二次創作小説(新・総合)

#CR10-8 -1 ( No.82 )
日時: 2021/07/17 22:06
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: 1lEcCkWN)

~天界~



「イテテテ……」



 何者かに殴られた感触をアクラルは感じていました。落ちたんじゃない、これは殴られた。では一体誰に。暗闇からぱっと目を覚ますと、その視界には今にも自分を殴ろうとしているアカギの姿がありました。
 いくらなんでも起こす為に暴力を起こすとは何を考えているんですか。



「あ…。起きた…」
「『起きた』じゃねーよ!何殴ってんだお前!!痛い!!!」
「普段サクヤにつつかれてるから…別にいいかなって…」
「良くねーよ!!俺を殴っていいのはサクヤだけだ!!」
「あの…。四神同士で言い争っている場合ではないと思いますが」



 唐突に響いてきた数珠丸の声でハッと我に返る四神2人。本当に大丈夫なんですかねこいつら。そして、アクラルは自分が大神殿から飛ばされてこの場所で目を覚ましたのだと瞬時に判断しました。
 足元には真っ白な雲が広がっていましたが―――。どこか、淀んだ空気も感じます。アンラが天界を占領してしまった何よりの証でしょうね。



「ここは?神殿じゃねーっぽいけど」
「俺達…多分バラバラに飛ばされたっぽいな…。他の連中は…幻を見せられてるっぽいけど…。ここは…本物だな…」
「幻、か。アンラのヤロー、きっとそれで閉じ込めた奴らの心を壊すって寸断かよ!胸糞わりーな」
「ですが…徐々にその力が和らいでいます。彼らが試練を突破した何よりの証拠でしょう」
「そうだね~。ぼく達もここに飛ばされたんなら、『核』ってやつを探さないとね!」
「ごくそつ!大包平!オメーらどこに行ってやがったんだよ!」
「数珠丸殿に頼まれ、辺りを散策していたのだ。貴様らがいつまで経っても起きないものだからな!」



 話をしていると、ごくそつくんと大包平が合流。どうやら数珠丸に頼まれて辺りを調査していたようですね。大包平、ここでも数珠丸のいうことは素直に聞くんですよね。他の三振にはライバル心剝き出しにする癖に。
 調査の結果を早速聞いてみると、大包平は1つの場所を指さしました。何やらそこに『核』があるみたいですね。



「向こうから邪悪な霊力を感じる。もしかしたら『核』が近くにあるのかもしれん」
「向こう、か…。アンラの力も近けーな。ってことは…根城の近くに核はあんのか。厄介だな…」
「厄介、厄介じゃないとか言ってる場合じゃない…。強い邪気があるのなら、早いところ壊さないとな…」
「『核』…。一体どんな形状をしているのでしょうか」
「行ってみなければ分からん。時間も惜しい、さっさと行くぞ」



 アンラの根城の近くに『核』があるとなれば、彼女も察知していそうですね。随分と余裕に見えますが、何の魂胆があって『核』を近くに設置したのやら。
 不思議に思う一同でしたが、あまり考えている時間はなさそうです。自分達が行動するのが遅くなれば遅くなるほど、アンラの軍勢は門から増え続けます。それすなわち、地上への影響も強まるというもの。
 早く『核』の元へ行こうと大包平が催促し、案内を買って出ました。彼を先頭にして歩き出した矢先。




















『うきゃああああああ!!!!!』




















 ―――一同が向かおうとしていた方向から、少年の悲鳴が聞こえてきたのでした。



「クルーク?!」
「なっ…?!悲鳴だと?!」
「襲われてるのではないでしょうか…?まさか。1人だけ別の場所に飛ばされた可能性は…」
「もしかしたらとんでもないことになってるかもだからね~。とっとと気配がする場所に急ぐよ~!」



 クルークは優秀な魔導師見習いだとはいえ、彼らから見てみればまだまだ幼子の部類。そんな少年が1人で何者かに襲われているとなれば―――。
 『急がなければ』。脳裏にそんな考えが浮かび、一同は急いで悲鳴があった場所まで走っていくのでした。














