二次創作小説(新・総合)
- Re: Faveric《キルミーベイベー×きんいろモザイク》 ( No.1 )
- 日時: 2021/09/02 23:47
- 名前: 綾木 (ID: ANX68i3k)
「……ターゲットを捕捉した。応答せよ」
私の名はソーニャ。同年代の奴らと同じように高校に通う傍ら、職業として殺し屋をやっている。
「……了解。ターゲットを撃破する」
今回は、普段よりも遠くの屋敷にまで来ている。
どうやら今回は近くに引き受けてくれる殺し屋がいなかったらしい。それで依頼が私に回ってきたわけだが、まったく人使いが荒い連中だ。
「…………」
息を殺し、慎重に照準を合わせる。
「スゥ…………」
早まる鼓動を抑え、ゆっくりと引き金に指をかける。
いつも通りの手順だ。
「…………」
そして、最後に引き金を引く。
鈍い発砲音が辺りに響き渡り、弾丸は曲がることを知らないまま一直線にターゲットに向かって飛んでいく。
「うぐっ!?」
命中。ターゲットはその場にうずくまる。
「何事だ!」
「救急車、救急車を呼べ!」
何をしようが奴はあと30分ほどで息絶えるだろう。遠くまではるばる来てやった割には、いつもにまして生ぬるい任務だった。
「さて……帰るか」
任務を終えた今、私がここにいる理由はない。
明日の夜も仕事があることだし、早いところ帰って寝床につくとしよう。
「……よっと」
庭に生えている木の上から屋敷を取り囲む塀を飛び越える。
あとは長い帰路につくだけだ。
「ヒヒヒ……見ぃつけた」
「……!?誰だ!?」
地面に降り立ち、周りを見渡す。
しかし、どれだけ注意深く見回しても人一人の気配もない。
「気のせいか……?」
これは、一種の職業病とでも言うべき症状だろうか。
この殺し屋の仕事を長いことやっていると、道行く人の囁き声や些細な物音、動物の鳴き声にまで過剰に反応する体になってしまうのだ。
「……!」
突然、どこからか私を目がけて何かが飛んで来た。
「おわっ!?」
完全に不意を突かれたが、間一髪でその何かをかわす。
その物体は背後の塀を越えて屋敷の方に飛んで行った。
「……っ!」
左の頬にピリッと痒さを感じた。すぐに、そこから下の方へ何か冷たいものが伝っていくのを感じた。
「クッ……血か……」
どうやら掠ったらしい。
私は懐からナイフを取り出し、臨戦態勢に入る。
「……フン!」
またしても同じような物体が飛んでくる。しかも、今度は三つ……
「クッ……」
私は自分のナイフで、それらを一つ一つ丁寧に処理していく。
それらの物体は、鋭い金属音を立ててその場に落ちる。
「これは……ナイフ?」
私を目がけて飛んできたその物体の正体は、ナイフだった。
今どき私以外にもナイフで攻撃をしてくる奴がいるとは。
「……はっ!」
突然、背後に影が現れるのを感じた。
「油断大敵!」
「しまった!」
遠い旅路をやってきた疲れからだろうか。私は自分に向かってナイフが飛んでくる異常事態にも関わらず完全に敵に背中を向けてしまっていた。
殺し屋というものは、一瞬の隙が命取りとなる。熟練した敵にひとたび背後を取られれば、もはや為す術はない。
「はぁっ!」
どういうわけか私は完全に隙だらけだった。首筋に電気のような痛みが走る。
「ガハァッ!」
やられたのは、恐らく延髄のあたりだろう。
目の前に地面が落ちてくる。
そして、身体は暗闇の奥深くへ。
- Re: Faveric《キルミーベイベー×きんいろモザイク》 ( No.2 )
- 日時: 2021/09/02 23:50
- 名前: 綾木 (ID: ANX68i3k)
「……さい」
「……?」
窓からうっすらと差し込む暖かな太陽の光。その光の向こうから何かが聞こえます。
「忍、起きなさーい」
「ん……アリス……じゃない……?」
私、大宮忍と言います。キラキラの女子高生です!
「忍は本当にお寝坊さんね」
「何だ、お姉ちゃんですか……」
「こら!二度寝しない!」
今日は土曜日。学校がないので、いくらでも寝ることができるはずなのに……
「アリスは忍が起きないからって、もう美容院行っちゃったわよー」
「えぇ!?そんな!どうしてですかアリス!」
「おっ、やっと起きたわね」
そうでした……アリスが美容院に行く前に一度、今のアリスをしっかり目に焼き付けておきたかったのに。
「アリス……少しくらい待っててくれてもよかったのに……」
「まぁ、自業自得ね」
今の時刻は正午。私の起床時間としては休みの日なら当たり前の時間ですが、今日はアリスの外出がある分早く起きる予定でした。
顔を洗い、着替えた後昼食を兼ねた朝食のために食卓に向かいます。
「はぁ……アリス……」
「何いつまでもくよくよしてるのよ」
「私、アリスと半日以上も会ってません……これは明らかな緊急事態です」
「そもそも忍が半日以上も寝てるからでしょ」
アリスのいない朝は、心にぽっかりと穴が開いたようです。
何ていうか……一言でいうと「空しい」です。
「いただきます……」
「忍、目が生きてないわよ」
今日の朝食は、いつもと同じようにジャムトーストです。納豆や白米を食べる和食派のアリスに対して、焼いた食パンにバターとジャムを塗って食べる洋食派の私というのは、我が家における毎朝のお決まりの構図です。
でも、今日のトーストは何だか味気なくて……
「あら忍、起きてたのね」
「お母さん……おはようございます」
アリスがすぐに戻ってくるのは承知の上ですが、こんなにも長い時間会っていないと、胸が締め付けられるように苦しいです。
朝食を食べ終えた私は軽く片づけをした後、部屋に戻ってアリスの帰りを待つ予定……だったのですが。
「あっ、外の掃除忘れてたわ!勇、お願いできるかしら?私今ちょっと忙しくて……」
「私も実は今色々立て込んでて……そうだ!忍、アンタやりなさいよ」
「えぇ~……」
「『えぇ~』じゃない。今日アンタ何もしてないでしょ。このままだと何もできない人間になっちゃうわよ」
私、家事は正直面倒なのであまり手伝っていません。私がやらなくてもお姉ちゃんやアリスが率先してやってくれるので不自由はないんです。
「でも……今の私には金髪分……つまり輝きが不足しているんです!このままではろくに動くことすらできません!」
「何よ金髪分って。訳の分からないこと言ってないで、早く行ってきなさーい」
「……はい……」
外の掃除なんて、最後に私がやったのは何カ月前でしょうか。久しぶりすぎて、箒の場所すら覚えていません。
とりあえず箒の場所だけお姉ちゃんに教えてもらってから、箒を取って外に出ます。
「はぁ……今日も暑いです」
残暑の厳しい九月。世間では九月から十一月は秋だと言われていますが、私は十月までは夏だと思っています……だって、こんなに暑いんですから!
「やっぱり金髪分がなくて、力が出ません…………はぁ、空から金髪少女でも降ってこないものでしょうか」
一人で不満をこぼしながら、早めに落ちてしまった緑色の葉っぱを丁寧に掃いていきます。
「ハァ……ハァ……」
私が門の外を掃除していると、左の方から誰かが近づいてきます。
「……?何でしょう?」
誰でしょうか。恐らく、私と同じくらいの女の子です。見慣れない姿なので、恐らくこの近辺の住民ではないと思いますが。
「ハァ……ハァ……」
「はっ!あれは……!」
よく見てみると、その髪は私の求めていた色をしていました。金色です!
肩に伸びるツインテールのその先まで、それは輝きに満ち溢れています!
