二次創作小説(新・総合)

#CR10-5 -1 ( No.73 )
日時: 2021/07/08 22:02
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: 1lEcCkWN)

~???~



 自分がどこか別の場所に飛ばされた感覚はありました。どこに飛ばされたのだろうか。友人達は無事だろうか。その思いがぐるぐると頭の中を駆け巡ります。
 ―――そんなふわふわとした自分の思考を、現実に引き戻すように身体が揺れる。ぱっと目を開くと、視界にはにこりと笑みを浮かべたシェリルの姿がありました。



「ひゃっ?!おはようございますシェリルさん!」
「おはよー!中々起きないからついつい揺らしちゃったよー!」
「それはすみません…。それで、皆さんは無事なんですか?」
「うん!クレアちゃん以外は全員起きてるよー!ほら、戻って来た!」



 シェリル以外の仲間の安否を聞いてみると、彼女は『全員起きてる』とだけ答えました。不安が安心感に変わる頃、彼女の耳に聞きなれた明るい声が。その方向を向いてみると、こちらに向かってくる3人の影がありました。
 その声の主は、素早くクレアに近付き心配そうに彼女を見ました。



「あっ、チャンクレ?!ダイジョブ?!頭ボーっとしてるとかない?!」
「大丈夫ですよ!これでも身体の丈夫さには自信がありますので!」
「そういうことを聞いているんじゃないと思うよ、クレアちゃん。とにかく、ここに飛ばされた人達はみんな無事のようで良かったよ」
「えっ?他の方々は…」
「探したが、見つからなかった。大方他の場所に飛ばされたのだろうな…。『核』というものは4つあったのだろう?」



 みんなをこれ以上心配させまいと素早く立ち上がり、ここがどこなのかを見回します。―――クレアはその場所になんだか懐かしさを覚えていました。まるで、『過去にここに来たことがある』ような…。
 疑問に思った彼女は4人に問いかけてみますが、シェリルとルーファスは首を傾げ、グレンとチタはばつが悪そうに表情を曇らせました。



「まぁ、チャンクレが抱いてる『ナツカシサ』ってのも…まぁ分からなくはないけど。でも…ココ、なーんか変な感じしない?モヤモヤしてるっつーか、テンサゲっつーか…。もしかしたら本当にある場所じゃないのかも」
「夢の中にいるのか?私達は」
「科学的に考えて、夢の中で自分の意思で自由自在に動ける、なんて考えたくない。だから信じたくないんだけれど…こんな場所は僕も知らない。みんなもそうなんじゃないのかい?」
「わたしは知らないよ、こんな場所!」



 遂に気にしていた言葉をルーファスが口にします。シェリルは正直に『知らない』と答えましたが、他の3人については首を横に振るばかり。この3人に関わりのある場所…。過去に白猫プロジェクトをプレイしていた方ならば分かるかもしれませんね。―――3年前くらいまでにやっていた方なら。そんなに経ったのか…。
 クレアは訳が分かっていない顔をしているルーファスとシェリルに、ここがどこなのかを説明しました。



「ここ、『フォースタープロジェクト』っていう催しで行う会場なんです。雰囲気が不気味すぎて、チタさんの言う通り本当にある場所じゃないのかもしれませんけど…」
「『フォースタープロジェクト』…。冒険家の登竜門、とか言われてるギルドが管轄している催しだったね、確か。確か、3年前にやったのが最後だと記憶しているけれど」
「今の時代になるまでにどんどん開催頻度が減ってって…お陰で革命軍もショーバイ上がったり、って感じ?オレ達とおんなじような動きする組織も現れちゃったから困ってんのよホント」
「そうなんだ…。どうしてやらなくなっちゃったんだろうね?」
「それは…。知らない方がいいこともある。それよりも、だ。邪神…あの者の話だと、この近くに『核』とやらが存在するのだったな?」
「それが何か悪さをしているんだったら…。早く探して壊さないと!」
「だったらこんなところに長居している場合じゃないね。手分けして『核』を探そう」



 グレンの『核』という言葉で、アンラが自分達に投げつけてきた言葉を思い出す一同。そう。幻のラピストリア学園のことを考えれば、この不気味な場所も『幻覚』の可能性が高そうです。わざわざアンラが神殿の仲間達にそんなことを言ってまでバラバラの場所に飛ばした。ということは。この近くに『核』がある。その可能性が高いと結論を出しました。
 そうとなれば早いところ目的のものを見つけ出そう、そう話し合いを終え早速動こうとした矢先でした。
















『レディース アーンド ジェントルメーン!! 皆さん、長らくお待たせ致しまシタぁ♪』
















 その場を支配する、軽快ながら不快な音楽。その音と共に、仮面を被った1人のピエロが現れました。その瞬間……場の空気が凍り付くのを5人は感じました。
 このピエロは『只者ではない』。そう、脳内で分かってしまう程に。
 思わず構える5人に、ピエロは楽し気にこう言い返します。『そんなに構えなくてもいい』と。軽快なステップを踏みながらこちらに近付いて来る彼に、不快感と嫌悪感は募るばかりでした。



