二次創作小説(新・総合)
- バレンタイン・トロイメライ ( No.421 )
- 日時: 2024/02/14 22:52
- 名前: 夢見草(元ユリカ) (ID: ScqD3.Tj)
次回パートの案が中々思い付かないのと、長編である料理対決の箸休めにかなり短いお話です。雰囲気もいつもと少し違うかもしれない。あと書いた内容と登場人物がマジで誰得ものなので閲覧注意。一応時系列的には料理対決終了直後辺りだと思っていて下さい。
…実は私も他の作者さんと交流をしてみたいけど、某青鳥はもう別界隈のアカウントをたくさん作ってしまっているからなぁ…。下手したらこれ以上アカウントが作れない状態になっていたかもしれない。そうでなくても色々あるし。エッ◯ス?そんな呼称、自分は認めておりません(笑)
「…よお〜し!これで、これで完成だぁ……!!」
都内某所。少女がわなわな震えながら掲げる手にあるのは、4個のチョコレートマフィンが収められた小型の四角い箱。彼女は慎重に、とにかく慎重にそれをテーブルに置いたあと、彼女は慣れない手付きで水色のラッピングを取り出し、箱を丁寧に丁寧に包んでいく。最後にリボン型のシールを貼ってふうっとため息をついた。その横には同じ様に包んだ3個の小型の箱なり、可愛らしくラッピングされたクッキー入りの多くの袋なり、プロの手でラッピングされたプリザーブドの一輪の花が数本あるなど、彼女の家のダイニングは今まさにカラフルな有り様になっている。
「…甘いものが好きな人だけど、だからこそスイーツ全般に詳しいし、素人が作ったものでも喜んでくれるかなぁ;…ううん、マイナスなことばかり考えてちゃダメ!明日は頑張ってギルドに行くぞー!天宮凛音、スイセンします!!」
…おい、多分それ、「推参」と「参戦」が混ざってるぞ。
「バレンタイン・トロイメライ」
そして2/14当日。天宮凛音はギルドの裏庭のベンチにて静かに佇んでいた。何故か?答えは簡単、彼女の目当ての人物がギルドに不在だったからだ。
ちなみにその人物のチームメイトによると、
「まあこれは去年もだったけど、甘ーいものが大好きなミューちゃんにはバレンタインにお仕事がたくさんあるんだよっ!でも今日は『去年ほどは仕事がない』って行ってたし、お仕事が終わったらちょっとギルドに寄るって言ってたからね。もしよかったら待っててあげてねっ!あと僕たちにも手作りチョコありがとーっ♪ マジで嬉しいよ♪」
…とのことらしい。
「確かにそうだったね…!スイーツが好きな人にバレンタインチョコレートのプロモーションを頼むのは当然のことだったよ!これは私のうっかりミスでした!」
当日に出鼻を挫かれた形になったが、元々素直な気質の少女はそこまで気にしていない様子だった。甘いものが好きな彼宛てにチョコレートのプロモーションの仕事が来るのは当然であり、自分のリサーチ不足だったと思い直し、ぐっと伸びをして目当ての人物を待つ。
そして空が澄み渡った青からダークブルーに変化し、時計の短針が「6」を差した頃。
「天宮…!お前、まだ自宅に帰っていなかったのか?お前の保護者は…」
「カミュさん!…うん、うちは共働きだから少し遅くなっても大丈夫なの。それにお友達と交換会をやるから帰りは遅くなるかもって、LINEで連絡はしてあるし!」
「…そうか。まあ、両親に余計な心配は掛けないようにしろ」
彼女の目当ての人物が裏庭に姿を現した。彼の名はカミュ。神秘に包まれた北国の小国・シルクパレスから来日した…いわゆる外人アイドルだ。元は普通の(?)男性アイドルだった彼は訳あって魔法や不思議な力を手に入れ、クロスオーバーギルドのメンバーの1人になり、一般人(?)の女子高生である凛音との親交を持っているのだが、まあ今回それに関しては特別関係ないので割愛しよう。彼は日が暮れたこの時間に学生の少女がまだギルド内にいたことに少し驚いたのか少し目を見開き、やがてそのまま拳ひとつ分の空間を空けて少女の横に腰を下ろした。
「嶺二さんから聞いてるよ。今日はお仕事がたくさんあったんでしょう?…お疲れ様でした!」
