二次創作小説(新・総合)
- 第二話「強者」 ( No.39 )
- 日時: 2021/01/04 19:54
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: ysp9jEBJ)
「どうだい。どんな技も見切って避けてしまえば勝てると思っただろう? でもそれが一気に敗因に繋がった」
ソウは、地に手を付けたリングマを見ながら言った。
その目の前にいるリオルは、ただリングマを見ているだけで何もしてこない。模擬戦だからだろう。
これが本当の戦いならば、もうすでに決着をつけられている。
「立て、リングマ」
俺の声を聞くとリングマは、案外軽く立ち上がった。
「ポケモン自身に“六つの能力”。ポケモンの技に“三つの分類”があることは、もう頭に入っているかい?」
ソウが右手で指折り数える。
「まず、六つの能力。それは“HP”・“攻撃”・“防御”・“特攻”・“特防”、そして“素早さ”。……これはポケモンの種類それぞれで異なり、同じ種族のポケモンであっても些細な違いが見られる。主にポケモンバトルの時に影響する、ポケモンそれぞれの力のことだ」
続いて左手で三つ数える。
「次に、技の分類。“物理技”・“特殊技”・“変化技”。この三つだ。先ほども言ったように、ただ闇雲に攻撃するだけでは勝てない。ポケモンの技は数多く存在するが、バトルで使えるのは四つだけ。その四つを状況において適切に選び抜き、そのポケモンにとって最良の技で固めなければならない」
これはエイジと一緒に勉強したことだ。
“HP”は体力。HPが多いポケモンほど、攻撃を多く耐えることが出来る。
“攻撃”は“物理技”を使うときに影響する。攻撃が高いほど物理技のダメージが増える。
“防御”はその“物理技”を受けるときに影響する。防御が高いほど物理技のダメージを抑えることが出来る。
“特攻”は特殊攻撃の略だ。特攻が高いほど“特殊技”のダメージが増える。
“特防”は特殊防御の略で、特防が高いほど“特殊技”のダメージを抑えることが出来る。
“素早さ”は技を使用するときの優位性を決定する。
そして“物理技”は、“シャドークロー”の様に物理的に攻撃する技のことで、敵に接触する技が多い。
対して“特殊技”は“真空波”の様に、ポケモン自身が生み出すエネルギー等を使い、基本的に遠距離から攻撃できる技のことだ。
三つ目の変化技は“心の眼”の様に、ポケモンの能力に影響を及ぼしたり、相手を状態異常にしたり、特殊な攻撃手段を行ったりと、戦略には欠かせない重要な役割を担っている。
──それらを思い出すように、頭の中で復唱してみる。
大丈夫だ、理解できている。なぜ攻撃を受けたリングマが涼しい顔で立つことが出来たのか、ということも。
ソウは一通り話し終え間を置くと、再び口を開けた。
「“真空波”は特殊技だ。先制攻撃が出来るアドバンテージこそあるものの、技の威力はかなり低い。加えてリオルの能力は“特攻”よりも“攻撃”の方が高い。……つまり、いくら効果が抜群と言えど、リングマが受けたのは大した攻撃じゃないってことだ。…………でも、キミらが仮想敵としているゲンガーはこんなものじゃ済まない」
ソウの発言から察するに、普段はリオルに“真空波”を覚えさせていないのだろう。
俺がいつもの感覚を少しでも思い出すために入れた、対“初心者”用の技。
つまるところ、ソウがわざわざ手を抜いてくれていることは言うまでもなかった。
そして、それを続けていてはこの状態を脱せないことも言うに及ばない。
──ただただ今は“時間”がない。
「ソウ、手加減しなくていい。……本気できてくれ」
俺が言うと、ソウは少し目を見張ったが、一つ二つ頷きながら笑みを浮かべた。
「……イツキらしいな。段階を踏まえて力を上げていこうと思ったんだけど。…………分かった、本気でいかせてもらうよ」
低く発したソウの宣言に合わせて、リオルが素早く腕を構える。
「この間合いから繰り出す技に、どう対応する? …………リオル、“瓦割り”」
ソウの言う通り今、二匹は互いに手を伸ばせば届く距離にいる。
そしてリオルの物理技、効果抜群の“格闘”技──本気で倒しにくる、という意味。
対してこちらは絶体絶命。“真空波”のダメージに加えて、一度でも当たればリングマの負け。
