二次創作小説(新・総合)
- 第一章:ある獣の残骸 ( No.3 )
- 日時: 2020/12/20 21:50
- 名前: さぼてん (ID: ysp9jEBJ)
運命に抗え。
たとえこの身が朽ちようとも。
第一話「忘却」
──────────光あれ。
真っ暗闇をぼやけた景色だけが進んでいく。
その言葉は、何度も繰り返し脳に浮かんでは消え、やがて意識が鮮明になる。
目を開けるとそこには窓があった。
遠くの方で十羽ばかりなるポッポの群れが、忙しなく羽ばたいているのが見える。
半端に空いた窓から涼しい風が入り込む。
そこで、初めて見慣れない場所に居ることに気付いた。
「あれ。…………ここはどこだ」
辺りを見回す。
白を基調とした室内。一つのベッド。口元に呼吸器。腕には点滴。
ここが病室であることは一目で分かった。
しかし、ここにいる理由が分からない。
「何でこんな寝たきりみたいになってるんだろう」
考えるとズキズキと頭が痛む。
そうとう寝ていたようだ。そういや手足の感覚もまだはっきりしない。
そんなことを思っていると突然、病室のドアが開いた。
そこに立っていたのは年老いた白衣の男と中年の綺麗な女性で、二人は口を開け静止した後に、瞬く間にこちらに駆け寄ってきた。
「目を覚ましたのね、イツキ!」
女性は涙目でそう叫んだ。
「はい……。あの、あなたは?」
そう尋ねると、女性はくしゃくしゃな顔になって泣き始めた。
状況を飲み込んだ隣の白衣の男が口を開ける。
「この人は君のお母さんだよ。そして私は君の担当医だ。うん…………、どうやら記憶に問題があるみたいだね」
驚いた。
母さん…………? そして俺の記憶。
どうしてこんなことに。
固まっているのを見かねて、先生が続ける。
「イツキくん、混乱していると思うが落ち着いて聞いてほしい。君はおよそ二ヶ月前、森の中で意識不明の状態で倒れていたんだ。それ以来ずっと寝たきりで、つい先ほどようやく目を覚ましたというわけなんだよ」
状況を説明されても、何が何だか分からない。
自分の名前がイツキということ以外、分からない。ただ一つ分かるのは、俺が“記憶喪失”ということだけだった。
「とにかく……、目を覚ましてくれて…………よかった。私はそれだけで、もう……」
母は途切れ途切れに喋って、手で涙を拭ったあと、俺の方を見てにっこり笑った。
「ほら、あなたのバッグ見て。覚えてる? あなたのポケモン」
枕元にあったバッグの中に目をやると、そこにはモンスタボールが四つあった。
そのほかには学生証とトレーナーカードが見える。
でも、記憶にない。
「母さん、俺……覚えてないんだ。手持ちポケモンも何もかも。起きたらここにいて、周りは知らないものだらけなんだ。…………俺はどんな人間でどんな風に生きていたんだろう」
何だか柄にもないことを言ったような気がして少し恥ずかしくなった。
しかし母は変わらず喋る。
「あなたは賢くてとても丈夫な子よ。うちに帰ったら色々話してあげる。ね、先生。近いうちに退院できるんですよね?」
「えぇ。リハビリは定期的に続ける必要がありますが、私もこれまでの日常を過ごすことを推奨します。ポケモンとの生活で何か記憶が戻ることもあるでしょう。……明日には退院できるようにしましょう」
それから先生は色々と説明をし、次の日には退院できるようになった。
日常が戻ったと嬉しそうにする母の横顔は、俺の記憶に深く刻み込まれた。
#1
- 第一話「忘却」 ( No.4 )
- 日時: 2020/12/13 13:10
- 名前: さぼてん (ID: ysp9jEBJ)
*
イツキ、十六歳。
少し茶色がかった短髪の黒髪に、母譲りの緑の瞳がチャームポイント。
整った顔立ちも母譲りで、笑うとえくぼが出来るのもまた、母譲り。
母は帰りの車の中で、俺のことについて色々と話してくれた。
……まぁ、自分の容姿は見れば分かるんだけどな。
「母さん、俺のポケモンって?」
俺が覚えていることは、自分の名前ともう一つだけある。それはポケモンの存在のこと。
ポケットモンスター、縮めてポケモン。この世界にいるちょっぴり不思議で、とても魅力的な生き物の総称。
肩に乗れるくらいの小さいやつから山ほどあるデカいやつ、空を飛ぶことができるやつや海を泳げるやつなど、とにかく色んな種類がいる。
ここでは、そんなポケモンたちと人間が互いに協力しあって生活している。
家族として日常を一緒に過ごしたり、戦わせて強さを競ったり、時にはポケモンで思いもしなかった発明を生み出したり、と。
一生一緒に過ごしていく、そんな人が大半だろう。
そのぐらい俺たち人間にとってポケモンはかけがえのないものなのだが────
「俺、自分が何のポケモンを持っていたか思い出せないんだ」
悔しい。ポケモンの存在は覚えているのに、自分の手持ちポケモンについては忘れてしまっているのだ。
「心配しなくて大丈夫。あなたの記憶も戻る可能性はあるって言ってたから。そんなに気になるなら見てみるといいわ。ほら、あなたのポケモン出してあげて」
そう言われたので、おもむろにボールを一つ取り出してみた。
甘い鳴き声を出しながら中から出てきたのは、茶色い小型のポケモン──イーブイだ。
イーブイは出てくるや否や、サッと俺の顔に寄ってきて頬ずりをしてきた。
つぶらな瞳で見つめてきて、毛はふわふわで気持ちいい。
「イーブイだ。ははっ、かわいいなこいつ」
思わず笑顔になった。なんだか懐かしい気もした。
「イーブイはイツキの一番のパートナーね。赤ちゃんの頃から一緒だったから」
残りのモンスターボールも調べてみる。中にはピジョン、リングマ、ゴーゴートが入っていた。
みんなどこか古い友人のように懐かしくて、記憶を失くして落ち込んでいる俺を励ましてくれているみたいだった。
「ねぇ、そろそろよ」
「何が?」
母が運転をしながら左のほうを指差す。
この辺りについての記憶ももちろんない。すべて初めて見る景色で、何もかも新鮮だ。
中世のような街並みには幾つもの建物が連なっていて、人通りやポケモンも多く、だいぶ栄えているみたいだ。
「ほら、見えた」
そんな趣のある景色の中に突然現れたのは、一際大きい建物。
厳格ある佇まいは、その建物がかなり昔に建てられたことが窺える。
「あれがあなたが通っていたところ。数ある名門校の内の一つ。“トヤノカミ中央トレーナーズスクール”」
俺が通っていた学校……。
何だか城のようにも見えるし、なんなら小さな街にも見える。
あれを学校と呼ぶには大層過ぎやしないか。
そう思っていると母はまた色々と話してくれた。
トヤノカミ中央トレーナーズスクール。
そこは学問やポケモンについて学び、人として、はたまたトレーナーとしての正しきを知る場所。
どうやら俺は入学して一ヶ月の間はそこで学んでいたらしい。その直後、意識を失った状態で発見されて今に至る。
「母さん、俺またあそこに行ってみたい。……学びたい」
あの学校を見ると何だか胸が高鳴るようで落ち着かない。
いつの間にか口に出していた俺を、母はミラー越しに見て「大丈夫よ」と言った。
「退学にはなってないから。スクールに問い合わせてみたら一応明日からでも行けるみたいだけど、どうする?」
「明日から行くよ」
間髪入れずに答えた。
「そう言うと思った。まだ体調が心配だけど、あなたの意志を尊重するわ。それよりもイツキが変わってなくて安心した」
俺はどういう人物だったんだろう。
あそこに行けば何か記憶の糸口が見つかるような気がした。
イーブイも喜んでるみたいだ。
今夜は早く眠ろう。
#2
- Re: Pokemon and the Seven Trainers ( No.5 )
- 日時: 2020/07/18 11:27
- 名前: 謎の女剣士 (ID: .6mQrr9F)
こんにちは。
名前と、最初のトレーナーは思い出したんですね。
イーブイ、可愛い❤️
生まれた時から、ずっと一緒にいるなんて頼りになりますね。
少し、ネタバレをします。
実は私の描いてる作品は、ポケモン世界を始めスマブラ FF DQなどのクロスオーバーで行き来しています。
後アニメも、一部知ってる作品があるのでそこを参考にしたりしています。
これから、彼とイーブイがどんな関係になるか楽しみです。
それでは、失礼します。
- Re: Pokemon and the Seven Trainers ( No.6 )
- 日時: 2020/12/13 13:06
- 名前: さぼてん (ID: ysp9jEBJ)
※序章を入れるために、元々No.2にあった返信を、このNo.6に纏めさせていただきました。
>>01 謎の女剣士様
はじめまして。
コメントありがとうございます。
アドバイスもありがとうございます。
参考にさせて頂きます。
>>05 謎の女剣士様
こんにちは~。
またいらして頂きありがとうございます。
面白そうな小説を書いているのですね。
是非読ませて頂きます。
- Re: Pokemon and the Seven Trainers ( No.7 )
- 日時: 2020/07/18 17:10
- 名前: 謎の女剣士 (ID: .6mQrr9F)
こんにちは。
先程こちらに来てくださりありがとうございます。
こちらの様に、記憶重視か失うかは私自身の考えで行きますので宜しくお願いします。
リクエスト、1つあるんですが次回までに考えて来ても構いませんか?
それでは、私の所も宜しくお願いしますね!
- Re: Pokemon and the Seven Trainers ( No.8 )
- 日時: 2020/07/18 20:30
- 名前: さぼてん (ID: KsKZINaZ)
謎の女剣士様
こんばんは~。
リクエストというのは、
私が書くということで合っていますでしょうか?
それでしたら、ごめんなさい。
この物語をある程度書いていきたいので、
今のところリクエストは受け付けておりません。
大変申し訳ないです。
落ち着けば、そういうのもやってみたいなと思っております。
- 第一話「忘却」 ( No.9 )
- 日時: 2020/09/12 16:27
- 名前: さぼてん (ID: KsKZINaZ)
*
秒針を見つめる。
真上に行ったところで目覚まし時計がぴりりと鳴る。
時計を止めて、伸びをしながら上半身を起こした。
「……早めに寝床に入ったんだけどな」
そわそわして眠れなかった。
まぁ、二ヶ月も寝てたことだし、こうしてすぐに体を動かせることが奇跡とか言われたな。
横で寝ているイーブイを起こして自室を抜けると、母はもう朝ご飯の支度を済ましており、
「もう出来てるわ、冷めないうちに食べなさい。あ、顔をちゃんと洗ってからね」
冷たい水を顔に浴びせた後、一緒にご飯を食べる。
「持ち物はもうスクールに置いてあるだろうから、特別持っていくものは……、無いわね」
「小遣いは?」
そう聞くと、
「あなた、もうお金は稼いでいるでしょ。あ……、うん。それについてはそのうち分かるわ」
と言って苦笑いした。
今の含みは良い意味なのか悪い意味なのか、どっちなんだ。
「まぁいいや。で、何時に出発するの?」
「何時って、大目に見て数時間は掛かるだろうから…………。余裕をもって、そろそろ出発したほうがいいかもね」
「え? それじゃまるで、母さんは行かないみたいな言い方じゃないか。送ってくれるんじゃないの? 場所なんか覚えてないけど……」
俺が慌てて言うと母はクスっと笑った。
「ゴーゴートが覚えてるわよ。入学当日だって一緒に行ったからね」
そうだったのか。
ライドポケモン、ゴーゴート。
立派な角と首周りにある草の毛皮が特徴で、人を乗せて走るのが得意だ。
二ヶ月前の入学当初の俺は、どうやらゴーゴートに乗って登校していたみたいだ。
でもまだ疑問があり、
「毎日数時間掛けて行くのは、流石にゴーゴートも疲れるんじゃない?」
「あら、言ってなかったっけ。イツキはスクール内の寮で生活しているのよ」
なんて言われたから納得するしかなかった。
聞いてないよ。……そういうことは先に言っといてくれないと。
何だかんだで食事も終わり、自室に戻って出発の支度をする。
クローゼットを開け、制服を取り出す。
上は白いワイシャツ、下は焦げ茶のアーガイル柄のスラックスだ。これまたアーガイル柄の赤いネクタイを締め、髪を整える。
最後に、鞄の中のモンスターボールを確認して、玄関を出た。
テレビの前にいた母は見送りにやってきて、今日は晴れだから絶好の登校日和ね、と言って手を振った。
「あまり無理しちゃダメよ、体調管理はしっかりとね。スクールでの出来事、定期的に母さんに連絡してね」
怒涛の出発文句に、内心はいはいと思いつつも、
「うん、分かったよ。じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
外で待っていたゴーゴートに跨って、俺も手を振った。
「頼んだぞ。ゴーゴート」
そう言うとゴーゴートは、俺の目を見てコクリと頷き、走り出した。
*
回りに目をやる。
車や自転車で移動している人もいるが、俺みたいにポケモンで移動している人もいる。
遠くの方では、空を飛ぶポケモンに乗る人も見えて気持ちよさそうだなと思った。
ある程度時間が経つと、昨日見た街並みが見えてきた。
ここがトヤノカミシティだろう。このおよそ中心地にスクールは建っている。
「ゴーゴート、大丈夫か。もうすぐだからな」
ゴーゴートの体調の心配を適度にしながら、家を出て数時間が経とうとした時、ようやくスクールが見えてきた。
やっと着いたんだ。長い道のりだったが、ここから俺の日常が戻るんだろう。
校門には見たことがない二体のポケモン像があって、ここの外部侵入を護っているように見える。
その校門から、俺と同じ制服を着た人たちがぞろぞろと中に入っていく。
倣って俺も足を踏み入れる。
校庭は長く、建物は大きく、そうとう広いみたいだ。
でも、あれ…………。ここからどこに行けばいいんだ。ゴーゴートも困っている。
流石に教室までは分からないか。
「うーん、困ったな。肝心なことを聞くの、忘れてた」
途方に暮れていると後ろから声がした。
「おーい、イツキさん!」
「ん?」
振り返るとそこには黒縁のメガネをかけた──背は俺より少し低めだろうか──黒い長髪の青年がいて、ピカチュウサイズの電子端末を持ちながら、
「噂には聞いてました。いやぁよかったです、目覚めたみたいで」
と言った調子で青い瞳を輝かせながら、どしどしとこちらに駆け寄って来た。
だが、当然俺はこの子を知らない。
「えっと、ほんと悪いんだけど、君は誰だっけ? 俺、記憶喪失でさ……」
青年は頷きながら言った。
「あ~、なるほど。その件についても本当なんですね。じゃあ改めて、自己紹介です。ボクはエイジ、トヤノカミ中央トレーナーズスクールの一年生で、イツキさんと同じ寮のルームメイトです」
ルームメイト……。よくぞ来てくれた。
どこに行けばいいか分からず内心凹んでいたところに、救世主が現れた。
嬉し泣きしそうなところをぐっと堪えて、
「エイジ、また一からになるけどよろしく」
照れ隠しのために、ちょっと格好つけて右手を差し出す。
「はい、もちろんですよ!」
エイジも握り返してくれた。良い子だ、エイジ。俺はどうやら良い友達を持っていたみたいだ。
「授業はもうすぐですね。ひとまず、教室に行きますか。案内しますよ」
「ありがとう」
その後聞いたことだが、エイジはどうやら同学年らしい。そりゃそうか、俺も一年生だし。
敬語を使っているから下級生かと思ってしまった。
呼び捨てにしてしまったけど、反応を見る限り、間違いではなかったみたいだ。
エイジと少し会話をしながら教室のほうに歩いて行った。
#3
- 第一話「忘却」 ( No.10 )
- 日時: 2021/01/03 20:40
- 名前: さぼてん (ID: ysp9jEBJ)
*
やはりここ、トヤノカミ中央トレーナーズスクールはとんでもなく広い。
教室に辿り着くまで随分と時間が掛かかったみたいだ。しかし、ただ疲れただけではない。
歴史を感じさせる建造物に、たくさんの緑、そして見たことないポケモンを連れている生徒や先生たち。
それらとすれ違う度に、俺の気持ちは昂るようだった。
俺はここで学んでいたんだな。そしてこれからも学ぶんだ。
「イツキさん、このスクールのことも覚えてないんですよね?」
「あぁ、何も覚えてないんだ。分かるのは自分の名前とポケモンくらいかな」
エイジが続けて口を開く。
「このトヤノカミ中央トレーナーズスクールはポケモン界屈指のエリート校の内の一つです。三年制で、将来トレーナー関係の職業に就く人にはもちろんのこと、そうでない人でも様々な授業を通して学問や技術、修養を積むことが出来ます。何でも、チャンピオンを歴代で一番多く輩出したスクールとして有名なんですよ。ほら、現チャンピオンのシ──」
エイジは一度口を開けると止まらない。情報としては有難いことなんだけどな。
俺が言葉を遮る。
「なぁ、俺達ってどこの教室だ?」
「あ、一年生は六クラスあってですね。ほら、胸ポケットのところ」
そう言って俺の胸ポケットを指差す。
そこには二つ、銀色のバッジが付いていた。エイジの方にも同じ数だけ付いている。
「これがクラスを表す目印のようなものです。クラスはAからFまで。ボクらは二つ付いているのでクラスBってわけです。ほら、見えてきました」
廊下の突き当たりには中庭に面した一つの教室があった。あそこか。
少し緊張してきた。俺は恐る恐る足を進めながら教室に近付く。
エイジに誘導され教室に入ると、みな一目散に俺の顔を見た。
「イツキ、久しぶりだな」
「イツキ君、元気そうで良かった」
皆口々に話しかけてくれた。
エイジだけじゃなかった。みんな凄い優しいな。
流石に涙が出そうになった。それでも尚、残念なことに俺はクラスメイトを誰一人覚えていない。
横でエイジが口を開いた。
「皆さん、聞いてください。……噂通りイツキさんは色んな記憶を失っているみたいです。イツキさんにとっては初めてのことだらけです。なので、これからボク達で協力してあげましょう」
みな頷き合い、俺の方を見て笑ってくれた。
俺も笑顔で返す。
「エイジが言ってくれたように、俺は記憶喪失なんだ。でも俺は二ヶ月前までここで学んでいたと聞いて、ここに来れば何か思い出すかもしれないと思った。皆とはもう一度最初からやり直しだけど、こんな俺でよかったら協力してほしい……」
どうにも俺はぶっきらぼうらしい。
でも、みんなはちゃんと応えてくれた。
皆笑顔で笑いあった。嬉しかった。体が軽い。不安な気持ちもどこかに消えたみたいだ。
すると、クラスメイトの中から一人、男が前に出てきた。背が高く、茶髪の無造作ヘアーで、凛々しい目つきが特徴だ。
「俺はソウ。ここ、クラスBのクラスリーダーをしている。イツキ、キミにまた会えて嬉しいよ。ここは良いクラスだろ。分からないことがあったらいつでも相談してほしい」
「ありがとう、ソウ。そしてみんな。ほんとに良いクラスだよ」
俺達は握手をして、抱き合った。ソウの肩が濡れる。
とうとう涙がこぼれてしまった。嬉し泣きだ。皆はそれを見てまた笑った。
*
数分後鐘が鳴る。みなそれぞれ席に着く。授業の合図だ。
するとすぐに、髭をたくわえ眼鏡をかけた茶髪の先生が入ってきた。
白いシャツの上にグレーのチョッキを羽織り、グレーのズボンを履いている。
ここに来るまでに、グレーの服装でまとめた人たちと何人もすれ違ってきた。
おそらく、職員の制服なのだろう。ということは、あの人がクラスBの監督の先生だろうか。
猫背だが、明るく覇気のある整った顔立ちだ。
「みんな、おはよう。俺だ、アゲラだ。もう知っての通り、イツキが戻ってきてくれた。クラスBにとって大事なピースのうちの一人だ。記憶は失っているそうだが、みんなで支えあっていこう。……手短だがこれくらいにして、と。じゃあ、イツキのためにまたみんなで自己紹介のコーナーだ。新学期みたいで懐かしいだろ?」
すこしハニかんで、先頭の生徒から挨拶するように促した。なかなかフランクな感じで話しやすそうだ。
皆は入学以来二回目の自己紹介で照れくさそうにしている。まぁ俺も二回目なのだが。
申し訳ないと思いつつ、みんな自己紹介を済ませた。
「何か俺、転校生みたいな気分だ」
「ボクらにとっては当たり前の日常が帰って来た、って感じですよ」
隣の席のエイジと少し喋っていると、瞬く間に授業が始まった。
「じゃ、自己紹介も終わったところだし、授業再開していくぞ。ポケモン生態学だ。七十ページを開いて。ダンゴロを例にして地中に住むポケモンの生態に行動原理、及び食物連鎖について解説していくぜ。イツキ以外、みんなちゃんと予習したか。昨日の続き、当てていくぞ」
難しい。授業はほとんど分からなかった。
でもエイジはなかなか賢く、どんな問題もビシバシ答えていく。
当分の間、エイジに頼るしかなさそうだ。
#4
- 第一話「忘却」 ( No.11 )
- 日時: 2020/11/21 09:57
- 名前: さぼてん (ID: ysp9jEBJ)
*
なんとか午前中の授業が終わった。
生態学に、ポケモン史、進化学や捕獲術など色んな授業を受け、物凄く疲れてしまった。
思い出した記憶は何もなく、ただひらすら新しいことを脳に植え付けていく。
名門校と言われるだけあって講義の内容はハイレベル。これはだいぶ自習しないとついていけないな。
運よくクラスメイトでありルームメイトであるエイジには、勉強を教えてもらえるように話をつけた。
午後からは、他クラスと合同で実践のバトルをするらしい。
その時なんだか期待される目で見られたが、気のせいだろうか。
そんなことを思いながらエイジと一緒にカフェテリアに向かう。
しばらく歩くと目の前に丸いドーム状の建物が見えてきた。
「あそこですよ」
これだけ大きいと生徒も全員入れるんじゃないだろうか。
デカいとは思ったが、もう大きさだけでは驚かなくなってきた。感覚が麻痺している。
しかし、中に入ると度肝を抜かれた。
「何だここ…………」
うんと伸びた木々やゴツゴツとした岩場、揺らぐ水面に乾いた砂場。自然が建物内に形成されているのだ。
それぞれの場所にちゃんと椅子や机も備えられていて、手持ちポケモン達と一緒にご飯を食べている人たちが見える。
ポケモン一匹一匹に適した生息環境を与えることで、ポケモンがストレスなく食事をすることができるという狙いらしい。
「初めてこれを見た人はみんな同じ反応しますね、トヤノカミ中央名物の一つです。お腹空きましたね。さぁ、行きましょう」
俺達は食事を受け取り、近くの席に着いた。
「なぁ、エイジ。授業中でもポケモンって傍に出してていいんだよな? 他のクラスメイトも出してる人見かけたからさ」
「えぇ、大丈夫ですよ。教室以外は何匹でも、座学の時でも一匹だけなら出してもいいようになってますからね」
「エイジは出さないのか? エイジは何のポケモン持ってるのかな、と思ってさ」
そう聞くとエイジは立ち上がり、制服のポケットに手を入れる。
「あ……、気になりますよね。一匹なら良いって言いましたが、大きさは一メートル以内って決まっているんです。ボクの相棒は少し大きいですからね。ほらっ、お昼ご飯の時間ですよ」
空中にボールを二つ投げる。
中からはメタング二匹が飛び出してきた。青銅色の鋼のボディが特徴で、二本の腕が生えている。
「メタングか。なかなか珍しいポケモンを持ってるんだな」
「あともう一匹います」
そう言って次はパチリスを出した。
するとすぐにエイジの肩に乗り、動き回る。電気リスポケモンだっけ。大きな尻尾をエイジの顔に押し付けて遊んでいる。
「このパチリスは入学にあたって、父からもらったポケモンです。なかなか抑えがきかなくって、暴れ回るのが玉にきずですがね」
俺も手持ちを全員出した。ポケモンたちの食事も配り、いざ昼食だ。
あつあつのカレーを頬張る。やっぱり皆で食べると旨いな。
そうしながら、次の授業について聞いてみる。
「昼からの実践バトルってのは何をするんだ?」
「その名の通り、ポケモンバトルです。しかも他クラスとの。普段の授業では、対戦での戦術や護衛、応用を学ぶのですが、今日からは違います。……迫る夏季行事最大のイベント“トヤノカミ中央決闘試合”の前練習が始まるんです」
トヤノカミ中央決闘試合。
聞くところによると、クラスを代表した三名の生徒が一匹ずつポケモンを持ち合わせて共闘し、学年内での優勝を目指すポケモンバトルのイベントのことらしい。
なんでも校内外を巻き込んで全生徒が盛り上がるお祭り行事で、優勝したクラスには豪華賞品が与えられるという。
そして頂点の三人は“英傑”と呼ばれるようになり、成績等が優位になるようだ。
何だよ、ヒーローになれるイベントか……。羨ましいな。
そう思っていたのだが、
「イツキさん、ボクらの分も頑張ってください!」
なんて言われるもんだから、思わず聞き返してしまった。
「イツキさんはクラスBの代表の一人なんです。何てったって、守護職にも就いてますし、バトルの強さはお墨付きですからね。優勝はボクらクラスBが勝ち取ってやりましょう!」
エイジは拳を突き上げる。二匹のメタングも同じように真似する。パチリスはまだカレーに貪りついている。
え、俺って強いのか? それを覚えてないなんてどうかしてる。エイジの言う通りなら、俺にもヒーローになれるチャンスがあるってことだ。
俺にバトルのセンスがあったなんて…………。
「あぁ、任せてくれ。で、その守護職ってのは何だ────」
そう聞こうとしたとき、
「あ、もうこんな時間ですね、話はまた後でしましょう。さぁ、その実践バトル、及び試合の前練習に行きましょう!」
エイジが時計を見ながら言った。もう次の授業が始まる。
話しているといつの間にかこんな時間になっていたらしい。
俺たちは慌てて駆け出した。
*
実践授業の場所となる“永久のスタジアム”に入る。カフェテリアホールからそう遠くなくてよかった。
本番の決闘試合もこのスタジアムでやるみたいで、ここは数多のトレーナー達が闘い、勝敗を争ってきた歴史ある場所らしい。
クラスBのみんな、そして他クラスも来ている。相手は胸ポケットにバッジが一つあるからクラスAだろう。
スタジアムの扉が開くと、中から厳しい顔つきの女性が入ってきた。
長い赤毛のストレートで、人差し指の赤い宝石が目立つ。季節外れの真っ赤なコートに身を包み、高いヒールをコツコツと鳴らしながら歩いてくる。
「あの人が実践の担当、ランタナ先生です。……ちょっと怖いので、注意です」
横でエイジが囁いた。続けてそのランタナ先生も腕組みをしながら口を開ける。
「三人の代表、前へ」
出番です、とエイジに背中を押され、一歩踏み出す。
クラスBの他の二人、クラスAの代表も前に集まる。
ランタナ先生は六人の顔を眺めて少し考えた後、少し声を低くして呟く。
「ではまずイツキさんとムツミさん。使用ポケモン一匹の勝負です」
いきなり俺か。
ムツミと呼ばれた男は、片方の目が隠れた黒髪で、表情は読めない。
赤い瞳で俺を見つめる。
何を考えているか分からないが、まぁなんとかなるだろう。クラスの皆の応援が聞こえる。
ボールを手に取り、リングマを出す。
茶色い体毛で覆われた、お腹に黄色い円の模様があるポケモンだ。
俺のリングマは通常の個体と比べて少し大きい。体にいくつもある傷跡は、たくさんの敵と戦ってきた証拠だろう。
ムツミもポケモンを出す。
相手のポケモンは…………。何のポケモンだ? 見たことがない。
翼のようなトサカがあって、尾の部分に当たるのはヒレ。頭に仮面のようなものを付け、別々の形状の前脚と後ろ脚を持った、四足歩行のポケモンだ。
空気が一瞬、止まったような錯覚を抱く。
「それでは、はじめ!」
両者がポケモンを出したのを見て、先生が高らかに声を上げる。
────勝負は一瞬だった。
#5 第一話「忘却」END
- Re: Pokemon and the 7 Trainers ( No.12 )
- 日時: 2020/07/19 23:05
- 名前: 謎の女剣士 (ID: .6mQrr9F)
こんばんは、女剣士です。
このポケモンバトル、私の描いてるお話にも更新して見ようかなぁ~。
一応、ネタバレとしてですが・・・さぼてんさんのみ教えます。
私の描くお話では、マフォクシー 白いロコン スイクンをあるキャラの手持ちにしようと思います。
誰に、このポケモン達を持たせたらいいのか・・・実は不安なんです・・・。
何か、アドバイスとかありましたら・・・宜しくお願いします!
