二次創作小説(新・総合)
- 第二話「強者」 ( No.42 )
- 日時: 2020/09/22 19:15
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: KsKZINaZ)
一体全体どうなっているんだ。
目の前で起きている理解できない状況を解決しようと、必死に脳を働かせてみる。
しかしその答えは、自分では一向に出すことができない。
指示を出さない俺を見かねたであろうリンが口を開ける。
「突っ立ってどうしたの。……まさか命令することも忘れたなんて言わないでよ」
「…………おい、リン。どういうことだ」
「どういうことって……、そのままの意味だけど」
「そのことじゃない」
俺の口調と表情で何かを感じとったリンが、少し怯んだように見えた。
そんな彼女の目を見ながら、一直線に声を飛ばす。
「それはお前のポケモンじゃないだろ……!」
頭の中で解けなかった問題を、ようやく言葉として表す。
対面する二匹のポケモンは主の指示を待つ中、リンはピカチュウを出したボールを見ながら呟いた。
「…………えぇ。そうよ。あたしのポケモンじゃない」
やはりそうか。疑いが確信に変わる。
しかしなぜだ。なぜお前がミナのポケモンを……?!
まさか……。ミナのポケモンを盗んだのか?
一つの疑問が解決したと思う間もなく、次の疑問が重なるように出てくる。
……いや、それは考えすぎか。
なにしろリンの表情から読み取れるのは、昨日と同じく冷静かつ合理的な感情だけ。
加えてピカチュウも忠実に指示に従ったことも踏まえ、それだと辻褄が合わない。
でもなぜ自分のポケモンを使わないんだ。手を抜いているのか。
──考えを巡らせていると、リンは先ほどの発言を掻き消すように続ける。
「ねぇ、イツキ君。貴方、まさかあたしが手加減をしていると思ってるの? ……ならその考えは全くもって違う。あたしの考えはその逆。……“勝ちにいく”ためにこのポケモンを選んだの」
「それは正気で言っているのか? 自分のポケモンを使っていないのに、本気だと? ……それにそもそも、なぜミナのポケモンを持っているんだ」
そう返すと、彼女は深いため息をつき、一拍置いてからまた喋り出した。
「……色々と言いたいことがあるのは分かるけど、そういうの一度捨ててくれない? そんなことを言ってる余裕はあるの?」
ピカチュウが頬の電気袋から電撃を発生させ、次の攻撃の準備を始める。
「余裕か……。ああ、それなら大丈夫だ。何故ならお前が事を順調に進めるために出したであろう技が、逆に俺たちを有利にさせてしまっている」
ソウのルガルガンとの練習の最中に言われた、ミナのプランが頭をよぎる。
──「まず初めに“守る”を使うこと。なぜなら、そうすることで相手の出方を窺うとともに、“火炎玉”が発動するまでの時間を稼げる。つまり、一石二鳥ってことなの」──
初めから、そのプランは崩壊。
ミナのピカチュウの存在に気を取られ“電磁波”に反応できなかったからだ。
“守る”を使い損ね、今や持たせている“火炎玉”は完全に意味を失くしてしまっている。
ただ、奇跡的にやりたいことは支障ない。
“状態異常”による“根性”の発動。
ミナに教わった戦いの手順通りではないが、結果的に上手くいっている。
「こちらとしてはありがたいよ、リン。お前はリングマの特性を忘れていたのか? ……行くぞ、リングマ。“シャドークロー”だ!」
“根性”により“攻撃”が大幅に上がった今のリングマは、まさにリミッターが外れたような状態。
鍛えられたミナのポケモンと言えど、一撃で粉砕できる可能性の方が高い。
リングマが爪に影を纏い、ピカチュウ目掛けて駆ける。
──しかし、右足を踏み出したところで体勢を崩し、そのまま左足もろとも地面に膝をついてしまう。
「リングマ?!」
「……もちろん知っているわ、“根性”くらい。あたしだってそれを踏まえても尚、こちらにメリットがあると思って“電磁波”を使ったから」
俺の情けない声を引き立たせるように、リンは少し笑みを浮かべて喋りだす。
「早速“体が痺れて動けない”ようね。それだと技も繰り出せない。あなたのリングマではそれを治す手段はないはず。……技が出せるかは、リングマの“本当の根性”次第ってところ」
ピカチュウがリンと目を合わせる。
