二次創作小説(新・総合)

 第一章:ある獣の残骸 ( No.44 )
日時: 2020/12/10 20:40
名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: ysp9jEBJ)

 
「さっきまで、こんなモノ無かったはずだよ……?」

「これは、誰かの悪ふざけよね……?」

「何にしてもこの歴史ある校舎に傷をつけるとは……。どこかの目立ちたがり屋の犯行か?」

「……というか、なんて書いてあるの? それに、どういう意味?」



 第三話「しゅうらい



 “ALPHCODE:7”。
このたった十の文字列に、皆は酷く不穏な空気を感じ取った。
なぜならば、わざと人々の不安を煽るように歪な大きさで削られ、さながら怪文書の様に見えるからだ。
また、石造りの壁ということもあって、正気を感じない冷たい印象を直に受けることも、その要因の一つだろう。

「……“アルフコード:セブン”とは何なんだ? 知っているなら教えてくれ、ミナ」

「しっ。……イツキ君。あまり大きな声で言わないで。このことは、今はまだついの機関の機密事項なの。この大勢の生徒の前では言えないよ……」

「終の機関だと……。なら俺にも知る権利があるな。分かった、場所を移すか」

「……そうだね」
 
 ミナの言葉と、謎の文字コードを見に来た生徒たちの会話から察するに、何らかの理由で、まだ人々には公表されていない事柄であることは間違いない。
しかしながら、ミナの普通じゃない焦りようは、俺の動悸を更に激しくしていた。

 詳細を聞くためその場を離れようとすると、聴き馴染みのある声が脳を木霊する。
俺は、一歩踏み出したところで足を止め、声のする方を振り返った。

「……っと。こりゃなんだ。校舎が傷つけられていると聞いて来たが、想像以上だ」

 群がる生徒の中を割って入ってきたのは、アゲラ先生だった。
来るや否や先生は、例のモノを見上げながらため息をつく。
アゲラ先生は腕を組んで少し考えると、その後ろからやってきた、比較的身長が高い女性に声を掛けた。

「一体、誰が何のためにこんなことを……。とにかく、上へ報告しないといけませんね、ツリィ先生」

「そのようですね。でもまずは、生徒たちを寮に帰しましょう。……騒ぎが大きくなるのも困りますし」

 ツリィ先生と呼ばれたこの女性、恰好こそ教職員だが、髪を隠すように黒いウィンプルを被り、更には黒いポンチョまで纏っており、なかなか異彩を放っている。
アゲラ先生は、ツリィ先生の発言に頷くと、集まった生徒たちへ撤収を呼びかけた。

「皆、速やかに寮に帰りなさい。質問、私語は無用だ。このことは、休み明けには学校側から連絡できると思うから、今日のところはもう戻りなさい。……いいね?」

 穏やかに、その上で強いるようにアゲラ先生が言うと、生徒たちは渋々といった様子で寮に入っていく。
生活の中のこういった刺激に少なからず心を躍らせる者もいるようで、皆の足取りは重かった。

「ほら、イツキと横の女の子も。早く寮に帰るんだ」

 アゲラ先生は、まだこの場にいる俺とミナに注意する。
これを聞いて、仕方なく寮に戻ろうとしたそのときであった──。

 突然、赤に染まる眼界。
遅れてやってくる、肌を切り裂くような熱風。
まるで、目と鼻の先に太陽でも存在するかのような、鈍い深紅の情景と灼けるような感覚が俺を襲う。

 それは、刹那の──瞬きも終えないくらいの、本当に一瞬の出来事だった。

──何だ?! 何が起こった?

 頭がようやく状況を理解し、目を閉じ、頭を庇う。
パニックからか、正常に判断が出来ず、脳と心臓だけが揺れ動く。

 しかし、本能なのか、それとも反射なのか。
思考が停止しているにも関わらず、俺は右手でポケットにあるモンスターボールを探っていた。
 
 熱さが和らいだのを境に、恐る恐る、かなり慎重に目を開ける。

──青暗い夜の景観、スポットライトを浴びた文字列。……視界は通常通り。

 そう確認したのち、先刻の光景と明確に違う一点を発見する。
その一点とは、目の前に威風堂々と鎮座する、図体の大きなポケモンのことである。
ボリュームのあるオレンジとベージュの体毛、あらゆる大地を駆けまわれそうな程しっかりとした、四本の脚。
毅然とした態度で背を伸ばし、正面についた両の眼は、俺の視線と完全に合わさる。