リオルは地を蹴り、腰を捻りながらリングマ目掛けて右の手刀を振り下ろす。
当たるか当たらないか。その間際で、
「リングマ、“守る”!」
リングマの周囲に発生したエネルギーの障壁がリオルの攻撃を弾く。
リオルは振りかざすはずだったその右腕の反動に耐えられず、意に反して後方に飛ばされた。
「……なんだ、“守る”を覚えていたのか」
「敢えてそれを悟られないように動いたが、正解だった」
リオルは波紋ポケモン。
人やポケモンの些細な感情の変化を、波動という波の形で見分けている。
感情を動かせば読まれて対処される。だが、この攻防には一先ず勝った。
現に尻もちをついたリオルの目の前に、逆光で表情が見えないリングマが爪を妖しく染める。
「“シャドークロー”!」
その爪を以って、目にも止まらぬ速さで切り裂く。
斬撃の残像で影が周辺を覆う。逃げ場のない衝撃に、リオルはまたも弾き飛ばされる。
が、今度は右手を地につけ華麗に着地した。
──何だ、今の。…………リオルの様子。
いくら効果が普通といえど、“シャドークロー”はそこそこ威力のある技。
平気な顔のリオルに、何かしてやられたと勘付く。
案の定ソウが手を胸に当て、一息ついた。
「……何とか“鉄壁”が間に合ったみたいだ。でもやってくれたな、イツキ。正直驚いたよ」
“鉄壁”により“防御”をグンと二段階上げたリオルに、物理攻撃は大したダメージにならなかったというわけか。
このまま“シャドークロー”で突っ張っても意味はない。
倒す前に倒されるのがオチだ。
反撃が失敗した。これはまずい。
俺が望んだ相性の悪さ故に苦戦を強いられるのは当然のことだが、この状況を脱するにはどうすればいい。
どうすれば勝てる……。
──そのとき一瞬、視界全体が白に光った。
激しく眩しい光の点滅。それはすぐに終わり通常の情景に戻るも、ただ一点。
不可思議で奇妙なことがただ一点だけ起こった。
──俺の思想が、考えが。つまりは頭が溢れんばかりに冴え渡る。
そして算出された“白星”がぴたりと脳にこびり付く。
「リングマ、“ビルドアップ”」
リングマが身体に力を込めると、全身の筋肉を一気に張る。
効果は“攻撃”と“防御”の一段階上昇。
しかし、その様子を見てソウは余裕綽々といったところ。
「“鉄壁”への対処で攻撃力を上げてきたか。悪くはないが、“ビルドアップ”では追いつけないのも事実。……俺はもう一度“鉄壁”をする」
リオルの皮膚が鋼鉄の様に固くなる。
累計四段階目の“防御”の上昇。一段階上げたリングマの“攻撃”程度では掠り傷にもならない状態。
──しかし狙いは“そっち”じゃない。
「突っ込め、リングマ!」
リングマがリオル目掛けて駆ける。
「向かい討つんだ。リオル、“瓦割り”」
例えリングマの“シャドークロー”を受けようが、構うものかといった様子。
「“守れ”!」
途端、リングマの周りに防御壁が生まれたことで、飛び掛かったリオルが一瞬躊躇する。
「リオル、いい。そのまま攻撃するんだ。“守る”が切れる頃合いを狙えばいい」
ソウの言葉を受け、取り直したリオルが左手を振りかざしたその時、その瞬間。──その攻撃を待っていた。
「リングマ、“守る”を解除」
リングマが俺に向けて歯を見せる。……これだ、間違いない。
“守る”をキャンセルしたリングマの脳天に、リオルの手刀が勢いよく下ろされる。
効果抜群の攻撃。
先ほどの“真空波”のダメージに上乗せして、ここで俺の負けだろう。
──もしも“ビルドアップ”で“防御”を上げていなかったらの話だが。
思惑通り、僅かながら攻撃を耐えたリングマが爪に力を込める。
「ッ! “ビルドアップ”の狙いはそっちか。……でもリングマの“シャドークロー”がどうした。物理攻撃は大したダメージにはならない!」
ソウの言葉を置き去りにして、リングマは目と鼻の先にいるリオルの“右手”に向かって思いきり爪を食い込ませる。
「“シャドークロー”……」
俺が言い終わるのと同時に、リオルの身体は芝生に叩き伏せられていた。
すぐにソウが叫ぶ。
「立つんだ、リオル! “鉄壁”を重ねた今なら余裕で耐えられたはずだ。…………リオル?」
それ以上起き上がらないリオルの状態を見て、ソウは手を額に当てる。
「まさか…………。“急所”か」
「急所だ」
動揺するソウに対して俺は冷静に答えた。