「ああ、まあ…。全てを完璧にこなすのはアイドルとして、QUARTET NIGHTのメンバーとして、そして伯爵として当然の責務だ。それにしても日本のバレンタインデーという行事は不可解極まりない。何故女がチョコレートを手にして意中の相手に告白する日と化したのか?まあ、チョコレート菓子を理由もなく無尽蔵に食せる日というのは俺にとってかなり都合が良いが」
「そうだよねぇ…。本当は男女関係なくお友達や大切な人へ花束とかを贈り合う日なのに。でも、お菓子やチョコレートを贈り合うのも素敵だと思うわ!…あっ、そうだ!確か色々なことに詳しい真理子ちゃんは『日本のバレンタインは製菓会社の陰謀でこうなっているのだ!』って言ってたよ!」
「おい天宮、奴の言うことは一々間に受けるな。…ふむ。しかし仮にそれが本当ならば、『製菓会社の陰謀』とやらには感謝せねばならぬな?本来はヴァレンタインヌス司祭の殉教の果てに血塗られた日だと言うのにな」
「うわぁ…;でも日本はあまり宗教に興味がないからね。…それは私もなんだけどね!難しいことが多いから…。そう言えば今まで聞いたことがなかったんだけど、シルクパレスにはキリスト教とかイスラム教とかの特別な宗教はないのかしら?いつもカミュさんの故郷のお話しを聞いてて思ったんだけど、シルクパレスって特別な文化が多いらしいからずっと気になっていたの」
「ないな。宗教への過剰な熱意は王家への忠心の邪魔になる。…ヴァレンタインヌス司祭の件といい、庶民の救心のひとつにはなるのかもしれぬがな」
「ほええええ……」
…夕刻、寒空の下、男女が並んで話す会話がこれである。色々と突っ込みたいところはあるかもしれないが、この光景を両者とも親交のあるとある少女が見たらこう言うだろう。
「またあの2人は…。でもまあ、あの2人に関してはいつものことよね」と。
「宗教やヴァレンタインヌス司祭についてはもういいだろう。この時期には俺宛てにチョコレート製菓の仕事がよく回ってくる。…本当は2月14日が誕生日の神宮寺が1番適しているのかもしれんが、なんせあ奴はチョコレートが1番の苦手だ。それゆえ、俺に奴の分の仕事が回ってくるのだろう。ひと月前だが俺も冬生まれだ。遅れた誕生日への取材と、甘味好きだから本人の機嫌取りにちょうど良いと考えているのだろうな?…愚民どもめ、貴様らの考えていることなど掌握済みだぞ?」
「?…え、依頼してくる人たちの考えが分かっているのに、それなのにわざわざカミュさんがお仕事を持ってくる人のために動くの?もし嫌なお仕事が来ても?」
「当然だ。…学生のお前にとってはピンと来ないかもしれんがな、仕事はWSTの依頼と同義。俺の適正や力量を見込まれて依頼されたものだ。だからこそ余程外れたものでない限り、敢えて俺側がとやかく選ぶものではない。持ち込まれたものは余程の理由がない限りは受けてやる。それに仕事の産物で好物のスイーツが食べられるというメリットもあるだろう?稀に依頼主が不快極まり奴である可能性もなくはないが…少なくとも激辛料理の食レポを持って来られるよりかは100倍マシだ!」
「な、なるほど…!さすがカミュさん!お仕事の中にも自分の楽しみを見出しているんだね!…でも、レンくんはバレンタインデー生まれなのにチョコレートが1番嫌いだなんて…。レンくんもすごく大変だよねぇ;…だからね、私も彼には今日はお花をプレゼントしたよ!」
「まあ、奴もアイドルになるまで色々とあったらしい。そもそもチョコレートがなくとも『レディ』や『マダム』とやらの大量のファンレターに囲まれているし、そう悲観してやるな。…ん?おい、花だと?お前が神宮寺に?」
「うん、お花。お花に詳しい鈴花ちゃんに聞いたんだけど、ちょうどアカシアに『友情』って意味があるから贈りました!レンくん、ウィンクして喜んでくれてたから本当に良かったよ!…あ、甘いものが苦手なナカジくんとか、トキヤくんとかにも贈ったよ!」
「…ふん、そうか」