それでは、連載頑張って下さい。
- Re: Pokemon and the 7 Trainers ( No.13 )
- 日時: 2020/07/20 19:44
- 名前: さぼてん (ID: KsKZINaZ)
謎の女剣士様
こんばんは~。
返信遅くなってすみません。
なるほど、その3匹のポケモンを持つキャラクターで
悩んでいらっしゃるんですね。
キャラ、というのがポケモントレーナーという解釈で合ってるなら、
ハルカ、ヒカリ、セレナなどの、ポケモンアニメのヒロインが
似合ってそうかな、と連想しました。
もし他の作品のキャラクターで考えている、ということですと、
ナミ(ONE PEACE)、ピーチ姫(マリオ)あたりが思い浮かびました。
いずれにしても、女性キャラばかりになってしまいましたが、
男性キャラでも似合いそうですね。
イメージに合わなければ、全然流していただいて大丈夫です。
しがない意見ですが、ご参考までにどうぞ。
- 第一章の登場人物 ( No.14 )
- 日時: 2021/02/15 22:52
- 名前: さぼてん (ID: ysp9jEBJ)
【第一章の登場人物とその手持ちポケモン】
※話の展開に応じて更新していくので、ネタバレを気にされる方は注意してください※
▼トヤノカミ中央トレーナーズスクール生徒……>>15
▼トヤノカミ中央トレーナーズスクール職員……>>16
▼脅威追放機関(終の機関)………………………>>
▼その他の登場人物…………………………………>>46
- トヤノカミ中央トレーナーズスクール生徒一覧(第一章) ( No.15 )
- 日時: 2021/01/03 20:34
- 名前: さぼてん (ID: ysp9jEBJ)
【トヤノカミ中央トレーナーズスクール生徒一覧(第一章)】
※話の展開に応じて更新していくので、ネタバレを気にされる方は注意してください※
※登場順で並んでいます※
▼イツキ/男
トヤノカミ中央トレーナーズスクール一年生。クラスB。
茶色がかった黒髪の短髪で、緑の瞳を持つ。
記憶喪失であり、学生生活を通して自分の記憶を探している。
エイジとは寮のルームメイトで特に仲が良い。
決闘試合一年の部クラスB代表。また、終の機関に所属している。
・手持ちポケモン/イーブイ ピジョン リングマ ゴーゴート
▼エイジ/男
トヤノカミ中央トレーナーズスクール一年生。クラスB。
肩まで伸びた長い黒髪で、黒縁めがねをかけており、青い瞳を持つ。
学ぶことが好きな勉強オタク。
誰にでも敬語で話す心優しい青年で、趣味は読書と機械いじり。
・手持ちポケモン/メタング メタング パチリス
▼ソウ/男
トヤノカミ中央トレーナーズスクール一年生。クラスB。クラスリーダー。
茶髪で、寝ぐせのような無造作な髪型をしている。
背が高く、凛々しい目つきが特徴。
・手持ちポケモン/リオル ルガルガン(真昼の姿)
▼ムツミ/男
トヤノカミ中央トレーナーズスクール一年生。クラスA。
片目が隠れた黒髪で、赤い瞳を持つ。
普段は無表情で感情が読めない。
決闘試合一年の部クラスA代表。
・手持ちポケモン/タイプ:ヌル
▼タイガ/男
トヤノカミ中央トレーナーズスクール一年生。クラスB。
金髪のオールバックで、楽観的な性格。
決闘試合一年の部クラスB代表。
▼リン/女
トヤノカミ中央トレーナーズスクール一年生。クラスB。
ストレートの黒髪を、胸のあたりまで伸ばしている。
クールで、サバサバした性格。
決闘試合一年の部クラスB代表。
・手持ちポケモン/ゲンガー
▼ミナ/女
トヤノカミ中央トレーナーズスクール一年生。クラスF。クラスリーダー。
ダークブラウンのショートヘアで黄色の瞳を持つ。
リアクションが少しオーバーするときもある、明るい性格。
決闘試合一年の部クラスF代表。また、終の機関に所属している。
・手持ちポケモン/ピカチュウ リザードン
▼ユキ/女
トヤノカミ中央トレーナーズスクール二年生。クラスD。
金髪をポニーテールにしている。
冷静で、責任感が強い。
クラスSの肩書きを持つ。また、終の機関に所属している。
▼アツロウ/男
トヤノカミ中央トレーナーズスクール三年生。クラスA。
黒いぼさぼさの髪で、マイペースな性格。
クラスSの肩書きを持つ。また、終の機関に所属している。
・手持ちポケモン/ウインディ
- トヤノカミ中央トレーナーズスクール職員一覧(第一章) ( No.16 )
- 日時: 2020/12/12 10:26
- 名前: さぼてん (ID: ysp9jEBJ)
【トヤノカミ中央トレーナーズスクール職員一覧(第一章)】
※話の展開に応じて更新していくので、ネタバレを気にされる方は注意してください※
※登場順で並んでいます※
▼アゲラ/男
トヤノカミ中央トレーナーズスクール職員。一年のクラスB監督。ポケモン生態学担当。
茶髪で眼鏡をかけており、髭を生やしている。
明るい人柄で生徒から慕われており、イツキやエイジ等の担任。
▼ランタナ/女
トヤノカミ中央トレーナーズスクール職員。実践担当。
赤いストレートの長髪で、厳しい表情をしている。
赤い宝石やヒールを身に着け、どんな季節でも赤いコートを着ている。
ポケモンバトルの担当で、エイジ曰く怖いらしい。
▼オトギリ/男
トヤノカミ中央トレーナーズスクール職員。一年のクラスA監督。実践担当。
白髪交じりの黒髪をオールバックにしている。
比較的年配の先生で、目つきは鋭く、言葉も鋭い。
▼ツリィ/女
トヤノカミ中央トレーナーズスクール職員。
黒いウィンプル、黒いポンチョを纏っている。
- Re: Pokemon and the 7 Trainers ( No.17 )
- 日時: 2020/07/22 21:19
- 名前: 謎の女剣士 (ID: .6mQrr9F)
こんばんは。
私も後で、ポケモンバトル編を描きましょうか。
実は、ニンフィアの手持ちは私の好きなキャラに持たせる設定です。
ゴウはイーブイ、ゼル伝のリンクはピジョン 子リンクはゴウカザルにする予定です。
あの、組み合わせの件で不明な点がありましたら仰って下さいね。
それでは。
- Re: Pokemon and the 7 Trainers ( No.18 )
- 日時: 2020/07/23 19:54
- 名前: さぼてん (ID: KsKZINaZ)
謎の女剣士さん
こんばんは~。
お、いいですね。ポケモンバトル編。
ニンフィアは好きなキャラに持たせるんですか、楽しみにしてますね。
- 第一章:ある獣の残骸 ( No.19 )
- 日時: 2020/09/05 23:36
- 名前: さぼてん (ID: KsKZINaZ)
第二話「強者」
その日の夕暮れは静かだった。
草木を揺らす風の音と、遠くの方で時々聞こえるヤミカラスの鳴き声。
それ以外は何も聞こえず、まるで俺はこの世界で一人ぼっちになったような感覚だった。
でもそれでよかった。何も聞きたくなかった。
独りになりたかった。
校舎端にひっそりとある、一つの小さな庭園のベンチに仰向けに寝転がり、赤く染まる空を見上げる。
久しぶりの学校生活は、俺を色んな感情に振り回した。
まだ今日という日は終わってないんだな。短いようでとても長く、濃い。
微かに月が昇っているのが見える。
俺はそれに向かって、意味もなく右手を伸ばしてみる。
流れる雲に隠れたり現れたりする月は、すぐそこに見えるのに届きやしない。
手を開いたり閉じたりして宙を掴んでみる。
届きそうで届かない。掴めそうで掴めない。
あれ……。掴めた。
俺の右手は何か冷たいものを掴んでいた。
「イツキさん、いつまで黄昏てるんですか。ほら、お祝いのサイコソーダです。よく冷えてて美味しそうですよ」
困り顔をしながら、そう言ってエイジは横に座ってきた。
俺は上半身を起こして、前にうなだれるように座る。
並んだ二人のシルエットが伸びていく。
少しの沈黙の後、俺は目を細くしてエイジの方を見る。
「お祝い? …………なんだよ、エイジ。お前からかってんのか」
脳裏にあの映像がフラッシュバックする。
……
勝負は一瞬だった。
鈍い音を立てて地面に倒れたリングマ。
それを見ても、初めは何が起こったのか分からなかった。思考も体の筋肉も全てが停止した。
トレーナー交代の合図を聞き、リングマをボールに戻した瞬間、やっと脳は状況を理解した。
“負け”たんだ。
正直なところ、最初から分かっていた。でも、そんなの受け入れたくなかった。
俺は何よりもこの結果が恥ずかしかった。最初に来た感情はこれだった。
悔しさや悲しさや、色んな感情よりも先に。
現実は残酷だな。
知らなかった自分の才能を人に褒められると、実力が追いついているか否かに関わらず夢を見てしまうものだ。
しかしながら、自分の許容範囲を超えた行動をとると、ふるいにかけられ簡単に現実を見せてくる。
薄っすらとしか先が見えないぼやけた自信は、いつだって人を幻想で惑わせ、気付いたときには奈落の底だ。
いたたまれない。認めたくない。
俺の脳は敗北を受け入れたくなかった。
優勝をとる、なんて威勢よく言ったせいで、後には引けなかったんだ。
俺の中の感情はかき混ぜられ、複雑に絡まっていた。
……
「からかったんじゃないですよ」
エイジは俺の方を見てニッ、と笑いかけながら言った。そして腰を上げ、俺の前に立つ。
「これは“前祝い”ですから。未来の英傑へのささやかなご褒美なんです。ほら、喉乾いてるでしょ。とりあえず乾杯しましょう」
サイコソーダ同士をぶつけ、エイジは俺に飲むよう促した。
冷たい塊が喉をスッと通り抜ける。炭酸がシュワッ、と弾けて旨い。
「……正直ボク、バトルの技量まで忘れてるとは思いませんでした。だからイツキさんを持ち上げてしまったんです。そんなボクの方こそ悪いなと思ってます」
ハハッ、とエイジは頭の後ろを掻いた。俺は遠くの方を見ながら話す。
「でもさ、これが前祝いになる根拠はどこにあるんだ。そんな不確かなものを信じても、きっと後悔する。……現に見ろよ。この俺を」
「いや後悔しませんよ」
エイジはすぐに返した。続けて、
「……逆に、友を信じない方がボクの中では後悔するから」
俺にぶつけるように優しく、強く言った。
エイジが夕日の方に顔を向ける。横顔が赤く染まる。そして、声のトーンを落として話した。
「イツキさんが入学当初、ボクに教えてくれたんです。選択に迷ったら難しい方を選べ、後悔しない方を選べって。だからボクはその教えの通りにしているだけです。ボクの選択はイツキさんを信じ、力になること」
一呼吸おいて、俺の方を向く。
「ポケモンバトルの技術は忘れているだけです。失ってなどいない。決闘試合までまだ時間はあります。だから練習して、努力して、感覚を取り戻せば、遅かれ早かれ必ずあのイツキさんが戻ってくるはずです。そして決闘試合で勝つんです。結果がどうであれ、ボクはこれを言わないと後悔する。ボクの親友の助言を無視したことになる。ボクに出来るのはこのくらいのことだけだから……」
「エイジ…………」
エイジは照れくさそうに下を向いた。ぽっかり空いていた心の何処かは、塞ぎつつあった。
エイジ、お前はほんとに良いやつだな。すごいよ。
夕日を見つめる。もうすぐ沈みそうだ。夜がやってくる。
*
少しの間二人で日の入りを見ていると、点いていた街灯が突然バチバチと点滅しだした。
壊れかけなのだろうか。ここはあまり職員も来ない場所なのだろう。
すると、後ろから芝生を踏む音が聞こえた。段々と近くなってくる。
「こんなところにいたのかい、イツキ君。随分と探したよ」
振り返るとタイガとリンがいた。二人は、クラスBの代表トレーナーだ。
タイガは金髪で、サラサラした髪をオールバックにしている。掴みどころがなく、楽観的な男だ。
反対にリンはクールでサバサバした性格で、長い黒髪を胸のあたりまで伸ばした女性だ。
「久々でいろいろあって疲れただろう。実践でのことは仕方ないさ。割り切って明日からまた頑張ろうよ、ね」
タイガが歯を見せながら俺の肩を軽く叩いた。
「あ、そうそう。リンちゃんが話があるって言うから探してたんだよ。こんな敷地の端っこにいるなんて、これじゃあ見つからないわけだ」
やれやれとタイガは両掌を上に向けた。
少し後ろにいたリンが前に出てくる。彼女は目を合わせずに、少し下を見ながら口を開ける。
「よく戦ったと思う。久しぶりのバトルじゃ仕方ない。…………いや、」
リンの目つきが鋭くなる。
「そんなことお世辞でも言えない。あの勝負は何? あたしたちクラスの代表でしょ。貴方はただ突っ立ってただけ」
「ど、どうしたの、リンちゃん」
何か違和感に気付いたタイガがリンの腕を掴む。
しかし彼女はその手を振り払い、虚空を見ながら淡々と続ける。
「当初の貴方はほんとに強かった。クラスの一番に負けまいとあたしはずっと努力してきた。……イツキ君、貴方に追いつきたかった。でも帰ってきたと思ったら何? あんな醜態。記憶喪失とはいえがっかりした。戦えないなら戦わなくていい。戦えないなら引っ込んでいてほしい。つまり────」
リンが俺と目を合わせる。
「降りてほしいの、代表の座を」
#1
- Re: Pokemon and the 7 Trainers ( No.20 )
- 日時: 2020/07/25 21:37
- 名前: 謎の女剣士 (ID: .6mQrr9F)
こんばんは。
やっと、新キャラ登場しましたね。
あ、こちらのポケモンバトルは6章から実施します!
さぼてんさんからアドバイスを貰い、どんな風に盛り上げるかなどありましたら遠慮なく言って下さい。
今、第5章の終盤です。
そのうちのどれかに、シトロンとセレナを出す予定です。
代表の座から、引く……。
確かに、あの戦いは良くなかったですよね。
とてもじゃないけど、本調子とは思えませんよ。
さて、どんな答えを出すか気になります!
- Re: Pokemon and the 7 Trainers ( No.21 )
- 日時: 2020/07/26 11:34
- 名前: さぼてん (ID: KsKZINaZ)
謎の女剣士さん
こんばんは~。
感想とか色々とありがとうございます。
6章からなんですね。すごい楽しみです。
アドバイスですか。
うーん、難しいですね。
私も人に教えられる立場じゃないですが、
“見せ場”はアッと驚くように、
“話の引き際”は気になるように終わるように、
というのをなるべく上手く入れられるように
注意してやっています。
ほんとに、まだまだですが……。
謎の女剣士さんのポケモンバトル編、期待してます。
頑張ってくださいね。
- Re: Pokemon and the 7 Trainers ( No.22 )
- 日時: 2020/07/25 21:59
- 名前: 謎の女剣士 (ID: .6mQrr9F)
実は、さぼてんさんのみネタバレです。
私の考えてる、クイーンはDQキャラのメーア。
かつて、氷使いの四天王がいましたよね? あの人ポジションでいきます!
挑戦者は、マリベル。
使用ポケモンは、フォッコ ピカチュウ ゼニガメ。
対戦相手は、マリオ。
マリオの手持ちはフシギソウ カメックス ゲンガー。
レッツイーブイやピカネタですけど、電気技は効果がありましたよ。
あの、手持ちポケモンのとこで駄目なポケモンがいたら教えて下さい!
- Re: Pokemon and the 7 Trainers ( No.23 )
- 日時: 2020/07/25 22:22
- 名前: さぼてん (ID: KsKZINaZ)
謎の女剣士さん
氷の四天王というとカンナでしょうか。
大丈夫です、駄目な手持ちポケモンなんていないですよ。
頑張ってくださいね。
- 第二話「強者」 ( No.24 )
- 日時: 2020/09/05 19:40
- 名前: さぼてん (ID: KsKZINaZ)
「リ、リンさん……。今、何と言ったんですか…………?」
「だから、代表の座を降りてほしい。そう言ったの」
エイジの問い掛けに、リンは表情を変えることなく答えた。
決意を新たに立ち上がろうとした矢先の出来事である。
続けざまにタイガが焦りながら口を開ける。
「ちょっと、リンちゃん?! 何言ってるの、そんなこと言わずにさ。皆で練習していけばイツキ君だっていつしか元の調子に戻るよ。きっと大丈夫だから」
必死に説得を試みるも、リンは微動だにしない。
「その理由は? どのくらいの時間練習すれば元に戻るの? 一週間、一ヶ月? …………そんな時間ない。決闘試合は待ってくれないの」
そう言うとリンはタイガの方を向いて少し呆れたように、また、悲しそうに呟いた。
「それに、そんな甘いこと言ってらんない。タイガ君、貴方も本当は思ってるんでしょ? このままじゃクラスBは負けてしまうかもって。…………さっきのは優しさから出た言葉? イツキ君のためを思った言葉? ならそれは建前の優しさだよ。本当にイツキ君のことを思うなら、真実を言ってあげないと」
タイガは歯を食いしばって眉をしかめた。リンに言い返すことは何もないらしい。
俺を横目で見たあと、申し訳なさそうに下を向いた。
エイジが俺の前に出てくる。
「代表を入れ替えてまで、勝ちに拘らなくてもいいんじゃないですか? …………確かに負けるのが悔しいのは分かります。だからこそ残り少ない期間であっても、このメンバーで練習して勝てた方が優勝の喜びが大きいと思います」
「それも愚論ね。…………あたしは確実に勝たなくちゃいけないの」
リンが後ろを向く。街灯で照らされた背中からは、どこか寂しい印象を受けた。
「………………あたしはポケモンリーグで働きたい。これは小さい頃からの夢。反対していた親に啖呵を切って故郷を飛び出した以上、手ぶらでは帰れない。優勝はそのための一歩なの。英傑になりたいのよ。分かるでしょ、貴方たちがあたしの立場だったら」
地面に話しかけるかのように出たその言葉は、俺の心の奥にズシリとのしかかった。
「あたしのために、クラスのために。抜けてよ」
風が止む。
灯りが点滅する。
俺の中の言葉は、これしか出てこなかった。
「分かった、リン。……………………俺は代表を降りる」
「そ、そんな……! イツキさん…………」
「良かった、その言葉が聞けて。……それじゃあこれで決まり」
彼女の言葉は余りにも重く、一言一言が俺の胸を貫いた。
当然ながら、ぐうの音も出ない。反論できる余地などない。リンの言うことはすべて正しいからだ。
こんな状態の俺が代表にいても、クラスの足を引っ張ることは火を見るより明らかだ。
俺が外れて、他の強い奴が入った方が良いに決まっている。
────────でも。
「一つ条件がある」
脳に浮かぶある言葉によって、ただでは引き下がれなかった。
“難しい方を選べ、後悔しない方を選べ”。
記憶を失くす前の俺が発したであろう言葉。エイジが俺に賭けてくれたのだから、俺はその期待を背負い全力を尽くすまでだ。
「明日のこの場所、この時間に一対一で勝負をしよう。そこで負ければ素直に代表の座を降りる。でも俺が勝てば代表に居続ける。…………どうだ」
俺の発言にリンは目を見開いた。突拍子もないことを言われ口も半開きになる。
一拍置いたあと、少し口角を上げ俺の方を向いた。
「……分かった。行動で示した方が早いってわけね。いいわ、乗った。ただし、貴方が持ちかけた提案だから泣きごとは無し。あたしも約束に従う。…………そして見せてよ、あたしに。この一日で何が出来るのかを」
冷たくそう言ったあと「じゃあまた明日」と手を挙げ、リンは遠くに消えていった。
それを目で追いながら、残されたタイガは、
「イツキ君、それは遠回しの辞退宣言かい? 一日なんて無謀だよ。こうなった以上、僕にどうすることも出来ないけど…………。と、とにかく、頑張ってくれよ」
そう言い残し、後を追うように走っていった。
*
「イツキさん、何て無茶な賭けを持ちかけたんですか!」
二人が去ったあと、俺とエイジは寮へ向かって歩いていた。
「そうだな、無茶だ。でもそうしないといけない。過去の俺がそう言ってたのなら。それをお前が教えてくれたからだ。さっきは色々とありがとな、俺のために」
エイジの肩を叩く。彼はびっくりして俺の方を見た。
「容易な道は先人が歩いている、厳しいケモノ道を歩かないと。頂点を目指すならこれしかない。それが俺の後悔しない道だ。どのみち練習しなきゃいけないんだ。自分を追い込まないと。…………退路を断たなきゃ道は拓けない」
俺は自分に言い聞かせるようにそう言ったあと足を止め、エイジに向かって頭を下げる。
「でもそのためにもエイジ、頼む。お前の手を貸してくれ。お前の力を。幸い明日は休日だ。明日の夕方まで、俺と色々な練習や勉強に付き合ってほしい」
それを聞くと、エイジは明るい声色で俺の手を取った。
「イツキさん、何だか頼もしいです。あの頃みたいに。勿論、ボクが手伝えることは何でもします。……バトルは苦手ですけど。そこは別の対策を考えておきます」
自然と笑顔がこぼれた。頼もしい味方だ。エイジもつられて笑った。
二人でまた歩き出す。ふと空を見ると雲の隙間から星が光っているのが見えた。
「リンはポケモンリーグで働くのが夢って言ってたな。…………俺の夢って、何だろう」
ボソッと呟いてみた言葉にエイジが反応する。
「そのことなら、知ってます。ルームメイトになった初日、ボクに夢を話してくれました」
会話に呼応するように星が瞬く。
エイジは誇らしそうな顔をして俺に教えてくれた。
「イツキさんの夢は“ポケモンエンダー”です」
#2
- Re: Pokémon and the 7 Trainers ( No.25 )
- 日時: 2020/08/02 21:02
- 名前: 謎の女剣士 (ID: .6mQrr9F)
どうも〜、自分の小説もクライマックスに近づいた女剣士です。
結局、今クロスオーバーで描いてますけど次回作はポケモン世界を舞台にする考えです。
さぼてんさんのみ、ネタバレしますね。
次回作のネタですが、ポケモンと女格闘家の出会い編を最初に描こうと思います。
カスミを最初に出して、ジムリーダー設定はこんな感じです。
ニビジム:ジムリーダー・少年アルス
ハナダジム:ジムリーダー・リルム
エレカさんのいたジムをフルバスのヒロイン・本田 透をジムリーダーにして、エスパー使いのジムリーダーをマリベル
マチスのいたジムで、リーダーにするのは赤い獅子・ロイの予定です。
多分、1番最後のトキワジムのジムリーダーは子供ながら7年の時を超えた少年リンクの予定ですが、いかがでしょう?