「酷いじゃないデスカ。ワタクシはアナタ方と戦いたい訳ではないのデスカラ」
「どの口がそういうんだよ!オレ達散々アンタみたいな服装のヤツに痛い目に遭わされてきてんだから、ケーカイするのはトーゼンっしょ!」
「アラアラ、ヒドイヒドイ…。デスガ…アナタ達には用は無いのデス。アルのは…アナタ」



 勢いよく言い返すチタをスルーし、ピエロはコツコツとヒールの音を響かせながらグレンの前まで歩いてきました。
 なにやら仮面の奥に笑みを浮かべていそうですが…。もしかして、彼の『記憶』についての手がかりを知っていたりするんですかね?
 背中に冷や汗をかきながらもポーカーフェイスを貫くグレン。そんな彼に、ピエロは語り続けます。



「アナタ…記憶を失っていますね?しかも…自然に起きた『事故』ではない。人の手によって起こされた厄介なヤツデス」
「なっ?!どうしてそのことを知っているんですか!」
「アナタには関係のないコトデショ?今はこのお兄さんと話しているんですから邪魔をしないでくだサイ。それで…ワタクシ、アナタのその『記憶喪失』、治してあげられますが…いかがいたしまショウ?」
「治す…まさか、私の記憶の手がかりを知っているのか?!」
「乗せられちゃ駄目だよグレンさん。きっと貴方を罠に嵌めようとしているに違いない!」



 なんとピエロ、グレンの失った…というか奪われた『記憶』に関しての情報を持っていることが判明しました。しかも治してくれるらしいです。見るからに怪しいですが。
 『失った記憶を取り戻せる』そんな小さな光に少しだけ希望を見出すグレンでしたが、話してきた相手が相手。ルーファスの言葉もあり、首を縦には振りませんでした。
 そんな様子の彼を見て、ピエロは懐から小さな小瓶を取り出しました。小瓶の中には、黒いドロドロとした液体が半分ほど入っています。誰が見ても飲んだらアカンやつです。



「こ、これは」
「コレはデスネェ。アナタの記憶と、この場から出る為の『鍵』を『混ぜて』作ったワタクシ特性のドリンクデス♪ これを飲めばアナタの記憶は元通り!ついでにこんな薄気味悪いところから出ることも出来ますし、一石二鳥というものデス!」
「うわっ…。いくらそうだとしても絶対に飲んじゃ駄目だよー。わたしでも分かるよ!」



 ピエロはその液体の入った小瓶をグレンにずい、と押し付けてきます。彼の言葉から、この場所に出口はないらしいことも判明しました。
 見るからに怪しい液体。シェリルが思わず感想を零します。グレンも本能で分かっていました。『これを飲んではいけない』と。
 しかし、ピエロはこの液体を飲むように彼に促してきます。『そうしなければみんな野垂れ死ぬ』と脅しまでかけて。



「飲んでは駄目です、グレンさん!こんな怪しい物なんて捨てちゃってください!」
「しかし…彼がこのドリンクを飲まねば、アナタ方…一生ここに囚われるんデスヨ?出口なんてどこにもないんデス。つまり、ここで死ぬのを待つしかない!
 アナタ…ご友人のその苦痛な顔を見たくはないデスヨネェ?」
「…………」



 そう脅しをかけた後、ピエロはグレンの耳元で小さく囁きます。『狂皇子サン?』と。
 その言葉を聞いた瞬間、グレンの顔が引きつるのが分かりました。―――何故こいつが自分がかつてそう呼ばれていたことを知っているのだ、と。彼の表情を見て、仮面で分かりませんがピエロは嬉しそうな雰囲気だと一同は感じました。
 飲まねば自分を含めた全員が閉じ込められて死ぬ。だが―――飲んだら、飲んだらどうなる?仮に出口への道が開いたとして…全員が無事に出られるとは思えない。



「グレンさん!飲んではいけない。それは罠だ!」



 ルーファスの言葉通り、先程クレアが言ったように小瓶を捨てようと腕を動かそうとしましたが…。そこで彼は気付きます。身体が思う様に動かなくなっていることに。
 恐らく、ピエロに耳元で『狂皇子』と囁かれた時―――。身体に何かされたのだろう。瞬時にそう判断します。
 それに気づいたのにもピエロは特に反応を見せず、グレンに液体を飲むことを促します。



「無駄な抵抗はおよしなさい。これを飲むだけでいいんだから。さぁ。さぁ、さぁさぁサァサァ……!!」
「貴方!誰か分かりませんけどこれ以上グレンさんを貶めようとするのはやめ―――」
「チャンクレ!それ以上近付いたらチャンクレが怪我するからやめなって!!」
「でも!!チタさん!!」



 クレアがどうにもならないとピエロを止めに動こうとしますが、チタに止められてしまいました。チタは分かっていました。部外者である自分達が止めに入れば、止めに入った人物も。グレンも。心臓を抉られることを気配から察していました。
 その間にもグレンの右腕は意思とは真逆の行動を取ります。押し付けられていた小瓶を手に取り、口元まで勝手に動いていました。