「でも……何だか辛そうです……一体どうしたんでしょうか……」
近付いてくるにつれて、その足取りがぎこちないのが分かりました。
どうやら足を引きずっているようです。
身体の方を見てみると、頭の金色とはかけ離れているほどの汚れが目立っています。
私はやっとこの女の子の状況がただならないものであることを理解しました。
「ハァ……ハァ……」
それにも関わらず、すれ違う人たちはみんな見て見ぬふりをしています。
このままではあの女の子が危ない。私が助けないといけないと、見えない何かが私の中に訴えかけてくるのを感じました。
「あの!大丈夫ですか!?」
気づいた時には私は箒を投げ出し、彼女の元に駆け寄っていました。
どうしてかは分かりませんが、何かに突き動かされたような感じです。
「……あぁ!?」
「ひっ……!」
私に向けられる鋭い眼差し。それはまるで獲物を捉えた獣のようで、このままでは私が襲われてしまいそうです。
その左目の下には傷跡がありました。誰かに斬りつけられたのでしょうか、少し血の跡も残っています。
何はともあれ、すぐに手当てをしないといけません。私は、家でこの女の子の手当てをすることを決めました。
「安心してください、私、あなたの敵ではありませんから!」
「……」
返事がありません。よく見ると、その目からもそれほど覇気を感じなくなっています。
「絆創膏とか、持ってきましょうか?」
「……水……」
「……えっ……?」
何かをつぶやきながら、女の子はその場に倒れ込んでしまいました。
「ちょっと!大丈夫ですか!?」
「み……水……」
どうやら水と言っているようです。ここではじめて私はこの女の子が脱水症状かもしれない、と思いました。
「水ですね、すぐに持ってきます!ここで待っていてください!」
どうにか間に合ってほしい。その一心で、私は家の中に駆け込みました。
- Re: Faveric《キルミーベイベー×きんいろモザイク》 ( No.3 )
- 日時: 2021/09/02 23:55
- 名前: 綾木 (ID: ANX68i3k)
家の中に駆け込んだ私は、靴も脱がずに台所に放置されていた2Lサイズの水のペットボトルを抱え、再び玄関に向かいます。
たまにお使いを頼まれるとき、この2Lサイズの水というのは非力な私にとっては厄介以外の何ものでもありませんでした。でも、今日は不思議と重さを感じません。何だか、このボトルが意思を持って外へ向かい、私がそれに引っ張られているような、そんな感じでした。
外に出ると、女の子は私の家の塀にもたれかかるようにして座っていました。すごく憔悴しきった様子で、覇気どころか生気すらも感じられないほどです。
「はい!これ、飲んでください!」
私はボトルの蓋を開けて、それをそのまま女の子に手渡しました。
「バカ……こんなに……」
「遠慮は要りませんよ。いくらでもどうぞ!」
女の子はボトルのサイズに戸惑った様子でしたが、あまりに喉が渇いていたのか、すぐにボトルに手を伸ばしてくれました。
「……あっ……」
でも、女の子の手はそのボトルの重量に耐えられず、つかみ損ねてしまいました。ボトルは完全に横を向いてしまい、中から水が滝のようにこぼれて、熱を帯びた9月の路面を潤していきます。
「……すまん……」
「大丈夫です!私の方こそすみません……今度は私が飲ませてあげます!」
「いや……さすがにそれは……」
「遠慮はしないでください!さぁ!」
「大丈夫だって言ってるんだ……それ、よこせ」
人前で恥じらいを感じたのか、自分で飲むと言って聞かないので、私は結局女の子にそのボトルを渡しました。女の子は何とものの1分でそのボトルの水を飲み干してしまいました。
「どうですか?少し楽になりましたか?」
「……あぁ……その、水に関しては、感謝する」
何とか重度の脱水症状は回避することができました。
女の子の体に水分が行き渡り、彼女に活力が戻ったようです。顔色も明らかによくなっています。心なしか、出会った時よりもその髪が光沢を帯びているような気すらします。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね!私は、大宮忍と言います!よろしくお願いします!」
「何がよろしくなのかは分からないが……ソーニャだ」
「ソーニャちゃんですか?可愛らしいお名前ですね!」
私、こんなにきれいな金髪の女の子を助けただけならずお名前まで知ることができました!今日は何だか特別な一日になりそうです!
「少し、涼しくなりましたね」
先ほど地面に水をこぼしたからか、前までのような暑さは感じなくなっています。
でも、9月の空は快晴で、相変わらず太陽の光は容赦なく私たちに降り注いでいます。
- Re: Faveric《キルミーベイベー×きんいろモザイク》 ( No.4 )
- 日時: 2021/09/03 23:45
- 名前: 綾木 (ID: ANX68i3k)
一体私は何を考えているのだろう。こんな見ず知らずの凡人にいともたやすく名乗ってしまうなんて。
しかも、その後断るに断れず奴の家に上がってしまうなんて。
「お掃除お疲れ様。それで忍、その子は誰?」
「お姉ちゃん!この子はソーニャちゃんです!さっき掃除しているときに道端で出会ったんです!」
「忍……犬とか猫を拾ってくる話はよく聞くけど、まさか金髪少女を拾ってくる人がいるなんてね……」
「お姉ちゃん!ソーニャちゃんはケガをしているんです!早く手当てをしてあげてください!」
「まぁ、ケガしてる子を門前払いするほど私の心は狭くないわ。手当てするわよ。忍も手伝って」
「もちろんです!」
「あ、でもまずは軽くお風呂に入ってきた方がいいんじゃないかしら。まずは傷口を洗い流した方がいいっていうし」
「いや、別に……」
「確かにそうですね!服も汚れてますし!ソーニャちゃん、こちらへどうぞ!」
「えっ、ちょっ……」
そして、私はこの忍という奴に引っ張られて風呂場へ誘われる。まだ疲労が残っているのか、踏みとどまる気力も、その手を振りほどく気力も起こらない。
「着替えはソーニャちゃんが入っている間に持ってきます!ゆっくりしてくださいね!」
「……」
まさか家に上がるだけでなく風呂まで借りる羽目になるとは。今日の仕事には間に合うのだろうか。
「……あれ?」
ポケットに入れていた指令書がない。確か昨日の仕事をしていた時点では持っていたはず。
ここに来るまでのどこかで落としたのだろうか……いや、それはない。一度やすなのせいで池に落ちたときに指令書を失くしたことがあったからな。あれ以来、ポケット内に取り付けられているチャックを活用して簡単には落ちないようにしている。
だとすると……
「奴め……」
間違いない。昨日私を襲った刺客が盗んで行ったのだ。
奴の素性が一切分からない以上、私の力ではどうすることもできない。とりあえず、組織の本部にこのことを連絡する。
「……了解」
結局、今日の仕事は取り消しにせざるを得なくなった。全て、私のせいだ。
「ソーニャちゃん、入ってますか~?」
本部への連絡を終えるや否や、奴がノックもせずに脱衣所の扉を開けやがった。
「ばっ!お前、勝手に入って来んな!」
「あっ……すみません!てっきりもう入ってるものかと……」
何てことだ。今日の仕事が取り消しになった直後に、上半身だけとはいえ初対面の奴に下着姿を見られるなんて。今日は最悪な一日だ。
「着替え、置いておきましたから!」
「……」
一目散に脱衣所の扉を閉めて去っていったアイツをよそに、私はまずシャワーを浴びる。
「……」
やや低めの温度に設定されたシャワーを浴びながら、私は昨日のことについてもう一度考えてみる。
「……痛ッ……!」
しかし、水流が当たるたび左の頬の切り傷が悲鳴を上げて集中できない。とりあえず、頭と身体を一通り洗い流してから湯船につかり、そこで改めて考えることにした。
「……」
昨日の夜、私は依頼されていた任務を終え、屋敷の外に出たところを何者かに襲撃された。まずは1本、次に3本のナイフが飛んできて、その後背後をとられて……
「チッ……!」
殺し屋としてあるまじき失態だった。どう考えても擁護の余地はない。これまで戦闘中の敵に背を向けるなどという初歩的なミスは犯したことはなかったのに……
「チックショウ……!」
私が組織の計画を台無しにしたのだ。依頼が一つ取り消しになるだけならまだしも、組織の機密情報が書かれた指令書が他の組織の手に渡ってしまったのだ。他の業界と同様、この業界でも情報漏洩は組織にとっては致命的な傷となる。
「クソッ……クソォ!」
私はこの後組織からしかるべき処分を受けることになるだろう。私はもう殺し屋を続けられないかもしれない。そう考えただけで、悔しさや空しさや切なさや……様々な感情が内部にこみあげてきて今にもあふれ出しそうだ。
- Re: Faveric《キルミーベイベー×きんいろモザイク》 ( No.5 )
- 日時: 2021/09/03 23:50
- 名前: 綾木 (ID: ANX68i3k)
「あっ、戻ったわね」
「ソーニャちゃん!その服、とても似合っていますよ!それ、上半期1の自信作なんです!」
「お前、普段こんなの着てるのか……」
脱衣所でこの服を見たときは唖然とした。絵に描いたようなゴスロリである。これ以外に着るものがなかったのでやむなく着てきたわけだが。
