二次創作小説(新・総合)
- Re: 変幻の魔女【ハリー・ポッター二次創作】 ( No.1 )
- 日時: 2020/11/01 23:27
- 名前: 兎雫 ◆Ikk8OVjvFQ (ID: 66mBmKu6)
アリエス・シンクレアは、いわゆる魔女と呼ばれる人間だ。
父親は魔法使い、亡くなった母もまた魔女であった。
真っ黒な髪に空を漂う雲に似た灰色の瞳、父親に似た容貌を持つ彼女はまさしく親からいいところを受け継いでいた。
しかしそれを知るのは、アリエス自身と父親の二人だけである。
二人はマグル――魔法を使えない人間のこと、の世界に住んでおり、マグルの中には魔法使いや魔女が大嫌いな者も大勢いるので言えないのだ。
それ故、アリエスはいつも秘密を抱え寂しい思いをしていたのだが。ある日、奇妙な男の子に出会った。
「君は誰?」
「んー、アリエス・シンクレアかな」
「ぼくは、ハリー・ポッター」
※
ある日、アリエスは庭に大好きな父親を探しに来ていた。
その父親は、変わった見た目をしている。
黒い覆面で顔を隠し、さらに奇妙な仮面をつけている為顔はほとんど覆い隠されているのだ。故に表情を伺い知ることはできない。
アリエスの父レオニスは、若い頃に魔法薬学の事故で顔に大火傷を負った。以降その傷を隠す為、仮面と覆面で顔を隠している。食事も身内以外の前では、まずとろうとしない。
しかし、アリエスは父親が火傷などしていないことを知っている。
仮面と覆面の下には、端整な顔立ちがあるのだ。艶のある黒い髪に、宝石を思わせるパールグレーの瞳。アリエスは、父親程の美男を知らなかった。
ついでに言うとレオニスも偽名で、本名は違うらしい。最もレオニスは自身に関する記憶をほとんど失っており、アリエスは父親の過去について知らなかった。
父親が覚えているのは、悪い人間から逃げているから顔を隠し、嘘の名前を名乗っていること。そして、仄暗い水の底に沈んだこと。
『僕にはかつて、大切な人達がいたような気がしますが……結局、思い出せません』
『悲しいね』
『でも、いいのです。僕には、こんなにも可愛い娘がいるのですから』
ふと人の声を聞いた気がしたアリエスは、我に返った。
(誰かいる?)
辺りを見渡すと、植え込みの影に小さな人影があった。すすり泣くような声もする。
警戒したアリエスは杖を構え、慎重に近づいた。
すると、そこにはアリエスと歳の変わらない男の子がいた。植え込みの影に膝を抱えるようにして座り、身体を震わせ泣いている。
「どうしたの?」
心配したアリエスが声をかけると、少年は弾かれたように顔を上げた。ようやく、アリエスの存在に気がついたらしく瞳を丸くしている。
彼はくしゃくしゃの黒髪に、明るい緑の瞳をした男の子だった。
しかし、身だしなみはひどい。
眼鏡はひびが入っているし、着ている服は乱れ、明らかにサイズが合ってないダボダボの衣服。しかも、肌には傷やあざがたくさんあった。
「え、大丈夫?」
心配したアリエスは杖をスカートのポケットにしまい、少年に手を伸ばそうとした途端。少年は真っ青な顔をし、アリエスの手を力いっぱい払い除けた。
突然のことに驚き、固まるアリエスの前で少年は怯え始めた。全身を守るように身体を丸め、震えながら何度も何度も謝罪する。
「ごめんなさい、ごめんなさい。ぼく、ちゃんとまともになるから……おばさん達に迷惑かけないから……だから、許して」
ひたすら謝ってくる少年を前に、アリエスは当惑していた。何故謝ってくるのか分からないし、何に対して謝っているかも分からない。しかし、少年に落ち着く様子は見られない。
苦しんでいる少年を放っておけず、どうしたらよいか悩んだ末に。
アリエスはしゃがみこんで、そっと少年を抱きしめた。
突然の行動に驚いたのか、少年が腕の中でびくりとした。
それも気にせず、アリエスは不器用な手つきで少年の背中をなで始める。意識的に、優しい声音で話しかける。
「大丈夫、大丈夫」
アリエスの脳裏にあるのは、自身を優しく抱きしめ背を撫でてくれるレオニスの姿だ。
悲しい時、レオニスに抱きしめられるとアリエスは温かい気持ちになり涙も止まる。だから、少年にもそうなって欲しくて。必死にレオニスの真似をしていた。
「あっ……うっ……」
少年は明るい緑の瞳を潤ませると、そのまま嗚咽を漏らし始めた。涙が溢れ、止まらない。
アリエスの服も濡れていくが、少年が元気になることを祈り彼のぬくもりを感じていた。
しばらくすると、少年は落ち着いたらしい。身体の震えは止まっていた。
ゆっくりと顔を上げた彼の目はまだ潤んでいたが、うっすらと微笑んでいる。元気になったようで、アリエスはほっとした。
少年から手を離すと、ハンカチを差し出した。
「ハンカチ使うといいよ」
「えっと……いいの?」
少年は控えめに尋ねてきたので、アリエスは頷いた。するとおずおずとハンカチを受け取り、涙を拭う。
「あ、あの……」
ハンカチを返しながら、少年は申し訳なさそうに言う。
「ごめんなさい。服とハンカチ、汚しちゃってごめんなさい」
服もハンカチも、魔法ですぐに乾かせる為アリエスは気にしていない。