「(飲まなければ彼らがここから出られない。だが…飲んだら、きっと―――)」



 飲むべきか。飲まざるべきか。口元の指が震えています。自分でも信じられない程に恐怖を感じているのでしょう。
 しかし―――彼は遂に『決意』をします。
 仲間の自分を止める声を出来るだけ耳に入れないようにし、口元の小瓶の蓋を開けました。
 そして―――










 こくり、と液体を飲み干した喉の音が小さく響きました。
 空になった小瓶を床に落としたことから、身体の支配は既に解かれているのでしょうが―――。どこか、様子がおかしい。



「グレンさん…?」



 様子を見かねてクレアがグレンに話しかけようとした、その時でした。









































『―――クレアちゃん!下がって!!』
『………?!』



 クレアの目の前に見えたのは―――。
 喉元を狙った剣の一撃を、ルーファスが槍で防いでいる光景でした。



「ぐっ…!こんなにも力が強いだなんて聞いてないよ…!!」
「しゃちょーさんっ!」
「僕は大丈夫。だからクレアちゃん、一旦離れて!」



 目の前の青年―――『狂皇子』とでも呼んだ方がいいだろうか。クレアを『獲物』と定め、喉を斬り裂こうとしていました。ルーファスは思いました。人間ではない。獣の動きだ、と。
 すぐにクレアはその場を離れた為大した怪我はありませんでしたが、あんなに中の良かった友人の凶変した姿を見てショックを受けていました。
 見かねたシェリルがピエロに向かって叫びます。



「ねぇ、何したの?!」
「『何をした』ですって?ワタクシはただ彼の記憶を取り戻す『お手伝い』をしてあげただけなのにィ~。どぉ~してそんなに睨まれなくちゃならないんデスカ?寧ろ褒められる行為では?」
「どの口が言うんだよ!現にチャングレとルーファスパイセンがドンパチしてるじゃん!!」
「仕方ないデショ?それが彼の『記憶』なんだから。分かっていながら目を背け続けたのはどちらですかネェ?」
「うっ…!」



 ピエロに核心を突かれ、押し黙ってしまうクレアとチタ。確かに彼の言う通りでした。グレンは2度、記憶喪失に陥っている。しかしその記憶を取り戻した時―――誰かを傷付けるかもしれない。だったら、記憶を取り戻さなくてもいいのでは、という考えが心の中にありました。
 過去を求める彼の考えを否定することにはなってしまいますが、彼らはそれでもいいのかもしれないと思い始めていたところでした。
 そして、チタには分かっていました。確かに背後から光が漏れ出ている。そこからサクヤの力を感じる為、出れば大神殿に戻れるのだろう、と。しかし…自分達が『狂皇子』を退けてこの場所から出たとして―――恐らく、次の戦闘場所は戻った先。自分達以外の仲間にも被害が及ぶことは免れません。
 ピエロの狙いはそこにもある、と判断したのでしょう。動くに動けませんでした。


 防戦一方のルーファスを嘲笑う様にピエロは空中に飛び上がり、言い放ちます。



「あぁ、ソウダ。折角だからイイコトを教えてあげまショウ!アナタ方が探している『核』デシタっけ?あれ、狂皇子がさっき全部飲んじゃいマシタ。『核』を壊すなら彼ごと殺しちゃった方が手っ取り早いデスヨォ~?」
「なんてこと…!」
「酷いよー!そんなことするなんてー!」



 そのままピエロは高笑いを響かせながら、その場から一瞬で消えてしまったのでした。
 残されたのは獣と化したかつての友人。そして―――4人の冒険家だけ。



「グレンさん…!」




 思わずぽつりと漏れた彼女の声。狂皇子と化した友に届くことはなかったのでした。

#CR10-5 -2 ( No.74 )
日時: 2021/07/09 22:04
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: 1lEcCkWN)

 獣の猛攻を何とか防ぎ、『それ』から何とか一線離れることが出来たルーファス。客席の影を利用し隠れているクレア達の近くまで移動し、『彼』を助ける為一旦様子を見ることにしました。
 『獣』は目の焦点がおらず、ルーファスの見立てでは完全に血に吞まれてしまっているのだと判断しました。そのことを3人に話すと、クレアとチタは悲しそうに眉を潜めます。



「シェリル。チタくん。君達にお願いしたいことがある」
「どしたのしゃちょーさん?わたしでも出来ること?」
「あぁ。……というか、足の速い君達だからこそ頼みたいことなんだ。消えたあのピエロを探してほしい」
「えっ?でも無理ゲーじゃね?ピエロ一瞬で消えちゃったよ?」
「でも、出口はあの光の漏れている一か所しかない。つまり…ピエロもここから脱出する条件は一緒だということだ。つまり…」
「ピエロ、まだこの中にいる可能性が高いってことだね!」
「うん。僕達はこのまま彼の様子を見つつ止める方法を探るよ。だから…」
「りょ!パイセン、スッと行ってパッと戻ってくるからちょい待っててね!」



 ルーファスが提案してきたのはこう。まだこの幻の空間にいるはずのピエロを、足の速いシェリルとチタに探ってきてほしいというものだった。まぁ、確かにグレンを『獣』にした元凶あいつですしね。探して元に戻す方法を聞けば手っ取り早い。素直に答えてくれるとは思えませんが。
 とにもかくにも、自分達がここから出ていくにはまず、暴走している彼を止めなければなりません。その為にも大事なこと。言葉の節々からそれを感じ取ったチタはすぐに承知し、シェリルと共に階段に向かって走って行ったのでした。



