二次創作小説(新・総合)

#CR10-7 -1 ( No.79 )
日時: 2021/07/14 22:04
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: 1lEcCkWN)

~???~



「―――ッ!!」



 ガキン、と刀がぶつかる音が響く。大典太と鬼丸が戦いを繰り広げていた。お互いに戦装束はかなり破けており、肌がむき出しになった箇所には所々に生傷がついている。
 鍔迫り合いの後の鬼丸の一撃を避けられず、大典太の頬には刀による傷が付いた。かつてのベリトと同じように、鬼丸は疲れた表情すら見せていない。傷があるのにも関わらず、大典太の首を取らんと傷口が開くのも気にせず攻撃を仕掛けてきていた。



「(……いつもの鬼丸の戦い方じゃない。当然か…。完全に邪気に吞まれてしまっているんだからな…)」



 いつもの鬼丸の戦い方ではなかった。全身から放たれる力強い一撃ではない。腕力に身を任せた、技量もへったくれもない正に『獣』のような戦法―――。正味、大典太は守りに徹するのが精一杯だった。
 しかし、彼の今の戦いは単調そのもの。彼の隙を突こうと思えば突ける。ただ…鬼丸はその一撃一撃で大典太の首を跳ね飛ばそうとしている。その為、一瞬でも気を抜けば首が持っていかれることを大典太は確信していた。



 攻撃を受け流し、自分への身体の負担を減らす。そうせねば、鬼丸を助ける前に自分が倒れてしまう。そう感じていたからだった。
 攻撃方法が単調なのなら、手に持っている刀を落としてしまえば戦力は落ちる。大典太はそう考えていた。鬼丸の攻撃の隙を狙い、蹴りを入れようとするも―――。



「……ふっ!」
『…………』
「―――! 駄目か…」



 鬼丸とてその動きを読んでいないわけではなかった。大典太が自分の刀を持つ腕を狙っていることには気付いており、その足を掴んで勢いのまま大典太を斬り裂こうとしていた。
 寸のところで鬼丸の腕を回避し、何とか体制を整える大典太。彼も遠慮せず鬼丸を斬ればいいのだが……そうできない理由があった。



「(……やはり、駄目か。正面から刀を落とそうとしても逆に掴まれる。腕力はあいつの方が上。体制を崩されたら一気に持っていかれるな…)」



 何とか持ち直し、太刀を握り直す大典太。息もまばらで、鬼丸に付けられた数々の傷と時間経過による疲労で体力も底をつきそうだった。
 彼が鬼丸を傷付けない理由はただ1つ。『彼を傷付けたくない』という本能からだった。そして―――もう1つ。彼が腹の底で考えている『とある策』には、鬼丸がある程度体力を残していることが絶対条件だと考えていたからだ。その為に、鬼丸の刀を彼の手から落とす必要があった。



「(……鬼丸のどちらかの手を掴めればいいんだが…両手で刀を持っているからな。どうにかして体制を崩さねば手は離れない。―――それに…)」



 それに。このままでは自分の方が先に折れてしまうかもしれない、という可能性を示唆していた。鬼丸から受けた攻撃が相当身体に響いていた。双方負ったダメージは同じくらいなのに、『痛覚』まで封じられてしまったのか表情1つ動いていない。
 ―――彼が捉えているのはただ1つ。大典太の首だった。



「(……折れるかもしれん。恐らく主のお守りで一度は破壊を免れるんだろうが…。このお守りは……)」



 ふと、サクヤから預かったお守りを見る。小さいながらも彼女の相当な霊力を感じた。何を思って彼女はあんな台詞を言いながら自分に託したのだろう。自分で考えている使い方で、主は怒らないだろうか?時折そんな考えが頭の中でよぎる。
 ―――だが、そうせねば鬼丸は助からない。サクヤから託されたお陰で考えついた『唯一の方法』。それを実践する為に、自分が先に折れるわけにはいかなかった。



「(……来る)」



 鬼丸の方向を見やる。考える隙も作ってくれないのか。彼は一瞬のうちに距離を狭め、刀を振るってきた。何とか受け止め弾き飛ばすが、彼の速度について行く体力がもう底を付きかけていた。
 何とか肩で息をするが、いつまでこれが持つか分からない。鬼丸の方も流石に身体が悲鳴を上げているようで、起き上がるのにも時間がかかっているようだった。
 ……それでも彼の表情は氷のように動かない。大典太はまたちくりと心が痛んだ。