手持ちも、こちらのアンケートに出す予定なのでよろしくお願いしますね。
しかし、その座を離れるための条件が最後のポケモンバトル。
これは、見ものですね。
どちらが勝つのか、楽しみにしています。
それでは、私の小説も宜しくお願いしますね!
- Re: Pokémon and the 7 Trainers ( No.26 )
- 日時: 2020/08/03 19:55
- 名前: さぼてん (ID: KsKZINaZ)
▼謎の女剣士さん
こんばんは~。
なるほど、ポケモンを舞台に色んな作品の
キャラクターを散りばめていくんですか。
それは面白そうですね。
ジムリーダー、それぞれのキャラに似合ってて
とても良いと思います。
アンケートが出たら、また時間が空いたときに
記入させていただきますね。
- 第二話「強者」 ( No.27 )
- 日時: 2020/12/08 19:41
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: ysp9jEBJ)
*
敷地の外れにある焦げ茶のレンガ調の建物。
そこが俺たちの寮だった。
家から登校する生徒もいるが、約半数以上の生徒はここで暮らしているらしい。
談笑を楽しんでいる生徒たちの隙間を縫って、俺達は三階にある階段横の一室に入った。
寮の部屋に入ったのは初めてだ。──記憶を失ってからの話だが。
中に入ってまず目についたのは、赤い刺繍の入った絨毯やカーテンだった。
他も赤を基調としたベッドや机、ソファなんかが置かれてあり、鈍いオレンジのランプが何とも心を落ち着かせてくれる。
この寮も古くから存在しているのだろう。壁の傷などからも、案外情緒を感じられる。
しかし部屋の奥に目をやると、その場所には到底似つかわしくないモノが置かれていた。
謎のいくつかの機械やそれらを繋ぐ配線。分厚い本や資料などは散乱して、ごちゃごちゃと無造作に配置されている。
エイジの方を見ると、彼は咄嗟に目を逸らした。
「いやぁ、これはボクが弄ってる機械でして。この二ヶ月独りだったので部屋を広く使わせてもらってました、ははは……」
そう言いながら、エイジは慌てて床に散らばった紙を片付け始めた。
そのとき突然、彼が作ったであろう謎の機械がドン、ドンと音を上げる。
エイジはそれを聞いて頭をカリカリと掻きながら、怪訝そうな顔をして唇を噛んだ。
俺はそれを横目に見ながらバッグを適当に床に置き、モンスターボールを一つ取り出した。
中からリングマを出してやる。
「うわぁ! ビックリするじゃないですか。いきなりポケモンを出すだなんて。確かにここはボクらの共同の場所ですけど……」
「それはこっちの台詞だ。それに、自分のベッドの上なんだからいいだろ?」
戦いで傷ついたリングマをやっと介抱してやれる。遅くなってごめんな。
元気の欠片や傷薬を使ってリングマの手当てをしていると、後ろから不機嫌そうにエイジが声を掛けてきた。
「あの……だからそのベッドはボクのなんです」
「あ…………。悪い」
しまった、こっちじゃなかったか。
片手で謝りつつ、急いでリングマを隣のベッドに移し変えた。
「……まぁいいんです。それよりもほら、本題です。イツキさんの机の上」
物が溢れていない方の机を指差す。
そこにはいくつかの写真が飾ってあった。その中の一つを手に取り俺に見せてくる。
それは、黒い迷彩の戦闘服の上にロングコートを羽織った、謎の面々の集合写真だった。
後ろの方に同じ服を着た俺が写っている。
「これが“終の機関”時代のイツキさんです。つまり、約二ヶ月前のイツキさんってことですね」
「……終の機関?」
聞き覚えのない言葉に脳が混乱した。
「あ、ごめんなさい。そう言えばまだ、終の機関が何なのかを話していませんでしたね。正式名称「脅威追放機関」。通称──────」
──終の機関。
脅威となるポケモンから、他のポケモンの生態系や人々の生活の安泰を護る活動をしている団体のこと。
元々凶暴なポケモンや、何らかの影響で狂暴化したポケモン。
さらには伝説のポケモンまでをも対象に、その攻撃や侵害を食い止めることが一番の目的らしい。
人間やポケモンの盾となるため、守護職とも呼ばれる。
相変わらず、初めて聞くことばかりだ。
朝、母が言っていたことや、昼にエイジが言っていたことはこのことだったんだ。
そして、その終の機関に在籍する団員のことをポケモンエンダーと言うらしい。
俺の夢はこれだった。
でもこの写真を見る限り、俺はもう夢を叶えてしまっているみたいだ。
と、思ったのだが、
「終の機関はトヤノカミ中央や他のエリート校から、戦闘経験が一流の生徒をインターンとして長期間雇う制度があります。もっとも、倍率は低いのですが、イツキさんはそれに合格しているんです。そこで撮られたのがその写真でしょう」
「……じゃあ俺は、ポケモンエンダー見習いってわけか」
そう簡単にはいかないみたいだ。
でも、夢を半分叶えていることは間違いない。
俺って結構すごいやつだったんだな。過去が明かされる度にそう思う。
この調子でいけばいいのだが、いかんせん“記憶の問題”がな……。
横でリングマが呻き声をあげる。まだ傷が痛むようだ。
俺が駆け寄ると、リングマの悲痛な叫びは少しだけ収まった。
しかしながら、例の機械はまだドン、ドンと音を上げる。
「エイジ、いい加減その機械を止めてくれないか。リングマが怯えてるんだ」
「すみません、あともうちょっとなんです。………………よし、出来ました」
しかし静寂は束の間だった。
ドン、ドン。
とまたすぐに音が鳴り出したのだ。
少し眉をしかめてエイジを見る。
すると彼は部屋の扉を見ていた。
それは“機械の発した音”ではなかった。
“扉を叩く音”だったのだ。
「んー、まだ帰ってないのかな」
ドアの向こうで呟く声が微かに聞こえる。
それを聞いたエイジが駆け足でドアノブに手をかけた。
「遅くなってごめんなさい! 気付かなかったんです。…………えっと、あなたは?」
そこに立っていたのはスタイルの良い女性だった。
肩にかかるダークブラウンの髪は、毛先を少し内巻きにしており、これ以上ないくらい似合っている。
足元には小型の黄色いポケモン、ピカチュウ。彼女の相棒なのだろうか? ギザギザの尻尾がチャーミングだ。
そしてその女性は黄色い瞳で、何かを探すように部屋の中を見回していた。
俺がそれを遠目で見ていると目が合って、
「あ、イツキ君! やっぱり来てたんだ。久しぶりだね」
と、エイジの質問を無視して中に入ってきた。
俺の両手を握り、笑顔で軽く跳ねている。
「こ、困りますよ! この時間帯は特例がない限り、他室に入っちゃいけないんですよ?!」
「うん、その特例なんです!」
エイジが慌てて止めようとするが、彼女は人差し指を立てながらそう言った。
続けて俺の方を向く。
「ねぇ。私のこと、覚えてるかな?」
「……悪いけど、覚えてないんだ」
質問に答えると、彼女は表情を曇らせた。少し俯いた後、また顔を上げる。
「そっか、なんか悲しいな。…………いや、シャキッとしろ私」
胸の前で拳を作りながらそう言うと、俺の目を見て言った。
「私はね、クラスFのミナって言うの。イツキ君たちと同じ一年生だよ」
「そうか、ミナ…………さん。よろしくな」
俺の発言にミナは笑った。
「もう。ミナで大丈夫だよ、前はそう呼んでたから」
「あ、そうだったのか。…………えっと、ところで何の用だ?」
そう聞くと、ミナは手をポンと打ちつけて、思い出したかのように言った。
「そうそう、こんな話をしに来たんじゃなかった。終の機関についてはもう聞いてるかな? そこから伝言があってね。来週の午後、支部に来てほしい、って言われてるの。都合とか大丈夫?」
なるほど、ミナはそれを伝えに来たのか。
終の機関の今後について、どうすればいいか分からなかったから、ちょうど良かった。
「あぁ、大丈夫だ」
俺が答えると、リングマがまた低い唸り声を上げた。
その鳴き声に気付き、ミナがベッドを覗く。
「あれ。イツキ君のリングマ、どうしたの……。すごく弱ってるみたい。…………何かあったの?」
ミナがリングマの横にちょこんと座り、頭を撫でながら聞いてきた。
そこには触れないでほしかったが、こうなった以上は仕方がない。
「…………実践の授業でやられたんだ。それで見ての通り、まだ傷が癒えてない」
俺がそう言うと、彼女は色んな事情を察したのか、少し悩んだ表情を見せた。
横にいたエイジが口を開ける。
「明日のバトルには、リングマ以外で戦わなくちゃいけないかもしれませんね」
おい、エイジ。それは言わなくていい。
案の定、それを聞いたミナが不思議そうに尋ねる。
「明日は休日だよね。明日、バトルするの?」
何て答えようか。
正直明日のバトルについては誰にも知られたくなかった。
エイジを睨むと、彼は目を泳がせながら頭を掻いた。
やむを得ず、ミナに打ち明ける。
「……俺、バトルの腕も忘れてしまっているんだ。このままじゃ足を引っ張るだろうから、明日の夕方にクラスの代表と勝負することになってる。…………そしてその結果によって、決闘試合の代表にいられるかどうかが決まる」
窓の外を見ながら、そう呟いた。
庭の木々が揺れている。初夏の夜は少し肌寒い。
しかし、そんなことはお構いなしと言わんばかりに、背中越しでミナが明るく声を上げた。
「なーんだ、そうなのか。なら私、協力するよ。イツキ君の力になる!」
振り返ると、彼女は満面の笑みでこちらを見ていた。
しかし俺は首を振り、エイジを指差す。
「いや、事を大きくしたくないんだ。……彼、“知識の宝庫”のエイジに協力してもらうから、大丈夫だ」
そう言われたエイジの頬が赤くなる。
ミナはそれでも、笑顔のままこちらに近付いてきた。
「なら、“戦いの強者”も必要よね?」
「は?」
自信満々にそう言うミナに聞き返した。
すると、彼女の頬が膨らむ。
「うーん。相変わらずそういうとこ鈍いなぁ、イツキ君は」
そう言って彼女は、後ろを向いて二、三歩進んでから、スカートの裾を揺らしてこちらに振り返った。
「私ね、これでも終の機関在籍なんだよ? おまけにクラスリーダーで、決闘試合ではクラスF代表。もう分かった? …………つまるところ、つ・よ・いってこと」
首をかしげながら、少しいじわるに言う。
え、この子はそんなに強いのか。人は見かけによらないとは言うが……。
並べられた肩書きに思わず息を呑む。
…………こうなりゃ話は別だ。彼女の手を借りないわけにはいかない。
先ほどの発言とは裏腹に、俺はいつの間にかかしこまり、頭を下げてお願いしていた。
「協力してください」
「よろしい」
ミナは微笑みながらそう言い、柔らかい手で俺の手を握った。
*
「じゃあ明日、昼から寮前に集合だよ? みっちりと特訓するから、覚悟しておいてね。あと、来週の終の機関の招集に関しても、同じ時間と場所に集合ね」
ミナがピカチュウを手で促しながら、部屋を出ていく。
「あ、それと。今日イツキ君に何回も電話したのに、一回も出てくれなかったじゃん……。終の機関は電子端末必須なんだから。ちゃんと確認しとくんだよ? じゃあね」
「悪い。……うん、確認しとくよ。また明日」
ミナはそう言って、顔の横の手を振りながら扉を閉めた。
俺のバッグの中に電子端末なんて無かったけどな。どこにやったんだろう。
念のためもう一度中を調べてみても、やはり端末は見当たらなかった。
記憶喪失で目星もつかないから、諦めて新しいのを買った方が良さそうだ。
それを見ていたエイジが声を掛けてくる。
「ボク、端末五つ持ってるので一つあげましょうか?」
「……すごい持ってるな。でも、いいよ。これ以上迷惑かけるのもなんだしな。…………と言いつつも、買いに行くのに付き合ってくれないか?」
俺はソファにもたれ掛かり、頭の後ろで手を組む。
「……ちょうど来週、終の機関に行く前の午前中に、病院の定期検査に行かなきゃいけないんだ。街に出るついでに良いと思ってさ。エイジ、どのモデルが良いとか、そういうのに詳しいだろ?」
「ええ、ボクのおすすめモデルを教えますよ。たまには街に出掛けるのも良いですしね」
「頼りになるよ、ありがとう。……明日もよろしくな」
エイジは笑顔で「任せてください」と答えて、機械弄りに戻っていった。
ふと、さっきの机の上の写真群が目に入る。その中の別の写真。
小さい頃の俺だろうか。一人の少年が紅葉の舞い散る中、何重もある塔の前でピースサインをしている。
これを見たとき、俺はひどく衝撃と懐かしさを覚えた。
頭痛が一気に押し寄せて、思わず頭を抱える。脳が何かを俺に伝えたがっている。
明日に備えて少しの間だけでも勉強しようと思っていたのだが、頭痛に耐え切れなくなってきた。
俺はベッドで休むリングマを見届けたあと、ソファで眠りについた。
今日は長かった。でも記憶喪失前の色んな事実を知れたのが、何よりも良かった。
明日は正念場だ。どんな結果になろうとも、後悔しないようにしないと。
その夜、夢を見た。どこか奇妙で、そこはかとなく懐かしい夢だった。
#3
- Re: Pokémon and the 7 Trainers ( No.28 )
- 日時: 2020/08/08 21:55
- 名前: 謎の女剣士 (ID: .6mQrr9F)
どうも、こちらはシリアス&謎解きに入る目前の女剣士です。
ミナさん、強くて可愛い女の子ですね。
しかし、イツキさんは未だに思い出せない様子。
彼女の手持ち、ピカチュウなんですね。
私の描いてる話にも、ピカチュウはいますよ。
人懐っこくて、今は仲間たちの癒し系になっています。
これから、雌ピカチュウも出す予定ですよ。
ネタバレですが、出て来るポケモンはこんな感じです。
ゼニガメ リザードン カイリュー フリーザー ライコウ エンテイ キレイハナ イワーク コダック ラプラス イシツブテ
あの、ラプラスやイワーク ライコウたちの泣き声が分からないんです。
教えてくれますか?
それでは、また来ます!
- Re: Pokémon and the 7 Trainers ( No.29 )
- 日時: 2020/08/08 22:22
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: KsKZINaZ)
▼謎の女剣士さん
どうも、こんばんは~。
お揃いですね、ピカチュウ。
ポケモンの中ではメジャーですけど、
やっぱり可愛くて好きです^^
うーん、確かに。
考えてみたんですけど、何て鳴くんでしょうね……。
そのまま名前の文字つかったり、
もしくはガオォとかの雄たけび系でしょうか……^^;
お力になれず、申し訳ないです。
謎の女剣士さんの更新スピード凄い早いですね!
私、すごく遅いので見習わなくちゃ、と思ってます^^;
また、そちらに伺わせていただきますね。
ありがとうございました^^
- 用語解説 ( No.30 )
- 日時: 2020/12/20 21:49
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: ysp9jEBJ)
【用語解説】
※一部まだ本編に出ていないモノもあるので、ネタバレを気にされる方は注意してください※
▼トヤノカミシティ
中世の建造物が残る、歴史ある主要都市。
様々な娯楽・観光施設や老舗が並んでおり、人の通りも盛んな活気づいた街。
街の中心に「トヤノカミ中央トレーナーズスクール」、最北には「間の森」がある。
古くから存在している故に、いくつかの伝承や伝説も残っている。
・間の森
トヤノカミシティの最北に位置する森。
イツキが記憶喪失の状態で倒れていた場所。
▼トヤノカミ中央トレーナーズスクール
トヤノカミシティの中心にある、城のような外観の学校。
一流の人間・一流のトレーナーになるために、様々な学問や技術、修養を積むことが出来る場所。
春季入学制で、三年制のエリート校。歴代で最も多くのチャンピオンを輩出している。
カフェテリアホールにスタジアム、図書室など様々な校内施設があり、生徒発足のクラブなども多数ある。
・制服について
夏季の制服は、白いワイシャツに焦げ茶のアーガイル柄のスラックス(スカート)。
冬季は、その上に茶色のブレザーを羽織る。(ベスト、セーター、カーディガンも着用可。)
また、季節を問わず首元にはアーガイル柄のネクタイ(もしくはリボン)をつける。
ただ、このネクタイ(リボン)だけは学年を追うごとに色が変わり、一年生は赤、二年生は青、三年生では緑になる。
ちなみに、ネクタイかリボン、スラックスかスカートは男女関係なく自由に選べる。
胸ポケットには、自分のクラスの数ぶんの銀色(後述のクラスSのみ金色)のバッジを付けなければいけない。
(クラスAなら一個、クラスBなら二個、クラスCなら三個という風に。)
このため、見た目だけで学年とクラスが分かるようになっている。
・行事について
年中様々なイベントがあるが、
春季の「創立記念祝祭」
夏季の「トヤノカミ中央決闘試合」
秋季の「ゴーストナイト」
冬季の「ゴドの両翼・ほくみの試練」
この四つの行事(トヤノカミ中央四大行事)は校内外を巻き込んで派手に催される。
▼クラス
一年生はA~Fの六クラス。二、三年生はそれらとクラスSを加えて七クラスある。
クラスに優劣は特に無く、生徒の偏りが出ないようにバランスよく振り分けられる。
また、色んな生徒と関わることが出来るように、学年が上がる度にクラスの生徒はシャッフルされる。
優秀な成績を収めた生徒は、二年次と三年次にクラスSに入ることが許される。
▼クラスS
一、二年次に優秀な成績を収めた生徒だけが入ることのできる、全生徒憧れの肩書き。
普段は他の生徒と同じく、A~Fのクラス内で過ごすのだが、自由なタイミングで特別な授業を受けられる。
教室を表すクラスではなく、階級を表すクラスであるため、クラスSと言う教室があるわけではない。
クラスSの生徒のみ入れる勉強部屋やバトル施設があるらしいが、口外禁止らしく謎に包まれている。
クラスSの生徒は、金色のバッジ(クラスの数ぶん)を付ける。
▼クラスリーダー
クラスの模範となり、クラスを一つにまとめる生徒のこと。いわゆる学級委員長。
学力・個人能力・ポケモンを扱う腕前などを学校側が総合的に判断し、各クラス一人ずつ選出される。
クラスリーダーは生徒会議や行事などを通して、積極的に学校をより良くしていかなければいけない責任がある。
一度決まってしまえば基本的に一年を通してクラスリーダーであり、学年が上がればまた再度選考される。
▼トヤノカミ中央決闘試合
トヤノカミ中央トレーナーズスクールの夏季行事最大のポケモンバトルのイベント。
トヤノカミ中央四大行事の内の一つ。
この行事期間は一般開放され、学校外からも観客が集まり、出店も出展されてお祭り状態になる。
・ルール
クラスの代表の生徒三名がポケモンを一匹ずつ持ち寄って、シングルバトル形式で戦っていく。
(結局のところ所持ポケモン三匹のシングルバトル。)
六クラスが、ランダムで二グループに分かれてリーグ戦をしていき、リーグ戦勝利チーム同士が決勝戦を行う。
学年ごとに優勝者を決めていき、見事頂点に立つと「英傑」の肩書きが与えられる。
▼英傑
「トヤノカミ中央決闘試合」及び「ゴドの両翼・ほくみの試練」の優勝者のこと。
英傑になると、成績が優位になる等の措置がとられる。
一回の決闘試合では、一年生から三年生合わせて九人が英傑になる。
(一チーム三人で、学年が三年あるため。)
▼スタジアム
トヤノカミ中央トレーナーズスクールにいくつかある、正式なポケモンバトルをするための場所。
決闘試合が行われる「永久のスタジアム」は校内で一番大きく、歴戦の猛者たちがぶつかり合ってきた歴史あるスタジアム。
▼脅威追放機関
通称「終の機関」。守護職とも呼ばれる。
凶暴なポケモンの侵害から、他のポケモンの生態系や人々の生活を護るために結成された組織。
脅威の原因の追究と追放を責務とし、人とポケモンの暮らしの安寧を確保するために活動している。
終の機関に在籍する団員のことを「ポケモンエンダー」と言う。
▼ポケモンエンダー
詳細は、物語がもう少し進んでから記述します。
▼ALPHCODE:7(アルフコード:セブン)
トヤノカミ中央トレーナーズスクールの外壁に刻まれた、謎の文字列。
文字が確認されたのはこれで二度目で、一度目はトヤノカミシティの隣町「ゴドタウン」で発見された。
終の機関では、このコードが現れると怪事件が発生する、と推測している。
▼ポケモン凶暴化事件
詳細は、物語がもう少し進んでから記述します。
▼建造物破壊事件
詳細は、物語がもう少し進んでから記述します。
▼ゴドタウン
詳細は、物語がもう少し進んでから記述します。
- Re: Pokémon and the 7 Trainers ( No.31 )
- 日時: 2020/08/11 08:35
- 名前: 謎の女剣士 (ID: .6mQrr9F)
どうも〜、久々のポケモンバトル編に突入した女剣士です。
クラス、Fまであるんですか。
やはり、勝負を勝ち進まなければ難しいですね。
学校名やスタジアムも、オリジナルですね。
ゲーム版のレッツゴーピカチュウ、イーブイとは違う設定がありますね。
またまた、ネタバレです。
今こちらの、バトルの組み合わせはこうです。
ハナダジム ロックVSテレシア
ヤマブキシティや熱血男のいるジムは、これからです。
しかし、熱血男は既に引退しています。
彼の後を継いだトレーナーが、ストリートファイター2のケン・マスターズ。
四天王は氷はメーア 炎はマリオ ゴーストにはルイージ 最後はさぼてんさんのみ想像して下さい。
私の小説にも、感想お願いしますね。
それでは。
- Re: Pokémon and the 7 Trainers ( No.32 )
- 日時: 2020/08/11 21:50
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: KsKZINaZ)
▼謎の女剣士さん
どうもこんばんは~。
確かに今のところ原作にないモノばかりですね^^;
女剣士さんの
ゴーストの四天王がルイージっていうのが良いですね!