「……やられた。“シャドークロー”は急所に当たりやすい技。確かに、急所に当たれば“能力変化”の影響を受けない。リオルの引き上げた防御も全て無駄になったというわけか」
ソウが言い終わった瞬間、また“あの光”が一面を覆う。
視界が晴れたとき、俺は一抹の不条理を抱えた。
──何だったんだ、今のは。
さっき、あきらかに“自信”があった。
“確実に急所に当てられる自信”が…………。
「まさか負けるとは……。試合終了だ。今のキミになら勝てると思ったが、とんだ誤算だったようだね」
ソウがリオルをモンスターボールに戻す。
腑に落ちないまま俺もリングマをボールに戻し、“シャドークロー”を使う前のリングマの表情を思い返す。
すると、横で一連の流れを見ていたエイジが小さく拍手をした。
「二人とも、お疲れ様でした! そしておめでとうございます、イツキさん。凄かったですよ!」
そうだな、エイジの言う通りだ。良かった、勝ったんだ。
模擬戦で、尚且つ初めに手加減はあったものの、勝てたことには変わりない。
少しばかり自信が付いた。今はこの喜びを噛みしめないと。
ソウがフィールドの向かいからこちらに歩いてくる。
「ほんとにビックリしたよ、やるじゃないか。これならリン相手にも希望が見えてきたんじゃないかい?」
そう言った後、俺と腕を三回当て合った。“ナイス”という意味合いの、ソウなりの挨拶だ。
「じゃあ午前中の練習はこのくらいにしておきましょうか。午後からはミナさんとの練習もありますから」
「え、ミナがくるのかい?」
ソウがエイジの発言に反応した。
「知っているのか、ミナを。午後から同じようにバトルについて教えてもらうんだ」
「知ってるも何も、彼女とはクラスリーダー同士だからね。クラス会議や、決闘試合の集会でよく話してるよ」
クラスリーダーは大変そうだ。
もちろんエイジもそうだが、そういった合間に俺に教えてくれている。
今度何か奢ってやらないと。
ソウが続ける。
「彼女、強いんだろ? まだ彼女のバトルを見たこと無いんだ。俺もついて行っていいかな?」
「全然構わない」
昼の鐘が鳴る。
俺たち三人はスタジアムを出て、カフェテリアホールに向かった。
*
「──それで、探してるってわけなんだ。まだひと月も先のことだけどね。何かいい案ないかな?」
ソウが昼食を食べながら、彼の妹さんへの誕生日プレゼントの話題を振る。
「好きなポケモンを捕まえてあげる、ってのはどうだ?」
「うーん……、良いアイデアだと思うけど、妹はあまりポケモンを持ちたがらないんだ。それに、女の子だから何か流行りのモノとか、可愛いモノとかがいいと思っているんだけど」
俺の提案をやんわりと退け、ソウはエイジを見る。
「そうですね……。今度一緒に見に行きますか? ね、イツキさん」
「あぁ、そうだな。来週、俺たち街に出て買い物に行くつもりなんだ。そのとき一緒に来たらどうだ?」
それを聞くと、ソウは持っていたフォークを皿に置いた。
「本当か、丁度良かった。一緒に行かせてもらうよ」
ホールの窓から映る中庭の景色。
そこから、木漏れ日をつくりながら葉を揺らす木々の心地よい音が聞こえる。
突風が吹く。煽られた葉は宙を遊ぶように舞い、やがて力無く地面に落ちた。
*
昼食を済まし、三人で寮の入り口付近の壁にもたれる。
他愛もない会話を交わしていると時を数える間もなく、扉を開けてミナが出てきた。
一瞬、違和感を覚える。……昨日と少し表情が違う。
何だか疲れているような、不安そうな……。そんな顔。
「ごめんなさい。待ったかな? ……あれっ、ソウ君」
ただの気のせいだろうか。話し始めるとすぐに明るい顔に戻った。
「やぁ、ミナ。俺もお邪魔させてもらうよ」
「丁度良かった。じゃあスタジアムに行って、練習始めよっか」
いや、やはり元気がないように見えるが……。
ミナに同伴して、今度は校内の東の方にある“玉響のスタジアム”に入る。
寮から比較的近い場所だ。ここも同様に貸し切りにしてあるらしい。
リーダー権限様々だ。
「イツキ君は何のポケモンでいくの?」
「リングマでいく」
「うん、それなら安心」
ついた途端、ミナは俺が出すポケモンを確認すると、エイジの端末を覗き込んだ。
会話から察するに、リングマの技を確認しているらしい。
「技もバッチリだね。本当は“地震”を覚えさせたかったけど、もうそんな時間もないから」
