の機関の招集に関しても、同じ時間と場所に集合ね」
ミナがピカチュウを手で促しながら、部屋を出ていく。
「あ、それと。今日イツキ君に何回も電話したのに、一回も出てくれなかったじゃん……。終の機関は電子端末必須なんだから。ちゃんと確認しとくんだよ? じゃあね」
「悪い。……うん、確認しとくよ。また明日」
ミナはそう言って、顔の横の手を振りながら扉を閉めた。
俺のバッグの中に電子端末なんて無かったけどな。どこにやったんだろう。
念のためもう一度中を調べてみても、やはり端末は見当たらなかった。
記憶喪失で目星もつかないから、諦めて新しいのを買った方が良さそうだ。
それを見ていたエイジが声を掛けてくる。
「ボク、端末五つ持ってるので一つあげましょうか?」
「……すごい持ってるな。でも、いいよ。これ以上迷惑かけるのもなんだしな。…………と言いつつも、買いに行くのに付き合ってくれないか?」
俺はソファにもたれ掛かり、頭の後ろで手を組む。
「……ちょうど来週、終の機関に行く前の午前中に、病院の定期検査に行かなきゃいけないんだ。街に出るついでに良いと思ってさ。エイジ、どのモデルが良いとか、そういうのに詳しいだろ?」
「ええ、ボクのおすすめモデルを教えますよ。たまには街に出掛けるのも良いですしね」
「頼りになるよ、ありがとう。……明日もよろしくな」
エイジは笑顔で「任せてください」と答えて、機械弄りに戻っていった。
ふと、さっきの机の上の写真群が目に入る。その中の別の写真。
小さい頃の俺だろうか。一人の少年が紅葉の舞い散る中、何重もある塔の前でピースサインをしている。
これを見たとき、俺はひどく衝撃と懐かしさを覚えた。
頭痛が一気に押し寄せて、思わず頭を抱える。脳が何かを俺に伝えたがっている。
明日に備えて少しの間だけでも勉強しようと思っていたのだが、頭痛に耐え切れなくなってきた。
俺はベッドで休むリングマを見届けたあと、ソファで眠りについた。
今日は長かった。でも記憶喪失前の色んな事実を知れたのが、何よりも良かった。
明日は正念場だ。どんな結果になろうとも、後悔しないようにしないと。
その夜、夢を見た。どこか奇妙で、そこはかとなく懐かしい夢だった。
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