~天界の『蔵』~



「貴様、その紅い魔力は―――」
「なんで今になって…!」



 一方、悲鳴を出した方のクルーク。斧を持った道化師らしき人物に襲われていましたが…彼自体は無傷。というか、彼の持っている本が紅く光り、そこからバリアのようなものが出現し彼を守っていました。
 他の人物とは違い、1人だけ蔵の近くで目覚めた彼。話にあったそれを見つけ、身を潜めて待っていようとしていたところを道化師に見つかってしまったようなのです。そして、彼が攻撃を仕掛けてきたと同時に本が共鳴するかの如く勝手に動き出し、今に至ります。
 まさか本が魔力を発するとは。道化師は驚いていました。ちなみにクルークも別の理由で驚いていました。



「今までうんともすんとも言わなかったじゃないか~!」
「……そうか。『ふういんの記録』。貴様が持っているのはそれか」
「ひっ…?!な、なんでそれを?!渡せと言われても渡さないぞ?!」
「メフィスト様が欲しがっていたのだ。それも…今になっては無駄だがな…。今更寄越せとは言わん」



 メフィストから話を聞いていたパターンでしたか。あいつ、力のありそうなものは片っ端から色々調べていたようですね。結局私怨でMZDとヴィルヘルムに狙いを定めていたようですが。
 それはともかく。クルークは先程まで感じていた道化師の殺気が消えたのを不思議がり、本をぎゅっと握りしめながらも考えていました。今なら隙をついて逃げられるかもしれない、と。
 彼が本の魔力を導き出し、魔法を出そうとしたその時でした。





『クルークー!大丈夫か……ってなんだその魔力?!』





 向こうからアクラル達の姿が見えました。彼の名前を呼んでいることから、あの悲鳴を聞きつけやっと到着したのでしょう。
 彼の近くに到着した…のはいいのですが、クルークの持っている本から邪悪な魔力が溢れていることに気付き思わずしかめっ面。何せ彼らの背後にある蔵の邪悪な気配よりも強いんですから。



「蔵がある…ということは、あの中に邪神の集めた刀剣があるのでしょうね。しかし、何故少年の持っている本からの邪気の方が強いのでしょうか?」
「考えるのは後にしろ!クルークを助けんぞ!―――揺らめけ、炎よ!!」



 彼の本については、目の前の道化師を何とかしてから話を聞いても遅くありませんからね。そう言い放ち、アクラルはその道化師に向かって炎の魔法を一発。ストレートに飛んで行った為、軌道を読まれ避けられましたが隙は与えることが出来ました。今のうちにクルークを助けましょう!



「おいクルーク!座ってないでこっちに来やがれ!!」
「う、うん!」



 クルークに声をかけて、こちらに逃げるよう促します。その様子を見つつ、彼は敵情視察をしていました。記憶を書き換えられていたベリアや自我を失っていたベリトとは違い―――タナトスは見た目上は自我をしっかりと持っているとアクラルは感じました。
 炎による煙が消えた後も、彼が襲ってくる気配はありません。そんな行動に、アクラルは戸惑いを覚えました。



「襲ってくる気配がない…?どういうことだよ」
「…………」



 どうやらタナトス側もこちらが攻撃をしてこないと察知し、なんと斧を仕舞ってしまいました。警戒を解かない彼らでしたが、タナトスはそのままアクラル達の元まで歩いてきました。
 何を考えているんでしょうか…。そのまま彼らに向かって真っすぐ目を向けるタナトスに、思わずアカギが口を開きます。



「戦わないのか…?」
「―――貴様らが戦う気があるのならば。無いのならば、無用な殺傷を増やすこともあるまい」
「……あれっ?なんか拍子抜けしちゃうんだけど。ぼくいっぱい兵器とか仕込んで来たんだけどな~」
「意外な返答だな。……だったらその蔵、壊させちゃくれねーか?その中に何があるかはもう分かってる」
「……そうだな。出来るならば私も壊したいのだ。この『蔵』を。この蔵こそが、あの門を生成している『核』の1つなのだから」
「……蔵が、核の1つ…。邪悪な霊力はそれだというのですか…」



 タナトスも、もう戦うのに疲弊していたようです。戦う必要がないのなら、と彼らに話を持ち掛けてきたのです。
 仲間の道化師を次々道具のように扱うアンラに、タナトスの心も耐えられなかったのでしょう。まだ、彼の中ではメフィストの方が何倍もマシだと思える程に。
 そんな彼の心情を聞いたアクラル達は、どうすればいいのか分からなくなりました。蔵は壊さねばならない。しかも守っている筈のタナトスも目的が一緒。ならば壊せばいいだけの話ですが…。壊してしまったら、彼の身が無事では済まないことは誰もが分かっていました。