「……“雷”」
リンが指示した瞬間、ピカチュウが空に向かい全身から電気を放出させる。
とてつもない迫力。それは、ピカチュウが“電気玉”を持っているからだろう。
そしてそれは瞬く間に、巨大な雷として轟音を響かせながら、地上目掛けてやってくる。
「リングマ……!」
“雷”は二匹のちょうど間に落ち、閃光が周囲をほとばしる。
リンとピカチュウの表情が曇る。
これはもしかして────“外した”のか。
“雷”という電気タイプの特殊技。威力こそあるものの命中に欠ける、というところか。
それに加えこの時間、この場所。
周囲にある明かりは壊れかけの街灯のみ。
薄暗いだけで完全に見えないわけではないが、相手からすると“当たり”をつけるのが多少困難なのだろう。
対して俺たちは、“もう一つの光源”がある。
それこそまさに、いま電気を帯びて光っている“ピカチュウ”だ。
日中ではこの差は気にならないだろうが、暗闇ではただの的。
──この戦いは俺たちに分がある。
「……リングマ、立て! もう一度“シャドークロー”だ!」
今度は麻痺に抗い、技を繰り出す。
豪快に振りかざした右手はピカチュウの腹を切り裂いた。
──ように見えたが、それは幻の如く姿を消した。
「?!」
視界の隅に一瞬、黄色い発光がチラつく。
そこで初めて“本物”のピカチュウが別にいるのに気付いた。
「……“影分身”。影武者の方に攻撃してしまったようね。…………“回避率”を上げた状態と“麻痺”状態。これが重複することで、あなたたちの攻撃は通らないまま終わる」
これがリンの狙い……!
しまった。完全にハマってしまっている。
やはり“電磁波”だけでも防ぐべきだったのか。
そのとき脳内に、ある言葉が浮かぶ。
──「勝負で大事なのは“敵の隙を突くこと”。ただそれだけだ」──
オトギリ先生の俺への助言。
敵の隙を突く。そして隙が無いなら、自分で隙を作る。
後者は、今の俺にはまだ厳しいかもしれないが、相手が見せた些細な隙を見逃さないことはできるはずだ。
その一瞬の間を見つけなければ……。
上空で、雷鳴が轟く。──“雷”が落ちてくる前兆。
「リングマ、“守る”!」
咄嗟に叫んだ声に反応し、リングマは麻痺に逆らいながら何とか周囲に防壁を拡げる。
二度目の“雷”はリングマが生み出した障壁に向かって、激しい音を伴いながら落ちた。
「危なかった……」
ホッと胸を撫で下ろしていると、まだ“守る”を展開しているリングマ目掛けてピカチュウが走ってくるのが見える。
一体何を企んでいる……?
今は一切の攻撃を受け付けないのに。
しかしわざわざ向こうから来てくれるなら、これは絶好のチャンス。
反撃の作戦を考えていると、リンが仄かに口角を上げるのが見えた。
そこで感じた嫌な予感が的中する。
「“フェイント”」
ピカチュウの手から生まれたエネルギーが、“守る”の芯を捉え、障壁が一気に崩れる。
中にいたリングマは、衝撃によって微々たるダメージを負う。
「こ、これは……」
“守る”を突破できる技、ということか。
知っていれば反応できたはずだが……。
いや、こんな無益な言い訳を考えていても仕方がない。
何にしろ今は、目の前に標的がいる。“シャドークロー”の恰好の餌食だ。
「リングマ、やれ!」
俺の命令を受けリングマは、痺れる腕を何とか動かし、爪を黒く染めて振り上げる。
それは確実に胴体に命中する。
──しかしまたも、切り裂かれたはずのピカチュウは、文字通り闇と一体になり消える。
残る虚空を見て、またしてもそれが“偽物”であることにようやく気付く。
「……ッ!」
「だから言ったでしょ。当てることは出来ない、って」
「でもそれはお前も同じだろう……!」
「さぁ、どうかな……。ピカチュウ、“雷”」
リンが追撃をせんと、ピカチュウに命令する。
また天に向かって膨大な電撃を上げると、それは稲妻へと姿を変える。
「“守る”!」
リングマは手足を広げ、エネルギーの障壁を作る。
と思ったが、それは完成しないまま“雷”がリングマを直撃する。
技が出せない原因は“麻痺”によるものだった。
“雷”を受けたリングマは右手で体を支えながら、ピカチュウを睨むように立ち上がる。
──この様子だと、体力はまだギリギリ半分以上残っているはずだ。
もしもう一度食らっても、わずかに耐えられる……。