「……鬼丸」
「…………」



 彼が体制を崩している今ならば。一撃を与えれば倒れるかもしれない。大典太はふとそんなことが脳裏に浮かんだ。しかし、彼は首を横に振った。
 邪気というのはそんなにも自我を無くすのか。感覚まで無くすのか。戦いを躊躇する心まで失ってしまうのか。虚ろな目をこちらに向ける鬼丸にそんな感想を抱く大典太。



「……そんな悲しい目をするな鬼丸。約束しただろう。あんたの邪気を完全に祓って、一緒に酒を呑むんだろう」
「…………」
「……今のあんたにどうせ声が届かないことなんて、最初から分かっている。だが…俺はあんたとの約束を反故になんてしたくない。―――この傷じゃ、あんたを助けても俺が無事でいられるかどうか分からんからな。
 仮に俺が折れたとしても…あんたが主の近侍になって支えてやればいい。同じ刀派の前田だっているんだからな…」
「…………」



 自虐のようにそんなことを小さく呟く大典太。心にも思っていないことを。自分で自分にそう言葉にするものの、口をついてするすると出た、思っていることとは反対の言葉は続いていく。
 刀を杖替わりにして立ち上がろうとしている鬼丸には伝わらない。だから、自虐。そう、思っていたのだが―――。大典太の耳は聞き逃さなかった。





『……ふざ、けるな……。なにが、『俺が折れる』だ……―――うっ……!!』
「……鬼丸……?!」





 明らかに自分に向けられた言葉。ハッとして鬼丸の方を向いてみると、彼は先程までと同じ虚ろな目をこちらに向けていた。一体何だったんだ…?大典太はそう思うが、先程の小さく耳に入って来た声は明らかに鬼丸のものだった。
 ―――もしかしたら。自分の考えに確信が持てた大典太は、その場で静かに懐からお守りを出した。そして……彼の攻撃に備え構えを取ったのだった。





「―――来い。鬼丸国綱!」
『―――ッ!!!』





 目の前の『鬼』が、刀の首を刎ねんと突進してくる。彼はそれでも動かなかった。―――鬼の腕が、刀の首を捉えたその瞬間―――。
 彼は、動いた。



「………はっ!!」
「―――!!」



 一瞬の隙だった。それを狙って、大典太は力強く腕に向かって力強い蹴りを繰り出した。刀で防いでくると思っていた『鬼』は、その行動をまともに受けてしまい体制が崩れてしまう。
 両手で掴んでいた刀の片方が離れ、片手が空く。大典太はその状態を狙っていた。



「(……今しかない。逃せばもう…!)」



 大典太は意を決し、鬼丸の腕を掴んだ。そして―――その空いた手に、サクヤから貰ったお守りを握らせたのだった。
 鬼丸もその大典太の行動の隙を読んでいなかった訳ではない。彼の攻撃を避けようと、大典太の身体に刃を沈みこませる。



『…………!!』
「ぐ、ぅっ……!おに、まるッ……!……今、助けてやる、から―――!」



 沈み込んだ箇所から痛みが襲う。灰色の戦装束が血で染まっていく。それでも大典太は残りの力を振り絞って鬼丸の首元に刀を持ち上げる。動くほどに刀は奥まで刺さり、痛みが強まる。
 当の『鬼』も逃げようと刀を引き抜こうとするが、その腕を大典太が抑えていた。



「……おに、まる。一瞬で、いっ、しゅんで。終わらせる、から―――」



 太刀が深々と刺さっても関係なかった。きっと自分が刀を振ったら、折れるかもしれない。大典太はそんなことを思っていた。
 それでも、折れるわけにはいかない。サクヤと『世界を見守っていく』と誓い合った約束。鬼丸と共に酒を呑む約束。どちらも叶えると誓ったから。



 大典太は残りの力を振り絞り―――。



































『……―――っ――!!』



 『鬼』の首を、刎ねた。やってしまった。腕に力が入らない。ぽろぽろと涙が零れる。自分はこうにも泣き虫だっただろうか。ふと、そんなことを思い浮かべる。
 霞み始めた視界にはっきりと鬼丸の顔が見えた。地面に落ちていく。自分が斬ったのだから当然だ。それなのに。それなのに。何故―――。













