二次創作小説(新・総合)

 第二話「強者」 ( No.36 )
日時: 2020/09/22 19:18
名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: KsKZINaZ)

 
「な、何だって…………タイプ?」

「タイプ:ヌル。アローラ地方のノーマルタイプのポケモンです」

 再び耳に入れてみても、それがポケモンの名前だと判断が出来なかった。
ポケモンには似つかわしくない名前だな。そして、やはり聞いたことのない名だった。
固まる俺を見たエイジは電子端末を取り出して、そのタイプ:ヌルとやらが写った写真を見せてきた。
 
「ボクも名前が特殊なので覚えていただけで、詳しいことは分かりません。本で調べてもほとんど情報がないんです。一説によると、どうやら一種の“伝説のポケモン”の括りに入るとか……」

 伝説のポケモンだと。
確かにこのトヤノカミ中央では、見たことないポケモンを連れている生徒や職員がいたが、まさか伝説のポケモンまでをも持っているとは。

 もし代表に残ることができたとしても、英傑に向かう道程の途中では、クラスAとも戦うことになるだろう。……ムツミのタイプ:ヌルとも。
例え決闘試合に出られなくても、色んなポケモンの情報を知ることは、夢であるポケモンエンダーにとって必要なことには違いない。
俺も今後、どうにかしてタイプ:ヌルのことを調べる必要があるな。

「……そんなポケモンだったのか、ありがとう。話を断ち切ってすまない。さっきの続きを教えてくれ」

 エイジが閉じた本を開いたそのとき、誰かが俺の右肩を叩く。
その叩かれた方を向くと、一人の男が立っていた。
白髪が混じった黒髪をオールバックにしており、目つきは鋭い。目尻や頬には皺があり、年老いて見える。
また、グレーのチョッキにグレーのズボンを着用しており、どうやら教職員のようだ。

「休日にも勉強か、精が出るな。……でもその本の内容はあまりに生温くねぇか?」

 男はあらかじめ準備していた言葉を演技するかのように、低い声で言った。
そのあと何かを思い出したかのように続ける。

「そういえばお前は記憶を失くしたんだってな」

「……あなたは?」

 この図書室には場違いの声量で喋る男に、少し苛立ちながら訊いてみる。
ピリついた異変を感じ取ったエイジが、何とか場を抑えようと率先する。

「イツキさん、この方はオトギリ先生です」

 エイジに手を向けられたそのオトギリ先生は、軽く咳払いをしてから話しだした。

「そうだ、俺はオトギリ。一年のクラスAの監督で二、三年の実践授業を担当している」

 よりによってクラスAの監督か。そして実践担当なら合点がいく。
このオトギリ先生がクラスAのバトルの実力を向上させる一因なのだろう。

「……オトギリ先生。俺に一体何の用でしょう?」

「お前は“生まれたばかりのポケモン”と“戦闘経験を積んだポケモン”を戦わせるか?」

「……はい?」

 不意に質問を被せられ、戸惑って言葉が出ない。
この人は何が言いたいんだ。そして何のために俺のところに来たんだ。
オトギリ先生は、困惑する俺の表情など一切見ずに、天井の砂時計を眺めながら再度口を開けた。

「俺は戦わせねぇ。強いモンが弱いモンをなぶる様を見ても、見応えがねぇからな。…………だからそれを変えに来た」

 回りくどい言い方だが、皮肉めいた質問の意味が分かってきた。
どうやら俺がその“弱い”方なのだろう。

「イツキ。お前は指折りの強さを持つトレーナーであることには違いねぇよ。……でもそれは昔の話だ。記憶喪失になっちまったお前は、クラスAに完敗したそうじゃねぇか。それじゃあ面白くねぇ。勝負っていうモンは、まずポケモンとトレーナーが一心となり、そして相手とお互いに命を消耗して初めて形作られる」

 ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、淡々と語った。
眉根を寄せた俺の反応を意に介さず、オトギリ先生はポケットから手を出すと机に両手をつき、少し声を落とした。

「だから、イツキ。お前に一つアドバイスだ。…………勝負で大事なのは“敵の隙を突くこと”。ただそれだけだ。隙を突くのは腰抜けの小細工じゃねぇ。賢哲の方途だ。これを常に頭ン中入れとけ」

「……もし、相手が隙を見せなかったら?」

 つい我慢ならずに飛び出た言葉に、オトギリ先生は呆れながら頭を掻いた。

「イツキ、お前ならそんなことぐれぇ分かるだろう? 隙がねぇなら作れ。まぁお前のために一つ例を挙げるとすれば、“勝利を確信したときに生まれる隙”。これほど旨ぇモンはねェな。……お前にも覚えがあるだろ」

 言い方はきついが確かに正論を言われている。
実践バトルのことを思い返して、つい下を向いたとき、オトギリ先生でもエイジでもない別の男の声が入ってきた。

「オトギリ先生、うちの生徒に何か用でしょうか? …………クラスBの生徒には今後、私を通してもらえると有難いのですが」

 聞き覚えのある声に顔を上げる。オトギリ先生の横に見えたのは、本を大量に抱えたアゲラ先生だった。
アゲラ先生に詰め寄られたオトギリ先生は、さっきまでの固い表情を少しだけ緩ませた。