あ、なるほどって思いました。
最後の一人は誰なんでしょう……^^;
想像してみます。
なかなか行けず、申し訳ないです。
近いうちに必ず顔を出しますので、
気長にお待ちいただけると嬉しいです^^
- 第二話「強者」 ( No.33 )
- 日時: 2020/09/22 19:18
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: KsKZINaZ)
*
朝起きると脇目も振らず外へと飛び出した。
庭にある畑を越えて、裏門の柵をくぐり抜け、木が生い茂った林の中へと入る。
まるで自分が息を切らしていることに気付いていないかのように、全力で走る。
すると木漏れ日が集中した、一つの大きな岩が見えたのでそこで止まる。
俺はその岩の前で手を合わせ、目を瞑って言葉を呟いた。
しばらく祈っていると突然、瞼越しにでもわかるほどのまばゆい点滅が横切る。
目を開けてみると、直径一メートルくらいの光の塊がふわふわと岩の上に浮かんでいた。
俺はそれを確認するとにっこり笑って、また林の中を駆ける。
それに合わせるかのように、光の塊も俺の後ろをぴったりとついてくる。
ときどき後ろを振り返りながら走っていると突然、近くの草むらが揺れる音がした。
それに気付いた俺は、ズボンのポケットの中にあるモンスターボールに手を置く。
揺れた草むらの方を見つめていると、ひょっこり茶色い小型のポケモンが顔を出した。
それを確認するや否や、イーブイを出して攻撃を仕掛ける。
いくつかの攻防が続いた後、対象が弱ってきたのでモンスターボールを投げる。
ボールは何回か揺れると、音を上げて静止した。
光の塊は、まるで祝福するかのように俺の頭上を回り出す。
俺はそれを目で追いながら、腹の底から声を出して叫んだ。
「やった、初ゲットだ!」
その直後、何かに気付いたかのように勢いよく上半身を起こした。そして周りを見渡す。
机、椅子、ソファ、ベッド──そこで眠っているエイジとリングマ。
ここが寮であることは間違いなかった。
「さっきのは夢、か………………」
夢はそこで終わっていた。
外はまだ真っ暗だ。日も昇りはじめていない。
少し頭がボケーッとするが、昨日の頭痛はひいたみたいだ。
立ち上がって、机の前まで歩く。
昨日見た俺の昔の写真。塔の前の少年の写真。
それを確認したとき、俺はなぜだか確信したモノがあった。
「…………そうか。あれは夢じゃないんだ」
林を駆けていって、あるポケモンを捕まえた少年時代。
さっき見た夢は、昔の俺の記憶だった。不思議なことにそうとしか考えられない。
これは俺の記憶の断片なんだ。昨日感じた違和感の正体だ。
眠っている間に俺の脳はその違和感を解きほぐし、夢として見せてくれたのだろう。
そしてその捕まえたポケモンこそが今、そこで寝息を立てて寝ている────
「リングマ、お前と出逢った記憶……」
夢の中で草むらから出てきたのはヒメグマだった。
ヒメグマはリングマの進化前のポケモンで、尚且つ俺が初めて自分の手で捕まえたポケモンだ。
途端にリングマとの懐かしい記憶が溢れてくる。
そういやお前とは何度も何度も勝負をしたな。夢で見たのは“敵”としての最後の戦い。
何十回と挑んだ挙句、やっとのことで俺を認めてくれて仲間になったんだ。
それを思い出した俺は、体の奥底から湧き上がる謎の力を感じた。
今なら“やれる”かもしれない──
確証はないがそう思った。
昨日とは間違いなく何かが違う。俺の本能というか、何というか……。
上手く言葉にはできないが、身体が火照って汗が噴き出してくる。
とにかく昨日の分も取り返すために、今このときから勉強や練習を始めないと駄目だ。
エイジはまだ寝かしておいてやろう。
着替えて少しの間勉強を進めていたら、布団がもぞもぞと動くのが見えた。
「………………あ、あれ。……もう起きているんですか」
エイジはそう言いながら欠伸をして、ベッドサイドにある眼鏡を手で探った。
「あ、すまない。起こしたか? ……俺は目が覚めちゃってな。お前はまだ寝ててくれ、一人で勉強するから」
その言葉を聞いたエイジは、重力に負けそうな瞼を必死に持ちこたえさせ、覚束ない足取りでベッドから抜け出した。
「水臭いこと言わないでください。協力すると言った身ですし、今から一緒に勉強しましょう」
「エイジ、ほんとにいいのか? もう少し寝てても大丈夫だぞ」
「何言ってるんですか、今日は大事な日なんですから。……ボクは大丈夫です、気にしないでください」
申し訳ないとは思ったが、そこまでしてくれるのは本当にありがたい。エイジの厚意に甘えよう。
彼はルームウェアから制服に着替えると、いつも持ってる大きめの電子端末を鞄に入れ、扉の方に近付いた。
「じゃあ、行きましょうか」
「え? どこに行くんだ」
「昨日、イツキさんが比喩に使った“知識の宝庫”です。そこで勉強しましょう」
そう言われたのでリングマをボールに戻し、エイジについていく。
寮を抜け、スクールの回廊を通り、ある一室の扉の中に入る。
その先は地下へ続く階段があり、石造りの壁に手を当てながらある程度進んでいくと、ひらけた場所に出た。
「……なるほど、ここか」
そこはありとあらゆる書物が置いてありそうな広い図書室だった。
ここは地下三階くらいだろうか。壁一面に本が埋まっており、それらは天井付近まで覆っている。
その天井の真ん中には、巨大な球状の砂時計とシャンデリアが垂れ下がっており、天窓からはまだ薄暗い外の景色も見えた。
「そうです、図書室です。トヤノカミ中央の図書室はいつでも開いてますから、勉強するにはぴったりの場所ですよ。……ボクはここで何度か寝落ちしたことがありますけどね」
エイジは慣れた手つきで目につけた本を取ったあと、近くの席に着いてさっそく今日の対策について話し始めた。
「覚えていることもあるかもしれませんが、一応。……まず、ポケモンには十八種類のタイプがあります。これは属性のようなもので、ポケモン自身は多くて二つまでタイプを持っています。……また、ポケモンが使う技自体にもタイプを含んでいて、これらタイプはそれぞれ有利、不利の相性があるので、それを把握していないと勝負で勝つのは厳しいです」
手元の本にはタイプの相性の関係表が載っている。
草タイプは水タイプに強く、炎タイプに弱い。
炎タイプは草タイプに強く、水タイプに弱い。
水タイプは炎タイプに強く、草タイプに弱い。
このような関係が十八タイプそれぞれにある。
中には多数に効果が抜群なタイプがあったり、多数に耐性を持つタイプ。
自身と同タイプが弱点だったり、ある攻撃を無効にしてしまうタイプもある。
また、二つのタイプを持っているポケモンはこれらの相性が相殺されたり、ひどく弱点が生まれたりする。
タイプの相性は確実に頭に入れておかないと駄目だ。
「そして今日の対戦相手、リンさんですが。彼女はゴーストタイプの使い手です。彼女は何匹かポケモンを持っていますが、短時間での修行となると、相手の出すポケモンを見極める必要があります。……中でも一番のエース“ゲンガー”を繰り出してくると予想して、勝負の準備を進めることにしましょう」
「ゲンガーか……。なるほどな」
ゲンガーは紫色のポケモンで、鋭い目つきと妖しい口元が特徴のポケモンだったな。
俺が脳内でイメージを膨らませていると、エイジが不思議そうに尋ねてきた。
「…………やっぱりイツキさんって、ポケモンの認識については、記憶喪失前と変わらないのですね。なんだかその部分だけ覚えているのも不思議だな、と思って」
言われてみれば確かにそうだな。なぜそこだけ覚えているんだろう。
病院で目を覚ましたときも、遠くに見えたポケモンが小鳥ポケモンのポッポだ、って自然と理解できた。
自分の所持するポケモンこそ覚えていなかったが、確認さえすれば、そのポケモンが何なのかすぐにわかった。
ポケモンという生き物のことは忘れていない。
記憶喪失前に知っているポケモンのことは全部覚えている。
それを指摘されるまで、何も疑問には思わなかった。
「何でだろうな……。俺自身も不思議だよ」
「そうですよね、何か記憶と関係があるんでしょうか。…………えっと、では話を元に戻しますね。イツキさんは何のポケモンでいきましょうか。ゲンガーはゴーストタイプと毒タイプを持ち合わせているので、草タイプのゴーゴートだと毒タイプの攻撃に不利です。リングマは休戦するとして、残るイーブイかピジョン、どちらで戦いますか?」
俺の手持ちのゴーゴート以外の三匹は、ノーマルタイプを含んでいる。
そしてノーマルタイプとゴーストタイプは、互いのタイプ技が一切効かない対極の関係にある。
こちらの主力技は使えないが、相手の主力技も通らない。
よってゴーゴート以外でいくのはもちろんのことだが、エイジの質問は無意味だった。
今日使うポケモンはすでに決めていたからだ。
「どっちも使わない」
「え? まさか」
一つのモンスターボールを見つめる。エイジもその中身に勘付いているようだ。
俺は少しだけ間を置いてから、口を開けた。
「そう。…………こいつ、リングマでいく」
「いや、でも。…………リングマはまだ昨日の実践バトルの傷が残っています。今は休ませるべきじゃないですか?」
当然の疑問だろう。リングマの体はボロボロだ。
そして、負けたというショックで体の傷だけじゃなく心の傷も負っているかもしれない。俺と同じように。
でも、だからこそ。こいつでいかなくちゃいけない。
「今日、変な夢を見たんだ。いや、夢というよりかは過去の記憶といった方がいいか。俺がヒメグマと出逢った記憶、こいつと戦った記憶。……その影響で何となくだがリングマの性格や性質を思い出したんだ。今なら俺の力、そしてリングマの力を引き出せるような気がする。もちろん時間の許す限り、その自信が確かになるまで練習する。こいつの悔しさも晴らしてやりたい。…………だから、リングマを選ぶ」
「成程、記憶の欠片を取り戻したかもしれないということですね。…………わかりました。それならリングマでいきましょう」
少し希望に満ちた表情のエイジに向かって頷いた。
ポケモンさえ決まればあとはどんな戦法を取るか、そしてその上でどんな技を選ぶかだ。
しかし万が一、他のゴーストタイプが出てきたときのことも考えないといけない。
でもいずれにせよ、ゴーストタイプの弱点は同じくゴーストタイプと悪タイプの二種類だ。
丁度リングマはゴーストタイプの攻撃技“シャドークロー”を覚えている。
これを最大限に活かす作戦でいくことにした。
*
それが決まったあと、ポケモンの“能力”や“特性”等について簡単に学んだ。
エイジは教えるのが上手だ。難しいことでも簡単に噛み砕いて説明してくれる。
そのうえ俺が以前には知っていたことなので、割と簡単に頭に入れることが出来たというのもあるだろう。
そんなこんなで勉強していると、朝の知らせを告げる鐘が鳴った。
休みの日だが、図書室にだんだんと人が増えてくる。
校内の売店で買ってきた朝食を片手に、俺はエイジにある疑問をぶつけた。
「あのさ、エイジ。……どうしても聞きたいことがあるんだ」
「……ええ、何でしょう?」
突然の出来事に戸惑いながらもエイジは開いていた本に栞を挟んで、俺の発言を待つ。
「いや、そんなたいしたことじゃないんだ。……気が早いのはわかっているが、もしも俺が代表に残れたとして、決闘試合一年の部で一番脅威となるクラスはどこだと思う?」
何を聞かれるのだろうと身構えていた体を緩ませ、エイジは眼鏡を直した。
「…………難しい質問ですが、おそらくクラスAかクラスFだと思います。二クラスとも入学当初からポケモンバトルに秀でていると噂立っていましたし、他の生徒達もどちらかが優勝するのではないかと予想を立てていますね。当初はクラスBもその中に入っていたのですが、今はもうその声は上がっていないですね……。もちろん、その他のクラスも十分強いので結果はどうなるか分かりませんが」
「……そうか」
やはりクラスAやクラスFは強いみたいだ。
まだ代表にいられるかもわからない俺がこんな疑問を持ったところで無意味ではあるが、なんとしても確認しておきたかった。
そして、あのポケモンのことも。
「なぁ。……あのクラスAのムツミってやつが出したポケモンを知ってるか? 俺は初めて見たんだ、あんなポケモン」
俺は一定のポケモンは知っている。
記憶喪失前の俺がある程度強いやつだったことも踏まえて、それなりのポケモンは認識しているつもりだ。
それでもあのポケモンは見たことがなかった。
エイジはそんな俺の表情をうかがいながら鼻を掻いた。
「……あのポケモンは“タイプ:ヌル”です」
図書室の静寂な空気の中でも、俺はその名前をはっきりとは聞き取れなかった。
#4
- Re: Pokémon and 7 trainers【ポケモン】 ( No.34 )
- 日時: 2020/08/22 21:45
- 名前: 謎の女剣士 (ID: .6mQrr9F)
どもです〜。
レッツゴーピカチュウ イーブイにもゴーストタイプはいましたねぇ。
私、思い切ってばちばちアクセルに頼り切りでした!
まだまだ勉強不足だなぁ、私。
ちなみに電気系は、飛行に強いそうです。
飛行は、虫タイプに有効らしいですからね。
しかし、エスパーは何が有効なんでしょう。
それでは。
- Re: Pokémon and 7 trainers【ポケモン】 ( No.35 )
- 日時: 2020/08/23 21:28
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: KsKZINaZ)
▼謎の女剣士さん
こんばんは~。
私じつは、「Let's Go! ~」の
ゲームはプレイしたことがないんです^^:
なので“ばちばちアクセル”って何だろう?
って思ったのですが、そのシリーズの専用技なんですね。
エスパータイプは、虫・ゴースト・悪が弱点で、
格闘と毒に強いです。
タイプ相性を覚えるのは、初めは難しいですよね……^^
- 第二話「強者」 ( No.36 )
- 日時: 2020/09/22 19:18
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: KsKZINaZ)
「な、何だって…………タイプ?」
「タイプ:ヌル。アローラ地方のノーマルタイプのポケモンです」
再び耳に入れてみても、それがポケモンの名前だと判断が出来なかった。
ポケモンには似つかわしくない名前だな。そして、やはり聞いたことのない名だった。
固まる俺を見たエイジは電子端末を取り出して、そのタイプ:ヌルとやらが写った写真を見せてきた。
「ボクも名前が特殊なので覚えていただけで、詳しいことは分かりません。本で調べてもほとんど情報がないんです。一説によると、どうやら一種の“伝説のポケモン”の括りに入るとか……」
伝説のポケモンだと。
確かにこのトヤノカミ中央では、見たことないポケモンを連れている生徒や職員がいたが、まさか伝説のポケモンまでをも持っているとは。
もし代表に残ることができたとしても、英傑に向かう道程の途中では、クラスAとも戦うことになるだろう。……ムツミのタイプ:ヌルとも。
例え決闘試合に出られなくても、色んなポケモンの情報を知ることは、夢であるポケモンエンダーにとって必要なことには違いない。
俺も今後、どうにかしてタイプ:ヌルのことを調べる必要があるな。
「……そんなポケモンだったのか、ありがとう。話を断ち切ってすまない。さっきの続きを教えてくれ」
エイジが閉じた本を開いたそのとき、誰かが俺の右肩を叩く。
その叩かれた方を向くと、一人の男が立っていた。
白髪が混じった黒髪をオールバックにしており、目つきは鋭い。目尻や頬には皺があり、年老いて見える。
また、グレーのチョッキにグレーのズボンを着用しており、どうやら教職員のようだ。
「休日にも勉強か、精が出るな。……でもその本の内容はあまりに生温くねぇか?」
男はあらかじめ準備していた言葉を演技するかのように、低い声で言った。
そのあと何かを思い出したかのように続ける。
「そういえばお前は記憶を失くしたんだってな」
「……あなたは?」
この図書室には場違いの声量で喋る男に、少し苛立ちながら訊いてみる。
ピリついた異変を感じ取ったエイジが、何とか場を抑えようと率先する。
「イツキさん、この方はオトギリ先生です」
エイジに手を向けられたそのオトギリ先生は、軽く咳払いをしてから話しだした。
「そうだ、俺はオトギリ。一年のクラスAの監督で二、三年の実践授業を担当している」
よりによってクラスAの監督か。そして実践担当なら合点がいく。
このオトギリ先生がクラスAのバトルの実力を向上させる一因なのだろう。
「……オトギリ先生。俺に一体何の用でしょう?」
「お前は“生まれたばかりのポケモン”と“戦闘経験を積んだポケモン”を戦わせるか?」
「……はい?」
不意に質問を被せられ、戸惑って言葉が出ない。
この人は何が言いたいんだ。そして何のために俺のところに来たんだ。
オトギリ先生は、困惑する俺の表情など一切見ずに、天井の砂時計を眺めながら再度口を開けた。
「俺は戦わせねぇ。強いモンが弱いモンをなぶる様を見ても、見応えがねぇからな。…………だからそれを変えに来た」
回りくどい言い方だが、皮肉めいた質問の意味が分かってきた。
どうやら俺がその“弱い”方なのだろう。
「イツキ。お前は指折りの強さを持つトレーナーであることには違いねぇよ。……でもそれは昔の話だ。記憶喪失になっちまったお前は、クラスAに完敗したそうじゃねぇか。それじゃあ面白くねぇ。勝負っていうモンは、まずポケモンとトレーナーが一心となり、そして相手とお互いに命を消耗して初めて形作られる」
ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、淡々と語った。
眉根を寄せた俺の反応を意に介さず、オトギリ先生はポケットから手を出すと机に両手をつき、少し声を落とした。
「だから、イツキ。お前に一つアドバイスだ。…………勝負で大事なのは“敵の隙を突くこと”。ただそれだけだ。隙を突くのは腰抜けの小細工じゃねぇ。賢哲の方途だ。これを常に頭ン中入れとけ」
「……もし、相手が隙を見せなかったら?」
つい我慢ならずに飛び出た言葉に、オトギリ先生は呆れながら頭を掻いた。
「イツキ、お前ならそんなことぐれぇ分かるだろう? 隙がねぇなら作れ。まぁお前のために一つ例を挙げるとすれば、“勝利を確信したときに生まれる隙”。これほど旨ぇモンはねェな。……お前にも覚えがあるだろ」
言い方はきついが確かに正論を言われている。
実践バトルのことを思い返して、つい下を向いたとき、オトギリ先生でもエイジでもない別の男の声が入ってきた。
「オトギリ先生、うちの生徒に何か用でしょうか? …………クラスBの生徒には今後、私を通してもらえると有難いのですが」
聞き覚えのある声に顔を上げる。オトギリ先生の横に見えたのは、本を大量に抱えたアゲラ先生だった。
アゲラ先生に詰め寄られたオトギリ先生は、さっきまでの固い表情を少しだけ緩ませた。
「ちょっとばかし談笑してただけだ。…………じゃあ、イツキ。あとは自分で考えてみろ。俺はもう行く」
オトギリ先生はアゲラ先生に軽く会釈をすると、その場を後にした。
*
「大丈夫か、イツキ。何か言われたか? ……不安なことや悩みがあれば、いつでも相談してくれよ」
「アゲラ先生、ありがとうございます。大丈夫です」
こういう時の担任ほど頼もしいものはない。やはりアゲラ先生は甲斐性がある。
あのオトギリ先生が実際、俺の味方なのか何なのかはよく分からなかったが、為になることを言っていたのは確かだ。
アゲラ先生が持っている本を机に置いたとき、ふと一つの質問が脳に浮かぶ。
「先生。やっぱり、一つ良いですか?」
「おう、何だ。何でも聞いてくれ」
「エイジ、さっきの画面を見せてくれ」
そう言ってエイジに電子端末を開いてもらい、先ほどのポケモンが写った写真を見せながら尋ねる。
「このタイプ:ヌルというポケモンをご存じですか? 生態学のアゲラ先生なら、何か知っているかと思って」
アゲラ先生が髭を撫でながら、画面を注視する。
少しばかり見つめた後に顔を上げたが、何とも浮かない表情をしていた。
「うーん、そうだな。俺も色んなポケモンの生態を調べてはいるが、このポケモンについては情報が少なすぎるんだ。俺から言えることは何も無いな、すまない」
「そうですか……。いえ、いいんです」
タイプ:ヌルについて調べるには時間がかかりそうだ。
エイジに電子端末を返そうとすると、アゲラ先生は歯を見せて俺の手を止めた。
「ただ、“俺から”は何もないだけで、他に心当たりはある」
「本当ですか」
「来週、臨時講師としてやってくる“イリマ先生”だ。何でもアローラ地方の出身で、ノーマルタイプのエキスパートらしい。イリマ先生なら何か知っているだろう。俺もアローラのポケモンの生態を色々と教わるつもりだし、そのとき一緒に来ればいい」
「ありがとうございます。是非行かせてください」
何と幸運なことだろうか。聞いておいて良かった。
これでタイプ:ヌルの問題は解決したが、肝心なのは今日のバトルだ。
一つ一つ乗り越えていかなければいけない。リンとの勝負に集中しよう。
*
それから二人でしばらく勉強を続けていると、エイジがおもむろに手を止めた。
時計を確認するや否や、俺に向かって声を掛ける。
「では、座学は終了です。ここからは実際にバトルをしながら、今習ったことを確かめていきましょうか」
俺も時計を確認する。しかし、昼までまだ数時間はあるようだ。
「ミナと一緒にバトルの練習をするのは午後からじゃなかったか?」
「ほら。ボク、昨日言ったでしょう? バトルが苦手だから別の対策を考えておく、って。……実は“助っ人”を呼んでいるんです。ミナさんとの練習の前に動きを確認しておきましょう」
まさか助っ人まで呼んでいるとは。
ちょっと大袈裟になってきたが、有難いことには変わりない。
そんなことを思いつつエイジに従って図書室を抜ける。
中庭を通り、学舎の一番西にあるスタジアムに入った。
決闘試合が行われる“永久のスタジアム”と比べると多少狭いが、芝が美しく整備されていて開いた天井の日差しが気持ち良い。
そんな中を俺とエイジの足音だけが空へと抜ける。
どうやらその助っ人が、このスタジアムを貸し切りにしてくれたらしい。
そんな権限を持っている人なんて、一体誰だろう。なんだか怖くなってきたな。
エイジが隣で口を開ける。
「あれ、まだ来ていないんでしょうか……」
二人で辺りを見渡していると、客席の方からよく通る声が飛んできた。
「ようこそ、“泡沫のスタジアム”へ」
声のする方を見ると、茶髪のひょろ長い男がいた。俺は突然の声掛けに驚きつつも、内心安堵した。
「ソウじゃないか」
「やあ、イツキ。……色々と話には聞いてる。バトルの練習をするんだろ。俺でよければいつでも相手になる」
「わざわざ休日にすまない」
ソウは客席を飛び越して華麗に芝の上に着地する。
俺達の元まで歩いてくると、袖を捲った後に口を開けた。
「……じゃあ早速はじめるとしようか」
俺の返答を待つ間も無く、ソウはモンスターボールを投げた。
いきなりの勝負に出遅れた俺もポケットからボールを出すが、その手をそれ以上は動かさなかった。
相手が二匹のポケモンを出してきたからだ。
向かって左側は、青と黒の配色が特徴の、小型の二足歩行のポケモン“リオル”。
右側に見えるのは茶色い体毛に包まれ、首元に尖った岩が生えている四足歩行のポケモン“ルガルガン”。
何故二匹も……と呆気にとられていたが、この後のソウの発言で理解した。
「格闘のリオル、岩のルガルガン。……さぁ、イツキ。どっちと戦いたい?」
俺に選ばせてくれるのか。