「ソーニャちゃんだっけ?今治療道具持って来るから、その辺適当に座っててー」
「……」
みじめだ。自分がみじめで仕方がない。元はといえば、昨日の刺客にあそこまで隙を見せた自分が悪いのだ。私は今頃死んでいてもおかしくはなかった。それなのに……
「忍、どんな傷にでも絆創膏を貼ればいいってものじゃないのよ」
「えぇ!?そうなんですか!?私、絆創膏さえあれば何でも治ると思ってました!」
「何よその最強治療アイテムは」
……奴は手加減した。私は殺されるどころか、こうして完全体のまま、今こうしてこの場の空気を吸って生きている。
「ソーニャちゃん、お待たせしました!」
「どれどれ……やっぱりまずは消毒した方がよさそうね。忍、消毒液」
「はい!」
奴の目的は何なのか、そもそも奴が何者なのかすらも分からずじまいだった。一つ確かなのは、奴が私たちの組織と敵対関係にある何らかの組織の一員だということだけだ。そうでなければ突然私に襲い掛かって指令書を奪ったりはしないだろう。
「ちょっとだけしみると思うけど、我慢してねー」
「お姉ちゃん!それ終わったら私にもやらせてください!」
「ダメよー、これは遊びじゃないんだから。忍にはガーゼをお願いするわ」
どういうわけか、私は今見ず知らずの奴の家でこうして傷の手当てを受けている。私は自分の失敗の跡1つも自分で解決することができない。私は、こんなにも無力だったか。
「はい、終わり。他にどこか痛いところある?」
「……気にするな。特にない」
「じゃあ、ガーゼは私が貼りますね!」
「はいはい」
私が目に見えて受けた傷は、左の頬のナイフの切り傷のみだ。延髄をやられたことにより多少の頭痛や倦怠感が残ってはいるが、手当てしてもらうほどのものではない。
「できました!これで大丈夫ですね!」
不思議と彼女がガーゼを貼っているとき、特に不快感は覚えなかった。私が今着ているこの服も彼女が作ったと言うし、意外と手先は器用らしい。
その後彼女の姉から腹が減っているだろうからと昼食を勧められたが、実際腹は大して減っていなかったので、遠慮しておいた。ただ、喉が渇いていたので麦茶を一杯だけいただくことにした。
「それでソーニャちゃん、あなたの身に一体何があったのかしら?」
「えっと……それは……」
言えるわけがない。そもそも私の正体が殺し屋であると言っても信用してもらえないだろう。万が一信用してもらえたとして、彼女達を怖がらせてしまうだけだ。
私は依頼を受けていない奴らに対しては基本的に一切危害を加えるつもりはない。けじめ、それが殺し屋としての私のポリシーだ。
「言いたくないなら、無理に言わなくてもいいわよ。私も深くは聞かないことにするわ」
「はぁ……」
何だか理由もなく上がらせてもらっているようで少し申し訳ない気分になった。
「ソーニャちゃん、せっかくですから、私の部屋にも上がっていってください!」
「いや、そこまでは……私はこれで……」
「あら、その格好で帰る気?」
「うっ……!」
今の私がとても人前に出られる服装ではないことを完全に失念していた。仕事着を放置したまま帰れるわけがない。
「あれは洗っておくから、今日は泊まっていきなさいよ」
「いや……さすがにそこまでしてもらうわけには……」
「遠慮なんてするもんじゃないわよ。アンタさっきまで死にかけてたらしいし」
「そうです!今のソーニャちゃんを野放しにしておくことなんて、私にはとてもできません!ぜひとも一泊していってください!」
「でも……親は大丈夫なのか?突然泊まったりして」
「お母さんは多分大丈夫だと思います!」
「そうね。その日の夕方になってから突然泊まりに来る人もいるくらいだし、これくらい普通よ」
「マジかよ……」
こういうわけで、私は彼女の家にやむを得ず泊まっていくことになってしまった。
傷の手当てのみならずまさか寝床まで借りることになるとは。
自分が本当に情けない。
- Re: Faveric《キルミーベイベー×きんいろモザイク》 ( No.6 )
- 日時: 2021/09/03 23:55
- 名前: 綾木 (ID: ANX68i3k)
「どうぞ、入ってください!」
「……」
彼女に案内されるがまま、私は彼女の部屋に足を踏み入れた。これまで私はよそ者の部屋になど入ったことがほとんどなかったので、何だか新鮮な気分だ。
見渡す限り余計なものはなく、隅から隅まで清潔に保たれている。
そして、何だかいい香りもする。
「遠慮せず、適当にくつろいでくださいね!」
まぶしいほどの笑顔で私に話しかける彼女の名は、大宮忍。
透き通るように綺麗な瞳とどこか品のある顔立ち、そして形を丁寧に整えられた黒髪。
身体の方は、いわゆるスレンダー体型というほどではないが無駄なところが一切なく、スタイルはそこまで悪いわけではない。まるで何かの人形のような印象を受けるが、人形独特の気味悪さなどは一切ない。
全体的に見て、正直可愛い方だと思う。
「ソーニャちゃんは……ここで私と寝ましょう!」
「えっ……床じゃダメなのか?別に私はそれで構わないんだが」
「そういえば、まだアリスのことを話していませんでしたね!床ではアリスという女の子が布団を敷いて寝ているんです!」
「アリス……?」
「今は外出していますが……多分もうそろそろ帰ってくる頃かと!」
どうやら、彼女以外にこの部屋で暮らしている奴がいるらしい。アリスという名前から察するに、私と同じく日本人ではないのだろう。
「おい」
「はい、何でしょう?」
「この服、暑いんだが」
真夏のピークを過ぎたとはいえ、日本の暑さはまだまだ続いている。私の着ているこのゴスロリ衣装では、なおさら蒸し暑さがこもってしまう。
「そ……そうですよね!すみません、今すぐエアコンをかけます!」
いや、冷房のみでこの問題が解決するとは到底思えない。そもそもこの服装に問題があるのだ。
「どうですか?」
「いや、だからこの服……」
「分かりました!お水ですね!今持ってきます!」
「聞け!」
コイツにはこの服装が私の蒸し暑さの原因になっているという発想がないのだろうか。まったくアホな奴に出会ってしまったものである。
「あっ!そういえばそれ、冬用の衣装でした!すみません、まだそんな時期じゃないのに……」
何と彼女は今の今まで私に着せていた服が冬用のものであるということに気づいていなかったようである。本物のアホだ。
まぁ、とりあえずやっとまともな格好に着替えさせてもらえるようである。
「ちょっと待っててくださいね!夏用のを用意しますから!」
彼女が新たな衣服の準備をしている間、私は再び昨日のことについて思いを巡らせた。
「……」
何度思い返しても、どうしてあんなことになったのか、まったく分からない。ただ、自分の不甲斐なさが思い起こされる。
「えっと……これも……これもいいかもしれませんね!」
これまで何件もの依頼をミスなくこなしてきたこの私が、あんなへまをしでかすなんて。
「チッ……!」
腹が立つ。こんなにも醜いミスをした上その尻拭いすらできない無力な自分に腹が立つ。
「ソーニャちゃん!色々出してみました!せっかくですし、とりあえず全て着てみるのはどうでしょう?」
並べられた衣服はどれも今着ているようなものばかり。見ただけでは、夏服と冬服の違いが全く分からない。一体コイツの私服事情はどうなっているんだ。
それらはどれも私一人では着るのが困難なものばかりだったので、仕方なく成り行きで彼女に着付けを手伝ってもらうことになった。
「どうですか?苦しくないですか?」
「……」
私とは対称的に、包み込まれるような優しい表情を浮かべる彼女。
私は今どんな顔をしているんだろうか。何故か彼女に見られるのが怖くて、とても目を合わせることができない。
それからしばらくは彼女の為すがまま色々な服を片っ端から着せられては脱がされを繰り返していた。
服を着せては何故か赤面し過呼吸になる彼女のそばで、その間ずっと私は今後のことを考えていた。
「……」
あのようなミスを犯した以上、私が殺し屋としての地位を失ったところで何ら不思議はない。少なくとも、私の行為ははっきり言って「殺し屋失格」レベルのものだった。
「ソーニャちゃん、どれがいいですか?私は、今のが一番似合っていると思います!」
「……構わん。何でもいい」
その上、喉の渇きと疲労に耐えられずこうして今見ず知らずの一般人の元で過剰なほどのもてなしを受けている。こんな殺し屋が他にいるはずない。
「これは私が1年前に作った自信作なんです!本当によく似合っていますよ!」
「……」
何だか私が私でないようである。私が今置かれている状況を未だに受け入れることができない。
「……」
私が殺し屋を辞めさせられたら、これから私はどうするんだ。今の私には依頼を受けてそのターゲットを撃破することしかできない。それ以外に私の取柄など何もない。
「……ッ!」
「…………?」
畜生。心は穏やかなはずなのに、私の意に反して目頭が熱くなる。こんな風になったのはいつ以来だろうか。収まれ。頼むから収まってくれ。
「ソーニャちゃん?」
彼女は私の違和感を察知したようである。クソ、さっきまであんなに鈍感だったくせに。
「…………」
「ソーニャちゃん、大丈夫ですか?」
やめてくれ。そんなに近くで私の顔をを見ないでくれ。こんな顔、やすなにも見られたことないのに……!