「……さて、クレアちゃん。彼を救う方法だけど…。影からいつまでも様子を見ているだけじゃ駄目だよね」
「はい。お二人が何とか元に戻す方法を見つけ出すまでに、私達が何とか食い止めないと…。あの階段、客席に繋がってますし、もしここが見える場所を通る必要がある場合、今のグレンさんに見つかってしまったら意味がありません」
「つまり、彼の足止めをしつつ考えなきゃいけないな…。よし。タイミングを見計らって彼に近付こう。いいね?」
「大丈夫です。覚悟は…出来ています」



 この場所の造りから、チタとシェリルが追っている途中で見つかってしまう可能性をルーファスに話しました。どっちにしろ、残っている2人で狂皇子を足止めしなければならないのは明白です。
 2人は改めて覚悟を決め、狂皇子が彷徨っている場所まで再び歩き始めたのでした。














 ―――一方。ピエロを探しに上の階までやって来たチタとシェリル。初めて見るフォースタープロジェクトの会場の景色に興味津々のシェリルとは対照的に、少し寂しい気持ちが強まっていました。



「フォースタープロジェクトの会場って、こういう造りだったんだね!またひとつかし子になれた!」
「ゲンワクだから綺麗だけど、モノホンはもっと寂れてると思うよ。もう、使われてないし…」
「しゃちょーさんも言ってたね!確か…3年前に使ったのが最後なんだっけ?」
「……うん。『冒険家の登竜門』って謳ってたはずなのにね。村人からも『フォースター出身の冒険家は当てにならない』って言われてる光景も見たよ。……身勝手だよね」
「…………」
「こんなこと言っても、もう3年もやってないんだしさ。もう『やりません』って言ってるようなもんだよね」
「もしかしたら…ピエロさん、その村人さんの悪い気持ちとか、そういう扱いを受けた冒険家さん達の悪い気持ちもひっくるめてグレンさんに飲ませちゃったのかなぁ?ピエロさんからしてみれば、今のグレンさんを外に出した方がいっぱい悪いこと出来るって分かってるんだろうし」
「だったら、猶更さっさと見つけてとっちめないと。チャングレを元に戻すには、あいつボコボコにして方法聞き出さないといけないし」



 走りながら2人はそんなことを話します。白猫プロジェクトの世界がコネクトワールドに混ぜられる前、フォースター出身の冒険家は頼りない、などと村人の間で噂になっていたようで。もしかしたらギルドがそんな悪い噂を流したのかもしれませんが…。どうやら過去に何か言われていたようで。
 その『負の感情』もひっくるめてグレンにぶつけたのではないかと推測を立てるシェリル。だったら、猶更さっさとピエロを見つけないと、と走る速度を速めたのでした。














 フォースター会場の1階。ルーファスとクレアは狂皇子と対峙していました。彼らが戻ってくるまでに何とか正気を取り戻してもらおうと声をかけ続けますが、当の彼はその言葉すら届かず帰ってくるのは刃の音だけ。ルーファスだけの負担にならないように、不意打ちを仕掛けつつ囮を分散していました。



「くっ…!―――やっぱり、駄目なんでしょうか。グレンさんはもう…」
「諦めちゃ駄目だよクレアちゃん。君は彼と、チタくんとここに来る前から行動を共にしていたんだろう?なら、その気持ちを強く伝えれば必ず彼の心に届く。君がそう信じないと…届くものも届かないよ。そう、思わないと」
「そう、ですよね…。グレンさん…」



 そう会話をしている間にも割り込んでくる刃。受け止めたりかわしたりしながら何とか彼について行ってますが、明らかに最初に攻撃された時より動きが鈍っている。大して向こうはさして動きが変わっていない。このままではジリ貧でチタ達にまで影響が出ることは免れません。
 ルーファスの首を刎ねようと狂皇子が剣を振るいます。咄嗟の判断でクレアが受け止め、その間にもグレンに声をかけ続けます。



「グレンさん!お願いです、元の優しいあなたに戻ってください!こんなお別れなんて私嫌です!!!」
「…………」
「うぅ……!!」



 返事はなく、代わりに返ってくるのはつば競り合いが強まる力だけ。そんな彼女達を嘲笑う様に、どこかから不快な声が追い打ちに入ります。



『無駄無駄ァ!言ったでしょ?コイツはもう『化け物』なんデスヨ?だぁかぁらぁ、オマエのゴミみたいな気持ちなんて届かないんデスヨォ♪』
「ゴミって…。純粋な気持ちをそんな風に言わないでくれるかな!」
『ゴミをゴミと言って何が悪いんデス?アナタも聞き及んでいるはずですよネェ?フォースター出身の冒険家がどんな扱いを受けているか。ギルドから要請を受けて行ってみれば『ゴミ』と罵倒される日々。そんな状態で彼らが普通に生きていけると思っているンデスカァ?』
「そんなこと……ありませんっ!!!本人も望んでないのに無理やり記憶を戻したのはあなたじゃないですか!!!」