「ちょっとばかし談笑してただけだ。…………じゃあ、イツキ。あとは自分で考えてみろ。俺はもう行く」

 オトギリ先生はアゲラ先生に軽く会釈をすると、その場を後にした。



 *



「大丈夫か、イツキ。何か言われたか? ……不安なことや悩みがあれば、いつでも相談してくれよ」

「アゲラ先生、ありがとうございます。大丈夫です」

 こういう時の担任ほど頼もしいものはない。やはりアゲラ先生は甲斐性がある。
あのオトギリ先生が実際、俺の味方なのか何なのかはよく分からなかったが、為になることを言っていたのは確かだ。
 アゲラ先生が持っている本を机に置いたとき、ふと一つの質問が脳に浮かぶ。

「先生。やっぱり、一つ良いですか?」

「おう、何だ。何でも聞いてくれ」

「エイジ、さっきの画面を見せてくれ」

 そう言ってエイジに電子端末を開いてもらい、先ほどのポケモンが写った写真を見せながら尋ねる。

「このタイプ:ヌルというポケモンをご存じですか? 生態学のアゲラ先生なら、何か知っているかと思って」

 アゲラ先生が髭を撫でながら、画面を注視する。
少しばかり見つめた後に顔を上げたが、何とも浮かない表情をしていた。

「うーん、そうだな。俺も色んなポケモンの生態を調べてはいるが、このポケモンについては情報が少なすぎるんだ。俺から言えることは何も無いな、すまない」

「そうですか……。いえ、いいんです」

 タイプ:ヌルについて調べるには時間がかかりそうだ。
エイジに電子端末を返そうとすると、アゲラ先生は歯を見せて俺の手を止めた。

「ただ、“俺から”は何もないだけで、他に心当たりはある」

「本当ですか」

「来週、臨時講師としてやってくる“イリマ先生”だ。何でもアローラ地方の出身で、ノーマルタイプのエキスパートらしい。イリマ先生なら何か知っているだろう。俺もアローラのポケモンの生態を色々と教わるつもりだし、そのとき一緒に来ればいい」

「ありがとうございます。是非行かせてください」

 何と幸運なことだろうか。聞いておいて良かった。
これでタイプ:ヌルの問題は解決したが、肝心なのは今日のバトルだ。
一つ一つ乗り越えていかなければいけない。リンとの勝負に集中しよう。



 *



 それから二人でしばらく勉強を続けていると、エイジがおもむろに手を止めた。
時計を確認するや否や、俺に向かって声を掛ける。

「では、座学は終了です。ここからは実際にバトルをしながら、今習ったことを確かめていきましょうか」

 俺も時計を確認する。しかし、昼までまだ数時間はあるようだ。

「ミナと一緒にバトルの練習をするのは午後からじゃなかったか?」

「ほら。ボク、昨日言ったでしょう? バトルが苦手だから別の対策を考えておく、って。……実は“助っ人”を呼んでいるんです。ミナさんとの練習の前に動きを確認しておきましょう」

 まさか助っ人まで呼んでいるとは。
ちょっと大袈裟になってきたが、有難いことには変わりない。
そんなことを思いつつエイジに従って図書室を抜ける。
中庭を通り、学舎の一番西にあるスタジアムに入った。

 決闘試合が行われる“とこしえのスタジアム”と比べると多少狭いが、芝が美しく整備されていて開いた天井の日差しが気持ち良い。
そんな中を俺とエイジの足音だけが空へと抜ける。
どうやらその助っ人が、このスタジアムを貸し切りにしてくれたらしい。
そんな権限を持っている人なんて、一体誰だろう。なんだか怖くなってきたな。
 エイジが隣で口を開ける。

「あれ、まだ来ていないんでしょうか……」

 二人で辺りを見渡していると、客席の方からよく通る声が飛んできた。

「ようこそ、“うたかたのスタジアム”へ」

 声のする方を見ると、茶髪のひょろ長い男がいた。俺は突然の声掛けに驚きつつも、内心安堵した。

「ソウじゃないか」

「やあ、イツキ。……色々と話には聞いてる。バトルの練習をするんだろ。俺でよければいつでも相手になる」

「わざわざ休日にすまない」

 ソウは客席を飛び越して華麗に芝の上に着地する。
俺達の元まで歩いてくると、袖を捲った後に口を開けた。

「……じゃあ早速はじめるとしようか」

 俺の返答を待つ間も無く、ソウはモンスターボールを投げた。
いきなりの勝負に出遅れた俺もポケットからボールを出すが、その手をそれ以上は動かさなかった。

 相手が二匹のポケモンを出してきたからだ。
向かって左側は、青と黒の配色が特徴の、小型の二足歩行のポケモン“リオル”。
右側に見えるのは茶色い体毛に包まれ、首元に尖った岩が生えている四足歩行のポケモン“ルガルガン”。
何故二匹も……と呆気にとられていたが、この後のソウの発言で理解した。