伯爵アイドルの青年はそう吐き捨てたあと、眉間に皺を寄せながらも、突然自分のスマートフォンを取り出し軽々と操作していく。やがてあるものが映り出した写真が彼のスマートフォンの画面に表示された。彼はそれを少女に見せながらこう続ける。
感想まだ
- バレンタイン・トロイメライ ( No.422 )
- 日時: 2024/02/14 22:58
- 名前: 夢見草(元ユリカ) (ID: ScqD3.Tj)
……
「見ろ天宮。これは中々拝めるものではないだろう?」
「!?…うわぁ、すごい…!!」
それはとあるSNSの投稿画面だった。そこには手の凝らしたチョコレート菓子が撮影されており、これの製作者は製菓関係者か、そうでなくてもお菓子作りに精通している者であることが一目で理解できる。しかもよく見ると、あるハッシュタグが付いており、賛同を表すマークや拡散を表すマークに大量の数字が付いているのが見えた。
「か、カミュさん、これは…!?」
「ふっ、よく聞け天宮!俺のファンを名乗る愚民ども、及びお嬢様方がわざわざ俺の為に製作したというチョコレート菓子のフォトショットだ!」
「おおおおお〜!?ふぁ、ファンの皆さんが!?すごい、すごいよ!こんなにすごいお菓子を作れるファンの方がいるなんて…!?」
「まあ此奴は投稿された内容を見る限り製菓関係者だそうだ。その力量を生かしての作品の出来栄え、当然といえる。…愚民の自己満足とはいえ、これは称賛に値するものだろう?」
「So Wonderful!!私もこの方にお花を贈りたいくらいすごいわ!…だけどこの人はどうしてSNSにアップしているの?カミュさんに見てもらうため…?ううん、それだけならファンレターにお写真を添えて贈ることだって…?それに、こんなにすごいお菓子ならカミュさん本人に贈ればそれこそとても喜んでくれるはずなのに…!?」
「…よく考えろ天宮。俺はアイドルだ。このクロスオーバーワールドではそうでもないが、俺たちが本来住む元の世界で俺たちは不特定多数のファンに名前と顔、僅かばかりの個人情報を晒している。もちろん正しきファンである愚民ども、及びお嬢様方は過ちを犯すような真似はしないだろうが…。世の中にはどんな考えを持つ輩がいるか分からん。……例えば、プレゼントと称して意図的に毒物や劇物を混入することだってな」
「ひっ…!?」
「…だから、俺たちの属するシャイニング事務所ではいかなる場合であってもファンからの『物』は受け取らない決まりになっている。ファンレターは有り難く受け取っているが…。それにも残念だが、物や綴られている内容によっては処分するものもなくはない。俺たちの手元に届くまでに全て月宮や日向が選別している。あ奴らの手が空かぬ時は俺が愛島や他の後輩どものファンレターを選別することもあるな。…アイドルはステージに立ち観客を魅了する華やかで煌びやかな面が強調されるが、裏ではこういうこともあるということだ」
「……ごめんなさい。私、何も知らなくて」
「謝罪は求めていない。それにあの逃走中で俺たちやアイドルについて詳しく知ったお前が、このような側面を知らずとも無理はないことだ。無知は戒めるべきではあるが、恥じる必要はない」
「……」
「いい加減顔を上げろ。…だからこそ、ファンの間でこのような投稿をするのだろうな。わざわざハッシュタグまで付けて…。少しでも俺の目に届くように、と。ふっ。その心意気は殊勝だと認めてやる。俺が直々に対応せねばならんな」
「…カミュさん。ファンの皆さんにお返事を書くの?」
「返事というより、まあリプライだな。この俺直々に返信したとなれば、全愚民が平伏するだろうよ。…24時までに終わるかどうか」
「…この投稿、今の時間だけでも沢山あるもんね…。えっと、もう123件もあるよ」
「まだまだ増えるだろうよ?この俺に魅了された者がいる限りは、な?…しかし、元となるリプライを作成するのはいいが、流石に全て同じリプライを送り付けるのは不誠実だな。愚民ごとに多少は変えてやらねばならんな。…それにファンの者たちが『愚民』としての対応か、『お嬢様』としての対応を求めるかについても見極めねばならん」
