二次創作小説(新・総合)
- 第三話「襲来」 ( No.45 )
- 日時: 2021/01/04 19:43
- 名前: さぼてん ◆FRQHwFT6AY (ID: ysp9jEBJ)
トヤノカミシティの中心にある、トヤノカミ中央トレーナーズスクールを少し南に行ったところに、[メイズ通り]と呼ばれる広大なショッピング街がある。
そこは“無いものは無い”とまで称されるほど、様々な専門店や施設がところ狭しと立ち並んでおり、人々が一層集まる賑やかな場所であった。
俺が当時入院していて、尚且つ定期検査で用のある病院もこの一角に滞在している。
検査が終わった俺は病院の扉を抜け、買い物袋を下げながら“鉄の箱”を出入りする人々をまじまじと見つめた。
メイズ通りでは、ポケモンを所持していない人の足となる路面電車が、表通り一帯を覆うように走行しているのだ。
楽しそうなお喋りと車輪の軋む音が行き交う。
「俺もようやく羽を伸ばせられそうだな」
軽く伸びをして、強張った体を解きほぐしながら呟く。
病院特有の雰囲気にやられたのか、無意識にも緊張していたみたいだ。
だが、深く息を吐きながらこの後の予定を思い起こすだけで、自然と口が緩んだ。
病院を出た、という理由だけじゃない。これから、エイジとソウと買い物に行くからだ。
二人と会う理由は、俺の電子端末やソウの妹さんへの誕生日プレゼントを買うためだが、正直なところそれはどうだっていい。
ショッピングではなく、友人たちと休日を過ごせる、ということが楽しみなのだ。
それもそのはず、だと思う。
記憶喪失で目覚めたと思いきや、いきなり来る決闘試合の為に、バトルの練習や勉強を朝から晩まで行ってきた。
おまけに校舎には謎の文字が刻まれ、それが事件が起こる前触れかもしれない、とまで聞かされて、もう流石に頭がいっぱいいっぱいだ。
欲を言えば夜まで二人と遊んでいたいが、実のところそうもいかない。
午後にはミナと共に、終の機関の招集に向かわなければならないからだ。
よって、正午までには買い物を終わらせる必要がある。
予定を詰め込んだ一週間前の俺を、今になって恨むことになるとは。
なんて思いながら、エイジとソウが待つ集合場所に向かうため、病院の敷地内を通っているときのこと。
からんからん、と何かが地面を転がる音と共に、上の方から若い声が響き渡った。
「いけない、やっちゃった!」
見上げると、病院の三階の窓から、緑のニット帽を被った困り顔の子どもが上半身を乗り出している。
──患者の……少年だろうか。白い入院着姿で下を覗き込んでいた。
「キミ、危ないぞ」
今にも落ちてしまいそうな体勢の少年に対して、咄嗟に声を掛ける。
俺の声を聞くと、その少年は安堵したかのように、出していた体を室内に戻した。
「あっ、えっと……お兄さん! そのボール、落としちゃって……」
少年が指差す俺の足元に一つ、モンスターボールが落ちている。
おそらく、不注意で彼が落としてしまったのだろう。
「これか、分かった。俺がそこまで持っていくよ。君、何号室だ?」
「301号室だよ。…………だけど。ねぇ、お兄さんってポケモントレーナー?」
「そうだが、どうした?」
少年は、満面の笑みを浮かべる。
「じゃあさ、そこから投げ渡してよ! ひょい、って。……ポケモントレーナーなら出来るんでしょ?」
「駄目だ」
「……やだ、おねがいだよ。入院生活続きで、パパとママにはワガママ言えないんだ。だから、お兄さんぐらいは、おねがい聞いてよぉ」
少年は、少し放っておけば泣き出してしまうのではないか、と思うほどの潤んだ声を上げた。
これによって、子どもの扱いが分からない俺に残ったのは、もう彼の言うことを聞くしかない、という選択肢のみ。
投げて他所に当たれば危険ではあるが、この距離なら問題ない。しぶしぶ腹を括り、ボールを握りしめる。
──このとき、やけに手に馴染むような不思議な感覚を抱いた。