「ソーニャちゃん……泣いてるんですか?」
「……!」
違う。私は決して泣いてなんかいない。私は殺し屋だ。人前でこんな感情を露わにするなんて、そんなの殺し屋なんかじゃない。
「気にするな……何でもない」
「そうですか……?」
顔を拭い、やっとの思いで喉という井戸の奥から言葉を吊り上げる。しかしその声は弱弱しく、自分でも口が小さくなったのかと思ったくらいだ。
「そうだ!今のツインテールも素敵ですが……この服にはもっといい髪型があると思うんです!ちょっと待っててくださいね!」
そう言うと、彼女は自分の机を何やら物色し始めた。
すると今度はなぜか頭に血が上るのを感じた。
「ハァ……ソーニャちゃんの……金髪……!」
何度思い返しても自分の醜態に腹が立つ。
知らず知らずのうちに膝に置いていた握りこぶしに力が込められていく。このまま行くと指が手の平を貫通してしまいそうだ。
「色々雑誌持ってきました!えっと……私のおすすめは……」
私に語りかける彼女の声は、小鳥のさえずりのように穏やかだ。しかし、その声を聞いても苛立ちは収まらない。むしろ腹の奥から新たに何かが湧き上がってくる感覚がある。
「ソーニャちゃん……?」
もはや私の力では私の中に込みあがってくる何かを抑え込むことはできない。それはもうすでに縁から吹きこぼれている。
「ソーニャちゃん、やっぱり何か変です……本当に大丈夫ですか?」
その時、私の中でプツンと何かが切れた音がした。
「……せぇ」
「……?ソーニャちゃん?」
「うるせぇって言ってるんだ!」
「きゃっ!」
気が付くと私は、彼女を壁の方に突き飛ばしていた。
彼女の華奢な身体は壁にぶつかりながらもその場に崩れ去ることはなく、すらりと伸びた両脚で彼女は何とかバランスを整えてその場に立っている。
彼女にナイフを向けようとするが、ナイフが見当たらない。そういえば私は今この目の前にいる奴の服を借りているんだった。
仕方がないのでナイフは諦め、彼女を指さした。
「えっ……ソーニャ……ちゃん?」
さっきまでの生き生きとした笑顔が嘘のように消えている。真水に一滴の墨汁を垂らしたかのように彼女の瞳が急速に曇っていくのが分かった。
「私は殺し屋だ……その気になればお前を殺すことなんて朝飯前だ。私の前で調子に乗るんじゃねぇ!」
「ひぃっ……!」
私の威勢に怯えたのか、小動物のように肩を縮めてこちらを横目で見つめる彼女。足元に目をやると、まるで痙攣しているかのように脚が震えているのが見て取れる。その震えは私の足の裏にもはっきりと伝わっていた。
「……」
「あっ……あぁ……」
おもむろに小さな口を開き、微かな声を発する彼女。
さっきまではやや呆然とした様子だったが、やっと何が起こっているのか理解したらしい。
「ご……ごめんなさい……ソーニャちゃん」
「はっ……!」
彼女の大きな目から大粒の涙がこぼれるのを見て、やっと私は我に返った。
何をやっているんだ、私は。
「私……自分のことしか考えてませんでした……あんなの、嫌ですよね……!」
「いやっ、その……」
殺し屋たるもの、第三者に危害を加えるべからず。基本中の基本だ。これまで私はこの言い伝えに忠実に任務を遂行してきた。それなのに……
「でも……私……全然、そんなつもりじゃなくて……!」
「…………」
何が「私は殺し屋だ」だ。本当の殺し屋が何の罪もない奴にこんなことをするはずがない。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「…………」
彼女は止めどなく溢れてくる涙を指の間からこぼしながら、声を振り絞って私に謝罪している。
本当に謝らなければいけないのは私のはずなのに。一人で勝手にイラついて全く関係のない彼女に八つ当たりをしてしまったこの私のはずなのに。
そんな自責の念に駆られていると、突然部屋の扉が開いた。
- Re: Faveric《キルミーベイベー×きんいろモザイク》 ( No.7 )
- 日時: 2021/09/04 23:45
- 名前: 綾木 (ID: ANX68i3k)
「ただいま……?」
扉を開けて部屋に入ってきたのは、金髪の少女だ。金髪といっても、私のとは色合いが微妙に違うのだが。身長から察するに、恐らく小学生か中学生くらいだろう。
コイツは一体……?
「シ……シノ……?」
「……アリス……!」
そうか、コイツがアリスか。さっき忍が名前だけ言っていた奴だ。予想通りどうやら私と同様日本人ではなさそうだ。
アリスはすぐに、壁の方にいた忍の元に駆け寄った。
「シノ!どうしたの?この人は誰?」
「アリス……実は……」
忍がこのアリスという奴にこれまでの経緯を説明する。
アリスが来て落ち着きを取り戻したのか、話すにつれて忍の話しぶりは普段通りの感じに戻りつつあった。
その間私はどうしてよいか分からず、電柱のようにその場に立ち尽くす。
「……という訳です。という訳で、改めて紹介しますね……この子がソーニャちゃんです」
「ど……どうも……」
「『どうも』じゃないよ!突然ここに上がってきて、シノに一体何をしたの!?」
「アリス!」
アリスは明らかに怒っていた。それもそうだろう。私がこの2人の平和で穏やかな生活に突然割って入ったのだから。
しかも、さっきは忍に八つ当たりをしてしまい、そのせいで彼女を泣かせるまで至ってしまった。2人にとって私は置物ではなく、邪魔者なのである。
「アリス、落ち着いてください。悪いのは私なんです……私、さっきソーニャちゃんが嫌がってるのに気づかずに勝手な行動を取ってしまって……どうかソーニャちゃんを責めないでください」
「シノ……でも……!」
違う。忍は何も悪くない。悪いのは自分の怒りを暴力という形で彼女に押し付けた私の方である。
「あの……忍」
「はい…………えっ?」
何故か驚いたような表情を見せる忍だったが、そんなことを気にしている場合ではない。早く謝罪をしなければ。
「その……さっきはやりすぎた。本当にすまない」
バカか私は。こんなありふれた単調な言葉でこの状況が収まるとは到底思えない。
やすなだったら、聞こえなかったとか何とか言って何度も謝らせてくるだろうが、忍は何て言うのだろう。
「……シノ?」
「ソーニャちゃん……今、何て……?」
やすなとはノリがだいぶ違うが、忍も同じような反応だ。でも、今回の一件に関しては全面的に私が悪いのだから、忍が自分の気が済むまで謝罪を要求するのもうなずける。当然の報いだ。
「だから……さっきは突き飛ばしたりして、本当に申し訳ない!」
さっきは少しぞんざいな印象を与えてしまったかもしれないので、今回は声量を上げ、頭を下げてみる。
しかし、さっきも今も、心から申し訳ないと思っていることに変わりはない。これで許してくれるだろうか。
「そうじゃなくて……ソーニャちゃん、さっき私のことを『忍』って……」
「……へ?」
忍が聞き返していたのは、謝罪の言葉ではなく、その前の呼び掛けの方法だった。
ただアリスが来たことによりそれぞれ名前で呼ぶ必要があったというだけのことなのだが。
私は完全に拍子抜けしてしまった。
「あぁ…………本当にすまなかった、忍」
「アリス~!ソーニャちゃんがやっと私のことを名前で呼んでくれました~!」
「シノ!急に抱きつかないで~!」
もはや謝罪の言葉など気にしていないようである。私が忍のことを名前で呼んだだけでこんなに喜ぶなんて、忍は本当に単純な奴だ。
「その……忍、さっきのこと……気にしてないのか?」
「はい、もう大丈夫ですよ!ソーニャちゃんの方こそ、もう気にしなくていいですから!」
何て奴だ。ついさっき私に突き飛ばされて、理不尽に怒鳴られたのにも関わらず、もういつも通りに戻っている。
私に向けられるその笑顔は、アリスが戻って来たからか、2人のときよりも一層輝きを増している。
「次シノに手を出したら、容赦しないからね!」
「あぁ、分かってるよ」
「はい!じゃあこの話はこれでおしまいにしましょう!アリス、今日は前髪を2ミリだけ切ってきましたね?」
「シノ!突然私の今日のメニューを当てるのやめて!」
どうやらこの場は丸く収まったようである。しかし、私の存在がこの2人にとって邪魔者であるという事実は変わらない。2人のためにも、今日はやっぱり泊まらずに帰ろう。
「ソーニャ!」
「……!?何だ?」
突然アリスに名前を呼ばれ、私は少し動揺してしまった。まだ何か言い足りないことでもあるのだろうか。
「今日泊まっていくんでしょ?私はアリス。よろしくね!」
さっきまで私に向けられていた鋭い眼光を全く感じさせない、空のように澄んだ碧眼の少女。
私がさっき忍にあんなことをしたのに、アリスは私を受け入れてくれるのか。
「ソーニャだ。今日は邪魔することになってすまない」
「とんでもない!むしろ大歓迎だよ!誰かがこうして泊まってくれるの久しぶりだし!」
「はい!アリスの言う通りです!今日は心ゆくまでゆっくりしていってくださいね!」
ここの家はどうやら全体的に世間からズレているらしい。どこの誰とも分からない初対面の奴を家に泊めるなんて、普通は考えられないことだ。それなのに、ここの家の人たちは全員私が泊まることに対して嫌な顔一つ見せることなく受け入れてくれている。
外を見ると、陽が傾き始めているのがはっきりと見えた。このような異世界で過ごす時間は、不思議と早く過ぎ去ってしまうように感じる。
- Re: Faveric《キルミーベイベー×きんいろモザイク》 ( No.8 )
- 日時: 2021/09/04 23:50
- 名前: 綾木 (ID: ANX68i3k)
いつの間にか空の色が変わっていました。それは、まるで混ぜ合わされた絵の具のように鮮やかなグラデーションを呈しています。
「みんなー、夕食の時間よー」
「お姉ちゃん!」
お姉ちゃんが私たちの部屋にやってきました。どうやら夜ごはんができたようです。
「今日は珍しい金髪の子がいるからって、お母さん張り切ってたくさん作ってたわよー」
「シノ、早く行こうよ!」
「はい!ソーニャちゃんも行きましょう!」
「私は別に…………ッ!」
遠慮する素振りを見せていたソーニャちゃんですが、身体は正直なようです。ソーニャちゃんのお腹が鳴っているのが私の耳にもはっきりと聞こえました。昼ごはんを食べていなかったんですし、お腹が空くのは当然のことだと思います。
「何回も言っていますよね?遠慮なんてしないでください!行きましょう!」
「そうだよ!早くしないと、冷めちゃうよ~」
「…………ッ!」
ソーニャちゃんの顔が外の夕焼けのように赤くなっているのが見えました。それは普段のクールな表情とはまた違っていて……ソーニャちゃんの新たな一面を垣間見ることができた気がして、何だか興奮します!