ここで補足しておこう。カミュは元は社長であるシャイニング早乙女の指示により「執事系アイドル」として演出されていた。その際は常に敬語で誰に対してもにこやかに柔和に対応し、ファンの人々(主に女性)を「お嬢様」と呼んでいた。アイドル活動中はその状態をチームメイト兼仲間である嶺二や蘭丸や藍、セシルをはじめとした後輩たちの前でも続け、仮に性格柄常に口論が絶えない蘭丸やセシルとの撮影でも、カメラが回っている仕事中の間だけは柔和に対応していた。単刀直入にいうと本来の彼とは全く違うキャラ付けで売っていたわけだ。…ところが一体なんの心境の変化があったのかクロスオーバーの世界を知って以降、カミュと彼のチームメイトであり同じように本来とは違うキャラで演出されていた藍はそのキャラ付けをやめて、本来の自分のキャラクターをそこまで隠さずに「これが俺(僕)だ」と売ることに決めたのだ。もちろん当時の世間の反発は言うまでもなく、「裏切られた!」と憤慨したのち彼らのファンを辞めると公言する元ファンもいないわけではなかった。だが、少なくとも2人とも表向きは全く動じなかった。…後にそれでも堂々と活躍するカミュと藍に感銘を受けたのか、それとも単に「これもまあ面白い」と彼らの本来のキャラクターもそれなりに受け入れられたのか、少しずつ世間も「本来の彼ら」を受け入れるようになった。むしろ今では「藍くん、『なにアンタ、非効率的が過ぎるんだけど…。あり得ないでしょ』と蔑んだ目で見下ろしてください」「カミュ様、愚民と呼んで罵って下さい」「もういっそ2人で一緒に私のことを踏んでください」などという一風変わった…いや、本来の彼らそのものに魅せられたファンも多く登場しているのだ。
ちなみにカミュと藍も急なキャラ変やかつての「演出された」自分にも魅入られたファンへの対策を考えていなかった訳ではなく、特に握手会などのファンとの交流の際は自分のファンに「どちらの対応をして欲しいか」とわざわざ聞いた上でファンの望む方の対応をしているとか…。中には「途中まではにこやかな執事モードで、最後は『…などと言うと思うたか、愚民めが!』と罵って締めて下さい」などと指示してくる高練度のファンもいるらしい。これには彼らをプロデュースした張本人の社長である早乙女も「ミスター美風もミスターカミュも、ベリー強かデース…」とぼやいたとか、ぼやかなかったとか。
「藍くんもカミュさんも本当にすごいよねぇ…!キャラクターが違ってもこんなに人気があるなんて!…私は2人を知ったのはあの逃走中の時に会ってからなんだけど、少しだけ知っていた美園ちゃんは『本当に、もう今とは別人みたいだったんだから』ってとっても驚いてたわ!」
「ふっ、この俺そのものに魅力があるのだから当然だ!紆余曲折はあったが執事モードも本来の俺もファンに受け入れられたのだ、良しとしよう」
「そうだね!…ねえ、このフォトショットズ、もっと見てもいいかしら?」
「ん?…なんだお前、個別のSNSはやっていないのか?このタグで検索すれば容易に出てくるが」
「うん。真理子ちゃんはすごく詳しいけど、私はSNSはごちゃごちゃしているからよく分からなくて…。前に少しやろうと思ってたんだけど、結局すぐやめちゃった。それにフォトはそのままスマホのカメラで撮ればいいし、LINEがあればみんなに連絡は取れるし」
「……はぁ。仕方あるまい。ほれ」
カミュから彼の携帯電話を手渡され、凛音はスマートフォンの画面に注目する。自分の真横に座るカミュが自分のメモ帳を取り出しファンへのリプライについて考え出す中、画面をゆっくりスクロールしてチョコレート菓子の写真を見ていく。そのどれもが上出来の品であり、キラキラと輝いていた。製作者たちの腕がいいのは当然だが、何より彼女たちは全て自分が魅了されているアイドルを想い、心を込めて丁寧にお菓子を作ったのだろう。
(ファンの皆さんとこのお菓子たち、本当に全部すごいわ!もしチョコレートがお題の料理対決なら全部☆4以上が取れると思う…!それどころか、一部は私が見るのもおこがましいようなプロ級のものだってある…!)