 落ちていく鬼丸の表情が、穏やかなものに見えたのだろうか。なぜあいつは口角を上げていたのか。
 考える間も虚しく、深々と刺さった鬼丸の太刀の傷が疼く。想像以上に深かったようだ。痛みと意識の混濁に大典太の視界も考えも呑み込まれ―――。




 そのまま、彼は意識を失ってしまうのだった。

#CR10-7 -2 ( No.80 )
日時: 2021/07/15 22:08
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: 1lEcCkWN)

『この五振は危険すぎる。『天下五剣』が各本丸で力を発揮できればと思ったのだが…。やはり霊力の調整が難しいな』
『研究を重ねていけば霊力の調整も容易くなるとは思うが、まさかこの五振…。一振一振が『世界を壊す程の』霊力を秘めて鍛刀されてしまうとはな…』



 ―――ここは、どこだろうか。重苦しい意識を無理やり覚ますと、目の前に見えていたのは研究室のような場所だった。確か…先程まで友と死闘を繰り広げていたはずだ。その時に負った傷が原因で、意識を失ってしまったことまでは覚えている。
 しかし…。この場所には見覚えがあった。確か『時の政府』その場所だった筈だ。自分達五振を勝手に鍛刀し、人間の都合で監禁したあの悲しい思い出が詰まっている場所。
 そんなところに何故意識が浮上しているのだろう。―――あぁ、走馬灯なのか。見回しても自分の手すら見えないのも、目線が明らかに低いのも。


 ガラスの向こうで研究員らしき人間が話をしている。どうやらこれは、『彼ら』が鍛刀されて少し経った後の記憶のようだ。声を聞いていると、彼らの話の内容が頭の中に入って来た。



『やはり『外なる神』に協力を仰いだのは失敗だったのだな。歴史に名を残す五振だったから、それくらい強い力を持つ存在でなければ鍛刀できないと思っていたのだが…。少々考えすぎていた』
『しかし、彼の力がなければ天下五剣の鍛刀の方法は分からないままだったのだぞ?!上からは早く成果を出せと言われているし、今から霊力の調整をしても期限に間に合いそうにない。良くて三日月の鍛刀許可しか各本丸に出せんぞ…!』



 ―――彼らは『外なる神』と言った。その言葉を聞いた瞬間、彼の心の中にストンととある考えが落ちた。何故五振が『時の狭間』に捨てられた際、都合よく老人が拾ってくれたのか。何故彼が五振を顕現出来たのか。考えが合点した。
 ……あの、老人は。自分達を救ってくれた、老人は―――。それと同時に、何故自分達が異常な程の霊力を内に秘めているのか、にも納得がいった。





「(……『外なる神』。そうか。そうだったのか…。俺が…俺達が異常に霊力を得ていたのは…)」





『とにかく。この五振はどうするんだ?この霊力だと、政府自体が破壊されかねんぞ』
『上には何とか理由を付けて説明するに決まってんだろ。鍛刀した奴はどっか行っちまっていなくなってるし、時の政府にこの五振を刀解出来る奴は誰一人いない。このまま霊力を政府の動力エネルギーにして封じ続けるしかないだろ』
『俺達のせいじゃないってのにさ…。はぁ~あ。これ…誰が責任を取るんだよ…』



 その言葉を最後に、また意識が重くなる。大方研究員が自分達の霊力を再度吸い始めたのだろう。これから何度も、何度も。時の狭間に捨てられるまで―――。自分達は苦しみ続けていくのだろう。
 そんなことを思いながら、『かれら』は再び眠りについた。





























『……おい。起きろ』




 ……呼び声が 聞こえる。


 誰だ。暗闇から声をかけているのは一体…。




『……いつまで陰気に寝ている。さっさと起きろ』




 あぁ。この、声は―――。





























「…………」



 ゆっくりと重い瞼が持ち上がっていき、光が大典太の視界を照らしました。自分を覗き込むように見ていたのは―――。



「随分と目を覚まさなかったな。まぁ、その傷ならば無理もないが」
「……おに、まる。―――よか、った……」



 眉間にしわを寄せながら自分のことを見ている鬼丸国綱でした。ボロボロの大典太とは違い、鬼丸は傷一つついていません。彼から感じる元々の霊力で、大典太は彼が『元に戻ったのだ』ということを理解することが出来ました。鬼丸の中に巣食う邪気は、もう既にありません。
 そのことが分かり、安心して思わず顔が緩む大典太。そんな彼の表情に、鬼丸は更に眉間にしわを寄せたのでした。そのまま彼の胸元に割れたクローバーを投げつけます。
 ―――サクヤが大典太に渡した、あのお守りを。真っ二つに割れており、既にサクヤの霊力は感じられなくなっていました。