1階に降りると、お母さんとお姉ちゃんが全ての準備を済ませてくれていました。
ソーニャちゃんはやっぱり恥ずかしかったのか、食卓につくころには髪型をいつものツインテールに戻してしまっていました。
「ソーニャちゃん、遠慮せずにどんどん食べてね~!」
「あ……はい」
食事中はお母さんがいつになく積極的で、ソーニャちゃんにとにかく色んなことを聞いていました。私もその内容には興味があったのですが、ソーニャちゃんはプライベートなことに関しては一切口を開いてはくれませんでした。
「ソーニャちゃんって、謙虚よね~」
「えっ……そんな……」
「そうねー、ミステリアスなのもまたいいと思うわ」
それでもお母さんとお姉ちゃんにはその人柄は高評価なようです。
確かに自己顕示欲がない腰の低さは素晴らしいと思いますが、私はもっとソーニャちゃんのことを知りたいです。
「ソーニャちゃんって、誕生日はいつなんですか?」
「そんなの教えて何になるんだ。というかその質問さっきもしてたろ」
「ハァ……やっぱりダメですか……」
「シノ……元気出して」
夕食を終えた後、私たちはそれぞれ入浴など寝る準備を済ませて部屋に戻ります。
部屋では3人で延々と他愛ない話をしました。
ソーニャちゃんはここでも自分語りをほとんどしなかったのですが、同じ学校に通う友達のことを愚痴交じりにたくさん話してくれました。
その友達は、学校に来るたびに変なものを持って来たり、あやしい術を覚えてきたりしては毎回ソーニャちゃんを巻き込んでいるとのことでした。その話の内容は思わずくすりと笑ってしまうものが多くて、聞いていて本当に楽しかったです。
「フフ……ソーニャちゃんは、本当に幸せ者ですね」
「えっ?何がだ?」
「こんなに他の人のために色々なことをしてくれるお友達、そんなにいないと思いますよ」
「きっとその友達、誰よりもソーニャのことを大事に思っているんだと思う!」
「そ……そうなのか……?」
「ソーニャちゃんも、その子のこと、ずっと大事にしてあげてくださいね」
「あ……あぁ……」
誰よりも自分のことを思い、自分に真摯に向き合ってくれる特別な存在のありがたみは、私も感じています。
アリス、いつも起こしてくれたり、学校の準備を手伝ってくれたり、勉強を教えてくれたりして、本当にありがとうございます。口で直接言うのは少し恥ずかしいですが、私、心ではいつもアリスに感謝しているんですよ!
「私も…………!」
私も、アリスやソーニャちゃんのお友達みたいに、誰かにとって特別な存在になりたい。そのためにも、これからもっとみんなのことを手伝ったり気遣ったりして、私なりに頑張ってみようと思います!
「シノ、眠くない?大丈夫?」
「はい!全然大丈夫ですよ!今日はソーニャちゃんもいますし、まだこんなところでへばるわけにはいきません!」
「スゥ…………」
「あれ、ソーニャ?」
「ソーニャちゃん?」
よっぽど疲れが溜まっていたのか、ソーニャちゃんは座ったまま静かに寝息を立てて眠ってしまっています。
「スゥ…………」
「これは完全に寝ちゃってるね……まさかシノよりも先に脱落するなんて」
「これは……ソーニャちゃんの金髪を堪能する最後のチャンスかもしれません!」
「えぇ!?シノ、やめなよ…………ソーニャ起きちゃうよ?」
「安心してください、直接いじったりはしませんから!ただ近くで見るだけですよ!」
本当は沢山その金髪に触れて、色々な髪形を試してみたいですが、ソーニャちゃんの許可なしにそこまでするわけにはいきません。
私は舟をこいでいるソーニャちゃんの後ろに回り、まずは頭部全体を俯瞰してみます。
「ハァ……!もうすでに眼福です~!」
「シノ……ちょっと怖い……」
その髪は、本物の金を彷彿とさせるような光沢がかかっていて、その一本一本はまるで金糸のようなつやがあります。
いつも見ているアリスの髪の色は薄いピンクがかかった金色で、これはこれで美味しそうなのですが、ソーニャちゃんの金髪は何というか、崇高で、容易には近づいてはいけないような印象を受けます。
「ハァ……ハァ……!」
「シ……シノ……」
高鳴る鼓動を抑えながらゆっくりと顔を近づけていきます。
ソーニャちゃんの金髪のつやはまるで磨かれた鏡のようで、このまま顔をもっと近づければ私の顔が映ってしまいそうです。
どこを見ても表面には一切のほつれがなく、まるで小麦畑のような柔らかな感じすらしました。
その香りは……
「………ッ!」
「はうっ!?」
私の荒ぶる呼吸のせいか、ソーニャちゃんが目を覚ましてこちらを向いてしまいました。
「何をしている?」
「シノ……今のはシノが悪いよ」
「分かっています……ソーニャちゃん、起こしてしまってすみませんでした」
「私の髪に何かついていたのか?」
「いえ、全然!ただ、ソーニャちゃんの髪があまりにもきれいで……つい……」
「ソーニャ、シノは触る気はなかったみたいだし、許してあげて」
「……忍、お前私の髪がそんなに好きなのか?」
「は……はい!ソーニャちゃんの金髪の美しさは、間違いなくこの3本の指に入ります!」
「シノ……」
残りの2本は……言うまでもありません。
「私の髪の何がいいのかは分からないが……その……そこから見る分には全然問題ないぞ」
「……ソーニャちゃん!」
ソーニャちゃんは、私が髪を眺めることを自分の口から認めてくれました。何だかソーニャちゃんに受け入れられたような気がして、少し嬉しくなりました。
「じゃあ、これからは堂々と堪能させていただきますね!」
「おい、ここまで近づいていいとは言ってない!離れろ!」
「もー……シノったら……」
その距離は大体1歩分くらいでした。たかが1歩、されど1歩。私にはまだまだ遠く感じます。でも、もし機会があればこれから少しづつ距離を縮めていけたら、と思うのでした。
「そういえば、ソーニャちゃんの髪、アリスと同じ匂いがしました!これって、何かの運命なんでしょうか!?」
「運命も何も、私昼にここの風呂借りたばっかりだからな」
「あっ……そういえばそうでした……」
「シノ、もう少しよく考えよう……」
- Re: Faveric《キルミーベイベー×きんいろモザイク》 ( No.9 )
- 日時: 2021/09/04 23:55
- 名前: 綾木 (ID: ANX68i3k)
さすがに忍にも限界が来たようで、私たちはその後すぐに寝ることになった。
床にも十分なスペースがあったのだが、忍の猛プッシュに負けて私は忍と同じベッドで寝ることになった。忍は私が言ったことを気にしてくれたのか、私との間に十分な間を空けてくれていた。
アリスが部屋の電気を消し、私たちは眠りにつく。
「…………」
でも、私の中には何かもやもやしたものが残っていて、いざ眠ろうとしてもすぐに眠ることができない。
私は高く果てしない天井を見上げながら再びこれからのことについて考えてみる。
「…………」
まだ組織からの連絡はないが、十中八九私は組織から追放されることになる。私自身もそれが適切な対応だと思っている。昨日犯したミスもそうだが、今日の忍との一件で自分にどれだけ殺し屋としての自覚が足りていなかったかを痛感したからだ。
「私は……一体……」
仮にも私は他の奴らと同じように高校生だ。殺し屋を辞めて、ほかに肩書きのない普通の高校生となったとしても、これから先の努力次第では様々な道を切り開くことも不可能ではないのかもしれない。
「……でも……」
しかし、今から私に何ができるのだろうか。私はこれまで殺し屋一筋で、組織からの依頼を1つ1つこなしていた。逆に言えば、私には殺し以外にはできることが何もない。殺ししか取柄がない私に、一体これから何ができるというのか。
「…………ッ」
明日からのことを思えば思うほど、胸が締め付けられるように苦しい。
私はこれから一体何をすればいいのか。
どうやって、何のために生きていけばいいのか。
やすなは何て言うだろう。アイツは私が殺し屋をやっていることをあまりよく思っていないみたいだし、素直に喜ぶのだろうか。それとも、いつもみたいに私のミスをしつこく取り上げて、大きな声で笑ってバカにしたりするのだろうか。
「……ソーニャちゃん?」
忍の声だ。どうやら私がいまだに眠れていないことに気づいたらしい。まったく敏感なのか鈍感なのか分からない奴だ。
「眠れないんですか?」
忍は体を反転させて、こちらに顔を向ける。
横になりながら目を合わせるのは何だか気恥ずかしいので、私は体を反対の壁の方に向ける。
「いや……気にするな。大丈夫だ」
「そうですか……」
私が今日突き飛ばしてしまった相手が私の隣で寝ている。本当に今日のことを気にしていないのだろうか。
「…………忍」
「……はい?」
もう一度今日のことを謝っておこう、そう思ったときには忍の名前が口から漏れていた。
「その……今日は本当にすまなかった、あんなひどいことをして」
