二次創作小説(新・総合)
- 第二話「強者」 ( No.33 )
- 日時: 2020/09/22 19:18
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: KsKZINaZ)
*
朝起きると脇目も振らず外へと飛び出した。
庭にある畑を越えて、裏門の柵をくぐり抜け、木が生い茂った林の中へと入る。
まるで自分が息を切らしていることに気付いていないかのように、全力で走る。
すると木漏れ日が集中した、一つの大きな岩が見えたのでそこで止まる。
俺はその岩の前で手を合わせ、目を瞑って言葉を呟いた。
しばらく祈っていると突然、瞼越しにでもわかるほどのまばゆい点滅が横切る。
目を開けてみると、直径一メートルくらいの光の塊がふわふわと岩の上に浮かんでいた。
俺はそれを確認するとにっこり笑って、また林の中を駆ける。
それに合わせるかのように、光の塊も俺の後ろをぴったりとついてくる。
ときどき後ろを振り返りながら走っていると突然、近くの草むらが揺れる音がした。
それに気付いた俺は、ズボンのポケットの中にあるモンスターボールに手を置く。
揺れた草むらの方を見つめていると、ひょっこり茶色い小型のポケモンが顔を出した。
それを確認するや否や、イーブイを出して攻撃を仕掛ける。
いくつかの攻防が続いた後、対象が弱ってきたのでモンスターボールを投げる。
ボールは何回か揺れると、音を上げて静止した。
光の塊は、まるで祝福するかのように俺の頭上を回り出す。
俺はそれを目で追いながら、腹の底から声を出して叫んだ。
「やった、初ゲットだ!」
その直後、何かに気付いたかのように勢いよく上半身を起こした。そして周りを見渡す。
机、椅子、ソファ、ベッド──そこで眠っているエイジとリングマ。
ここが寮であることは間違いなかった。
「さっきのは夢、か………………」
夢はそこで終わっていた。
外はまだ真っ暗だ。日も昇りはじめていない。
少し頭がボケーッとするが、昨日の頭痛はひいたみたいだ。
立ち上がって、机の前まで歩く。
昨日見た俺の昔の写真。塔の前の少年の写真。
それを確認したとき、俺はなぜだか確信したモノがあった。
「…………そうか。あれは夢じゃないんだ」
林を駆けていって、あるポケモンを捕まえた少年時代。
さっき見た夢は、昔の俺の記憶だった。不思議なことにそうとしか考えられない。
これは俺の記憶の断片なんだ。昨日感じた違和感の正体だ。
眠っている間に俺の脳はその違和感を解きほぐし、夢として見せてくれたのだろう。
そしてその捕まえたポケモンこそが今、そこで寝息を立てて寝ている────
「リングマ、お前と出逢った記憶……」
夢の中で草むらから出てきたのはヒメグマだった。
ヒメグマはリングマの進化前のポケモンで、尚且つ俺が初めて自分の手で捕まえたポケモンだ。
途端にリングマとの懐かしい記憶が溢れてくる。
そういやお前とは何度も何度も勝負をしたな。夢で見たのは“敵”としての最後の戦い。
何十回と挑んだ挙句、やっとのことで俺を認めてくれて仲間になったんだ。
それを思い出した俺は、体の奥底から湧き上がる謎の力を感じた。
今なら“やれる”かもしれない──
確証はないがそう思った。
昨日とは間違いなく何かが違う。俺の本能というか、何というか……。
上手く言葉にはできないが、身体が火照って汗が噴き出してくる。
とにかく昨日の分も取り返すために、今このときから勉強や練習を始めないと駄目だ。
エイジはまだ寝かしておいてやろう。
着替えて少しの間勉強を進めていたら、布団がもぞもぞと動くのが見えた。
「………………あ、あれ。……もう起きているんですか」
エイジはそう言いながら欠伸をして、ベッドサイドにある眼鏡を手で探った。
「あ、すまない。起こしたか? ……俺は目が覚めちゃってな。お前はまだ寝ててくれ、一人で勉強するから」
その言葉を聞いたエイジは、重力に負けそうな瞼を必死に持ちこたえさせ、覚束ない足取りでベッドから抜け出した。
「水臭いこと言わないでください。協力すると言った身ですし、今から一緒に勉強しましょう」
「エイジ、ほんとにいいのか? もう少し寝てても大丈夫だぞ」