「『壊したい』って…。オメーはどうなるんだよ。オメーもその蔵守る為に、あのクソ邪神になんか言われてんだろ?」
「あぁ。だが…もう、疲れたのだ。メフィスト様も消滅した。ベリアもベリトも消滅した。他の道化師達も自らの保身の為に魔界に帰って行ったよ。―――こんな顛末、誰が望んだんだ」
「……そう思うなら。協力してくれ。…俺達はここの蔵の刀剣達を救わなきゃならない…」



 頭を下げ、アカギがアクラルにそう頼みました。そう。『核』を壊すのもそうですが。彼らの目的はその中にある刀剣達を救うこと。サクヤと大典太から託された、ソハヤや秋田達との約束を果たすこと。
 その為に手段は選んでいられませんでした。相手が『壊したい』と思っているのだから、協力してはくれないかと。アカギはそう、真剣に頼んだのでした。彼の行動に数珠丸の感銘を受け、一緒に深く頭を下げます。
 彼の真摯な行動に、タナトスは『アカギの決意は固く、揺るがないものだ』と感じていました。



「刀剣男士が邪神等に惑わされることなど…あってはならんことだからな。もし協力してくれるというのであれば―――俺達も穏便に話を済ませよう」
「それによ。ベリアもベリトも『消滅した』ってのはちょいとちげーな。ベリアは奇跡的に人間に戻れて、今は人間らしい人生を送ってるよ。ベリトも―――消滅しちまったのは事実だけど、最後の最後に。人間としての記憶を取り戻した。
 だから…オメーが思ってるような悲惨なことにはなってねーよ。安心しやがれ」
「…………」



 アクラルから彼女達の事の顛末を聞いたタナトス。その表情は―――まるで人間のように穏やかでした。本当に彼らのことを心配したからこそなのでしょう。
 ―――『道化師だって元々は人間。被害者なんだ』。過去に誰かが言った言葉が脳裏に蘇ります。



「そう、か。そうなのか…。お前達が救ってくれたのだな、あの2人を…」



 小さく呟くと、彼は何かを決意したように蔵の中に案内することを彼らに告げました。
 思わぬ返答に一同も驚きを隠せません。まさか、信用させて騙す作戦かとごくそつくんが問いましたが、タナトスはそうではないと即座に反論。
 ―――本当に彼らを騙す魂胆ではないようです。



「……いいのかよ?俺達に協力することは…多分あいつにも筒抜けだぜ。何されるか分かったもんじゃねーんだぞ」
「あぁ、分かっている。そんな覚悟がなくてはこんな言葉…出てこないだろう?この蔵はアンラの邪気で造られている。その邪気を完全に祓うことが出来れば…この蔵は破壊できるだろう」
「邪神の邪気…。大典太殿の時と同じですね」
「ならば物理的に破壊してしまえばいいだけの話になる、が…。それでは中の刀剣が傷付いてしまう可能性があるな」
「私もそう思う。だから―――」



 蔵の中にあるアンラの邪気を全て祓うことが出来れば、蔵は破壊できるとタナトスは告げます。その邪気を払う方法―――。タナトスは真剣な表情をして、数珠丸の方向を向きました。





「数珠丸恒次。お前の力を借りねばならない」





「私の…?」
「………?」




 大典太があの幻の本丸で思っていたこと。三日月が幻の学園で察したこと。もしかしたら―――。本当なのかもしれません。
 数珠丸は突然そんなことを言われ、眉をひそめていたのでした。アカギはそんな数珠丸を、ただ心配そうに見守ることしか出来なかったのでした。

#CR10-8 -2 ( No.83 )
日時: 2021/07/18 22:02
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: Dbh764Xm)

「数珠丸さんの力が必要って…どういうこと?」



 タナトスの言葉にすかさず疑問を問いかけるクルーク。まるで数珠丸の内に秘める異常な霊力を知っているかのような口ぶり。誰かに教えてもらったりでもしたのでしょうか。
 彼の疑問にタナトスは『確かにな。私が知っているのは通常であればおかしいな』と答え、改めて一同に話し始めたのでした。



「貴方がたは…もしかして、我々の出自をご存じなのですか?」
「メフィスト様亡き後、天界で話を聞いた。この世界にある天下五剣は『特異な霊力を持っている』と。……目の前で、その闇に染まった天下五剣の一振も直に見たぞ」
「あー…。鬼丸と童子切はクソ邪神の手元にあるんだったな。そりゃ話聞いててもおかしくないか…」