──こいつは、炎タイプのポケモン、“ウインディ”。

 いつの間にやってきたのだろうか。
それだけが頭の中を渦巻く最中、ウインディは姿勢を崩したかと思うと、身体を横に向ける。
そこでようやく気付く──背中に、二人の男女が跨っていることに。ましてや、二人ともトヤノカミ中央の制服を着ていることに。

 そのすぐ後、今起こったことが、ウインディの移動に伴ったエネルギーだということを悟った。

「先輩、スピード出し過ぎですよ? 危うくぶつかるところでした」

「……相変わらず手厳しいねぇ。俺にとってはこれが普通なんだけど」

 生徒たちが解散した場所にいきなり飛び込んできたかと思えば、即座に一人の女性がウインディから飛び降りる。
冷たい目つきをしたその女性は、乱れた金髪のポニーテールを軽く整えると、周りを見渡した後に先生に声を掛けた。

「アゲラ先生、ツリィ先生。状況は確認しました。先生方は、この文字列を人の目につかないように、上から何かで覆うよう、お願いします。これについての今後の対応は、改めてご連絡します。あとは私たちにお任せください」

「お、おう。分かった」

「では、よろしくお願いします。……あと、生徒は寮に帰すように指示されたみたいですが、あの二人とは話があるので、もう少しばかりご容赦ください」

 ポニーテールの女性は、冷静かつ手短に先生方とのやり取りを終えると、こちらに寄ってくる。

「元気そうで良かったわ、イツキ君。それにミナ」

 上品に微笑みを浮かべる女性に対し、俺もぎこちない笑顔で返す。
ウインディに乗っている男も、顔の横で軽く手を挙げ、挨拶をしてきた。
 そんな中、戸惑う俺を察してか、ミナが前に出てくる。

「イツキ君。この方は、二年生のユキ先輩。そして、あちらの方は、三年生のアツロウ先輩」

 先輩、と言われて気付く。
よく見ると、そのユキ先輩とアツロウ先輩、そして俺とでは、制服に些細な違いがあることに。
二年のユキ先輩はリボンが青色で、三年のアツロウ先輩はネクタイが緑色、そして一年の俺とミナは赤色。
つまり、制服の装飾の色が異なるのだ。
エイジは、胸ポケットについているバッジの数で、その生徒のクラスが分かる、ということを話していた。
これも同様で、学年ごとに色を変えることで、一目で何年生なのか判断がつくようになっているのだろう。

「……すみません、名前も覚えていなくて」

「記憶喪失なんだろう、気にしなくていいって。むしろ、こっちから名乗るべきだった」

 アツロウ先輩は黒いぼさぼさの髪を、くしゃくしゃと掻きながら言った。
するとミナは、胸ポケットに何回か指を当てて、俺に見るよう促す。

「ほら、見て。私たちのは銀色だけど、先輩方のは金色のバッジでしょ? 先輩二人とも“クラスS”なの」

「クラスS?」

 俺が聞き返すと、何故かミナが満足げに話し出す。

「クラスSは七番目のクラス。通称、“幻のクラス”。優秀な成績を収めていると、二・三年次に学校から贈られる肩書きのことだよ。普段は私達みたいに、クラスA~Fに属しているんだけど、個人のタイミングで、より専門的な授業を受けたり、更にはクラスSしか入ることの許されない特別施設まで使えるらしいの。“教室のことを表すクラス”っていうよりかは、“階級を表すクラス”って言うと、分かりやすいかな。……要するに、生徒の憧れの的なの。ですよね、先輩!」

 確かに、先輩方二人の胸ポケットには、荘厳に煌めく金のバッジが付いている。
“英傑”とは別の、その人の実力を表す肩書きの存在に、自然と二人を見る目が変わる。

 対面で褒められたユキ先輩は、まんざらでもない顔を見せたが、瞬時に照れを隠した。

「……もう、ミナ。色々と喋ったわりには、一番大事なことを言っていないじゃない。あくまでもこれは、緊急事態なのよ」

「そうでした、ごめんなさい……」

 ユキ先輩は、少し声のトーンを落とし、電子端末を取り出してメモを取る準備をする。

「イツキ君、本題にいくわね。私とアツロウ先輩は、貴方たちと同じく、終の機関に所属しているの。生徒の騒めき声が聞こえて駆けつけたんだけど、何となくしか、状況が分からなくてね。ちょうど貴方たちがいたのを発見したから引き留めたのよ。……ではまずあの文字について、何か分かっていることを報告してくれるかしら」