「何言ってるんですか、今日は大事な日なんですから。……ボクは大丈夫です、気にしないでください」
申し訳ないとは思ったが、そこまでしてくれるのは本当にありがたい。エイジの厚意に甘えよう。
彼はルームウェアから制服に着替えると、いつも持ってる大きめの電子端末を鞄に入れ、扉の方に近付いた。
「じゃあ、行きましょうか」
「え? どこに行くんだ」
「昨日、イツキさんが比喩に使った“知識の宝庫”です。そこで勉強しましょう」
そう言われたのでリングマをボールに戻し、エイジについていく。
寮を抜け、スクールの回廊を通り、ある一室の扉の中に入る。
その先は地下へ続く階段があり、石造りの壁に手を当てながらある程度進んでいくと、ひらけた場所に出た。
「……なるほど、ここか」
そこはありとあらゆる書物が置いてありそうな広い図書室だった。
ここは地下三階くらいだろうか。壁一面に本が埋まっており、それらは天井付近まで覆っている。
その天井の真ん中には、巨大な球状の砂時計とシャンデリアが垂れ下がっており、天窓からはまだ薄暗い外の景色も見えた。
「そうです、図書室です。トヤノカミ中央の図書室はいつでも開いてますから、勉強するにはぴったりの場所ですよ。……ボクはここで何度か寝落ちしたことがありますけどね」
エイジは慣れた手つきで目につけた本を取ったあと、近くの席に着いてさっそく今日の対策について話し始めた。
「覚えていることもあるかもしれませんが、一応。……まず、ポケモンには十八種類のタイプがあります。これは属性のようなもので、ポケモン自身は多くて二つまでタイプを持っています。……また、ポケモンが使う技自体にもタイプを含んでいて、これらタイプはそれぞれ有利、不利の相性があるので、それを把握していないと勝負で勝つのは厳しいです」
手元の本にはタイプの相性の関係表が載っている。
草タイプは水タイプに強く、炎タイプに弱い。
炎タイプは草タイプに強く、水タイプに弱い。
水タイプは炎タイプに強く、草タイプに弱い。
このような関係が十八タイプそれぞれにある。
中には多数に効果が抜群なタイプがあったり、多数に耐性を持つタイプ。
自身と同タイプが弱点だったり、ある攻撃を無効にしてしまうタイプもある。
また、二つのタイプを持っているポケモンはこれらの相性が相殺されたり、ひどく弱点が生まれたりする。
タイプの相性は確実に頭に入れておかないと駄目だ。
「そして今日の対戦相手、リンさんですが。彼女はゴーストタイプの使い手です。彼女は何匹かポケモンを持っていますが、短時間での修行となると、相手の出すポケモンを見極める必要があります。……中でも一番のエース“ゲンガー”を繰り出してくると予想して、勝負の準備を進めることにしましょう」
「ゲンガーか……。なるほどな」
ゲンガーは紫色のポケモンで、鋭い目つきと妖しい口元が特徴のポケモンだったな。
俺が脳内でイメージを膨らませていると、エイジが不思議そうに尋ねてきた。
「…………やっぱりイツキさんって、ポケモンの認識については、記憶喪失前と変わらないのですね。なんだかその部分だけ覚えているのも不思議だな、と思って」
言われてみれば確かにそうだな。なぜそこだけ覚えているんだろう。
病院で目を覚ましたときも、遠くに見えたポケモンが小鳥ポケモンのポッポだ、って自然と理解できた。
自分の所持するポケモンこそ覚えていなかったが、確認さえすれば、そのポケモンが何なのかすぐにわかった。
ポケモンという生き物のことは忘れていない。
記憶喪失前に知っているポケモンのことは全部覚えている。
それを指摘されるまで、何も疑問には思わなかった。
「何でだろうな……。俺自身も不思議だよ」
「そうですよね、何か記憶と関係があるんでしょうか。…………えっと、では話を元に戻しますね。イツキさんは何のポケモンでいきましょうか。ゲンガーはゴーストタイプと毒タイプを持ち合わせているので、草タイプのゴーゴートだと毒タイプの攻撃に不利です。リングマは休戦するとして、残るイーブイかピジョン、どちらで戦いますか?」
俺の手持ちのゴーゴート以外の三匹は、ノーマルタイプを含んでいる。
そしてノーマルタイプとゴーストタイプは、互いのタイプ技が一切効かない対極の関係にある。