「これはなんだ」
「……お守り、だが。あんた、見て分からなかったのか?」
「それは分かる。元々はあの青龍がおまえにやったものだろう。何故おれに使った」
「…………」
「確かにおれは言った。『次に会う時、おれかおまえの首が落ちる』と。本気でそう思っていたからな。そして、邪神の邪気に完全に呑み込まれて意識を失い…次に目覚めたらどうだ。おまえが血塗れで、服もボロボロで倒れてるじゃないか。一瞬完全におまえを折ってしまったのかと肝が冷えたがな」
「ふふ…。あんた、感情移入するのは人間に対してだけじゃなかったんだな…」
「煩い。さっさと理由を言え。何故おれにこれを使った」



 鬼丸は自分にお守りを使われたのが不服のようで、大典太に理由を問うていました。確かに元々サクヤは大典太に対してお守りを渡していましたが、その時に『使い方は任せる』と言っていました。
 ……もしかしたら、大典太は彼女の考えをその時から汲み取っていたのかもしれません。そうでなければあんな言葉は口から出てきませんから。
 大典太は一度息を整え、小さな声で鬼丸に使った理由を話したのでした。



「……あんたを一度破壊して、主のお守りで回復させればいい。そうすれば、『邪気を纏った鬼丸』は消滅することになるかと考えたんだ。……あんたを助けたかったからな」
「チッ。そんなことだろうとは思っていたが。随分な賭けに出やがって…。それでおまえが折れていたらどうするつもりだったんだ」
「……折れたら折れたでそれまでだよ。あんたにでも主の近侍を引き継いでもらおうかと考えていた」
「ふざけるな。そんな経緯で近侍になるなど、おれは真っ平御免だ。おまえが決めたならおまえが果たせ」
「……だが、結果的に良かった。あんたも俺も、生きてる」



 安らかな声でそんなことをのたまう大典太に、思わずため息を深くついてしまう鬼丸。薄く息はあった為折れてはいないことは分かったが、危篤状態なのは事実。うわ言のように時折うなされていた大典太を見て、正直鬼丸は気が気じゃありませんでした。
 その心配を返せと。言葉の代わりに彼はまた、深くため息をついたのでした。



「―――近侍は真っ平御免だが…。おれにも『やりたいこと』が出来そうだからな」
「……鬼を追うこと以外興味がないあんたにしては…珍しい言葉だ……ぐぅっ…。おい、傷を抉るな…」
「余計なことを言うな。……すぐに分かる。おまえの主が近付いてきているんだからな」
「……主」
「おまえの主の為にも、だ。今後一切自分の身を削ることはするな。酒が不味くなる」
「…………。あんたがどんな選択をしたとしても、俺は否定しない。あんたが決めたことなんだからな、鬼丸…。やっと、やっと…。あんたが手にした自由だ。だから……」
「それ以上戯言をのたまうならば、おまえのこの傷をもっと深いものにしてやろうか」
「……ふふ。それは、勘弁だな……」




 あの時と同じ。蔵で穏やかに暮らしていた時と同じ…。彼らはやっと、その日常を取り戻す一歩を踏み出しました。
 なおも変わらず反省していなさそうな大典太の顔を見て、鬼丸はまた舌打ちを小さく鳴らしたのでした。

#CR10-7 -3 ( No.81 )
日時: 2021/07/16 22:03
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: 1lEcCkWN)

 二振が他愛のない話を続けていると、自分達の名を呼ぶ声が向こうから聞こえてきました。鬼丸の言った通り、サクヤがこちらに近付いてきているのでしょう。しかし、彼女はゼウスに付き従って仲間達の捜索に協力していたはず。一体何故ここに?大典太はぼやける頭でそう考えていました。
 全速力で走って来たのか、肩で息をするサクヤ。ボロボロになりながらも意識を持つ大典太と、いつか感じたあの時の鬼丸を見た彼女は安堵からへたりこんでしまったのでした。