そこまで考えた中で、少女はふとこう思った。
「私の作った素人丸出しのこんなチョコレートは、彼に渡すのに相応しくないのではないか?」と。
感想まだ
- バレンタイン・トロイメライ ( No.423 )
- 日時: 2024/02/14 23:07
- 名前: 夢見草(元ユリカ) (ID: ScqD3.Tj)
……
「……ねぇ、カミュさん。今日はチョコレートのお菓子に関するお仕事が沢山あったんだよね」
「ん?唐突に、何を当然のことをほざくんだお前は?」
「それは全部、プロの方が作ったお菓子だったんだよね?」
「そうだ、製菓のプロモーションだからな。…ああ、あれは特に美味だったな。さすがは著名なブランドの渾身のものだった。もし余りがあればこのギルドに持ってきてやったものを…」
「…だったら、これは、要らないよね……?」
「……は?」
唐突に、小刻みに震えながらベンチから立ち上がる凛音。横の男の手に今まで持っていた彼のスマートフォンを返し、こっそり自分の後ろに置いていた水色の箱を抱える少女。そんないきなり立ち上がった彼女に驚愕しつつも、常に凛と堂々としている彼にしては珍しくただただ呆けるカミュ。先ほどの和やかに談笑していた空間から一変、彼らを知る人からしても知らない人からしても異様な光景が広がりつつあった。
「ごめんなさい、カミュさんに渡すのにこんなものを作ってきて!?こ、これは今すぐ捨ててくるね!?」
「お、おい待て!?それは一体何だ!?それに捨てる、など…!?」
「その、バレンタインデーだから私もカミュさんへ渡すチョコレートのお菓子を作ってきたんだけど、だけどお仕事で美味しいものを食べてきて、ファンの皆さんからもこんなに素敵なお菓子のフォトやメッセージを頂いているなら、もうこれは要らないかなって!」
「天宮!?お前は俺宛てにチョコレートを作ってきていたのか!?…おい、何故それを捨てるなどと言う!?」
「だって、だって申し訳ないよ…!こんな素人丸出しで、みずぼらしいものなんて…!私、自分が恥ずかしい…!!」
「素人!?みずぼらしい!?…おい話を聞け天宮!…天宮!!」
凛音は自作のチョコマフィン入りの箱を持ってダッシュでギルドの燃えるゴミ箱へ向かおうとしたが、伯爵アイドルの青年はそれを慌てて追いかけ彼女の肩を掴み、自分の方へ振り返らせた。
「…人の話を聞けと言っているだろう、貴様…!!」
「カミュさん!?…でも、こんなもの…」
「でもではない!…それは、お前が俺のための貢物として用意したものだろう!?自分が用意した物を『こんなもの』呼ばわりするな!それに貢物に汚いもみずぼらしいもあるか!!」
「…こんな、素人が作ったってすぐ分かるようなものだよ?」
「普通科の高等部の学生のお前が製菓に関して素人なのは当然だろう!?……それに、お前には俺がプロの製菓と素人が作ったものをわざわざ比較するような、無神経で外道なアイドルに見えるのか?」
「……ううん、カミュさんはそんな人じゃない。カミュさんは、誰に対しても厳しいけど、その分誠実で真摯に向き合ってくれる人……」
「…ふん。誠実かも真摯かも分からんが。…ともかく俺たちQUARTET NIGHTと、後輩どもST☆RISHは『シャイニング事務所の正所属アイドル』としてプレゼントは受け取れん。だが、『WSTinYの正規メンバー』としてならプレゼントを受け取ることは出来る。だから神宮寺らもお前の花などを『プレゼント』として受け取ったのだろう。…それに、お前はこのSNSの奴らとは異なり、俺に直接バレンタインデーに用意したチョコレート菓子を渡すことのできる数少ない権利を持つ者なのだ。それなのに用意した貢物を捨てる気か?……だからほら、早く寄越さんか」