「……勝負に置いて、“運”は最も重要かもね」
リンが呟いたその言葉で、ある作戦を思いつく。
当てることが出来ない……。なら、最初から当てるつもりじゃなければどうだ。
ただ運任せに攻撃する方法──命中率が低いから敢えて使わなかった“四つ目の技”。
“影分身”で回避率を上げられている今、この期に及んでそんなことを気にする必要は全くない。
“運”さえ味方すれば。……可能性はある。
「リングマ、周囲を覆うように“ストーンエッジ”だ!」
麻痺に何とか逆らいながらリングマが全身に力を込めて叫ぶと、周辺に尖った岩が次々と飛び出る。
それはどんどんと数を増やし、やがて“本物”のピカチュウの下からも勢いよく突き出る。
上手くいったか──
「ピカチュウ、“フェイント”」
がしかし、ピカチュウの繰り出した“フェイント”が岩をいとも簡単に粉砕する。
クソ……。駄目なのか。
頼みの綱が、呆気なく散ったのを見て愕然とする。
運よく攻撃を当てても“ストーンエッジ”では防がれてしまう。
どうにかして“シャドークロー”でいくしかないということか……。
ピカチュウは“フェイント”の動作を終えると瞬時に、見覚えのある構えに移行する。
「……“雷”」
ピカチュウが打ち上げた“雷”が、空の切れ目から光る。
「“守る”!」
リングマは防御壁を作ろうと行動するも、またしても手足の痺れにより動きが止まる。
“守る”の失敗。それは当然、無防備な姿を晒すということ。
「……クソッ、またか!」
しかし、運が向いてきたのだろうか。
“雷”はリングマとは間反対に位置する、ピカチュウ側の右後方の場所──それも地面ではなく、例の街灯に落ちた。
街灯は異常に明滅したあと──“雷”の余波なのだろうか──激しい電光が周囲に分散する。
距離が離れているリングマに届きはしないものの、その電撃は技を出したはずのピカチュウを襲った。
エネルギーの衝撃に吹き飛ばされたピカチュウだったが、受け身で反動を殺し、すんなりと起き上がる。
その表情は、ダメージを受けたのか受けていないのか分からなかったが、リンの方を注視しだす。
リンも、ピカチュウを見て何かを感じ取っているようだった。が────
──それは“隙”だった。
俺がこのバトルの最中、ずっと探していた“モノ”だった。
……当然、このチャンスを逃すほど甘くはない。
「リングマ!」
リンが俺の声に気付いたときにはもう、ピカチュウの目の前にリングマは立っていた。
「ピカチュウ、避けて!」
“持ち主”の育て方のおかげだろうか。
ピカチュウはこの状況に置いても身体をひねらせ、攻撃をかわさんと横に飛ぶ。
──ものの、リングマの“シャドークロー”がピカチュウの皮膚を微かに切りつける。
完全に捉えたわけではなかったが、多少のダメージを受け、ピカチュウの息が荒くなる。
こいつが“本物”。
この本体にしっかりと、もう一度当てさえすれば“俺の勝ち”。
……なのだが、“回避率”が上がった状態なのと“麻痺”状態は依然として変わらない。
どうすれば当てられる……。どうすれば……。
その時、俺の視界がまたも“あの”真っ白の光に包まれた。
それは完全に覚えのある光。あの時の──ソウのリオル戦のときと同様の激しい光の点滅。
視界が元に戻ると、またしても脳が冴え渡るのが手に取るように分かる。
そして頭の中で瞬時に算段がつき、“ゴール”が見える。
────“勝利への道筋”が、はっきりと。
「リングマ、“守る”」
「ピカチュウ、“フェイント”」
……ああ。そう来るだろうな。
ピカチュウがリングマの方に飛び掛かる。
しかしリングマは痺れて“守る”を展開できていない。
──でも今に限って、その状態はどうでもいいことだ。
「リングマ、技を変えろ! “シャドークロー”だ!」
「………………“雷”!」
俺が技を変えたのと同じように、リンは“フェイント”を止めて、ピカチュウにお馴染みの攻撃を指示する。
“フェイント”で些細なダメージを与えるくらいなら、運任せでも“雷”を落とすだろうな。
リングマは“技が当たらないかもしれない”し、“動けないかもしれない”のだから。
──でも残念ながら、リングマは“技を当てられる”し“動ける”。
“フェイント”をしまいと、リングマの目の前にやって来ていたピカチュウは技を切り替え、無防備にもそこで空に電撃を放出する。