「格闘のリオル、岩のルガルガン。……さぁ、イツキ。どっちと戦いたい?」

 俺に選ばせてくれるのか。
リオルは進化前のポケモンだが、ルガルガンは進化後のポケモン。
普通ならルガルガンと言いたいところだが、

「リオルで頼む」

 俺はリオルを選んだ。
理由は単純。ノーマルタイプの天敵、格闘タイプのポケモンだからだ。
苦手な相手こそ練習のしがいがある。
ソウはその答えを聞くと、ルガルガンをボールに戻した。

「進化前だからって油断はしないでくれよ。俺のリオルは一味違うからさ」

「わかってる」

 俺もリングマを出す。
リングマは出るや否や雄叫びを上げるも、まだ疲れが取れていないせいか少し心許ない。
その叫びを聞いてリオルの眼光が鋭くなる。

「エイジと勉強したことを今、実践でおさらいしていこう。……さぁ、イツキ。勝負だ」

 



 最初に動いたのはリオルだった。
芝をめくるほどの勢いで一気に加速し、こちらに迫ってくる。
左右にステップを踏んで自分の居場所を逸らしたかと思うと、瞬時にリングマの目の前に飛び出してきた。

 ……落ち着け。習ったことを実践すればいいだけだ。
何とかリオルの動きを目で追っていた俺は、ソウよりも早く命令を叫ぶ。

「今だ、“シャドークロー”!」

 リングマの両手の爪が黒い影を纏う。
まず右手を横に振り払う。しかしリオルはその下を掻いくぐる。
続いて左手を縦に下ろすも、後ろにステップを踏んで攻撃範囲から逃れる。
あと少しで届くような距離ではない。余裕で避けられてしまっている。

「接近戦の対処は、まずまずだ。……じゃあ遠距離の場合はどう出る? 距離をとるんだ、リオル」

 ソウの指示により、今度は遠くに離れていく。
ある一定の距離で止まったかと思うと、振り返り、手をこちらにかざした。

「“しんくう”」

 ソウの言葉と同時にリオルは腕を振ると、とてつもないスピードで波状の気が飛んでくる。
攻撃されたときは“避ける”、“防ぐ”、“相殺する”。この三つのどれかで対応すればいい。

「左にかわせ!」

 俺の声に反応してリングマは身体をひねり、辛うじて攻撃を避ける。
なかなか危ない。あと一歩遅れていたら確実に当たっていただろう。

 しかし、このとき確信したものがあった。
やはり“ポケモンたち”は動ける。
二ヶ月のブランクこそあるものの、俺の手持ちポケモンたちの強さは変わっていない。
俺がしっかり指示を出せば、それに応えてくれる。
……俺の指示さえちゃんとしていれば。

「もう一回だ」

ソウがまた命令すると、同じく“真空波”が打ち出される。
反撃の糸口を待て。そしてしっかりと技の軌道を見極めろ。自分に語り掛けるかのように鼓舞する。
ここだ、と思った瞬間に「かわせ!」と叫ぶと、身構えていたリングマも楽々と攻撃を避ける。

「流石だな。はじめから避けられるとは思わなかった。段々と技量を思い出してきたかい?」

 ソウが拍手をしながら嬉しそうに語りかけてくる。

「……でも、これならどうだろう」

 ソウが人差し指を俺に向けると、リオルは目を閉じて両手を前に突き出した。
動きが止まった。今が攻撃のチャンスだ。

「リングマ、突っ込んで“シャドークロー”だ!」

 言葉通りに駆け出し、リオルの目前まで迫ったとき、ソウが口を開けた。

「よし、先制攻撃だ。“真空波”」

「リングマ、避けてそのまま攻撃しろ!」

 三回目の“真空波”だ。勝手は解った。先制攻撃だろうが何だろうが、避ければ問題ないということも。
リングマも先ほどと同じように、難なく攻撃をかわす。
今度は逃がさない。リオルを挟むように両手を振りかざし、“シャドークロー”をお見舞いする──

 かと思ったそのとき、リングマは背中に衝撃を受け、その場で倒れ込んだ。

「何?! ………………“真空波”だと? 今、避けたはずじゃ……」

 困惑した俺の言葉を聞いたソウは、チッチッチッと人差し指を左右に振りながら声を飛ばした。

「直前に変化技の“心の眼”を使ったんだ。攻撃技を出すだけがポケモンバトルじゃない。この技を使えば、直後の攻撃はどんなに上手く避けようとも必ず当たる。……こういった必中攻撃に対しては“守る”等で技を防ぐか、技と技とをぶつけて相殺させて対処しないといけない」

 そうだ……。これは圧倒的な知識不足の中、展開している試合なんだ。
今さっき短時間で学んだことだけでどうにかなると思うな。
この試合の中でも学んでいけ。一つ残らず脳に叩き込め。

 そうしないと“彼女”には到底太刀打ちできないだろう。弄ばれるのが想像に難くない。
それを身をもって痛感した瞬間だった。

 #5