 数珠丸のその異常な霊力。それを利用して、蔵の中にある邪気を全て祓ってしまおうとタナトスは考えていました。アンラですら関心させる、異常な霊力を持った五振の刀剣…。彼らならば、自分達にかけられた呪縛も解いてくれるのではないかと。タナトスは希望を抱いていたのです。
 そんな彼の言葉に、数珠丸もどこか思うことがあったようで…。その頼みを、静かに首を縦に振ることで承諾したのでした。



「…承知しました。蔵の中に案内してください」
「そうか。感謝する、天下五剣よ。―――道化師の苦しみも、これで終わりにしてくれればいいのだが」
「そういやよ。メフィストが消えてずいぶん経つけど…あいつらに道化師にされた奴は今どうなってんだ?」
「人間だった頃の記憶は既に皆失っているさ。ただ、崇拝する主が消えたから…日々を必死に生きているんだろうよ」
「あるべき人生を歩めないというのは哀れなものだが…。救えないというのも皮肉なものだな」
「ま、でもさ~。ぼくたちは少なくとも莉愛ちゃんとベリトは助けてるわけだし?そう心苦しく思うことも無いんじゃないの~?」
「……そうだ。普通であれば、長い間別の姿に変えられた者に人間の記憶を取り戻すことは不可能だからな」



 言い終わると、タナトスは早速蔵の中に案内してくれると言葉を続けました。しかし…全員で行ってしまっては、仮にアンラがこの蔵を襲撃してきた時に対処が出来なくなってしまいます。
 話し合いの結果、蔵の前にアクラルとごくそつくんが残り、それ以外の面子は数珠丸、タナトスについて行くことになりました。



「くれぐれも気を付けろよアカギ。どれくらいの刀剣が仕舞われているか知らねーが、中からとんでもねー『負の気』を感じる。あいつに植えられた恨みとかつらみとか全部ぶつけてくる可能性があっからな」
「あぁ…。だけど、数珠丸をここで待ってる訳にも行かないからな…。『主』って呼ばれてるからには、その責任はきちんと取るから…」
「そんなに過剰に心配しなくとも、数珠丸殿ならば大丈夫だと思うがな。……どうした。俺の言葉が信じられないのか」
「いえ、主は単純に気遣ってくださっているのですよ。……お心遣い感謝いたします主」
「いちお~ぼくは外で待ってるね~。大包平くん、なんかあっても戦わずに逃げるのも大事だからね~?きょひょひょ!」
「敵前逃亡など俺の心情に反する…が、得体のしれないものだからな。肝に銘じよう、主。それで……少年。ここで待っていなくていいのか」



 アカギは数珠丸と最初から一緒に行くことを決めており、大包平は『刀剣男士は自分で助ける』と自分で言っていた為ついて行くのは分かりますが…。彼は再度クルークに待っていなくてもいいのか、と確認をしました。
 クルークがついて行く理由はありませんからね。この場所より危険な可能性が高い以上、待っている方が得策なこともあります。しかし…彼の決意も揺らいではいなかったようです。小さく首を横に振り、自分もついて行くと答えたのでした。



「もしこの本と同じ目に遭ってたら…それこそ苦しいじゃないですか。ボクの知恵が役に立つことだってあるかもしれないじゃないですか!」
「ほう。そこまで断言するのならば俺はこれ以上何も言わん。だが、弱音を吐いても自己責任だからな」
「……そろそろ話を切り上げて、蔵の中に行くぞ。皆、準備は良いだろうか」



 改めて確認を一同に迫ると、皆一様に無言で首を縦に振ったのでした。
 その様子をしかと見たタナトスは、黙って蔵の鍵を開けます。……扉の隙間からの霊力でも分かる。この蔵の中には―――仕舞われている全ての刀剣男士の感情が籠っている、と。
 静かに中に入っていく3人と二振の背中を見守りながら、アクラルは無事に戻ってくることを心で祈ったのでした。





















~天界の蔵 内部~



「…………」
「かなりのものだと想像はしていましたが…これは…」



 蔵の中は殺風景でした。ただ、壁に多数の刀剣が無造作にかけられている。長年手入もされていなかったのでしょう。場所によっては埃が舞ってしまっています。
 ……一同が感じたのはそれだけではありませんでした。アクラルが示唆した通り……。