少年を怯えさせないよう、意識して優しく接する。そのせいか、少年は少しづつだがアリエスに対して緊張しなくなってきたようだ。
「平気だよ。服は後で着替えればいいし、ハンカチは他にもあるから。あ、後。こういう時は、ありがとうの方が嬉しいよ」
「えっと、ありがとう?」
「そっちの方が嬉しいよ」
「……うん」
アリエスが笑顔を見せると、少年の表情も少し明るくなった。
「そういえば。あなた、どこから来たの?」
「あ、あの。ぼく、家に……一人で閉じ込められて……怖くて泣いてたら、知らない内に周りの景色が変わってここにいたんだ。あの、本当だよ。信じて」
少年はアリエスに否定されると思ったのか、必死な形相で説明してきた。話の内容から心当たりがあるアリエスは、すぐある結論にたどり着く。
「ああ、魔法でここに来ちゃったんだね」
「魔法って?」
アリエスの家は強力な守護魔法に守られており、基本許可がないものは侵入することができない。
数少ない例外として、未熟な子供等が魔法を失敗し飛ばされて来ることはあると父から聞いている。
とは言え、何年かに一度あるかないかのレベルらしいが。
「知らないの?」
しかし、奇妙なことに少年は魔法を使った自覚はないらしい。
あるいは、アリエスをマグルだと勘違いして嘘を言っているのか。
「うん。でも、変な力はあるよ。ぼく、化物だから」
「化物? なんで?」
大真面目に言う少年に対して、アリエスは耳を疑った。
魔法を使えるのは、魔法使いであれば当たり前のこと。化物ではない。
「ぼくね、怒ったり悲しくなると変なことが起きるの。物が浮いたり、窓が割れたり、勝手に外に出ちゃう。まともじゃないんだ」
「ああ、わたしもよくやるよ」
少年が言う超常現象は、どれもアリエスもやらかすものだ。それも、しょっちゅうやる。
それでも父親は怒らないし、魔法でさっと片付けている。
あっさり言うアリエスを、少年は不思議そうに見ている。実演した方が早いだろうと考え、アリエスはスカートのポケットから杖を取り出す。
見たことがないのか、少年の視線は杖に固定されていた。
「眼鏡貸してもらえる?」
「えっと……いいよ」
アリエスの言葉に困惑しながらも、少年は眼鏡を貸してくれた。レンズにヒビは入ってるし、フレームも曲がっている。魔法の実験台には、適している。
「レパロ(直れ)」
そう唱え軽く杖を振ると、不思議なことが起きた。眼鏡のビビは直り、レンズはきれいに。フレームも真っ直ぐになった。もはや、新品に見える程見事に直っていた。
「す、すごい! きれいになった。よく見える!」
眼鏡を装着した少年は、よほど嬉しかったのかはしゃいでいた。
喜んでくれたお礼も兼ねて、レオニスはもう一度魔法を見せる。
「それに、ほら」
足元にあった小石を拾い、軽く杖を振れば。見る見る内に、小石は鮮やかな蝶に変化し宙に舞い上がっていった。
その光景に見惚れている少年に、アリエスは微笑みかける。
「わたしも化物かな?」
そう問えば、少年は今にも泣きそうな顔で首を左右に振った。
「君は、ぼくと同じなんだね」
「そう。おんなじ」
そう伝えると、少年は微笑みながら涙を流していた。魔法使いの仲間が見つかったことがよほど嬉しかったのか、涙は止まることを知らない。
再度ハンカチを貸し、少年が涙を拭いたところで話を再開する。
「今のが魔法だよ。他にも物を浮かせたり、近くに呼び寄せたり……たくさんの魔法があるんだ。お父様が言ってたよ。子供はね、怒ったり、悲しんだり、怖いことがあると勝手に魔法を使うの。魔法使いなら、普通だよ。わたしもよくやる」
「ぼくが、ここに来たのも魔法?」
アリエスは頷く。
「『姿くらまし』って言ってね、行きたい場所に行ける魔法だよ。でもね、子供は失敗して知らない場所に行っちゃうの。お父様が言ってたわ。子供は魔法の力を使うのが上手じゃないから、怒ったり悲しくなると勝手に魔法を使うんだって。だから、窓が割れたり、物が浮いたりするんだよ。あなたが化物だからじゃないの! あなたは魔法使いだよ!」
魔法使い、と少年は繰り返す。
「魔法使い……君も?」
「わたしは女の子だから、魔女。でも魔法が使えるから、一緒だね」
「ぼくはまともじゃなかったんだ」
先程まで嬉しそうにしていた顔が一変、少年は辛そうな顔つきになってしまう。
『まとも』、と言う単語にアリエスは聞き覚えがあった。
錯乱した少年がアリエスに許しを乞う際、何度もまともになるからと繰り返していた。
「まとも……魔法を使うなってこと?」
「変なことをするな、まともになれって、いつもおばさんとおじさんに怒られるんだ」
どうやら、おばさんとおじさんは少年に魔法を使うなと言ったらしい。
魔法を使うたび、責められる少年の姿が目に浮かびアリエスは心が締め付けられるような思いになった。
「一生懸命まともになろうとしたけど、ダメだった。どうしてって、ずっと思ってたけど……やっとわかった。ぼくが魔法使いだからだ」
魔法使いである自分を責める言葉にアリエスは、黙っていられなかった。幼いながらに言葉を選び、少年に己の思いを伝える。
魔法使いであることはよいことで。それを少年には誇りに思ってほしい。そう思って。