リオルは進化前のポケモンだが、ルガルガンは進化後のポケモン。
普通ならルガルガンと言いたいところだが、
「リオルで頼む」
俺はリオルを選んだ。
理由は単純。ノーマルタイプの天敵、格闘タイプのポケモンだからだ。
苦手な相手こそ練習のしがいがある。
ソウはその答えを聞くと、ルガルガンをボールに戻した。
「進化前だからって油断はしないでくれよ。俺のリオルは一味違うからさ」
「わかってる」
俺もリングマを出す。
リングマは出るや否や雄叫びを上げるも、まだ疲れが取れていないせいか少し心許ない。
その叫びを聞いてリオルの眼光が鋭くなる。
「エイジと勉強したことを今、実践でおさらいしていこう。……さぁ、イツキ。勝負だ」
最初に動いたのはリオルだった。
芝をめくるほどの勢いで一気に加速し、こちらに迫ってくる。
左右にステップを踏んで自分の居場所を逸らしたかと思うと、瞬時にリングマの目の前に飛び出してきた。
……落ち着け。習ったことを実践すればいいだけだ。
何とかリオルの動きを目で追っていた俺は、ソウよりも早く命令を叫ぶ。
「今だ、“シャドークロー”!」
リングマの両手の爪が黒い影を纏う。
まず右手を横に振り払う。しかしリオルはその下を掻いくぐる。
続いて左手を縦に下ろすも、後ろにステップを踏んで攻撃範囲から逃れる。
あと少しで届くような距離ではない。余裕で避けられてしまっている。
「接近戦の対処は、まずまずだ。……じゃあ遠距離の場合はどう出る? 距離をとるんだ、リオル」
ソウの指示により、今度は遠くに離れていく。
ある一定の距離で止まったかと思うと、振り返り、手をこちらにかざした。
「“真空波”」
ソウの言葉と同時にリオルは腕を振ると、とてつもないスピードで波状の気が飛んでくる。
攻撃されたときは“避ける”、“防ぐ”、“相殺する”。この三つのどれかで対応すればいい。
「左にかわせ!」
俺の声に反応してリングマは身体をひねり、辛うじて攻撃を避ける。
なかなか危ない。あと一歩遅れていたら確実に当たっていただろう。
しかし、このとき確信したものがあった。
やはり“ポケモンたち”は動ける。
二ヶ月のブランクこそあるものの、俺の手持ちポケモンたちの強さは変わっていない。
俺がしっかり指示を出せば、それに応えてくれる。
……俺の指示さえちゃんとしていれば。
「もう一回だ」
ソウがまた命令すると、同じく“真空波”が打ち出される。
反撃の糸口を待て。そしてしっかりと技の軌道を見極めろ。自分に語り掛けるかのように鼓舞する。
ここだ、と思った瞬間に「かわせ!」と叫ぶと、身構えていたリングマも楽々と攻撃を避ける。
「流石だな。はじめから避けられるとは思わなかった。段々と技量を思い出してきたかい?」
ソウが拍手をしながら嬉しそうに語りかけてくる。
「……でも、これならどうだろう」
ソウが人差し指を俺に向けると、リオルは目を閉じて両手を前に突き出した。
動きが止まった。今が攻撃のチャンスだ。
「リングマ、突っ込んで“シャドークロー”だ!」
言葉通りに駆け出し、リオルの目前まで迫ったとき、ソウが口を開けた。
「よし、先制攻撃だ。“真空波”」
「リングマ、避けてそのまま攻撃しろ!」
三回目の“真空波”だ。勝手は解った。先制攻撃だろうが何だろうが、避ければ問題ないということも。
リングマも先ほどと同じように、難なく攻撃をかわす。
今度は逃がさない。リオルを挟むように両手を振りかざし、“シャドークロー”をお見舞いする──
かと思ったそのとき、リングマは背中に衝撃を受け、その場で倒れ込んだ。
「何?! ………………“真空波”だと? 今、避けたはずじゃ……」
困惑した俺の言葉を聞いたソウは、チッチッチッと人差し指を左右に振りながら声を飛ばした。
「直前に変化技の“心の眼”を使ったんだ。攻撃技を出すだけがポケモンバトルじゃない。この技を使えば、直後の攻撃はどんなに上手く避けようとも必ず当たる。……こういった必中攻撃に対しては“守る”等で技を防ぐか、技と技とをぶつけて相殺させて対処しないといけない」
そうだ……。これは圧倒的な知識不足の中、展開している試合なんだ。
今さっき短時間で学んだことだけでどうにかなると思うな。
この試合の中でも学んでいけ。一つ残らず脳に叩き込め。
そうしないと“彼女”には到底太刀打ちできないだろう。弄ばれるのが想像に難くない。
それを身をもって痛感した瞬間だった。
#5
- 目次 ( No.37 )
- 日時: 2021/01/03 20:30
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: ysp9jEBJ)
記憶喪失の「イツキ」は、歴史ある街「トヤノカミシティ」で起こる謎の怪事件に対峙する──。
【第一章:ある獣の残骸】
>>3-
▼第一話「忘却」
>>03 >>04 >>09 >>10 >>11
▼第二話「強者」
>>19 >>24 >>27 >>33 >>36 >>39 >>42 >>43
▼第三話「襲来」
>>44 >>45
▼第四話「決闘」
▼第五話「一擲」
▼第六話「墜落」
▼第七話「不吉」
▼第?話「光求めし者」
- この物語を読む上での注意 ( No.38 )
- 日時: 2020/12/12 11:28
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: ysp9jEBJ)
注意事項等が長くなってきたので、子記事にて書かせていただきます。
▼登場するポケモンについて
原作においての“第七世代”までのポケモン、リージョンフォームのポケモン(アローラの姿のみ)、メガシンカポケモンが登場します。
第八世代以降のポケモン達や、ダイマックス(及びキョダイマックス)は登場しません。
また、オリジナルのポケモンなども一切出てきません。
▼登場するキャラクターについて
七世代までの原作のキャラクターも登場しますが、
オリジナルキャラクターが多く登場します。
▼舞台について
基本的にオリジナルの街で、物語が進んでいきます。
原作にある街(七世代まで)もいずれ出すつもりです。
▼バトルについて
原作のようなターン制のバトルだと、私の腕では面白く書けないと思い、アニメ版のような、少し自由度の高いバトル描写となっています。
▼技について
七世代までの技・Z技が出てきます。
オリジナルの技は一切登場しません。
ただ、八世代以降では覚えられなくなってしまった技でも、七世代までで覚えることが出来る技は基本的に使用します。
技の種類の多さや、重複したときの複雑な都合上、効果を勘違いして書いているところもあると思いますので、もしそれがあれば、ご指摘いただけると大変ありがたいです。
また、技の仕様や追加効果などは原作と同じ効果で使用しますが、上記と同様のアニメ寄りのバトルにつき、必中攻撃以外は例え技の命中率が“100”であっても避けられたりします。
その他、技を連続で使用したり、技と技をぶつけて相殺させることもあります。
賛否両論あるところだと思いますが、ご了承いただければ幸いです。
最後に、私の解釈により原作との相違点や矛盾が生じることがありますが、あくまで創作物として、楽しんでいただければ幸いです。
- 第二話「強者」 ( No.39 )
- 日時: 2021/01/04 19:54
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: ysp9jEBJ)
「どうだい。どんな技も見切って避けてしまえば勝てると思っただろう? でもそれが一気に敗因に繋がった」
ソウは、地に手を付けたリングマを見ながら言った。
その目の前にいるリオルは、ただリングマを見ているだけで何もしてこない。模擬戦だからだろう。
これが本当の戦いならば、もうすでに決着をつけられている。
「立て、リングマ」
俺の声を聞くとリングマは、案外軽く立ち上がった。
「ポケモン自身に“六つの能力”。ポケモンの技に“三つの分類”があることは、もう頭に入っているかい?」
ソウが右手で指折り数える。
「まず、六つの能力。それは“HP”・“攻撃”・“防御”・“特攻”・“特防”、そして“素早さ”。……これはポケモンの種類それぞれで異なり、同じ種族のポケモンであっても些細な違いが見られる。主にポケモンバトルの時に影響する、ポケモンそれぞれの力のことだ」
続いて左手で三つ数える。
「次に、技の分類。“物理技”・“特殊技”・“変化技”。この三つだ。先ほども言ったように、ただ闇雲に攻撃するだけでは勝てない。ポケモンの技は数多く存在するが、バトルで使えるのは四つだけ。その四つを状況において適切に選び抜き、そのポケモンにとって最良の技で固めなければならない」
これはエイジと一緒に勉強したことだ。
“HP”は体力。HPが多いポケモンほど、攻撃を多く耐えることが出来る。
“攻撃”は“物理技”を使うときに影響する。攻撃が高いほど物理技のダメージが増える。
“防御”はその“物理技”を受けるときに影響する。防御が高いほど物理技のダメージを抑えることが出来る。
“特攻”は特殊攻撃の略だ。特攻が高いほど“特殊技”のダメージが増える。
“特防”は特殊防御の略で、特防が高いほど“特殊技”のダメージを抑えることが出来る。
“素早さ”は技を使用するときの優位性を決定する。
そして“物理技”は、“シャドークロー”の様に物理的に攻撃する技のことで、敵に接触する技が多い。
対して“特殊技”は“真空波”の様に、ポケモン自身が生み出すエネルギー等を使い、基本的に遠距離から攻撃できる技のことだ。
三つ目の変化技は“心の眼”の様に、ポケモンの能力に影響を及ぼしたり、相手を状態異常にしたり、特殊な攻撃手段を行ったりと、戦略には欠かせない重要な役割を担っている。
──それらを思い出すように、頭の中で復唱してみる。
大丈夫だ、理解できている。なぜ攻撃を受けたリングマが涼しい顔で立つことが出来たのか、ということも。
ソウは一通り話し終え間を置くと、再び口を開けた。
「“真空波”は特殊技だ。先制攻撃が出来るアドバンテージこそあるものの、技の威力はかなり低い。加えてリオルの能力は“特攻”よりも“攻撃”の方が高い。……つまり、いくら効果が抜群と言えど、リングマが受けたのは大した攻撃じゃないってことだ。…………でも、キミらが仮想敵としているゲンガーはこんなものじゃ済まない」
ソウの発言から察するに、普段はリオルに“真空波”を覚えさせていないのだろう。
俺がいつもの感覚を少しでも思い出すために入れた、対“初心者”用の技。
つまるところ、ソウがわざわざ手を抜いてくれていることは言うまでもなかった。
そして、それを続けていてはこの状態を脱せないことも言うに及ばない。
──ただただ今は“時間”がない。
「ソウ、手加減しなくていい。……本気できてくれ」
俺が言うと、ソウは少し目を見張ったが、一つ二つ頷きながら笑みを浮かべた。
「……イツキらしいな。段階を踏まえて力を上げていこうと思ったんだけど。…………分かった、本気でいかせてもらうよ」
低く発したソウの宣言に合わせて、リオルが素早く腕を構える。
「この間合いから繰り出す技に、どう対応する? …………リオル、“瓦割り”」
ソウの言う通り今、二匹は互いに手を伸ばせば届く距離にいる。
そしてリオルの物理技、効果抜群の“格闘”技──本気で倒しにくる、という意味。
対してこちらは絶体絶命。“真空波”のダメージに加えて、一度でも当たればリングマの負け。
リオルは地を蹴り、腰を捻りながらリングマ目掛けて右の手刀を振り下ろす。
当たるか当たらないか。その間際で、
「リングマ、“守る”!」
リングマの周囲に発生したエネルギーの障壁がリオルの攻撃を弾く。
リオルは振りかざすはずだったその右腕の反動に耐えられず、意に反して後方に飛ばされた。
「……なんだ、“守る”を覚えていたのか」
「敢えてそれを悟られないように動いたが、正解だった」
リオルは波紋ポケモン。
人やポケモンの些細な感情の変化を、波動という波の形で見分けている。
感情を動かせば読まれて対処される。だが、この攻防には一先ず勝った。
現に尻もちをついたリオルの目の前に、逆光で表情が見えないリングマが爪を妖しく染める。
「“シャドークロー”!」
その爪を以って、目にも止まらぬ速さで切り裂く。
斬撃の残像で影が周辺を覆う。逃げ場のない衝撃に、リオルはまたも弾き飛ばされる。
が、今度は右手を地につけ華麗に着地した。
──何だ、今の。…………リオルの様子。
いくら効果が普通といえど、“シャドークロー”はそこそこ威力のある技。
平気な顔のリオルに、何かしてやられたと勘付く。
案の定ソウが手を胸に当て、一息ついた。
「……何とか“鉄壁”が間に合ったみたいだ。でもやってくれたな、イツキ。正直驚いたよ」
“鉄壁”により“防御”をグンと二段階上げたリオルに、物理攻撃は大したダメージにならなかったというわけか。
このまま“シャドークロー”で突っ張っても意味はない。
倒す前に倒されるのがオチだ。
反撃が失敗した。これはまずい。
俺が望んだ相性の悪さ故に苦戦を強いられるのは当然のことだが、この状況を脱するにはどうすればいい。
どうすれば勝てる……。
──そのとき一瞬、視界全体が白に光った。
激しく眩しい光の点滅。それはすぐに終わり通常の情景に戻るも、ただ一点。
不可思議で奇妙なことがただ一点だけ起こった。
──俺の思想が、考えが。つまりは頭が溢れんばかりに冴え渡る。
そして算出された“白星”がぴたりと脳にこびり付く。
「リングマ、“ビルドアップ”」
リングマが身体に力を込めると、全身の筋肉を一気に張る。
効果は“攻撃”と“防御”の一段階上昇。
しかし、その様子を見てソウは余裕綽々といったところ。
「“鉄壁”への対処で攻撃力を上げてきたか。悪くはないが、“ビルドアップ”では追いつけないのも事実。……俺はもう一度“鉄壁”をする」
リオルの皮膚が鋼鉄の様に固くなる。
累計四段階目の“防御”の上昇。一段階上げたリングマの“攻撃”程度では掠り傷にもならない状態。
──しかし狙いは“そっち”じゃない。
「突っ込め、リングマ!」
リングマがリオル目掛けて駆ける。
「向かい討つんだ。リオル、“瓦割り”」
例えリングマの“シャドークロー”を受けようが、構うものかといった様子。
「“守れ”!」
途端、リングマの周りに防御壁が生まれたことで、飛び掛かったリオルが一瞬躊躇する。
「リオル、いい。そのまま攻撃するんだ。“守る”が切れる頃合いを狙えばいい」
ソウの言葉を受け、取り直したリオルが左手を振りかざしたその時、その瞬間。──その攻撃を待っていた。
「リングマ、“守る”を解除」
リングマが俺に向けて歯を見せる。……これだ、間違いない。
“守る”をキャンセルしたリングマの脳天に、リオルの手刀が勢いよく下ろされる。
効果抜群の攻撃。
先ほどの“真空波”のダメージに上乗せして、ここで俺の負けだろう。
──もしも“ビルドアップ”で“防御”を上げていなかったらの話だが。
思惑通り、僅かながら攻撃を耐えたリングマが爪に力を込める。
「ッ! “ビルドアップ”の狙いはそっちか。……でもリングマの“シャドークロー”がどうした。物理攻撃は大したダメージにはならない!」
ソウの言葉を置き去りにして、リングマは目と鼻の先にいるリオルの“右手”に向かって思いきり爪を食い込ませる。
「“シャドークロー”……」
俺が言い終わるのと同時に、リオルの身体は芝生に叩き伏せられていた。
すぐにソウが叫ぶ。
「立つんだ、リオル! “鉄壁”を重ねた今なら余裕で耐えられたはずだ。…………リオル?」
それ以上起き上がらないリオルの状態を見て、ソウは手を額に当てる。
「まさか…………。“急所”か」
「急所だ」
動揺するソウに対して俺は冷静に答えた。
「……やられた。“シャドークロー”は急所に当たりやすい技。確かに、急所に当たれば“能力変化”の影響を受けない。リオルの引き上げた防御も全て無駄になったというわけか」
ソウが言い終わった瞬間、また“あの光”が一面を覆う。
視界が晴れたとき、俺は一抹の不条理を抱えた。
──何だったんだ、今のは。
さっき、あきらかに“自信”があった。
“確実に急所に当てられる自信”が…………。
「まさか負けるとは……。試合終了だ。今のキミになら勝てると思ったが、とんだ誤算だったようだね」
ソウがリオルをモンスターボールに戻す。
腑に落ちないまま俺もリングマをボールに戻し、“シャドークロー”を使う前のリングマの表情を思い返す。
すると、横で一連の流れを見ていたエイジが小さく拍手をした。
「二人とも、お疲れ様でした! そしておめでとうございます、イツキさん。凄かったですよ!」
そうだな、エイジの言う通りだ。良かった、勝ったんだ。
模擬戦で、尚且つ初めに手加減はあったものの、勝てたことには変わりない。
少しばかり自信が付いた。今はこの喜びを噛みしめないと。
ソウがフィールドの向かいからこちらに歩いてくる。
「ほんとにビックリしたよ、やるじゃないか。これならリン相手にも希望が見えてきたんじゃないかい?」
そう言った後、俺と腕を三回当て合った。“ナイス”という意味合いの、ソウなりの挨拶だ。
「じゃあ午前中の練習はこのくらいにしておきましょうか。午後からはミナさんとの練習もありますから」
「え、ミナがくるのかい?」
ソウがエイジの発言に反応した。
「知っているのか、ミナを。午後から同じようにバトルについて教えてもらうんだ」
「知ってるも何も、彼女とはクラスリーダー同士だからね。クラス会議や、決闘試合の集会でよく話してるよ」
クラスリーダーは大変そうだ。
もちろんエイジもそうだが、そういった合間に俺に教えてくれている。
今度何か奢ってやらないと。
ソウが続ける。
「彼女、強いんだろ? まだ彼女のバトルを見たこと無いんだ。俺もついて行っていいかな?」
「全然構わない」
昼の鐘が鳴る。
俺たち三人はスタジアムを出て、カフェテリアホールに向かった。
*
「──それで、探してるってわけなんだ。まだひと月も先のことだけどね。何かいい案ないかな?」
ソウが昼食を食べながら、彼の妹さんへの誕生日プレゼントの話題を振る。
「好きなポケモンを捕まえてあげる、ってのはどうだ?」
「うーん……、良いアイデアだと思うけど、妹はあまりポケモンを持ちたがらないんだ。それに、女の子だから何か流行りのモノとか、可愛いモノとかがいいと思っているんだけど」
俺の提案をやんわりと退け、ソウはエイジを見る。
「そうですね……。今度一緒に見に行きますか? ね、イツキさん」
「あぁ、そうだな。来週、俺たち街に出て買い物に行くつもりなんだ。そのとき一緒に来たらどうだ?」
それを聞くと、ソウは持っていたフォークを皿に置いた。
「本当か、丁度良かった。一緒に行かせてもらうよ」
ホールの窓から映る中庭の景色。
そこから、木漏れ日をつくりながら葉を揺らす木々の心地よい音が聞こえる。
突風が吹く。煽られた葉は宙を遊ぶように舞い、やがて力無く地面に落ちた。
*
昼食を済まし、三人で寮の入り口付近の壁にもたれる。
他愛もない会話を交わしていると時を数える間もなく、扉を開けてミナが出てきた。
一瞬、違和感を覚える。……昨日と少し表情が違う。
何だか疲れているような、不安そうな……。そんな顔。
「ごめんなさい。待ったかな? ……あれっ、ソウ君」
ただの気のせいだろうか。話し始めるとすぐに明るい顔に戻った。
「やぁ、ミナ。俺もお邪魔させてもらうよ」
「丁度良かった。じゃあスタジアムに行って、練習始めよっか」
いや、やはり元気がないように見えるが……。
ミナに同伴して、今度は校内の東の方にある“玉響のスタジアム”に入る。
寮から比較的近い場所だ。ここも同様に貸し切りにしてあるらしい。
リーダー権限様々だ。
「イツキ君は何のポケモンでいくの?」
「リングマでいく」
「うん、それなら安心」
ついた途端、ミナは俺が出すポケモンを確認すると、エイジの端末を覗き込んだ。
会話から察するに、リングマの技を確認しているらしい。
「技もバッチリだね。本当は“地震”を覚えさせたかったけど、もうそんな時間もないから」
“毒”を含むゲンガーに効果抜群の“地面”技か。
確かに、威力もある技だし納得だ。……しかし、一つ疑問が生じる。
ミナに、対戦相手がリンだということを。ましてや、ゲンガーを出すと仮定したことを話した記憶がないのだが……。
エイジがすでに話を付けているのだろうか。
「イツキ君。これ、何だかわかる?」
ミナが首をかしげながら、三つの玉を手に取り見せる。
一つは赤色で、一つは紫色で、一つは黄色だ。
ミナは俺の顔を窺ったあと、そのまま続けた。
「赤色の玉は“火炎玉”。“火傷”を起こす情熱の玉。紫色の玉は“毒々玉”。“猛毒”を起こす魅惑の玉。黄色の玉は“電気玉”。ピカチュウの“攻撃”と“特攻”が上がる逸品の玉。……これらはポケモンに持たせる“持ち物”の一種で、ポケモンバトルの最中にポケモン自身が使用できる“アイテム”のことを指すの」
そう言うとミナは、“毒々玉”と“電気玉”を自身のカバンの中にしまった。
「あと、ポケモンには“特性”と呼ばれる、主にバトル時に力を発揮する不思議な能力があるのは習ったかな?」
「ああ。エイジに教わった」
この“持ち物”と“特性”もポケモンバトルをする上では欠かせない重要な要素だ。
バトル時に一つだけ持たせられる“持ち物”は、ポケモンの技に効果を及ぼしたり、ポケモン自身の能力を引き上げたりすることができる。
そして各種族、数種類ある“特性”は、その中の一つだけを各ポケモンが有していて、これはポケモンが生まれつき持っている特有の性質のことだ。
「イツキ君のリングマの特性は“根性”、だったよね。これは“状態異常”になると“攻撃”の能力が上がる特性。だから、この“火炎玉”で火傷を起こして、強制的に“根性”を発動させる。火傷のダメージが続くから必然的に短期決戦で決める必要はあるけど、それ以上にメリットがある。……この戦法でいくのはどうかな?」
「いいな、それでいこう」
ミナは「よし、決まりだね」と言うと、ニッコリしながらソウの前に立った。
状況が掴めないソウは冷や汗をかく。
「な、なんだい……?」
「じゃあ、ソウ君。ルガルガンを使って、今からイツキ君と模擬練習おねがい!」
綺麗に両手を合わせ上目遣いで言われたソウは、渋々ボールを出す。
「……ミナのバトルを見に来たんだけどな」
小さく呟いたソウを気に留めず、ミナは俺の方に振り返る。
「イツキ君。今から大事なことを言うよ。……勝負の際、ポケモンをしっかり見ておいてね」
終始、彼女の助言はそれだけだった。
*
時は夕刻。日没前。
“勝負”の始まるとき。
俺の向かいに対峙するは、黒い長髪の女性。
それ以外は誰もいない、この校庭の片隅で。
彼女────即ちリンは、しばらく閉じていた口を不意に開けた。
「……一応、確認だけど。使用ポケモンは一体のみ。持ち物は所持可能で、アイテムの使用は禁止。どちらかが倒れたら、そこで試合終了。その時は“約束”を果たす。…………これで、いい?」
「問題ない」
またしばらくの沈黙。
風で揺れる木々と、稀に起こる街灯の点滅。そして沈む太陽を除き、光景は何も変わらない。
「夕陽が沈んだ時、それが勝負の開始でいいんだよな?」
「それでいい」
簡潔な返答に、更に場の空気は重くなる。
手にはモンスターボール。強く握っているせいか、汗が止まらない。
今か今かと一戦の始まりを待つのみ。
鼓動の音を聞いていると突如、辺りが暗くなる。
──太陽が沈んだという証。バトルの開始の合図。
互いにボールを投げ合う。
出てきたのは、リングマとピカチュウ。
「ピカチュウ……?!」
思わず口から飛び出た。
……い、いや。何でだ。どういうことだ。ゲンガーは?