「お昼のことですか?全然気にしてないって言ったじゃないですか……ソーニャちゃん、そんなに引きずらなくて大丈夫ですよ。私、ソーニャちゃんが反省しているということは十分分かっていますから」
「……本当に……すまない」
「ソーニャちゃん…………最初に会ったときからずっと思っていたんですが、何か辛いことがあったんですよね?」
「えっ……それは……」
「もしよろしければ……何があったのか、私に教えていただけませんか?」
どうやら忍は例のことを気にするどころか、私のことを気にかけてくれているらしい。
「私、初めてソーニャちゃんを見たとき、髪がきれいだと思ったんです。私がソーニャちゃんを見つけられたのは、その金髪のおかげなんですよ。ソーニャちゃんの髪、つやつやしてて本当に素敵で、輝いていて……上手く言葉にできないですが、一目見てうっとりしてしまいました。そんなソーニャちゃんが足を引きずってつらそうに歩いているのを見て、放っておけなくて……」
「…………」
「何というか……本気でソーニャちゃんに向き合いたいと思ったんです。私、ソーニャちゃんの力になりたいです!」
昼に私にあんなことをされたにも関わらず、忍は本気で私に向き合おうとしてくれている。ここまで気前のいい奴は、日本中を探してもほとんどいないだろう。
私は、忍になら色々なことを打ち明けてもいいような気がした。こんな感覚は久しぶりだ。
「その……最後まで、聞いててくれるか?」
「もちろんです!眠ってしまわないように、しっかり起き上がっておきますね!」
壁の方を向いて横になる私の後ろで正座をする忍。そこまで真面目に聞いてくれなくてもよかったんだが。
私は壁の方を向きながら、昨日の夜のこと、そして殺し屋を続けられなくなったということを話した。ただ、さすがに殺し屋という素性を明かすのはマズいと思い、そこの部分には深く触れず「仕事」の一言でごまかしておいた。
「なるほど……でも、学校に行きながら他に仕事をやっていたなんて、ソーニャちゃんは本当にすごいですね!」
「そうか……?でも……」
実際のところ、私は一応高校には通っているのだが、あくまで私の生活の中心は殺し屋という職業においてである。そのため、もし依頼が学校の時間と重なれば私はその依頼の方を優先する。また、これはよくあることなのだが、殺し屋という仕事はその内容上夜遅くに任務を行うことが多い。その時間はまちまちで、一晩に2件の依頼が入る場合すらある。すなわち、生活のリズムが狂いやすいのだ。そのため、睡眠時間が十分に取れないこともしばしばあり、学校の授業などとても聞いてはいられない。
総じて、私は肩書きだけの高校生なのである。高校に通って学んだことなどほとんどない。殺し屋としての仕事ができていればそれで十分だったのだが、昨日私は致命的な失敗をした。これで殺し屋としての立場が失われれば、私の元に残るものなど何もない。今の私は「すごい」どころかその真逆、何もできない「無能」である。
「私、将来通訳者になりたいと思っているんです」
「…………?」
忍が柔らかな声で私に語りかける。私は相も変わらず壁の方を向きながらその言葉に耳を傾ける。
「でも、私英語全然話せないですし、アリスがしゃべっているのを聞いても何も理解できないんです。学校のテストも赤点です。笑ってしまいますよね」
「…………」
「それでも私、この夢だけは諦めたくないんです。もちろん、今のままでは到底通訳者になるなんて無理だということは分かっています。でも、だからこそ私は私なりに精一杯努力しているんです。私、英語は苦手ですが、苦手だからといって逃げるのは間違いだと思うんです。それではいつまで経っても苦手なままですから!」
諦めない、か。単純だがとても重要なことであるというのは私もよく分かっている。殺し屋の任務は簡単にはいかないものや面倒なこともあるけれど、「逃げ」は絶対に許されることではない。
「苦手でも、苦手なりにしっかりと向き合い続ければ必ず結果はついてくると信じてます!高校受験のときにもそれは実感しました。中学のときの私の成績は今でも信じられないほど絶望的で、色々な人から絶対に無理だ、とか現実を見ろ、とか言われたんです。でも、その時つきっきりで勉強を見てくれた友達がいて、その友達から教えてもらったんです……報われない努力はないって!……その言葉通り諦めずに勉強して、無事今の高校に入学することができました。あのとき投げ出したり、手を抜いたりしていたら今の私は絶対にありえません!」
そうか……忍も色々苦労していたんだな。思い返してみれば、私が殺し屋として正式に使われるようになるまでにも色々面倒なことをやらされた記憶がある。
「だから……ソーニャちゃんも、決して諦めないでください!ソーニャちゃんがこれから先どういう道を歩むにしても、最初からダメだと決めつけていては何もできるようになりません。とにかく前を向き続けてください……夢は無限ですよ!」
そうだった。私はまだ何もしようとしていないのに自分は何もすることができない奴だと決めつけていた。何か行動を起こさなければそんなこと分かるはずがない。頭では分かっていたはずなのに。
本当のアホは、私の方だったのかもしれない。
「それに、ソーニャちゃんには私とは違ってスキルがあります」
スキル……殺し屋としての経験という意味だろうか。
「それって、これから先どういう道に進むにしても決して無駄にならないと思うんです。私にはそんなの全然ありませんから……私、ソーニャちゃんが羨ましいくらいです!」
忍は将来きっと立派な通訳者になるだろう。自分の現状を見つめ、課題を把握し、目標達成に向けて努力をしている。一人でこれらを全て考えて実行できる奴は意外といないものだ。
「起こってしまったことはどうすることもできませんが、そこから学んでこれからにつなげていくことはできます。ソーニャちゃん、これだけは忘れないでください……過去は決して変えられませんが、未来はいくらでも変えられるんです!」
その言葉は、まるでナイフのように今の私の胸に深く突き刺さった。過去のことを悔やんでばかりいても仕方がない。過去のことはしっかりと受け止めて未来につなげていかなければ意味がない。私は分かっていたつもりのことをまったく分かっていなかったのだ。
「はっ!長々とすみませんでした…………ソーニャちゃん、寝ちゃいましたか?」
「私から聞いてくれって言ったのに、寝るわけないだろ。しっかり聞いてたぞ」
「よかったです……ソーニャちゃん、お互い頑張りましょうね!」
「あぁ……忍、ありがとう」
忍の話を聞いて、心の中のわだかまりが一気に消えたような気がした。とりあえずやってみなければ分からない。そして、何があっても常に前を向き続ける。当たり前のことなのに、それに気づかなかった私はやっぱりアホだ。でも、忍のおかげでそのことに気づくことができた。やっぱり、忍に打ち明けてよかった。
「…………忍」
「はい?」
だが正直、こんなに真面目な答えは期待していなかった。忍は私のことをどう思っているのだろうか。
「その……忍は、どうして私のためにこんなに向き合ってくれるんだ?あんなひどいことまでしたのに……」
「決まってるじゃないですか……ソーニャちゃんの髪が金色だからです!金髪に悪い人なんていません」
「フッ……何だそれ」
全く答えになっていないが、深くはツッコまないことにした。
何か、悩んでいるのがバカらしくなってきた。
これから先私にどんな運命が待ち受けていようとも、私はしっかりとそれを現実のものとして受け入れようと思う。そして、これから先何があっても決して諦めずに前を向き続けようと思う。
「ハァ…………私、眠くなってきました……」
「そうだろうな……長々と付き合わせて悪かった」
「いえ!ソーニャちゃんのお役に立てたようで何よりです」
そう言うと、忍は再び横になった。私はずっと壁の方を向いているので正確には分からないが、間違いなく忍はさっきよりも私の近くにいる。さっきの半分くらいの距離だろうか。でも、少しも嫌だという感情はない。むしろ何か包み込まれるような安心感がある。忍がいれば、何が起こっても大丈夫な気がする。さすがに触れてしまうくらい近くまで来られるのはまだ慣れないので困るが、今の忍はちょうどいい位置にいると思う。
「じゃあソーニャちゃん、おやすみなさい」
「あぁ…………おやすみ、忍」
ほどよい距離で忍の温もりを感じながら、私はそっとまぶたを閉じ、静かに深い眠りについた。
- Re: Faveric《キルミーベイベー×きんいろモザイク》 ( No.10 )
- 日時: 2021/09/05 23:50
- 名前: 綾木 (ID: ANX68i3k)
「……て」
「……?」
窓からうっすらと差し込む暖かな太陽の光。その光の向こうから何かが聞こえます。
「シノ、朝だよー!起きてー!」
「ん……アリス……」
私、大宮忍と言います。キラッキラの女子高生です!