『主!どうしてなんだ!何故本丸を解体するなどと……!!』


『酷い…。かわいいでしょ?かわいいって言ってよ!なんで俺達を見捨てるんだよ!!』


『もう主は僕達のことなんて見向きもしない。その目がもう、雅ではなくなったんだ』


『一緒に世界を作る言うたのは…嘘やったんやか主…!なぁ、答えとーせ主…!』


『写しとか写しじゃないとか、関係ないって主は言ったが…。主は変わった。政府のせいで主が壊れた…!どうしてくれるんだよ!!』





 そこかしこから、刀剣の『声』と思われるものが耳に入ってきたのです。自分達に向けられているものではないのは誰もが分かっていました。ですが…その心の声はあまりにも悲痛なものでした。彼らが邪神に悪夢を見せられているからそうなっているのか。実際、過去に辛い思いをしたからなのか。
 鳴りやまないその負の声に、思わずクルークが涙目になってしまいます。そんな彼の背中を数珠丸が優しく擦りました。



「そのご本を絶対に離さないように。邪悪な力でも…今は貴方を守ってくれるお守りになってくれている筈ですから」
「……はい」
「でも、クルークが耐えられないのも俺は、分かる…。実際に聞こえてきた声だけじゃない。沢山の刀剣の負の声がこれほどまでに強まっている…。―――一体、どれ程の期間この蔵に仕舞われていたんだ…」
「私は最近この蔵を任されるようになったのでな。アンラの邪気に耐えられぬと思い、今まで開けられていなかったのだ。だが、これだけ多くの『負』が一斉に襲い来るということは…」
「俺が思っている以上の長い期間、この蔵に封じられていたということになるのだろうな。くっ…もっと早く助けてやれば苦しまずに済んだものを―――!」



 あまりに強い負の声に、思わず拳を握りしめる大包平。ただ、彼一振でもどうにもならなかったことは事実。このタイミングで助けられるのは…きっと幸せなことなのでしょう。
 目的の場所は蔵の2階だというので、タナトスに黙ってついて行く一同。……そんな中、彼がクルークにふとこんなことを聞いてきました。



「少年。聞きたかったことが1つある。その本は何なんだ?」
「……この本」
「私が斧で一度お前を襲ったことがあるだろう。その時に出た魔力が気になってな」



 タナトスが気にしていたのはクルークが持っている本の魔力のこと。蔵のものよりも強い、邪悪な力を感じたと彼は言いました。
 クルークはしばらく無言を貫いていましたが、しばらく考えて頭の整理が出来たのか重い口を開いたのでした。



「この本には、世間では邪悪って謳われてるマモノが封じられています。ボクはその本の魔力を借りて、自分の魔法の効果を高めているんです。煩いヤツだけど、悪いヤツじゃないとボクは思っています。
 でも…。この世界に飛ばされてから、本から出てこなくなって。さっき、タナトスさんに襲われるまでうんともすんとも言わなかったんです」
「…成程な。『紅きマモノ』は強大な力を持つ。かつてメフィスト様も封印のきろくという書物を探しておられたのだ。まさか―――お前のような一介の少年が持っているとは思っていなかったがな」
「タナトスに襲われるまで本から一度も出てこなかった、か…」



 クルークの言葉を聞いて、アカギは考えます。何か引っかかりを覚える中、本部にやって来た後の彼の行動を思い返してみました。そして……1つの過程に辿り着きました。
 そういえば。彼の面倒を見る等と言って、交流を深めていた少年の姿の化け物が近くにいたことに気付きました。……まさか、その『彼』がマモノを封じでもしていたのでしょうか?



「…エムゼ、かな。あいつ…クルークの面倒をよく見てくれていたと思うし…。その最中にでも本に細工を仕掛けることなら、神であるあいつなら簡単に出来る筈だ…」
「あの道化師から本の魔力を悟られないようにする為…でしょうか。それにしては少々やり方が過激だと思うですが…」
「恐らく、音神も心配しているのだろう。少年が魔の力に見初められてしまわないように、な。……こう、話をしていると既に手遅れな気もするが」
「マモノは封印されてからずっとひとりでした。それが苦しいっていつも言ってました。……前に一度だけ、この本の封印を解いて―――そのマモノに身体を乗っ取られたことがあるんです。だから、なのかな。
 あいつに苦しい思いをしてほしくない、って思っちゃうのは。本の中―――本当に暗くて、何も見えなくて、静かで、冷たくて…。あいつの『ひとりは嫌だ』って気持ちが分かるんです。なんとなく」
「(あぁ。だからでしょうか。大典太殿がやけに彼のことを気にかけていたのは…。彼も長年封じられていたから…分かるのでしょうね。『封じられる側』の苦しみが…)」