もちろんそれは本当の無防備ではない。ピカチュウはそこに“無数”にいるのだから。
“影分身”と“電磁波”の双方の利点が上手く重なり合う戦法。
それにハマるかのように、またしても痺れて動けないリングマ。
俺はその状態に気付いても尚、リングマに声を掛ける。
「リングマ、左斜め前の“ヤツ”だ。……そいつに“シャドークロー”だ」
この発言後、瞬時に空が光り“雷”が落ちる。
それは見事、なおかつ“運よく”リングマに命中する。
──そう。それが発動条件。
対リオル戦での、最後の“シャドークロー”を使った時の“リングマの表情”。
そして俺が今朝、夢でみた“リングマの性質”。
これが今、確信となる。
……ポケモンにも千差万別で、そのポケモンが一番好きな“戦い方”というものがある。
攻撃技と特殊技を使い分けるのが好きなポケモン。変化技ばかりを使うのが好きなポケモン、というように。
そしてそのポケモンが好きな戦法を取ったとき──やはりポケモン自身嬉しいのだろう──本来以上の力を発揮してくれるように思える。
それはたとえ“麻痺”していても、それに構わず攻撃してくれるほどに。
──俺のリングマは“攻撃されたあとに仕返す”のが好きなやつだ。
本物のピカチュウはさっき言った通り、左斜め前にいる。
これで、リングマは“麻痺”に構わず“シャドークロー”を当てて──
「──俺の勝ちだ」
“雷”を受けたリングマは、ピカチュウ目掛けて両手を振る。
──その寸前。動きが急に止まる。
「……お、おい! リングマ」
いや、そんなわけない。
一回目の“雷”を食らったときは、まだ体力がギリギリ半分以上あった。
今、二回目を受けて倒れるはずがない。
ない。のに────
地面に倒れる鈍い音。
いつかどこかで聞いたことのある音がした。
その“音”はとても聞くに堪えない。
その後、負の感情に苛まれるからだ。
──どこで間違えたんだ。
俺が……勝った。と、…………思ったのに。
油断などしていないのに何故だ。
“倒れたリングマ”をボールに戻す。
そのとき視界が光で覆われる。
……あの“不思議な感覚”が終わるということだ。
光が晴れた後の俺は、またも疑問に思うことがあった。
今回は、確実に当てられる“自信”があった。
“回避率”を無視した“強制的な必中攻撃”をする自信が──。
いや、本当に当てられたのだろうか……“本物のピカチュウ”に。
こればかりは、当ててないから分からないことだ。
しかし、戦闘が終わったため回避率状態を解除した“本物”は、先ほど“指定した位置”にいた。
「……勝負は終わり」
リンの声が脳に木霊する。
────ああ、全くもって一緒だ。
タイプ:ヌルに負けたときと。
でも、ただ一点だけ。……一点だけ違うことがあった。
それは気持ち。
“良かった”という溢れる気持ち。
なぜなら今回は、ただただ。
「──悔しい」
その感情が“先”に来たから。
このバトルは、恥ずかしくない。悔しいんだ。
頑張った。勝てると思った。ただ、一歩及ばなかった。
ああ、リン。どうしてお前はただ突っ立ってるだけなんだ。
彼女の目が泳いでいるのが見える。
いいんだ。俺のことなんか気にしないでくれ。お前はそういう性格だろう。
さぁ、早く。言ってくれよ。
“代表から外す”とか、何とか。
でもあわよくば……。
あわよくば、それを思いとどまってくれ。
そして言ってくれよ。
“考えを改める”とか“負けてないよ”とか……。そういうことを。
「……負けてないよ」
え……。
その声を聴いたときは心底驚いた。
まさか俺の心の声が漏れたのかと思ったからだ。
そして、それはリンの声ではなかった。
俺とリンが向かい合っている脇──つまり校舎の影になっているところから聞こえた言葉だった。
人影が段々とこちらに近付いてくる。
すると、ピカチュウがその人物の方に駆けていく。
「イツキ君は、負けてないよ」
その声の主はミナだった。
「ミナ……? ……どこからどうみても、俺の負けだよ」
彼女の気持ちはありがたいが、俺は完全に負けてしまっている。
ミナはフフッと笑ってピカチュウを撫でながら口を開けた。
「ううん、……負けてないよ。もしも“部外者”がいなかったら、ね」
ミナがリンの方を見る。
「……そうでしょ? リン」
リンは仄かに首を縦に振った。
#7