 どんなゲームでも、性能が良くて見た目もいい冒険家が好まれる。それは、白猫プロジェクトの世界でもそうでした。劣っている冒険家は次第にゴミ扱いされる。だから、『ゴミ』と言ってもいいのだと不快な声は追い詰めてきます。
 そんな負の言葉に押しつぶされそうになっても、クレアは諦めませんでした。必ずグレンを助け出すと、友達を助け出すと決めたから。そのありったけの思いを彼に言葉でぶつけます。



「グレンさん!!!負けちゃ駄目です!!!村人さんの沢山の悪い言葉を受けてしまって今、苦しいんですよねきっと。でも、それはあなたに向けての言葉じゃありません!!!
 フォースター出身の冒険家を大切に思ってくれている村人さん達だって過去に沢山会ったじゃありませんか!!!それを思い出してください。じーくんさんだってその1人ですよ!悪い言葉に呑み込まれないでください!!!グレンさん!!!」



 目の前の男に向かって叫び続けるクレア。しかし、自分の前から刃が降ろされることはない。
 やはり駄目なのか。そう、クレアの脳裏に一瞬よぎった矢先でした。―――『獣』に変化が訪れるのは。



「…………あ、……の……」
「グレンさん?!グレンさん!!」
「どうしたんだいクレアちゃん?!」
「一瞬だけ…一瞬だけグレンさんの目が青く戻ったんです!」
「―――!!」
『…………』



 その事実に気付いたと同時に、つば競り合いの力が弱まっていることにもクレアは気付きます。グレンが正気を取り戻そうとしている―――?クレアがかけ続けた言葉は無駄ではなかったのです。……あの時と、同じように。
 ルーファスはそのまま言葉をかけ続けるようにクレアに言いますが―――『声』がそれを許すはずがありませんでした。











 パチリ。指を鳴らす音がその場に響きます。何が起きたのかと思わず力を緩めてしまうクレア。目の前の男はその『隙』を逃しませんでした。
 『獣』は少女のか細い首に手をかけ、そのまま力を込め始めたのです!
 クレアは必死に手をどかそうとしますが、男女の力の差は歴然。為す術もなく徐々に酸欠に追い込まれていきます。



「クレアちゃ……ぐあぁっ…!」
『せっかくおナカマがおナカマの命を消す場面に立ち会えてるんですから、邪魔しないで貰えマスゥ?』
「ぐっ……汚いぞ、おまえ……!!」
『汚いィ?それは冒険家達に言ってあげてくださいヨォ。ま、言われてもゴミ扱いは直さないと思いますがネ!』



 ルーファスが獣をどかそうと身体を動かそうも、声の主に動きを止められ床に縛り付けられてしまいました。一瞬だけ元に戻ったグレンの意識を再び『獣』に戻したのも恐らくこいつでしょう。
 その間にもクレアの首が絞まる強さは上がっていく…。遂に彼女の視界がぼやけてきました。



「駄目です…グレンさん…お願い……もとに、もど……」



 自分の小さな手を重ね、目の前の男が正気に戻るよう必死に声をかけるクレア。しかし、そんな彼女の行動をも嘲笑う様に彼は首を絞める力を込め続けます。
 もう、駄目なのか。そう思った瞬間―――。











 時が、止まった。


















「チタくん!あれ!ピエロっぽい帽子!」
「あそこにいんのね~?よーっし、フルパワーマックステンアゲでゴーユーフォナオン!!」



 ピエロを追っていたチタとシェリルにも変化が。会場の一番上の階で遂に追っていたピエロを発見しました。しかし―――どこか違和感を感じる2人。
 帽子の色が違うような。それに……最初に彼と会った時より、邪悪な気配が強まっているような。そんな感想を2人は覚えました。
 不穏な気配はしつつもピエロに近付く2人。そして―――。その『正体』を知るのでした。



「あぁーーーっ!!」
「オマエ……!!」
『アリャリャ…見つかってしまいマシタカ♪』



 2人が見つけた『ピエロ』の正体。それは……エピタフでした。元々道化師の姿をしていたのだから変装する必要はないだろうと思った方もいるかもしれませんが、どうやら彼。一連の出来事を『道化師の仕業』にカモフラージュする為に、魔界にいる魔族に変身していたのです。
 エピタフの姿を見たチタ。―――こいつがグレンの記憶を奪った犯人だとすぐに確信しました。



「あーっ!思い出した!あの時……白猫とコネクトが混ぜ混ぜされる瞬間―――。チャングレ襲ったのオマエじゃん!!」
「えーーっ?!じゃあ、グレンさんの記憶を奪ったのってこいつ?!」
「……チッ。都合よく忘れていれば良かったものを。これだから勘のいいガキは嫌いなんダヨナァ」



 チタが確信を持って思っていたことを言葉にすると、エピタフは吐き捨てるようにそう返しました。そう。2回目の打ち上げを見ていただければ分かると思うのですが、3人は助けられる際、各々怪我をしていましたよね?グレンだけが重傷を負っていた。その犯人がエピタフだったのです。
 そして、彼らに『世界が混ぜられた』事の顛末を話すのでした。