凛音の肩からゆっくり手を離し、顔はそっぽを向きながらも手のひらを少女の方へ差し出すカミュ。そんな彼の様子を見て深呼吸をひとつしたのち、凛音は頬を上気させ、耳まで赤く染めて水色の小型の箱を彼に差し出した。
「…あの、本当にごめんなさい!それに初めて作ったものだから、美味しくないかもしれないけど…!それでもよければ、受け取って下さい!!」
「……ああ」
受け渡される箱を通して、一瞬2人の手が重なる。完全に箱が自分の元へ渡ったあと、伯爵アイドルの青年はゆっくり歩いて元いたベンチに戻り腰を下ろす。それにあわせて少女ももう1度ベンチに腰掛けた。
「…カミュさん?」
「…おい。一応聞くが、これは野外で食べても問題ないものだな?ならこの場で食べるぞ」
「えっ!?あの、飲み物は…」
「問題ない。仕事で持参したボトルの紅茶が残っている。…それにお前のことだ。放っておくとまたこれを捨てにいきかねん」
「うっ…;」
先ほどの自分の起こした珍騒動を思い出し項垂れる凛音の横で、カミュは手慣れた様子で箱のラッピングを解く。箱を開けた彼の目の前に飛び込んできたのは、少し寄ってはいるが四つ葉のクローバーを模したように配置された4個のチョコレートマフィンだった。少し不恰好なそれらはひとつずつ微妙に色が異なり、さらに緑、赤、紫、水色のバランがそれぞれの下に敷かれている。特に水色のバランの上に置かれているマフィンはひとつだけ明確に白い。これは言うまでもなく…。
「…俺たち、QUARTET NIGHTを模したものだな?」
「うん。いつもお世話になっているから、どうしても皆さんには個別で作りたくて…」
「それにこの形…。クローバーを模したものか。世界の平和を守るWSTinYのメンバーとしての心意気か?ふむ、殊勝ではないか」
「…え、えっと…」
凛音が何故か頬も耳も朱に染めて俯く中、カミュはまじまじと自分宛てに作られたチョコレートマフィンを観察している。
「…水色のバランの上に乗せられているのは言うまでもないが…。それ以外も全て微妙に色が違うな。これらはチョコレートマフィンに混ぜたものが違うのではないか?」
「!…そ、そうなの!緑は嶺二さんのイメージで、チョコレートの他に抹茶パウダーを少し入れています!」
「ほう、抹茶か。アレの割には落ち着いたものを…と思ったが、アレでも俺たちの中の最年長者だったな。黒崎のものは赤い果実が入っているようだが、これは?」
「ダークチェリーです!あと少しだけラム酒を入れたのと、ベースのチョコレート自体もビターチョコレートにしてるの。蘭丸さんは甘いものが得意じゃないって言ってたから」
「中々手が込んでいるな。あの阿呆を模した物だと言うのに。もう少し手を抜いても良かったのだぞ?…美風のものは?」
「藍くんのは敢えてチョコレートじゃなくて、シンプルにブルーベリーとクリームチーズを混ぜました!…ほら、チョコレートだけだと飽きちゃうだろうし、前に家庭科の調理実習でブルーベリーとクリームチーズのチーズケーキを作ったことがあって、その時の経験を活かせたらって!」
「かつての自分の経験を活かしたのは評価に値する。…そして、俺のものは唯一白いな。まあ大体予想が付くが、これは何だ?」