「……しょうがないな、分かったよ。ただ、ちゃんと受け止めるんだぞ」
「うん!」
少年が胸の前で手を広げたのを確認して、緩やかに投げる。
ボールは彼の体に軽く当たると跳ね返り、開いていた手に上手く収まった。
「わぁ、すごい! ちゃんとここまで届くんだ! お兄さん、どうしてこんな正確に投げられるの?」
両手でボールを大切そうに握りながらも、興奮した少年の明るい声が辺りに木霊した。
「そうだな……。ポケモントレーナーは、ポケモンを捕まえるときも、ポケモンを繰り出すときも、いつだってモンスターボールを投げる。何百回、何千回とボールを投げているんだ。そうやって毎日繰り返していれば、自然と上手くなる」
「そっかぁ……。ポケモントレーナーって、いいなあ……」
少年の声が、少しだけ物悲しそうに聞こえた。
「それ、キミのポケモン? 何のポケモンが入ってるんだ?」
そう聞くと、彼は考えこんだのち、眉を下げながら返答した。
「……えっと、ごめんなさい。これの中身は秘密なんだ。誰にも言っちゃいけない、って言われてるから。あっ、これも言っちゃダメなんだっけ。…………んと、お兄さん。ほんとにありがとね、じゃあね」
少年は早口でそこまで言うな否や、手を振ってカーテンをサッと閉めた。
──ここに至るまで、彼は一度も俺と目を合わせようとしなかった。それは一体、何故だろうか。
俺は呆然と病院の窓を見つめながら、ふと、そんなことを思った。
*
「イツキさん。改めて、決闘試合の代表入り、おめでとうございます!」
「おめでとう、イツキ」
「ああ、ありがとな。お前たちが手伝ってくれたおかげだよ。ここは俺の奢りだから、気にせず食べてくれ」
買い物を終え、エイジとソウと一緒に少し早めの昼食を取る。
メイズ通りの路地裏にある小さなカフェだが、味はやみつきになるほど絶品で、ここを選んで正解だったみたいだ。
二階のテラス席からは、連なる建物の隙間を縫って遠くの運河を垣間見ることもでき、一息つくには丁度良い。
夏本番も近づき、蒸し暑くなってきているため、時折りどこからか流れてくる風が心地よく感じた。
そんな景色と休日のひと時に酔いしれているとき、何度も聞いた定型文が、突然俺の耳に入ってくる。
「そろそろ教えてくださいよー。どうやって勝ったんですか?」
「…………」
エイジの質問だ。
彼はどうやってリンに勝ったのか、ということを訊いているのだろう。
エイジは会うたびに詳細を尋ねてくるが、俺はその答えを未だに伝えていなかった。
それもそうだろう。厳密には勝ったわけではないのだから。
「……何回も言っているが、運が良かっただけだ。偶然勝つことが出来た、としか言いようがない」
「勝ちに至るまでの経緯が知りたいんですよー。決め手となった技とか、色々と教えてくださいよ!」
彼が純粋無垢に瞳を輝かせ、問いかけて来る姿勢を適当にあしらうのは少々胸が痛い。
しかし、俺にはこうやって曖昧にやり過ごす対応法しか思い浮かばなかった。
よって、この話を終わらせるためにいつも行っている方法を実行する。
「それよりさ、エイジ。俺が買った電子端末の機能、色々と教えてくれよ。一番物知りのお前が頼りなんだ」
「……もう、しょうがないですね」
エイジの扱いは簡単だった。
彼の自尊心をくすぐるような得意分野への質問によって、あからさまな話題の変更でもなぜか上手くいく。
エイジには悪いとは思うが、毎回このように切り抜けられるのだ。
俺は、先ほどデパートで購入した電子端末をエイジに手渡し、説明を促した。
「……ええっと。まずこれが、チャット機能と通話機能。連絡やメッセージのやり取りが出来ます。こっちは、映像や写真としての記録機能。自身のポケモンを撮影したり、バトルの様子もビデオとして撮っておくことが出来ます」
エイジは画面を素早くタッチしながら、表示されたアイコンの解説をする。