“毒”を含むゲンガーに効果抜群の“地面”技か。
確かに、威力もある技だし納得だ。……しかし、一つ疑問が生じる。
ミナに、対戦相手がリンだということを。ましてや、ゲンガーを出すと仮定したことを話した記憶がないのだが……。
エイジがすでに話を付けているのだろうか。
「イツキ君。これ、何だかわかる?」
ミナが首をかしげながら、三つの玉を手に取り見せる。
一つは赤色で、一つは紫色で、一つは黄色だ。
ミナは俺の顔を窺ったあと、そのまま続けた。
「赤色の玉は“火炎玉”。“火傷”を起こす情熱の玉。紫色の玉は“毒々玉”。“猛毒”を起こす魅惑の玉。黄色の玉は“電気玉”。ピカチュウの“攻撃”と“特攻”が上がる逸品の玉。……これらはポケモンに持たせる“持ち物”の一種で、ポケモンバトルの最中にポケモン自身が使用できる“アイテム”のことを指すの」
そう言うとミナは、“毒々玉”と“電気玉”を自身のカバンの中にしまった。
「あと、ポケモンには“特性”と呼ばれる、主にバトル時に力を発揮する不思議な能力があるのは習ったかな?」
「ああ。エイジに教わった」
この“持ち物”と“特性”もポケモンバトルをする上では欠かせない重要な要素だ。
バトル時に一つだけ持たせられる“持ち物”は、ポケモンの技に効果を及ぼしたり、ポケモン自身の能力を引き上げたりすることができる。
そして各種族、数種類ある“特性”は、その中の一つだけを各ポケモンが有していて、これはポケモンが生まれつき持っている特有の性質のことだ。
「イツキ君のリングマの特性は“根性”、だったよね。これは“状態異常”になると“攻撃”の能力が上がる特性。だから、この“火炎玉”で火傷を起こして、強制的に“根性”を発動させる。火傷のダメージが続くから必然的に短期決戦で決める必要はあるけど、それ以上にメリットがある。……この戦法でいくのはどうかな?」
「いいな、それでいこう」
ミナは「よし、決まりだね」と言うと、ニッコリしながらソウの前に立った。
状況が掴めないソウは冷や汗をかく。
「な、なんだい……?」
「じゃあ、ソウ君。ルガルガンを使って、今からイツキ君と模擬練習おねがい!」
綺麗に両手を合わせ上目遣いで言われたソウは、渋々ボールを出す。
「……ミナのバトルを見に来たんだけどな」
小さく呟いたソウを気に留めず、ミナは俺の方に振り返る。
「イツキ君。今から大事なことを言うよ。……勝負の際、ポケモンをしっかり見ておいてね」
終始、彼女の助言はそれだけだった。
*
時は夕刻。日没前。
“勝負”の始まるとき。
俺の向かいに対峙するは、黒い長髪の女性。
それ以外は誰もいない、この校庭の片隅で。
彼女────即ちリンは、しばらく閉じていた口を不意に開けた。
「……一応、確認だけど。使用ポケモンは一体のみ。持ち物は所持可能で、アイテムの使用は禁止。どちらかが倒れたら、そこで試合終了。その時は“約束”を果たす。…………これで、いい?」
「問題ない」
またしばらくの沈黙。
風で揺れる木々と、稀に起こる街灯の点滅。そして沈む太陽を除き、光景は何も変わらない。
「夕陽が沈んだ時、それが勝負の開始でいいんだよな?」
「それでいい」
簡潔な返答に、更に場の空気は重くなる。
手にはモンスターボール。強く握っているせいか、汗が止まらない。
今か今かと一戦の始まりを待つのみ。
鼓動の音を聞いていると突如、辺りが暗くなる。
──太陽が沈んだという証。バトルの開始の合図。
互いにボールを投げ合う。
出てきたのは、リングマとピカチュウ。
「ピカチュウ……?!」
思わず口から飛び出た。
……い、いや。何でだ。どういうことだ。ゲンガーは?
他のゴーストポケモンでも何でも無く、ピカチュウだと?
「読みを外した……」
リンは小さくそう呟いた後、ピカチュウに命令を下す。
「“電磁波”」
俺が戸惑い静止している瞬間、リングマはピカチュウの放った“電磁波”を浴び“麻痺”状態になる。
「いや。ま、待てよ……」
勝負に対して言ったのではない。
どうしようもなく脳が追い付かなくて、自然と出てきた意味のない言葉だった。
整理できない。理解できない。
────だってそれは。そのポケモンは。“ミナのピカチュウ”じゃないか。
俺を置いていくかのように、一人だけ残すかのように。
暮夜の戦いは静かに幕を開けた。
#6
