二次創作小説(新・総合)

Re: ポケットモンスター 救世の姫君 ( No.1 )
日時: 2021/06/28 00:59
名前: 海桜 ◆VYJqzu6hsI (ID: 66mBmKu6)

(……あ、行ったわ)

  暗い廊下を懐中電灯の灯りが通り過ぎたのを確認し、扉を慎重に開ける。
 中から現れたのは、10歳程の少女だった。頭には白いレース付きのカチューシャ、服は長袖の黒いワンピースとエプロン。見た目こそメイドだが、服は何故かだぼだぼ。ワンピースの袖に手は隠れ、スカートの裾も地面に着いている。これは、城で働くメイドの服を失敬したものなので、サイズが合わなくて当然だった。
 少女はワンピースの袖を何回か折って手を出すと、裾を掴んだまま小走りで廊下を走った。
 急ぐと言う気持ちもあるが、一番は恐いからだ。壁にかけられた歴代の王や女王が描かれた肖像画、純金で造られた甲冑像。窓から射し込む月明かりに照らされ、不気味に浮かび上がる彼らに、じっと見られているような気がしていた。
 それが咎めるようなものに思えた、少女はありもしない視線から逃げるため一気に廊下を駆け抜けた。
 廊下を抜けた少女は、誰もいない調理場に侵入し、そこにあった勝手口から表に出る。勝手口から後ろを見上げれば、城が聳え立っていた。白い大理石で作られ、美しいと言われる城。
 ぼんやりしていると、勝手口の向こうで声がした。

「大変だ! 寝室に、ナージャ様がいらっしゃらないぞ」
(もう気付かれた!)

 勝手口の向こうが騒がしくなっていくのを感じながら、少女——ナージャは、迷うことなく目の前にある水路を飛び越え、暗い森の中へと消えていった。

 この世界には、じゃがいものように歪んだ大陸があった。
 大陸の名が、リトスであることからその大陸はリトス地方と呼ばれる。
 そこは、湖や草原など多くの自然が残る。それ故か、様々な地方の生き物が混在し、『果ての楽園』と呼ばれることもある。
 そんなリトス地方の南にあるとある王国から物語は始まる。

 頭上から降ってくるフクロウのような鳴き声だけが辺りを支配する、森。
 空を覆うように伸びる枝のせいで明かりはほとんどなく、真っ暗だった。
 僅かに差し込む月明かりを頼りに進んだナージャは、疲れて思わず木の根元に腰かけた。一応辺りを見渡すが追ってが来る様子はなく、人の声もしない。
 この少女の名は、ナージャ。リトス地方にある王国、フローナス王家の王女である。
 本名は、ナージャ・レジーナ・シュルツ・オールコット・フローナスと呆れる程に長い。
 ナージャは彼女の名前、『レジーナ』は王族の称号のようなもの、そして母親の育て親の姓『シュルツ』、母親の旧姓『オールコット』、現在の姓、要は父親の姓『フローナス』と続くので。
 彼女は背中まで伸ばされた長い金髪に、鮮やかな蒼の瞳を持つ。黙っていれば大人しそうに見える、可愛らしい顔立ちをしているが、今は緊張で強張っていた。

 彼女はある目的の為に、城を脱走したのだ。
 人がいなくても、油断はできない。見付かれば、間違いなく連れ戻されるし王と王妃こと、両親に説教されて警備が厳しくなるのが目に見えている。
 この日のために警備員の巡回経路、警備が手薄になる時間を念入りに調べたわけだが全て水の泡になる。それは避けなければ。

「とりあえず、街に出ないと……」

 足の疲れも回復してきたので、早く森を抜けようと立ち上がった時。

「こんばんは、ですわ」

 誰かに挨拶をされた。何だと思い、足下に視線をやると一匹の生き物がナージャを見上げていた。王冠のように尖ったピンクの結晶。葉に似た耳を持つ頭、ドレスらしい服を着ているが身体は岩と言う奇妙な生き物だった。なんだポケモンか、とナージャは安堵の息を漏らし、えと目を丸くしてポケモンを見つめる。
 ポケットモンスター、通称ポケモン。この世界に住む生き物の総称である。

「…………」

 ただ、ポケモンは普通人間の言葉を話さない。鳴き声で自分の意志を伝えるだけだ。なのに、目の前のポケモンは流暢に人の言葉を話している。そのことが信じられないナージャは、驚きのあまり言葉を失った。

「ねえ、あなたはこちらの森で何をしていらっしゃいますの?」

 こてん、と小さな頭を傾げて質問するポケモン。甘ったるいポケモンの声は、頭の中に直接話しかけられているような感じであることにナージャは気付く。テレパシーだ。

「……旅をしてるの」

 答えないのも失礼だろうと、ナージャは正直に答える。するとポケモンは無邪気に笑った。

「旅? まあ奇遇ですわ、わたくしも旅をしていますの!」
(ポケモンが旅、ねえ)

 スワンナやオオスバメが季節の変わり目に他の地域へ旅をするのは有名な話だが、ポケモンが旅をすると言うのはあまり聞かない。ずいぶんと変わったポケモンのようだ。

「ねえ、あなたのお名前を教えて下さい。わたくしは、ダイヤモンド鉱国(こうこく)から参りました、ディアンシーと申しますわ」
 
 ディアンシー、と名乗ったポケモンは短い手でスカートを摘まみ、一礼をする。その姿は気品に満ち、ポケモンながらみいってしまう。

「ダイヤモンド鉱国?」
「わたくしの故郷ですわ。綺麗な宝石や鉱物がたくさんありますの」

 ポケモンが作る王国など聞いたことがないので、ナージャはディアンシーの言葉をあまり信じていなかった。半ば冗談だと思い、これ以上は聞かなかった。
 ナージャはディアンシーに習い公の場のように姿勢を但し、メイド服のスカートを掴み、優雅に挨拶をする。

「私は、フローナス王国のナージャです」
「ナージャですわね。もう覚えましたわ!」

 えっへんと自慢するように胸を張るディアンシー。
 この出会いが、長い旅の始まり。