「ホワイトチョコレート…!カミュさんの祖国のシルクパレスは美しい北国だって聞いているから、それを少しでも表現出来たらいいなって思ったら、こういった形になりました!あとせっかくだから雪を表そうとしたからホワイトのチョコレートチップも入れたけど、オーブンで熱したら少しこげちゃったかな…。あと、それと…」
「?…何だ?はっきり言ってみろ」
「……カミュさんは、とても綺麗な肌をしているから、少しでもそれも表現できたらなって、思っていたんですけど……」
「……」
暫し、沈黙。数分程度か、それとも体感では数時間か。
「……その、食うぞ」
「あ、はい、どうぞ」
白いチョコレートマフィンを手に取り、ひと口齧り、咀嚼して飲み込む。製作者の少女が固まり息を飲む中、青年はひと息つき、こう溢した。
「…美味い。お前は自分をそんなに卑下するな」
「ほ、本当に!?良かったぁ……!!」
脱力したのかへなへなとベンチに沈む少女と、それを横目で見つつも彼女の手製のチョコレートマフィンを食べ進める青年。彼の視線が柔らかく見えたのは、気のせいか、はたまたそれとも…。
「…あっ!そういえばひとつ気になっていたことがあるんだけど、いいかな?」
「む?なんだ?」
「…カミュさん、さっき余程のことがない限り仕事は選ばないって言ったけど…。もし激辛料理の食レポのお仕事が来たら、受けるの……?」
「受けん。神宮寺に回す」
翌日。クロスオーバーワールドの人気番組、「クロスオーバー・ステーション」の楽屋に彼はいた。現在カミュの傍らにいるのはリーダーの寿嶺二。少し離れて席に腰掛けているのは同じくチームメイトの黒崎蘭丸と美風藍。彼らの話題は昨日彼らが受け取ったチョコレートマフィンのことでもちきりだった。
「職業がら覚悟はしてたからね!まさかプライベートでバレンタインデーのチョコレートを貰えるなんて思ってなかった!後輩ちゃんたちに倣ってマジハッピー1000%だよ!…ねえねえミューちゃん!凛音ちゃんからバレンタインのプレゼント、ちゃーんと貰えて良かったね!」
「ふん、あ奴は仮にも俺のコンビパートナーを名乗る者だ。俺への貢物を用意しているのは当然だろう」
「んな言い方はねぇだろ。アイツ、仕事のテメェが来るまでわざわざ待ってたってのに」
「それにしても、リンネの作品は中々凝っていたね。4個あるマフィンの味を全部変えていたし」
「あー、まあ、そうだな。俺のが全部ビターチョコだったのは驚いたぜ。…まあ、初めて作ったって言ってたが、中々ROCKだったんじゃねえの?」
「それにマフィンの形!とっても可愛かったよね!クラブマークをイメージしたのかな?女の子特有のセンスというか…あー!もし妹が本当にいたらあんな感じなんだろうなぁ…!!」
「…嶺二、テメェがセクハラで捕まる前に忠告しとく。やめろ」
「レイジ、やめなよ。下手しなくてもセクハラになるよ?」
「おい寿貴様、セクハラ発言はやめろ。…ん?クラブ?…おい寿?あれはクローバー型ではないのか?」
「ちょっと、みんなしてドイヒーなんだけど!?歳下の女の子に対して『妹みたいだな』って思うだけでそれ!?…え?それにミューちゃんこそ何言ってるの?だって丸いマフィンを4個並べて詰めたら…ほら、いい感じにクラブ型になるじゃん!」
「……は!?」
一方その同時刻。都内某所、夢が丘高校の授業中、天宮凛音はぼんやりと夢想していた。
(…カミュさんにだけハート型にしたの、もし気付かれていたらどうしよう…?ううっ、すごく、すごく恥ずかしいな……)
おしまい
何はともあれ皆さん、ハッピーバレンタインデーです。もし感想があればどうぞ