「……主。どうしてここに」
「光世さんの本体が割れかけていたので、ゼウス様に許可をいただいて貴方の力を辿ってここまで来たのです。……心配なさらずとも、核のうち3つは既に飛ばされた方々が破壊してくれたことを確認しております」
「……そうか。良かった…」
「正直気が気ではありませんでした。どちらかが折れてしまうのではないかとずっと頭の中で考えがぐるぐると巡っていたのです。―――だから、本当に……」
「………?」



 サクヤは何とも言えない表情で優しく大典太と鬼丸を抱きしめます。近侍である彼はともかく、鬼丸は自分が抱きしめられるきらいなど分からない為『なんでおれまで』と不貞腐れていました。
 それもそうでしょう。鬼丸も助ける為にここまで行動していたんですから。二振とも無事で再会出来たら彼女がそういう行動をするのは当たり前です。
 珍しくサクヤが涙を流していることに気付いた大典太は、震えながらも彼女の涙をそっと指で掬ったのでした。



「……泣かないでくれ主。俺も、鬼丸も。こうして生きてる。―――無事だ」
「何が『無事』だ。おれは何ともなくともおまえがボロボロじゃないか」
「折れてないだけマシだろう。……まぁ、それもそうか」
「そう、そうです。泣いている場合ではありませんでした。ここに来たのは光世さん達に会いたかったこともあるのですが…貴方に伝えなければならないことがあるからなのです」
「……伝えたい、こと?」



 サクヤは自分の和服の袖で顔をぐいぐいと拭いた後、真面目な顔になって彼らに告げました。それは何かと大典太が問うと、彼女は目尻を下げて小さく口を開いたのでした。



「……光世さん。ご自分でも分かっていらっしゃると思いますが、今の貴方は刀剣破壊寸前のところまで来ています。このまま戦闘沙汰になってしまえば、確実に貴方は折れるでしょう。ですから…一刻も早く手入れをしなければなりません」
「……そう、か。だが…俺が記憶している限りだと手入が出来るのはあの本部だけだったはずだ。一旦戻るのか?」
「いいえ、そんな時間はありません。それのご相談もさせていただきたいと思い、はせ参じたのです」



 サクヤが告げたのは、大典太がこのままだと刀剣破壊してしまう可能性があるということでした。彼女も大典太本体にヒビが入っていたことからも、そうとう危篤な状態だということは分かっていました。……正直、こうして話すことが出来るのは彼女曰く『奇跡』だと。
 しかし、天界に手入できる場所などあるのでしょうか?相談しに来たのはいいものの、心当たりが双方思いつかず路頭に迷う1人と一振。そんな彼女達の様子を見て……鬼丸は、何かを決意したようにサクヤに近付きました。



「おい。青龍。少し話がしたい。いいか」
「……どうかなされましたか?あっ…もしかして、手入が出来る場所に心当たりが…!」
「それもあるが、まずはおれの話を聞け。―――ほら」



 そんな言葉と共に、鬼丸は自分の近くに置いていた鬼丸国綱本体をサクヤに渡してきました。……おや?これはどういう心づもりなのでしょうか。突拍子もない彼の行動に、サクヤも大典太も困惑しています。
 鬼丸はそんな反応も気にせず、自分の本体をぐいぐいとサクヤに押し付けます。



「……本当にどうしたのですか。申してくれなくては…」
「おれを、おまえの刀にしろ。そう言っている」
「……あんた、俺にあんなことを言っておいて…やはり近侍を狙っていたんじゃないか」
「違う。すぐ卑屈な方に考えを向けるな大典太。……おれがこうして立って、おまえ達と話が出来ているのも…おまえ達が死力を尽くしておれを助けようと行動してくれたから、だ。
 おれは特定の主を持たない。おれの主がどこにいるのかは分からん。おれを持っていると不幸になるからな。遠ざけていた方がいいのは事実だ。だが…おまえ達には恩義がある。だから、恩を返す。その心づもりでいる」
「鬼丸さん…」



 なんと、鬼丸が自分からサクヤの刀にしてくれと言ってきました。鬼丸国綱という刀は、元々特定の主を持たず点々と渡り歩いてきた歴史を持ちます。その逸話から、鬼丸自身も自分が近くにいるとその人物が不幸になると思うようになってしまっていました。
 しかし―――自分が今ここにいれるのはサクヤと大典太のお陰。だからこそ、彼女に恩を返したいと考えての行動のようです。