こちらの主力技は使えないが、相手の主力技も通らない。
よってゴーゴート以外でいくのはもちろんのことだが、エイジの質問は無意味だった。
今日使うポケモンはすでに決めていたからだ。
「どっちも使わない」
「え? まさか」
一つのモンスターボールを見つめる。エイジもその中身に勘付いているようだ。
俺は少しだけ間を置いてから、口を開けた。
「そう。…………こいつ、リングマでいく」
「いや、でも。…………リングマはまだ昨日の実践バトルの傷が残っています。今は休ませるべきじゃないですか?」
当然の疑問だろう。リングマの体はボロボロだ。
そして、負けたというショックで体の傷だけじゃなく心の傷も負っているかもしれない。俺と同じように。
でも、だからこそ。こいつでいかなくちゃいけない。
「今日、変な夢を見たんだ。いや、夢というよりかは過去の記憶といった方がいいか。俺がヒメグマと出逢った記憶、こいつと戦った記憶。……その影響で何となくだがリングマの性格や性質を思い出したんだ。今なら俺の力、そしてリングマの力を引き出せるような気がする。もちろん時間の許す限り、その自信が確かになるまで練習する。こいつの悔しさも晴らしてやりたい。…………だから、リングマを選ぶ」
「成程、記憶の欠片を取り戻したかもしれないということですね。…………わかりました。それならリングマでいきましょう」
少し希望に満ちた表情のエイジに向かって頷いた。
ポケモンさえ決まればあとはどんな戦法を取るか、そしてその上でどんな技を選ぶかだ。
しかし万が一、他のゴーストタイプが出てきたときのことも考えないといけない。
でもいずれにせよ、ゴーストタイプの弱点は同じくゴーストタイプと悪タイプの二種類だ。
丁度リングマはゴーストタイプの攻撃技“シャドークロー”を覚えている。
これを最大限に活かす作戦でいくことにした。
*
それが決まったあと、ポケモンの“能力”や“特性”等について簡単に学んだ。
エイジは教えるのが上手だ。難しいことでも簡単に噛み砕いて説明してくれる。
そのうえ俺が以前には知っていたことなので、割と簡単に頭に入れることが出来たというのもあるだろう。
そんなこんなで勉強していると、朝の知らせを告げる鐘が鳴った。
休みの日だが、図書室にだんだんと人が増えてくる。
校内の売店で買ってきた朝食を片手に、俺はエイジにある疑問をぶつけた。
「あのさ、エイジ。……どうしても聞きたいことがあるんだ」
「……ええ、何でしょう?」
突然の出来事に戸惑いながらもエイジは開いていた本に栞を挟んで、俺の発言を待つ。
「いや、そんなたいしたことじゃないんだ。……気が早いのはわかっているが、もしも俺が代表に残れたとして、決闘試合一年の部で一番脅威となるクラスはどこだと思う?」
何を聞かれるのだろうと身構えていた体を緩ませ、エイジは眼鏡を直した。
「…………難しい質問ですが、おそらくクラスAかクラスFだと思います。二クラスとも入学当初からポケモンバトルに秀でていると噂立っていましたし、他の生徒達もどちらかが優勝するのではないかと予想を立てていますね。当初はクラスBもその中に入っていたのですが、今はもうその声は上がっていないですね……。もちろん、その他のクラスも十分強いので結果はどうなるか分かりませんが」
「……そうか」
やはりクラスAやクラスFは強いみたいだ。
まだ代表にいられるかもわからない俺がこんな疑問を持ったところで無意味ではあるが、なんとしても確認しておきたかった。
そして、あのポケモンのことも。
「なぁ。……あのクラスAのムツミってやつが出したポケモンを知ってるか? 俺は初めて見たんだ、あんなポケモン」
俺は一定のポケモンは知っている。
記憶喪失前の俺がある程度強いやつだったことも踏まえて、それなりのポケモンは認識しているつもりだ。
それでもあのポケモンは見たことがなかった。
エイジはそんな俺の表情をうかがいながら鼻を掻いた。
「……あのポケモンは“タイプ:ヌル”です」
図書室の静寂な空気の中でも、俺はその名前をはっきりとは聞き取れなかった。
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