他のゴーストポケモンでも何でも無く、ピカチュウだと?
「読みを外した……」
リンは小さくそう呟いた後、ピカチュウに命令を下す。
「“電磁波”」
俺が戸惑い静止している瞬間、リングマはピカチュウの放った“電磁波”を浴び“麻痺”状態になる。
「いや。ま、待てよ……」
勝負に対して言ったのではない。
どうしようもなく脳が追い付かなくて、自然と出てきた意味のない言葉だった。
整理できない。理解できない。
────だってそれは。そのポケモンは。“ミナのピカチュウ”じゃないか。
俺を置いていくかのように、一人だけ残すかのように。
暮夜の戦いは静かに幕を開けた。
#6
- Re: Pokémon and 7 trainers【ポケモン】 ( No.40 )
- 日時: 2020/09/13 22:23
- 名前: 謎の女剣士 (ID: .6mQrr9F)
こんばんは。
まさか、ピカチュウが来るとは。
リングマとピカチュウ、どちらが勝つんでしょう!
私の描いてる話は、人懐っこいですからねぇ。
悪役とか敵軍には、警戒心が強いですw
ニンフィア、出てくる日が来ますかね。
それでは。
- Re: Pokémon and 7 trainers【ポケモン】 ( No.41 )
- 日時: 2020/09/19 18:20
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: KsKZINaZ)
>>40 謎の女剣士さん
こんばんは~^^
イツキとリン、一体どちらが勝つのか、負けるのか。
予想しながら見ていただけると嬉しいです^^
人懐っこいピカチュウ、可愛いですね^^
敵に対して警戒心が強い、というのも頼もしい限りです。
女剣士さんは、ニンフィアが好きなんですよね?
現時点では一応、登場場面を考えてありますが、
ストーリーが進むにつれて構想が変わり、
万が一、登場できなかった場合は申し訳ないです……。
なるべく色んなポケモンを出せるように努めます^^
- 第二話「強者」 ( No.42 )
- 日時: 2020/09/22 19:15
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: KsKZINaZ)
一体全体どうなっているんだ。
目の前で起きている理解できない状況を解決しようと、必死に脳を働かせてみる。
しかしその答えは、自分では一向に出すことができない。
指示を出さない俺を見かねたであろうリンが口を開ける。
「突っ立ってどうしたの。……まさか命令することも忘れたなんて言わないでよ」
「…………おい、リン。どういうことだ」
「どういうことって……、そのままの意味だけど」
「そのことじゃない」
俺の口調と表情で何かを感じとったリンが、少し怯んだように見えた。
そんな彼女の目を見ながら、一直線に声を飛ばす。
「それはお前のポケモンじゃないだろ……!」
頭の中で解けなかった問題を、ようやく言葉として表す。
対面する二匹のポケモンは主の指示を待つ中、リンはピカチュウを出したボールを見ながら呟いた。
「…………えぇ。そうよ。あたしのポケモンじゃない」
やはりそうか。疑いが確信に変わる。
しかしなぜだ。なぜお前がミナのポケモンを……?!
まさか……。ミナのポケモンを盗んだのか?
一つの疑問が解決したと思う間もなく、次の疑問が重なるように出てくる。
……いや、それは考えすぎか。
なにしろリンの表情から読み取れるのは、昨日と同じく冷静かつ合理的な感情だけ。
加えてピカチュウも忠実に指示に従ったことも踏まえ、それだと辻褄が合わない。
でもなぜ自分のポケモンを使わないんだ。手を抜いているのか。
──考えを巡らせていると、リンは先ほどの発言を掻き消すように続ける。
「ねぇ、イツキ君。貴方、まさかあたしが手加減をしていると思ってるの? ……ならその考えは全くもって違う。あたしの考えはその逆。……“勝ちにいく”ためにこのポケモンを選んだの」
「それは正気で言っているのか? 自分のポケモンを使っていないのに、本気だと? ……それにそもそも、なぜミナのポケモンを持っているんだ」
そう返すと、彼女は深いため息をつき、一拍置いてからまた喋り出した。
「……色々と言いたいことがあるのは分かるけど、そういうの一度捨ててくれない? そんなことを言ってる余裕はあるの?」
ピカチュウが頬の電気袋から電撃を発生させ、次の攻撃の準備を始める。
「余裕か……。ああ、それなら大丈夫だ。何故ならお前が事を順調に進めるために出したであろう技が、逆に俺たちを有利にさせてしまっている」
ソウのルガルガンとの練習の最中に言われた、ミナのプランが頭をよぎる。
──「まず初めに“守る”を使うこと。なぜなら、そうすることで相手の出方を窺うとともに、“火炎玉”が発動するまでの時間を稼げる。つまり、一石二鳥ってことなの」──
初めから、そのプランは崩壊。
ミナのピカチュウの存在に気を取られ“電磁波”に反応できなかったからだ。
“守る”を使い損ね、今や持たせている“火炎玉”は完全に意味を失くしてしまっている。
ただ、奇跡的にやりたいことは支障ない。
“状態異常”による“根性”の発動。
ミナに教わった戦いの手順通りではないが、結果的に上手くいっている。
「こちらとしてはありがたいよ、リン。お前はリングマの特性を忘れていたのか? ……行くぞ、リングマ。“シャドークロー”だ!」
“根性”により“攻撃”が大幅に上がった今のリングマは、まさにリミッターが外れたような状態。
鍛えられたミナのポケモンと言えど、一撃で粉砕できる可能性の方が高い。
リングマが爪に影を纏い、ピカチュウ目掛けて駆ける。
──しかし、右足を踏み出したところで体勢を崩し、そのまま左足もろとも地面に膝をついてしまう。
「リングマ?!」
「……もちろん知っているわ、“根性”くらい。あたしだってそれを踏まえても尚、こちらにメリットがあると思って“電磁波”を使ったから」
俺の情けない声を引き立たせるように、リンは少し笑みを浮かべて喋りだす。
「早速“体が痺れて動けない”ようね。それだと技も繰り出せない。あなたのリングマではそれを治す手段はないはず。……技が出せるかは、リングマの“本当の根性”次第ってところ」
ピカチュウがリンと目を合わせる。
「……“雷”」
リンが指示した瞬間、ピカチュウが空に向かい全身から電気を放出させる。
とてつもない迫力。それは、ピカチュウが“電気玉”を持っているからだろう。
そしてそれは瞬く間に、巨大な雷として轟音を響かせながら、地上目掛けてやってくる。
「リングマ……!」
“雷”は二匹のちょうど間に落ち、閃光が周囲をほとばしる。
リンとピカチュウの表情が曇る。
これはもしかして────“外した”のか。
“雷”という電気タイプの特殊技。威力こそあるものの命中に欠ける、というところか。
それに加えこの時間、この場所。
周囲にある明かりは壊れかけの街灯のみ。
薄暗いだけで完全に見えないわけではないが、相手からすると“当たり”をつけるのが多少困難なのだろう。
対して俺たちは、“もう一つの光源”がある。
それこそまさに、いま電気を帯びて光っている“ピカチュウ”だ。
日中ではこの差は気にならないだろうが、暗闇ではただの的。
──この戦いは俺たちに分がある。
「……リングマ、立て! もう一度“シャドークロー”だ!」
今度は麻痺に抗い、技を繰り出す。
豪快に振りかざした右手はピカチュウの腹を切り裂いた。
──ように見えたが、それは幻の如く姿を消した。
「?!」
視界の隅に一瞬、黄色い発光がチラつく。
そこで初めて“本物”のピカチュウが別にいるのに気付いた。
「……“影分身”。影武者の方に攻撃してしまったようね。…………“回避率”を上げた状態と“麻痺”状態。これが重複することで、あなたたちの攻撃は通らないまま終わる」
これがリンの狙い……!
しまった。完全にハマってしまっている。
やはり“電磁波”だけでも防ぐべきだったのか。
そのとき脳内に、ある言葉が浮かぶ。
──「勝負で大事なのは“敵の隙を突くこと”。ただそれだけだ」──
オトギリ先生の俺への助言。
敵の隙を突く。そして隙が無いなら、自分で隙を作る。
後者は、今の俺にはまだ厳しいかもしれないが、相手が見せた些細な隙を見逃さないことはできるはずだ。
その一瞬の間を見つけなければ……。
上空で、雷鳴が轟く。──“雷”が落ちてくる前兆。
「リングマ、“守る”!」
咄嗟に叫んだ声に反応し、リングマは麻痺に逆らいながら何とか周囲に防壁を拡げる。
二度目の“雷”はリングマが生み出した障壁に向かって、激しい音を伴いながら落ちた。
「危なかった……」
ホッと胸を撫で下ろしていると、まだ“守る”を展開しているリングマ目掛けてピカチュウが走ってくるのが見える。
一体何を企んでいる……?
今は一切の攻撃を受け付けないのに。
しかしわざわざ向こうから来てくれるなら、これは絶好のチャンス。
反撃の作戦を考えていると、リンが仄かに口角を上げるのが見えた。
そこで感じた嫌な予感が的中する。
「“フェイント”」
ピカチュウの手から生まれたエネルギーが、“守る”の芯を捉え、障壁が一気に崩れる。
中にいたリングマは、衝撃によって微々たるダメージを負う。
「こ、これは……」
“守る”を突破できる技、ということか。
知っていれば反応できたはずだが……。
いや、こんな無益な言い訳を考えていても仕方がない。
何にしろ今は、目の前に標的がいる。“シャドークロー”の恰好の餌食だ。
「リングマ、やれ!」
俺の命令を受けリングマは、痺れる腕を何とか動かし、爪を黒く染めて振り上げる。
それは確実に胴体に命中する。
──しかしまたも、切り裂かれたはずのピカチュウは、文字通り闇と一体になり消える。
残る虚空を見て、またしてもそれが“偽物”であることにようやく気付く。
「……ッ!」
「だから言ったでしょ。当てることは出来ない、って」
「でもそれはお前も同じだろう……!」
「さぁ、どうかな……。ピカチュウ、“雷”」
リンが追撃をせんと、ピカチュウに命令する。
また天に向かって膨大な電撃を上げると、それは稲妻へと姿を変える。
「“守る”!」
リングマは手足を広げ、エネルギーの障壁を作る。
と思ったが、それは完成しないまま“雷”がリングマを直撃する。
技が出せない原因は“麻痺”によるものだった。
“雷”を受けたリングマは右手で体を支えながら、ピカチュウを睨むように立ち上がる。
──この様子だと、体力はまだギリギリ半分以上残っているはずだ。
もしもう一度食らっても、わずかに耐えられる……。
「……勝負に置いて、“運”は最も重要かもね」
リンが呟いたその言葉で、ある作戦を思いつく。
当てることが出来ない……。なら、最初から当てるつもりじゃなければどうだ。
ただ運任せに攻撃する方法──命中率が低いから敢えて使わなかった“四つ目の技”。
“影分身”で回避率を上げられている今、この期に及んでそんなことを気にする必要は全くない。
“運”さえ味方すれば。……可能性はある。
「リングマ、周囲を覆うように“ストーンエッジ”だ!」
麻痺に何とか逆らいながらリングマが全身に力を込めて叫ぶと、周辺に尖った岩が次々と飛び出る。
それはどんどんと数を増やし、やがて“本物”のピカチュウの下からも勢いよく突き出る。
上手くいったか──
「ピカチュウ、“フェイント”」
がしかし、ピカチュウの繰り出した“フェイント”が岩をいとも簡単に粉砕する。
クソ……。駄目なのか。
頼みの綱が、呆気なく散ったのを見て愕然とする。
運よく攻撃を当てても“ストーンエッジ”では防がれてしまう。
どうにかして“シャドークロー”でいくしかないということか……。
ピカチュウは“フェイント”の動作を終えると瞬時に、見覚えのある構えに移行する。
「……“雷”」
ピカチュウが打ち上げた“雷”が、空の切れ目から光る。
「“守る”!」
リングマは防御壁を作ろうと行動するも、またしても手足の痺れにより動きが止まる。
“守る”の失敗。それは当然、無防備な姿を晒すということ。
「……クソッ、またか!」
しかし、運が向いてきたのだろうか。
“雷”はリングマとは間反対に位置する、ピカチュウ側の右後方の場所──それも地面ではなく、例の街灯に落ちた。
街灯は異常に明滅したあと──“雷”の余波なのだろうか──激しい電光が周囲に分散する。
距離が離れているリングマに届きはしないものの、その電撃は技を出したはずのピカチュウを襲った。
エネルギーの衝撃に吹き飛ばされたピカチュウだったが、受け身で反動を殺し、すんなりと起き上がる。
その表情は、ダメージを受けたのか受けていないのか分からなかったが、リンの方を注視しだす。
リンも、ピカチュウを見て何かを感じ取っているようだった。が────
──それは“隙”だった。
俺がこのバトルの最中、ずっと探していた“モノ”だった。
……当然、このチャンスを逃すほど甘くはない。
「リングマ!」
リンが俺の声に気付いたときにはもう、ピカチュウの目の前にリングマは立っていた。
「ピカチュウ、避けて!」
“持ち主”の育て方のおかげだろうか。
ピカチュウはこの状況に置いても身体をひねらせ、攻撃をかわさんと横に飛ぶ。
──ものの、リングマの“シャドークロー”がピカチュウの皮膚を微かに切りつける。
完全に捉えたわけではなかったが、多少のダメージを受け、ピカチュウの息が荒くなる。
こいつが“本物”。
この本体にしっかりと、もう一度当てさえすれば“俺の勝ち”。
……なのだが、“回避率”が上がった状態なのと“麻痺”状態は依然として変わらない。
どうすれば当てられる……。どうすれば……。
その時、俺の視界がまたも“あの”真っ白の光に包まれた。
それは完全に覚えのある光。あの時の──ソウのリオル戦のときと同様の激しい光の点滅。
視界が元に戻ると、またしても脳が冴え渡るのが手に取るように分かる。
そして頭の中で瞬時に算段がつき、“ゴール”が見える。
────“勝利への道筋”が、はっきりと。
「リングマ、“守る”」
「ピカチュウ、“フェイント”」
……ああ。そう来るだろうな。
ピカチュウがリングマの方に飛び掛かる。
しかしリングマは痺れて“守る”を展開できていない。
──でも今に限って、その状態はどうでもいいことだ。
「リングマ、技を変えろ! “シャドークロー”だ!」
「………………“雷”!」
俺が技を変えたのと同じように、リンは“フェイント”を止めて、ピカチュウにお馴染みの攻撃を指示する。
“フェイント”で些細なダメージを与えるくらいなら、運任せでも“雷”を落とすだろうな。
リングマは“技が当たらないかもしれない”し、“動けないかもしれない”のだから。
──でも残念ながら、リングマは“技を当てられる”し“動ける”。
“フェイント”をしまいと、リングマの目の前にやって来ていたピカチュウは技を切り替え、無防備にもそこで空に電撃を放出する。
もちろんそれは本当の無防備ではない。ピカチュウはそこに“無数”にいるのだから。
“影分身”と“電磁波”の双方の利点が上手く重なり合う戦法。
それにハマるかのように、またしても痺れて動けないリングマ。
俺はその状態に気付いても尚、リングマに声を掛ける。
「リングマ、左斜め前の“ヤツ”だ。……そいつに“シャドークロー”だ」
この発言後、瞬時に空が光り“雷”が落ちる。
それは見事、なおかつ“運よく”リングマに命中する。
──そう。それが発動条件。
対リオル戦での、最後の“シャドークロー”を使った時の“リングマの表情”。
そして俺が今朝、夢でみた“リングマの性質”。
これが今、確信となる。
……ポケモンにも千差万別で、そのポケモンが一番好きな“戦い方”というものがある。
攻撃技と特殊技を使い分けるのが好きなポケモン。変化技ばかりを使うのが好きなポケモン、というように。
そしてそのポケモンが好きな戦法を取ったとき──やはりポケモン自身嬉しいのだろう──本来以上の力を発揮してくれるように思える。
それはたとえ“麻痺”していても、それに構わず攻撃してくれるほどに。
──俺のリングマは“攻撃されたあとに仕返す”のが好きなやつだ。
本物のピカチュウはさっき言った通り、左斜め前にいる。
これで、リングマは“麻痺”に構わず“シャドークロー”を当てて──
「──俺の勝ちだ」
“雷”を受けたリングマは、ピカチュウ目掛けて両手を振る。
──その寸前。動きが急に止まる。
「……お、おい! リングマ」
いや、そんなわけない。
一回目の“雷”を食らったときは、まだ体力がギリギリ半分以上あった。
今、二回目を受けて倒れるはずがない。
ない。のに────
地面に倒れる鈍い音。
いつかどこかで聞いたことのある音がした。
その“音”はとても聞くに堪えない。
その後、負の感情に苛まれるからだ。
──どこで間違えたんだ。
俺が……勝った。と、…………思ったのに。
油断などしていないのに何故だ。
“倒れたリングマ”をボールに戻す。
そのとき視界が光で覆われる。
……あの“不思議な感覚”が終わるということだ。
光が晴れた後の俺は、またも疑問に思うことがあった。
今回は、確実に当てられる“自信”があった。
“回避率”を無視した“強制的な必中攻撃”をする自信が──。
いや、本当に当てられたのだろうか……“本物のピカチュウ”に。
こればかりは、当ててないから分からないことだ。
しかし、戦闘が終わったため回避率状態を解除した“本物”は、先ほど“指定した位置”にいた。
「……勝負は終わり」
リンの声が脳に木霊する。
────ああ、全くもって一緒だ。
タイプ:ヌルに負けたときと。
でも、ただ一点だけ。……一点だけ違うことがあった。
それは気持ち。
“良かった”という溢れる気持ち。
なぜなら今回は、ただただ。
「──悔しい」
その感情が“先”に来たから。
このバトルは、恥ずかしくない。悔しいんだ。
頑張った。勝てると思った。ただ、一歩及ばなかった。
ああ、リン。どうしてお前はただ突っ立ってるだけなんだ。
彼女の目が泳いでいるのが見える。
いいんだ。俺のことなんか気にしないでくれ。お前はそういう性格だろう。
さぁ、早く。言ってくれよ。
“代表から外す”とか、何とか。
でもあわよくば……。
あわよくば、それを思いとどまってくれ。
そして言ってくれよ。
“考えを改める”とか“負けてないよ”とか……。そういうことを。
「……負けてないよ」
え……。
その声を聴いたときは心底驚いた。
まさか俺の心の声が漏れたのかと思ったからだ。
そして、それはリンの声ではなかった。
俺とリンが向かい合っている脇──つまり校舎の影になっているところから聞こえた言葉だった。
人影が段々とこちらに近付いてくる。
すると、ピカチュウがその人物の方に駆けていく。
「イツキ君は、負けてないよ」
その声の主はミナだった。
「ミナ……? ……どこからどうみても、俺の負けだよ」
彼女の気持ちはありがたいが、俺は完全に負けてしまっている。
ミナはフフッと笑ってピカチュウを撫でながら口を開けた。
「ううん、……負けてないよ。もしも“部外者”がいなかったら、ね」
ミナがリンの方を見る。
「……そうでしょ? リン」
リンは仄かに首を縦に振った。
#7
- 第二話「強者」 ( No.43 )
- 日時: 2021/01/03 20:32
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: ysp9jEBJ)
「ミナ、部外者って何のことだ? ここには俺とリン以外、誰も居なかっただろ」
「うん。それと私を含めて、三人以外は誰も居なかったよ。あの、覗き見しててごめんね……。どうしても気になって、二人のバトルずっと見てたの」
ミナは申し訳なさそうに眉を下げると、そのまま続ける。
「部外者って言ったけど、これは人のことじゃなくて……“ポケモン”のこと。ここには、リングマとピカチュウ以外の“もう一匹のポケモン”がいるの」
ピカチュウを触る手を止め、ミナは立ち上がる。
「……見てもらった方が早いかな。ピカチュウ、“あの街灯”に電気を流して」
そう言われたピカチュウは毛を逆立て、技とも言えない微力の電撃を街灯にぶつける。
照明部分にその攻撃が当たると、先ほどの勝負で偶然“雷”が当たった時と同じように、またも灯りは点滅を繰り返し、周辺全土に電撃を放射させた。
ミナはその状況を見て確信を持ったのか、やはりと言った表情でこちらを向いた。
「今、ピカチュウが流した電気の後に街灯から放たれたのは、決して電撃の余力じゃない。……ポケモンの技“放電”だよ。ピカチュウ以外の何かが繰り出した技。──つまり、そこにポケモンがいるってこと」
そう言いながら、ミナは照明を指差す。
だが、街灯は時折点滅を繰り返すだけで、俺たちに答えを示そうとはしない。
なかなか正体を現さない第三者に対し、ミナは意地悪に独り言を呟いた。