「オマエ達も知っての通り、この『コネクトワールド』はどんどん他の世界を吸収する。それは白猫の世界でもそうだった。そんな異端をこのオレが興味持たねぇワケねぇダロォ?だからァ、2つの世界が『融合』する瞬間を狙って。あの狂皇子に細工を仕掛けたんだよ。
 記憶を奪い、負の感情を『混ぜた』上で返す。そうすれば、コネクトワールドを勝手に滅ぼしてくれる『殺人兵器』が完成するってネェ♪あの忌々しいオンナがいなかったから随分とコトを進めるのは容易かったケド……やっぱりサァ。邪魔だったんだよナァ。あの神々」
「そんな…ジブンの目的の為だけにチャングレの血を利用したっての?!マジ激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームなんすけど?!」
「わたしもぷんぷんだよ!チタくん、話を聞く必要もないよ!ビーーームッ!!!」
「あっ ちょっと待って!チャングレを戻す方法聞く前にビームしないでチャンシェリ!!!」
「狂皇子を戻す方法、だぁ?言ったろ。あいつ殺せば全部止まんダヨ」
「それ以外に決まってんじゃん!!教えてくれそうにないけど!!」
「教えてくれるつもりがないなら……バイバイ!!」



 なんてこと。グレンの蛮勇の血を利用してコネクトワールド壊そうとしてましたこいつ。破壊魔どんだけいるんですか。まぁそれはともかくです。
 グレンを戻す方法を聞いても、エピタフは『グレンを殺すしか方法はない』と言い返すばかり。あぁ、これは知ってても教えてくれないパターンだ。シェリルはそのやりとりに堪忍袋の緒が切れたようで、勝手に変身していました。チタが止めても止まりません。
 彼女はそのまま―――。






『フルパワー ビーーームッ!!!』






 エピタフに最大級のビームを放ったのでした。





 煙が収まった先を見てみると―――。ビームの跡の先には何もありませんでした。彼女の攻撃を受けて消えたのか、それとも寸前で逃げたのか…。真相は誰にも分かりません。
 しかし、グレンを助ける方法を聞きそびれてしまいましたね。どうしようかと焦るチタとそれをやっと自覚し慌て始めるシェリルでしたが…。




 そのまま、時が止まったように動かなくなってしまったのでした。

#CR10-5 -3 ( No.75 )
日時: 2021/07/10 22:12
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: 1lEcCkWN)

 ―――自分は首を絞められていたはずなのに。普通に息が出来る。
 ぎゅっと瞑っていた目をゆっくり開いてみると、そこでは驚くべき現象が起きていました。



「な…何が起こってるんですか…?!」



 首を絞めていた筈の目の前の男も、身動きを封じられて動けなくなっているルーファスも。まるで『時が止まってしまったか』のように動く気配がありません。
 試しに目の前の獣の腕を掴んでみますが、反応はない。そこでクレアは気付きます。『自分以外の時が止まっているのだ』と。
 この場には自分達5人と、逃げたピエロしかいなかったはず。自分を殺すことを躊躇しなかったピエロがこんなことをするはずがないと瞬時に判断した彼女は、『外部から干渉があった』ことを察しました。
 それと同時に、彼女の脳内に声が響いてきます。



『クレア。聞こえているか。―――すまないね、チタとシェリルがピエロ…エピタフを潰してくれるまでこの場にたどり着けなかったんだ。生きてるか?』
「その声―――アシッドさん?!もしかして…時を止めたのはあなたなんですか?」
『あぁ、そうさ。そうしなければ君が死ぬと判断したからね。―――さて。邪魔者がいないとはいえ、この場に普通の人間が長居してはいけない。早速本題に移ろう』



 どうやら時を止めたのはアシッドだったらしいです。エピタフ、神々が助けに来ることも読んでいたようで、彼の到達を妨害していたみたいですね。それで、シェリルがエピタフをぶっ飛ばしてくれたからここまでたどり着けたと。
 会場中の時が止まっている為、恐らく元の姿に戻って力を使っていると思われます。そりゃクレアの前に姿を表せない訳だ。
 クレアが無事だと分かったアシッドは、早速彼女に『本題』と称して話を振り始めました。



『君も分かっているとは思うが、あの道化師が『記憶を元に戻す』と言い彼に妙薬を飲ませたのだろう?確かに彼の中から邪神の力を感じる。『核』があるのは間違いない』
「あの人の言っていたことは本当だったんですね…。あの、グレンさんを助けたいんです!……殺すしか方法はないんですか?」
『逸るな。私が何のためにここに来たと思っている?誰の犠牲も出さず、大神殿に戻るのだろう。その為の方法を今から伝授する為に君に話しかけているのだが』
「あ、あるんですか?!グレンさんを救う方法が!」
『彼を『どうするか』は君に委ねることになるが―――。さて、クレア。君の右手を見てほしい』
「右手…?」



 アシッドに言われるがままに右手の方向を見やると、いつの間にか彼女の手に刀身が透き通った短剣が握られていました。まるで心を見透かされているようなそれは、持っているだけで清々しい気分になっていきます。
 これで何かをすればいいのか。そう問いかけるクレアにアシッドは説明を続けました。