「早く起きないと、ソーニャちゃんが帰っちゃうよ~」
「えぇ!?それはダメです!待ってくださいソーニャちゃん!」
「えっ!?起きた!?」
昨日と同じ失敗はしません。昨日はアリスが行く前に起きることができませんでしたが、今日はソーニャちゃんが帰ってしまう前に起きることができました!
「スゥ…………」
いや、ソーニャちゃんは帰るどころかまだ隣で寝ていました。
「……って、まだソーニャちゃん寝てるじゃないですか~!アリスったら~!」
「…………シノ~~~~!」
「えっ?どうしたんですか、アリス?」
アリスはどうやら怒っているようでしたが、私にはその理由が分かりませんでした。
「昨日私が行っちゃうって行っても全然起きなかったのに、今日はしっかり起きるなんて…………!」
「あっ…………」
私の成長が、どうやらアリスには不満だったようです。アリスはまるで風船のように頬を膨らませています。私はアリスのそんな表情にも魅力を感じずにはいられないのでした。
「私とソーニャ、どっちが大事なの…………!?」
「そんな~!どっちも大好きですよ~!」
「…………わぁっ!?」
お詫びの意味も込めて、私はアリスの小さな身体を両腕で包み込みます。そして、身体全体でアリスの体温を感じ取ります。
「シノ……?」
「私がアリスのことを嫌いになったりするはずありません。アリスは、いつまでも私の宝物ですよ」
「シノ…………」
小麦のように柔らかいアリスの金髪を撫でながら、アリスの怒りを鎮めます。
「ソーニャちゃんは今日で帰ってしまいますから、つい慌ててしまって………別にアリスのことが大事じゃないとか、決してそんなこと思っていませんから、安心してください」
「シノ…………そうだよね、変なこと言ってごめん」
何とかアリスを落ち着かせることができたようです。私はアリスから腕を解いて一つ息をつきました。
「でもシノ、これからはいつもすぐに起きられるようになろうね」
「は……はい!頑張ります!」
隣ではまだソーニャちゃんが静かに眠っています。色々と疲れていたようなので、無理には起こさないことにしました。
ソーニャちゃんはいつの間にか壁の方ではなくこっちの方を向いていたので、寝顔を見ることができました。その寝顔は、どこか安心し切ったような、暖かく柔らかい表情でした。私は、そんな表情をいつまでも見つめていたいと思いました。
アリスと私は着替えてから1階に降り、洗面所に行きます。いつも私の寝起きが悪いこともあり、アリスと一緒に顔を洗いに行くのは何だか久しぶりです。
顔を洗って洗面所から出ると、そこにお母さんがいました。
「あら2人とも、おはよう」
「おはよう!」
「おはようございます!」
お母さんと朝の挨拶をかわします。これもアリスと2人でというのは久しぶりで、何だか新鮮な気持ちです。
「忍、どうしたの?今日日曜日なのに随分早いわね」
「はい!今日からの私は、昨日までの私とは違いますから!」
「アハハッ!何よそれ」
「ちょっと!何で笑うんですか~!」
私の言ったことは嘘ではありません。これからは自分のことのみならず他の人をこれまで以上に思いやり、できればその人に信頼されるような存在になると決めたんですから。
「じゃあアリスちゃん、朝ご飯の準備手伝ってくれるかしら?」
「うん!任せて!」
これは……新しい自分を見せるチャンスです!
「わ……私も手伝います!」
「忍?」
「シノ!?」
お母さんとアリスはとても驚いた様子でした。無理もありません。私が率先して家の手伝いをするなど、これまでほとんどなかったのですから。
「忍…………大丈夫?熱でもあるの?」
「シノ、無理に起こしちゃってごめんね……」
「何でそうなるんですか!私は健康ですよ~!」
でも、こういう些細なことの積み重ねが大事だと思います。一歩ずつ、自分を理想に近づけていきたい。
「じゃあ、せっかくだから今日は忍にもお願いしようかしら」
「はい!よろしくお願いします!」
そう言うと私たち3人は台所に向かいます。
リビングではお姉ちゃんがスタンバイしていました。
「イサミ~おはよう!」
「お姉ちゃん、おはようございます!」
「あら忍、今日は早いじゃない」
「はい!今日の私は一味違いますよ!」
お姉ちゃんはすぐにこちらに向かってきて朝食の準備を手伝おうとします。
でも、今日は私の仕事です。
「お姉ちゃん、今日は休んでてください!今日は私がやりますから!」
「えっ、そうなの?」
「勇、今日は忍が手伝ってくれるって、自分から言ってたのよ」
「こんなこと、もう二度とないかもしれないよ!」
「ひ、一言多いですよ~!」
今日の私は本気です。私のことは誰もストップできません!
「フッ……じゃあ、お願いするわ。私のカップ、割らないようにね」
「はい!任せてください!」
そう言うと、お姉ちゃんはリビングに戻っていきました。
私たちは早速準備に取りかかります。私の仕事はみんなの分の食器を出すなど簡単なことばかりでしたが、それでもみんなで作業をしていると気分がよくなります。それは、今までみんなに任せっきりでどこか申し訳なさを感じていたからだと思います。
「じゃあ、あとはお母さんがやっておくから!2人ともありがとう、助かったわ」
「分かりました!お願いします!」
こんなに充実した朝は久しぶりです。これからは毎朝でも協力したい、できれば料理までできるようになりたいと思うのでした。
「じゃあ、そろそろソーニャちゃんを起こそうか」
「はい、そうですね!」
「あ、ソーニャちゃんの着替え、持って行ってあげて~」
一通り準備を終えた後、私たちはソーニャちゃんを起こすために一旦部屋に戻ります。
上に上がる間、どっちが先に声をかけるか2人で考えていたのですが、部屋に着いたときソーニャちゃんはちょうど起き上がるところでした。
「あっ!おはよう、ソーニャ」
「ソーニャちゃん、おはようございます!」
「ん…………2人とも、起きてたのか」
ソーニャちゃんは目を擦りながら立ち上がります。朝日に照らされたその髪は、昨日以上に光を反射していて眩しいくらいです。
「朝ごはんの準備できてるよ!着替えて早く降りてきてね」
「あぁ……すまないな」
「じゃあ私たちは下で待っていますね!」
「その…………忍」
「……ソーニャちゃん?」
私とアリスが下に降りようとしたその時、ソーニャちゃんに呼ばれた私は立ち止まります。
「少し話したいことがあるんだが……いいか?」
「分かりました……アリス、先に行っててもらえますか?私もすぐに行きますから!」
「うん、分かった!下で待ってるね!」
そう言うと再びアリスは下へ降りて行きました。朝日が差し込む電気のついていない部屋には私とソーニャちゃんの2人だけになりました。
「ソーニャちゃん、話って何ですか?」
「その…………昨晩は色々すまなかった。話聞いてもらって」
「そのことでしたか……私全然大したこと言ってないですし、そんなに丁寧にお礼を言われる義理はないですよ」
「そんなことはないと思うが」
ソーニャちゃんは重ね重ね私に感謝してくれています。
その姿を見て、私はいつまでもソーニャちゃんとお話をしていたいと思いました。
「ソーニャちゃん……今日帰ってしまうんですよね……」
「あぁ、本当は昨日のうちに帰りたかったんだが」
「その……1つお願いがあるのですが、いいですか?」
「……?何だ?」
「最後にその金髪、触らせ」
「ダメだ」
「で……ですよねー……」
やっぱり、まだそこまでは心を許していないようです。出会ってまだ1日なので当然と言えば当然だとは思いますが、少し距離を感じて寂しい気持ちになりました。
「じゃあ支度するから、先に行っててくれ」
「私、ここで待ってます!もう少しお話をしていたいんです」
「今からここで着替えるんだが……見てたらシメるぞ」
「はっ……じゃあ、ドアを閉めて外で待ってます!これなら見えませんし、お話もできますよね!」
「忍…………」
「これでも、ダメですか……?」
「フッ…………勝手にしろ」
そう言うソーニャちゃんの口元は心なしか少し緩んでいたような気がしました。
ソーニャちゃんが帰る準備を済ませた後、私たちは再び食卓に戻り、朝食をとります。
食事は1人よりも複数人で一緒にした方がおいしく感じるというのはよく聞く話ですが、今日ほどそのことを実感した日はありませんでした。
これからは休日も早く起きて、アリスと一緒に食事ができるように頑張ろうと思います!