 すると、ミナが少し落ち着いた様子で、言葉を返した。

「えっと。教えられることと言っても、私とイツキ君は今の今まで外出してて……。状況としては先輩方と同様です」

「あら……。こんな夜に、二人きりで何をしていたの?」

「いや、二人きりっていうか、その……」

 困り顔のミナが、俺に助け船を出す。
そのとき、文字をじっくりと眺めていたアツロウ先輩が、気だるげな声を出した。

「ま、それは良いんじゃない。……それよりあれ、間違いない」

 そこまで言うと、壁を指差す。

「アルフコード:セブン。“今度”はトヤノカミシティがターゲットということだ。……あーあ、参ったね」

 アツロウ先輩は「面倒くさくなりそうだ」と付け加えると、ポケットに手を入れ、ウインディにもたれかかる。
それとは対極的に、ミナとユキ先輩は落ち着きがなくなったように見えた。

「……ターゲットとは、どういうことですか? そもそも、アルフコード:セブンとは一体何なんです?」

 俺がそう聞くと、ユキ先輩は少し怒りを滲ませたような真剣な表情で話し始めた。

「まだ憶測段階なんだけど、簡潔に言うとすれば……あれは合図。これからここで起こるであろう、怪事件の予告みたいなもの。…………全ては二ヶ月前、隣町の“ゴドタウン”から始まったわ。そのときも、ゴドタウン内で同じ文字が発見されたみたい」

「……あの文字が現れると、何が起こるんですか?」

 ユキ先輩は、一瞬だけ俺と目を合わせたあと、文字列の方へ体を向けた。

「……このコードが現れた周辺で、突然ポケモンが暴れ出したり、建物が破壊されたりする。今のところ、二つとも原因不明だけどね。とにかく、“普通じゃないこと”が起こるの。それも一度じゃない。何度か起こる。……終の機関での情報によれば、少なくともゴドタウンのときはそうだったみたい」

「…………つまり、二ヶ月前にゴドタウンで、このコードが見つかったのが全ての始まり。そして、これが現れることをきっかけとして、その周りで何度か不可解なことが起きる、と……?」

 確認するように俺がここまで言うと、アツロウ先輩が休めていた体を起こした。

「そういうこと。だけど、あくまでこれは終の機関による見解。まだ仮定段階の話なんだ。この謎のコードとポケモン凶暴化事件、及び建造物破壊事件は、まだ因果関係が確定していない。大きな共通点がないからね。だから、ゴドタウンのときは、大々的なニュースとしては取り上げなかった。……まぁこれは、住民の混乱を防ぐためでもあるんだけど。そんなわけで、このコードの存在自体を知らない人もたくさんいる。それは、先生や生徒たちの反応を見て察しただろう? …………ただ、この三つの事件の同時発生が、偶然にしては出来すぎているように感じる。従って、俺たち終の機関では、これらは繋がりがあると推測しているんだ」

 今言われたことを、何とか整理しようと頭を働かせていると、アツロウ先輩はだけどね、と言葉を続けた。

「……コレがここに現れてしまっては、今までのようにはいかない。何たって、“二度目”だから。もしこれからこのトヤノカミシティで、凶暴化や破壊事件が起これば、もうこの仮説は十中八九当たりってことになる」

 しん、と静まりかえる。
この平和に思えた街に、魔の手が迫るかもしれないのだ。

──護らなければならない。俺の記憶が眠っているこの街を。

 怒りによって、俺の手は震えていた。

「……それらがいつ起こるのか、誰が行っているのか、何のためにするのか。そういったことは判明しているのですか?」

「…………いいえ。事件の意図等は、まだ分かっていないの」

 ユキ先輩は、無力を噛みしめるように吐き捨てた。
その傍ら、アツロウ先輩がニッと歯を見せると、自身の顎を撫でる。

「ただ、一つ朗報がある。来週、俺たちは終の機関に招集がかかっているだろう? そこでどうやら、事件の進展が発表されるらしいんだ。おそらくだが、何か新しい情報を掴んだんだと思うよ」