「出てこないね。……じゃあもう一度。いや、出てくるまで“雷”を当てるしかないかな。しょうがないよね」
その言葉が耳に入ったのだろうか。
街灯は黄色く明滅するや否や、一層強い光を周囲一面に放つ。
反射的に閉じた目を開けると、通常通り光る街灯の上に、別の光源が宙を漂っているのが見えた。
その部外者とやらは、遂にその姿を見せたのだ。
オレンジ色の身体に、青く光る電気が身体の周辺を覆っているこのポケモン────
「──ロトム?」
「そう、ロトム。……このポケモンこそ、二人の勝負の最中に入ってきてしまった、いわゆる部外者」
ロトムは俺たちの周囲を高速で飛び回りながら、ニッと白い歯を見せる。
その表情を見て思い出す。……そういえばロトムは、プラズマで出来た体を持っている。
その体で機械に入り込み、悪戯をするのが好きなポケモンだ。
「それじゃあ、まさか。この街灯の点滅も……?」
「うん。この街灯は壊れてるんじゃないよ。ロトムが入って、悪さをしていたみたいだね。当の本人はただ構ってほしかっただけなんだと思うけど。……ほらおいで、ロトム。さっきは“雷”が当たってごめんね。今、治癒するから大丈夫だよ」
ミナは鞄から傷薬を取り出して、ロトムに吹きかける。
ここに、俺たち以外のポケモンが、ましてやロトムがいることに全く気が付かなかった。
ミナは俺とリンの戦いを眺めていたようだが、いつから分かったのだろうか。
彼女が自称していた“戦いの強者”という言葉がさらに信憑性を増す。
とここで、リンとの勝負を思い出し、またも謎が出てくる。
「……いや、待ってくれ。それならばリンこそ被害者だろう。バトルの最中にピカチュウは、ロトムが繰り出した“放電”を食らったんだ。電気技でたとえ効果が今一つでも、ダメージを負ったことには変わりない。要するに、ロトムのおかげで、俺が有利になっていたということじゃないか」
「うん、それなんだけどね……」
ロトムの手当てを終えたミナが、ピカチュウを抱き上げる。
「普通のピカチュウの特性って“静電気”でしょう? 触れた相手をときどき“麻痺”状態にできる特性。……でも、私のピカチュウは違うの。“隠れ特性”に分類される、少し珍しい特性を持っている。…………その名も“避雷針”。ありとあらゆる電気技を呼び寄せ“無効化”する。それだけに留まらず、そのエネルギーを自分の力に変えて、“特攻”を上げることが出来る特性。つまり──」
ミナが喋っている途中、不意にリンが言葉を被せる。
「……ロトムの“放電”を受けたことによって、ピカチュウは“特攻”が上がっていた。そして、リングマを倒す決定打になった“雷”はその状態で繰り出された」
スッと糸がほぐれるような感覚。
ピカチュウが街灯からの“余力”を受けたときの様子。
あそこで感じた違和感の正体が、今はっきりと分かった。
それならば合点がいく。ピカチュウは突如として特攻が上がったことに困惑していたんだ。
「ということは、その“放電”が無かったら……」
「……イツキ君のリングマが“雷”を耐え、ピカチュウに“シャドークロー”を決めて、勝っていたということになる」
ここにきて初めて、ミナが言った“部外者がいなければ、負けていない”という言葉の真意に納得する。
「……リン。いつからロトムに気付いていたんだ。それともまさか仕組んでいたのか。…………どうなんだ」
リンは、きまりが悪そうに目を伏せた。
「…………あたしも、街灯からピカチュウに電気が当たったときに初めて気付いた。ピカチュウの訴えかける目を見て、すぐに分かった。このピカチュウが電気を食らったということは、“特攻”が上がってしまった、って。その時に、街灯には何か電気タイプのポケモンが潜んでいることも、確証は無かったけど、勘付いた。……ただ、あたしは陰謀なんて企てていない。だって、そうでしょ? この街灯は、昨日も点滅を繰り返していた。ロトムはずっとここにいたのよ。それに、勝負の場所を決めたのはイツキ君、貴方よ」
「なら、なぜ試合を中断させなかった? ……どうしてピカチュウの能力変化を知っていたのに、“雷”を出させたんだよ?」
そう言うと、リンは動きを止めた。
肩を震わせながら、手をグッと握り、喉まで出てきている言葉を必死に抑えようとしているように見えた。
しばらくするとリンは、強張った体を振りほどくように、そっと言葉を紡いだ。
「……そう。……それはあたしが悪いの。…………ごめん、なさい。……もう、どうしていいか分からなくて」
リンは手で髪をクシャッと掻くと、無理やり笑顔を作ってみせた。
「……正直、驚いた。貴方がたった一日で、もう十分に力をつけてきてて。特に後半は、いつも通りの強さのイツキ君で焦った。どうしてたったこれだけの時間でそんなに成長できるの、って妬んだ。だから俄然、どうしても負けるわけにはいかなかった。……こうやって勝っても意味はないって分かってる。…………分かってるけど、昨日、さんざん貴方のこと悪く言ったのに、あたしがここで負けたらあたしっていったい何なの、って思って。そのとき、たとえ正々堂々としたバトルじゃなくてもいいから勝っておきたい、って……。一瞬思った。そしたらもう、気付いたときには遅かった。……不正してまで勝っても、意味なんてないのに。トレーナーとして当然だけど、もう遅かったのよ。……でも、ピカチュウが街灯に“雷”を当てたことと、ロトムの“放電”がピカチュウに当たったことは、偶然だったの。あたしが悪い考えを働いたのは、“特攻”が上がった状態を承知して“雷”を指示したところだけ。…………ほんと、ごめんなさい」
失望感の中に、不思議と同情の念を抱く。
彼女の生温い精神に腹が立ったが、込み上げた思いをぶつけられ、その気持ちを押し殺す。
不正をしてまで勝ちたいとは思わないが、昨日まで棒立ちだった素人に負けることは、リンのプライドが許さなかったのだろう。
当然ながら、俺が一日でここまで成長できたのは、ここまで勝負の勘を思い出せたのは、エイジやソウ、そしてミナたち仲間のおかげだ。
俺一人では出来なかっただろう。リンにそのことを認められたようで、少しばかりの達成感も抱いた。
「……リン。お前の気持ちは何となくだが分かる。お前は勝ちに拘るあまり、間違った考えに舵を切った。だが、それを伝えてくれたんだ。…………なら、もう俺は何も言うことはない。……ただ、それとは別にまだ疑問が残っている。どうしてミナのピカチュウで勝負したんだ?」
先ほどのバトルの最中では、答えてくれなかったことを訊く。
リンは不意の質問に目を泳がせながらも、軽く深呼吸をすると、落ち着いて喋り出した。
「…………意外と単純な答えよ。ミナのピカチュウを使ったのは、貴方がピジョンを出す、と予想したから。……バトルの初めに呟いた通り“読みを外した”のよ、“あたし”は」
リンはその後も、淡々と言葉を連ねていく。
「イーブイはまだ進化前だから選ばない。ゴーゴートは、あたしの主戦力のゲンガーに不利だから選ばない。そして、リングマは昨日の戦いの痛みが残っているから選ばない。……だから、消去法でピジョンを出してくると思った。でも、あたしにはピジョンに有利なポケモンはいない。……従って、ミナからピカチュウを借りた。ただそれだけ。…………痛恨だった。まさかイツキ君がリングマを出すなんて。ほんとに予想外だったのよ」
「なるほど……。確かにそう捉えればピカチュウを出したことにも納得がいく。でも、その…………。二人はどういう関係……なんだ?」
記憶のせいで、リンとミナの関係性が掴めない。
ただただ純粋なる疑問に、リンが少しだけ顔を赤らめているように見えた。
「か、関係って……。その、……えーっと。……ただの、ともだ──」
「親友だよ、親友! 私とリンは幼馴染なの。記憶喪失だから、覚えてないよね?」
間に入ってきたミナがそう言うと、リンは顔を後ろに向けた。
「これで、万事解決ってところかな? ……リン、イツキ君は許してくれたよ? ならさ、リンも言わなくちゃいけないことがあるでしょ?」
ミナが諭すようにリンに語りかける。
リンは頷くと、ぎこちなくこちらに目を合わせた。
「イツキ君。結果こそ違ったけど、勝負に関しては貴方の勝ち。なら、約束は果たす。……もはやあたしが言うことじゃないけど、クラスBの代表として戦ってほしい」
「……良いのか、本当に。リンが昨日言った通り、戦力外だったのは事実だ。もしかしたら、また足を引っ張る可能性もある」
「それは昨日のお話。……もう忘れて。あたしが馬鹿だった、ほんとに。…………それで、もし良かったら。……良かったら、あたしも一緒に戦わせて。不正を隠蔽しようとした愚か者だけど、力になりたい。……イツキ君とタイガ君とあたしで。これまで通り、決闘試合を一緒に戦いたい」
リンから出た、決してぶれることのないような、芯のある言葉が俺の脳を揺さぶる。
犯した過ちを悔い改めたのち、頂という目標に向かって突き進もうとする、非常に頼もしい発言だった。
「何を言ってるんだ。端からリンの代表入りを決める戦いではなかった。俺の有無を決めるためだけの勝負だった。それに、俺に練習のきっかけを与えてくれたようなものだ。むしろ感謝している。……この勝負での過ちを反省しているんだろう? なら答えは一つだ。もちろん、一緒に戦おう。戦って勝って“英傑”になろう」
「…………貴方って、ほんと不思議ね。でも、だからこそ、なんだろうね。……ありがとう。あたし、もうこんな愚弄な考えは二度と起こさない。チームの力になってみせるから。絶対に」
俺たちは握手などはしなかった。
リンが元々そういう性格じゃないということもあるが、そんなことをしなくても彼女の思いは十二分に伝わってきたからだ。
「お二人さん。何だか結束が高まってるところ悪いけど、他のクラスも忘れないでね? 英傑はクラスFが戴くんだから」
「ミナ。張り切って空振りしないでよ。……イツキ君、決闘試合まであと二週間。本番まで残り少ない日数だけど、貴方となら何とかなりそうな気がする。タイガ君とも合同で練習して、再来週末からの戦い、一緒に勝ち抜こう」
それは今までの彼女からは想像もつかない、明るい声と優しい微笑みだった。
ロトムはそんな俺たちのやり取りを見届けたかのように、ちかちかと発光しながら街灯の中へと戻っていく。
リングマ。さっきは言えなかったが、お疲れ様。苦しかっただろうに、本当によくやってくれた。
お前が頑張った甲斐もあって、代表に残ることが出来た。ありがとな。ゆっくりと、休んでくれ。
リンが見せた心からの笑顔に、微かな希望が芽生えた。
*
リンと別れた後、話があるというミナと、寮への帰路を共にしていた。
「私ね。今朝、リンがピカチュウを貸してほしいって頼んできて、本当にびっくりしたんだよ? 昨日イツキ君が話してくれた、決闘試合の代表入りを決める勝負の相手が、まさかリンだったなんて。私はイツキ君の練習を手伝うからって言ったら、じゃああたしの力にもなってよ、って言われちゃってさ。結局断れなくて貸しちゃった。……イツキ君、私のピカチュウに負けたらどうしよう、なんて思ったけど。……結局のところ、代表に居続けれて良かった」
昼食後のミナを思い返す。
何故かいつもと違う雰囲気だったのは、俺とリンの試合を心配していたからのようだ。
「そうだな、ありがとう。ミナや皆のおかげだよ、本当に。……礼がしたい。今度、何か奢るよ」
「私なんて大したことしてないよ。……イツキ君、リンのことなんだけど。もう終わったことだけど、責めないであげてね? リンは、不器用だし、思ったことをズバッと言っちゃうから、誤解されやすくて」
「ああ、大丈夫だ。リンの性格は、多少なりとも理解してるつもりだし。それに、彼女なりの優しさも受け取れているつもりだ。心配しないでくれ」
俺はリンとの戦いの中で、一つ気になったことがある。
どうして彼女は自分の手持ちポケモンを使わなかったのか、ということだ。
彼女は、俺がピジョンを出すと思い、それに対する有効打が無かったからだと言っていた。
だが、この大事な一戦にわざわざ使い慣れていない他者のポケモンを使うだろうか。
それに、俺は戦いの時間も事前に伝えていた。
リンはゴーストタイプの使い手。この暗い夜の戦いでは、闇に紛れて遺憾無く実力が発揮できる。
それなのに、光って目立つ電気タイプを使ってきた。
そこが、どうしても引っかかる。
ただただ、そのデメリットを考えなかっただけなのだろうか。
俺には、彼女なりの一種の情け──相手のレベルと同等に合わせ、そこで本当の実力をぶつけ合うために計ったような、そんな気がしてならなかった。
「なら、良かった。……ねぇ、イツキ君。リンとのバトルの終盤、記憶喪失前と同じぐらい凄かったね。あれって、戦いの中で戦術やポケモンバトルの記憶を思い出したからなの?」
「あ。あれは──」
視界が光ると、どうすれば勝てるかが分かるんだ。……なんて言って、信じるだろうか。
そもそも自分自身、意味が分からないのにミナに言うと更にややこしくなりそうだ。
「……たまたま戦法が上手くいっただけだ」
「そうなの? ……うーん、そうなのかぁ」
俺はこの変な力を半ば信じ、半ば幻想と思い、胸の中にしまっておくことにした。
「なぁ、ちょっといいか。どうしてミナは、俺の力になってくれたんだ?」
「えっ、それは……」
ミナはその場で立ち止まり、手を後ろに回して、小石を蹴るような仕草をした。
「覚えてない……? あの“約束”。…………あぁ、やっぱいい。覚えてないよね。えっと、うーんと……その答え秘密ってことで。ね、いいでしょ?」
ミナとの約束……?
駄目だ、さっぱり分からない。
彼女もはぐらかしたようだし、このことに言及するのはやめておこう。
「じゃあ、私からも質問! イツキ君は退院後、どうしてすぐに学校に来てくれたの?」
「あ……!」
その無邪気な質問で、俺はすっかり頭の片隅に追いやっていた、ここに来た理由を思い出した。
決闘試合の代表入り騒動に気を取られていたせいだろうか。
何故こんな大事なことを忘れていたのか、自分でも恥ずかしいくらいだ。
「そうだ、俺は記憶を取り戻すためにここに来たんだ。どうして記憶を失ったのか、ここに来れば何か分かると思った。……ミナ、何でもいい。何か知っていることはないか?」
「……えっと、何かって。うーん、そうだな。記憶を失ったのは在学中なのに変わりはないけど、そもそもイツキ君はこの学校で一ヶ月間しか学んで無かったから……。何が原因なんだろうね? ……どこで記憶を失ったか、とかは聞いているの?」
「確か…………。そうだ、森だ。担当医が森で倒れていたと言っていた。ミナ、この近くに森はあるか?」
そう聞くとミナは、人差し指を顎に当て、空を見上げるように考え込んだ。
突然「あ!」と叫んだのが思い出した瞬間であることは、誰もが明確に分かるだろう。
「トヤノカミシティで森と言えば、“間の森”じゃないかな?」
「間の森か、ありがとう。……そこに行くと何か思い出すかもしれない。一刻も早く行かないと」
ミナに話したことで、思いもよらない収穫を得た。
間の森。俺が倒れていたという場所。……そこで何か思い出すといいのだが。
胸が高鳴る俺を制すように、ミナが真剣な口調で話し出す。
「イツキ君、落ち着いて。間の森は、トヤノカミシティの中でも最北に位置する場所で、ここから行くとしても、だいぶ時間がかかるよ? 今は決闘試合前の大事な練習期間だし、行くのはそれが終わってからにした方が良いと思う」
「……確かにそうだな。今は少しでも多く練習して、チームの為に、クラスの為に頑張らないといけない。……分かった。行くのは決闘試合が終わってからにするよ。…………そういえば、ミナ。話があるって言ってたよな?」
「あ、いや。それは、もう……いいの。…………ねぇねぇ。それよりも、何奢ってくれるの? 私ね、お洋服とかアクセサリーが良いなぁ。欲しいのが山ほどあるの」
「……か、考えとくよ」
*
寮に戻る道中、事の異変に気付いたのは、生徒たちの騒めきが聞こえたからだ。
もう夕食も済んでいるような時間帯なのに、寮の周りは人々で群がっていた。
「こんな夜中に、一体何だ……?」
少し呑気に呟くと、横でミナが息をつまらせる。
「……まさか」
言葉と同時に駆け出したミナを、追うようについていく。
緊張感のある声色に、ただならぬことが起きているのかもしれない、と憶測を巡らせる。
ミナは、走った先にいた生徒の中の一人に声を掛けた。
「何かあったんですか?!」
「見ろよ、あれを!」
興奮気味に叫ぶ男の差す方向──寮から見た校舎の外壁。
石造りの壁の端から端まで、かなり長い距離を、まるでキャンバスにでも見立てるかのように、巨大な文字が書かれている。
強固な石壁を、鋭利な刃物か何かで削り取ったようだ。
それらはわざわざ照明を当ててライトアップされており、ここからだと際立って目に留まる。
「何だ、あれ……。エイ、エル、ピー、エイチ、シー、オー、ディー、イー、コロン、セブン」
最初は大掛かりで質の悪いイタズラか何かと思ったが、どうしたものか、見れば見るほど体が強張る。
咄嗟に横を向くと、体を震わせてはいるものの、どこか怒りを滲ませるミナの横顔が目に入った。
「ミナ、知っているのか? ……あれは何なんだ?」
「……ALPHCODE:7。…………“アルフコード:セブン”」
突如として現れた、巨大で奇怪な文字群は、これから何かが始まることを主張しているようだった。
それは、ここにいる誰もが同じことを思っていたに違いない。
#8 第二話「強者」END
- 第一章:ある獣の残骸 ( No.44 )
- 日時: 2020/12/10 20:40
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: ysp9jEBJ)
「さっきまで、こんなモノ無かったはずだよ……?」
「これは、誰かの悪ふざけよね……?」
「何にしてもこの歴史ある校舎に傷をつけるとは……。どこかの目立ちたがり屋の犯行か?」
「……というか、なんて書いてあるの? それに、どういう意味?」
第三話「襲来」
“ALPHCODE:7”。
このたった十の文字列に、皆は酷く不穏な空気を感じ取った。
なぜならば、わざと人々の不安を煽るように歪な大きさで削られ、さながら怪文書の様に見えるからだ。
また、石造りの壁ということもあって、正気を感じない冷たい印象を直に受けることも、その要因の一つだろう。
「……“アルフコード:セブン”とは何なんだ? 知っているなら教えてくれ、ミナ」
「しっ。……イツキ君。あまり大きな声で言わないで。このことは、今はまだ終の機関の機密事項なの。この大勢の生徒の前では言えないよ……」
「終の機関だと……。なら俺にも知る権利があるな。分かった、場所を移すか」
「……そうだね」
ミナの言葉と、謎の文字を見に来た生徒たちの会話から察するに、何らかの理由で、まだ人々には公表されていない事柄であることは間違いない。
しかしながら、ミナの普通じゃない焦りようは、俺の動悸を更に激しくしていた。
詳細を聞くためその場を離れようとすると、聴き馴染みのある声が脳を木霊する。
俺は、一歩踏み出したところで足を止め、声のする方を振り返った。
「……っと。こりゃなんだ。校舎が傷つけられていると聞いて来たが、想像以上だ」
群がる生徒の中を割って入ってきたのは、アゲラ先生だった。
来るや否や先生は、例のモノを見上げながらため息をつく。
アゲラ先生は腕を組んで少し考えると、その後ろからやってきた、比較的身長が高い女性に声を掛けた。
「一体、誰が何のためにこんなことを……。とにかく、上へ報告しないといけませんね、ツリィ先生」
「そのようですね。でもまずは、生徒たちを寮に帰しましょう。……騒ぎが大きくなるのも困りますし」
ツリィ先生と呼ばれたこの女性、恰好こそ教職員だが、髪を隠すように黒いウィンプルを被り、更には黒いポンチョまで纏っており、なかなか異彩を放っている。
アゲラ先生は、ツリィ先生の発言に頷くと、集まった生徒たちへ撤収を呼びかけた。
「皆、速やかに寮に帰りなさい。質問、私語は無用だ。このことは、休み明けには学校側から連絡できると思うから、今日のところはもう戻りなさい。……いいね?」
穏やかに、その上で強いるようにアゲラ先生が言うと、生徒たちは渋々といった様子で寮に入っていく。
生活の中のこういった刺激に少なからず心を躍らせる者もいるようで、皆の足取りは重かった。
「ほら、イツキと横の女の子も。早く寮に帰るんだ」
アゲラ先生は、まだこの場にいる俺とミナに注意する。
これを聞いて、仕方なく寮に戻ろうとしたそのときであった──。
突然、赤に染まる眼界。
遅れてやってくる、肌を切り裂くような熱風。
まるで、目と鼻の先に太陽でも存在するかのような、鈍い深紅の情景と灼けるような感覚が俺を襲う。
それは、刹那の──瞬きも終えないくらいの、本当に一瞬の出来事だった。
──何だ?! 何が起こった?