 クルークの話を聞いて、一同は押し黙ってしまいました。タナトスを守っていた時に感じた邪悪な力。蔵のものよりも強いそれは、彼の身体を確実に蝕んでいるということに。ですが…彼の気持ちも分かっていました。本の中の存在を思う気持ちに邪な気持ちはない。純粋に『マモノ』のことを心配しての発言なのだと。
 数珠丸はようやく合点がいきました。大神殿で何故大典太がクルークにあんな言葉をかけたか、を。
 そんなことを考えている矢先、タナトスの足が止まりました。どうやら目的地に到着したようですね。



「あっ、あれは―――」



 クルークが指さした先には、紫色に禍々しく光る宝玉が鎮座されていました。アオイの島にあった、ハスターの紛い物を呼ぶ為の宝玉によく似ています。
 タナトスは黙って宝玉の近くまで進み、数珠丸に『これが蔵を生成している』と説明を始めました。



「数珠丸恒次。この宝玉が、邪気を介している媒体だ。この宝玉から邪気を完全に払えば、この蔵は壊れる。刀剣達も邪気から解放されるかもしれん」
「随分と確信のない言い方をするのだな。自信が無くなったか」
「そうではない。心の中にまで沈み込んだ邪気がどうなるかまでは知らん。……現に、私はアンラによって闇に堕ちた刀剣を見ているからな」
「…………」
「だが…この宝玉を破壊せねば、邪気に苦しみ続けるのも事実だ。―――『核』を壊すんだろう」
「……ええ。助けられる命を放置し、おめおめと帰る訳にも参りません。……やりましょう」



 そう言って、数珠丸はタナトスに教えられるがままに宝玉の前へ。そんな彼を心配したのか、すかさずアカギも『自分もやる』と彼の隣に歩いてきました。
 宝玉からは禍々しい霊力が溢れ出ており、早く納めねば解放されないことは明白でした。



「主。…大丈夫なのですか。私一振でも…」
「俺もやる…。俺も神だ…。一柱より、二柱の方が何倍にも力は膨れ上がるだろう…」
「―――了解しました。助力、感謝いたします」



 アカギの決意を聞いた数珠丸は、彼と同時に宝玉にそっと触れました。
 その途端、彼らの触れた場所からバチバチと電気が走りました。純粋な神の力、そして法力と、宝玉の中に溢れる邪気が反発し合っているのでしょう。
 電力を介し、1人と一振にも痛みが走ります。



「………ッ!」
「大丈夫ですか主…」
「俺は、大丈夫だ…。数珠丸、は…」
「これくらい…。なんのこれしき、です。政府に受けた仕打ちに比べれば、なんてことは…」
「数珠丸殿…」



 痛みに耐えながら、宝玉に神の力を送り続けるアカギと数珠丸。
 するとどうでしょう。触れ続けていた場所にヒビが入りました。そこから白い光が漏れ始めました。その強さに思わず本で目隠しをしてしまうクルーク。そんな彼を思ったのか、大包平は彼の真ん前に立ち、光を遮りました。
 もう少しだ、と確信する1人と一振。更に強く念じると、宝玉に入るヒビは強くなっていきます。そして―――。


































『これで…!』
『終わりです!』





 ぱきん。その音を最後に、宝玉は粉々に崩れてしまったのでした。



「う…。光、は…?!」
「もう大丈夫のようだ。光は収まった。―――この場を覆う忌々しい霊力も、な」
「ってことは…。この蔵の邪気を祓うことが出来たんですね!」
「そのようだ…」
「やったぁ!やりましたねタナトスさ―――タナトスさん?」




 空気が澄んだものになり、蔵を覆っていた邪気が全て消滅したことを確認した大包平。もう大丈夫だとクルークに伝えると、彼は嬉しそうにタナトスの方向を見ました。しかし、彼はそこにはいませんでした。




























 彼は、安らかな表情でクルークの目線の先で倒れていたのです。