「本当ですか」

 そこまで話すと、アツロウ先輩はユキ先輩とアイコンタクトを取った。
すると、ユキ先輩が補助を受けながらウインディに跨る。

「それまでに、何か起きないことを祈るしかないわね。……じゃあ私たちはこれから、このコードの存在を終の機関に話しに行くから。引き留めて悪かったわね、貴方たちはもう帰りなさい。…………それと、くれぐれもこのことについては内密にね」

「しかし何でだろうねぇ……。よりによって、俺らの学校に刻まれるとは。…………じゃあ一年生たち、お休み」

 夜の隙間に消え入るように、ウインディが走り去る。
踏み込みで生じた熱風。それを掻き消さんとするばかりに、冷たく訴えかける文字列。
 感じていた恐怖はいつの間にか、嫌悪感に変わっていた。



 *



 あれから、一週間が経った。
壁の文字は、次の日にはもう布で隠され、それ以降、人の目に触れることはなかった。
また、学校側は、校舎が傷付けられるという事件に対し、これまで通りの生活を送るよう、生徒たちに言い渡した。
それは、もし何かあれば、終の機関が生徒や職員の安全を保障する、と強く念を押したためである。

 ここまで、緊張の緩まない日々を過ごした。
一時の平穏かもしれないが、俺たちが危惧していたことは、未だ起こっていないことに安堵する。
コードを見た生徒たちも結局、行き過ぎた悪戯という認識に至ったようで、その注目度も徐々に薄れつつあった。

 ただ、俺にはもう一つ心配事があった。
この一週間で、リンやタイガと朝から晩まで合同で練習をし、いざ実践の授業で腕を試すという頃合い。
そこに、ムツミの姿がないのだ。
よくよく考えれば、あのタイプ:ヌルに負けたとき以来、顔も見ていない。

 俺は焦っていた。
あいつと手合わせできないと、あのポケモンの倒し方、そして俺自身の実力が分からない。
──このまま勝ち逃げする気か。それとも、本番までお預けか。

 野暮な葛藤が渦巻いたが、一応頼みの綱がある。
それは、アゲラ先生が言っていた臨時講師のイリマ先生だ。
この休みが明ければ、学校に赴任してくると聞いている。
タイプ:ヌルの情報を入手する手段は、もうイリマ先生しか残っていない。
先生が知っていることに、賭けるしかなかった。

「……大丈夫かい? 少しボーッとしているみたいだね。薬はちゃんと飲んでいるかな。寝たきりの状態からすぐに動ける体の丈夫さには心底おどろいたが、あまり無理はしちゃいけないよ」

 担当医の男が、俺の顔を覗き込む。
その声を聞いて、定期検査で病院に来ていることを思い出す。

「あ、すみません。……体調は大丈夫です。それに、ほんの一部ですが、過去の記憶も思い出しました」

「……ほう、この短期間で。それは良かったよ。私としても本当に嬉しい」

 担当医はカルテに文字を継ぎ足すと、俺の足元にいるイーブイの方を見た。

「実はね。イツキくんが森で倒れていたとき、このイーブイが、近くにいた人を呼んできてくれたらしいよ。お利口さんだね、イーブイ」

 イーブイはそれを聞くと、甘ったるい鳴き声を上げた。
お前が助けを呼んでくれたのか、ありがとな。
俺はイーブイの頭を撫でながら、担当医に質問を投げかける。

「あの……。その森って、はざまの森で合っていますか?」

「あぁ、そうだが。どうしたんだい?」

「いえ、確認しておきたくて。……俺の記憶の手掛かりがあるかもしれない、と思ったんです」

 担当医はシワをつくりながらにこやかに笑うと、筆を置いた。

「そうかい、そうかい。行動力があって素晴らしい。何事も気持ちは大事だからね。……君は、今の自分自身と向き合えて偉いよ」 

「ありがとうございます。…………ただ、こんなことを言うと変かもしれませんが、俺にはこうしなくちゃいけないような……そんな使命感があるんです」

 診察室の窓から入った陽射しが、俺の顔に当たる。
この眩しい光が、同時に世界を照らしていることに、感銘を受けた。
なぜその時そう思ったのかは、自分でもよく分からない。

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