「あと、これがタウンマップ表示。この辺りの地理や施設の詳細が載っています。そして、その隣がポケモン図鑑機能。捕まえたポケモンの細かい説明や、生息分布等が記されています。他にも、モンスターボールと連携することで、手持ちポケモンの状態や技の確認をする、なんてことも可能です。……まだまだいろんな機能がありますが、重要なのはこのくらいでしょうか」
「へぇ、色々あるんだな……」
聞く限りでは、電子端末はポケモントレーナーにとって必須のアイテムだろう。
ポケモンを持たない人にとっても、これほど便利なものは無いと思う。
二人で端末の画面を注視していると、横にいるソウがフォークを皿に置いた。
「……そう言えば、元々イツキが持っていた端末はどこにいったんだろうか。覚えてないんだろ?」
「ああ、一切記憶にないんだ。情報や記録も少なからず残っているだろうし、見つけられるなら見つけたいんだけどな……」
俺が低く唸り声をあげると、ソウは普通の表情で言葉を返した。
「電話は掛けてみた? イツキの前の端末へ。もし誰かが拾っているなら、出てくれるかもしれないし」
「あ、そうか……」
俺とエイジが顔を見合わせる。
あまりにも単純で思いもよらない方法に、なぜ今まで思いつかなかったのかと目を丸くした。
「では、イツキさんは前の電話番号を憶えていないでしょうし、ボクが掛けてみますね」
エイジはそう言うと、端末を耳に当てしばらく待ったが、やがて俺たちを見ながら首を振った。
「……駄目ですね、出ません。一応、呼び出し音は鳴るんですけどね」
「そうか。まぁ、新しい電子端末も変えたことだし、前のは見つかればラッキーというスタンスでいることにするよ。……今日は買い物に付き合ってくれてありがとな」
俺がエイジとソウを見ながら言うと、二人は順に喋り出した。
「こちらこそ、昼食ご馳走様でした」
「俺の方もご馳走様。……それに、妹へのプレゼントも一緒に悩んでくれてありがとう」
ソウはデパートの買い物袋を指で示す。中に入っているのは、少々値が張る洋服だ。
「ああ、喜んでくれるといいけどな。……俺たち男三人の感性じゃ、妹さんの好みに合わないかもしれないから」
俺の発言にエイジも頷くが、ソウは首を横に振った。
「いや、きっと喜んでくれるさ。渡すのが楽しみだよ」
洋服に移した彼の眼差しは、まるで慈母のように繊細で優しく、そのうえ温かかった。
なら良かったと返すと、ソウは思い出したかのように時計を見た。
「……っと。イツキ、時間は大丈夫かい? 午後から終の機関に行くんだろう?」
慌てて俺も時間を確認する。
急ぐ必要はなさそうだが、そろそろここを出た方が良さそうだ。
「そうだな、俺はもう行くことにするよ。……二人はどうする?」
残っていた料理を口に運びながら訊く。
「ボクたちはもう少しだけ、ここで時間を潰すことにします。電車の発車時刻まで、まだ時間があるので」
「ん……? ここからトレーナーズスクールまでそれほど距離は無いだろ? 電車に乗って、どこか行くのか?」
二人は徒歩でここまで来たはずだ。
不思議に思いながら尋ねると、次はソウが口を開いた。
「ああ、街の大図書館に行くんだ。あそこだと、学校の図書室よりも沢山の本が置いてあるから、お目当てのものがあるかもしれないと思って。エイジも読書が好きだから、午後から行こうと約束してたんだ」
「そうなのか。何か探している本があるのか?」
「“トヤノカミ神話”の本さ。俺はそういう類のものが好きで、よく調べているんだ。……まぁでも、俺の生まれはここじゃないから、トヤノカミシティにも代々伝わる神話があることを、最近知ったばかりなんだけど」
これを聞いたときどういうわけか、俺は全身を這いずるような不安に駆られた。
だがそれもすぐに消え去る。彼らの期待が膨らむ朗らかな顔を見て、ただの杞憂だと思ったからだ。
「そうか。じゃあ二人とも、楽しんでこいよ。……今日は良い時間を過ごせたよ。またな」
二人の別れの挨拶を聞き終えたあと、料理の代金を支払い店を出る。