『君の今持っている短剣には、邪な力を吸い取る力が込められている。これを、彼の心臓に突き立ててれば―――君達は全員助かるだろうな』
「突き立てる…つまり、この短剣でグレンさんを『刺せ』ってことですか?!」
『そうなるな。彼の中に入り込んだ邪神の力を刀身が吸い取ってくれるだろう。何、血は出ない特殊な短剣だ。心配しないでくれ』
「でも…刺しちゃったらグレンさんはどうなるんですか?死んじゃうんじゃ……」
『―――正直、彼の蛮勇の血がここまで強いものだとは推測できていなかった。だから―――彼が助かるかどうかは五分五分だ。刀身による九州が『邪神の力』を超えてしまった場合…。彼は屍と成り果てるだろうな』
「そんな…!」



 クレアは絶句していました。そんな究極の選択を自分にさせるのか、と。確かにアシッドの時を止める力で唯一動けるのが彼女です。そして、グレンを『殺さなくても済む』方法を教えてもらいましたが―――。それでも、五分五分。最悪自分がグレンを殺してしまう可能性が見え、短剣を持っている手が震えてしまいます。
 そうなることを見越していたように、アシッドの声は響き続けます。



『君が選択を迷うのは分かっていた。だが―――君がこの短剣を使わない場合、いつまでも時を止めている訳にも行かないのでな。いずれ彼の暴走は再度始まる。命を刈り取ることでしか救えなくなってしまう』
「でも…!」
『だが、今動けるのは君だけだ。選択をしなければならない。―――君の『運命』が、彼の『運命』が。ここで定まってしまってもいいのか?』



 それでも、友人を刺せだなんて。アシッドは確かにクレアの背中を押してくれてはいるのですが…その言葉がどうにも冷たい言葉に聞こえてしまっていました。
 『いつまでも時を止めている訳には行かない』と彼は言っていました。それはつまり、別の場所でチタとシェリルも時が止まっていると考えていいのでしょう。クレアがグレンを刺さない限り、彼らの時は止まったまま。最悪再び時が動き出し、グレンは再び『狂皇子』に戻ってしまう。



『―――!! あれはっ……!邪神め、もう嗅ぎつけたか―――』
「アシッドさん?!」
『すまない。やはり時を止めたことが邪神にばれてしまった。……クソっ、もう少しでいい、もうすこ―――』



 そんなことを考えていた折でした。アシッドの声が急に掠れ始めました。言葉からして恐らくアンラに力を使ったことがばれてしまい、妨害を受けてしまったのでしょう。
 そのまま彼の声は聴こえなくなってしまいました。止まっていた時が、ゆっくりと動き出す……。



「わたしが、やらないと―――。でも……!」



 クレアは一旦覚悟を決め、グレンの心臓部分に短剣の先を向けます。しかし…手が震えて突き刺すことが出来ませんでした。最悪、自分が彼の命を奪ってしまうことに恐怖を覚えていました。
 彼女が躊躇している間にも、時は再び動き出す。このままでは彼は再び動き出し、クレアの命を刈り取りにかかるでしょう。
 横目にルーファスの指が動きました。あぁ。もう時間切れだ。クレアはぎゅっと目を瞑ります。





























 ―――来るはずの痛みが、来ない。思わず目を開けるクレア。そこには―――。



「…………」



 『彼』の目の色は青かった。自分の手に握られていた筈の短剣は無かった。
 彼女が手にしていた筈の短剣は、確かに彼の心臓に深々と突き刺さっていた。



「………ッ!! う……ゲホッ コホッ…!!」
「グレンさん?!だ、大丈夫ですか?!」



 何が起こったのか理解できていないのに続き、唐突に咳き込むグレン。慌てて彼の背中を擦りにかかりますが、どうすれば咳き込むのが止むのがまでは分かりませんでした。
 何回か強く咳き込み続けた折―――。彼は、口から『ガラスのかけら』を勢いよく吐き出しました。それを見た瞬間、クレアは確信します。これが『核』だと。



「『核』…!これを壊せば…!」
「クレアちゃん!グレンさんを連れてそこから離れて!―――『核』を今から壊すよ!」
「は、はい!!」



 小さくとも強く感じる邪悪な力に、ルーファスも気付いていたのでしょう。彼の方向を見てみると、槍の照準を小さな欠片に定めているルーファスの姿がありました。
 グレンを引き連れ、すぐその場から離れるクレア。それと同時に―――。































 ぱりん。小さな音を立てて、『核』は粉々に砕け散ったのでした。












「おーい!チャンクレー!チャングレー!」
「だいじょーぶー?!」



 向こうから自分達を呼ぶ元気な声が。チタとシェリルがこちらに向かって走ってきていました。心臓に短剣が突き刺さった姿を見て驚いているものの、クレアが事情を説明すると2人はすんなりと納得するのでした。
 『核』の破壊を確認したルーファスも合流し、やっと戦いが終わったのだと胸を撫でおろしました。
 と、同時に。心臓に突き刺さっていた短剣が光の粒子に変わり、グレンの中に溶け込んで消えてしまいました。