「それに、だ。数珠丸の刀がない。おれがあの本部に乗り込んだ時には帯刀していた。……大方あいつが気になる奴に渡しでもしたんだろ」
「それは、そうですが…」



 鬼丸の気持ちは理解していました。ですが…だからこそ、サクヤは迷っていました。自分と契約するということは、『終わりのない世界』の未来を見守っていくということ。他の契約者とは話が違ってきます。
 そんな永遠ともいえる契約に、彼を巻き込んでしまっていいのか…。答えが見いだせない彼女に、大典太も事態を察し助け舟を出します。



「……主。俺からも頼む。邪気を完全に祓えたとはいえ、あいつが鬼丸を放置しておくはずがない。きっとこれを断ったら…恐らく、こいつは本部をまた離れる。鬼丸はそういう刀だ」
「当然だ。青龍以外の下に付くつもりはないからな」
「…………。本当に、よろしいのですか?私と契約するということは、終わりのない世界を守っていくということと同義です。解放されることも無く…何千年という未来を見守るということになるのですよ。その覚悟が―――鬼丸さん。貴方にはおありですか?」
「無かったらこんな行動はしない。それに、何千年という未来か。やっと一つの鞘に収まることが出来るということだろ。覚悟は―――もう、とうの昔に出来ている」
「……承知しました。では鬼丸さん、刀を」



 鬼丸の言葉を聞き、サクヤは静かに彼から刀を受け取ります。そして―――刀に自分の神の力を込め始めました。鬼丸の太刀が青く、淡い光をしばらく放ち続けた後…光は刀に吸収されました。
 静かに目を閉じていたサクヤはしばらく刀を見つめた後、鬼丸国綱本体を腰に帯刀したのでした。これで鬼丸はサクヤの刀になりましたね。これでアンラに再び狙われることも無いでしょう。



「大典太が心を開いた程の主、か。鬼を斬るなら呼べ。……主」
「はい。これからよろしくお願いいたします。鬼丸さん」
「……これで、鬼丸も…。150年、長かったな。本当に…」
「……あぁ。あんな暗闇、もう真っ平御免だ」



 そんな穏やかな会話を繰り返していた折、サクヤは大事な話を思い出しました。そうです。大典太の手入をする場所を何とかして見つけ出さねばなりません。大典太本刃は『必要ない』という顔をしていますが。いや、貴方このままだと本当に折れますから。素直に従ってください。
 鬼丸に話を振ると、彼は『心当たりがある』と、その場所まで案内してくれることを買って出たのでした。



「この天界に、刀剣が仕舞われている『蔵』がある。その近くに小さくはあるが、手入が出来る場所がある。資材も充分に残っているはずだ」
「『蔵』…。兄弟や秋田が言っていた、あの場所か」
「そういうことだ。時間も惜しい、さっさと向かうぞ」
「ありがとうございます。そうか、蔵があるのなら手入が出来る場所があっても不思議ではありませんよね。迂闊でした…」



 ソハヤや秋田が幻の本丸で言っていた『蔵』。その近くに手入が出来る場所があることが分かりました。やや遠い場所ですが、歩いていけない距離ではありません。時間も惜しいと鬼丸は無言で大典太をおぶり、早く行こうと催促をします。
 当のおぶられた大典太はなんだか不服そうです。



「……歩けるんだが」
「腹から血を流している奴に言われても説得力がないな。それにおまえ…。今まで肩で息をしていただろ。喋るのも本当は億劫な筈なんだがな」
「……ぅ。ばれて、いたか…。主がいる手前、そういう振る舞いをするのは失礼にあたると思ったんだ…」
「光世さん…。気丈に振る舞わなくても。私は気にしませんから」
「……あんたが気にしなくても…俺が気にする……っ!」
「言った傍からこうだ。黙っておぶられていろ。……本当であれば、おれはここに立ってすらいないんだからな」



 どうやら大典太、今までかなり無理をしていたようで。それを鬼丸に看過された瞬間緊張が溶けてしまったのか苦しみ始めました。肩で息をしており言葉もたどたどしく、傷を抑えながら顔を歪めていました。
 『すまんな。手を煩わせて』 申し訳なさそうに背中から小さな声が耳に入ってきます。自分に対しては随分と遠慮のないこの刀が、今は随分としおらしい。そんな様子の大典太に、鬼丸はフン、と鼻で笑ったのでした。



「(……やっと、やっと、ですね。本当に良かった)」




 軽口を叩き合う二振を後ろで追いかけながら、サクヤはそんなことを思ったそうな。