そのままゴーゴートを繰り出すと、メイズ通りを後にした。
*
陽が空の真上に差し掛かった頃。
俺は寮の脇にあるシンボルツリーにもたれ掛かり、ミナを待っていた。
「流石に暑いな……」
終の機関に行く、ということで戦闘服に着替えたはいいものの、上下黒のせいかなかなかに熱を持つ。
おまけにこれまた黒のコートを羽織っているため、夏場の格好としては最悪と言っていい。
半袖仕様は無いのだろうか、なんて思いながらイーブイとじゃれ合っていると、見覚えのある人影が視野に入る。
「イツキ君、ごめんなさい。また待たせちゃったね」
足早に駆け寄るミナも、同じく終の機関の団員服に着替えていた。
俺との違いは、ズボンがスカートになったくらいだろうか。
「いや、俺も今来たところだ。……それより、これ」
俺はそう言って、黄色いヘアピンをミナに差し出した。
デパートに行ったついでに、ミナが欲しいと言っていたファッションアイテムを購入していたのだ。
「え、ウソ……! …………い、いいの?」
彼女は困惑したように尋ねてきたが、俺は当然のように首を縦に振った。
「もちろんだ。ミナにはバトルの練習に付き合ってもらって、本当に感謝している。高いものじゃないが、ミナに似合うと思って選んだから受け取ってくれ」
彼女は顔を赤くして受け取ると、背中を向けて、さっそく自身の髪に取り付けた。
そうして、ひらりとこちらに向き直した後の彼女の笑顔は、少しだけ恥ずかしそうに見えた。
「ありがとう、イツキ君。……これ、宝物にするから」
ミナは、俺の目をじっと見ながら言いきったと思いきや、視線をすぐに逸らした。
「ああ。喜んでくれたなら良かったよ。……じゃあ、行こうか」
俺の発言に頷くと、ミナはモンスターボールを投げる。
低い咆哮と共に出てきたのは“リザードン”だ。
一対の大きな翼を持ち、長い尾の先には猛る炎が揺らめいている。
濃いオレンジの体はこれでもかというほど引き締まっており、彼女が育てたポケモンであると一目で分かった。
威圧さえ感じるリザードンに見惚れていると、ミナが口を開ける。
「終の機関へは、空を飛んで行こうと思ってるから。イツキ君もピジョンを出して」
「ピジョンか……、分かった」
俺はイーブイと入れ違いに、ボールからピジョンを繰り出す。
茶色い体毛を持った、比較的小型の鳥ポケモンが姿を見せる。
ミナはそれを見届けるとリザードンに乗り込み、明るい声を上げた。
「よし、出発だね!」
翼を羽ばたかせて上昇し始めるリザードン。その光景を見て、俺は咄嗟に声を掛ける。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺はどう乗ればいいんだ?」
隣で姿勢よく命令を待つピジョンを指差す。
と言うのも、俺がピジョンの上に乗るには少し面積が足りないのだ。
この小さな体の上にどう乗ればいいのだろうか。当然の疑問がこぼれ出る。
対してミナは、こみ上げてくる笑いを押し殺そうと必死な様子だ。
「えっと……、乗るんじゃなくて、持ち上げてもらうの」
「ほ、本当か?」
「うん、イツキ君はいつもそうやって空を飛んでたよ。…………あの、ごめん。とぼけたように言うから、面白くって」
俺だって、これが冗談ならどんなに良いことか。
少し不貞腐れつつも、言われた通りピジョンに指示する。
ピジョンは俺の背中を両足で軽々掴むと、そのまま上昇した。
「ね、言ったとおりでしょ?」
「そうだがなぁ……」
空に上がったにも関わらず、若干不格好な飛び方に羞恥を覚える。
鷲掴みにされたこの姿は、さながらピジョンの餌のようだった。
それを察してかどうかは分からないが、ミナは一転して真剣な表情で呟く。
──空を飛ぶイツキ君、まるで天使の翼を持ってるみたいだね、と。
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