「グレンさん、大丈夫ですか?」
「あぁ…。すまない。また私のせいで皆に迷惑を…」
「気にしなくていーよ!今回ばっかりは悪いのはエピタフなんだし!」
「……チャングレ。キオクは?また忘れちゃったり?」
「―――いや。全て分かる。自分が何者なのか。今まで何をやって来たのか…手に取るようにわかる。だが―――血が沸き立たない。どういうことだ?」
「うん。グレンさん、落ち着いてるよね!」
『上手くいったようだな。結構賭けだったんだが』
「アシッドさん!」



 グレンは記憶を取り戻していました。あの液体を飲んだからなのでしょうか。自分が何者なのか、祖国で一体何をやってしまったのか―――。彼は事細かく思い出せていました。しかし…彼は血に呑まれることはなく、穏やかな雰囲気を纏っています。どういうことでしょう?
 そう思っていると、出入口の方面からアシッドが歩いて来るのが分かりました。



「クレア。先程説明したように、渡した短剣が彼の『狂気』w吸い取っているからな。―――正直、彼の魂まで吸いかねない危険な代物だが…。彼の仲間を思う気持ちが魂の吸収をせき止めたのだろうな。
 あれはそもそも神の暴走を止める為の短剣だ。人間には力が強すぎる代物だ」
「そ、そうだったんですか」
「えっ?ってことは、もうチャングレが自分の血に悩まされることは…」
「仮に、今後の未来で『混ざった世界が元に戻る』なんてことが起きなければ…彼が血に呑まれ、見境なく襲うなんてことはないと言い切っていいだろう」
「わーっ。ってことは、もうグレンさんが悩むことはないってことだね!しゃちょーさん!」
「そう…ですね。良かった。本当に…」
「んー。でも、なーんかアシッドさんの言い方引っかかるなぁ。『混ざった世界が元に戻る』って、ありえないんじゃないの?」



 クレアに渡した短剣。あれ、どうやら神様用に使う代物だったらしくて。緊急事態だった為『賭け』でグレンに使わせたのだとか。それでグレンの魂ごと持っていかれたらどう責任を取っていたのやら…。
 過ぎたことは置いておいて、これでグレンは『コネクトワールドにいる間』に限っては、蛮勇の血に呑まれることはないと言ってもいいでしょう。そう聞き、自分のことのように喜ぶチタとクレア。
 ルーファスとも喜びを分かち合ったシェリルでしたが、彼女はふと思いついたことをアシッドに投げかけてみました。すると、彼はこう返してきます。



「神の力も完璧ではない。彼に流れる『蛮勇の血』…。皇族ともなればその血は相当濃いのだとは私でも分かるさ。だが―――君の場合はそれが強すぎる。神の力で抑えたとて、その加護が消える時はきっと来るだろう。
 もし君の血による暴走が抑えられなくなった時は―――我々でもどうしようもないのだと悟ってくれ」
「そっか…。ぬか喜びしちゃ駄目なんだよね。ショボーン…」
「いや、そう落胆する話でもない。神の力の効力が切れても…私が血の力に呑まれないように成長すればいいだけの話だからな」
「そうですね。折角この世界で繋げた縁です。これからも手伝うよ、グレンさん」
「私はグレンさんのお友達ですからね!」
「じゃあオレはチャングレのマブー!マブダチ!!」
「じゃあ私はマブマブダチです!」



 楽しくそんな話を続ける5人の姿を見て、アシッドは『もう大丈夫だろうな』と安心したのだとか。
 ―――しばらくその様子を見続けた後、そろそろここから出ようと催促をしてきます。



「さて、そろそろここから出よう。この場も『核』が創り出していたのだから―――。それが壊れた今、いつこの空間が消え去るか分からない」
「そ、そうだったー!急いであの出口から外に出よ!」



 いつまでも話をしていては幻の空間の消滅に巻き込まれてしまいますからね。アシッドの手引きで、5人は光差す方へ歩いて行ったのでした。
 その道中、クレアは気になっていたことをグレンに伝えます。



「……そういえばグレンさん。1つ、聞いてもいいですか?」
「どうした?」
「あの時…。自分で心臓に短剣を刺したじゃないですか。どうして自我を取り戻せていたのかな、って…。エピタフをチタさん達が倒してくれたから、だけじゃなんか納得出来なかったんですよね、私」
「そのことか。……君の声はしっかりと私に届いていた。それだけの話だ」



 その言葉が帰って来た瞬間、クレアは言われようのない恥ずかしさを覚えます。説得する為に沢山話した。勢いで喋っていたので殆ど覚えていない。
 ―――もしかして、内に秘める思いまで吐露してしまったのではないかと彼女は思ってしまったのです。



「あの、あのあの、あのですねグレンさん!あの時はあなたを正気に戻すのに必死で!!」
「あれあれ~?チャンクレ、何赤くなってんの?もしかしてチャングレに告った?ねぇねぇ告ったの~?オレに教えてよ~!!」
「チタさんには関係ない話じゃないですか~!これ以上の詮索は禁止です~!点検の時間です~!!」
「………???」
「しゃちょーさん、2人は何をしているの?」
「君が突っ込んだら余計にややこしくなるからやめようね」




 消えゆくフォースター会場には、そんな明るい声が木霊していたのだとか。