「じゃあ、私はそろそろ撮影に行くわね」
「お姉ちゃん!もう行くんですか?」
「今日はちょっと遠いから、早めに出ておこうと思って」
「イサミ、行ってらっしゃい!」
「ソーニャちゃん、またねー」
そう言うとお姉ちゃんは出て行ってしまいました。ソーニャちゃんに対する最後の言葉があっさりしているのはお姉ちゃんらしいと思いました。
「私も、そろそろ行こうと思う」
「えっ!ソーニャちゃんも行っちゃうんですか!?」
「私がここに長居させてもらう義理はない……それに、これからどんどん暑くなるだろうしな」
「そっか……確かに暑くなる前に出発した方がいいね!」
「ソーニャちゃん、何度も言いますが、遠慮は不要ですよ!」
「だから遠慮してないって」
すぐにソーニャちゃんは出発の準備を整え、玄関に向かいます。
私、アリス、お母さんの3人も送り出すために家の外に出ます。
「ソーニャちゃん!」
「……?」
ソーニャちゃんが出発する直前、私はソーニャちゃんを呼び止めます。
「これ、持って行ってください!」
ソーニャちゃんに手渡したのは昨日と同じ2Lの水のボトルです。
「だから、こんなに要らないって……」
「この暑さだと何があるか分かりませんから!少し重いかもしれませんが、これで絶対安心です!」
「確かに、これだけあれば足りそうだね……」
結局、ソーニャちゃんはそのボトルを受け取ってくれることになりました。
手に2Lのボトルを持つその姿は端から見ると少し滑稽でしたが、命より大事なものはありません。
「じゃあ、行くぞ」
「来てくれてありがとう!少しの間だったけど、楽しかったよ!」
「ソーニャちゃん、気を付けて帰ってね~!」
「…………」
ソーニャちゃんが帰ってしまいます……でも、言葉が出てきません。最後にお別れをしないといけないのに、それを認めたくない自分がいます。
「行っちゃったわね……」
「そうだね……」
「…………」
1日しか一緒にいなかったのに、いざソーニャちゃんが行ってしまうとなると心に大きな穴が空いたような感覚になりました。私は今、ものすごくやるせない気持ちです。
「…………ッ!」
「……!?シノ!?」
無意識のうちに、私は走り出していました。
まだソーニャちゃんと話したいことがあります。まだソーニャちゃんのことを見ていたいです。
いつの間にか、私にとってソーニャちゃんはなくてはならない存在になっていたんです。
「ソーニャちゃ~ん!」
私の声を聞いてソーニャちゃんはこちらに背中を向けたまま立ち止まります。
その背中は、凛としてまるで大きな壁のようにそびえ立っていました。過去を振り返らず、決意を固めて新たなスタートを切るソーニャちゃん。顔を見なくても自信に満ち溢れていることが雰囲気から伝わってきます。
「…………」
そうです。ソーニャちゃんは未来に向けてもうすでに歩き始めています。私も、いつまでも甘えず前を向かなければいけません。
お別れはいつでも辛いものですが、出会いがある以上避けられないものです。
弱音を吐く場面ではありません。最後は笑顔で送り出しましょう!
「また、いつでも来てくださいね~!」
「…………」
ソーニャちゃんは何も言わず、私の呼びかけに応えるように軽く手を挙げて歩いていきました。言葉は交わせませんでしたが、最後に心が通じ合ったような気がしました。
去り際までクールなところに、どこかソーニャちゃんらしさを感じました。
家の前に戻ると、アリスが私を待ってくれていました。
「シノ、大丈夫?」
「アリス…………私、寂しくなんかないですよ。ソーニャちゃんと私の心はもうつながっていますから……私も、いつまでも立ち止まっているわけにはいきません!」
「そっか…………そうだよね!」
「それに、私にはアリスがいますしね!」
「えっ!?シノ!暑いから離れて~!」
アリスにくっつきながら、私はもう一度小さくなっていくソーニャちゃんの方を見ます。
9月の太陽の下、ソーニャちゃんの後ろ姿に映えるのは純粋な金色の髪です。
背中に伸びるツインテールのその先まで、それは輝きに満ち溢れています!
- Re: Faveric《キルミーベイベー×きんいろモザイク》 ( No.11 )
- 日時: 2021/12/03 23:26
- 名前: 綾木 (ID: ANX68i3k)
忍の家を去って1時間ほど。どれくらいの距離を歩いただろうか。
私は普段からあまり公共交通機関というものをあまり利用せず、学校はもちろん、殺し屋としての依頼で指示された場所へも徒歩で向かっている。今回も例外ではなく、今私は自分の足で帰っている途中だ。
「しかし…………暑いな…………」
早めに出発したのに、今日も体の芯まで焼けてしまうほどに暑い。よく9月は秋の始まりだという話を聞くのだが、私は9月はまだ夏の一部だと思っている。
歩きっぱなしで少し疲れてきたので、私は近くの木陰に腰を下ろして少し休憩することにした。
「ハァ…………」
太陽の反対側に伸びる木の影は、私の身体をうずめるのには十分な広さだった。直射日光が当たらないこの空間に吹き込む風が心地いい。
「…………ぬるいな…………」
私はペットボトルを口に運び水を一口だけ飲んだ。しかしこの暑さのせいか、1時間前に出発したときの冷たさは完全に無くなっていた。
すると突然、ポケットに入れていた携帯電話が振動し始めた。私は手に持っていた水のボトルをそばに置いて携帯電話を取り出した。
「来たか…………!」
本部からの電話だった。どうやら1日経って最終的な結論が出たらしい。
私は小刻みに震える指で発信ボタンを押し、電話を耳に運んだ。
「もしもし……?」
電話の向こうからは聞きなれない声がした。恐らく組織の中でもトップの方の人だろう。こんなに高い地位の人と話すのは、私が殺し屋になったとき以来だろうか。
話しているうちに、私は、自分の鼓動が激しくなるのを感じた。さっきまであんなに暑かったのに、頭の奥に寒気が走る。いくら息を吸っても酸素が足りず、呼吸が荒くなる。
「…………ッ!」
いよいよ私の処分についての話を切り出されたとき、思わず言葉に詰まってしまった。
心の準備はできていたつもりなのに、これから発せられる言葉を聞くのが怖い。雑音でかき消してしまいたい。今すぐに電話を切り、電源を切ってどこかに隠れてしまいたい。
でも、そうするべきではないということは分かっている。私は、どんな運命もしっかりと受け止めると決めたのだ。現実から目をそらしてはいけない。
そばに置いておいたペットボトルに目をやった。そうだ。私はもう一人じゃない。私のことを本気で思ってくれる人がいる。その事実が私の背中を押してくれた。
電話の相手は私の様子がおかしいことに気づいていたのか、話をするのを待ってくれていた。私は少し時間を使って呼吸を整えてから、話を始めるように促した。
「…………えっ…………?」
いざ話が始まると、私は思わず耳を疑った。何と、私の指令書が無事本部に戻ってきたというのだ。
「ど……どういうことだ……?」
そこで初めて事件の全貌が明らかになった。あの時私を襲ったのはやはり別の殺し屋グループの一員で、何らかの原因により私への依頼の内容があちら側に知れ渡ってしまったらしい。しかし、指令書を奪ったその殺し屋は本部に戻る途中であろうことか腰を痛めてしまったらしい。それでそいつが悶絶しているところを、幸運なことに私と同じ組織のメンバーが見つけ、難なく指令書を奪い返してくれたとのことだ。
「…………そうか…………」
しかし、私がいともたやすく指令書を奪われ、あわや情報漏洩寸前にまで至ったという事実は組織も重く受け止めており、私は3週間の停職処分を言い渡された。これでしばらくの間私の元には依頼が来なくなる。しかし、永続的な処分でないことは不幸中の幸いだ。
「はい……では……」
電話を切って、私はゆっくりと一つ大きな息をつく。すると、コンロの油汚れのように私の内側にしつこくへばりついていたものが、一気に洗い流されるような感覚を覚えた。何か体の中身が空っぽになったようで、このままだと宙に浮いてしまいそうだ。
「…………」
力が抜けて抜け殻のようになった私は快晴の空を見上げた。
今回私が組織を追放されずに済んだのはただの運にすぎない。二度目はないだろう。だが、何はともあれ私はもう一度チャンスを与えられたのである。
「フッ…………」
忍、すまないな。私はもう少し殺し屋として頑張ることができるようだ。
でも、忍から教えてもらったことは決して無駄ではない。今の私はもう後ろ向きではない。自分のやるべきことを見失ったりはしない。いつまでも過去のことを引きずったりしない。このことを改めて思い出させてくれた忍には感謝しかない。本当にありがとう、忍。
そんなことを思っていると再び携帯電話が振動するのを感じた。
「今度は何だ……?」
やすなからのメールだった。日曜日にやすなからのメールをもらうことはこれまであまりなかったため、少し驚いた。
メールを開いてみると、こんな内容のことが書かれていた。偶然UFOの着陸現場に遭遇し、そこから降りてきた宇宙人を捕まえたから、早く見に来いと。日曜日だというのに、いつも通り全くくだらない。本当にヒマな奴だ。
「さて……分からせてやるか」
携帯電話をしまい、私は再び歩き始める。初めの一歩は、紛れもなく新たな私としての第一歩だ。
完