頭がようやく状況を理解し、目を閉じ、頭を庇う。
パニックからか、正常に判断が出来ず、脳と心臓だけが揺れ動く。
しかし、本能なのか、それとも反射なのか。
思考が停止しているにも関わらず、俺は右手でポケットにあるモンスターボールを探っていた。
熱さが和らいだのを境に、恐る恐る、かなり慎重に目を開ける。
──青暗い夜の景観、スポットライトを浴びた文字列。……視界は通常通り。
そう確認したのち、先刻の光景と明確に違う一点を発見する。
その一点とは、目の前に威風堂々と鎮座する、図体の大きなポケモンのことである。
ボリュームのあるオレンジとベージュの体毛、あらゆる大地を駆けまわれそうな程しっかりとした、四本の脚。
毅然とした態度で背を伸ばし、正面についた両の眼は、俺の視線と完全に合わさる。
──こいつは、炎タイプのポケモン、“ウインディ”。
いつの間にやってきたのだろうか。
それだけが頭の中を渦巻く最中、ウインディは姿勢を崩したかと思うと、身体を横に向ける。
そこでようやく気付く──背中に、二人の男女が跨っていることに。ましてや、二人ともトヤノカミ中央の制服を着ていることに。
そのすぐ後、今起こったことが、ウインディの移動に伴ったエネルギーだということを悟った。
「先輩、スピード出し過ぎですよ? 危うくぶつかるところでした」
「……相変わらず手厳しいねぇ。俺にとってはこれが普通なんだけど」
生徒たちが解散した場所にいきなり飛び込んできたかと思えば、即座に一人の女性がウインディから飛び降りる。
冷たい目つきをしたその女性は、乱れた金髪のポニーテールを軽く整えると、周りを見渡した後に先生に声を掛けた。
「アゲラ先生、ツリィ先生。状況は確認しました。先生方は、この文字列を人の目につかないように、上から何かで覆うよう、お願いします。これについての今後の対応は、改めてご連絡します。あとは私たちにお任せください」
「お、おう。分かった」
「では、よろしくお願いします。……あと、生徒は寮に帰すように指示されたみたいですが、あの二人とは話があるので、もう少しばかりご容赦ください」
ポニーテールの女性は、冷静かつ手短に先生方とのやり取りを終えると、こちらに寄ってくる。
「元気そうで良かったわ、イツキ君。それにミナ」
上品に微笑みを浮かべる女性に対し、俺もぎこちない笑顔で返す。
ウインディに乗っている男も、顔の横で軽く手を挙げ、挨拶をしてきた。
そんな中、戸惑う俺を察してか、ミナが前に出てくる。
「イツキ君。この方は、二年生のユキ先輩。そして、あちらの方は、三年生のアツロウ先輩」
先輩、と言われて気付く。
よく見ると、そのユキ先輩とアツロウ先輩、そして俺とでは、制服に些細な違いがあることに。
二年のユキ先輩はリボンが青色で、三年のアツロウ先輩はネクタイが緑色、そして一年の俺とミナは赤色。
つまり、制服の装飾の色が異なるのだ。
エイジは、胸ポケットについているバッジの数で、その生徒のクラスが分かる、ということを話していた。
これも同様で、学年ごとに色を変えることで、一目で何年生なのか判断がつくようになっているのだろう。
「……すみません、名前も覚えていなくて」
「記憶喪失なんだろう、気にしなくていいって。むしろ、こっちから名乗るべきだった」
アツロウ先輩は黒いぼさぼさの髪を、くしゃくしゃと掻きながら言った。
するとミナは、胸ポケットに何回か指を当てて、俺に見るよう促す。
「ほら、見て。私たちのは銀色だけど、先輩方のは金色のバッジでしょ? 先輩二人とも“クラスS”なの」
「クラスS?」
俺が聞き返すと、何故かミナが満足げに話し出す。
「クラスSは七番目のクラス。通称、“幻のクラス”。優秀な成績を収めていると、二・三年次に学校から贈られる肩書きのことだよ。普段は私達みたいに、クラスA~Fに属しているんだけど、個人のタイミングで、より専門的な授業を受けたり、更にはクラスSしか入ることの許されない特別施設まで使えるらしいの。“教室のことを表すクラス”っていうよりかは、“階級を表すクラス”って言うと、分かりやすいかな。……要するに、生徒の憧れの的なの。ですよね、先輩!」
確かに、先輩方二人の胸ポケットには、荘厳に煌めく金のバッジが付いている。
“英傑”とは別の、その人の実力を表す肩書きの存在に、自然と二人を見る目が変わる。
対面で褒められたユキ先輩は、まんざらでもない顔を見せたが、瞬時に照れを隠した。
「……もう、ミナ。色々と喋ったわりには、一番大事なことを言っていないじゃない。あくまでもこれは、緊急事態なのよ」
「そうでした、ごめんなさい……」
ユキ先輩は、少し声のトーンを落とし、電子端末を取り出してメモを取る準備をする。
「イツキ君、本題にいくわね。私とアツロウ先輩は、貴方たちと同じく、終の機関に所属しているの。生徒の騒めき声が聞こえて駆けつけたんだけど、何となくしか、状況が分からなくてね。ちょうど貴方たちがいたのを発見したから引き留めたのよ。……ではまずあの文字について、何か分かっていることを報告してくれるかしら」
すると、ミナが少し落ち着いた様子で、言葉を返した。
「えっと。教えられることと言っても、私とイツキ君は今の今まで外出してて……。状況としては先輩方と同様です」
「あら……。こんな夜に、二人きりで何をしていたの?」
「いや、二人きりっていうか、その……」
困り顔のミナが、俺に助け船を出す。
そのとき、文字をじっくりと眺めていたアツロウ先輩が、気だるげな声を出した。
「ま、それは良いんじゃない。……それよりあれ、間違いない」
そこまで言うと、壁を指差す。
「アルフコード:セブン。“今度”はトヤノカミシティがターゲットということだ。……あーあ、参ったね」
アツロウ先輩は「面倒くさくなりそうだ」と付け加えると、ポケットに手を入れ、ウインディにもたれかかる。
それとは対極的に、ミナとユキ先輩は落ち着きがなくなったように見えた。
「……ターゲットとは、どういうことですか? そもそも、アルフコード:セブンとは一体何なんです?」
俺がそう聞くと、ユキ先輩は少し怒りを滲ませたような真剣な表情で話し始めた。
「まだ憶測段階なんだけど、簡潔に言うとすれば……あれは合図。これからここで起こるであろう、怪事件の予告みたいなもの。…………全ては二ヶ月前、隣町の“ゴドタウン”から始まったわ。そのときも、ゴドタウン内で同じ文字が発見されたみたい」
「……あの文字が現れると、何が起こるんですか?」
ユキ先輩は、一瞬だけ俺と目を合わせたあと、文字列の方へ体を向けた。
「……このコードが現れた周辺で、突然ポケモンが暴れ出したり、建物が破壊されたりする。今のところ、二つとも原因不明だけどね。とにかく、“普通じゃないこと”が起こるの。それも一度じゃない。何度か起こる。……終の機関での情報によれば、少なくともゴドタウンのときはそうだったみたい」
「…………つまり、二ヶ月前にゴドタウンで、このコードが見つかったのが全ての始まり。そして、これが現れることをきっかけとして、その周りで何度か不可解なことが起きる、と……?」
確認するように俺がここまで言うと、アツロウ先輩が休めていた体を起こした。
「そういうこと。だけど、あくまでこれは終の機関による見解。まだ仮定段階の話なんだ。この謎のコードとポケモン凶暴化事件、及び建造物破壊事件は、まだ因果関係が確定していない。大きな共通点がないからね。だから、ゴドタウンのときは、大々的なニュースとしては取り上げなかった。……まぁこれは、住民の混乱を防ぐためでもあるんだけど。そんなわけで、このコードの存在自体を知らない人もたくさんいる。それは、先生や生徒たちの反応を見て察しただろう? …………ただ、この三つの事件の同時発生が、偶然にしては出来すぎているように感じる。従って、俺たち終の機関では、これらは繋がりがあると推測しているんだ」
今言われたことを、何とか整理しようと頭を働かせていると、アツロウ先輩はだけどね、と言葉を続けた。
「……コレがここに現れてしまっては、今までのようにはいかない。何たって、“二度目”だから。もしこれからこのトヤノカミシティで、凶暴化や破壊事件が起これば、もうこの仮説は十中八九当たりってことになる」
しん、と静まりかえる。
この平和に思えた街に、魔の手が迫るかもしれないのだ。
──護らなければならない。俺の記憶が眠っているこの街を。
怒りによって、俺の手は震えていた。
「……それらがいつ起こるのか、誰が行っているのか、何のためにするのか。そういったことは判明しているのですか?」
「…………いいえ。事件の意図等は、まだ分かっていないの」
ユキ先輩は、無力を噛みしめるように吐き捨てた。
その傍ら、アツロウ先輩がニッと歯を見せると、自身の顎を撫でる。
「ただ、一つ朗報がある。来週、俺たちは終の機関に招集がかかっているだろう? そこでどうやら、事件の進展が発表されるらしいんだ。おそらくだが、何か新しい情報を掴んだんだと思うよ」
「本当ですか」
そこまで話すと、アツロウ先輩はユキ先輩とアイコンタクトを取った。
すると、ユキ先輩が補助を受けながらウインディに跨る。
「それまでに、何か起きないことを祈るしかないわね。……じゃあ私たちはこれから、このコードの存在を終の機関に話しに行くから。引き留めて悪かったわね、貴方たちはもう帰りなさい。…………それと、くれぐれもこのことについては内密にね」
「しかし何でだろうねぇ……。よりによって、俺らの学校に刻まれるとは。…………じゃあ一年生たち、お休み」
夜の隙間に消え入るように、ウインディが走り去る。
踏み込みで生じた熱風。それを掻き消さんとするばかりに、冷たく訴えかける文字列。
感じていた恐怖はいつの間にか、嫌悪感に変わっていた。
*
あれから、一週間が経った。
壁の文字は、次の日にはもう布で隠され、それ以降、人の目に触れることはなかった。
また、学校側は、校舎が傷付けられるという事件に対し、これまで通りの生活を送るよう、生徒たちに言い渡した。
それは、もし何かあれば、終の機関が生徒や職員の安全を保障する、と強く念を押したためである。
ここまで、緊張の緩まない日々を過ごした。
一時の平穏かもしれないが、俺たちが危惧していたことは、未だ起こっていないことに安堵する。
コードを見た生徒たちも結局、行き過ぎた悪戯という認識に至ったようで、その注目度も徐々に薄れつつあった。
ただ、俺にはもう一つ心配事があった。
この一週間で、リンやタイガと朝から晩まで合同で練習をし、いざ実践の授業で腕を試すという頃合い。
そこに、ムツミの姿がないのだ。
よくよく考えれば、あのタイプ:ヌルに負けたとき以来、顔も見ていない。
俺は焦っていた。
あいつと手合わせできないと、あのポケモンの倒し方、そして俺自身の実力が分からない。
──このまま勝ち逃げする気か。それとも、本番までお預けか。
野暮な葛藤が渦巻いたが、一応頼みの綱がある。
それは、アゲラ先生が言っていた臨時講師のイリマ先生だ。
この休みが明ければ、学校に赴任してくると聞いている。
タイプ:ヌルの情報を入手する手段は、もうイリマ先生しか残っていない。
先生が知っていることに、賭けるしかなかった。
「……大丈夫かい? 少しボーッとしているみたいだね。薬はちゃんと飲んでいるかな。寝たきりの状態からすぐに動ける体の丈夫さには心底おどろいたが、あまり無理はしちゃいけないよ」
担当医の男が、俺の顔を覗き込む。
その声を聞いて、定期検査で病院に来ていることを思い出す。
「あ、すみません。……体調は大丈夫です。それに、ほんの一部ですが、過去の記憶も思い出しました」
「……ほう、この短期間で。それは良かったよ。私としても本当に嬉しい」
担当医はカルテに文字を継ぎ足すと、俺の足元にいるイーブイの方を見た。
「実はね。イツキくんが森で倒れていたとき、このイーブイが、近くにいた人を呼んできてくれたらしいよ。お利口さんだね、イーブイ」
イーブイはそれを聞くと、甘ったるい鳴き声を上げた。
お前が助けを呼んでくれたのか、ありがとな。
俺はイーブイの頭を撫でながら、担当医に質問を投げかける。
「あの……。その森って、間の森で合っていますか?」
「あぁ、そうだが。どうしたんだい?」
「いえ、確認しておきたくて。……俺の記憶の手掛かりがあるかもしれない、と思ったんです」
担当医はシワをつくりながらにこやかに笑うと、筆を置いた。
「そうかい、そうかい。行動力があって素晴らしい。何事も気持ちは大事だからね。……君は、今の自分自身と向き合えて偉いよ」
「ありがとうございます。…………ただ、こんなことを言うと変かもしれませんが、俺にはこうしなくちゃいけないような……そんな使命感があるんです」
診察室の窓から入った陽射しが、俺の顔に当たる。
この眩しい光が、同時に世界を照らしていることに、感銘を受けた。
なぜその時そう思ったのかは、自分でもよく分からない。
#1
- 第三話「襲来」 ( No.45 )
- 日時: 2021/01/04 19:43
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: ysp9jEBJ)
トヤノカミシティの中心にある、トヤノカミ中央トレーナーズスクールを少し南に行ったところに、[メイズ通り]と呼ばれる広大なショッピング街がある。
そこは“無いものは無い”とまで称されるほど、様々な専門店や施設がところ狭しと立ち並んでおり、人々が一層集まる賑やかな場所であった。
俺が当時入院していて、尚且つ定期検査で用のある病院もこの一角に滞在している。
検査が終わった俺は病院の扉を抜け、買い物袋を下げながら“鉄の箱”を出入りする人々をまじまじと見つめた。
メイズ通りでは、ポケモンを所持していない人の足となる路面電車が、表通り一帯を覆うように走行しているのだ。
楽しそうなお喋りと車輪の軋む音が行き交う。
「俺もようやく羽を伸ばせられそうだな」
軽く伸びをして、強張った体を解きほぐしながら呟く。
病院特有の雰囲気にやられたのか、無意識にも緊張していたみたいだ。
だが、深く息を吐きながらこの後の予定を思い起こすだけで、自然と口が緩んだ。
病院を出た、という理由だけじゃない。これから、エイジとソウと買い物に行くからだ。
二人と会う理由は、俺の電子端末やソウの妹さんへの誕生日プレゼントを買うためだが、正直なところそれはどうだっていい。
ショッピングではなく、友人たちと休日を過ごせる、ということが楽しみなのだ。
それもそのはず、だと思う。
記憶喪失で目覚めたと思いきや、いきなり来る決闘試合の為に、バトルの練習や勉強を朝から晩まで行ってきた。
おまけに校舎には謎の文字が刻まれ、それが事件が起こる前触れかもしれない、とまで聞かされて、もう流石に頭がいっぱいいっぱいだ。
欲を言えば夜まで二人と遊んでいたいが、実のところそうもいかない。
午後にはミナと共に、終の機関の招集に向かわなければならないからだ。
よって、正午までには買い物を終わらせる必要がある。
予定を詰め込んだ一週間前の俺を、今になって恨むことになるとは。
なんて思いながら、エイジとソウが待つ集合場所に向かうため、病院の敷地内を通っているときのこと。
からんからん、と何かが地面を転がる音と共に、上の方から若い声が響き渡った。
「いけない、やっちゃった!」
見上げると、病院の三階の窓から、緑のニット帽を被った困り顔の子どもが上半身を乗り出している。
──患者の……少年だろうか。白い入院着姿で下を覗き込んでいた。
「キミ、危ないぞ」
今にも落ちてしまいそうな体勢の少年に対して、咄嗟に声を掛ける。
俺の声を聞くと、その少年は安堵したかのように、出していた体を室内に戻した。
「あっ、えっと……お兄さん! そのボール、落としちゃって……」
少年が指差す俺の足元に一つ、モンスターボールが落ちている。
おそらく、不注意で彼が落としてしまったのだろう。
「これか、分かった。俺がそこまで持っていくよ。君、何号室だ?」
「301号室だよ。…………だけど。ねぇ、お兄さんってポケモントレーナー?」
「そうだが、どうした?」
少年は、満面の笑みを浮かべる。
「じゃあさ、そこから投げ渡してよ! ひょい、って。……ポケモントレーナーなら出来るんでしょ?」
「駄目だ」
「……やだ、おねがいだよ。入院生活続きで、パパとママにはワガママ言えないんだ。だから、お兄さんぐらいは、おねがい聞いてよぉ」
少年は、少し放っておけば泣き出してしまうのではないか、と思うほどの潤んだ声を上げた。
これによって、子どもの扱いが分からない俺に残ったのは、もう彼の言うことを聞くしかない、という選択肢のみ。
投げて他所に当たれば危険ではあるが、この距離なら問題ない。しぶしぶ腹を括り、ボールを握りしめる。
──このとき、やけに手に馴染むような不思議な感覚を抱いた。
「……しょうがないな、分かったよ。ただ、ちゃんと受け止めるんだぞ」
「うん!」
少年が胸の前で手を広げたのを確認して、緩やかに投げる。
ボールは彼の体に軽く当たると跳ね返り、開いていた手に上手く収まった。
「わぁ、すごい! ちゃんとここまで届くんだ! お兄さん、どうしてこんな正確に投げられるの?」
両手でボールを大切そうに握りながらも、興奮した少年の明るい声が辺りに木霊した。
「そうだな……。ポケモントレーナーは、ポケモンを捕まえるときも、ポケモンを繰り出すときも、いつだってモンスターボールを投げる。何百回、何千回とボールを投げているんだ。そうやって毎日繰り返していれば、自然と上手くなる」
「そっかぁ……。ポケモントレーナーって、いいなあ……」
少年の声が、少しだけ物悲しそうに聞こえた。
「それ、キミのポケモン? 何のポケモンが入ってるんだ?」
そう聞くと、彼は考えこんだのち、眉を下げながら返答した。
「……えっと、ごめんなさい。これの中身は秘密なんだ。誰にも言っちゃいけない、って言われてるから。あっ、これも言っちゃダメなんだっけ。…………んと、お兄さん。ほんとにありがとね、じゃあね」
少年は早口でそこまで言うな否や、手を振ってカーテンをサッと閉めた。
──ここに至るまで、彼は一度も俺と目を合わせようとしなかった。それは一体、何故だろうか。
俺は呆然と病院の窓を見つめながら、ふと、そんなことを思った。
*
「イツキさん。改めて、決闘試合の代表入り、おめでとうございます!」
「おめでとう、イツキ」
「ああ、ありがとな。お前たちが手伝ってくれたおかげだよ。ここは俺の奢りだから、気にせず食べてくれ」
買い物を終え、エイジとソウと一緒に少し早めの昼食を取る。
メイズ通りの路地裏にある小さなカフェだが、味はやみつきになるほど絶品で、ここを選んで正解だったみたいだ。
二階のテラス席からは、連なる建物の隙間を縫って遠くの運河を垣間見ることもでき、一息つくには丁度良い。
夏本番も近づき、蒸し暑くなってきているため、時折りどこからか流れてくる風が心地よく感じた。
そんな景色と休日のひと時に酔いしれているとき、何度も聞いた定型文が、突然俺の耳に入ってくる。
「そろそろ教えてくださいよー。どうやって勝ったんですか?」
「…………」
エイジの質問だ。
彼はどうやってリンに勝ったのか、ということを訊いているのだろう。
エイジは会うたびに詳細を尋ねてくるが、俺はその答えを未だに伝えていなかった。
それもそうだろう。厳密には勝ったわけではないのだから。
「……何回も言っているが、運が良かっただけだ。偶然勝つことが出来た、としか言いようがない」
「勝ちに至るまでの経緯が知りたいんですよー。決め手となった技とか、色々と教えてくださいよ!」
彼が純粋無垢に瞳を輝かせ、問いかけて来る姿勢を適当にあしらうのは少々胸が痛い。
しかし、俺にはこうやって曖昧にやり過ごす対応法しか思い浮かばなかった。
よって、この話を終わらせるためにいつも行っている方法を実行する。
「それよりさ、エイジ。俺が買った電子端末の機能、色々と教えてくれよ。一番物知りのお前が頼りなんだ」
「……もう、しょうがないですね」
エイジの扱いは簡単だった。
彼の自尊心をくすぐるような得意分野への質問によって、あからさまな話題の変更でもなぜか上手くいく。
エイジには悪いとは思うが、毎回このように切り抜けられるのだ。
俺は、先ほどデパートで購入した電子端末をエイジに手渡し、説明を促した。
「……ええっと。まずこれが、チャット機能と通話機能。連絡やメッセージのやり取りが出来ます。こっちは、映像や写真としての記録機能。自身のポケモンを撮影したり、バトルの様子もビデオとして撮っておくことが出来ます」
エイジは画面を素早くタッチしながら、表示されたアイコンの解説をする。
「あと、これがタウンマップ表示。この辺りの地理や施設の詳細が載っています。そして、その隣がポケモン図鑑機能。捕まえたポケモンの細かい説明や、生息分布等が記されています。他にも、モンスターボールと連携することで、手持ちポケモンの状態や技の確認をする、なんてことも可能です。……まだまだいろんな機能がありますが、重要なのはこのくらいでしょうか」
「へぇ、色々あるんだな……」
聞く限りでは、電子端末はポケモントレーナーにとって必須のアイテムだろう。
ポケモンを持たない人にとっても、これほど便利なものは無いと思う。
二人で端末の画面を注視していると、横にいるソウがフォークを皿に置いた。
「……そう言えば、元々イツキが持っていた端末はどこにいったんだろうか。覚えてないんだろ?」
「ああ、一切記憶にないんだ。情報や記録も少なからず残っているだろうし、見つけられるなら見つけたいんだけどな……」
俺が低く唸り声をあげると、ソウは普通の表情で言葉を返した。
「電話は掛けてみた? イツキの前の端末へ。もし誰かが拾っているなら、出てくれるかもしれないし」
「あ、そうか……」
俺とエイジが顔を見合わせる。
あまりにも単純で思いもよらない方法に、なぜ今まで思いつかなかったのかと目を丸くした。
「では、イツキさんは前の電話番号を憶えていないでしょうし、ボクが掛けてみますね」
エイジはそう言うと、端末を耳に当てしばらく待ったが、やがて俺たちを見ながら首を振った。
「……駄目ですね、出ません。一応、呼び出し音は鳴るんですけどね」
「そうか。まぁ、新しい電子端末も変えたことだし、前のは見つかればラッキーというスタンスでいることにするよ。……今日は買い物に付き合ってくれてありがとな」
俺がエイジとソウを見ながら言うと、二人は順に喋り出した。
「こちらこそ、昼食ご馳走様でした」
「俺の方もご馳走様。……それに、妹へのプレゼントも一緒に悩んでくれてありがとう」
ソウはデパートの買い物袋を指で示す。中に入っているのは、少々値が張る洋服だ。
「ああ、喜んでくれるといいけどな。……俺たち男三人の感性じゃ、妹さんの好みに合わないかもしれないから」
俺の発言にエイジも頷くが、ソウは首を横に振った。
「いや、きっと喜んでくれるさ。渡すのが楽しみだよ」
洋服に移した彼の眼差しは、まるで慈母のように繊細で優しく、そのうえ温かかった。
なら良かったと返すと、ソウは思い出したかのように時計を見た。
「……っと。イツキ、時間は大丈夫かい? 午後から終の機関に行くんだろう?」
慌てて俺も時間を確認する。
急ぐ必要はなさそうだが、そろそろここを出た方が良さそうだ。
「そうだな、俺はもう行くことにするよ。……二人はどうする?」
残っていた料理を口に運びながら訊く。
「ボクたちはもう少しだけ、ここで時間を潰すことにします。電車の発車時刻まで、まだ時間があるので」
「ん……? ここからトレーナーズスクールまでそれほど距離は無いだろ? 電車に乗って、どこか行くのか?」
二人は徒歩でここまで来たはずだ。
不思議に思いながら尋ねると、次はソウが口を開いた。
「ああ、街の大図書館に行くんだ。あそこだと、学校の図書室よりも沢山の本が置いてあるから、お目当てのものがあるかもしれないと思って。エイジも読書が好きだから、午後から行こうと約束してたんだ」
「そうなのか。何か探している本があるのか?」
「“トヤノカミ神話”の本さ。俺はそういう類のものが好きで、よく調べているんだ。……まぁでも、俺の生まれはここじゃないから、トヤノカミシティにも代々伝わる神話があることを、最近知ったばかりなんだけど」
これを聞いたときどういうわけか、俺は全身を這いずるような不安に駆られた。
だがそれもすぐに消え去る。彼らの期待が膨らむ朗らかな顔を見て、ただの杞憂だと思ったからだ。
「そうか。じゃあ二人とも、楽しんでこいよ。……今日は良い時間を過ごせたよ。またな」
二人の別れの挨拶を聞き終えたあと、料理の代金を支払い店を出る。
そのままゴーゴートを繰り出すと、メイズ通りを後にした。
*
陽が空の真上に差し掛かった頃。
俺は寮の脇にあるシンボルツリーにもたれ掛かり、ミナを待っていた。
「流石に暑いな……」
終の機関に行く、ということで戦闘服に着替えたはいいものの、上下黒のせいかなかなかに熱を持つ。
おまけにこれまた黒のコートを羽織っているため、夏場の格好としては最悪と言っていい。
半袖仕様は無いのだろうか、なんて思いながらイーブイとじゃれ合っていると、見覚えのある人影が視野に入る。
「イツキ君、ごめんなさい。また待たせちゃったね」
足早に駆け寄るミナも、同じく終の機関の団員服に着替えていた。
俺との違いは、ズボンがスカートになったくらいだろうか。
「いや、俺も今来たところだ。……それより、これ」
俺はそう言って、黄色いヘアピンをミナに差し出した。
デパートに行ったついでに、ミナが欲しいと言っていたファッションアイテムを購入していたのだ。
「え、ウソ……! …………い、いいの?」
彼女は困惑したように尋ねてきたが、俺は当然のように首を縦に振った。
「もちろんだ。ミナにはバトルの練習に付き合ってもらって、本当に感謝している。高いものじゃないが、ミナに似合うと思って選んだから受け取ってくれ」
彼女は顔を赤くして受け取ると、背中を向けて、さっそく自身の髪に取り付けた。
そうして、ひらりとこちらに向き直した後の彼女の笑顔は、少しだけ恥ずかしそうに見えた。
「ありがとう、イツキ君。……これ、宝物にするから」
ミナは、俺の目をじっと見ながら言いきったと思いきや、視線をすぐに逸らした。
「ああ。喜んでくれたなら良かったよ。……じゃあ、行こうか」
俺の発言に頷くと、ミナはモンスターボールを投げる。
低い咆哮と共に出てきたのは“リザードン”だ。
一対の大きな翼を持ち、長い尾の先には猛る炎が揺らめいている。
濃いオレンジの体はこれでもかというほど引き締まっており、彼女が育てたポケモンであると一目で分かった。
威圧さえ感じるリザードンに見惚れていると、ミナが口を開ける。
「終の機関へは、空を飛んで行こうと思ってるから。イツキ君もピジョンを出して」
「ピジョンか……、分かった」
俺はイーブイと入れ違いに、ボールからピジョンを繰り出す。
茶色い体毛を持った、比較的小型の鳥ポケモンが姿を見せる。
ミナはそれを見届けるとリザードンに乗り込み、明るい声を上げた。
「よし、出発だね!」
翼を羽ばたかせて上昇し始めるリザードン。その光景を見て、俺は咄嗟に声を掛ける。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺はどう乗ればいいんだ?」
隣で姿勢よく命令を待つピジョンを指差す。
と言うのも、俺がピジョンの上に乗るには少し面積が足りないのだ。
この小さな体の上にどう乗ればいいのだろうか。当然の疑問がこぼれ出る。
対してミナは、こみ上げてくる笑いを押し殺そうと必死な様子だ。
「えっと……、乗るんじゃなくて、持ち上げてもらうの」
「ほ、本当か?」
「うん、イツキ君はいつもそうやって空を飛んでたよ。…………あの、ごめん。とぼけたように言うから、面白くって」
俺だって、これが冗談ならどんなに良いことか。
少し不貞腐れつつも、言われた通りピジョンに指示する。
ピジョンは俺の背中を両足で軽々掴むと、そのまま上昇した。
「ね、言ったとおりでしょ?」
「そうだがなぁ……」
空に上がったにも関わらず、若干不格好な飛び方に羞恥を覚える。
鷲掴みにされたこの姿は、さながらピジョンの餌のようだった。
それを察してかどうかは分からないが、ミナは一転して真剣な表情で呟く。
──空を飛ぶイツキ君、まるで天使の翼を持ってるみたいだね、と。
#2
- その他の登場人物(第一章) ( No.46 )
- 日時: 2021/02/15 22:50
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: ysp9jEBJ)
【その他の登場人物(第一章)】
※話の展開に応じて更新していくので、ネタバレを気にされる方は注意してください※
※登場順で並んでいます※
▼301号室の入院患者
緑のニット帽を被り、白い病衣を着用。
メイズ通りにある病院にて、長い間入院している。
・手持ちポケモン/???
